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■オープニング本文 『空から降る物』と言えば、雨や雪、雹を想像する人が多いだろう。『槍が降る』という言葉もあるが、これは慣用句なので例外である。実際に槍が降ったら、周囲は地獄絵図と化すのは間違い無い。 だが……泰国の一部地域では、予想の斜め上を行く落下物が周辺住人に多大な迷惑を与えていた。 「ヤバい! また降ってきたぞ!」 「早く隠れろ! 怪我したいのか!!」 怒声と悲鳴が、村の中に響き渡る。音も無く落下してくる『それ』を避けるため、人々や家畜は素早く屋内に避難した。『それ』は天井や傘にボトボトと当たり、コロコロと転がって地面を覆い尽くしていく。 雨と違って、水害が起きる事は無い。雪と違って、温度を変えたり押し潰される心配はない。火の粉のように引火し、被害が広がる事も無い。 一切の自然災害を起こさない落下物。その正体は……。 「今日もイッパイ降るねぇ…イガ栗」 窓から外を眺めながら、少女がポツリと呟く。この村に降っているのは、緑や茶色のイガ栗なのだ。降るタイミングは、雨や雪と同じで不定期。イガの中には栗が入っていて、味も悪くない。 一見すると大きな被害は無いように思えるが、このイガ栗は瘴気を含んでいる。今は特に異変は無いが、このまま食べ続けたら体内から瘴気に侵されてしまうだろう。イガにも瘴気が残っているため、大地が汚染される可能性も否定出来ない。 状況を打開するため、ギルドに依頼書が貼り出された。 |
■参加者一覧
九竜・鋼介(ia2192)
25歳・男・サ
九法 慧介(ia2194)
20歳・男・シ
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
平野 譲治(ia5226)
15歳・男・陰
霧咲 水奏(ia9145)
28歳・女・弓
海神 雪音(ib1498)
23歳・女・弓
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志
緋乃宮 白月(ib9855)
15歳・男・泰
暴怖(ic0011)
21歳・男・泰
松戸 暗(ic0068)
16歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●異常気象の村 「うひゃー、スゲー事になってんなー。迷惑なアヤカシだぜ…」 依頼の村に来て開口一番。周囲の状況を確認したルオウ(ia2445)は、驚愕の表情を浮かべながら呟いた。 眼前に広がっているのは、村を埋め尽くす一面のイガ栗。それを、村人達が火バサミや木の枝を使って集めていた。 「イガ栗を降らす鷲ですか…何か目的があるのでしょうか?」 小首を傾げながら、疑問を口にする緋乃宮 白月(ib9855)。特徴的なアホ毛と、尻尾まで『?』の形になっている。 「頭脳派のつもり、かな? 秋といえば栗だけど、多分そこまで考えてないだろうね」 サワヤカな笑顔とは裏腹に、厳しい指摘をする九法 慧介(ia2194)。アヤカシにどれだけ知識があるか分からないが、少なくとも今回の敵は頭脳派では無いだろう。 「栗が降ってくる…わらいごとじゃないんだよねぇ。まったく、アヤカシは何を考えてるのかわからないなぁ!」 エルレーン(ib7455)の言う通り、笑えるような状況ではない。それでも必死に頑張っている村人達を見ていると、心の底から闘志が湧いてくる。 「ロクに体調管理もできないとは…皆、申し訳無い。せめて、足を引っ張るような事だけは避けよう」 全員の士気が上がる中、九竜・鋼介(ia2192)は深々と頭を下げた。先の合戦で傷を負い、それが完治していない事を気に病んでいるのだろう。 謝罪する彼の肩を、霧咲 水奏(ia9145)がそっと叩いた。 「気負い過ぎては、いけませぬ。今出来る事に全力を尽くすのが肝要で御座いまする」 優しい言葉と、柔らかい表情。彼女の言動が、鋼介の気持ちを和らげる。 開拓者達は軽く顔を見合わせ、手分けして聞き込みを開始した。念のため、鋼介、エルレーン、松戸 暗(ic0068)の3人は周囲の警戒に回っている。 「姓は平野っ! 