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■オープニング本文 走る。 奔る。 疾る。 肺が酸素を求め、息が詰まりそうになる。 全身の筋肉が燃えるように熱く、休憩を求める。 だが、彼は止まらない。 路地を抜け、街を離れ、人目を避けるように駆けて行く。 彼の名は、タカヤ。普通の家に生まれ、普通の人生を歩んできた、ごくごく普通の青年である。 しかし、タカヤが普通の青年だったのは、昨日までの話だ。今の武天に、彼の名前と顔を知らない者は居ないと言っても過言ではないだろう。 タカヤの運命を変えたのは、一枚の瓦版。そこに書かれていたのは、指名手配犯の人相書きと罪状だった。殺人、放火、強盗…この世に存在する、全ての罪名がビッシリと並んでいる。 そして…その犯人として、タカヤが挙げられていた。 無論、彼は罪など犯していない。それを主張したが、役人は聞く耳を持たずにタカヤを拘束した。その日のうちに奉行所で裁きが行われたが、結果は有罪。無実の罪で、打ち首になる事が決定したのだ。 『こんな…こんなワケの分からない理由で……死ぬワケにはいかないっ!』 そんな想いがタカヤを突き動かし、彼は奉行所から逃亡。そのまま、丸一日以上逃げ続けている。こうなっては、逃亡を続けるか、捕まって処刑されるか…その二択しかない。 「お願いします! お兄ちゃんを助けて下さい!」 「タカヤは…あの人は犯人じゃありません!」 理不尽な現実を打ち砕くため、ギルドに2人の女性が訪れた。1人は、タカヤの妹、ミユキ。もう1人は、タカヤの恋人、アキ。 彼女達の話では、真犯人は他に居るらしい。それは、タカヤの双子の弟…シンヤ。真犯人であるシンヤを捕まえれば、タカヤは解放される可能性が高い。奉行所から逃亡した罪も、不問になるだろう。 アキとミユキの願いが、真実への道を拓いた。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
劫光(ia9510)
22歳・男・陰
月野 魅琴(ib1851)
23歳・男・泰
緋姫(ib4327)
25歳・女・シ
鴉乃宮 千理(ib9782)
21歳・女・武
呉若君(ib9911)
25歳・男・砲
カルマ=V=ノア(ib9924)
19歳・男・砲
カルマ=G=ノア(ib9947)
65歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●邂逅 その日、此隅ギルドの一室は、異様な雰囲気に包まれていた。今回の依頼が複雑な事もあり、誰もが複雑な心境なのだろう。 緊迫した空気の中、依頼人の2人が入室して来た。 「劫光だ、宜しく頼む。今回の事は、俺達に任せておきな。出来るだけ詳しい話が聞きたいんだが…いいか?」 簡単な自己紹介と共に、劫光(ia9510)は情報提供を請う。その言葉に、アキとミユキは静かに頷いた。 聞きたい事は、山のようにある。タカヤの事、シンヤの事、身体的特徴……それらの情報を、丁寧に纏めていく。 「それにしても、双子の兄弟だというのに…悲しいこと」 話を聞いていた緋姫(ib4327)は、目を伏せながら残念そうに溜息を吐いた。無実の罪を被せられた兄と、裏社会に堕ちた弟…原因が何であれ、悲しい状況に変わりは無い。 「血を分けた兄弟なのにな。いや……血を分けたからこそなのか」 冤罪で裁かれようとしている者を、羅喉丸(ia0347)は見捨てる事が出来ない。だが、シンヤは兄を救う素振りを見せていない。そんな現状が、羅喉丸には異質に写っているのだろう。 「一応、奉行所でも話を聞いてきましょう。今は、少しでも多くの情報が必要かと思います」 月野 魅琴(ib1851)が、情報を書き留めながら提案する。確かに情報は必要だが…彼の目的は、提供された情報の真偽確認。あくまでも『念のため』の行為だが。 「冤罪とは、かくも恐ろしいものです。憎悪と復讐の末、アヤカシと化してしまう方も居ます…それならば、私達がすべきことはただ一つ。そうでしょう?」 口ヒゲを軽く弄りながら、知人から聞いた話を聞かせるカルマ=G=ノア(ib9947)。そのまま片眼鏡の位置を軽く直し、柔らかい視線を開拓者達に向けた。 