仮面『武闘』会
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/04/09 20:35



■オープニング本文

「…と、いうワケで。開拓者の皆様に、私共が主催する武闘会に参加して頂きたいのですよ」
 丁寧な口調で、依頼内容を説明する男性。純白のスーツに、金色の長髪。その立ち居振る舞いは優雅で、一切のイヤミを感じない。
 だた、1点。蝶を模した黒い仮面を付けているのは、賛否が分かれそうだが。
 この依頼人は、自称貿易商人。取引の常連達と晩餐会を開く予定なのだが、その会を盛り上げるために開拓者達に協力して欲しい、という事だ。
 『舞踏』ではなく、『武闘』。舞い踊るのではなく、武を以って闘う事なのだが…それで本当に盛り上がるのか、少々疑問である。
「あぁ、忘れるトコロでした。武闘会は、朋友同伴でお願いしますね?」
 男性の言葉に、ギルド職員の疑念が膨らんだ。晩餐会での武闘も、朋友の事も、常識では考えられない事である。疑問を持つな、という方が無理だろう。
「そう警戒しないで下さい。我々商人は、珍しい物に目が無い人種でして……開拓者同士の武闘も、朋友が戦う姿も、滅多に見れる物ではありません。だからこそ…私はこの目で見たいのですよ!」
 身振り手振りを加え、熱く語る男性。一応、筋が通っているし、嘘を吐いているようには見えないが…。
「勿論、報酬は相応の額を払わせて頂きます。どうか、よろしくお願いしますよ?」
 そう言って多めの報酬を机に置くと、男性は軽く微笑んでギルドを出て行った。去りゆく後ろ姿を眺めながら、職員は軽く溜息を吐く。机の引き出しに手を伸ばし、一枚の紙を取り出した。
 表題は『指名手配書』。様々な犯罪者の似顔絵や身体的特徴が書かれているが、その中に1人だけ、似顔絵が描かれていない者が居る。
 手配理由は、詐欺や横領。年齢不詳。素顔不明。唯一の特徴は…『蝶を模した黒い仮面』。
 つまり、依頼人は指名手配犯の可能性が極めて高いのだ。


■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067
17歳・女・巫
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
水月(ia2566
10歳・女・吟
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
此花 咲(ia9853
16歳・女・志
九条・颯(ib3144
17歳・女・泰
サニーレイン=ハレサメ(ib5382
11歳・女・吟
アン・ヌール(ib6883
10歳・女・ジ
松戸 暗(ic0068
16歳・女・シ


■リプレイ本文


 夜空に浮かぶ月は、淡い光を平等に降らせる。大地も、街も、住宅も、魔の森も、分け隔て無く。無論…それが『指名手配犯の潜伏先』でも、例外ではない。
「うっわぁ、ひっろいなぁ♪ こんなイベント、初めてなのだ!」
 無邪気に喜びながら、屋敷の中を歩き回るアン・ヌール(ib6883)。周囲から見たら『元気な少女』にしか見えないが、変幻自在な指捌きで数人から物品を失敬していたりする。
「お面をつければ、ぶどうが食べ放題。と、聞きまして。超特急で、只今参上。です」
 ひょっとこの面を斜めに被り、サニーレイン(ib5382)は闘志を燃やしていた。太鼓や笛を持参して楽師に扮しているようだが…何やら、ワケの分からない格好になっている。
『サニー…それは仮面『葡萄』会だな。『ぶどう』じゃなくて、『ぶとう』…仮面武闘会だ』