名は譲治っ! 齢十三なりが、よろしく頼むなりよっ!」 平野 譲治(ia5226)の元気な挨拶に、村人達から笑みが零れた。『無機物にも魂が宿る』と思っているため、火バサミにも挨拶をしているのはご愛嬌である。 順調に聞き込みが進む中、1人だけ話を聞いて貰えない者が居た。 「そこな娘。この辺りの森に、栗が大量に生る場所はあるか?」 暴怖(ic0011)に声を掛けられた一般人は、誰もが短い悲鳴を上げて逃げていく。本人は『私が美し過ぎるせいだな』と思っているが…実際は、外見が怖いのが原因だったりする。 「栗の木に、鷲の目撃…必要な情報は揃いましたね。そろそろ、森へ向かいましょうか? 頃合いを見て、海神 雪音(ib1498)が出発を切り出した。その意見に同意するように、開拓者達は互いに声を掛け合って村の入り口に集まっていく。 「村の警護は、私達に任せてくれ。皆の健闘を祈っている」 探索を担当するメンバーに、暗が激励の言葉を掛けた。アヤカシの探索中に村が襲われては、本末転倒。それを防ぐため、鋼介、譲治、水奏、暗の4人が村の警護を担当する事になったのだ。 「よっしゃ! そんじゃあ行って来るからなー!」 警護班と村人に向かって、ブンブンと手を振るルオウ。村人に見送られながら、6人は森の奥を目指して足を踏み入れた。 ●捜索と警護 深い森の中に、呼子笛の音が響く。笛を吹いたのは、雪音、エルレーン、白月の3人。 森に入った捜索班は、村人の情報を元に栗の木が群生している場所を目指していた。怪しい箇所が複数あるため、班を甲・乙の2つに分けたのだ。 運が良いのか悪いのか、乙班は栗を集めていた鷲のアヤカシに遭遇。笛を吹き、甲班に合図を送った。ちなみに、白月の笛は譲治に借りた物である。 笛の音に気付いたアヤカシは、翼を広げて雄叫びを上げた。地面を離れて2m程度の高さに飛び上がり、真空の刃を放つ。 白月とエルレーンが咄嗟に木の陰に隠れる中、雪音は素早く矢を番えた。迫り来る攻撃を寸前で避け、牽制の弓撃を放つ。間髪入れずに矢を番え、追撃の2射目。1本目は敵の頭部を掠め、2本目が胸に深々と刺さった。その動きは、正に早業である。 「正確な数が分かりませんし、手早く倒して捜索を再開しましょう。エルレーンさん、緋乃宮さん、よろしくお願いしますね?」 アヤカシから視線を外さず、雪音が仲間に助けを請う。その声に応えるように、2人は力強く頷いた。 「僕の方こそ。村の方々のためにも…アヤカシはここで倒します…! 「わけわかんない敵には、先手必勝ッ! サクッと決めちゃおう!」 片手剣を握りながら、エルレーンが駆け出す。漆黒の刀身に桜色の燐光を纏わせると、地面を蹴って跳躍。下から剣を振り上げ、鷲の胸をザクッと斬り裂いた。傷口から瘴気が噴き出す中、燐光が風に揺らぐ枝垂桜のように舞い散る。 その光を浴びながら、白月が素早い脚捌きで敵に接近。舞うように布を翻し、跳びながら振り回した。精霊力が黒布に作用し、剃刀で薙いだように傷を刻んでいく。 手傷を負いながらも、アヤカシは高度を上げて一気に急降下。猛烈な速度で、体当たりを仕掛けてきた。 エルレーンは盾を構え、仲間を守るように進路に立ち塞がる。激しい衝突音と共に衝撃が全身を駆け抜けたが、攻撃を受け止めて被害を最小限に抑えた。 突撃に失敗し、アヤカシは翼を広げて上空に逃げて行く。 「そんなところに逃げてたって…無駄だよッ! 叩き落としてやる、なのッ!」 「同感です。翼を狙い撃ち、撃墜しましょう…!」 ほぼ同時に、エルレーンと雪音が動いた。 剣に練力を収束させ、エルレーンは宙を斬るのと同時に開放。空気の刃が渦を巻き、アヤカシを飲み込んで全身を斬り裂く。 雪音は矢を番え、精神を集中させながら弦を強く引いた。放たれた矢が風の渦を突き抜け、アヤカシの翼を貫通する。 穿たれた孔から瘴気が溢れ出し、片翼を負傷した鷲がバランスを崩して落下を始めた。 「目的は知りませんが…貴方の企みは、この一撃で終わらせます!」 タイミングを合わせながら、白月が駆け出す。黒布を腕に巻きながら気を凝縮させ、落下してくるアヤカシに鋭い拳撃を叩き込んだ。命中と共に気が爆発し、打撃と共に衝撃が奔る。