掴み取れ! 新年金果実
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 不明
参加人数: 9人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/01/10 22:11



■オープニング本文

 天儀には『お年玉』という風習があるのを御存知だろうか? 新年を迎えた祝いに、親や親類が未成年の子供に金銭を贈る事なのだが…今更、説明は要らないかもしれない。
 このお年玉という風習には諸説あるが、伝承の元になった可能性が高い行事は、今も朱藩の小さな村で行われていた。
「今年も豊作ですね、金果実の木」
 巨木を前に、テッペンを見上げる男性が2人。木の高さは20m程度だろうか? 左右に大きく広がった枝に、色とりどりの果実が実っている。が、金色の果実は無い。
「うん。豊作なのは良いけど…硬いんだよな、アレ」
 言葉と共に、苦笑いを浮かべる。実際、果実の硬さはバラバラで、柔らかい物は子供のチョップでも割れる。逆に、硬い物は筋肉自慢が全力で金槌を振り下ろしても割れない。何とも、両極端な果実である。
「仕方ないですよ。お年玉のために、頑張りましょう!」
「金と同じ価値の果実が落ちてくるから、『落とし珠』か…センス無いよな」
 溜息混じりの愚痴が、口から零れる。その昔、この果実は金と交換されていた時期があった。それ程までに美味であり、頑固な食通ですら言葉を失う程だったらしい。
 力試しの意味を込め、親から子供に果実が渡される。それを割った者だけが、『美味』という報酬を得られるのだ。中には、割った果実を売って金を手にした者も居る。今のお年玉は、伝聞の中で情報が混ざり、簡略化されて根付いたのだろう。
 そんな美味なる果実も、今では割れる者が少なくなり、出荷数が減っている。今回、村人だけでは高所の収穫が出来ないため、開拓者に手伝いを頼む事になった。その報酬に、金果実が1つ贈られるが…無事に割れる者は、居るのだろうか?


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
十野間 月与(ib0343
22歳・女・サ
ティア・ユスティース(ib0353
18歳・女・吟
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
叢雲 怜(ib5488
10歳・男・砲
ファムニス・ピサレット(ib5896
10歳・女・巫
緋乃宮 白月(ib9855
15歳・男・泰
衝甲(ic0216
29歳・男・泰
島津 止吉(ic0239
15歳・男・サ


■リプレイ本文

●新年と木の実
 新しい年を迎えた、ある日。朱藩の、人里離れた小さな村で、木の実の収穫が行われていた。肌寒い空気に負けないくらい、人々の熱気で盛り上がっている。
「よーし! 頑張って収穫しちゃうぞ♪ ね、ファム!」
「うん。頑張ろうね、姉さん。私は、下で仕分けを担当するね」
 元気良く叫びながら、妹に声を掛けるリィムナ・ピサレット(ib5201)。姉の言葉に応えながら、ファムニス・ピサレット(ib5896)は静かに笑みを浮かべた。仲良し姉妹だが、性格は正反対のようである。
「これも鍛錬のうち。村人の為になるならば、これ以上の事はない」
 鍛えた肉体を活かし、力仕事を買って出る衝甲(ic0216)。木に登って大量の木の実をカゴに入れ、衝撃を与えないように静かに降り立つ。
 それをファムニスに渡すと、入れ替わるようにリィムナが木に登った。身軽な動きで木を登り、高い枝の実を収穫していく。
「お、リィムナも身軽なのだな。お互い、安全第一で頑張ろうなのだぜ!」
 近くの枝に立ち、叢雲 怜(ib5488)は微笑みながら『グッ』と親指を立てる。木登りに慣れているのか、彼も身軽で素早い。リィムナが笑みを返すと、2人はカゴを背負い直して収穫を再開した。
「みんな〜、頑張んのは良いんだげっども、怪我だけは気を付けでな〜!」
 木の上に居るメンバーに向かって、島津 止吉(ic0239)が叫ぶ。独特の話し方ではあるが、心配して注意を促している事は伝わったようだ。
 羅喉丸(ia0347)は実を手に取り、マジマジと見詰める。
「…こんな風習があるとは、天儀は広いな。依頼を通じて、見聞を広められるというのは良い事だ」
 自分で見聞きした知識は、血肉となって身に付く。これも、鍛錬の一環なのかもしれない。
「でも…お年玉って、丸めた御餅をお祝いにしたのがもとだって聞いてたけど?」
 収穫した実を下ろし、十野間 月与(ib0343)は疑問を口にする。不思議な金果実は興味深いが、お年玉の由来も気になっているのだろう。
「月与さん、博識ですね。お年玉は諸説ありますし、この面白い果実と風習は、その1つなのでしょう」
 実の仕分けを手伝いながら、優しく言葉を返すティア・ユスティース(ib0353)。家事や裁縫が得意な事もあり、その手際は素早くて正確。初めてとは思えないほど、見事である。
 開拓者達のお陰で、作業は順調。何の問題も無く、円滑に進んでいる。だが、依頼の本命は収穫ではない。一番盛り上がる時間が、これから訪れようとしていた。

