真紅の雪
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/12/28 21:31



■オープニング本文

 暗い夜の後には、明るい朝がある。
 どんなに激しい嵐でも、必ず止む時が来る。
 突然の吹雪は晴れ、太陽が顔を出した。陽光で白雪がキラキラと輝く中、数十人の行列が雪原に伸びている。
 年代も男女もバラバラの集団…その正体は、移住を決意した者達。魔の森の被害を避けるため、理穴東部から武天に向けて移動中なのだ。長距離なため、小さな子供には辛い旅かもしれないが。
「みんな、頑張ろうぜ! 武天に着けば、今までよりも豊かな暮らしが待ってるんだ!」
 若い男性が、村人達を励ますように大声を上げる。疲れて脚はガクガクになっていたが、誰もが希望に胸を躍らせていた。

 だが……。

 彼等が異変に気付いたのは、国境周辺の森に差し掛かった頃だった。
 周囲を取り巻く、不穏な空気。風に紛れて、暗紫色の霧が濃度を増していく。村人達が不安そうな表情を浮かべる中、『それ』は突然に現れた。
 宙に浮かぶ、鮮血のような赤い球体。それを中心に、霧が渦を巻く。ほんの数秒で人の型を成し、進路に立ち塞がった。
 驚愕の表情を浮かべる村人達。逃げようと周囲を見渡したが、もう遅い。彼等を取り囲むように、複数の霧人間が出現していた。
「きゃぁぁぁぁ!」
「な…何だ、コイツら!?」
 悲鳴と怒声が辺りに響く。異形達がゆっくりと手を上げると、その声は徐々に収まっていった。アヤカシの中には、人の心を惑わせる能力を持つ者も居る。霧人間達が、それに該当するのだろう。
 濁った瞳で、焦点が合わないまま虚空を見詰める村人達。アヤカシが腕を振ると、村人達の手に瘴気が集まっていく。それが硬質化し、鈍い光を放つナイフとなって具現化した。
 操られた村人達。
 握られたナイフ。
 アヤカシ達…。
 この先の結末は、1つしかない。アヤカシが手を振り下ろした瞬間、村人同士で斬り合いが始まった。
 意識は無く、自我も無く、慈悲も無く、痛みも無く、悲鳴も無く。
 鮮血が飛び散り、周囲の雪を赤く染める。
 そして…村人達の命も散っていく。
 数分もしないうちに、彼等は物言わぬ姿となって大地に伏した。結果を見届けたアヤカシ達は、瘴気となって姿を消していく。
 目撃者も、凶器も、犯人も居ない。このまま、事件は闇に葬られるハズだった。
 しかし、生存者は居たのだ。
 幸か不幸か、アヤカシの出現と同時に気絶した少女が1人。彼女が目を覚ました時、全ては終わっていた。飛び散った鮮血と、周囲に転がる死体。自身の体にも、赤い汚れが無数。
 悪夢のような現実に、少女は悲鳴を上げた。運良く、近くを通り掛かった旅泰達が、彼女を発見して保護。そのまま、少女は此隅のギルドへと運ばれた。


■参加者一覧
空(ia1704
33歳・男・砂
九竜・鋼介(ia2192
25歳・男・サ
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
郁磨(ia9365
24歳・男・魔
言ノ葉 薺(ib3225
10歳・男・志
東鬼 護刃(ib3264
29歳・女・シ
月雪 霞(ib8255
24歳・女・吟
ペコ(ic0037
22歳・女・サ
桃李 泉華(ic0104
15歳・女・巫
スチール(ic0202
16歳・女・騎


