狙われた白衣の天使
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/04/14 01:38



■オープニング本文

 規模は違っても、天儀には大小様々な医療施設が存在する。針灸を使って健康を増進する者、泰国由来の『泰国薬』を調薬する薬師、往診や診察をする町医者と、医療の種類も多岐に渡る。
 診療所に勤務する者は、男女に関係無く割烹着のような白衣を着る者が多い。過酷な医療現場で働く女性看護人には、尊敬と親愛を込めて『白衣の天使』という愛称が生まれていた。
 だが…診療所という場所には、病や怪我と戦う患者が大勢居る。人が多いという事は、負の感情を効率的に集められるという事でもある。
 つまり……。
「きゃぁぁぁぁぁ!!」
 月の無い夜に響く、女性の甲高い悲鳴。彼女の視線の先には、暗紫色の炎塊がユラユラと浮かんでいた。こんなモノが突然現れたら、誰だって驚くだろう。
 腰を抜かして怯える女性に、少量の火の粉が舞った。それが彼女の白衣に付着し、焦げて2cm程度の穴を空ける。驚愕と混乱が心を支配する中、恐怖の感情が全身を駆け巡った。
 女性の悲鳴を聞き付けたのか、医師らしき男性と数人の患者が姿を現す。人々の悲鳴が木霊する中、炎塊は闇の中にゆっくりと消えていった。


■参加者一覧
斑鳩(ia1002
19歳・女・巫
設楽 万理(ia5443
22歳・女・弓
琥龍 蒼羅(ib0214
18歳・男・シ
御鏡 雫(ib3793
25歳・女・サ
アムルタート(ib6632
16歳・女・ジ
雁久良 霧依(ib9706
23歳・女・魔
緋乃宮 白月(ib9855
15歳・男・泰
宮坂義乃(ib9942
23歳・女・志
ルース・エリコット(ic0005
11歳・女・吟
黒木 遼子(ic0536
18歳・女・シ


■リプレイ本文

●不安を消し去るために
「火の玉はちゃんと片付けるから、ダイジョブダイジョブ〜♪ みんなで頑張るから、安心して良いよ〜♪」
 無邪気な笑みを浮かべ、白衣姿でクルクルと回ってみせるアムルタート(ib6632)。その姿に、患者から笑みが零れた。
 アヤカシの出現で、不安に陥っている診療所。そこを救うため、開拓者達が派遣された。アムルタートが明るく振る舞っているのも、患者達を励ますためだろう。
「どんな敵が現れても、私達で撃退してみせますから。もう、何も心配は要りませんよ」
 白衣を羽織った斑鳩(ia1002)は、患者の手を握りながら優しく語り掛けている。こうする事で、彼等の不安を和らげているのだろう。その姿は、さながら『白衣の天使』に見える。
「『病は気から』。患者だけじゃなくてさ、医師や看護師達も心安らかに過ごせるよう、尽力させて貰うよ」
 看護師の肩を叩きながら、優しく微笑む御鏡 雫(ib3793)。本業が医者という事もあり、医療現場での事情に詳しいようだ。彼女の言葉で、所内の雰囲気が和らぐ。
「ひぃぅ! 何か、這いず…る音、しま……ぴぃい! ひ、人魂ッ! 人…ぁぅ…」
 派手に悲鳴を上げているのは、ルース・エリコット(ic0005)。シーツや毛布等の引火し易い物を収納していたのだが、色々な物音に驚いている。
 実際、這いずる音はスリッパ、人魂は落下する紙を見間違えただけだったりする。
「あらあら♪ ルースちゃん、大丈夫? お姉さんが手伝ってあげましょうか?」
 雁久良 霧依(ib9706)は妖艶な笑みを浮かべながら、ルースを後ろから抱き締めた。突然の抱擁に、ルースは恥ずかしそうにアタフタしている。霧依は恍惚の表情を浮べているが…その理由については、深く気にしないでおこう。
「白衣の天使…白タイツ……良しっ!」
 消火用の水桶を設置していた設楽 万理(ia5443)だったが、白衣を羽織った仲間の姿を見て、軽く拳を握った。自分が着るより、他人が着ているのを眺める方が好きなのかもしれない。
 とは言え、白衣を着ている4人は細く綺麗な脚をしているし、うち3人は破壊力抜群の胸をしている。視線が釘付けになるのも、仕方ない事だろう。
「えっと、これが白衣ですか…僕が着ても、問題ないのでしょうか…琥龍さんはどうします?」
 緋乃宮 白月(ib9855)は白衣を広げ、苦笑いを浮かべている。白衣は男女兼用だが、初めて着る衣装に戸惑っているようだ。彼の容姿なら、仮にスカートを穿いたとしても違和感は微塵も無いと思うが。
「俺か? 必要であれば、断る理由は無いが」
 白月とは対照的に、琥龍 蒼羅(ib0214)には一切の迷いが無い。白衣に袖を通すと、空の桶を持って水を汲みに向かった。白月も急いで白衣を羽織り、バケツを持って蒼羅の後を追う。
「白衣の天使、ですか…相手が何であろうと、メイド服に勝る衣装は無いハズです…!」
 静かに闘志を燃やしているのは、黒木 遼子(ic0536)。診療所の周囲に水桶を設置しているのだが…『メイド服の上から白衣を羽織る』という、個性的な格好をしている。
「黒木殿…盛り上がってるトコ申し訳ないんだが、論点が違うのでは?」
 宮坂 玄人(ib9942)の言う通り、今回は衣装の優劣を比べに来たワケでは無い。が、彼女の言葉も聞こえない程に、遼子の闘争心は燃え上がっていた。
 軽く溜息を吐き、水桶の設置を続ける玄人。診療所内では、アムルタートが薬品棚に不燃性の布を掛けている。
 アヤカシの目撃された時間は、夜。その時に備えて、開拓者達は準備を進めた。

