素晴らしき聖夜のために
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
EX :危険
難易度: 普通
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/12/10 20:01



■オープニング本文

 12月24日は何の日か、ご存知だろうか?
 聖夜、クリスマスと呼ばれるこの日は、恋人達にとって特別な意味を持っている。本来は降誕祭なのだが、天儀に伝来する間に意味合いが変わってきたのだろう。文化交流に於いて、そう珍しい事ではない。
 話を戻すと、天儀でクリスマスと言えば『大切な人と過ごす日』という意味合いが強くなっている。ジルベリアの料理や菓子を食べたり、ワインで甘い一時を過ごしたり、贈り物をし合ったり……何をするかは人それぞれでだが。
「それで、私どもと致しましては、全てのお客様に最高の時間を提供したいのですよ」
 そう言って、燕尾服の男性は一枚の引き札を差し出した。そこに書かれていたのは、店の広告や宣伝。『聖なる夜に、最高の思い出を!』をいう謳い文句が踊っている。
 引き札を眺めながら、ギルド職員は軽く小首を傾げた。目の前にいる男性は、何のために依頼を出すのだろうか? 従業員が必要なら、わざわざギルドを訪れる必要は無い。疑問が顔に出てしまったのか、男性はゆっくりと口を開いた。
「実はですね…最近、我々の想像を超えるお客様が多いものでして……」
 苦笑いを浮かべながら、引き札を指差す。そこに書いてある内容は……『愛犬家様専用課程』。
「ここ数年、人以外とクリスマスを過ごしたい方が急増している次第です、はい」
 懐からハンカチを取り出し、汗を拭く男性。客商売をしている以上、要求に応えないワケにはいかない。その結果、様々な過程が追加されたようだ。愛犬や愛鳥、愛馬や愛鎧など、多岐に渡っている。
「去年は等身大人形を連れて来た方も居まして……時代の変化とは、恐ろしいものですな」
 それを『時代の変化』の一言で済ませて良いのか、若干議論が必要もする。
 細かいツッコミは置いといて。この男性は、クリスマスの前に予行演習をしたいのだろう。犬や猫、鳥に馬…それらを一番早く調達するには、開拓者の朋友に協力して貰うのが確実である。暴れる心配が無いため、店内が壊される事も無い。
「どうか、よろしくお願いします。今季の売り上げがかかっていますので…」
 本当に、商人とは大変な職業である。


■参加者一覧
海神 江流(ia0800
28歳・男・志
エルレーン(ib7455
18歳・女・志
緋乃宮 白月(ib9855
15歳・男・泰
藤本あかね(ic0070
15歳・女・陰


■リプレイ本文

●聖夜の前の練習
 武天南東部の、とある街。その一角に、多国籍の料理を出す店が一軒。住人からの人気もあり、評判も悪くは無い。今日は定休日の看板が下げられているのに、店内では慌ただしく準備が進んでいた。
「大切な人と過ごす日、ですか…事前にどういうものか、体験しておくのも良いですね」
 広間で引き札に目を通しながら、緋乃宮 白月(ib9855)は軽く微笑む。今回の依頼で、初めてクリスマスの存在を知り、興味津々なようだ。
『えへへ〜、クリスマス当日もマスターと過ごしたいですっ!』
 相棒の羽妖精、姫翠が、満面の笑みを浮かべながら両手を握る。その可愛らしい言動に、白月は彼女の頭を優しく撫でた。
「要は、クリスマスの予行練習をしたいって訳か…」
 海神 江流(ia0800)は、依頼書の内容を再確認しながら呟く。相棒に感謝の気持ちを伝えようとする彼に、抜かりは無い。
『…貸衣装…私もいいのかしら…?』
 彼の隣で、からくりの波美−ナミ−が問い掛ける。衣装を借りる事に、若干の戸惑いがあるのかもしれない。
「勿論でございます。淑女用の衣装は多数ありますので、ご自由にお選び下さい」
 その声を聞き付け、給仕係の男性が頭を下げながら答える。江流から『相棒を淑女として丁重に扱う事』を念押しされているため、対応はいつも以上に丁寧である。
「あの…私が頼んだモノは、大丈夫でしょうか?」
 給仕係に向かって、不安そうに問い掛ける藤本あかね(ic0070)。本来、依頼に同行出来る朋友は1体なのだが、今回は4体の同行を希望していた。客の希望に応えるため店側は快諾したのだが、それでも不安が残っているのだろう。
「抜かりはございません。御安心下さいませ」
 そんな彼女に、給仕係が優しく微笑む。彼の言動で安心したのか、あかねは胸を撫で下ろした。
「どーお、もふもふ? 私…かぁいい?」
 一足先に衣装を着替え、エルレーン(ib7455)は軽く回って魅せる。ジルベリア風の、ちょっとばかりセクシーなドレスに身を包み、無邪気な笑みを浮かべた。
『もふぅ…正直、その手の服は、凹凸に乏しいとむなしいもふぅ』
 相棒のもふら、もふもふの、容赦無い一言。その言葉に、周囲の空気が凍り付いた。
 直後、エルレーンのアイアンクローがもふもふを締め上げる。どうやら、彼女の逆鱗に触れてしまったようだ。
 2人と目を合わせないよう、背を向ける一同。そのまま給仕係に連れられ、相棒と共に別々の部屋に入って行った。

