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■オープニング本文 「申し訳ありません! 自分のミスです!」 ギルドの入り口を開けるなり、その場で土下座をする男性。ここまで素早く、且つ美しい土下座をする者は、彼を於いて他には居ないだろう。 だが、場所が場所だけに周囲からの注目を浴びまくっている。ギルド職員は男性を立たせると、奥の部屋へと移動させた。落ち着かせるように優しく語り掛けながら、事情を聴き出していく。 「自分は…シノビの里で忍犬の訓練をしている者です」 犬型の朋友、忍犬。どの犬でも忍犬になれるワケでは無く、生まれて間もない時期から厳しい修練を重ね、その全てを達成して成れるものなのだ。言ってみれば、彼は忍犬の調教師のような存在だろう。 「今は訓練の一環で、11匹を理穴に連れて来たのですが……その全てが行方不明になってしまったのです…! 自分が、自分が不甲斐無い所為で!!」 そこまで言って、男性は再び床に頭を付けた。自分の不始末を、相当気に病んでいるのだろう。男性を慰めながら、職員は状況を詳しく聞いた。 「居なくなったのは、今朝の事でした。野営していた天幕を抜け出したみたいで……多分、奏生の街中に居ると思うのですが…」 訓練中とは言え、相手は忍犬のタマゴ。彼一人で探すのは、少々厳しいだろう。土下座する男性を立たせながら、職員は依頼書の作成に取り掛かった。 |
■参加者一覧
平野 譲治(ia5226)
15歳・男・陰
緋乃宮 白月(ib9855)
15歳・男・泰
シン・グローヴ(ib9967)
13歳・男・武
松戸 暗(ic0068)
16歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●迷子の迷子の… 抜けるような青空に、燦々と降り注ぐ陽光。この季節にしては暖かく、探し物をするには最適な天気かもしれない。 捜索対象の情報を聞くため、理穴のギルドに集まった4人の開拓者と相棒達。依頼主の調教師に話を聞き、情報を纏めていく。 「…ふむ。承知したなりっ! なれば…強っ! 今回は説得の方向なのだっ!」 出来る限りの情報を集め、平野 譲治(ia5226)は元気良く拳を握る。相棒の甲龍、小金沢 強に語り掛けたが、強は頷きながらも少々溜息を吐いた。もしかしたら『厄介な事になった』と思っているのかもしれない。 「犬探し、か…私も忍犬を使う者として、調教師の気持ちは良く分かる」 意気消沈している依頼人の肩を、松戸 暗(ic0068)が優しく叩く。その傍らに居るのは、相棒の忍犬、くろがね。信頼関係がシッカリしているのか、暗の命令を待つように大人しくしている。 「11匹の忍犬さんですか。大変だとは思いますけど頑張って探しましょう」 犬用の首輪と縄を纏めながら、気合を入れ直す緋乃宮 白月(ib9855)。 彼の隣では、シン・グローヴ(ib9967)も縄と首輪を纏めている。が、その表情は暗い。 「うぅ〜…初めての依頼なので、緊張しますよぉ…」 つい、不安が口から零れる。良く見れば、彼の指先は小刻みに震えていた。 「大丈夫。みんなで協力すれば、必ず巧くいきますよ。お互い頑張りましょう?」 シンの異常に気付いた白月が、優しく言葉を掛ける。その言葉と表情で多少落ち着いたのか、シンは軽く笑みを浮かべた。 『ねぇねぇマスター。ワンちゃん達はどうして脱走したのでしょうか?』 白月の周囲を飛び回りながら、相棒の羽妖精、姫翠が問い掛ける。彼女が疑問に思うのも当然だが、調教師にも心当たりが無いらしい。恐らく、前兆やキッカケは無かったのだろう。 「それは…見付けて直接聞くなりよっ! みんな、準備は良いなりか?」 悩むより、まず行動。単純明快だが、譲治の言う通りかもしれない。彼の問い掛けに、3人と強は静かに頷いた。 「幸い、私は忍犬と普段から一緒にいるからな。犬の行動パターンは、ある程度分かるつもりだ!」 暗の言葉に同意するように、くろがねが元気良く吠える。相棒の頭を優しく撫でながら、彼女はほんの少し微笑んだ。 「行こう、セト。依頼に慣れるためにも、一緒に頑張りましょう」 シンは相棒の忍犬、セトに向かって声を掛ける。セトは小さく鳴き声を上げると、シンの腕に飛び込んだ。そのまま、セトは主の頬を軽く舐める。シンは相棒を抱きながら、目的地に向かって歩き始めた。 ●捕獲大作戦 調教師の話通り、奏生の周辺には野営の跡が残っていた。手掛りになるような物は見当たらないが『目に見えない物』なら残っている。即ち、匂い。 「さぁ、セト。