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■オープニング本文 ――ジルベリア北部。 空は重たい灰色の雲で覆われ、日の光は仄暗い不気味な橙を雲に滲ませていた。 小高い丘の上に古い館が建っている。この館の寝室で一人の青年が目を覚ました。 薄暗い部屋は華美な調度品で飾られている。 「‥‥そろそろ、食事時か」 そうつぶやいてベッドから起き上がった青年は、分厚いカーテンの隙間から窓の外の世界を見た。 窓には青年の端正な姿が映っている。額に垂れた灰銀の髪に赤い瞳、病的なほど白い肌。 青年はどこか世俗を離れた貴族風の物腰をしている。 キィキィ――。 青年の目覚めを待っていたかのように、一匹の蝙蝠が天井から降りてきて彼の周囲を飛び回る。 「ふふ、そうか。そんなに腹が減っているのか」 身支度をととのえてから、蝙蝠を連れて部屋をあとにする。 青年は二階の窓から屋根に出ると真っ直ぐ屋根の上に立ち、両腕を広げて空を仰いだ。 「さあ、子供たちよ目を覚ませ。食事の時間だ」 彼の呼びかけに応えるように、館の屋根から、軒下から、無数の蝙蝠が湧き出し集まってきた。蝙蝠の群れは巨大な黒い塊となって空に浮かんでいる。 青年は頭上の蝙蝠に笑いかける。その眼は赤く光り、犬歯は獣の牙のように鋭く伸びていた。 青年の名はジェーヴィチ。 闇に棲み、人の血を啜る吸血鬼、ヴァンパイアである。蝙蝠はこのヴァンパイアが使役する下僕のアヤカシだ。 「行け。存分の血を吸い、渇きを潤すがいい」 黒い塊は近隣の村へ向けて飛び立っていった。 ヴァンパイアの館からすこし離れた場所にある農村。 「ん? なんだ、あの黒いのは」 村の男が空から近づいてくる黒塊に目を向けた。蝙蝠の群れは羽で空気を唸らせながら村へ侵攻してくる。 蝙蝠の群れは村の上空で停止した。 血に飢えた無数の瞳が村人に向けられている。 「こ、蝙蝠なのか? なんて数だ‥‥」 「まずいぞ‥‥こいつら‥‥」 ただならぬ殺気を感じた男たちが身構えたのとほぼ同時に、群れが一斉に村人へ襲いかかった。 嵐のような黒い風が村中に吹き荒れる。 蝙蝠は人間の首や肩に噛みつき、赤い血を吸う。一度食らいついたら離さない。獲物が干からびるまで、ただ貪欲に血を吸い続ける。 おびただしい数の獰猛な蝙蝠を相手に、村人たちは為す術もなく蹂躙されていった。 人々の悲鳴が途絶えた頃、蝙蝠たちの盛宴も終わる。 村の通りには血を吸われ乾いた死体がいくつも転がっていた。 もう血の吸える生きた人間がいないことを確認した蝙蝠たちは、新たな獲物を目指してふたたび飛び立った。村一つ分ではこの数の渇きを満たしきれないのだ。 蝙蝠の群れは風に乗って流れてくる血の匂い嗅ぎ取り進路を定める。 行く手には大量の血が吸える狩り場――さっきの村よりも大きな町があった。 この町を防衛する近衛兵が近隣の警邏中に蝙蝠の群れを発見し急いで報告へ戻った。 群れが町へ到着するまでまだ時間があるとはいえ、近衛兵だけでは町を守りきることはできないだろう。 このままでは犠牲者が大量に生まれてしまう。 近衛兵たちは急遽開拓者たちを呼び、その力を借りることにした。 |
■参加者一覧
皇 輝夜(ia0506)
16歳・女・志
青嵐(ia0508)
20歳・男・陰
乃木亜(ia1245)
20歳・女・志
八十神 蔵人(ia1422)
24歳・男・サ
錐丸(ia2150)
21歳・男・志
星風 珠光(ia2391)
17歳・女・陰
神楽坂 紫翠(ia5370)
25歳・男・弓
太刀花(ia6079)
25歳・男・サ |
