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■オープニング本文 「駄目だ駄目だ駄目だ! この程度じゃ、全然駄目だっ!」 叫びながら、調理台をひっくり返す男性。調理器具や食材が床に散らばり、派手な音を立てる。それで異常に気付いたのか、調理場の扉が勢い良く開いた。 「主任! 何があったんですか!?」 「駄目なんだよ! こんなチョコじゃ、お客様のハートは掴めない! もっと前衛的で、斬新で、旨いチョコが必要なんだよ!」 助手らしき男性の問い掛けに、興奮気味に言葉を返す主任。彼等は、菓子職人というワケではない。バレンタインに便乗し、真新しいチョコを売り込もうとしている旅泰である。日々、チョコレートの研究をしているのだが…良いアイディアが出ず、行き詰っているようだ。 「無理は体に良く無いですよ? 今から湯薬を入れますから、少々休憩して下さい」 そう言って、助手はヤカンに水を注ぐ。茶壺から生薬を少量入れ、ヤカンを火にかけた。このまま数十分煮出せば、薬用効果の高いお茶の完成である。 「生薬…薬…健康……それだっ!」 頭のネジが外れたかの如く、突然叫び声を上げる主任。生薬の入っている戸棚を開け、次々に床に並べていく。 「あの…主任? 何をなさっていらっしゃるのでございますか…?」 突然の奇怪な行動に、助手は恐る恐る質問を投げ掛けた。相当怯えているのか、言葉使いが致命的なまでに変になっている。 主任は不敵な笑みを浮かべ、生薬の蓋を開けた。 「思い付いたんだよ! 我の作る新しいチョコ…それは『食べれば健康で元気になるチョコ』だ!」 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
からす(ia6525)
13歳・女・弓
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
月野 魅琴(ib1851)
23歳・男・泰
ユウキ=アルセイフ(ib6332)
18歳・男・魔
ラグナ・グラウシード(ib8459)
19歳・男・騎
松戸 暗(ic0068)
16歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●或る日、森の中 季節を問わず、森の中を探索する者は多い。薪の調達に、木の実等の食糧調達。狩りに森林浴と、理由は様々である。 だが…『チョコレートの材料調達』のために森を訪れるのは、彼等くらいだろう。 「薬膳チョコレートか、実に面白い。さあ、まろまゆ。ヘビの探査は任せたでござるよ」 薬膳関係が得意なのか、松戸 暗(ic0068)は薬膳チョコに興味津々なようだ。聴力を研ぎ澄まし、周囲の物音を聞き逃さないように注意している。 彼女の相棒、忍犬のまろまゆは元気に鳴くと、地面に鼻を近付けて匂いを嗅ぎ始めた。 「俺達も負けてられないな。蛇退治、頑張ろうぜ、フロド!」 相棒の走龍、フロドの背を撫でながら、気合を入れ直すルオウ(ia2445)。フロドの背には様々な荷物が載っていて、準備万端なようだ。 「退治しては駄目ですよ? 『生け捕り』という指示が出ていますから」 クスクスと笑いながら、注意を促すジークリンデ(ib0258)。言葉のアヤかもしれないが、『退治』は撲滅という意味合いが強い。念のために指摘したくなるのも、無理の無い事だろう。 ジークリンデの言葉に、ルオウは苦笑いを浮かべながら頬を掻いた。 「蛇、か。薬効としては妥当かもしれないが、口に入れ易い物の方が良いかもしれないな」 天儀育ちの羅喉丸(ia0347)には馴染みの無い食材だが、泰国では蛇を食べるのは一般的である。とは言え、天儀での販売を前提とするなら、彼の意見は的を射ているが。 「ゲテモノは美味いっていうけど…人為的に作ったヤツは範囲外なのが世の常なのよね…」 大きな溜息と共に愚痴を漏らす、葛切 カズラ(ia0725)。これから作るチョコの味を想像し、不安半分、期待半分なのかもしれない。 