 彼女の相棒、土偶ゴーレムのテツジンが、溜息混じりにツッコむ。その指摘に、サニーレインは小首を傾げた。言葉の違いが分からないのか、頭上に『?』が浮かんでいる。
 彼女達の隣を、小鹿色の中型犬が通り過ぎた。全身から『戦います』というオーラを放っていて、ノッシノッシ歩く姿は貫禄に溢れている。そのまま人の少ない物陰まで移動すると、床に座って小さく2回鳴いた。
「関脇…裏道や隠し通路は見付かったかのう?」
 闇の中から響く、女性の声。壁の一部が布のように剥がれ落ち、松戸 暗(ic0068)が姿を現した。彼女は壁と同じ模様の布を被って情報収集を。相棒の忍犬、関脇は屋敷を歩き回り、内部構造を探っていたのだ。
 暗の言葉に、相棒が力強く吠える。彼女は関脇の頭を優しく撫でると、連れ添って闇の中に消えていった。
 小さな子供や犬が歩き回っていても、それを疑う者は誰も居ない。『怪しい』という意味では、屋敷に招かれた客は全員仮面を付けているし、これから起こる事に比べたら、不審者の存在など気にならないだろう。
 今夜、この屋敷で開催されている晩餐会。それを盛り上げるために、開拓者と朋友が呼ばれた理由は…。
「まさか、我(オレ)達が見世物になるとはな…まあ、良いか。『要望通りに』仕事を遂行してみせよう」
 相棒の迅鷹、ブライの背を撫でながら、不敵な笑みを浮かべる九条・颯(ib3144)。彼女が居るのは、屋敷内の試合場。これから、相棒と開拓者が入り混じって4対4の模擬戦が始まるのだ。
 それを一目見るために、観客席は満員状態。彼等の視線は、試合場内の開拓者達に降り注いでいた。
「…ここは、御前試合とは明らかに違う。嫌な雰囲気なのです――」
 此花 咲(ia9853)は独り呟きながら、周囲を見渡す。そこにあるのは、好奇の目。演舞が目的ではなく、開拓者自身を『物珍しい動物』のように見ている。彼女は、それを敏感に感じ取っているようだ。
『怖いなら、下がっていても良いんですのよ? 代わりに、私が戦って差し上げますから』
 そう言って、彼女の相棒、羽妖精のスフィーダ・此花は、不敵な笑みを浮かべた。内心では咲を心配しているのだが、俗に言う『ツンデレ』なため、刺々しい態度をとってしまうのだろう。
 それが分かっている咲は、微笑みながらスフィーダの額を軽く小突いた。
「…凄い数の観客ですね……捕縛するチャンスとはいえ、注意を怠ると事態が悪い方向に動きかねません…」
 開拓者達の治療担当として、試合場に潜り込んだ柊沢 霞澄(ia0067)。客席後方から場内を見渡しているが、その規模は大きく、大勢の観客と熱気で独特の雰囲気が漂っている。この状況では、緊張するのも当然かもしれない。
 彼女の緊張を感じ取ったのか、相棒のからくり、麗霞は、そっと手を握った。
『差し出がましい事かもしれませんが、気負い過ぎるのは良くありません。信じましょう、仲間の皆様と…ご自分の力を』
 麗霞は全身をコートで覆っているため表情は見えないが、優しい声は届いている。相棒に励まされ、霞澄は手を強く握り返して微笑んだ。
 徐々に盛り上がる試合場とは対照的に、屋敷の内部は静まり返っている。館内に人が少ないのは、ある意味好都合なのだが。
「わざわざ仮面で素顔を隠す…『怪しんでくれ』と言っている様なものだな」
 羅喉丸(ia0347)と水月(ia2566)は、建物の構造を調べるため、相棒を連れて内部を歩き回っている。途中で警備員らしき人物と擦れ違ったが、彼等までも仮面を着用していた。羅喉丸が愚痴を漏らすのも、分かる気がする。
『ですが…人目を忍んで行動している私達も、ある意味怪しいかもしれませんよ?』
 クスクスと笑いながら、相棒の羽妖精、ネージュが彼の肩に腰を下ろした。状況的に、羅喉丸達が『不審者』と言われても反論出来ないだろう。相棒の言葉に、思わず苦笑いがこぼれた。