■リプレイ本文 ●不安の町 開拓者一行はジルベリアの町へ到着していた。 町の広場では開拓者たちと町の近衛兵が作戦の話し合いをしている。傍らでは開拓者たちの連れてきた八匹の龍が翼を閉じておとなしく座っていた。 「ヴァンパイアの館について、なにか情報はありませんか?」 長い前髪で目元を隠し、腹話術で会話をする人形使い、青嵐(ia0508)は近衛兵を相手に情報収集をしている。 「蝙蝠の主ヴァンパイア‥‥コイツを速攻で倒したほうが良さそうね。居場所はわかってるんでしょ?」 浴衣姿の陰陽師、星風 珠光(ia2391)は近衛兵から館の場所を聞き出すと、深紅色の駿龍〈疾風〉の背に乗った。 「疾風! 館へ向けて出発よ!」 珠光は勇ましく手綱をとって、疾風に呼びかける。 疾風は珠光の命令に応えて一鳴きすると、翼をはためかせて浮上をはじめた。 「お、おい! 無茶すんな! なるべくまとまって行動したほうが――」 八十神 蔵人(ia1422)が出発を止めようとするが、高く浮上した疾風は方角をさだめて全速力で飛び立った。 「行ってしもた‥‥」 蔵人は立ちすくむ。 駿龍は高速で空を移動できる。そのすがたは瞬く間に見えなくなってしまった。 「仕方ねェな‥‥」 眼帯の志士、錐丸(ia2150)はため息混じりに空を見上げる。 「俺たちもできるだけ急いで後を追いかけよう。ヴァンパイアか‥‥一人でなんとかなる相手とは思えねェ」 「そうだな‥‥先を急ごう」 凛然と男性的な出で立ちをした女志士、皇 輝夜(ia0506)もうなずき、〈誇鉄〉と名付けた炎龍に跨った。 「さぁ誇鉄、おまえの力を貸してもらうぞ」 討伐班は各々の龍の背に乗る。 「町の防衛は私たちにまかせてください‥‥全力で守りますっ‥‥!」 出発前の一行に向けて乃木亜(ia1245)がいった。ぐっと握った左手が微かに震えている。 「町のことはたのむ‥‥みんな、準備はいいか?」 錐丸の呼びかけに、ヴァンパイア討伐班の面々がうなずく。 「それじゃ、出発だ!」 討伐班を乗せた龍たちがゆっくりと浮上する。それぞれの翼から生じる風が広場に吹き付けた。 四匹の龍は館へ向けて、並んで飛び立っていった。 「‥‥蝙蝠が来るまえに、住人の方々を避難させたほうがいいですね」 ヴァンパイア討伐班の出発を見届けから乃木亜がいった。 まだ蝙蝠は視認できていないが、近衛兵の報告からすると、残された時間は少ないだろう。 「この町には石造りの大きな建物がありますね‥‥あそこなら、すべての人を収容することができるんじゃないでしょうか?」 長い銀髪を後ろで束ねた弓術師、神楽坂 紫翠(ia5370)が近衛兵長に訊いてみる。 「あれは普段、講堂として使っている建物です。あそこなら頑丈だし、避難場所にうってつけでしょう。すぐに住人を誘導します」 兵長の命令を受けた兵士たちは手分けして住人の避難誘導へ赴いた。 「避難場所ですが、窓は板などでしっかり補強して塞いでおいてください。それから、松明と篝火の用意もお願いします」 眼鏡をかけた優男風のサムライ、太刀花(ia6079)がいう。 蝙蝠の侵攻は目前に迫っている。 防衛班は住人の避難と、蝙蝠迎撃の準備に奔走した。 ●黒群 講堂には続々と人が集まってきていた。アヤカシの襲撃ということもあって、住人たちは皆不安に満ちた顔をしている。 「貴方がたは講堂の周囲を篝火で囲んで防衛してください」 太刀花が兵士たちにいう。 「講堂周囲の警戒と内部の護衛、それと、住人たちが恐怖で混乱してしまわないように鎮静もたのみます」 てきぱきと兵士たちに指示を与えてから、太刀花は空を仰ぐ。 町の上空では龍に乗った乃木亜が見張りをしていた。 灰色の雲が空一面を覆っている。視界は晴天並みとはいえないが、それでも上空からは遠くの森や丘のあたりまで難なく見通すことができた。 「ふう‥‥」 上空を冷たい風が空を吹き抜ける。乃木亜は外套の襟を立てて頬をうずめた。