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■オープニング本文 石鏡の片辺に霞神社と呼ばれる社がある。 境内は山間地から流れる薄い霞につつまれて、微かな幻、夢か現か、訪れた者に幽邃の境を感じさせるという。 この霞神社に一振りの御神刀が奉納されていた。 銘は〈綾霞〉。 旧き刀匠が鍛えた業物で、霞が綾を成して流れているような、淡く美しい波紋を持つことがその名の由来である。 霞神社で毎年行なわれる奉納祭では、冬霞の立つ神前で巫女たちが神楽を舞い、御神刀を清め納めるのだという。 しかし先日の夜こと、付近の森に根城をかまえる盗賊の一団が霞神社に押し入った。 殺生を厭わぬ凶暴な野党どもである。 なかには志体を持つとおぼしき者もいたという。 社務所に寄宿していた神主や巫女では盗賊団に敵うはずもなかった。 それでも運良く命だけは取り留めたものの、数々の物品とともに本殿に納めてあった御神刀〈綾霞〉は奪われてしまった。 今年の奉納祭はもう間近に迫っている。 金品雑品ならばともかく、御神刀がなければ奉納祭を斎行することができない。 神主はギルドへおもむき、御神刀の奪還を依頼した。 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
青嵐(ia0508)
20歳・男・陰
空(ia1704)
33歳・男・砂
荒井一徹(ia4274)
21歳・男・サ
鞍馬 雪斗(ia5470)
21歳・男・巫
新咲 香澄(ia6036)
17歳・女・陰
からす(ia6525)
13歳・女・弓
トーマス・アルバート(ia8246)
19歳・男・弓 |
■リプレイ本文 ●霞の森へ 開拓者たちは霞神社へ到着していた。 「この辺りは本当に霞が多いんだな」 薄霞のなかに浮かぶ赤い服、トーマス・アルバート(ia8246)があたりを見回す。 視界をさえぎるほどの濃い霞ではないが、境内にただよう霞はまるで霞自体が神社の一部であるかのようにそこに在り続けている。 「地形的な要因もあるのだろうな‥‥こういう場所が神域として相応しいのかもしれん」 長い黒髪を頭の両端で二つ結びにした弓術師の少女、からす(ia6525)がいう。 「あれ、神主さんじゃないかな?」 新咲 香澄(ia6036)が出迎えにきていた神主のすがたを見つける。お互いに軽く挨拶を交わしてから、開拓者たちは神殿へ上がった。 「ひどい‥‥」 雪斗(ia5470)は盗賊たちに荒らされた神殿内を見てつぶやいた。 霞のごとく静閑であっただろう神殿内は盗賊たちによって乱れ荒らされていた。壁や床には刀傷もついている。 「馬鹿なことするやつは、どこにでもいるんだな」 長い赤髪、額に大きな一文字の傷跡を持つサムライ、荒井一徹(ia4274)は盗賊団に対して呆れと怒りを感じていた。 「壁や床はいくらでも修復が可能です。でも‥‥あの御神刀は取り替えのきくものではありません‥‥」 神主は哀しそうにうつむいた。 御神刀を用いる神事、奉納祭も間近に迫っている。 「‥‥御神刀〈綾霞〉、早急に奪還しないといけませんね。盗賊の根城に心当たりはありますか?」 朝比奈 空(ia0086)が神主に訊ねる。 「付近の森に出入りしているのを見た者がいます。近くの村も襲われていますし、おそらく、森を拠点にしているのでしょう‥‥」 「奪われた御神刀はどんな形状だったのでしょう?」 青嵐(ia0508)が訊ねる。青嵐は長い前髪で目元を隠し、自らに模した人形を操り腹話術で会話をしている。 「見た目は普通の刀です。白木の鞘に収めて、玉飾りのついた紐で封をしてあります」 「いかにも御神刀って感じだな」 薄笑いを浮かべて、空(ia1704)がいった。 「盗品――それもそんな目立つ代物は、そう簡単には金に変えられねぇ。奪われてから間もないみたいだし、まだアジトに残ってるだろうな」 「よし! さっさとアジトを見つけて、刀を取り戻して、盗賊一味は全部まとめて叩いてやろう!」 