短い悲鳴を上げながら、アヤカシの全身が瘴気と化して飛び散り、空気に溶けていった。 ●続・捜索と警護 捜索班が森を歩き回っていた頃、村では警備が行われていた。鋼介は屋根に腰を下ろし、村全体を眺めている。水奏は一番高い建物の屋根に立ち、弦の振動音と目視でアヤカシの襲撃に備える。 「イガグリは村の入り口にでも集めておこう。アヤカシの『呼び水』にでもなれば、上出来だ」 村中を走り回り、イガ栗を集めていく暗。村の入り口にイガ栗の山が出来た頃、譲治は嬉々とした表情でそこに歩み寄った。 「実験、じっけ〜ん♪ 楽しい実験ぜよっ!」 石を積み上げ、簡易的なカマドを造る。水を張ったタライと薪をセットし、雷を操る式を呼び出した。薪の上で火花が散り、炎を生み出して燃え上がる。 「随分とご機嫌だな、譲治。実験は良いが、警戒は怠るなよ?」 屋根の上から、鋼介が声を掛ける。譲治は満面の笑みを浮かべながら、グッと親指を立てた。そのままイガ栗の山に手を伸ばし、トゲに軽く触れて特殊な真言を唱える。直後、イガ栗から黒い霧のような物が溢れ、譲治に吸収されていった。 「皆様、敵の反応が近付いております! この速度だと…もう間も無く村の上空に到達しまする!」 水奏の緊迫した声が周囲に響く。程無くして、空を飛ぶ巨大な鳥の姿が視界に映った。網の中に大量のイガ栗を入れ、両脚で掴んでいる。 「やややっ! 敵が来たなりね。念のために、森探索班に狼煙を上げるなりよ!」 カマドの火を使い、譲治は狼煙を上げる。捜索班への合図なのだが、アヤカシはそれを一切気にせず、イガ栗に瘴気を纏わせて網を離した。 ほぼ同時に、水奏の眼が怪しく輝く。素早く矢を番え、アヤカシの脆弱な部分を狙って連続で射ち放った。鋭い弓撃が空を切りながら飛来し、敵の胴を貫通して瘴気が噴き出す。 上空からイガ栗が降る中、鋼介は番傘を広げた。纏めて落下したため、広い範囲にバラ撒かれなかったのは不幸中の幸いである。 「栗が降ってくるなんて、正に『ビックリ』…ふむ、定番過ぎるか…」 得意の駄洒落もキレが悪いのか、苦笑いを浮かべる鋼介。番傘を銃に持ち替え、素早く狙いを定めて撃ち放った。銃弾が翼を掠め、瘴気が若干にじみ出す。 思わぬ攻撃を受け、アヤカシは怒りの鳴き声を上げながら急降下。暗に向かって、鋭い爪を振り下ろした。突然の事で、反応が一瞬遅れる。爪撃が彼女の脚に赤い線を描き、鮮血が地面を濡らした。 攻撃後の隙を狙い、譲治の電撃が2発、宙を奔る。飛び上がろうとしたアヤカシを直撃し、低空に停滞させた。 「流石に、空までは走れんな。地上から狙わせて貰おうか」 暗は不敵な笑みを浮かべながら、片手で手裏剣を広げる。素早く腕を振り、一気に投げ放った。正確な狙いで投擲された手裏剣が、一直線にアヤカシに突き刺さる。 自身の不利を悟ったのか、アヤカシは翼を大きく広げて風を起こした。土埃を上げて視界を遮り、その隙に上空に飛び立つ。 「空はアヤカシの物ではありませぬ。地にと墜としてしんぜましょうっ!」 逃げ手を打つ事は、水奏の想定内である。敵の動きを見切り、矢を放った。弓撃が翼を貫通し、体勢が激しく崩れる。間髪入れずに素早く矢を番え、高速の追撃。鋭い一矢がアヤカシを射抜くと、全身が瘴気と化して風に吹かれていった。 ●終・捜索と警護 「笛の音に、狼煙…どうやら、村も別働隊も、アヤカシと遭遇したみたいだね。ここは、村人を守るために戻るべき…かな?」 空を見上げながら、苦笑いを浮かべる慧介。耳に届いたのは、乙班の合図。目に映るのは、警護班からの合図。自分達以外の班がアヤカシと遭遇している事に、不安がよぎった。 「そう焦るな、若者よ。我々も、一仕事する必要がありそうだぞ?」 状況は分かっているが、暴怖の態度は変わらない。軽く慧介の肩を叩きながらも、視線は違う方向を向いていた。その先にある巨木の根本で、アヤカシがモゾモゾと動いている。 どうやらイガ栗を集めているようだが、不意に甲班と視線が合う。開拓者の存在に気付き、アヤカシは大きく翼を広げた。 「ぃやがったなぁ!! この俺が相手になってやんぜぃ!!」 一瞬の迷いも見せず、ルオウは剣気を叩き付けながら雄叫びを上げる。アヤカシが怯んでいる間に距離を詰め、刀を振り下ろした。