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■開拓者活動絵巻
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■オープニング本文 夜の闇の中、淡く揺れる提灯の光が3つ。その正体は、街の同心達。役人と聞くと偉そうにフン反り返っている印象を受けるが、彼等のように自主的な夜間警護をする者も居るのだ。 「今夜も異常無し、か。最近は平和だねぇ…」 言いながら、男性の1人がアクビを漏らす。夜が静かなのは悪い事ではないが、見回りをしていても張り合いが無いのかもしれない。 「そうですね。非行に走る若者も少なくなりましたし」 眼鏡の男性が、軽く微笑みながら眼鏡を直す。物騒な事件が無くても、未成年が夜間徘徊する事があるのだ。思春期という年頃は、本当に難しい。 「これぞ、天下泰平。本来、吾輩達同心は暇であるべきなのだ」 腕を組み、自分の言葉に頷く眼帯の男性。彼等同心が暇なら、事件や事故が起きていない事を意味する。とは言え、そう簡単に済む問題なら、同心は要らないワケだが。 「へいへい。テンカタイヘーは良いけどよ…こう暇だと腕が鈍りそうだぜ」 男性は首を鳴らし、腰の刀にそっと手を伸ばした。抜く機会が無くても、刀は剣士の魂。それを扱う腕が錆びてしまっては、同心の名折れだと思っているのだろう。 様々な想いが交錯しながらも、見回りを続ける3人。大きな川に掛かる橋を半分くらい渡った頃、眼帯の男性が突然脚を止めた。 「…少々、質問させて貰いたい。抜き身の刀が浮いて見えるのは…吾輩の目と脳、どちらが壊れているのだろうか?」 「へ? 悪いんですが、質問の意味が…」 予想外の問い掛けに、疑問の表情を浮べる眼鏡の男性。彼の言葉は、最後まで声にならずに途切れた。 「浮いてるな、刀…」 そう…眼帯男性の言う通り、刀が浮いている。何もない空中に、鈍い鉄色の光を放ちながら。手を伸ばせば届きそうな高さだが、こんな怪しい刀を握ろうとする者は居ないだろう。 「貴殿らにも見えるなら、これは物の怪で間違い無いな…!」 静かに言い放ち、眼帯男性は片手で自身の刀を抜き放つ。他の2人も、同様に愛刀を構えた。 周囲の空気が張り詰め、緊張が高まる。様子を見ながら、3人は間合を少しずつ詰めた。意を決し、眼帯男性は提灯を投げ捨てて大きく踏み込む。 直後。彼の腹から『刀身が生えた』。背後から突き刺された、漆黒の刃。だが、彼の背後には誰も居ない。その刀は、眼帯男性の影から伸びていた。 「……吾輩とした事が、不覚」 血の塊を吐き出し、膝から崩れ落ちる。彼の腹を貫いた刃は、影の中に消えていった。存在自体が無くなったワケではない。その証拠に、刀は浮いたままだ。 「ちっ! おい、お前は救護班と応援呼んで来い! 急げっ!」 男性の言葉に、眼鏡男性が駆け出す。その後、橋の上で何が起きたかは分からないが…増援と共に彼が戻って来た時、刀も倒れた同心も、姿は無かった。 ただ1つ。残された大量の血痕だけが、彼の言葉嘘ではない事を証明している。 |
■参加者一覧
喜屋武(ia2651)
21歳・男・サ
鞘(ia9215)
19歳・女・弓
朱華(ib1944)
19歳・男・志
長谷部 円秀 (ib4529)
24歳・男・泰
ジン・トーセ(ib9680)
12歳・男・魔
戸隠 菫(ib9794)
19歳・女・武
白葵(ic0085)
22歳・女・シ
黒葉(ic0141)
18歳・女・ジ
御堂・雅紀(ic0149)
22歳・男・砲
スチール(ic0202)
16歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ● いつもと変わらない景色、いつも通りの日常。街の様子は、普段と何も変わらない。 だが…この平和な姿の裏で、今日もアヤカシが暗躍している。 一般市民に混じり、街の中を手分けして見回っている開拓者が数人。その中の1人、鞘(ia9215)は弓を握って精神を研ぎ澄ませ、弦を掻き鳴らした。 「…ここでも反応無し、か。どうやら、昼間は出現しないようだな」 溜息混じりに零れた言葉。彼女は何時間も前から、街に潜むアヤカシを探していた。 「こっちも駄目…有益な情報、何も聞けなかったよ。同心以外、目撃者は居ないみたい」 聞き込みをしていた戸隠 菫(ib9794)も、同様に溜息を吐く。事件が起きた現場を中心に話を聞いたが、目撃した住人は1人も居ない。 「その様子では、貴様達も収穫は無かったようだな…」 近くを通りかかったのか、別の場所を探索していたスチール(ic0202)が声を掛ける。4人で班を作った彼女達は、朝からずっと街中を見回りをしていた。 「『も』って事は、そちらも発見出来なかったのですか?」 鞘、菫と共に行動していた喜屋武(ia2651)が、苦笑いを浮かべながら視線を向ける。彼は常に襲撃を警戒していたが、アヤカシが出現する気配は無かった。 喜屋武の質問に、御堂・雅紀(ic0149)は後頭部を掻く。 「…まぁ、な。被害状況を聞く限りじゃ、行動範囲は広くなさそうなんだけど」 同心とギルドの情報から推測するに、アヤカシの行動範囲は街の中央付近のみ。捜索する場所は限られているが、それでも発見出来ないのは厄介かもしれない。 「こうなっては仕方ありません。夜に備え、迎撃の準備を進めましょう」 頭を切り替え、次の行動に移ろうとする長谷部 円秀(ib4529)。夜間戦闘となると、光源が必要になる。言葉と共に、準備してきた松明を取り出した。 「そうですね…厄介な敵ですが、街中に捨て置く訳にも参りませんし」 同意しながら、周囲を見渡す黒葉(ic0141)。街にいる住人達のためにも、アヤカシを野放しにするワケにはいかない。 7人は静かに頷くと、出現場所の大橋に向かって歩き始めた。 現場では、既に準備を進めている者達が居る。 「刀のアヤカシか…傷付ける為の武器は、厄介だな」 呟きながら、橋の欄干に松明を括り付けているのは、朱華(ib1944)。火が橋に燃え移らないよう、細心の注意を払っている。 「きゅっきゅっ、にゃー。きゅっきゅっにゃー♪」 対照的に、白葵(ic0085)は楽しそうだ。アヤカシに負の感情を喰われないようにしているのか、それ以外の理由なのか、真実は分からないが。 「…随分と楽しそうだな。まぁ、緊張でガチガチよりは良いが」 少々呆れた表情を浮べながらも、ジン・トーセ(ib9680)は淡々と作業を進めていく。橋の周囲に松明の設置が終わる頃、開拓者達10人は一堂に会した。時刻は、3時を過ぎた頃。アヤカシの出現まで、残り約5〜6時間である。 ● 燃える松明が周囲を照らす中、開拓者達は橋の中央付近で警戒を強めていた。 「そろそろ、同心達が襲われた時刻だね。トーセさん、大丈夫? 眠くない?」 ジンの背を軽く叩きながら、明るく声を掛ける菫。彼と同年代の少年なら、そろそろ眠ってもおかしくはない。彼女なりに、気を遣っているのだろう。 「一応、気遣いは感謝しておく。けど、子供扱いは止めてくれ」 若干不機嫌そうに言葉を返すジン。思春期という事もあり、子供扱いが嫌なようだ。2人の会話に、周囲の雰囲気が和らぐ。 