「言われなくても分かってるよ、爺さん。他力本願な奴は嫌いだが…他人を陥れる奴は見逃せねぇ」 壁に背を預けながら、カルマ=V=ノア(ib9924)が言葉を返す。シンヤの行動が気に入らないのか、若干不機嫌そうだ。 名前が似ているこの2人は、同じ組織に所属している。その全員が『カルマ=ノア』を名乗っているが、Gはギュンター、Vはヴィンセントの頭文字だろう。 「調べもせんと、よくぞ死刑なぞ下せるな。役人の腐敗極まれり。それは兎も角…真に裁かれるべきは、どちらかな?」 同情や感情論が先行しては、真実を見失う可能性がある。鴉乃宮 千理(ib9782)は、それを戒める意味を込めて、全員に問い掛けたのかもしれない。 「それは、これから見極めれば良い。汝等の働きに期待しておるぞ?」 不敵な笑みを浮かべながら、呉若君(ib9911)が口を開く。その表情の裏には、何か陰のようなモノがありそうだ。 ●拘束 「…結局、情報は得られませんでしたね。貰えたのは、人相書きが載っている瓦版だけですし」 溜息を吐きながら、此隅の裏通りを歩く魅琴。彼以外に、劫光、緋姫、若君、ヴィンセントも一緒である。 依頼人から話を聞いた後、魅琴は奉行所を訪れたのだが…話を聞いて貰えず、追い返されてしまった。指名手配犯を逃がしてしまい、捜索で忙しいため、部外者の相手をしている余裕が無いのだろう。 こうなっては、あとは地道に聞き込みをするしかない。 「へへへ…アンタ等、ここがどういう場所か分かってんだろうな?」 タイミングが良いのか悪いのか、ガラの悪い男が開拓者達に声を掛ける。俗に言う、ゴロツキと呼ばれる連中だ。物陰からゾロゾロと現れ、5人を取り囲む。 面倒そうに頭を掻きながら、ヴィンセントは目の前の男に視線を向けた。 「なぁ、ちょっと聞きてぇんだけどよ…」 「おっと、タンマ。何を聞きたいか知らんが、タダじゃ教えられねぇなぁ?」 ヴィンセントの言葉を遮るように、下卑た笑いを浮かべる男性。その不快さに、思わず手が出そうになる。 「…私達、貴方と無駄話をする為に、此処に来たわけじゃありませんの」 溜息混じりに緋姫が呟いた直後、その姿が消えた。一瞬で男性の背後に回り込み、首元に忍刀を押し当てる。脅しとは言え、普通なら萎縮するが…。 「危ないネーチャンだな。俺達に敵うと思ってんのかぃ?」 馬鹿にしているような言葉と表情。ゴロツキ達は、彼女の行動が脅しなのを見抜いているのだろう。 「我とて、無駄な争いは避けたい。しかし…邪魔立てするのならば、容赦はせぬ――さぁ、答えよ…!」 ニヒルな笑みの下で、若君の殺意が膨らむ。命を奪うつもりは無いが、シンヤの元へ急行するため、一刻も早く移動したい。そのために、わざと殺意を露にしているのだろう。 「ど、どうやら…少しばかり『社会の厳しさ』ってのを教える必要があるみてぇだな!」 虚勢を張る男性の叫びに、周囲のゴロツキ達が身構える。人数は、ざっと見て約30。 多勢に無勢だが、人数差など無意味である。常人を超える身体能力を備えた開拓者達が、負ける理由はどこにも無い。数分もしないうちに、ゴロツキ達は全員地に伏した。 「相手を見てからにしな。今度は…手加減しない」 吐き捨てるような一言。劫光の言葉が嘘ではない事は、この場に居る者全員が身に染みて分かっているだろう。 「…黒幇とは呼び難き弱さ。所詮はゴロツキと言ったところか」 銃を納めながら、含み笑いを浮かべる若君。敵の弱さに呆れているようにも見えるが。 「ようやく話を聞いて貰えそうですね。この方を御存知ありませんか?」 軽く笑みを浮かべながら、魅琴はゴロツキに瓦版を差し出した。そこには、シンヤの人相書きが載っている。 が、ひねくれ者のゴロツキ達が、素直に従うワケが無い。せめてもの抵抗か、瓦版から視線を外した。 開拓者達が溜息を漏らす中、ヴィンセントは素早く短銃を抜く。間髪入れずに撃ち放つと、銃弾がゴロツキの頬を掠めて鮮血がにじみ出た。 「撃てねぇと思ってんだろ? 言っておくが、俺は金貰えなくても良い…てめぇみたいな奴を、排除出来るならな」 冷たい視線を向けたまま、ゆっくりと歩み寄ってゴロツキの額に銃口を突き付ける。細い指が、ゆっくりと引き金に掛かった。 