●アヤカシの気配
 夜の帳が下りてから数時間。各所に設置した篝火が赤々と燃えているが、未だにアヤカシが出る気配は無い。時間だけが、無情に流れていた。
 開拓者達は、分担して周囲を警戒している。斑鳩は診療所に待機しているが、残った9人で四方を分担。霧依がストーンウォールを各面に2枚ずつ生成し、防壁の準備も出来ている。
 開拓者が微睡み始めた頃、静かな時間は唐突に破られた。
「アヤカシが出現しました! 皆さん、注意して下さい!」
 窓から顔を出し、大声で叫ぶ斑鳩。彼女を中心に、約40mは結界の範囲内。そこに、アヤカシが出現したようだ。
 敵を察知したのは、斑鳩だけではない。
「…警戒した甲斐があったな。みんな、北東です!」
「単独で動く気配…南西に出たぞ!」
 周囲に響く、玄人と蒼羅の声。2人の言葉は、真逆の位置を示していた。予想外の事に、若干の混乱が周囲に漂う。
「アヤカシは2ヵ所に出てます! 北東か南西、近い方に移動して!」
 それを振り払うような、万理の凛とした声。彼女の指示に従い、開拓者達は診療所の北東と南西に向かって駆け出した。

●北東の紫炎
 北東に向かったのは、雫、霧依、白月、玄人の4人。建物から少々離れた位置に、炎の塊が出現してた。
「月の綺麗な夜に、アヤカシは不釣合いですね」
「同感。さっさと倒して、安全を確保しないと」
 走りながら、白月と雫が軽く視線を合わせて微笑む。直後、白月は気の流れを制御して驚異的に加速し、敵に急接近。拳を握って踏み込み、鋭い突きを放った。
 衝撃で炎が不定形に揺らぐ中、雫は刀を抜き放つ。それを下段に構えながら駆け寄り、一気に斬り上げた。燃えるような赤い刀身が、炎を斬り裂いて火の粉を散らす。
「白衣を狙ってるのか、女性を狙ってるのか知らないけど…私達の前に現れたのが運の尽きね」
 敵を射程内に捉え、杖を握る霧依。挑発的な微笑みと共に、暗い闇夜を電撃が奔った。それが炎を射抜き、穴を穿つ。
 ほぼ同時に、斑鳩は力強い舞で精霊に働きかけた。範囲内に居る玄人に精霊力が集まり、能力を高めていく。それを確認し、斑鳩は所内を南西に移動した。
 間髪入れず、玄人の放った矢が敵を貫通する。穿たれた2つの穴から、少量の瘴気が漏れ出した。
 が、激しく燃え上がる紫炎がそれを数秒で塞ぐ。そのまま、雫に向かって突撃した。
 咄嗟に、雫は刀と小楯を交差させて体当たりを受け止める。
「熱っ…ついわね! でも、ここは通さないわ…!」
 炎の熱が伝わり、苦痛で顔が若干歪んだ。アヤカシの体当たりは避けられない速度ではなかったが…回避したら、そのまま診療所に激突していただろう。文字通り、彼女は『身を挺して』診療所を守ったのだ。地面を強く踏み締め、アヤカシを押し返す。
 弾かれた紫炎は空中で形を変えていたが、不意に診療所から遠ざかって行った。
「どこに行く気だ! お前の敵は、俺達だろう?」
 叫びながら、玄人は殺気を込めて弓の狙いを定める。刺すような鋭い気迫がアヤカシの注意を引き、動きを止めた。その隙に、玄人は兵装に精霊力を纏わせる。紅い光が弓を包み、そこから放たれた矢が紫炎を貫くと、周囲に紅葉のような燐光が散り乱れた。
「宮坂さんの作ってくれた隙、絶対に逃しません…!」
 決意を胸に、白月は地面を蹴って跳躍。三日月を背に白衣が舞う中、拳を全力で振り下ろした。渾身の拳撃が炎をかじるように抉り取り、地面に突き刺さる。
 雫は刀を逆手に持ち、脚を軸にして一回転。深紅の剣閃が炎を斬り裂き、瘴気と火の粉が舞い散った。
「そろそろ終わりにしましょうか。バイバ〜イ♪」
 霧依は手をヒラヒラと振りながら、雷の力を生み出す。閃光と共に放たれた雷の矢は、夜の闇を斬り裂いて紫炎の中心を貫通した。そこから、大量の瘴気が噴き出す。ほんの数秒で、紫炎は瘴気と化して空気に溶けていった。