●からくりの見る夢
 通された部屋には、クローゼットや試着室が完備されていた。早速、江流と波美はクローゼットの衣装に目を通す。その中から数着を手に取り、波美は試着室に入った。
 数分後。彼女が着替えたのは、ジルベリア風のドレス。黒を基調としたゴスロリ風で、レースやフリルで飾られている。膝下丈のスカートと、ドレスグローブで関節部の露出をガード。ヘッドドレスで頭を飾り、厚底のブーツが歩くたびに乾いた音を響かせている。
「お前、根本的に美人だよな。似合ってるぞ」
 着飾った相棒に、素直な感想を述べる江流。彼女と並んでも恥ずかしくないよう、彼は燕尾服に身を包んでいる。
『ありがとう。私にとっての主が特別なのは当然だけれど…主にとっての私も、特別な方が嬉しいもの』
 少々照れたような口調で、言葉を漏らす波美。予行演習という事もあり、人になったつもりで『夢』をみているのかもしれない。相棒に好意を寄せられるのは、主として嬉しい事ではあるが。
 タイミング良く部屋の戸が開き、料理が運ばれて来た。からくりは食事をする必要が無いが、味覚はある。2人は卓に着き、のんびりと料理を味わった。他愛も無い話と共に、ゆったりと時間が流れていく。
 食事の最後を、飲み口の軽い酒で締める者は少なくない。江流はワインの栓を開け、2つのグラスに注いだ。その片方を、波美の前に差し出す。
「酒には酔えないのかもしれんが…それが無理なら、雰囲気に酔えばいい」
 言いながらグラスを鳴らし、深紅の液体を1口飲み込んだ。そのまま部屋のソファに腰を下ろし、ゆっくりと続きを味わう。
 ワインを差し出された波美は、それを凝視していた。グラスを両手で持ち、そっと口を付ける。1口飲み込んでグラスを置き、波美は江流の隣に移動した。ソファに腰を下ろし、江流に体を預けるようにもたれかかる。
『クリスマスは『大切な人と過ごす日』なんでしょう? なら、私が主と一緒に居るのは当然じゃない』
「…お前は一緒に居るような…いいけどさ」
 普段の波美からは想像出来ないような、大胆な発言。江流は軽く微笑みながら、ワインを飲み干した。
 『雰囲気に酔え』という言葉に、波美は思考パンク寸前まで頭を悩ませていた。それが原因で軽く目眩を起こし、江流にもたれかかったのだが…結果的に、良い方向に作用したようだ。
(この時間が、永遠に続いたら良いな……私、何を馬鹿な事を考えているんだろう…)

●着せ替えタイム?
 部屋に入った姫翠と白月は、早速衣装選びを始めた。羽妖精用の小さな服もあり、目移り気味である。本来は人形用なのだが、サイズ的に姫翠にも着れるだろう。
 2人で選んだのは、緑を基調としたジルベリア風のドレスと、純白のタキシード。いつもと違う服装に、姫翠は嬉しそうに飛び回っている。白月は若干窮屈そうにしているが、緋色のリボンを普段通り首に巻いている。
 着替え終わった2人は、卓に着いてメニュー表を広げた。
「天儀風にジルべリア風や泰国風、色々な国の料理がありますね」
 多国籍料理をウリにしているため、種類は豊富である。どれを頼むか迷っている最中、姫翠が元気良く白月の目の前に飛び出した。
『マスターマスター、ジルべリアのお料理を食べてみたいです!』
 見た事も食べた事も無い料理に、興味深々な姫翠。その意見を尊重し、白月はジルベリアの料理を中心に注文した。勿論、デザートに甘い物と紅茶を忘れない。
 料理を待っている間も、食べている最中も、和やかな雰囲気が続く。笑い合い、料理を食べさせたり、相当仲が良さそうだ。
 モンブランの最後の一口を食べ終え、白月は紅茶を飲んで一息ついた。
「美味しい料理でしたね。姫翠は満足……姫翠?」
 相棒に話し掛けたが、その姿は無い。食事中は卓に居たのだが、いつの間にか居なくなってしまったようだ。探すように周囲を見渡していると、試着室が勢い良く開いた。
『どうですかっ、似合ってますか?』
 そこから現れたのは、姫翠。緑色の泰国ドレスを身に纏い、長い髪は頭の両側で渦巻状に固めている。羽妖精だとしても、姫翠は女の子。オシャレに興味がある年頃なのだろう。
 相棒の可愛らしい姿に、優しく微笑む白月。頷きながら、親指を『グッ』と立てた。
『えへへ♪ マスターも色んな衣装を着てみましょうっ!』
 褒められた事が相当嬉しいのか、姫翠は白月の周囲を飛び回る。色んな服を着れるのは楽しいが、2人で着替えれば更に楽しくなると考えたのだろう。
 それは、白月も同じだったりする。
「そうですね、折角ですし…でも、女装は勘弁して下さいね?」
 その言葉に、姫翠は両手を上げて喜びの声を上げた。白月なら、ドレスを着ても違和感が無い気もするが。
 互いに衣装を選び、着替えを続ける2人。観客が居ないのは、少々残念かもしれない。