 その隣で、瞬間的に煙と光が生まれる。同時に、管狐の澪月の感覚が周囲に広がっていった。
『…接近する者が在る。隠れるぞ、ネージュ殿』
 澪月の言葉に、ネージュは素早く羅喉丸の鞄に隠れる。澪月自身は、主の持つ宝珠の中に戻っていった。
 数秒後。通路の奥から、屋敷の使用人らしき者が近付いて来る。無論、仮面を着用して。その人物に、水月はそっと声を掛けた。
「あの…主催者さんにご挨拶したいので、場所を教えて欲しいですの…」
 宝石のような翠瞳で、上目遣いに視線を送る。可憐な少女にこんな仕草をされたら、誰だってイチコロだろう。使用人は口元を緩めながら、饒舌に屋敷内の説明を始めた。
 丁寧な説明が続く中、試合場の方向から一際大きな歓声が上がる。
「おっし。準備は良いか、フロド。んじゃあ…派手に暴れてくっか!」
 ルオウ(ia2445)の言葉に、相棒の走龍、フロドが力強く吠えた。準備は万端、ヤル気も充分といった処だろう。2人は軽く視線を合わせ、相手となる開拓者に向き直った。
 彼等と同じ班の咲とスフィーダも、兵装を構えて鋭い視線を向けている。
「随分と気合が入ってるね。それじゃま、せいぜい派手に行かせてもらおうか…!」
 仲間達の視線を受けながらも、竜哉(ia8037)は不敵な笑みを浮かべた。共に戦う颯に目線を送ると、彼女は軽く笑いながら静かに頷く。互いに準備が整った事を確認し、竜哉は暖気していたアーマー「人狼」のReinSchwertに搭乗した。
 準備を終えた開拓者と相棒達。緊張感と期待が高まる中、主催者が戦闘開始の大太鼓を鳴らした。


『派手と豪快さは私の領分! さぁ、行きますわよ!』
 真っ先に動いたのは、スフィーダだった。翼を広げて飛び上がり、力を込めて豪刀を握る。真っ青な刀身が一瞬輝き、その光が観客席に降り注いだ。
 歓喜の声が上がるより早く、ブライが天井目掛けて急上昇。空中で一端停止し、スフィーダ目掛けて急降下しながら突進した。
 迎え撃つように、スフィーダは剣を構えて上昇する。斬り上げる刀身と、急降下する嘴が空中で交錯。白い羽とレモンイエローの羽が数枚舞う中、2人は体勢を立て直して再び対峙した。
 全員の注目が頭上に集中している隙を狙い、ルオウはフロドに騎乗して大地を蹴る。撹乱するように高速で試合場内を駆け巡り、相手を牽制するために、相棒の頭部に装着したクロスボウを放った。
 更に、咲は地面を蹴って颯との距離を詰める。大きな霊刀を両手で握り、水平に薙ぎ払った。
 次の瞬間。咲の視界から、颯の姿が消えた。代わりに、割れんばかりの歓声が周囲から湧き上がる。
 咲の振るった太刀…その切先に立つ颯。軽く笑みを浮かべ、彼女は刀身を蹴って跳び上がった。落下しながら拳を握り、全力で突き下ろす。
 それが届くより早く、咲は兵装を盾代わりに構えた。鋼鉄同士がぶつかり合い、火花と共に金属音が響く。
 ほんの数秒。10秒にも満たない攻防で、観客達の目は完全に惹き付けられた。
 竜哉の行動が、それを更に加速させる。ReinSchwertを巧みに操り、刀で地面を掘り返して土砂をバラ撒いた。平だった場所に凹凸が出来れば、走龍の特徴である『走力』を封じる事が出来る。そこまで計算して、彼は駆鎧を動かしているのだ。
 相手の狙いを読んだのか、ルオウは竜哉に向かって突撃。巨大な棍棒の間合を活かし、擦れ違い様に殴り掛かった。轟音と共に、ReinSchwertの巨体が揺らぐ。竜哉の腕を信じ、強さを認めているからこそ…ルオウに一切の手加減は無い。
 その期待に応えるように、竜哉は殴打をシッカリと防いでいる。攻撃後に距離を空けたルオウを追って、全力で駆け出す。そのまま地面を蹴って跳び、体当たりするように突撃した。