●南西の紫炎
 ほぼ同時刻。万理、蒼羅、アムルタート、ルース、遼子の5人は、南西に向かっていた。北東の敵とは違い、こちらのアヤカシは建物のすぐ近くに出現している。
「…手早く勝負を着けましょう。万が一の事が起きてしまっては、厄介です」
 言うが早いか、遼子は気の流れを両脚に収束。瞬間的に加速して間合を詰め、両腕を薙いだ。暗器の鋼線が宙を舞い、紫炎を斬り裂く。
「刀ほど巧く扱えないが…お前程度なら、充分だ」
 敵の射程外から、巨大な弓を構える蒼羅。精霊力を宿して放たれた一矢は、葛が絡まったような幻影を伴って飛来。敵を射抜き、穴を穿った。
 追撃するように、アムルタートの鞭が飛ぶ。全身の精霊力を活性化してトランス状態になっているのか、流れるような機動の踊りから繰り出された攻撃は、不規則で鋭い。
 火の粉が舞い散る中、万理の弓撃が炎を射抜いた。隙を見せずに素早く矢を番え、追い打ちの2射目が敵に突き刺さる。ダメージを負いながらも、揺らめく炎が矢を燃え散らした。
「えっと…補助の、歌を…歌いま、すね…? 頑…張り…ます」
 自信の無さそうな言葉とは裏腹に、ルースは激しいリズムの歌声を響かせる。精霊力を込めた声が蒼羅と万理に作用し、攻撃力を上昇させた。
 怒涛の連続攻撃を受け、紫炎が怒りを表すように燃え上がる。直後、膨れ上がった炎が一気に吹き出し、扇状に広がった。
 射程内に居た遼子、アムルタート、万理の3人が、紫炎に飲み込まれる。咄嗟に診療所は逆の方向に転がり、炎から抜け出した。
「中々の炎でしたが…メイド服のお陰で、被害は軽微です」
 体勢を整え、自慢げに胸を張る遼子。だが…どういう原理でメイド服が役に立ったのか、謎である。
「アムルタート、さん! 白衣…の、裾が…燃えてま、す…!」
 ルースの切羽詰まった声に、アムルタートは自身の白衣に視線を向けた。アヤカシの炎が裾に引火したのか、赤く燃えながらゆっくりと這い上がっている。
「え? きゃわぁ!? 消火、消火〜!」
 慌てながら、桶の水を被るアムルタート。が、焦り過ぎているせいか、水は炎にほとんど掛かっていない。
「ルースさん、これを使って下さい!」
 状況を理解した斑鳩が、窓から濡れたタオルを投げる。ルースはそれを受け取り、アムルタートに巻き付けた。
「あなたには悪いけど…診療所が無傷なのは、不幸中の幸いですね」
 大騒ぎする3人を横目で見ながら、万理は素早く矢を番える。敵に狙いを定めると、弓撃を連続で放った。矢が炎を貫通し、地面に突き刺さる。
 次いで、蒼羅は弓に精霊力を収束させた。白く澄んだ気を纏った矢が、梅の香りを放ちながら射ち出される。それが敵に穴を穿ち、吹き出す瘴気を浄化した。
 更に、遼子の鋼線が闇の中に舞う。冷たい光が縦横に奔り、アヤカシに格子状の傷を刻み込んだ。
「ビックリしたぁ…お礼の一撃、いっくよ〜! そぉ〜れ♪」
 ようやく消火を終えたアムルタートは、白衣を脱ぎ捨てて鞭を握り直した。情熱的な掛け声と共に、兵装を一閃。風の精霊力を纏った鞭撃が、突風のように炎を斬り裂いた。手首を返し、追撃の2発目を放つ。衝撃と風圧が敵を両断し、火が消えるようにアヤカシの姿も夜の闇に溶けていった。