切先が敵の体を斜めに斬り裂き、瘴気が噴き出す。 追撃するように、慧介は素早く矢を番えて2連続で射ち放った。放たれた矢は静かに宙を奔り、鷲の両腿に突き刺さる。 傷を負った脚で地面を蹴り、アヤカシは低空飛行しながら突撃してきた。標的となったルオウは地面を蹴って横に跳び、攻撃を避ける。 アヤカシが再び攻撃するため旋回した直後、暴怖は自身の体を覚醒状態にしながら、奇声と共に拳を振るった。鉄拳が鷲の横面に直撃し、衝撃で軽く後ろに飛ばされていく。 敵が体勢を整えるより早く、ルオウは一気に間合いを詰めた。最小限の動きで刀を振り、胴を一閃。擦れ違い様に、脇腹を深々と斬り裂いた。 瘴気を漏らしながらも、アヤカシは空に飛び立つ。地上のルオウに向かって、翼から真空の刃を放った。鋭利な衝撃が頬を斬り、鮮血が舞い散る。 「どんなアヤカシでも、射落とせば良い話だよね。こんな風に、さ…!」 慧介は極度に精神を集中し、矢を放った。薄緑色の気を纏った弓撃は、樹木や風の干渉を無視して一直線に飛んでいく。それがアヤカシの翼を貫通して骨を砕き、言葉通り射落とした。 「はい翼を広げようと、押して折れれば踊ってあがれ踊って!」 気分が高揚し過ぎたのか、不自然極まりない言葉を叫ぶ暴怖。本人は『喩え翼を広げようと、へし折られれば舞いあがれまい』と言っているつもりなのだろう。無様に墜落したアヤカシに向かって、暴怖は渾身の拳撃を叩き込んだ。敵の体が『V』の字に折れ曲がり、地面に亀裂が奔る。ほんの数秒で、アヤカシは黒い霧と化して空気に溶けていった。 ●栗と笑顔と 村のアヤカシが撃破されてから約3時間。敵の第2波は無く、警戒態勢が続いていた。 だが、そんな状況は唐突に終わる。探索班の6人が、村に戻って来たからだ。 「お、帰って来たなりね! みんな、お疲れ様なりよっ!」 捜索班の帰還を、譲治が笑顔で出迎える。それに応えるように、ルオウは元気良く手を振った。 「おぅ、ただいま! 村も大変だったみたいだな。アヤカシは、どうなった?」 村が襲われたのは、狼煙の合図で分かっている。撃破した事を知らせるため、警備班が2度目の狼煙を上げたが…やはり心配だったようだ。 「無論、撃破した。これで、アヤカシが諦めてくれると良いのだが…」 状況を説明する暗だが、その表情が若干曇る。村が再び襲われる事が、気になっているのだろう。 「それなら、心配要りません。森の中を捜索しましたが、アヤカシの気配はもうありませんから」 淡々とした口調で、警備班に状況を説明する雪音。彼女と慧介の探索スキルを使って、森の中を隅々まで捜索済みである。反応が無かったのだから、アヤカシの再発は限りなくゼロに近い。 「アヤカシは倒せましたが…栗、いっぱい落ちてますね。どうしましょう?」 言いながら、白月は村中を見渡した。大半のイガ栗は一か所に集まっているが、放置されている物も多い。どう処理するか、少々迷う処である。 「瘴気も払われ、これだけの栗があるのです。住民の皆様と共に、秋の味覚を楽しみたいものですな」 微笑を浮かべながら言葉を紡ぐ水奏。アヤカシが倒された事で、栗に込められた瘴気は消滅している。一般人が食べても、害は無いだろう。 「そうだな…焚き火でもして、焼き栗ってのも良いかもねぇ」 鋼介は腕を組みながら、不敵な笑みを浮かべる。傷を負っている時こそ、栄養補給をした方が良いかもしれない。 「フッ、この大量の栗…栗飯にして喰らってやろう。誰か、米を持てぃ!」 栗を食べる事にノリ気なのか、村人に向かって叫ぶ暴怖。その声に住人達は怯えているが、当人は既にイガ栗との格闘を初めている。 「暴怖さん、随分とヤル気満々ですね。それじゃ、俺もお手伝いしようかな」 軽く笑みを浮かべながら、村人に歩み寄る慧介。優しく話し掛け、暴怖の代わりに白米の準備を頼んだ。 それをキッカケに、開拓者と村人達が一緒になって調理を進めていく。イガ栗のせいで苦労を強いられていたが、今は誰もが楽しそうだ。 皆に隠れて、エルレーンはコッソリと栗を煮込んでいる。栗の甘露煮を作り、成功したら全員で食べるつもりなのだろう。 結果は……。 「…うえぇ…仕方ないの、あいつの家に送りつけるの」 敵対している兄弟子に、嫌がらせをするのが確定したようだ。 |