■リプレイ本文

●赤い目印
 冬にしては温かい陽気が、積もった雪を溶かしていく。静かな平原に響くのは、開拓者達の足音のみ。口を開く者は無く、重苦しい雰囲気と共に静かな時間だけが流れている。
 長い長い沈黙は、唐突に終わりを迎えた。森の近くの雪原に、不自然に染まった『赤』。野晒しになったままの、物言わぬ骸。その光景に、9人は思わず足を止めた。
「血の臭い…! 惨い事をしやがる…」
 周囲を見渡しながら、顔を歪める九竜・鋼介(ia2192)。無惨な状況に心を痛めながらも、アヤカシに対する怒りで拳を強く握った。
「無念でござったろうなぁ。抗えもせず、ただただ同胞に対して暴威を振るい合うというのは…」
 ペコ(ic0037)にとっては、死屍累々の状況は見慣れた光景である。だからこそ…彼女は合掌して静かに祈りを捧げた。
「…皆さん、遺体を一カ所に集めて下さい。森との間に鉄壁を張りますから、急いで…!」
 郁磨(ia9365)にしては珍しい、鋭くて力強い口調。無念の中で死んだ者達を冒涜させないため、損壊を防ぐため、護りたいのだろう。
「手伝わせて下さい…この方達は、どんな想いだったのでしょうか…今やそれを知る術はありませんが…それでもどうか…」
 地面に膝を付き、月雪 霞(ib8255)は遺体に手を伸ばした。土を払い、血を拭い、そっと抱き上げて移動させる。
「この子達が襲われた時、私が同行していたら盾となって守れたのに…!」
 少女の遺体を抱き上げながら、スチール(ic0202)は唇を噛み締めた。『女子供を守る盾』を称している彼女には、悔し過ぎる出来事かもしれない。
「ヒデェ事すんな、ちくしょお…仇は討ってやんねえとなっ!!」
 集まった遺体を前に、ルオウ(ia2445)は拳を握りながら叫ぶ。全ての悲劇を無くすまで、彼の殲刀はアヤカシを斬り裂くに違いない。
「酷い事されて…辛かったなぁ…せめてゆっくり、休んでなぁ? 可愛い女の子傷付けよってからに…絶対、うちが殺ったる…」
 物言わぬ少女の頬を撫でながら、優しく語り掛ける桃李 泉華(ic0104)。その表情が一変し、アヤカシに対する怒りが燃え上がる。
(嫌でも里の事を思い出されるものじゃな…蘇るは焔と咎……斯様な悲劇を二度と起こさぬために、滅してくれよう)
 凄惨な光景は、東鬼 護刃(ib3264)の記憶を呼び起こす。悲しみと怒りが心の中で渦を巻き、複雑な表情となって表れた。
 それに気付いた言ノ葉 薺(ib3225)は、彼女の手を優しく握る。
「ご安心を。私は常に、貴女の傍にいますから…その体と心を守りましょう」
 力強い言葉に、柔らかい笑顔。彼の表情に釣られるように、護刃も微笑んだ。
 作業を始めて、どれくらいの時間が経っただろうか? 血や泥で汚れる事を一切気にせず、遺体を集め続ける開拓者達。徐々に、彼等の周囲を霧が覆い始めていた。