寒さのせいか、それとも初めての空中戦を前に緊張しているのか、乃木亜の体は微かに震えている。 「‥‥ん? あれは‥‥」 遥か丘の向こう側から黒い霧のようなものが湧き出し、だんだんと近づいてくる。目を凝らしてみると、霧の塊は蝙蝠の大群だった。 「あんなにたくさん‥‥大変!」 群れを確認した乃木亜は息を飲む。急いで紫翠と太刀花のいる講堂前へ龍を下ろした。 「紫翠さん! 太刀花さん! 蝙蝠の群れを見つけました!」 乃木亜の報告を聞いた二人は作業の手を止める。 「まだ避難は完了していないのに‥‥!」 「仕方ありません‥‥私たちも配置へつきましょう。できる限り多くの時間をかせがないと」 「ああ――」 兵士たちに後をまかせて、紫翠と太刀花は広場へ向い、それぞれの龍に乗りこんだ。 「行きますよ、スターアニス」 紫翠が駆るのは、漆黒の体に星形の模様が散らばった駿龍〈スターアニス〉だ。 太刀花も自分とお揃いの眼鏡をかけた炎龍〈蘇芳〉に跨る。 「おまえと一緒に依頼を受けるのは初めてだな、よろしくたのむ」 太刀花は炎龍の背中を撫でてから手綱をとる。 掛け声とともに二匹の龍は空へ飛び上がった。 「‥‥これは、また‥‥数が多いですね‥‥厄介です」 蝙蝠の群れを確認した紫翠がつぶやいた。もしあの大群が講堂に侵入したとしたら、住人たちはひとたまりもないだろう。それにまだ講堂に避難できていない住人もいるのだ。 「避難が完了するまで、俺たちが囮になるしかないですね‥‥」 太刀花は眼鏡の縁を押し上げる。 「ええ‥‥なるべく講堂から引き離すようにして戦いましょう‥‥向こうが片付くまで、粘るしかありません」 講堂を離れ、紫翠と太刀花は蝙蝠の群れへ龍を走らせる。 その後ろで乃木亜は震える体を静めようとしていた。 「こんなところで震えてちゃダメ‥‥、私ががんばらないと‥‥! 町の人を守らないと‥‥!」 自らを叱咤して手綱をとる。 「まだ名前もつけてあげてないけれど‥‥力を貸してね、私もがんばるから!」 乃木亜の声に龍が応える。 心を決めた乃木亜は蝙蝠の大群へ向けて龍を駆り立てた。 紫翠は巧みに龍をあやつり、蝙蝠を撃墜していく。 龍の背に乗った不安定な状態であっても紫翠の弓術は鈍らない。人獣一体――見事な手綱さばきで、素速く的確に蝙蝠を撃ち抜いていく。 「群れを散らせれば、ある程度は戦いやすくもなるでしょう」 太刀花はグレートソードを抜き放つと、蝙蝠の群れへ向けて突撃をはかった。 「行くぞ、蘇芳!」 龍を駆り、群れの中央へ突撃する。蘇芳は爪で蝙蝠を切り裂き、背上の太刀花が群れとすれ違いざまに水平に剣を走らせる。速度の乗った剣は一振りで大量の蝙蝠を斬り落としていく。 「私たちも行きますよ!」 太刀花の後方から乃木亜が追撃をかける。 蝙蝠の群れに接近すると、炎龍の翼を目一杯はためかせた。翼は群れを席巻し、蝙蝠をたたき落としていく。 開拓者たちの連携攻撃を受けて蝙蝠の群れはいったん散開したものの、すぐにまた集まり、強固な群れが再構成された。 「これは、たしかに厄介だ‥‥」 太刀花は龍の首に噛みついていた蝙蝠を払う。 「攻撃の手を休めてはいけませんよ! 蝙蝠は確実に町へ向かっています!」 紫翠と乃木亜は群れの先頭へ向けて矢を放ち、動きを牽制しようとする。 矢はつぎつぎと蝙蝠を撃ち抜いていくが、群れ全体の勢いは衰えることがない。 太刀花は群れの前に龍を滞空させる。渦巻く大群を見据えて剣をかまえた。 「ハァッ!」 号令とともに蘇芳が空を駆ける。 太刀花は血に飢えた黒雲へ向けて、ふたたび突撃していった。 ●蝙蝠の主 風を切り、灰色の雲をかき分けて、紅い影が空を駆け抜ける。 「見えた――あれね!」 高速で龍を走らせていた珠光は眼下にヴァンパイアの館を発見した。 