●虹色への挑戦
 この村の伝統行事、落とし珠。本来なら村人以外には割る機会を与えられないが、今回は報酬代わりに実が与えられる事になった。無論、実を買い取れば割れるが…一部の美食家が買占め同然に購入しているため、一般人が買うのは難しいだろう。
 しかも、実を割るのは容易ではない。硬い上に果肉は衝撃に弱いため、食べた事が無い者も多いだろう。飛空艇で上空から落下させた美食家も居るが、確実性に欠けるのが難点である。一応、実は割れたが…果肉が周囲に散らばったのは、言うまでもない。
「これは…一撃必殺が凄く求められる感じ?」
「そのようだな。今こそ、鍛えてきた成果を見せる時…!」
 怜と衝甲が静かに闘志を燃やす。理由は違っても、目的は同じ。それに、腕試しとも言えるこの状況なら、熱くなるのも当然だろう。
 収穫を終えた実は、村人達の手で集計されている。それが済んだのか、橙色の実が運ばれてきた。これは、ファムニスが希望した物である。
「では、早速始めましょうか。皆さんの試みが上手く行きますように…」
 優しい笑みを浮かべながら、ティアは竪琴に指を伸ばした。弦を力強く弾き、激しいリズムの曲を響かせる。それが精霊に干渉し、周囲の開拓者達に宿って力を与えた。
「余り自信が無いですが…やってみます…!」
 ファムニスは実を受け取り、それを地面に置いて若干距離を空ける。右手を突き出して意識を集中させると、掌に霊力が収束して白い光弾と化した。自身の拳よりも小さな弾を放つと、白い軌跡を描きながら直進。殻を貫通すると同時にヒビが走り、そこから左右に割れて果肉が姿を現した。
 彼女の成功に、周囲で見物していた村人達も湧き立つ。開拓者達も祝福しているが、一番驚いているのはファムニス自身だろう。違う攻撃スキルを使っていたら、もう少し硬い実を割れたかもしれないが。
「お〜、見事だな。さて、俺も続いてみるべか!」
 腕を回しながら、止吉は黄色の実を地面に置いた。刀を抜いて強く握り、腰を落として力を溜める。ゆっくりと刀を振り上げると、狙いを定めて全力で振り下ろした。銀色の剣閃が、実に吸い込まれていく。
 が…直後に固い金属音が響き、刀が止まった。切先が殻に刺さっているが、果肉には届いていない。どうやら、少し力が足りなかったようだ。彼が何らかのスキルを使っていたら、結果は変わっていただろう。
 残念な結果に、苦笑いを浮かべながら後頭部を掻く止吉。そんな彼の肩を、衝甲が力強く叩いた。
「その心中、察するに余りある。あなたの無念、代わりに晴らしてみせよう」
 頼もしい言葉を口にし、衝甲は緑色の実を受け取る。それを手の中で転がしながら、注意深く観察していく。殻の薄い箇所を見付けると、実を直上に放り投げた。正拳の構えをとり、落下する実に合わせて拳を突き出す。
 衝甲の一撃は完全に実を捉えたが、割れる事無く彼方へ吹っ飛んでいった。狙いは良かったのだが…ほんの少しだけ、威力が足りなかったようだ。開拓者としての経験が浅いため、仕方の無い事かもしれないが。
「おぬしも駄目だったが。お互い、もっど経験ば積まねぇどな」
 さっきとは逆に、止吉が衝甲の背をバシバシと叩く。2人がこれから様々な経験を積めば、きっと割れる日が来るだろう。
 青色の実を2つ持った村人が、月与とティアに歩み寄る。それを受け取り、2人は顔を見合わせた。視線で会話をしたのか、ティアが先に移動して地面に実を置く。
「どうか、美味しく食べれるようになって下さいね?」
 そう言って距離を空け、気力を充実させて気合を入れ直す。深呼吸しながら竪琴に指を伸ばし、重低音を響かせた。音の波が衝撃となって、実を中心とした空間に叩き付けられる。