●霧と悪意を祓う
 警戒しながら、周囲を見渡す開拓者達。暗紫色の霧は次々に溢れ、視界を濃度を増していく。
「…霧が濃くなってきましたね。皆さん声の掛け合いを忘れずに…」
 言いながら、郁磨は地面に手を付く。その状態で力ある言葉を詠唱すると、森と遺体の間に鉄の壁が出現した。
 タイミングが良いのか悪いのか、雪原側に霧が集まっていく。次いで赤い球体が3つ出現し、アヤカシと成って具現化した。開拓者から見て、真北、北東、北西に1体ずつ。距離は15m程度だろう。
「私の演奏が、皆様のお力になれますように…ご武運を」
 全員が身構える中、霞はハープに指を伸ばす。細い指が弦を弾くと、周囲に勇壮な演奏が響いた。その曲が、全員の心を奮い立たせる。
「俺が相手だ、アヤカシ野郎!」
 野獣のような雄叫びを上げながら、ルオウが北東に向かって駆ける。敵の先手を取るように距離を詰め、地面を蹴って跳躍。落下しながら刀を抜き、全力で振り下ろした。切先が球体を捉え、傷を描く。
 ルオウとは対照的に、静かに駆ける鋼介。真北の敵の懐に飛び込み、刀に炎を宿して斬り上げた。燃える斬撃が瘴気を蒸発させ、深々と斬り裂く。
「音も無く現れるとは、何と厄介な…護刃殿、接近し過ぎないよう注意して下さい」
「薺が守ってくれるのであろう? ならば、心配は無用じゃ」
 注意を促す薺に、護刃は言葉と共に不敵な笑みを浮かべた。それだけ、彼を信頼しているのだろう。薺が笑みを返すと、2人は北西に向かって駆け出した。
 脚絆の力で滑るように移動し、加速しながら直刀を振るう薺。刀身が宙を奔り、霧を吹き飛ばすように球体を薙いだ。
 護刃はアヤカシと遺体の中間辺りで足を止め、印を結ぶ。空中に炎が生まれ、敵を一瞬で飲み込んで燃え上がった。
 全身を焼かれながらも、アヤカシは瘴気から刃を生み出す。炎を掻き消すように、それを大きく薙いだ。
 迫り来る斬撃を、薺は精霊剣を盾代わりに構えて受け止める。力を込めて攻撃を弾き飛ばし、若干後方に飛び退いた。
「あんた等アヤカシは、ほんまゲスな事しかせんのなぁ…!」
 眉間にシワを寄せながら、親指を下に向ける泉華。直後に真北と北西で空間が歪み、アヤカシ達の体が捻じれて衝撃が打ち付けた。
「無念は、霧と共に晴らすくらいしか…む。む? あのアヤカシは霧…ではなくてアヤカシでござるから、つまり、此処で晴らすのはアヤカシでござったか…?」
 小首を傾げたり、頭を捻ったり、全身で疑問を表現するペコ。霧とアヤカシを混同しているのか、頭の中が混乱気味のようだ。
 悶える彼女の背を、スチールが勢い良く叩く。
「気をしっかり持て。混乱している場合では無いぞ?」
 檄を飛ばし、真北に駆けて行く。巨大な槍を振り回し、頭部を狙って突き出した。矛先が球体に突き刺さり、瘴気が溢れ出す。
 ペコは軽く咳き込みながらも、北東の敵に突撃した。正面から対峙しているルオウに対し、彼女は迂回して横から接近していく。長剣を握りながら大きく踏み込み、裂帛の一撃が球体を斬り裂いた。
 溢れ出る瘴気に紛れるように、北東のアヤカシが刃を大きく振る。反射的にルオウとペコは後方に飛び退いたが、赤い頭髪が数本舞い散り、斬撃の衝撃が黒漆鎧を駆け抜けた。
 真北のアヤカシは腕を振り上げると、瘴気を集める。その掌が怪しい輝きを帯びると同時に、光が宙を奔って鋼介に殺到した。
 全身を襲う、圧倒的な不快感。神経を侵す、気持ちの悪い感覚。不快感が冷静な思考力を奪い、鋼介は言葉では形容出来ない叫び声を上げた。その瞳は虚ろで、焦点が合っていない。どうやら、敵の術に堕ちてしまったようだ。
 全員が見守る中、鋼介は両手の兵装を無造作に振り回し始めた。切先がアヤカシを斬り裂くが、頭部以外には効果が無い。
 両脇のアヤカシが鋼介に接近しないよう、ルオウと薺は注意を引ように斬撃を放った。銀色の軌跡が、眼前の敵を捉えて傷を刻む。
 追撃するように、護刃と郁磨が術を発動させた。紅い炎が北西のアヤカシを焦がし、奔る電光が北東の敵を射抜く。
 北西のアヤカシは腕を振り上げ、護刃に向かって掌を広げた。特殊な波動が方向性を持ち、護刃に迫る。不快感に顔を歪ませながらも、彼女はそれに耐え抜いた。
 仲間達がアヤカシを抑えている隙に、泉華は溜息を吐きながら印を結ぶ。歩きながら呪文を唱えると、鋼介の全身が淡い藍色の光に包まれた。浄化の力が精神に作用し、徐々に瞳に光が戻り始める。精神的に疲れたのか、鋼介は膝から崩れるように座り込んだ。