「この反応…みんな、注意して! 敵は1体じゃない!」 次の瞬間、鞘の叫びで空気が一転した。瘴気の濃度が増し、刀の形に集まって具現化。周囲3ヵ所に、浮遊する天儀刀が出現した。 1体は、開拓者達の北側、数m先の橋の上に。残り2体は、橋の南東と南西。川沿いを走る通路上に、不気味に浮かんでいる。 「ほう…想像よりも美しい刀だな。アヤカシにしておくには惜しい」 元々、天儀刀は美術品としての価値も高い。それを模した造型をしているなら、鋼鉄好きのスチールが魅入るのは当然だろう。 「ですが、あれは危険なアヤカシです。同心達の死を無駄にさせないためにも…ここで討ち果たしましょう…!」 円秀の言葉に、迷いは微塵も無い。犠牲になった同心達の事を考えると、拳に力が入っていく。他の9人も、気持ちは同じ気持ちハズだ。 それを示すように、開拓者達は一斉に行動を起こした。円秀、黒葉、雅紀、スチールは兵装を構え、目の前のアヤカシと対峙する。残り6人は橋を下りるため、南側に駆け出した。 無防備な背中を、アヤカシが見逃すワケが無い。天儀刀が鈍い光を放つと、円秀達の影から刃が生まれ、6人に向かって伸びていった。 それに気付いたスチールは、踵を返して足元を蹴る。跳ぶように距離を詰め、白い刀身を大きく薙いだ。雑草でも刈るように、影の刃を全て斬り落としていく。それが瘴気に還っていく中、スチールは切先をアヤカシに向けた。 「私が居る限り、不意討ちなどさせんよ。仲間のためならば、喜んで盾になろう」 力強い言葉を背に受けながら、6人は橋を駆け下りる。ほぼ同時に、円秀はアヤカシに向かって突撃した。覚悟を胸に兵装を奔らせ、超高速の斬撃を放つ。双刃が刀身を捉え、火花を散らしながら天儀刀が大きく揺らいだ。 「まったく…厄介な事になったな。行くぞ、黒葉。化け物退治だ」 雅紀の言葉に、黒葉が元気良く頷く。彼女は西側の欄干に飛び乗り、自身の影を水面に落とした。松明に注意しながら、布を翻したかの如く軽やかに疾走。そのまま跳躍して短刀を振り下ろすと、切先がアヤカシの刀身を削り、金属音が周囲に響き渡った。 黒葉の着地とほぼ同時に、雅紀が銃を撃ち放つ。弾丸が闇夜を一直線に奔り、天儀刀の切先を直撃。抉り取ったような、円形の跡を残した。 欠けた刀身から瘴気を漏らしながら、天儀刀は自身を橋の床板に突き立てる。瘴気が橋の表面を一瞬で駆け抜け、全ての影から刃が姿を現した。 「跳べ…!!」 短く言い放ち、円秀は脚を踏み出す。開拓者達が跳び上がった直後、圧倒的な衝撃が放射状に伸び、無数の刃を次々に打ち砕いた。仲間達を巻き込まないため、円秀は手短に指示を飛ばしたのだろう。 「ゎ!? 危ないですにゃ…と、失礼しました」 素の猫口調が出てしまい、恥ずかしそうに咳払いをする黒葉。円秀の衝撃波を喰らいそうになり、相当焦ったようだ。 そんな彼女の隣を、スチールが駆け抜ける。盾でアヤカシを正面から殴り、体勢が崩れた隙に剣を薙いだ。斬撃の威力で、天儀刀が欄干を越えて川の方に吹き飛ぶ。 追撃するように、黒葉が鞭を振った。兵装全体をオーラが包み、生き物のように動いてアヤカシに絡み付く。その状態で、黒葉は天儀刀ごと鞭を引っ張った。 「―捕まえました! …主様、今です!」 「良くやった。任せとけ…!」 引き寄せられた天儀刀目掛けて、雅紀は照準を合わせる。タイミングを計って放たれた銃撃は、天儀刀の刀身を貫通。銃声と破壊音が、闇夜の中に響いた。 雅紀の射撃は天儀刀をヘシ折り、残骸が橋の上に散らばる。それが瘴気と化して空気に溶けるまで、そう長い時間は必要なかった。 ● 橋を下りた6人は二手に別れ、東と西に移動していた。