慎重に龍を着地させて、背からおりる。周囲にヴァンパイアやグールらしきモノのすがたは確認できない。 中庭を抜けて、入り口まで辿り着く。二階建ての大きな館だ。 「‥‥ここまで出迎えがないってことは、やっぱりなかにいるのね」 入り口の扉は固く閉ざされていた。 珠光は袖から焙烙玉を取り出すと、導火線に火をつけて扉に仕掛けた。離れた場所に避難して爆発するのを待つ。 大音響で焙烙玉が爆発し、館の扉を吹き飛ばした。 「さあ、出てきなさい‥‥」 崩壊した扉の穴から三人の男が出てきた。男たちは虚ろで血走った目をしている。 「あれは‥‥ヴァンパイア、じゃないわね‥‥」 出てきたのはヴァンパイアの僕、グールだ。 「おまえたちに用はないわ!」 珠光はグールの攻撃を躱しながら、ヴァンパイアの出現を待つ。 そのようすを、バルコニーに立つ影が見下ろしていた。 灰銀の髪に妖しく光る赤い瞳――ヴァンパイア、ジェーヴィチである。 「扉を破壊するとは、またずいぶんな挨拶だな、小娘よ」 「‥‥おまえがヴァンパイアね‥‥降りてきなさい!」 珠光が呼びかけるが、ジェーヴィチは微笑むばかりで降りては来ない。 「そっちが来ないのなら!」 珠光はジェーヴィチへ向けて天儀人形をかざす。 「我が式よ‥‥炎を纏いし岩となりて敵を討ちなさい!」 珠光の呼び出した式、炎を纏い嘲笑する岩首がジェーヴィチの頭上に落下する。 「小癪な」 岩首に続けて疾風がジェーヴィチ目掛けて突撃をかけたが、ジェーヴィチは疾風の攻撃をふわりと躱し、バルコニーから降り立つと珠光の目前へ迫った。 互いの瞳が一点で交わる。 ヴァンパイアの魅了。 紅い瞳が輝いて、珠光の心を浸食してゆく。胸の奥をくすぐる甘い誘惑に体の芯が蕩けそうになった。 「くっ――」 珠光の心は一瞬揺らいだが、ぎりぎりのところで踏みとどまる。 「‥‥‥‥夫のいるボクにそんなことしても‥‥気を惹けるわけないでしょ!」 そう叫ぶと、珠光は気力で魅了攻撃をはじき返した。 「フン‥‥強情な娘だ」 「だれが、おまえなんかに!」 魅了を断ち切った珠光は間合いをとろうとするが、彼女はすでにグールに取り囲まれていた。 「鬱陶しい! 我が式よ‥‥蒼炎を纏いし大鎌となりなさい!」 斬撃符から呼び出された大鎌がグールをなぎ払う。だが、痛覚から解放されているグールはまったく怯まずに珠光を追撃する。 グールに囲まれた珠光はふたたびジェーヴィチの接近を許してしまう。 「しまった!」 ジェーヴィチは珠光をとらえると、彼女の胸元に手を当てた。 ヴァンパイアの手のひらから精が吸い取られてゆく。 「あ――」 「質のいい精だ。この分だと、血にも期待できるな――」 「‥‥っ」 珠光の精を吸い取ったジェーヴィチは、彼女の首筋にそっと手を添えると、鋭く伸びた歯を突き刺した。 「あれが目標の館だな‥‥」 駿龍の〈魁羅〉を駆る錐丸は、他の後続隊よりも一足早く館にたどり着いた。上空からは中庭でアヤカシに取り囲まれている珠光のすがたが見える。 「やべェぞ! 魁羅、急げ!」 錐丸は急いで魁羅を降下させる。ジェーヴィチのそばに着地すると、すぐさま長巻で斬りつけていった。 「‥‥仲間がいたのか」 ジェーヴィチは珠光を離すと素速く身を翻して距離をとった。 「大丈夫か!?」 「う、ん‥‥なんとか‥‥」 錐丸の呼びかけに珠光が応える。 「まずはコイツら倒しとかねェとな‥‥」 錐丸はグールと対峙する。 「ヘッ、異国のアヤカシってのは初めてだな。が、天儀には鬼ってのがいてね‥‥鬼の怖ろしさ、存分に教えてやるよ」 かまえた刀身に練力をそそぐと、赤い炎が発生した。 錐丸は炎を纏った刀を振り上げ、鬼神の如く斬りかかる。炎の刃が火の粉を散らせてグールを斬り裂いた。 