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■オープニング本文 12月24日は何の日か、ご存知だろうか? 聖夜、クリスマスと呼ばれるこの日は、恋人達にとって特別な意味を持っている。本来は降誕祭なのだが、天儀に伝来する間に意味合いが変わってきたのだろう。文化交流に於いて、そう珍しい事ではない。 話を戻すと、天儀でクリスマスと言えば『大切な人と過ごす日』という意味合いが強くなっている。ジルベリアの料理や菓子を食べたり、ワインで甘い一時を過ごしたり、贈り物をし合ったり……何をするかは人それぞれでだが。 「それで、私どもと致しましては、全てのお客様に最高の時間を提供したいのですよ」 そう言って、燕尾服の男性は一枚の引き札を差し出した。そこに書かれていたのは、店の広告や宣伝。『聖なる夜に、最高の思い出を!』をいう謳い文句が踊っている。 引き札を眺めながら、ギルド職員は軽く小首を傾げた。目の前にいる男性は、何のために依頼を出すのだろうか? 従業員が必要なら、わざわざギルドを訪れる必要は無い。疑問が顔に出てしまったのか、男性はゆっくりと口を開いた。 「実はですね…最近、我々の想像を超えるお客様が多いものでして……」 苦笑いを浮かべながら、引き札を指差す。そこに書いてある内容は……『愛犬家様専用課程』。 「ここ数年、人以外とクリスマスを過ごしたい方が急増している次第です、はい」 懐からハンカチを取り出し、汗を拭く男性。客商売をしている以上、要求に応えないワケにはいかない。その結果、様々な過程が追加されたようだ。愛犬や愛鳥、愛馬や愛鎧など、多岐に渡っている。 「去年は等身大人形を連れて来た方も居まして……時代の変化とは、恐ろしいものですな」 それを『時代の変化』の一言で済ませて良いのか、若干議論が必要もする。 細かいツッコミは置いといて。この男性は、クリスマスの前に予行演習をしたいのだろう。犬や猫、鳥に馬…それらを一番早く調達するには、開拓者の朋友に協力して貰うのが確実である。暴れる心配が無いため、店内が壊される事も無い。 「どうか、よろしくお願いします。今季の売り上げがかかっていますので…」 本当に、商人とは大変な職業である。 |
■参加者一覧
海神 江流(ia0800)
28歳・男・志
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志
緋乃宮 白月(ib9855)
15歳・男・泰
藤本あかね(ic0070)
15歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●聖夜の前の練習 武天南東部の、とある街。その一角に、多国籍の料理を出す店が一軒。住人からの人気もあり、評判も悪くは無い。今日は定休日の看板が下げられているのに、店内では慌ただしく準備が進んでいた。 「大切な人と過ごす日、ですか…事前にどういうものか、体験しておくのも良いですね」 広間で引き札に目を通しながら、緋乃宮 白月(ib9855)は軽く微笑む。今回の依頼で、初めてクリスマスの存在を知り、興味津々なようだ。 『えへへ〜、クリスマス当日もマスターと過ごしたいですっ!』 相棒の羽妖精、姫翠が、満面の笑みを浮かべながら両手を握る。その可愛らしい言動に、白月は彼女の頭を優しく撫でた。 「要は、クリスマスの予行練習をしたいって訳か…」 海神 江流(ia0800)は、依頼書の内容を再確認しながら呟く。相棒に感謝の気持ちを伝えようとする彼に、抜かりは無い。 『…貸衣装…私もいいのかしら…?』 彼の隣で、からくりの波美−ナミ−が問い掛ける。衣装を借りる事に、若干の戸惑いがあるのかもしれない。 「勿論でございます。淑女用の衣装は多数ありますので、ご自由にお選び下さい」 その声を聞き付け、給仕係の男性が頭を下げながら答える。江流から『相棒を淑女として丁重に扱う事』を念押しされているため、対応はいつも以上に丁寧である。 「あの…私が頼んだモノは、大丈夫でしょうか?」 給仕係に向かって、不安そうに問い掛ける藤本あかね(ic0070)。本来、依頼に同行出来る朋友は1体なのだが、今回は4体の同行を希望していた。