●純白と翡翠
「どうせなら、普段食べられないような…めずらしいごちそうがあるといいね」
 店のメニューを眺めながら、エルレーンがもふもふに話し掛ける。主の言葉に耳を貸しているのか定かではないが、もふもふは短い前足でメニューを数回叩いた。恐らく、『これが食べたい』という意思表示なのだろう。メニューを見終わる頃には、食べたい料理が数十品に及んでいた。
 対照的に、エルレーンの料理は少ない。甘い物ばかりを頼んでいるのは、彼女らしい行動ではあるが。
 もふもふの体型に合わせ、床にカーペットが敷かれた。その上に食卓用マットが敷かれ、次々に料理が運ばれて来る。数十品が並んだ光景は、ある意味壮観かもしれない。
 目を輝かせながら、もふもふが一番手前の料理に喰らい付く。
『もふ〜、ちょっと塩が強いもふな…』
 相当舌が肥えているのか、厳しい評価が漏れる。だが、決して料理自体がマズいワケではないようだ。その証拠に、皿が舐めたように綺麗になっている。
『もふ、似たような味付けのものが多いと、ごちそうといえど我輩飽きてしまうもふ』
 溜息混じりに言葉を漏らしながらも、食欲は衰える事を知らない。口の周りを汚しながらも、皿を次々にカラにしている。
 その様子を眺めながら、エルレーンは給仕係からケーキを受け取った。
「厳しいコメントだねぇ。あんまり言いすぎると…調理場につれてかれちゃうかもよ?」
 イタズラっこのような笑みを浮かべながら、ケーキを頬張る。彼女の言葉に、もふもふの動きが一瞬止まった。ゆっくりと体を動かし、給仕の男性に怯えた視線を送る。
 それに気付いた男性は、優しく笑いながら首を横に振った。『貴方を調理する気は無い』という意思表示である。
 安心したのか、ホッと息を吐くもふもふ。料理に向き直り、食事を再開した。給仕係はカラの皿を回収し、部屋を出て行く。
「たいせつな人と過ごす、かぁ…あはぁ、それなのに私は…もふらとかぁ」
 ホールケーキを豪快に口に運びながら、不満そうな表情を浮かべるエルレーン。相手が人間の男性ではなく、相棒のもふらなのが残念で仕方ないのだろう。恋人探しをした事があるのかは不明だが。
『も、もふ?!』
 自身を凝視する主に気付き、もふもふが驚きの声を上げた。反動で料理を派手に吹き出し、エルレーンを直撃。再びアイアンクローが炸裂したのは、言うまでもない。