「ウチ、蹴鞠は得意なんよ? こんな風になぁ♪」
 泉華の容赦無い一蹴が、鋼介の腰に炸裂! 可愛い女の子が好きな泉華にとって、男性を回復するのは不本意極まりなかったのだろう。
「ぐっ…! 手間をかけて済まなかったな、桃李」
 不敵な笑みを浮かべる彼女に対し、鋼介は苦痛の表情を浮べながら腰を撫でる。正気に戻ったのは良いが、手荒い歓迎だったかもしれない。
 そんな2人を狙って、真北のアヤカシが動いた。瘴気を刃に変え、地面を蹴って距離を詰める。
「弱った者を狙う、か。定石過ぎて、行動が読み易いな」
 アヤカシが刃を振り下ろすより早く、スチールが間に割って入った。直後に、刃が鎧の上から肩口に命中し、衝撃が駆け抜ける。苦痛に顔を歪めながらも、スチールは槍を薙いで敵の頭部を殴打した。反動でよろめきながら、アヤカシが後方に下がる。
「届きますか? 私の声が…絶え間無き演奏が」
 穏やかな口調とは裏腹に、激しいリズムを刻む霞。その演奏が精霊力に干渉し、仲間達の能力を上昇させた。
 霞のサポートを受け、ペコは兵装で斬り上げる。鋭い切先が北東のアヤカシを掠め、球体に亀裂が走った。
 反撃するように、アヤカシは刃を突き出す。その切先は、ペコではなくルオウに向いていた。完全に不意を突かれ、刃が肩に深々と刺さる。鮮血が飛び散り、華のように広がった。
 次の瞬間、ルオウは左手でアヤカシの腕を掴む。
「あの子と約束したからな…『お前らを倒した後に、一緒に村人を弔う』って。だから…絶対負けねぇ!」
 依頼人の少女を思い浮かべながら叫び、蹴撃を叩き込む。間髪入れずに腕を離して兵装を握り、袈裟懸けに刃を走らせた。圧倒的な速度の斬撃が、寸分違わず球体を両断。霧の体が弾け飛び、球体は瘴気と化して空気に溶けていった。
 仲間を倒されて危機を感じたのか、残った2体が周囲に波動を撒き散らす。対象となったのは、ペケとスチール。アヤカシの術が精神を侵し、2人は鋼介同様の叫び声を上げた。
 被害の拡大を防ぐため、薺は止めの一撃に打って出る。剣に純白の気を纏わせると、周囲に梅の香りが広がった。
「浄化されなさい。その存在全てを…!」
 大きく踏み込み、下段から頭部に向かって斬り上げる。瘴気を浄化させながら、切先が球体を深々と斬り裂いた。
「冥府や魔道から迷い出たアヤカシめ。わしの焔が、三途の火坑へ案内してやろう…っ!!」
 金色の瞳がアヤカシを射抜く。護刃の結んだ印が炎を生み出し、敵を飲み込んだ。強烈な火力が霧を蒸発させ、球体を露にする。
 薺と護刃は呼吸を合わせ、更なる攻撃を放った。白い軌跡と赤い炎が重なり、アヤカシを打つ。空中で球体が砕け散り、破片が瘴気となって大地に散らばった。
 これで、残るは1体。
「人の形を成してはいるが…本体は頭部の球体で、後は霧のようだな。体はいくら斬ってもキリが無い、か…霧だけに」
「…さっさと動いて下さい、くーろん。明確なる意志を持って、手を滑らせましょうか〜?」
 独り呟く鋼介に対して、冷たく厳しいツッコミを入れる郁磨。その指先に、雷撃が生まれていた。
 苦笑いを浮かべながら、鋼介は敵に向かって突撃して小剣を構える。頭部の球体を狙い、大きく踏み込んで下から突き上げた。続け様に、刀に炎を纏わせて斬り上げる。連続攻撃が球体を捉え、抉るように斬り取った。
 大きな傷跡から瘴気が溢れる中、郁磨の雷撃が宙を奔った。2筋の閃光が球体の上で交差し、射抜く。ダメージは蓄積しているが、まだ止めには至っていない。
 戦闘を繰り広げる開拓者達を尻目に、ペコとスチールは時間が止まったように直立している。2人の目を覚まさせるため、霞は鎮静効果のある曲を奏でた。泉華は印を結んで術を唱え、スキルを発動させる。その2つが浄化の力となり、直立する2人の意識を引き戻した。
「ハッハー! 拙者は果報者でござるな! かたじけない、桃李殿、霞殿っ!」
 小躍りしながら、全身で感謝の意を伝えるペコ。スチールは泉華と霞に深々と頭を下げ、静かに礼を告げた。その状態から、2人はタイミングを合わせて駆け出す。残ったアヤカシを左右から挟むように距離を詰め、頭部を狙って兵装を振った。スチールの殴打とペコの斬撃が重なり、十字を描く。衝撃が球体を砕き、霧と共に瘴気に還っていった。