「止めておけ、ヴィンセント……時間の無駄だ」 言いながら、劫光は銃を手で押さえて銃口の向きを変える。軽く舌打ちしつつ、ヴィンセントは銃を納めた。 直後、通路の奥から人影が近付いて来る。長身痩躯男性で、若干長い頭髪。暗がりの中から覗く、切れ長で鋭い目。この人物は…。 「失礼ですが…貴方はシンヤさん、ですわね?」 問い掛ける緋姫の言葉に、男性は足を止めた。ほんの少し視線を合わせた後、冷たい笑みを浮かべる。 「そんな名前は知らないな…人違いじゃないか?」 「トボけんな。お前の事は、アキとミユキから聞いてんだよ…!」 男性の態度が気に障ったのか、ヴィンセントは怒りの表情を浮かべながら胸倉を掴んだ。男性は鼻で笑い、手を振り解いて再び歩を進める。 「優秀な兄と、出来の悪い弟…そう珍しい話じゃない。怖いのか? タカヤと比べられる事が」 劫光の言葉に、男性は不快な表情を浮かべた。依頼人から聞いた話では、シンヤはタカヤに対してコンプレックスを抱いているらしい。それを踏まえて、劫光は目の前の男性がシンヤなのか試しているのだろう。 「歪んだ愛情表現、という事ですか。劣等感が強く、嫉妬深い…典型的な逆恨みですね」 彼の考えを理解したのか、更に挑発的な言葉を掛ける魅琴。心なしか、表情が愉しそうに見える。 対照的に、男性は鬼のような形相を浮かべ、魅琴の胸倉に掴み掛った。 「黙れ! お前が…俺とタカヤ兄さんの何を知っている!?」 怒りを露にし、叫び声を上げる。挑発で感情が昂ったのか、両の瞳が紅く変色した。間違いなく、目の前の男性はシンヤである。 「目が紅く……どうやら、貴方を逃がすわけには参りません」 仲間達に合図を送り、退路を断つ緋姫。逃げられない事を悟ったのか、シンヤは膝から崩れ落ちた。 ●保護 時は少々遡る。メンバーの5人が裏通りに向かった頃、羅喉丸、千理、ギュンターの3人は、タカヤを保護するために南西の森を目指していた。目撃情報は多く、彼が森に向かった事に間違い無い。 「こいつは…凄い数だな。急がないと、タカヤさんが捕まってしまうかもしれない…」 羅喉丸の言う通り、森の周囲に居る役人の数は尋常ではない。このままでは、彼が捕まってしまうのは時間の問題だろう。 「では、私達も急ぎましょう。空からも探せますし、効率的に捜索出来るはずです」 言いながら、ギュンターは2枚の符を頭上に投げ放った。それがフクロウの姿を成し、森の中へと飛んでいく。 千理と羅喉丸は地面に視線を向けた。枝が折れた跡や足跡、誰かが通った痕跡を辿っていく。 空と地面、双方から捜索しながら、役人達に見付からないように移動する。周囲の木々が深くなってきた頃、人目に付かない巨木の陰に『彼』は居た。開拓者達の存在に気付くと、傷だらけの体で走り出す。恐らく、自分を捕まえに来たと勘違いしているのだろう。 千理は地面を蹴り、軽やかに駆け出した。タカヤの正面に回り込み、進路を塞ぐ。 「これ若者よ。そんなに急いで何処へ行く。我らは敵ではない。少々、話を聞いてくれぬか?」 微笑みながら、優しく語り掛ける。だが、突然言われても信用出来るワケが無い。千理の様子を窺いながらも、少しずつ後退していく。 「俺達は、アキさんとミユキさんに頼まれて、貴方を保護しに来たんだ。決して、危害を加えるつもりは無い」 「アキと…妹が? どういう事なんだ?」 予想外の言葉に、タカヤの警戒心が若干緩む。ギュンターが式神で役人の動きを監視してる間に、羅喉丸と千理が状況を説明した。現在の状況、依頼の内容、そして……シンヤの事を。 「そう、か。そんな事が…」 告げられた真実は、残酷だったかもしれない。冤罪で捕まり、その原因は弟が関係している。疲れた心身には、キツ過ぎる追い打ちである。 「心中、お察し致します。ですが、貴方を想う2人のためにも…そして何より、貴方の疑いを晴らすためにも…どうか、断罪にご協力下さいませ」 礼儀正しく頭を下げながら、ギュンターが協力を請う。彼の言っている事は正論だし、何も間違っていない。だが…突然過ぎる事に、タカヤの決断が鈍っているようだ。 そんな彼の肩を、羅喉丸が優しく叩く。 「ここで迷っていても、答えは出ない。シンヤさんの真意を知るには、本人に聞くしかない……そうだろう?」 数秒の沈黙。迷った末に、タカヤは覚悟を決めたように力強く頷いた。 