●1人と4体と
 あかねの部屋は、5つに分かれていた。相棒4体に適した状態にするため、店側に内装を希望した結果である。仕切りは無く、相棒同士を遮る物は何も無い。
 4体の相棒を離し、あかねは水の入ったグラスに手を伸ばした。
「かりん、今日くらいは乾杯しませんか?」
 微笑みながら、羽妖精の少年、かりんに話し掛ける。複数の鉢植え植物に囲まれながら、かりんは小さな器で樽から水を汲み、あかねに近寄った。そのまま、器とグラスを軽く当てて音を鳴らす。
 直後、激しい水音が部屋中に響いた。驚きながらも、視線を向けるあかね。水音の原因は、管狐のおでんと、ミズチのみなもだった。1m程度の水風呂の中で、2体が暴れている。
「ちょっ、おでん! みなも! 仲良くしなきゃ駄目ですよ!」
 グラスを置き、あがねが仲裁に走った。どうやら、みなもの水風呂におでんが侵入し、中を泳ぐ小魚の取り合いになったようだ。あかねは、おでんを抱き上げて元の場所に戻し、再びグラスを手に取って口を付ける。
「あ、このお水美味しい! みなもにも飲ませてあげますね?」
 あかねの提案に、みなもが嬉しそうに鳴き声を上げた。微笑みながらミズチに歩み寄り、グラスを傾けて水を飲ませる。嬉しそうに喉を鳴らしながら、みなもは水を飲み干した。
 それを眺めながら、魚に喰い付くおでん。怒られた上に、相手にして貰えないのが不満なのだろう。ヤケ喰いするように、魚を噛み砕いていく。
「おでん、こっちに来て下さい。このバンダナ、巻いてみませんか?」
 懐からバンダナを取り出し、広げて見せるあかね。おでんの事も気に掛け、事前に店から借りていたのだ。耳をピンッと立て、おでんは彼女の膝に飛び乗る。あかねは相棒の頭を優しく撫で、その首にバンダナを巻き付けた。
 皆が盛り上がる中、黙々と食事を続けている相棒が1体。人妖の少年、宝珠童子である。肉を喰らい、酒を飲み、上機嫌極まりない。腰に巻いた虎の毛皮も気に入ったようだ。
「今日は良く食べますね、宝玉童子。食べ過ぎには注意ですよ?」
 骨付き肉を骨ごと噛み砕き、軽く笑みを浮かべる宝玉童子。
 満足そうな相棒達を眺めながら、あかねはジルベリア製のロングストールを肩に掛けた。イスに腰掛け、七面鳥のローストを口に運ぶ。
 衣装と食事が簡素なのは、相棒達の世話があるからだろう。ゆっくりする時間も無く、今度は宝玉童子が騒ぎ始めた。

●終わりの刻
 楽しい時間が過ぎるのは、いつも早い。周囲が夜の闇に包まれてきた頃、店中に太鼓の音が鳴り響いた。それは、依頼の終了を告げる合図である。
「ジャスト、1日だ。夢は見れたかよ?」
 波美の顎に指を伸ばし、上を向かせる江流。呟くように語り掛けながら、そっと目を見詰めた。
 数秒間、2人の時が止まる。
 不意に、江流は笑みを浮かべながら彼女の頭を撫でた。そのまま試着室に入り、衣装を着替える。
 1足先に着替えを済ませた姫翠と白月が、笑顔のまま部屋を出てきた。入口前の広間まで移動し、椅子に座って他の開拓者達を待つ。
『えへへ〜♪ 予行演習でも、とっても楽しかったですっ!』
「そうですね。うん、クリスマス当日は姫翠や他の朋友達と一緒に過ごしましょうか」
 どうやら、2人共クリスマスが気に入ったようだ。本番当日は、今日以上に盛り上がるだろう。
「その時は、私も呼んで下さいね? かりん達を連れて行きますから」
 タイミング良く広間に戻って来たあかねが、会話に混ざる。彼女の提案に、白月と姫翠は即座に頷いた。予定が合えば、彼女達はクリスマス当日も一緒かもしれない。
 その話題で盛り上がる広間に、江流達も戻って来た。が、波美の雰囲気は暗く落ち込んでいるように見える。
『ねえ、主。本当に……今日は私と一緒で良かったの?』
 依頼を受けてから、ずっと心配していた事。江流が自分に合わせて、無理をしているのではないかという不安。それを言葉にし、覚悟を決めて口に出した。
 間髪入れず、江流は彼女の額を小突く。更に頭に手を伸ばし、ワシャワシャと乱暴に撫でた。困惑する波美に顔を近付け、耳元でそっと言葉を呟く。
「クリスマスは、たいせつなひとと過ごす日……あーあ、カッコよくて強くてやさしくて、私を抱きしめてくれるおとこのひとはどこにいるの?」
 ほぼ同時に、広間に戻ってきたエルレーン達。無茶苦茶な理想を述べる主に、もふもふは溜息混じりに口を開いた。
『…あの馬鹿騎士でいいじゃないかもふ』
 相棒の言葉に、エルレーンの動きが止まる。若干の沈黙の後、彼女は『やだ』という拒否の言葉を連呼した。もふもふが誰の事を言っているか分からないが、相当嫌なのだろう。
 取り乱した彼女を落ち着かせるために、開拓者達が声を掛ける。喧騒の最中、波美は主が呟いた言葉を思い出していた。
 『良いに決まってるだろ。たまには、お前に感謝させろ』という言葉を。