同意するように、彼女の相棒、羽妖精のユーノも頷いている。 『羅喉丸、バレンタインとは何ですか?』 羅喉丸の肩に座っている羽妖精のネージュが、興味津々な表情で問い掛ける。どうやら、バレンタインの事を良く知らないまま依頼に参加したようだ。 「何だ、アミーゴ。そんな事も知らねぇのか? なら、俺が説明してやんYo! バレンタインってのは…」 それを聞いていた喪越(ia1670)が、身体全体で独特のリズムを刻みながら陽気な口調で話し掛ける。ニカッと笑みを浮かべて説明を始めようとした瞬間、相棒の走龍、華取戌が彼の頭に喰い付いた。甘えているのか、餌と勘違いしているのか分からないが、一大事なのは間違いない。 慌てて、開拓者達が引き剥がしにかかる。喪越は慣れているのか、妙に落ち着いているが。華取戌の唾液塗れになりながらも、解放された喪越が笑みを浮かべる。その表情に釣られるように、開拓者達も微笑んだ。 ●どくみ…じゃなくて ほぼ同時刻。調達班が蛇を探している頃、試食班は依頼主の工房に集まっていた。これから過酷な運命が彼等に襲い掛かるのだが…その事実に、まだ気付いてはいない。 「チョコレートの試食か…楽しみだな、なあキルア、うさみたん?」 『…うさぎのぬいぐるみと私と同列に並べるなッ!』 甘い物大好きなラグナ・グラウシード(ib8459)は、期待に胸を躍らせている。大の男が、ピンク色のうさぎのぬいぐるみに嬉々として話し掛けているのは、不気味過ぎるが。 対照的に、相棒の羽妖精キルアは、猛烈に不満そうである。ぬいぐみと扱いが変わらないのが、相当不服なのだろう。 「お待たせしました。では、こちらから試食をお願いします」 微妙になりかけていた空気を変えるような、依頼主の声。作業台に皿を並べると、慣れた手付きでチョコを盛っていく。大きさは、親指の爪程度。若干小さいが、鮮やかな朱色は目にも美しい。極小の真っ赤な粒が見えるのが、少々不気味ではあるが。 月野 魅琴(ib1851)は羽妖精のホティを手招きすると、朱色のチョコを差し出した。何の疑いも無く、彼女はそれを頬張る。ほぼ同時に、ラグナもチョコを口に入れて勢い良く噛み砕いた。 『ん〜〜〜!!』 「うわああーーーっ、あ゛あ゛ーーーっ!!」 宙で手足をバタバタさせ、もがくホティ。ラグナは奇声を上げながら、床をゴロゴロと転がっている。キルアは『このチョコはヤバい』と感じて食べなかったが、予感が的中したようだ。 「ふむ、妖精もやはり味覚はヒトと同じのようですね」 辛さで苦しむ相棒を眺めながら、魅琴は冷静に状況を分析している。ホティが涙目になって視線を送っているが、それを後目にチョコを少しだけカジった。 「辛いですね……少々、調理場をお借りしても良いですか?」 若干眉間にシワを寄せながら、調理の許可を求める魅琴。依頼主が静かに頷くと、魅琴は小さな鍋を取り出して牛乳を温め始めた。 からす(ia6525)は鬼火玉の陽炎燈を呼び、口にチョコを運ぶ。陽炎燈がそれを食べた直後、炎が赤々と燃え上がった。次いでバチバチと火花を散らしながら、くるりと数回転。周囲の者には何の事か全く分からないが、からすには陽炎燈の言いたい事が通じたようだ。 「罰ゲーム、という意味か。ならば、甘いチョコと一緒に箱詰めして『運試しチョコ』とするのが面白い。無論、辛さは抑えてな?」 相棒の評価と仲間達の反応を元に、からすが意見を纏める。13歳の少女の意見とは思えない、的確で冷静な言葉に、依頼主は感心しながらも驚愕の表情を浮べた。 「な、なるほど…貴重な意見、助かります」 軽く頭を下げ、からすのアイディアを書き留める。ようやくラグナとホティが落ち着いた頃、室内に甘い匂いが広がり始めた。 匂いの出所は、魅琴である。温めた牛乳に、細かく刻んだ激辛チョコを投入。同量の甘いチョコも加え、飲み物として作り直したのだ。それをカップに注ぎ、全員に渡す。勢いあまって一気飲みしたラグナが火傷して悶えているが、見なかった事にしよう。 