 一見すると派手で威力がありそうだが、範囲攻撃なため威力は減少。実に対する破壊力が足りず、結果として失敗に終わってしまった。演奏で周囲の草木や地面に影響を及ぼさないよう、場所選びに留意したのは彼女らしいが。
「残念だったね…ティアの分まで、あたいが頑張ってみせるよ!」
 慰めながら、自身の胸を叩く月与。豊満な胸を揺らしながら、青い実を置いて太刀を両手で握った。切先と実の距離を測り、丁度良い位置で振り上げる。鍔元から炎が燃え上がり、刀身全体を包み込んだ。先端で叩き斬る事を意識しながら、狙いを定めて一気に振り下ろす。
「入った…かな?」
 手応えはあった。月与は太刀を振って炎を消し、実に駆け寄る。ゆっくりと手を伸ばして指先が触れた瞬間、実からほんの少しだけ炎が舞い上がって2つに割れた。
 月与を始め、村人達からも歓声が上がって祝福の声が降り注ぐ。羅喉丸は賛辞を贈ると、自身の準備をするために踵を返した。
「まさか、これを持ち出す日が来るとは…な。何としてでも、割ってみせる」
 言いながら手にしたのは、巨大な大筒。それを放つため、場所選びが重要になってくる。更に、実は縄で縛って巨岩近くの木に吊るすため、条件は相当厳しい。何とか希望通りの場所を探し出すと、羅喉丸は実を吊るして大筒を構えた。
「我が一撃に、一擲乾坤を賭さん…!」
 意識を集中させて気力と練力を全身に巡らせると、肌の色が赤く染まる。その状態で体中の気を放出し、自身の攻撃力を上昇させた。直後、実に背を向けて大筒を撃ち放つ。狙撃という概念を打ち砕き、発砲の反動を利用して大きく跳躍。大筒の勢いに乗り、肩から背の部分で体当たりを放った。
 周囲に響く轟音に、舞い上がる砂埃。視界を遮られ、羅喉丸の姿が確認出来ない。数秒後。彼が砂埃の奥から、割れた実を持って現れると、周囲から歓声が上がった。
 土埃が治まるのを待ち、村人が紫の実を木に吊るす。その下に深い水桶を置き、怜は水を注いだ。
(あれを割れば…姉上達と遊びに行ったり、あの子に簪をあげたり、おやつを買ったり…はわわ。いっぱいやりたい事が出来そうなのだぜ!!)
 成功した後の事を想像し、口元が思い切り緩む。両頬を叩いて気合を入れ直すと、怜は巨大な銃を手に精霊力を瞳に集中させた。ゆっくりと狙撃体勢に移り、緊張感を高めて肉体の能力を引き出していく。引き金に指を掛け、限界以上の練力を込めて銃を撃ち放った。
 高速の射撃が実を貫通し、衝撃で縄が切れて落下する。縄が解け、割れた実が水桶の水を跳ね上げた。祝福と歓声を浴びながら、怜は満面の笑みを浮かべる。そのまま、ゆっくりと後ろに倒れていった。彼が使ったスキルは、肉体への負荷が大きい。少々無理をし過ぎたのか、気を失ってしまったようだ。
 心配そうに、開拓者達と村人が駆け寄る。が、怜の幸せそうな表情に、思わず笑みが零れた。打撲や外傷は無いし、安静にしていれば直に目を覚ますだろう。
 最後に残ったリィムナに、紫色の実が渡された。
「ファム、支援をお願い! あんたが力を貸してくれれば、あたしの魔法は完璧♪」
 実を受け取りながら、ファムニスに支援を要請する。その言葉に、ファムニスは嬉しそうに微笑んだ。
「うん。姉さん、頑張って…」
 静かに返事をしながら、ファムニスは穏やかな舞を踊る。それが精霊の力を引き出し、リィムナの心を落ち着かせて感覚を研ぎ澄ませた。
 自身の力が増加した事を確認し、リィムナは実を放り投げる。空中の実を人差し指で差すと、雪のような白燐と共に電撃が宙を奔った。閃光が一直線に伸び、実に穴を穿って空の彼方に消えていく。そこからヒビが走って全体に広がり、2つに割れた。落下してくる実を、リィムナは両手で受け止める。
「どう? どう!? すごいでしょ!」
 両手に実を持ち、子供らしい無邪気な表情を浮べるリィムナ。笑い声と歓声が入り混じり、祝福の拍手が周囲に鳴り響いた。

