薬草の森
マスター名:久冬
シナリオ形態: ショート
無料
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/08/25 22:17



■オープニング本文

 石鏡の都、安雲に腕の良い町医者がいた。
 医者は医術の腕もさることながら、薬の調合に長けており、とくに傷薬の製造に力を入れていた。
 その傷薬は数種類の薬草を調合して造る秘伝のものであり、傷口に一塗りすれば出血がおさまり、つらい痛みもたちどころに退いていくので人々には大変評判が良かった。
 だか最近この傷薬の製造が滞ってしまっている。
 主原料となる薬草の一つが入荷してこないのだ。
「いったいどうしたことだろう‥‥」
 いつまでたっても薬草が手に入らないので医者は直接仕入れ商のところまで足を運んだ。
 そして商人に薬草のことを訊ねた。
「ああ、その薬草なんですが‥‥」
 と、商人は顔を曇らせた。
「なにか問題があるのですか?」
「‥‥はい」 
 商人の話はこうだった。
 安雲から離れた所にある、件の薬草が採れる森にアヤカシの群れが棲み着いてしまったのだという。採取人たちだけでは危険なので森へ入れないのだ。
 ――これは困ったな。
 医者は深くため息を吐いた。
 このままでは傷薬を造ることができない。
「森に棲み着いたアヤカシさえなんとかできれば‥‥」
 医者は開拓者たちにアヤカシ退治の依頼を打診した。


■参加者一覧
柄土 仁一郎(ia0058
21歳・男・志
無月 幻十郎(ia0102
26歳・男・サ
柄土 神威(ia0633
24歳・女・泰
美和(ia0711
22歳・女・陰
秋姫 神楽(ia0940
15歳・女・泰
煉夜(ia1130
10歳・男・巫
侭廼(ia3033
21歳・男・サ
赤マント(ia3521
14歳・女・泰


■リプレイ本文

 ●開拓者たち
 
 濃やかな緑の茂る森に蝉時雨が降りかかる。
 依頼を受けた開拓者たちはアヤカシの棲み着いた森のそばまで到着していた。
 柄土 仁一郎(ia0058)は採取人から預かった地図を見て現在位置を確認する。
「深い森ではないし、地図もあるから迷うことはなさそうだが‥‥油断は禁物だな」
「ああ、森のなかで奇襲をかけられたら厄介だ」
 三度笠をより上げて、無月 幻十郎(ia0102)も森の奥を見据えた。
「ま、どっから出てこようと、この〈天儀不敗〉でぶっ飛ばしてやるわ!」
 拳をかまえた秋姫 神楽(ia0940)は、もうすでに戦闘態勢だ。
「ここからは円陣を組んで行ったほうがよさそうだね。僕たちが前衛をつとめるから、術者さんは中央で援護を」
 目にあざやかな赤い外套を羽織った少女、赤マント(ia3521)の提案をうけて、一行は円陣を組み、目的地へと向かった。
木々の合間から差し込む陽光が森を照らす。
 開拓者たちは全方位に警戒を怠らず足を進めた。
「――なにか、道のようなものができていますね」
 巫 神威(ia0633)は足元の草木が踏み固められているのに気が付いた。
「たしかに。歩きやすくなってるな」
 侭廼(ia3033)も足元に目をやる。
「以前は採取人たちがよく通った道なのでしょう。人の歩みが道をつくる――」
 感慨深そうに煉夜(ia1130)がいう。
「人々にとって、ここの薬草が大切なものだってことね。アヤカシを退治して、届けてあげないと」
淡々とした口調で話す美和(ia0711)だったが、その言葉には他者への思いやりがうかがえた。