「…辛味はまろやかになって、身体が温まる…この発想は面白いですね」 甘さの中に、ほんの少し見え隠れする辛み。予想外且つ未体験の味に、依頼主も満足しているようだ。他の開拓者達も同じ意見なのか、静かに頷いている。 これで、激辛チョコの方向性は決まった。開拓者と朋友達は水で口の中を洗い流すと、依頼主が次のチョコを運んで来た。鉄のように滑らかで冷たい光沢に、炭のように黒々とした色。激辛チョコとは、別の意味で不気味である。 そんな事は一切気にせず、ホティとラグナはチョコを頬張った。 「食べ物と分かれば、きみは何でも口に入れるのですか?」 不用心な相棒に若干呆れつつ、魅琴もチョコを口に入れる。直後、彼は言葉を失った。『苦い』という限度を超えた、強烈な苦み。抹茶や渋茶、ジルベリアのエスプレッソなど比べ物にならない程の、濃厚な味。さっきと同様、ホティは手足をバタバタさせている。 ラグナは…部屋の隅で体育座りしながら、シクシクと泣いていた。 『おい、店主。甘さ控えめ過ぎて、大の男が泣いておるぞ』 流石に可哀想になったのか、キルアが苦笑いを浮かべながら依頼主に状況を伝える。不評な意見が続く中、からすがチョコを頬張った。 「うん、不味いな。甘さ控えめとあるがこれでは甘さが全くない。お菓子として不出来、と言える」 情け容赦無い、厳しい一言。甘味が苦手な者向けだとしても、この味では誰も納得しないだろう。分析力も然る事ながら、このチョコを食べても微塵も表情を変えないのは凄過ぎである。 「これは手厳しい…商品化するには、まだまだ改良が必要ですね」 予想外の酷評に、落胆を隠せない依頼主。元々、チョコの原料であるカカオは苦みが強い。砂糖を抜いて甘味を無くしたら、普通の人間が食べるのは難しいだろう。 「こ、こんな物はたとえ絶世の美女に送られても喰えんぞ!!」 ようやく正気に戻ったのか、涙を流しながら机を叩くラグナ。キルアとからす、魅琴は『ラグナに送られる事は絶対に無い』と思ったが、口には出さないで心の中に留めた。 「口直しに、茶でも入れようか。まだまだ、終わりそうに無いからな」 荷物から茶葉を取り出し、からすはお茶の準備を始める。試食の最終目標は『商品化する事』なのだから、辛さと苦みの調整が必要になってくる。つまり、試食は終わったのでは無く『始まったばかり』なのだ。彼等の受難は、まだまだ続きそうである。 ●大物取り 茂みや木のウロ、岩の下を中心に蛇の探索を進める調達班の面々。森に入って数時間が過ぎているが、未だに発見出来ずにいた。 「大物狙いでいきたいけど、蛇って何匹捕まえれば良いんだ? 特に指示されてないよな?」 岩をひっくり返しながら、ルオウが疑問を口にする。彼の言う通り、蛇に関する指示は『出来るだけ大きい物』という曖昧な指示しか受けていない。彼が疑問に思うのも、当然だろう。 「言われてみれば…そうね。まぁ、多くて困る事は無いと思うけど」 言いながら、皮の水筒の栓を開けるカズラ。水分補給…ではなく、中身は酒だったりする。蛇は煙草の匂いを嫌うため喫煙は控えているが、その分酒量を増やしてヤル気を保っているのだろう。 「カトリーヌ、お前も手伝って――いや、俺を齧らなくてもいいから」 華取戌にも探させようとした喪越だったが、声を掛けた直後に問答無用でガブガブされている。機嫌が悪いワケでも、喪越が嫌われているワケでも無いようだが。 「大変だな、喪越さんは。まぁ…これも仲が良い証拠かもしれないな」 軽く苦笑いを浮かべながら、華取戌の引き離しを手伝う羅喉丸。これが愛情表現だったら、苛烈過ぎる事この上ない。ネージュがこれを真似して羅喉丸に噛み付いたりしないか、少々心配になってしまう。 「この辺りは怪しいですね。ムニン、お願いします」 ジークリンデが目を付けたのは、岩や倒木が大量に重なっている場所。隠れる場所が多いため、蛇が潜んでいる可能性は高いだろう。 彼女の声に反応し、携帯している管から管狐のムニンが姿を現した。ジークリンデの周囲を軽く飛び回った後、意識を集中。