「炎魂縛武――地獄よりも一足早く‥‥業火を味わいな」 燃える切っ先をグールへ向けて、錐丸はふたたび斬りかかっていった。 ●黒群爆破 町の上空にて蝙蝠を迎え撃つ開拓者たち。龍と人との連係攻撃が蝙蝠を打ち倒していたが、圧倒的な数を前にしてゆるやかな後退を余儀なくされていた。 太刀花は自らが駆る龍の翼に喰らいついた蝙蝠を剣で払い落とす。 もう何度も群れのなかに突撃をしたため、太刀花も蘇芳も細かい傷を無数に受けていた。 「これ以上下がるとマズイな‥‥」 太刀花は眼鏡をはずして額の血を拭う。 蝙蝠は密集して数の盾を形成している。突撃で群れ散らすのは難しくなっていた。 開拓者により講堂は守られているものの、蝙蝠の群れはすでに町のなかに侵入している。いまは血の臭いを追って開拓者たちを攻撃しているが、住人の存在に気づけば彼らを狙うだろう。 「うざってぇんだよ! 蝙蝠どもめ!」 蝙蝠を相手に紫翠の口調はかなり乱暴になっていた。いつの間にか髪を結えていた鈴の紐がほどけている。 「このままだと押し切られちゃう‥‥」 一度は払った震えがふたたび乃木亜を襲う。果ての見えぬ戦いに恐怖心が膨れあがる。 「私は、どうしたらいいの‥‥」 不安に負けそうになったとき、懐のなかにあるものに気がついた。 「これは、焙烙玉‥‥そうだ、これを使えば‥‥」 乃木亜は龍を上昇させて太刀花、紫翠に呼びかける。 「二人とも聞いてください! 私、焙烙玉を持ってるんです!」 「焙烙玉‥‥?」 紫翠は矢をつがえながら乃木亜の話を聞く。 「はい、これを群れの密集地で爆発させれば――!」 「なるほど、焙烙玉なら群れを散らせるかもしれませんね」 太刀花は眼鏡をかけ直す。 「でも私、ひとつしか持ってなくて、それで――」 「かまわねー、俺たちが援護するよ」 紫翠が前へ出る。 「周りからつつけば、やつらも中央へ固まるでしょう」 グレートソードをかまえて太刀花も前へ出た。 「皆さん‥‥」 「必ず当ててくださいよ?」 「はいっ!」 合図の後、三人は空中で散開する。 紫翠と太刀花は蝙蝠の群れへ向けて一直線に龍を駆らせた。群れの周囲を飛び回りつつ攻撃を加え、すこしずつ中央へ寄せていく。 乃木亜は二人が攻撃を加えているあいだに、群れの真上まで龍を高く上昇させた。 「もうすこしだけ‥‥高く!」 群れが眼下に見える。 導火線に火を点けて下降する。 爆発時間を計算して、 「お願い! 届いて!」 乃木亜の投下した焙烙玉は真っ直ぐに群れのなかに落ちてゆき――。 見事に群れの中央部、蝙蝠たちがもっとも密集していた位置で爆発した。 爆発に巻き込まれた蝙蝠の残骸が宙に舞う。バラバラと黒い塵が宙に消えてゆく。爆発を逃れ生きていた蝙蝠たちも群れから離れて散っていった。 「うまく当たりましたか?」 戻ってきた乃木亜が訊ねる。 「ああ、完璧だったぜ」 紫翠が答える。 「これでようやく、まともな攻撃ができるな!」 開拓者たちは散っていく蝙蝠が再度集まらないように追撃をかけた。 ●突入 錐丸の到着にしばし遅れて、輝夜、青嵐、蔵人が館の上空に到着した。 「どうやら、もうはじまっているようですね」 中庭では錐丸と珠光がグールと戦っている。 「あれが、ヴァンパイアでしょうか?」 青嵐がジェーヴィチに目をやる。ジェーヴィチは上空の開拓者たちを見ると、すぐさま館へ入っていった。 「館内に逃げ込んだようですね」 「ああ。でも下からチマチマ探索するのも面倒やな」 「同感です。屋根を壊して突入しましょう。嵐帝!」 青嵐は甲龍の〈嵐帝〉に命令を下す。嵐帝は自らの鱗を高質化させて屋根へ体当たりを仕掛けた。 「ほなわしらも行くで!」 蔵人は炎龍の〈小狐丸〉とともに急降下する。 「よっしゃあ! 踏み砕け、小狐丸!」 嵐帝と小狐丸の突撃で館の屋根は砕かれ崩れ落ちた。 「屋根まで壊すとは‥‥!」 