 ●怪狼の群れ

 開拓者一行はほどなくして木々の開けた場所に出た。
 一面には膝ほどの高さまで伸びた草が群生している。
「地図によれば、このあたりが薬草の群生地だ」
 仁一郎は到着してすぐに心眼で周囲の気配を探った。
 ざわめくような殺気を感じる。
 その気配の動きに、仁一郎は違和感を覚えた。
「気を付けろ――草陰におかしな気配ある」
 仁一郎の言葉どおりに、前方の草陰から三つの黒い影がすがたを現した。
 短刀ほどもあるむき出しの牙に、鈎型の爪。黒ずんだ毛皮。狼型のアヤカシ――怪狼である。
「お出ましか。しかし、ここで闘り合うのはマズいな‥‥場所を変えないか?」
 幻十郎はあたりに生えている薬草に気を配っていた。
 この場で戦闘をすれば間違いなく薬草を傷つけてしまう。
「そうね。移動しましょう」
 美和も幻十郎の提案に賛成する。
 一行は怪狼を引き付けながら森のほうへ向けて後退をはじめた。
 三体の怪狼は付かず離れずの距離を保ったままこちらへついてくる。すぐには襲いかかってくる気配はない。
「‥‥三匹しか出てこねぇな。他は寝てる――ってわけでもねぇだろ」
 じりじりと後退しながら侭廼がいう。
「うむ‥‥」
 仁一郎はふたたび心眼を試みる。
 神経を研ぎ澄まし、森に隠れた気配を探る。
「――いるぞ。後方、木の陰に妙な気配が四つ」
「こっちね」
 仁一郎の示した方向に神楽が目を向けると、木々の間に四つの影が確認できた。
「挟み撃ちってわけか」
 侭廼が舌打ちする。
「ま、予測してたけど。このまま陣を保って迎撃しよう」
「なんだ赤マント。ずいぶん冷静じゃねぇか」
「速さ比べはしてみたいところだけどね」
「皆さん気を付けて! 来ますよ!」
 神威の声が響く。
 先にすがたを見せていた三匹の怪狼が躍りかかる。
 一匹が低く跳び、その後ろに残りの二匹が連なる。
「これが連係攻撃かっ!」
 侭廼は二振りの刀で怪狼の攻撃を防ぐ。
 侭廼が振り払った怪狼に向けて神威が攻撃を仕掛けるが――
 怪狼はすぐさま体勢を立て直し神威の拳をかわす。追撃しようにも残りの二匹がいるため迂闊に攻め込めない。
「さすがに素速いな。それに統制もとれている」
 仁一郎は槍をかまえ、防御を固める。
「あれに当てるのは一苦労だな。脇の二匹も厄介だ」
「っても、このまま防戦一方ってわけにはいかねぇだろ」
「私の疾風脚なら――」
 神威が一歩前に出る。
「神威、なにを――?」
 仁一郎は前に出た恋人の肩越しに問いかける。
「連携を統制しているのは先頭の一匹。まずは私が疾風脚でアレを仕留めるから、皆さんは狼の連携が崩れたところを叩いて下さい」
「そりゃまた危険な」
 侭廼は神威の言葉に冷や汗を流す。
「‥‥‥‥」
 仁一郎は考えあぐねていた。たしかに疾風脚ならば怪狼をとらえることができる。だが少しでも援護のタイミングが遅れれば、神威は狼の餌食になってしまう。
「仁一郎」
 神威が言葉をかける。
「信じてるから」
「神威――わかった。背中は引き受ける!」
 仁一郎はふたたび槍の切っ先を怪狼へ向けた。
「神威さんに精霊の御加護を――」
 煉夜の軽やかな舞によって神威に精霊の力が降りかかる。
 神威が踏み込む。
 跳躍。
 アヤカシの目ですらもとらえきれぬ瞬脚が怪狼の首を蹴り上げる。先頭を取っていた怪狼がやられたため、残りの二匹の動きが乱れた。
「行くぞ!」
 仁一郎は敵陣の乱れを逃さずに、槍を突き入れる。
 渾身の一撃が狼の横腹を貫く。
「おらぁッ!」
 あとに続いた侭廼の二刀技がもう一匹を切り裂いた。