東を担当するのは、朱華、ジン、白葵の3人である。 「んと、えと…朱華、さん。白、頑張るよって、よろしゅうな?」 猫耳をピョコピョコと動かしながら、言葉を掛ける白葵。その人懐こい笑顔は、見ているだけで安心する気がする。 「こちらこそ。白葵さんと組めて、心強い。勿論、ジンさんもな?」 無表情のまま、朱華は彼女に言葉を返した。その後、ジンに視線を向ける。ジンは不敵な笑みを浮かべ、軽く頷いてみせた。 天儀刀との距離を詰める3人の進路上に、影から刃が2本生まれる。それが通路で交差し、道を完全に塞いだ。 「瘴気の刃は僕が始末する。その隙に、2人はアヤカシの本体を頼む」 言うが早いか、ジンは空中に炎を生み出して高速で射ち出す。火球が刃を飲み込み、燃え散らして瘴気に戻した。 火の粉が舞う中、朱華が一気に駆け抜ける。両手の刀に精霊力を収束させ、交差させるように薙いだ。風に揺らぐ枝垂桜のような燐光が散る中、火花と瘴気が宙に舞う。 白葵は両手の投擲武器を構えると、素早く投げ放った。石つぶてと手裏剣が殺到し、天儀刀全体を打ち付ける。 反撃するように、天儀刀は周囲にある影から無数の刃を伸ばした。咄嗟に、朱華は後方に跳び退いて敵の攻撃を避ける。 ジンは剣を握り、切先をアヤカシに向けた。天儀刀周囲の空気が凍り、氷結して纏わり付く。次いで、火球を投げ放った。急激な温度変化は鉄の耐久力を低下させるが…今回の敵には、目立った効果は無い。とは言え、ダメージは間違い無く蓄積している。 更なるダメージを与えるため、兵装を構え直して一気に投げ放つ白葵。投擲された武器が、四方からアヤカシに飛来。衝撃で刀身にヒビが走った。 「あぁもう、ちまちまと面倒なお仕事やな…」 数秒前とは違い、無表情で言葉を漏らす白葵。彼女は遠距離から攻撃しているため、強力な一撃を放てないのが少々不満なのだろう。 その瞬間…ほんの一瞬だけ、白葵に隙が生まれた。そこを狙って、アヤカシが影を伸ばす。 ほぼ同時に、朱華が駆け出していた。手を伸ばして白葵の上着を掴み、全力で引っ張る。お陰で刃は彼女を掠りもしなかったが、朱華の肩に深々と突き刺さった。 「俺の力は、護る為の力だから…まだ、いける…!」 それでも表情を微塵も変えず、朱華は兵装に雷の力を纏わせた。振り向きながら刀を薙ぎ、雷を刃のように飛ばす。電撃がアヤカシを直撃し、内部から破壊して刀身全体が弾け散った。 ● 「宙に浮く刀のアヤカシ、か。私の名前の関係もあるけど、不快。弔いの為にも退治させてもらう」 一般的に、刀剣は『鞘』に収まる。自身の名前と同じため、鞘は不快感を感じているのだろう。南西に居るアヤカシに照準を合わせ、怒りを込めて矢を放つ。鋭い弓撃が空を切り、天儀刀の柄に突き刺さった。 菫は印を結び、精霊の影を身に纏う。その状態で地面を蹴り、不規則なステップを踏みながらアヤカシに接近。射程内に敵を捉えると、下から槍を振り上げて刀身に殴打を叩き込んだ。 「フフフ。お前の攻撃、耐えてみせるぞ。かかってこい!」 喜屋武は両腕を広げて叫び、アヤカシの注意を引き付ける。巨大な斧を豪快に振り回し、大きく踏み込んで振り下ろした。激しい金属音が周囲に響き、火花で周囲が一瞬だけ明るくなる。 体勢を崩しながらも、天儀刀は地面の影に瘴気を送った。それが刃を生み出し、菫と喜屋武に迫る。 攻撃の軌道を予測し、喜屋武は菫を護るように移動した。不退転の決意が、彼の肉体を硬質化させる。次の瞬間、2本の刃が喜屋武に突き刺さった。が、防御を固めたお陰で出血はほとんど無い。 「喜屋武さん、ありがとう。でも…無理は駄目だよ?」 