 ルオウは脚を止めて棍棒を構え、防御を固める。が、圧倒的な衝撃に体が浮き、フロドから落下して地面を転がった。追撃するように、竜哉が剣を振り下ろす。ルオウは素早く体勢を整えて両脚を踏み締め、棍棒を構えて斬撃を受け止めた。
「お互い、気ぃ抜いたら大怪我しそうだな。囮の仕合なのに、気合入れ過ぎじゃねぇか?」
「確かに茶番な闘技かもしれないけど…それでも、俺は負ける気はないのですよ?」
 観客に聞こえないよう、小声で呟き合うルオウと竜哉。囮なのが周囲にバレないよう、全力の攻防を続けているが、それを楽しんでいるようにも見える。
 鍔迫り合いを続ける2人に向かって、フロドは助走しながら突進。地面を蹴って跳躍し、竜哉を狙って蹴りを放った。予想外の攻撃に防御が間に合わず、ReinSchwertの巨体が大きく揺らぐ。
 追撃するように、ルオウは渾身の力を込めて棍棒を突き出した。鈍い衝突音と共に火花が散り、駆鎧の脚が浮いて後方に吹き飛ぶ。衝撃が全身を駆け抜ける中、竜哉は素早く体勢を立て直して剣を構えた。
 歓声に次ぐ歓声。雨のように降り注ぐ、驚嘆と拍手。観客達の注意は、完全に開拓者達に向いていた。
 サニーレインとテツジンの演奏が、周囲を更に盛り上げる。一見すると風変わりな楽師にしか見えないが、彼女達は目的があって会場内を練り歩いていた。
「へい…耳寄り情報。ですよ。どうやら…執務室、の。肖像画の裏に、隠し金庫が。アリアリ、です」
 口元に手を当て、言葉に精霊力を乗せて発する。その声は人や遮蔽物をすり抜け、屋敷を探索している仲間達の耳に届いた。試合中でも、裏取引をしている者は居る。彼等の情報を盗み聞きするため、サニーレインは聴覚を研ぎ澄ませながら歩き回っていたのだ。
「そろそろ頃合いですね。麗霞さん、ここはお願いします」
 控室から様子を覗いていた霞澄だったが、相棒にそっと声を掛ける。彼女の言葉に、麗霞は素早くコートを脱いで手渡した。
『了解しました。霞澄様、お気を付けて』
 麗霞の容姿は、霞澄に瓜二つ。衣服も似せているため、コートを脱げば入れ替わるのも難しくない。麗霞は霞澄のフリをして控室で待機。霞澄はコートを羽織り、屋敷内へと駆け出した。


 サニーレインの声を聞き、羅喉丸と水月は通路を駆ける。途中でアンと遭遇したが、誰かに目撃された時の事を考え、無言で擦れ違った。その際、アンは水月に戦利品を素早く手渡している。そのまま、3人は何食わぬ顔で歩き去った。
 使用人から聞いた情報を元に、部屋を探して扉の前で脚を止める水月と羅喉丸。ネージュはドアノブを握って回してみたが、ガチャガチャと音がするだけで回る気配は無い。
『羅喉丸、鍵が掛かっていますが…破壊しますか?』
 軽く腕を回し、拳を握るネージュ。羽妖精の力で鍵を破壊出来るか分からないが、当人はヤル気満々なようだ。
「あの…ちょっと待って下さい。鍵なら、私におまかせですの」
 羅喉丸が声を掛けるより早く、水月がドアノブに手を伸ばす。その白い指先が触れた瞬間、金属が弾けるような小さな炸裂音が鳴った。が、鍵に破損した形跡は無い。鍵の精霊に干渉し、壊す事なく開錠したのだ。
 水月と羅喉丸は視線を合わせ、軽く頷く。扉を開けて羅喉丸とネージュが室内に入ると、水月は見張り役として周囲への警戒を強めた。
「この部屋か…白黒をつけるためにも、証拠を掴まなければな」
 室内を見渡し、肖像画を探す羅喉丸。室内に肖像画は何枚かあるし、誰の絵が当りなのかも分からない。軽く溜息を吐きながらも、羅喉丸とネージュは端から肖像画を調べ始めた。