客の希望に応えるため店側は快諾したのだが、それでも不安が残っているのだろう。 「抜かりはございません。御安心下さいませ」 そんな彼女に、給仕係が優しく微笑む。彼の言動で安心したのか、あかねは胸を撫で下ろした。 「どーお、もふもふ? 私…かぁいい?」 一足先に衣装を着替え、エルレーン(ib7455)は軽く回って魅せる。ジルベリア風の、ちょっとばかりセクシーなドレスに身を包み、無邪気な笑みを浮かべた。 『もふぅ…正直、その手の服は、凹凸に乏しいとむなしいもふぅ』 相棒のもふら、もふもふの、容赦無い一言。その言葉に、周囲の空気が凍り付いた。 直後、エルレーンのアイアンクローがもふもふを締め上げる。どうやら、彼女の逆鱗に触れてしまったようだ。 2人と目を合わせないよう、背を向ける一同。そのまま給仕係に連れられ、相棒と共に別々の部屋に入って行った。 ●からくりの見る夢 通された部屋には、クローゼットや試着室が完備されていた。早速、江流と波美はクローゼットの衣装に目を通す。その中から数着を手に取り、波美は試着室に入った。 数分後。彼女が着替えたのは、ジルベリア風のドレス。黒を基調としたゴスロリ風で、レースやフリルで飾られている。膝下丈のスカートと、ドレスグローブで関節部の露出をガード。ヘッドドレスで頭を飾り、厚底のブーツが歩くたびに乾いた音を響かせている。 「お前、根本的に美人だよな。似合ってるぞ」 着飾った相棒に、素直な感想を述べる江流。彼女と並んでも恥ずかしくないよう、彼は燕尾服に身を包んでいる。 『ありがとう。私にとっての主が特別なのは当然だけれど…主にとっての私も、特別な方が嬉しいもの』 少々照れたような口調で、言葉を漏らす波美。予行演習という事もあり、人になったつもりで『夢』をみているのかもしれない。相棒に好意を寄せられるのは、主として嬉しい事ではあるが。 タイミング良く部屋の戸が開き、料理が運ばれて来た。からくりは食事をする必要が無いが、味覚はある。2人は卓に着き、のんびりと料理を味わった。他愛も無い話と共に、ゆったりと時間が流れていく。 食事の最後を、飲み口の軽い酒で締める者は少なくない。江流はワインの栓を開け、2つのグラスに注いだ。その片方を、波美の前に差し出す。 「酒には酔えないのかもしれんが…それが無理なら、雰囲気に酔えばいい」 言いながらグラスを鳴らし、深紅の液体を1口飲み込んだ。そのまま部屋のソファに腰を下ろし、ゆっくりと続きを味わう。 ワインを差し出された波美は、それを凝視していた。グラスを両手で持ち、そっと口を付ける。1口飲み込んでグラスを置き、波美は江流の隣に移動した。ソファに腰を下ろし、江流に体を預けるようにもたれかかる。 『クリスマスは『大切な人と過ごす日』なんでしょう? なら、私が主と一緒に居るのは当然じゃない』 「…お前は一緒に居るような…いいけどさ」 普段の波美からは想像出来ないような、大胆な発言。江流は軽く微笑みながら、ワインを飲み干した。 『雰囲気に酔え』という言葉に、波美は思考パンク寸前まで頭を悩ませていた。それが原因で軽く目眩を起こし、江流にもたれかかったのだが…結果的に、良い方向に作用したようだ。 (この時間が、永遠に続いたら良いな……私、何を馬鹿な事を考えているんだろう…) ●着せ替えタイム? 部屋に入った姫翠と白月は、早速衣装選びを始めた。羽妖精用の小さな服もあり、目移り気味である。本来は人形用なのだが、サイズ的に姫翠にも着れるだろう。 2人で選んだのは、緑を基調としたジルベリア風のドレスと、純白のタキシード。いつもと違う服装に、姫翠は嬉しそうに飛び回っている。白月は若干窮屈そうにしているが、緋色のリボンを普段通り首に巻いている。 着替え終わった2人は、卓に着いてメニュー表を広げた。 「天儀風にジルべリア風や泰国風、色々な国の料理がありますね」 多国籍料理をウリにしているため、種類は豊富である。どれを頼むか迷っている最中、姫翠が元気良く白月の目の前に飛び出した。 『マスターマスター、ジルべリアのお料理を食べてみたいです!』 見た事も食べた事も無い料理に、興味深々な姫翠。その意見を尊重し、白月はジルベリアの料理を中心に注文した。