先輩犬として、ワンちゃん達を探しましょう!」 「私達も行こう、くろがね。お前の嗅覚を頼りにさせて貰うぞ?」 主達の言葉に、セトとくろがねが同時に鳴き声を上げる。天幕の周囲を嗅ぎまわって匂いを覚えると、2匹は元気良く鳴き声を上げて歩き出した。それを、シンと暗が追い掛ける。 天幕を離れ、奏生へ。街中を抜け、住宅地と農耕地への分かれ道に差し掛かる。その場所で、くろがねとセトは違う方向に進み始めた。 「どうやら、ここからは別行動になるようだな。健闘を祈るぞ、シン」 そう言って、暗はシンに視線を送る。2人は軽く頷き、それぞれの相棒を追って歩き始めた。 同時刻。白月は街の郊外付近を歩いていた。日当たり良好で、日向ぼっこをするには最適の場所である。 「調教師さんの話では、この辺りに……居ましたね」 白月が聞いたのは、忍犬の好物や日当たりの良い箇所。そこに忍犬が居ると推測したのだが、予感が的中したようだ。視線の先には、丸まって寝ている犬が3匹。 こちらの気配に気付いたのか、そのうちの1匹が逃げるように走り出した。残った2匹も、物音で目を覚ます。 「申し訳ありませんが…逃がしませんよ?」 次の瞬間、逃げた忍犬の進路を塞ぐように白月が高速で移動した。忍犬が怯んだ隙に素早く抱き上げ、首輪を巻く。若干暴れているが縄を繋ぎ、怪我をしないように捕獲した。 残った2匹は、姫翠が説得中である。1匹は白月の方に走って行き、大人しく首輪を巻かれたが…問題は、もう1匹。姫翠を威嚇するように、鋭い唸り声を上げている。 軽く溜息を吐きながら、姫翠は近付いて投げキッスを放った。それが犬の心を惹きつけ、大人しくさせていく。数秒後、忍犬は彼女に魅せられ、好意的な視線を向けるようになった。 『それじゃあ、一緒に調教師さんの所に戻りましょうっ♪』 姫翠の声に、忍犬達が元気良く鳴き声を上げる。どうやら、帰る事に納得したようだ。安心して白月が軽く笑みを浮かべた直後、背後の茂みから黒い影が飛び出した。 『マスター、後ろっ!』 ほぼ同時に、姫翠が叫ぶ。影の正体は、4匹目の忍犬。鋭い牙を剥き、白月の首に喰い付こうとしている。 が、周囲に気を張り巡らせている彼に、不意討ちが効くワケが無い。舞うような動きで強襲を避け、忍犬が体勢を整えるより早く抱き上げて首輪を巻く。 「大丈夫ですよ、姫翠。でも…ありがとうございました」 優しく微笑みながら、礼を述べる白月。その腕の中では、忍犬が大暴れ中である。姫翠は再び投げキッスを放ち、4匹目も虜にして大人しくさせた。 顔を見合わせ、軽く微笑み合う2人。その頭上を、巨大な影が通り過ぎた。 「あやや、アレ、アレなのだっ!」 強の背で、興奮気味に叫ぶ譲治。空から目視で探していたが、逃げる忍犬の姿を捉えたようだ。興奮気味の主に、強は若干苦笑いを浮かべているようにも見える。それでも大きく翼を広げ、忍犬の元へと降下して行った。 「あの甲龍、譲治さん…かな? 僕も負けてられませんね!」 それを見ていたシンが、拳を握りながら気合を入れ直す。だが、セトは匂いを見失ったのか、住宅地の中央付近でウロウロしている。シンは相棒の頭を軽く撫で、周囲の人に聞き込みを始めた。 忍犬の前に降り立った譲治は、黒い壁を生み出して進路を塞ぐ。相手の数は、3匹。強硬手段に出て、無理矢理連れて帰る事も不可能ではないが…。 「強! 説得は任せるなりっ! 絶対連れて帰るのだ!」 出来れば、手荒な事はしたくない。譲治は、そう思っているのだ。主の意図を汲んだのか、強は小さく頷く。忍犬達に向き直り、小さく鳴き声を上げた。内容は分からないが、説得の言葉を発しているのだろう。 しかし……強と忍犬の雰囲気は、お世辞にも『和やか』とは言えない。どうやら、説得には時間がかかりそうである。 「すいません。この辺で『首から小さな巻物を下げている犬』を見ませんでしたか?」 数人に聞き込みをしたシンだったが、未だに有力な情報を得られずに居た。捜索対象が人間ならまだしも、犬となると目撃情報が少ないのは仕方ない事だが。 元気無く肩を落とすシンに向かって、セトが激しく吠える。彼を元気付けようとしているワケではない。吠えて若干距離を空け、振り返ってまた吠える。その様子は、まるで『付いて来い』と言っているようだ。 相棒を信じ、シンが駆け出す。どうやら、セトは追うべき匂いを再発見したらしい。数分もしないうちに、視界に犬の姿が飛び込んで来た。動物の骨を巡って、ジャレ合う2匹。その姿はカワイらしく、犬好きなら悩殺されそうである。 セトは足を止め、2匹に向かって吠えた。先輩忍犬として、後輩を説得しているのだろう。