 ほぼ同時刻。暗と霞澄、関脇は屋敷内に罠を設置していた。霞澄は試合場から出口までの通路を把握し、目立たない位置に縄を張っている。更に撒菱を散らし、通路を完全に封鎖した。
 関脇は物置から障害物になりそうな物を引っ張り出し、通路に並べている。暗はそれらに縄を結び、移動出来ないように固定した。時折、警備員が見回りに来たが、口先三寸で誤魔化す。隙を突いて当身で意識を刈り取り、縄で拘束して物置に放り込んだ。
 2人が作業を始めてから数十分。関脇は館内に続く通路の方を向くと、軽く吠えてみせた。
「どうしたのじゃ、関脇? っと…なるほど、仲間が帰ってきたのじゃな?」
 相棒の考えが分かったのか、暗が軽く笑みを浮かべる。関脇と同じ方向に視線を向けると、奥から水月達が駆けて来るのが見えた。近くで作業をしていた霞澄も合流し、4人の開拓者と朋友が集う。
「皆さん、お疲れ様でした。目的の物は発見出来ましたか?」
「バッチリなのです。怪しい書類が、執務室に隠されていました」
 労いの言葉と共に、質問を投げ掛ける霞澄。水月は嬉しそうに微笑みながら、結果を報告した。
 執務室を探索した羅喉丸が見付けたのは、不正取引の証書。相手の名前と日付も、シッカリ明記されている。恐らく、イザという時に相手を脅す材料として、残しておいたのだろう。
 更に、水月はアンから受け取った物がある。今日、これから行われる予定の取引の数々。その品名と相手が記載されたメモだが…中には、盗品や取引禁止品まで含まれている。
 この2つがあれば、試合場の観客を捕まえるには充分だろう。羅喉丸達は顔を見合わせると、試合場に向かって駆け出した。


 興奮と熱気は冷める事無く、試合場では激しい攻防が続いていた。
 ルオウが棍棒で地面を殴ると、地表をめくり上げながら衝撃波が走る。竜哉は両脚を踏ん張って衝撃に耐え、砕かれた地面を薙ぎ払った。
 斬撃を繰り返していた咲だったが、刀を片手持ちに変えて鋭く薙ぐ。颯の体勢が崩れた隙に大きく踏み込み、剣を逆手に握って鞘から抜き放った。
 迫り来る高速の居合に合わせて、颯は拳撃を繰り出す。激しい衝撃が2人の体を駆け巡る中、共に両脚を踏ん張って耐えた。
「流石ですね……本気の仕合では無いのが、惜しいのですよ」
「そっちこそ。さて…そろそろ、盛り上がりが必要だな。派手にいかせて貰うぜ?」
 小声で話しながら、咲と颯は軽く笑みを浮かべる。互いの兵装を弾いて距離を空けると、空中戦を繰り広げていたブライが急降下。全身が煌めく光と化し、颯と同化して金色の翼を光輝く翼へと変貌させた。
 神々しく美しい姿に、観客席から感嘆の声が漏れる。颯は翼を広げて飛び上がると、場内を飛び回って見せた。そこから一気に上昇し、空中で反転して急降下していく。
「そこまでだ!」
 次の瞬間、場内に羅喉丸の叫びが響いた。その声に反応し、颯は動きを止めてゆっくりと降り立つ。予想外の事態に、熱気が一瞬で冷めて混乱が広がった。
「お前達の取引が違法に行われた事、その証拠は俺達の手にある! 悪いが、全員捕まって貰うぞ!」
 言葉を続けながら、羅喉丸は証書を晒す。これが何を意味するのか…観客達が一番良く分かっているだろう。水を打ったような静けさは一転し、悲鳴や怒声を上げながら逃げ始めた。
「テツジン」
『任せろ、蟻の子一匹逃さん』
 観客席上部に居たサニーレインは、背負っていた太鼓を下ろしてデンデンと叩きながら眠りの歌を歌う。その歌声が届く範囲に居た観客を、纏めて眠りに落とした。
 それが効かなかった者には、テツジンが『ガオォォン』という不気味な唸り声を聞かせて威嚇。気圧された観客が脚を止めた。
 羅喉丸は試合場から観客席へ跳び上がり、眠った者を拘束していく。ネージュもそれを手伝い、眠っていない者には光る砂を撒いて眠りの底に落とした。