勿論、デザートに甘い物と紅茶を忘れない。 料理を待っている間も、食べている最中も、和やかな雰囲気が続く。笑い合い、料理を食べさせたり、相当仲が良さそうだ。 モンブランの最後の一口を食べ終え、白月は紅茶を飲んで一息ついた。 「美味しい料理でしたね。姫翠は満足……姫翠?」 相棒に話し掛けたが、その姿は無い。食事中は卓に居たのだが、いつの間にか居なくなってしまったようだ。探すように周囲を見渡していると、試着室が勢い良く開いた。 『どうですかっ、似合ってますか?』 そこから現れたのは、姫翠。緑色の泰国ドレスを身に纏い、長い髪は頭の両側で渦巻状に固めている。羽妖精だとしても、姫翠は女の子。オシャレに興味がある年頃なのだろう。 相棒の可愛らしい姿に、優しく微笑む白月。頷きながら、親指を『グッ』と立てた。 『えへへ♪ マスターも色んな衣装を着てみましょうっ!』 褒められた事が相当嬉しいのか、姫翠は白月の周囲を飛び回る。色んな服を着れるのは楽しいが、2人で着替えれば更に楽しくなると考えたのだろう。 それは、白月も同じだったりする。 「そうですね、折角ですし…でも、女装は勘弁して下さいね?」 その言葉に、姫翠は両手を上げて喜びの声を上げた。白月なら、ドレスを着ても違和感が無い気もするが。 互いに衣装を選び、着替えを続ける2人。観客が居ないのは、少々残念かもしれない。 ●純白と翡翠 「どうせなら、普段食べられないような…めずらしいごちそうがあるといいね」 店のメニューを眺めながら、エルレーンがもふもふに話し掛ける。主の言葉に耳を貸しているのか定かではないが、もふもふは短い前足でメニューを数回叩いた。恐らく、『これが食べたい』という意思表示なのだろう。メニューを見終わる頃には、食べたい料理が数十品に及んでいた。 対照的に、エルレーンの料理は少ない。甘い物ばかりを頼んでいるのは、彼女らしい行動ではあるが。 もふもふの体型に合わせ、床にカーペットが敷かれた。その上に食卓用マットが敷かれ、次々に料理が運ばれて来る。数十品が並んだ光景は、ある意味壮観かもしれない。 目を輝かせながら、もふもふが一番手前の料理に喰らい付く。 『もふ〜、ちょっと塩が強いもふな…』 相当舌が肥えているのか、厳しい評価が漏れる。だが、決して料理自体がマズいワケではないようだ。その証拠に、皿が舐めたように綺麗になっている。 『もふ、似たような味付けのものが多いと、ごちそうといえど我輩飽きてしまうもふ』 溜息混じりに言葉を漏らしながらも、食欲は衰える事を知らない。口の周りを汚しながらも、皿を次々にカラにしている。 その様子を眺めながら、エルレーンは給仕係からケーキを受け取った。 「厳しいコメントだねぇ。あんまり言いすぎると…調理場につれてかれちゃうかもよ?」 イタズラっこのような笑みを浮かべながら、ケーキを頬張る。彼女の言葉に、もふもふの動きが一瞬止まった。ゆっくりと体を動かし、給仕の男性に怯えた視線を送る。 それに気付いた男性は、優しく笑いながら首を横に振った。『貴方を調理する気は無い』という意思表示である。 安心したのか、ホッと息を吐くもふもふ。料理に向き直り、食事を再開した。給仕係はカラの皿を回収し、部屋を出て行く。 「たいせつな人と過ごす、かぁ…あはぁ、それなのに私は…もふらとかぁ」 ホールケーキを豪快に口に運びながら、不満そうな表情を浮かべるエルレーン。相手が人間の男性ではなく、相棒のもふらなのが残念で仕方ないのだろう。恋人探しをした事があるのかは不明だが。 『も、もふ?!』 自身を凝視する主に気付き、もふもふが驚きの声を上げた。反動で料理を派手に吹き出し、エルレーンを直撃。再びアイアンクローが炸裂したのは、言うまでもない。 ●1人と4体と あかねの部屋は、5つに分かれていた。相棒4体に適した状態にするため、店側に内装を希望した結果である。仕切りは無く、相棒同士を遮る物は何も無い。 4体の相棒を離し、あかねは水の入ったグラスに手を伸ばした。 「かりん、今日くらいは乾杯しませんか?」 微笑みながら、羽妖精の少年、かりんに話し掛ける。複数の鉢植え植物に囲まれながら、かりんは小さな器で樽から水を汲み、あかねに近寄った。そのまま、器とグラスを軽く当てて音を鳴らす。 