犬同士で話が合ったのか、この2匹が穏やかな性格なのか、セトの説得は円滑に進んだ。2匹が大人しくなると、シンは首輪と縄を使って捕獲し、全員でギルドへと向かった。 農耕地に向かった暗は、畑の前で苦笑いを浮かべていた。その視線の先にあるのは……畑の作物を食い荒らしている忍犬。相当腹が減っているのか、次から次に喰い漁っている。 軽く咳払いし、暗は相棒に視線を送った。その意味を理解したのか、くろがねは静かに移動して忍犬の後ろに回る。挟み撃ちの状況を作り出すと、タイミングを合わせて同時に飛び掛かった。 が、この忍犬は相当空腹なのか、マイペースに食事を続けている。暗が呆気にとられているのを尻目に、満腹になった忍犬はアクビを漏らした。眠そうに眼を擦り、ほんの数秒で眠りに落ちる。 自由過ぎる忍犬の行動に、くろがねと暗は思わず笑みを浮かべた。暗は眠る忍犬に首輪を装着し、そっと抱き上げる。捕まえた犬をギルドに預けるために、進路を街中に向けた。若干の手間はかかるが、同行させて逃げられるよりは遥かにマシだろう。 だが…暗の思惑は、意外な者に阻まれた。 もう1匹の忍犬が、道の脇から飛び出す。機嫌が悪いのか、気が立っているのか、鋭い視線を向けながら低い唸り声を上げている。 「まさか、連行中に出くわすとは…くろがね、頼んでも良いか?」 暗の言葉に、くろがねは返事をするように鳴いた。捕獲対象の忍犬と向き合い、互いに吠える。恐らく、犬語で話しているのだろう。激しい会話は暫く続いたが、言いたい事を吐き出してスッキリしたのか、忍犬が静かになっていく。そのまま暗に歩み寄り、首輪を大人しく受け入れた。 これで、捕獲完了した忍犬は8匹。残り3匹は譲治の元に居るのだが……説得は難航していた。彼や相棒の言動が悪いワケではない。運悪く、頑固で気性の荒い忍犬が集まってしまったようだ。 それでも2匹の説得は終わり、首輪も装着済みである。つまり、残っているのは、あと1匹。 不意に、強と忍犬の鳴き声が止んだ。説得が終わったように見えるが、2匹の間に流れる空気は尋常ではない。譲治が見守る中、強は大きく翼を広げた。対抗するように、忍犬は背を弓なりに反らせて威嚇の声を上げる。 「あ〜…戦う事になったなりか。強、やり過ぎには注意するなりよ!?」 状況を察したのか、譲治が声援を送る。どうやら『決闘して勝った方が言う事をきく』という方向で話が纏まったようだ。血気盛ん過ぎるのも、考えモノである。 数秒後。 気絶した忍犬を連れ、ギルドに戻る譲治達の姿があった。無論、怪我はさせていない。強の羽ばたきが風を生み出し、その衝撃で忍犬が転倒。勝負は一瞬で着いた、というワケだ。 ●ワンちゃん大集合 捕獲した忍犬を連れ、ギルドに帰還する開拓者達。戻ったタイミングはほぼ同じで、報告も兼ねて一度頭数を数える事になった。捕まえた忍犬を調教師に渡し、シンが代表してカウントしていく。 「9、10、11! 間違い無く捕獲できましたね!」 微笑みながら、シンが嬉しそうに声を上げる。4人と朋友の協力で、捕獲対象は無事に集まったのだ。初めての依頼を終え、達成感と安心感が込み上げているのだろう。 もっとも、彼以上に安心している者が居るが。 「ありがとうございます! 何とお礼を言えば良いのやら…」 深々と頭を下げながら、感謝の言葉を述べる調教師。心底安心しているが、申し訳ないという気持ちも強いのだろう。その瞳には、薄っすらと涙が浮かんでいるようにも見える。 「大した事はしていない。我々の相棒が頑張ってくれたからな」 そう言って、暗は静かに微笑んだ。彼女の言葉に応えるように、くろがねとセトが元気良く吠え、調教師の脚に少しだけ擦り寄る。もしかしたら、この2匹も調教師が仕込んだのかもしれない。 「暗の言う通りぜよ! みんな、お疲れ様なり!」 満面の笑みを浮かべながら、全員に労いの言葉を掛ける譲治。他の開拓者達は笑みを返し、相棒達も喜んでいるように見える。強はソッポを向いているが、表情は嬉しそうだ。 そんな中、白月は若干元気が無く、表情も沈んでいるようにも見える。 (訓練中の忍犬が逃げ出すなんて…彼女も、いつかどこかに行ってしまうのでしょうか…) 今回の事件が、白月の心に不安の波を立てる。姫翠を疑っているワケではないが、相棒が居なくなってしまうのを心配しているのだろう。 彼の異変に気付いたのか、姫翠は白月の頭に乗って腹ばいになった。 『私は、マスターとずっと一緒にいますよ』 呟くような、小さな一言。この言葉に、2人の絆の強さが表れている。 今回脱走した忍犬達も、素敵な開拓者との出会いが待っているハズだ。今度は『相棒』として依頼に参加する事だろう。 |