一瞬だけ光と煙に包まれると、周囲の気配を探り始めた。 数秒後。何かを発見したのか、ムニンの耳がピンッと立つ。奥の倒木を睨み付けると、電光が一直線に奔って木を燃やした。次いで、巨大な3匹の蛇と、小さな蛇達が逃げるように姿を現す。 突然の出現に、驚きながらも身構える開拓者達。ルオウは殺気の混じった剣気を叩き付け、蛇達の動きを鈍らせた。 「障害物が邪魔ですね…みなさん、下がって下さい! 少々、派手にいきます!」 力強く叫び、ジークリンデは仲間達を下がらせる。素早く呪文を詠唱すると、何も無かった空間に灰色の光球が出現。それが岩や木に触れた瞬間、対象を灰化して場所を開けた。無論、蛇に被害が及ばないように調節している。 「俺が囮になってる隙に…頼むぞ、ネージュ」 『任せて下さい、羅喉丸』 全身の気の流れを制御し、巨大な蛇の気を引くために囮を務める羅喉丸。ネージュは自身の羽から光を舞い散らせ、蛇に向かって光る砂を振り撒いた。 砂を浴びた蛇が眠りに落ち、轟音を響かせながら地に伏す。大人しく眠っているうちに借りてきた巨大な麻袋を全身に被せ、縛り上げて捕獲した。 「ユーちゃん、出番よ」 カズラは小さな式を呼び出し、2匹目の大蛇に絡み付かせる。行動を阻害した隙に、ユーノは敵に近付いて投げキスを放った。 彼女の誘惑攻撃で、瘴気を失う大蛇。カズラはその頭部を無造作に掴み、地面に叩き付けた。豪快な方法だが、大蛇は気絶したのか全身から力が抜ける。 3匹目の大蛇は、ルオウとフロドが力押ししている。飛び掛かって押さえ付け、毛布で覆ってロープでグルグル巻きにしていく。そのまま力任せに引っ張り、無理矢理大人しくさせた。 小振りな蛇は、残った開拓者と朋友が捕獲に回っている。ムニンは口と前脚で蛇を掴み、ジークリンデの持つ網の中に投げ入れた。喪越も軽々と蛇を掴み、麻袋に投げ入れていく。 喪越を手伝うように、華取戌も蛇を追い回している……かに見えた。逃げる蛇の動きを読んで噛み付き、動きを封じる。次の瞬間、華取戌は蛇を丸呑みにし、モグモグと嬉しそうに噛み砕いた。 「うぉぉぉぉぉい! お前が喰うなよ! 捕獲しろ、捕獲っ!」 流石の喪越も、思わずツッコミを入れる。が、華取戌はトボケるように首を傾げ、次の標的を探すように周囲を見渡した。 暗とまろまゆは、慣れた様子で次々に蛇を捕獲している。二股の棒で首根っこを押さえて袋に投げ入れたり、爪と牙で動きを止めて袋に入れたり、大忙しだ。 「まろまゆ、ペースをあげるでござるよ! この調子なら、きっと報酬はたんまりでござる!」 変なテンションスイッチが入ったのか、一心不乱に蛇を捕獲する2人。準備してきた袋が満杯になるまで、その動きが止まる事は無かった。 ●新感覚チョコ? 「待たせたな。蛇は室内に入らないから、表に置いてある」 太陽が西に傾き始めた頃、調達班は依頼主の工房へと帰還した。からす以外の試食班メンバーは屍のように生気を失っており、試食の過酷さを如実に物語っている。彼等を励ますように、調達班のメンバーが声を掛けた。 依頼主は羅喉丸の言葉を確認するために、表へ出る。そこには、大量の蛇が山積みされていた。大きさや活きには問題無く、元気良く暴れているモノもいる。 「お疲れ様でした。では、早速調理に取りかかりますね」 調達班に頭を下げ、依頼主は蛇を引っ張りながら隣の工房に入って行く。恐らく、そこで蛇を食用に加工するのだろう。羅喉丸、喪越、ルオウが手を貸し、全ての蛇を運んで行く。 調理が始まったのか、3人が工房に戻って来た。待っている間、からすのお茶で喉を潤しながら、開拓者達は互いの状況を報告し合った。 そして、数時間後。ついに『その時』が訪れた。新作のチョコを器に盛り、工房に戻ってきた依頼主。一仕事終えてサワヤカな表情をしているが、開拓者達にとっては、今からが試練の始まりである。異様な緊張感が、工房全体に漂い始めた。 作業台にチョコが置かれると、覚悟を決めて次々に自分の分を取っていく。その様子を眺めていたネージュが、暗の相棒が室内に居ない事に気付いた。