「それは出来ない相談ですね。俺のドM…じゃなくて。俺の恵まれた体躯は、仲間を護るためにあるんですから」 心配そうに声を掛ける菫に、喜屋武は屈託の無い笑みを返した。一瞬だけ不穏な発言があったが、聞かなかった事にしよう。彼の表情に釣られたのか、菫も優しく微笑んだ。 鞘は心を落ち着かせ、静かに弓を構える。天儀刀に照準を合わせると、精神を研ぎ澄ませて一撃を放った。恐るべき精度の射撃が、鍔を射抜いて砕く。素早く矢を番え、追撃の2射目。それが柄を貫通し、穴を穿った。 間を置かず、菫は兵装を掲げて目を閉じた。精霊力が火炎を纏った幻影を生み出し、アヤカシに突撃。燃える炎が天儀刀を飲み込み、刀身と瘴気を焦がした。 全身の筋肉を震わせ、敵との距離を一気に詰める喜屋武。擦れ違うのと同時に斧を鋭く振り、天儀刀に強烈な一撃を叩き込んだ。押し潰すような衝撃が、炎ごと刀身を打ち砕く。破片が瘴気と化して空気に溶け、炎と共に消えていった。 ● 出現した3体のアヤカシは撃破したが、敵が隠れている可能性を考慮し、開拓者達は警戒を続けていた。探索スキルを持つ鞘と朱華が、アヤカシの気配を探っている。 「どうやら…アヤカシは完全に退治出来たようだ。瘴気の反応が全く無い」 鞘の言葉に、朱華も静かに頷く。ようやく、開拓者達は緊張を解いて胸を撫で下ろした。 「散っていった方々は、責務を全うしたのです。その誇り高い信念に、報いる事が出来ましたね」 右の拳を握り、そっと自身の胸に当てる円秀。そのまま夜空を仰ぎ、黙祷を捧げた。 「嫌や、痛い…っ白より、朱華さんが…!」 白葵は子供のように泣き叫びながら、朱華の手当をしている他人の怪我や出血、『死』を連想させる事に怯えているようだ。 一向に泣き止む様子の無い彼女に、朱華はゆっくりと手を伸ばした。頭部にそっと触れ、優しく撫でる。 「…俺なら大丈夫だ。それに……女が傷を付けるものじゃない。まあ……俺の『意地』みたいな物だけどな?」 言いながら、朱華はほんの微かに自嘲した。 相手を心配しているのは、この2人だけではない。 「お前、怪我してるのか…! ちょっとこっち来い、診てやるから」 黒葉の手を引き、傷の具合を確認する雅紀。アヤカシの刃が掠ったのか、脚に小さな切り傷が出来ていた。 「こ、此れ位大丈夫ですよ…?」 口では遠慮しているが、彼女の表情は猛烈に嬉しそうである。雅紀が薬草と包帯で応急手当を終えると、黒葉は頬にキスをした。 「ば、バ、馬鹿…! お、お前、何して…は、初めてなんだぞ…!」 「ふふ、主様の『初めて』…頂きましたわ♪」 予想外の事に、顔を真っ赤にして狼狽える雅紀。そんな様子を見ながら、黒葉は楽しそうに微笑んでいる。 「やれやれ…どっちも春ですね。見てる方が恥ずかしくなりますよ」 呟きながら、苦笑いを浮かべる喜屋武。アヤカシを退治しに来て、甘いシーンと出くわすとは、予想もしていなかっただろう。 「恋愛か…人間を愛する気持ちは、少々理解に苦しむな。私を満たしてくれるのは、鋼鉄だけだ」 スチールの鋼鉄に対する偏愛は、一般人の愛情を遥かに超えている。これだけ情愛を注げるのは、ある意味凄い事ではあるが。 「他人の嗜好を否定する気は無いが…随分と個性的な好みをしているようだな」 設置した松明を片付けながら、驚きの表情を浮べるジン。これを機に、様々な経験をして見分を広めるのも悪くないかもしれない。 「これで、亡くなった同心達の無念を晴らせたかな? あと、あたしに出来るのは…」 菫は地面に腰を下ろし、懐から経文を取り出した。大きく息を吸い、力強く読経を始める。武僧のお経なら、何よりの供養になるだろう。 |