一徹が拳を鳴らす。 「お願い、できますか?」 神主は心配そうに訊ねる。 「大丈夫! ボクたちにまかせておいてください!」 香澄が元気よく答える。 その後、開拓者たちは盗賊捕縛のための作戦準備をととのえた。 出発直前、青嵐は拝殿前に来ていた。 拝殿を前に、一人祈りをささげる。 「‥‥霞神社の神よ、どうかわれわれに御加護を‥‥」 ●森の盗賊 薄霞のただよう森のなか。開拓者たちはそれぞれ識別用の鈴をつけてアジトの探索をしていた。 「馬を使うってことは、足跡が残るな。それに草木をかき分けた跡もあるはずだ」 空とトーマスは地面を注視しながら盗賊たちの痕跡を捜す。 「ん?」 空が足をとめた。 地面に蹄鉄の跡がついている。草もかき分けられており、周辺の土は柔らかくなっていた。 「ヒヒ‥‥見つけたぜ。盗賊どもの通り道だ」 「よし、これを辿っていけばアジトがわかるな」 二人は周囲の気配に気をつけながら足跡を追っていく。 森の東側、切り立った崖のそばで盗賊の根城らしき丸太小屋が見つかった。 出入り口らしき扉が一つ。窓のない簡単な造りの小屋である。小屋のそばには馬屋も建っており、馬が繋がれていた。 「どうやら、あそこで間違いないようだな‥‥」 トーマスは離れた木の陰から小屋のようすを覗う。 「馬の数からすると、全員なかにいるようだ」 「二人で襲撃をかけるのは得策じゃねぇな」 空がいう。 「いったん戻って、皆を呼んでくるか」 「わかった。俺はここに残ってヤツらの動きを監視しておこう」 空はトーマスを残して仲間を呼びに戻っていった。 しばらくの後。 空の招集により、開拓者たちは全員合流していた。 「ここから北西に罠を仕掛けるのにちょうどいい場所があった。なんとかしてそこにおびき出せないかな」 からすがいう。 「そういうことなら、俺が喧嘩を売って誘い出すぜ。血の気の多い盗賊どもなら買ってくれるだろうからな」 「自分も同行するよ」 一徹と雪斗が名乗りをあげる。 「それじゃあボクたちが待ち伏せして罠を張っておくよ。ちょうど荒縄も持ってきてるしね」 開拓者たちは二手にわかれて、襲撃のときを待った。 ●盗賊と刀 待ち伏せ班が罠の設置を終えたのを確認して、襲撃班の四人はそれぞれの配置についた。 表側の扉から一徹と雪斗が襲撃をかけ。出てきたところを空とトーマスが迎撃する予定だ。 「へへっ、なんか楽しくなってきた」 一徹は戦いを前にして昂ぶっているようだ。 「相手は人間だからね、あまり殺生はしたくないけど‥‥志体持ちには手加減もできないかな‥‥」 すこしだけ面倒そうに雪斗がいう。 小屋のなかでは酒でも飲んでいるのだろう、男たちの笑い声が聞こえてくる。 「それじゃあ行くか! たのもーっ!」 一徹は大声をあげると同時に小屋の扉をおもいっきり蹴り飛ばした。番をはずれ、勢いよく吹き飛んだ扉は小屋のなかにいた子分の一人に命中する。 「な、なんだぁ!」 突然の出来事に、盗賊たちはあわてて武器を手に取った。 「てめぇら! 捕り物か!」 盗賊たちは殺気立って入り口に刃を向ける。しかし一徹と雪斗のすがたを見てすぐにその緊張はとけた。 「‥‥なんだ、二人だけか。それも片方は女じゃねぇか、拍子抜けしちまったぜ」 盗賊は襲撃者が二人だけだということ、そして雪斗のことを女だと勘違いして、油断していた。 「まったく驚かせやがって‥‥まさか、たった二人で俺たちを捕まえに来たのか?」 「そこのお嬢ちゃん、槍なんかかまえてないで、こっちきて酌をしてくれよ」 盗賊たちは笑っている。 「‥‥お嬢ちゃんって、自分のことかな?」 雪斗が自分を指差しながらとなりの一徹に訊ねた。 「たぶん‥‥そうじゃないか」 「‥‥‥‥」 雪斗はちょっと複雑そうに顔をしかめる。 「ほらほらお嬢ちゃん、こっちきて楽しいコトしようぜえ」 子分の一人が雪斗の腕をつかもうとした瞬間――。 雪斗は素速く槍を回転させ、石突きで子分の下顎を突き上げた。 「がはっ!」 