「…分かった。手間を掛けて済まないが、よろしく頼む」 「何、これも善行。気に病む事は無い。納得したのなら、これに着替えるが良い」 そう言って、千理は袈裟と深編笠、独鈷杵をタカヤに手渡した。変装すれば、役人に見付かる可能性が低くなると考えたのだろう。手早く着替えを済ませると、4人は此隅に向かって移動を始めた。 ●反覆? 麗かな昼下がり、此隅の奉行所は大騒ぎになっていた。逃げた指名手配犯を捕まえた者が現れたのだが、彼等は引き渡しを拒否。役人と衝突し、騒ぎが周囲に広がったのだ。 「これは何の騒ぎだ? 貴様等…ここが奉行所と知っての狼藉か!」 騒動を聞き付け、町奉行が建物から姿を現す。言うまでもなく、ご立腹の様子だ。 「非礼は心よりお詫び申し上げます。ですが、『彼』を犯人と決め付けたのは何故なのか…この場にて、もう一度お聞きしたく存じます」 深々と頭を下げ、紳士的に説明を求めるギュンター。その言動は優雅で、相手に不快感を全く与えない。 が、既に怒り心頭の町奉行は、彼の言葉を一笑に付した。 「説明など不要! この者達を全員捕えよ!」 奉行の命を受け、周囲の役人達が殺気立つ。無用な争いを避けるため、羅喉丸は大声を上げた。 「待ってくれ、これは冤罪なんだ! 犯人は、タカヤさんの他に居る!」 「世迷言を…この手配書が全てを物語っておる! 人相が一致するタカヤが犯人なのは明白!」 その主張を完全否定する、力強い叫び。その声に、役人達の士気が上がっていく。 だが、その言葉を待っている者も居た。 「ふむ、これは異な事を。『タカヤ』なら、ここにおるが?」 不敵な笑みを浮かべながら、千理はタカヤが被る深編笠を脱がせる。そこから姿を現したのは、人相書きと同じ顔。縛られているシンヤを始め、周囲から驚愕の声が上がった。 「なっ…! これはどういう事だ!?」 「その言葉、そのまま返そう。汝等の責務は、咎無き者を罰する事なのか?」 奉行所の連中を見渡しながら、皮肉を込めて言葉を吐く若君。人相が同じ者が居る以上、相手の主張は完全に崩れたと言っても良い。それが分かっているからこそ、奉行所の者は誰も反論しない。 「真実は、天のみが知っておる。だが……覆ると良いな」 タカヤの肩を叩きながら、優しく語り掛ける千理。判決が覆るか分からないが、少なくとも裁きはやり直されるハズだ。 「さて…最期に聞かせて貰おう。何故、実兄を嵌めたのだ?」 ドスの利いた声で、若君がシンヤに問い掛ける。片手には、黒い短銃。『虚言を吐いたら、撃ち抜く』という意味だろう。 「……俺は何もしていない。ここの役人達が、勝手にタカヤを捕まえただけだ」 シンヤの口から語られた、意外な真実。役人を巻き込んで冤罪を被せるのは、かなり難しい。事件にシンヤが関与していないとなると…。 「つまりは…奉行所が自ら、冤罪を生み出したのですな? これは、職務怠慢でございますね」 優しい笑みを浮かべたまま、厳しい指摘をするギュンター。タカヤを犯人扱いし、死刑まで宣告したのだから、何を言われても仕方無いが。 タカヤはシンヤに話し掛けようとしたが、言葉が出ない。シンヤは視線を合わせようともしない。そんな状況を目の当りにし、千理はそっとタカヤに話し掛けた。 「…悲しい、ですわね……でも、貴方には、待っている方が居る。そうでしょう?」 待っている方…言うまでも無く、依頼人の事である。その言葉に、タカヤは静かに頷いた。 不機嫌そうにしているシンヤに、劫光がゆっくりと歩み寄る。 「家族に悪意を向ける奴なんざ、殴り殺してやりたいくらいだ……牢の中で自分が何をしたかったのか、良く考えるんだな」 静かだが、深い怒り。劫光の迫力に、シンヤは気圧されながら冷や汗を流した。 (さて…無罪の人を即刻処刑しようとした役人達が、どう動くか見ものですね♪) 口元を押さえながら、楽しそうに笑う魅琴。放心していた役人達だったが、奉行の命令でシンヤを連行し始めた。 「……人が裁く、か。性根腐ってる奴は、骨まで腐ってるんだよ……俺みたいにな」 奉行所内には入らず、壁際で煙管を吸うヴィンセント。自嘲するように、軽く笑みを浮かべている。 かくして、タカヤの裁きは再び行われる事になった。今度こそ、真実が明らかになるだろう。 |