 試合場を挟んで逆側の観客席では、霞澄が重厚な舞を踊っている。それが周囲の精霊に干渉し、観客達の動きを鈍らせた。
 麗霞はコートを脱ぎ捨て、霞澄の元に駆け寄る。彼女を常に視界に入れながら、手加減して観客を殴打。昏倒させて行動不能にしていく。
「ここからが本番だな。エスコートが必要かい、お嬢さん達?」
 ReinSchwertから降り、竜哉は颯と咲に微笑を向ける。少々キザな言動に、颯は思わず笑い声を零した。
「折角だけど、今回は遠慮しとくわ。いくぞ、ブライ!」
「微力ながら、援護します! スフィーダ、あなたは空中からお願いします!」
 逃げ出そうとしている観客に向かって、颯は上空から強襲。怪我をしない程度に手加減して殴打し、意識を飛ばしていく。
 咲は、霞澄と麗霞が行動不能にした者を。スフィーダは、颯が昏倒させた者を捕縛しつつ、逃げる者が居ないか注意を払った。
 次々に観客達が捕縛されていくが、開拓者の目を掻い潜って逃げている者も少なくない。試合場から通路に出ても、設置した罠の餌食になっているが。
 彼等を捕縛するために、暗と水月は通路を走り回っている。中には強く抵抗する者も居るが、暗は自身の影を伸ばして相手を拘束。その隙に水月が眠りを誘う曲を演奏し、完全に無力化した。
 人間、ヤケになると何も考えずに暴れる事がある。逃げ場を失った観客達も例外では無く、数人が水月に向かって飛び掛かった。
 ほぼ同時に、彼等に向かって雷光が奔り、衣服を焼いて焦がす。
『我が主殿に仇為すならば、無傷で済まぬと知れ…!』
 怒気の籠った言葉と共に、澪月の鋭い視線が相手を射抜いた。その迫力に圧倒され、観客達の動きが止まる。その隙に、水月は彼等の脚を払って転倒させた。
「騒がしくなってきたな。桃水晶、ここは俺様達で頑張って止めるのだぜ!」
 屋敷の出入り口に陣取っているのは、アン。相棒の駿龍、桃水晶と共に、最後の守りを担当しているのだ。建物内部の観客達は仲間が捕縛しているが、秘密の通路がある可能性は否定出来ない。それを裏付けるように、数人の観客達が姿を現した。
 アンが観客と対峙している頃、試合場と通路では、捕縛が終わろうとしていた。
「『逃げられる』とか思ってっか? フロド!」
 ルオウの咆哮が大気を震わせ、逃げようとしていた者を怯ませる。彼の指示に従い、フロドは助走を付けて一気に跳躍。相手の退路に回り込み、逃げ道を塞いだ。観念して崩れ落ちた者を、竜哉が素早く縛り上げる。
 これで、視界内の観客は全て捕縛した。彼等が逃げ出さないよう、監視の意味も込めて一か所に集めていく。手の空いている者は周囲を見回り、隠れている者が居ないか探索を始めた。
 そんな中、暗と関脇は建物の出入り口に向かっている。通路を一気に駆け抜けて外に出ると、アン達の状況を瞬時に理解した。
「1人で良く持ち堪えたのう。わっちも手を貸すのじゃ」
 数人の大人を相手に、足止めをしていたアン。捕縛を手伝うために、暗は鎖分銅を相手の脚に巻き付けた。
「協力、感謝感激なのだよ、松戸様! よ〜し…一気に片付けてやるのだ!」
 満面の笑みを浮かべながら、アンは観客に当身を放つ。桃水晶は翼を広げ、彼等の退路を塞いだ。数人いた逃亡者が、次々に地面に伏していく。関脇の運んできた縄で全員を縛り上げると、暗とアンはハイタッチを交わした。
 それから数時間後。身柄を受け取りに来た同心と挨拶を交わし、捕縛した者達を差し出す。
「…で、ぶどうは?」
 未だに葡萄を諦め切れないのか、サニーレインは腹を鳴らしながら同心に問い掛ける。
『まだ言っとるのか、お前は…』
 呆れた様子で言葉を吐きながら、テツジンは彼女の頭を軽く叩いた。