●新しい夜明け
 互いに紫炎を倒した開拓者達は、診療所の入り口で合流していた。状況を報告し合い、情報を纏める。周囲にアヤカシの気配は無く、増援が現れそうな気配も無い。
「アヤカシが出ると患者さんも来にくくなりますし…無事に退治出来て良かったです」
 敵を倒せた事を実感し、胸を撫で下ろす白月。診療所への被害も無く、アヤカシの撃破は成功したと言っても良いだろう。
「…もしかしたら、討ち漏らしがあるかもしれない。俺は、周囲を見回って来る」
 診療所の近辺にアヤカシの気配は無かった。が、探索範囲を広げたら、残党が居る可能性はある。蒼羅は、それを心配しているのだろう。
「琥龍殿、アンタ1人じゃ危険だ。俺も、一緒に行きます」
 蒼羅の言葉に、玄人が同行を申し出る。単独行動は危険だし、彼女も探索技能を持っている。見回りをするなら、最適かもしれない。
 2人は視線を合わせて軽く頷くと、提灯を持って診療所を後にした。待っている間、残った8人で水桶やバケツを片付けていく。
「ここは病院なんだし…怪我を治療してくれる『白衣の天使さん』は居ないですかね?」
 万理は桶の水を捨てながら、冗談半分に呟いた。彼女の負傷は、軽い火傷。そして、万理の視線の先には、斑鳩が居る。
「あの…私で良ければ、怪我の手当をしましょうか?」
 微笑みながら、治療を申し出る斑鳩。無論、嫌々ではない。元々、仲間が負傷したら回復するつもりでいたのだから。
 白衣に白タイツ姿の斑鳩に、万理は満面の笑みを浮かべながら、火傷した手を差し出した。
 作業を始めて数時間。周囲の後始末を終えた開拓者達は、診療所の一般人に事情を説明していた。すぐ近くで戦闘をしていたせいか、患者も医者も眠っていた者は誰も居ない。
 蒼羅と玄人が帰還し、アヤカシの恐怖から解放された事が分かると、全員の顔に安堵の表情が浮かんだ。
「アヤカシが居ないなら、石壁は撤去しなきゃね。悪いけど、みんな手を貸してくれない?」
 言いながら、雫は仲間達を見渡す。彼女が防護壁として生成した石壁は、まだ診療所の周囲に存在している。役目を終えた今、撤去するには破壊するしかない。
「はいは〜い♪ 私、やってみたい! こんなカンジかな?」
 アムルタートは元気良く手を上げ、窓から飛び出した。空中で短銃を構え、石壁に向かって撃ち放つ。乾いた銃声が周囲に響いた直後、石の壁は崩れ落ちた。
 彼女に続き、数人の開拓者が石壁を破壊していく。石の残骸が残ってしまったが、村人が有効活用してくれるだろう。
 朝日が昇り始める中、ルースは毛布や布団を手にヨロヨロと外に出て来た。
「…お布団、やシーツ…が心地良い、と。アヤカシ…は二度、と襲って来、ないか、もしれま…せん♪」
 無邪気な笑みを浮かべ、それらを干していく。天日干しの布団は、匂いも肌触りも心地良い。それが気持ちを明るくしたら、アヤカシを遠ざける手助けになるかもしれない。少なくとも、負の感情を減らす事が出来るだろう。
「メイドに不可能はありません。私のメイド服を以って、皆様を全力でお世話致しましょう」
 白衣を脱ぎ捨て、診療所内を歩き回る遼子。メイドとして患者と接しながら、身の回りの手伝いをしていく。時折、メイドの素晴らしさを熱弁しているが…聞かなかった事にしよう。
「白衣、ありがとね。コレを脱いでも、あたいは医師に変わりないわ。出来る事があるなら、協力は惜しまないわよ?」
 雫は全員分の白衣を集め、看護師に返却した。開拓者としての仕事は終わったが、『医師』としての仕事は残っている。診療時間が始まるまで、開拓者達のお手伝いは続いた。