瓦礫を払い、ジェーヴィチが上空の開拓者たちを睨み付ける。 「見つけたで! 突入や!」 蔵人が小狐丸の背から飛び降り、屋根に開いた穴からジェーヴィチのいる部屋へ着地した。輝夜と青嵐もそれに続く。 一階からはグールを倒した錐丸と珠光が上がってきていた。 「逃げ場はないぞ、ヴァンパイア」 蔵人が大斧を向ける。 「逃げる必要などない。この私がおまえたちのような野蛮人に負けることなどありえないからな」 「気取るなよ妖物風情が」 蔵人は大斧をかまえてジェーヴィチに突撃する。ジェーヴィチはふわりと体を浮かせて斧を躱し、同時に打ち込んできた輝夜の剣も巧みに振り払った。 「ちょこまかと動きやがって」 蔵人がもう一度斬りかかっていく。 「‥‥野蛮とはいったが、おまえの赤髪赤眼は、我が僕となるのに相応しい美しさだぞ?」 蔵人に向けてジェーヴィチの瞳が妖しく輝いた。 「どうだ? 私とともに永遠の生を――」 「野郎の誘惑なんぞ効くかぁあああ!」 蔵人はジェーヴィチの脳天に目掛けて大斧を振り下ろすが――。 斧が宙でピタリと止まる。 「‥‥あ、あかん‥‥わしにはコイツを攻撃できひん‥‥」 蔵人は戦意を喪失し身を退いていく。 「いい子だ。さあおまえも‥‥」 ジェーヴィチは後方の輝夜に向けて魅了を放つ。 「また魅了ですか!? そうはいきませんよ!」 青嵐がジェーヴィチと輝夜の間に割ってはいる。 「炎姫! 眼前の吸血鬼を焼き払え!」 召喚された式、火炎獣がジェーヴィチに火炎放射を浴びせる。炎は絨毯や家具に燃え移り、部屋は火の海となった。 「くっ、炎が!」 「‥‥炎が嫌いなら、もっとくれてやる」 輝夜はジェーヴィチが怯んだ機会を逃さず、炎魂縛武でグレートソードに炎を纏わせ一気に間合いを詰める。 身を低く走らせてジェーヴィチの懐にもぐり込み、流れるような動きで脇腹を斬り払った。 紅い斬線が真横に走る。 吸血鬼の悲鳴。 炎が揺らめき、火の粉が舞い散る。 「まだまだ、これでは終わりませんよ!」 輝夜の攻撃に合わせて、青嵐は気力を込めた斬撃符、風の刃を間隙なく撃ち込んでいく。ジェーヴィチは炎剣と風刃の連続攻撃に耐えきれず、ついに炎の床に膝を落とした。 「かはっ‥‥私が、こんなところで‥‥」 ジェーヴィチは崩れた天井を見上げる。逃げ道はただひとつ。 「ふ」 床を蹴って跳躍すると、天井の穴から外へ飛び出した。 「逃すか! 小狐丸!」 すでに魅了効果の切れていた蔵人が指笛を鳴らして小狐丸を呼ぶ。命令を受けた小狐丸は、屋根から逃げようとするジェーヴィチの両肩をしっかりとつかんだ。 「よぅやった、小狐丸!」 屋根に躍り出た蔵人は大斧をかまえる。 「潮時やな、ヴァンパイア!」 蔵人は大斧を高く掲げて跳躍し、ジェーヴィチの頭上へ振り下ろした。 ●去りゆく蝙蝠 町ではまだ蝙蝠との防衛戦が繰り広げられていた。 開拓者も龍も体力を消耗し、蝙蝠の侵攻を押さえきれなくなっている。 「もうこれ以上はもたない‥‥!」 開拓者たちが諦めかけたとき――。 上空の群れが突如後退をはじめた。なにかに怖れるように散り散りとなり、空の彼方へ逃げてゆく。 「耐えたのか」 開拓者たちは町を一回りして安全を確かめる。 「もう蝙蝠はいないみたいですね」 太刀花は一息ついて、懐から出した布で眼鏡のレンズを拭った。 「よォ、全員無事みてーだな‥‥っていかんいかん」 紫翠は紐で髪を結わえ直す。 「こほん、全員無事なようですね」 「はい、なんとか‥‥蝙蝠が去ったってことはヴァンパイアを倒せたんですよね。あっちの皆さんは無事でしょうか」 乃木亜は館の方角を見る。 灰色の雲の間からきれいな青空が覗いていた。 避難していた住人たちが自宅へ戻り、平静を取り戻した頃、ヴァンパイア討伐班も全員無事に町へ帰還した。 了 |