●葬送と埋葬
 現れた敵を全て倒し、一息つく開拓者達。泉華は溜息混じりに術を発動させ、ルオウの傷を癒している。
「終わったか…これで、あいつ等も少しは浮かばれると良いんだが…」
 周囲を見渡しながら、鋼介が呟く。悲劇の元凶を倒した事が、何よりの供養になった事だろう。
「いや、まだだぜ? もしかしたら、どっかにアヤカシが潜んでるかもしれねぇ。俺は、周囲を索敵して来る」
 敵の姿が無くても、ルオウは注意を怠らない。泉華に軽く礼を述べると、森の方向に歩き始めた。
「1人では危ないだろう? 私も共に行く。異論は聞かんぞ?」
 後を追うように、スチールが小走りに駆ける。2人は視線を合わせて軽く頷くと、森の奥へ進んで行った。
「では、拙者達は弔いの続きでござるな。形見の品でもあれば、共に埋葬せねば…!」
 遺体は一か所に集めているが、弔いらしい事はしていない。ペコの提案に反対する者は無く、7人は協力して作業を始めた。
 襲われた村人達は、大移動の最中。荷物を乗せていた荷車が、数台転がっている。盗賊に盗まれたのか、荷物は残っていないが。
「死後の事は分かりません。ただ…きっとこの方達が望んだであろう事を、果たしてあげましょう…」
 悲痛の表情を浮べながら、薺は遺体に手を伸ばす。全身の汚れを綺麗に拭き取ると、荷車にそっと乗せた。
「帰るべき里も無く、行くべき地にも辿り着けぬまま果てる……死したこの者達は、安寧とする地で眠る事は出来るんじゃろうか…」
 荷車の遺体を眺めていた護刃が、疑問を口にする。死した者がどうなるかは、誰にも分からない。だが、彼女の『瘴気に脅かされぬ地に運んでやりたい』という気遣いは、届いていると思いたい。
「それは分かりませんが、私に出来るのは…ただ祈り捧げる奏でを贈るのみ…鎮魂歌と共に、魂を送り出す演奏を…」
 荷車の前に腰を下ろし、ハープを構える霞。精一杯の想いと祈りを込め、静かに弦を弾く。悲しくも力強い演奏が、周囲に広がっていった。
「次の世でこそ…幸せになるんやで…? うちと、約束しぃや…」
 言いながら、泉華は物言わぬ少女の小指に自身の小指を絡めた。そのまま、空いた手で少女の髪を優しく梳く。
 全ての遺体を乗せ終わった頃、ルオウとスチールは森から帰還した。どうやら、周囲にアヤカシの気配は無かったようだ。
 合流した9人は、ギルドを目指して歩き出す。依頼の報告もあるし、依頼人の少女と埋葬場所の相談をする必要がある。
 帰路を歩きながら、郁磨は少女の事を考えていた。
(…あの子に、伝えなきゃな…『希望を抱き歩んだ事、後悔してないで。何時か必ず絶望の霧は晴れて、空から光が射すから……故人の霧は、君の笑顔が光となるんだよ』って…)