直後、激しい水音が部屋中に響いた。驚きながらも、視線を向けるあかね。水音の原因は、管狐のおでんと、ミズチのみなもだった。1m程度の水風呂の中で、2体が暴れている。 「ちょっ、おでん! みなも! 仲良くしなきゃ駄目ですよ!」 グラスを置き、あがねが仲裁に走った。どうやら、みなもの水風呂におでんが侵入し、中を泳ぐ小魚の取り合いになったようだ。あかねは、おでんを抱き上げて元の場所に戻し、再びグラスを手に取って口を付ける。 「あ、このお水美味しい! みなもにも飲ませてあげますね?」 あかねの提案に、みなもが嬉しそうに鳴き声を上げた。微笑みながらミズチに歩み寄り、グラスを傾けて水を飲ませる。嬉しそうに喉を鳴らしながら、みなもは水を飲み干した。 それを眺めながら、魚に喰い付くおでん。怒られた上に、相手にして貰えないのが不満なのだろう。ヤケ喰いするように、魚を噛み砕いていく。 「おでん、こっちに来て下さい。このバンダナ、巻いてみませんか?」 懐からバンダナを取り出し、広げて見せるあかね。おでんの事も気に掛け、事前に店から借りていたのだ。耳をピンッと立て、おでんは彼女の膝に飛び乗る。あかねは相棒の頭を優しく撫で、その首にバンダナを巻き付けた。 皆が盛り上がる中、黙々と食事を続けている相棒が1体。人妖の少年、宝珠童子である。肉を喰らい、酒を飲み、上機嫌極まりない。腰に巻いた虎の毛皮も気に入ったようだ。 「今日は良く食べますね、宝玉童子。食べ過ぎには注意ですよ?」 骨付き肉を骨ごと噛み砕き、軽く笑みを浮かべる宝玉童子。 満足そうな相棒達を眺めながら、あかねはジルベリア製のロングストールを肩に掛けた。イスに腰掛け、七面鳥のローストを口に運ぶ。 衣装と食事が簡素なのは、相棒達の世話があるからだろう。ゆっくりする時間も無く、今度は宝玉童子が騒ぎ始めた。 ●終わりの刻 楽しい時間が過ぎるのは、いつも早い。周囲が夜の闇に包まれてきた頃、店中に太鼓の音が鳴り響いた。それは、依頼の終了を告げる合図である。 「ジャスト、1日だ。夢は見れたかよ?」 波美の顎に指を伸ばし、上を向かせる江流。呟くように語り掛けながら、そっと目を見詰めた。 数秒間、2人の時が止まる。 不意に、江流は笑みを浮かべながら彼女の頭を撫でた。そのまま試着室に入り、衣装を着替える。 1足先に着替えを済ませた姫翠と白月が、笑顔のまま部屋を出てきた。入口前の広間まで移動し、椅子に座って他の開拓者達を待つ。 『えへへ〜♪ 予行演習でも、とっても楽しかったですっ!』 「そうですね。うん、クリスマス当日は姫翠や他の朋友達と一緒に過ごしましょうか」 どうやら、2人共クリスマスが気に入ったようだ。本番当日は、今日以上に盛り上がるだろう。 「その時は、私も呼んで下さいね? かりん達を連れて行きますから」 タイミング良く広間に戻って来たあかねが、会話に混ざる。彼女の提案に、白月と姫翠は即座に頷いた。予定が合えば、彼女達はクリスマス当日も一緒かもしれない。 その話題で盛り上がる広間に、江流達も戻って来た。が、波美の雰囲気は暗く落ち込んでいるように見える。 『ねえ、主。本当に……今日は私と一緒で良かったの?』 依頼を受けてから、ずっと心配していた事。江流が自分に合わせて、無理をしているのではないかという不安。それを言葉にし、覚悟を決めて口に出した。 間髪入れず、江流は彼女の額を小突く。更に頭に手を伸ばし、ワシャワシャと乱暴に撫でた。困惑する波美に顔を近付け、耳元でそっと言葉を呟く。 「クリスマスは、たいせつなひとと過ごす日……あーあ、カッコよくて強くてやさしくて、私を抱きしめてくれるおとこのひとはどこにいるの?」 ほぼ同時に、広間に戻ってきたエルレーン達。無茶苦茶な理想を述べる主に、もふもふは溜息混じりに口を開いた。 『…あの馬鹿騎士でいいじゃないかもふ』 相棒の言葉に、エルレーンの動きが止まる。若干の沈黙の後、彼女は『やだ』という拒否の言葉を連呼した。もふもふが誰の事を言っているか分からないが、相当嫌なのだろう。 取り乱した彼女を落ち着かせるために、開拓者達が声を掛ける。喧騒の最中、波美は主が呟いた言葉を思い出していた。 『良いに決まってるだろ。たまには、お前に感謝させろ』という言葉を。 |