 仁一郎たちの背面、こちらは森側で四匹の怪狼を相手にしていた。
「‥‥こいつら、ちょこまかとウザったいわね!」
「迂闊に飛び込んではダメ。囲まれたら逃げ切れないわ」
 いらだつ神楽を美和がなだめる。 
 森側の怪狼たちは木々の合間をすり抜けるように動き続けている。攻撃しようにも木が邪魔で、しかも四匹が連携して動くので位置が把握できないでいた。
「わわっ!」
 赤マントが上体を反らせる。彼女の胸先を木の陰から飛び出してきた怪狼の爪が横切った。
 それを皮切りに、怪狼たちは赤マントに向けて次々と襲いかかってきた。
 赤マントは見事な体捌きで怪狼の攻撃をかわす。素速い狼型のアヤカシを凌駕する動き――怪狼の爪は翻る外套にすら掠らない。
 だが――
「狼、なんでさっきから僕のほうばっかり来るワケ!?」
 集中攻撃を受けていた赤マントが声を上げた。
「あれじゃね? なんか旨そうな匂いがするんだよ」と、侭廼がいう。
「そんなのしないよっ!」
「きっと赤いからよ」と、神楽。
「そんな無茶苦茶なっ!」
 二人に答えつつ、赤マントは怪狼の攻撃を回避し続ける。
「しゃあねぇな。幻十郎!」
「おう!」
 侭廼の呼びかけに幻十郎が応える。
 二人は大きく息を吸い込み、同時に咆吼した。二人の吼え猛る声が森に響き渡る。この怒声に反応した怪狼たちは動きを止め、標的を二人に定めた。
「はっはっはっは! 俺の相手もしてくれよ!」
 幻十郎が長脇差の切っ先を怪狼に向ける。
 集中攻撃から解放された赤マントが空気撃で怪狼の連携を牽制し、幻十郎が長脇差で迎え撃つ。
「――さて、準備完了ね!」
 煉夜の加護を受けた神楽は全身に闘気を漲らせていた。
 美和の放つ呪縛符から召喚された式が怪狼の足を絡め取った。すでに怪狼たちの体勢は完全に崩れている。あとは攻め込むのみだ。
 神楽は息を整え、かまえを取る。その型は、流派〈天儀不敗〉――
「さああんたたちっ! お仕置きの時間よ!」
 怪狼に向けて一息に距離を詰めた神楽は拳の弾幕を容赦なく打ち込む。間隙なく降り注ぐ拳。もはや怪狼に逃れる術はない。
 一匹、二匹‥‥開拓者たちの攻撃に怪狼は次々と倒れてゆく。そして――
「ふん!」
 幻十郎の剣が最後に残った一匹を切り捨てた。
「‥‥フゥ。こいつで終りか?」
「どうだろうか――」
 仁一郎が心眼で周囲の気配を探る。
「‥‥うむ。妙な気配はないし、恐らくは大丈夫だろう」
 アヤカシの死骸が土くれとなって消えてゆく。
 皆緊張を解き武器を収めた。

 ●薬草と菓子

「やはりこれが例の薬草みたいですね」
 煉夜は目の前の草と図版を見比べてから答えた。
「じゃあ、これを摘んで帰りましょう」
 一行は採取人から借りていた腰籠に薬草を摘み入れる。さっきまでとは打って変わって、森のなかにはのんびりとした空気が漂っていた。
「この薬草、ヨモギみたいな匂いがしますね〜」
 くんくんと薬草の葉を嗅ぐ神威。
「へぇ、どれどれ」 
 神楽も同じように葉を取り匂いを嗅いでみる。
「ほんとだ。ヨモギみたい。ヨモギ‥‥ヨモギ餅‥‥じゅる」
 戦闘のあとは小腹が空く。
「おいおい、これは傷薬の材料なんだからな。腹が減ってるからって、ナマで喰うんじゃねぇぞ」
「だれがナマで喰うか!」
 神楽は茶化す侭廼に牙を剥く。
 その後、それぞれの籠いっぱい薬草を摘んだ開拓者たちは森をあとにした。

 町に戻った開拓者一行は、採取した薬草を依頼主である医者の元に届けた。
「アヤカシ退治だけではなく、薬草まで届けてくれるなんて‥‥本当にありがとうございます。これで薬が造れる」
 医者は開拓者たちに礼をのべる。
 だが、開拓者たちが所望していた傷薬は、調合に時間がかかり、町の人たちに優先的に販売することになっているため手に入れることができなかった。

「皆さん、このあと甘味屋によっていきませんか? お菓子が食べたくなっちゃって」
 医者宅から出たあと、神威がいった。
「賛成!」
 神威の提案にすぐさま神楽が乗っかる。
 他の面子のそれに同意した。皆、小腹が空いていたのである。

 開拓者一行は町の甘味屋に向けて連れ立った。つかの間の休息を楽しむために。


                                   了