ちなみに、ムニンは管に戻っているし、華取戌はチョコに興味が無いのか外で昼寝の真っ最中である。 『松戸さん。朋友は何処へ行かれたのですか?』 「まろまゆなら、チョコを欲しがるから外に出してきたでござる。中毒起すらしいでござるしな…さて、苦労したその味は…」 少々残念そうに答えながら、暗はチョコを頬張った。彼女に続くように、他のメンバーもチョコを口に入れる。ルオウはチョコが走龍に無害な事を聞いて、フロドにも味見させた。 沈黙。 重苦しい静けさが、室内を支配する。ゆっくりと味わっているのか、表現に困っているのか分からないが、明らかに硬直している者が数人。 想像以上の酸味と渋味に、ネージュとユーノは完全に硬直していた。ホティは羽がシワシワになり、ゆっくりと落下している。喪越は梅干しのように顔中にシワを寄せているし、魅琴は額に手を当てて悶絶中である。 「シノビがとりあえず生存することを目的にした、薬剤や携帯食料の味がするでござる…美味しい間食と期待して食べたら、暴動が起こらんかや?」 暗にとっては懐かしい味だが、明らかにチョコの味ではない。暴動は少々言い過ぎかもしれないが、それだけ悲惨な味なのだろう。 「なんか…違う気がするなー。例えば…ふつーに甘いチョコレートだけど、食べた後にじんわり暖かくなるとか理想かなあ」 彼方を見詰めながら、評価の言葉を口にするルオウ。彼の『理想とするチョコ』は過去に2回程味わった事がある。それをここで説明したら、ラグナが烈火の如く怒り狂うのは間違い無いだろう。 「これが『チョコレート』ならば、もうチョコレートは暫く口にしたくないですね……『痩せるチョコ』と銘打っては如何でしょう?」 ようやく我に返った魅琴が、苦笑いと共に感想を述べた。確かに、これを食べた後は何かを口にしくないが…それが『チョコレート』として正しいのか、少々疑問である。 不評が多い中、2個目を口にする強者達が居た。ジークリンデ、カズラ、からすの3人だ。 「舌触りは良いのですが…カカオの酸味と薬効の渋みが強過ぎるように思います。蜂蜜のような健康的な甘味を加えるのと、渋みはお抹茶でまろやかにした方が良いかもしれません」 「チョコと思って食べると、裏切られるわね…薬と思って口にすれば悪くないけど。もう一味、癖になる感覚を追加出来れば、大きく化けそう」 「…健康にはなるが、元気にはならないね。薬と毒は表裏一体、何事も過ぎれば毒と化す。味以外は良いのだから、これを元にするといい」 しっかりと味わい、長所と短所を的確に指摘していく。我慢強いのか、食に対する造詣が深いのかは分からないが、このマズいチョコを平然と食べる姿を見ていると、尊敬の念を抱きそうになる。 その横では、ラグナが盛大に泣いて悶絶しているが。 「い、いくら健康になるのでも…口の中が不健康な感じだぞ店主! これはダメだ! もっと、食べやすい物がいい…『優しい愛情』のような!」 『単なる戯言だ、気にしなくて良いぞ。少々、頭が可哀想な奴だからな』 相棒にすら、散々な言われ様のラグナ。もしかしたら、彼は『優しい愛情』に飢えているのかもしれない。それを手にする日まで、希望を捨てずに強く生きて欲しい。 「ふおぉ。何なんだ、この絶妙な口当たりと強烈な味のアンバランスは……! これが新世界……? あぁ……光が……見える……」 今まで静かにしていた喪越だったが、限界を迎えたようだ。少々危ない事を口走りながら、巨体が揺らぐ。数秒後、白目を剥いて床に崩れ落ちた。 驚愕しながら駆け寄る開拓者達。健康になるチョコを食べて失神したのでは、洒落にもならない。幸い、意識はすぐに取り戻したが…一般人が食べるには、刺激が強過ぎるだろう。 改良点は分かったが、相当骨が折れそうである。依頼主は全員と話し合いながら、味と薬効のバランスについて細かく決めていく。 ルオウはチョコを眺めながら、『ある人』の事を思い出していた。 「今年もエリナから貰えるといいなあ…」 呟くような、小さな声。その言葉は、周囲の喧騒に飲まれて消えていった。 |