石突きを受けた子分は一瞬宙に浮いたあと、床に落ちた。軽い一撃ではあったが気絶したようだ。 「てめぇらっ!」 それを見た盗賊たちはふたたび殺気立った。五、六人の子分たちが刀をかまえると、雪斗へ向かって一斉に襲いかかる。 「戦いにくい場所にわらわらと‥‥自分は面倒が嫌いなんだ」 雪斗は身を伏せると、向かってくる子分たちの足もとを狙って槍をなぎ払った。足もとをすくわれた子分たちは無様に転んでいく。 「こ、こいつ‥‥!」 後ろで見ていた子分たちも武器を取って立ち上がった。小屋内は異様な殺気で満ちている。 子分たちが雪斗へ飛びかかろうとしたところを、 「やめておけ!」 野太い声が子分たちの動きを制した。 「と、頭目‥‥」 奥には子分たちに頭目と呼ばれた男が座っていた。 顔中にぼうぼうとひげを生やした大男。まさに盗賊といった貫禄だった。 「その身のこなし‥‥ただモンじゃあねぇな。ギルドから来た開拓者だろう?」 頭目は重い視線を二人に向ける。 「開拓者が相手じゃ、おまえらに勝ち目はねえ。おい」 頭目が顎をしゃくると、側近らしき男たちが立ち上がった。 一人が刀をかまえると、狭い小屋内をするりと滑るように移動して斬りかかってきた。 「っと!」 その剣撃を一徹がグレートソードで受け止める。 「いい動きだ。志体持ちってところだな!」 一徹は刀をはじき返すと、外に飛び出す。雪斗もそれに続いた。 盗賊たちも二人を追ってぞくぞくと小屋から出てくる。 「さあ盗賊ども! ビビってる暇があるならかかってきな!」 戦いの場を小屋の外に移して、ふたたび斬り合いがはじまる。 志体持ちの盗賊が五人。それを援護する子分が十人近くいる。一徹と雪斗は適度に相手をしながらすこしずつ退いていく。 「出てきたな」 空は小屋から出てきた盗賊たちの動きを心眼で追った。 「ヒヒッ――左方距離十二間――、さら一人分左で十四間――」 心眼で敵の位置を確認してトーマスに囁き伝える。 「心得た」 トーマスは空の指示した位置へ向けて矢を射る。 空の誘導により、視界の悪い霞のなかでも敵を狙撃できていた。素速い射撃が盗賊たちの動きを牽制する。 「クソッ! どこから撃ってきやがる!?」 盗賊たちは矢が飛んでくる方向からトーマスの位置を割り出して襲撃をかける。 「ヒヒッ、来やがったな‥‥」 「ここはいったん退こう。罠まで誘導するんだ」 一徹と雪斗は罠への誘導にとりかかっている。空とトーマスも攻撃の手を止めてその場から離れることにした。 「まちやがれ!」 「馬だ! 馬を使え!」 「おう! この森は俺たちの庭みたいもんだ! 逃げ切れると思うな!」 盗賊たちは馬を使って開拓者たちを追いかける。 開拓者たちは逃げるフリをして、巧みに盗賊たちを誘い込んでいた。待ち伏せ班が設置している罠はもうすぐそばだ。 「ヒ――助けてっ」 空はここで足を挫いてよろけるフリをした。罠の張られた木のそばに倒れてうずくまる。それを見つけた盗賊がここぞとばかりに馬上から刀を振るった。 「その首もらったぁ――あがっ!?」 がくん、と盗賊の体がなにかに引っかかったように馬上で跳ねる。木々の間に張られていた荒縄に体をとられて落馬したのだ。後続の盗賊たちもつぎつぎと罠にかかって落馬していった。 空はゆらりと立ち上がると、罠にかかった盗賊たちに向き直った。 「キヒヒ――森は庭じゃあなかったのかい?」 空はゆっくりと盗賊に近づく。その頬が残忍そうにひくついている。 「腕か、足か、どこからがいい?」 盗賊の前で槍をかまえる。 「いや――全員まとめて首だな‥‥キヒャハハハハ!」 狂気とともに槍を一薙ぎ。 並んだ首が胴から落ちた。 馬上の盗賊たちが縄や落とし穴にかかるのを確認してから、隠れていた待ち伏せ班が出撃した。 「浄化の炎よ!」 朝比奈 空は馬の正面に浄炎を発現させる。突如目の前に現われた火炎を見た馬は、いななき暴れ、背中の主を振り落として逃げてゆく。 「まだまだ!」 馬から落ちた盗賊へ向けて、香澄の呪縛符が放たれる。