●お年玉と『落とし珠』
 開拓者達の健闘に、興奮冷めやらない様子の村人達。そんな中、村長らしき人物と開拓者達は、割った実の交渉をしていた。5人中4人は実の買い取りに応じたが、羅喉丸だけは若干違う。
「金果実を食べてみたいんだが…藍色ではなく、橙色を売ってくれないか? 丁度、ファムニス殿が割った物があるしな」
 美味な実を売り、その金で食用の実を買う…ある意味、珍しい行動かもしれない。だが、それを拒否する理由は無い。藍色と橙色の差額金と、割られた橙色の実。その2つが羅喉丸に贈られる事になった。
 全員の報酬が決定し、村長は紙に筆を走らせる。今回は全員の金額が違うため、この紙を元にギルドで報酬が支払われる事になったのだ。書き終えた紙を封筒に入れ、代表してリィムナに手渡した。
「ありがとう! えへへ♪ お年玉ゲットだね!」
 礼を言いながら、満面の笑みを浮かべる。開拓者である前に、彼女はまだ10歳の少女。こうしてお年玉を貰えるのが、相当嬉しいようだ。
「この歳でお年玉ってのは変な感じだけど…リィムナさんも怜さんも、一番固い実を割るなんて大したモンだよ」
 優しく微笑みながら、月与は2人の頭をクシャクシャと撫でる。その様子は、歳の離れた姉のようで微笑ましい。
「そ…そうかな? そんな、大した事ないのだぜ!」
 年上の女性に褒められ、ご機嫌な様子の怜。口では強がっているが、猛烈に嬉しそうである。数分前まで気絶していたのが嘘のようだ。
「えっと…あの、怪我した人は居ますか? 私が回復しますが…」
 村人の中には、怪我人も居る。見物中に興奮し過ぎて、転倒や衝突があったのだろう。ファムニスは勇気を出し、村人に話し掛ける。引っ込み思案な彼女だが、怪我をした者を放っておけないのだろう。
「それにしても…私達が失敗した実は、どうするのでしょう? 捨ててしまうのは、少々勿体無い気もしますが」
 ティアは小首を傾げながら、疑問を口にする。視線の先にある実は、鮮やかな色を失ってドス黒く変色している。とても食用には見えないし、これを食べるには相当な覚悟が必要だろう。
「そうかもしれねぇけんど、腐った物は食えねぇ。次は失敗ばしねぇように、頑張ろうな」
 苦笑い混じりに、言葉を口にする止吉。もしかしたら来年の今頃、彼はこの村を訪れて『落とし珠』に挑戦しているかもしれない。
「くっ…! 俺は、まだまだ鍛錬が足りなかったようだ。1から鍛え直さねば…!」
 自身の力不足を痛感したのか、衝甲は皆から離れて独り闘志を燃やしている。自己研鑚に抜かりは無いが、彼に足りないのは経験のみ。今回の事をバネに、大きく成長しそうだ。
 こうして、天儀歴1013年の『落とし珠』は、静かに幕を下ろした。