符から発現した黒い影は盗賊の体にまとわりつき束縛する。 「ちっ! 全員馬をおりろ! 馬上の高さに罠が仕掛けてあるぞ!」 馬をおりた盗賊たちは木々の合間、霞にまぎれて素速く動く。 「霞がここまで厄介なものだとは思わなかったな‥‥まったく」 雪斗は心眼を使用しつつ盗賊と剣を交える。 「ああ‥‥力が、なんか吸い取られてく‥‥」 香澄が吸心符で盗賊の体力を吸い取り、空が放つ力の歪みがとどめを刺す。開拓者たちの連係攻撃の前に、盗賊たちはその数をすこしずつ減らしていった。 香澄はまだ生きている盗賊を呪縛符で絡め取り、所持していた縄で捕縛していく。 「さて、一通り捕まえたみたいだけど‥‥御神刀はどこにあるのかな?」 刃と刃が激しく打ち合う音。 一徹と頭目が戦っていた。 「くっ! 重いな!」 一徹は頭目の剣を受ける。 「てめぇ‥‥これだけの力があって、なんで盗賊なんか!」 「ほしいものをほしいだけ手に入れるには、盗賊になるのが一番いいんだよ! 開拓者!」 「いいねぇ‥‥俺もてめぇみたいなヤツと闘り合うのが好きだぜ! 盗賊!」 力任せの剛剣がぶつかり合う。 両者の力は拮抗しているのか、お互い一進一退を繰り返す。 頭目は肩と脇腹に、一徹も肩と腕に切り傷を受けていた。血が流れ、剣を持つ手が痺れてくる。 「なかなかいい腕だが、賊との戦い方を知らねぇみたいだな」 頭目が笑ってなにかを投げつけると、一徹の周囲に煙が立ち昇った。 「煙幕か! てめぇ‥‥!」 「がはは! 甘かったな、小僧!」 煙幕にまぎれて頭目が逃走しようとしたとき、 ――りん。 霞の奥で鈴の音が聞こえた。 直後、霞と煙を切り裂き、風の刃が頭目を襲った。 「あなたが頭目ですね――」 頭目の前に青嵐がすがたを現わす。 「神域を荒らした罪は重い――あなたがたの行為は赦されるものではありませんよ」 「フン、なにをいってやがる!」 頭目は刀をかまえると青嵐に向けて飛びかかる。 「呪縛符!」 飛び上がった頭目の側面から、香澄が呪縛の式を打ちはなった。黒い影にまとわりつかれた頭目は動きを鈍らせながらも青嵐に斬りかかる。 青嵐は鈍った剣撃をゆらりと躱す。その動きに前髪が揺れて金色の左眼が覗き見えた。 「てめぇ‥‥! その目はッ!?」 ほんの一瞬、頭目は異質な瞳に釘付けとなった。 「‥‥風姫、風の刀法その一、大祓えの一文字!」 至近距離からの斬撃符。 風刃は頭目の体を容赦なく切り刻んだ。 頭目が倒れた直後、小屋の方向から蹄鉄の音が聞こえた。 「残党がいたか、逃さぬよ」 からすはそばに立っていた馬の背に乗る。 手綱を引いて、とんとん、と横腹を蹴ると、馬は従順に方向を転換した。 「いい子だ、たのむぞ!」 からすは馬を駆り立てて逃亡者を追いかける。 前方に逃げる賊の背が見えた。 騎乗で衡平を保ちつつ、弓をかまえる。 鷲の目で狙いを定めて――、 撃つ。 精霊力によって高められた超高速の矢が馬上の盗賊を撃ち抜いた。 からすは矢を受けて落馬した盗賊のもとへ駆け寄る。この盗賊は白木の鞘に収められた刀を持っていた。 「この刀‥‥間違いない、御神刀だ」 からすは御神刀を腰に差すと、馬を走らせて仲間のもとへ戻った。 ●奉納祭 御神刀も無事に奪還し、霞神社の奉納祭は予定どおりに行なわれることとなった。 開拓者たちは神社で振る舞われた酒をのんびりと飲みながら、祭りを見学している。 「こういう雰囲気で飲む酒も、悪くないね」 「まあ、バカ騒ぎはできなさそうだけどな!」 雪斗と一徹は互いに杯を酌みながら、祭りのようすを眺めていた。 「あ、朝比奈さんがきたよ!」 神楽殿に舞巫女の装束に身をつつんだ朝比奈 空が出てきた。 乳白色の薄霞のなか、音楽に合わせて雅やかな舞が舞われる。 装束の袖がひらひらと、綾なす霞をまとわせて、彼女の神秘的な美しさが一段と映える。 「うん、見事だね」 からすは木の上で茶を啜りつつ、遠巻きで祭りのようすを楽しんでいる。傍らには野生のカラスが懐いていた。 了 |