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■オープニング本文 今年も、収穫祭の時期がやってきた。期間に多少のズレはあるものの、各国首都は大盛り上がりである。 理穴の首都、奏生では『豊穣感謝祭』が開かれていた。果物や野菜が多く扱われ、瑞々しい物から漬物、乾物まで様々な物が並んでいる。 無論、果物や野菜を使った料理も多い。南瓜や栗をジルベリア風に調理した菓子や、野菜の煮物や揚げ物…挙げればキリが無い程である。農作物の味に定評がある、理穴ならではの光景だろう。 中でも、今年は激辛料理が多い。柚子を使ったうどんや、『伽哩』と呼ばれる汁を白飯にブッかけた物。理穴のみならず、色んな国の料理が作られている。激辛料理に便乗したのか、ちょっとした催しが開かれる事になった。 その名も『超絶! 悶絶! 激辛唐辛子の大逆襲!』。イベント名については、ツッコんだら負けである。 内容は、至ってシンプル。 『制限時間1時間以内に、激辛唐辛子の丸焼きを一番多く食べた者が優勝』 それだけである。 天気は晴天。絶好の『唐辛子日和』である。 |
■参加者一覧 / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / ティア・ユスティース(ib0353) / 燕 一華(ib0718) / エルレーン(ib7455) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / 音羽屋 烏水(ib9423) |
■リプレイ本文 旗が風に揺れ、人々の声が入り混じる。城の近くの、普段は一般道として使われている往来が、祭りの会場と化していた。道の両側に簡易店舗が並び、様々な食品が所狭しと陳列されている。天気は快晴。人通りも多く、大賑わいである。 「楽しそうですね。合戦の前に、のんびり出来そうです☆」 周囲を見渡しながら、楽しそうに微笑む柚乃(ia0638)。人ごみは苦手だが、祭りの雰囲気は嫌いでは無いようだ。 そんな彼女を、もふらの八曜丸と、からくりの天澪がコッソリと後ろから見守っている。2人共、出店に興味津々の様子だが。 盛り上がっているのは、街道だけでは無い。奥の広場では、人が集まって期待の視線を向けていた。 「さあさあ、開拓衆『飛燕』が演舞、これより開幕じゃっ!」 音羽屋 烏水(ib9423)が、口上と共に三味線を弾き鳴らす。曲自体は即興なのだが、美しい旋律に観衆が湧き上がった。 「この良き祭りの日に出会えたのも何かの縁。皆さんの心に、ひっそりと咲くひと華となれば嬉しいですっ♪」 更に、燕 一華(ib0718)が場を盛り上げる。烏水の伴奏に合わせた、薙刀を使った演舞。互いに即興なのだが、その呼吸は驚く程に合っている。気付いた時には、周囲から拍手と歓声が上がっていた。 「うふ、ゆかいなお祭りもあるもんだねぇ」 それを見学しながら、楽しそうに微笑むエルレーン(ib7455)。彼女が視線を動かした瞬間、表情が凍り付いた。 「あはは、何だか楽しそうなお祭りだな、うさみたん! どこから回ろうか?」 エルレーンの見詰める先に居たのは、楽しそうにウサギのぬいぐるみに話し掛ける男性。しかも、長身の筋肉質で、肌は浅黒い。彼の名は、ラグナ・グラウシード(ib8459)。エルレーンの兄弟子らしい。 (!…また見つかったら、うるさいの) 身を隠しながら、苦笑いを浮かべるエルレーン。彼女はラグナから『仇敵』として追われているため、顔を合わせたくないのだろう。溜息を吐きながら周囲を見渡していると、催し物の旗が目に留まった。 『超絶! 悶絶! 激辛唐辛子の大逆襲!』。 (このイベント…『激辛唐辛子』…確か、あの人は大の甘党) 腕を組みながら、思考を巡らせる。数秒後、不敵な笑みを浮かべながら、エルレーンは参加受付場所へと足を向けた。 「激辛唐辛子の大食い……八曜丸が居たら、嬉々として参加しそうですね」 催し物の宣伝を聞きながら、柚乃は相棒の事を思いだして軽く笑みを浮かべた。実際、催し物に参加しようとしている八曜丸を、天澪が必死に止めていたりする。 烏水と一華の演舞が終わり、街道に人々が一気に流れ込んできた。鑑賞で目と心が満たされたら、今度は胃袋を満たす番である。 「シチューは如何ですかぁ〜? 伽哩と違って、辛くないですよ!」 食欲を刺激する、どこか懐かしい香り…それを辿った先には、礼野 真夢紀(ia1144)が居た。小さな体で忙しそうに動き回りながら、料理を仕上げていく。 牛乳と豆乳で煮込まれた人参、玉葱、馬鈴薯のスープに、一口大に切って焼き色を付けた鶏肉を投入。仕上げに賽の目に切ったチーズと、トウモロコシの粒を入れて軽く煮立たせれば、シチューの完成である。 複数の鍋で、乳白色のスープが湯気を上げている。晴れていても若干肌寒いため、真夢紀の屋台には長蛇の列が出来ていた。 「あら、まゆちゃん。今日はこちらで出店ですか?」 シチューを受け取りながら、ティア・ユスティース(ib0353)が声を掛ける。彼女の言葉に、真夢紀は明るい笑みを浮かべた。 「今日は、ティアさん。屋台を借りれたので、腕を振るってみました!」 「なるほど。折角のお祭りなのに、食べ歩き出来ないのは寂し……くないみたいですね」 ティアは、言い掛けた言葉を自分で否定する。真夢紀の調理台には、食材以外の食糧が大量に置かれていた。どれも、豊穣感謝祭で見掛けた料理ばかりである。どうやら、食べ歩きはしていないが、めぼしい料理は購入済みのようだ。喰いしん坊な真夢紀らしい。 「一回りしたら、差し入れ持って来ますね。片付けのお手伝いが必要みたいですし」 独りでは大変だろうと、手伝いを申し出るティア。彼女の調理技術は、料理人に匹敵する域に達している。料理の助手をさせるには、充分過ぎると言っても過言ではないだろう。 それに……真夢紀は片付けが苦手だったりする。料理は素晴らしいが、洗い場の食器や調理器具が若干大変な事になっているのを、ティアは見逃していない。とは言え、衛生的に問題のあるレベルではないが。 「流石は、食の国たる理穴じゃなぁ。美味しそうな物ばかりじゃ」 美味なる物を求め、祭りの会場を歩き回る烏水。その目に留まったのは、例の催し物。何かを思い付いたのか、烏水は『ポン』と手を叩いて参加の受付に向かった。 「ラグナさ〜ん! ラグナ・グラウシードさん、いらっしゃいませんか!?」 烏水と入れ違うように、若い女性が大声を上げながら駆け出す。その声に気付いたラグナは、視線を彼女に向けた。相手は20歳前後で、容姿端麗。何故自分を探しているのか全く心当たりが無いが、ラグナは軽く咳払いをしてから彼女に歩み寄った。 「あ〜…グラウシードは私だが、何か?」 「ラグナ・グラウシードさん! 良かった、こちらへどうぞ。急いで下さい!」 満面の笑みを浮かべ、女性はラグナの手を取って走りだした。予想外の状況に、ラグナの思考が完全に止まる。女性に対する免疫が少ないため、手を握られただけでも一大事なのだ。いつもの偉そうな態度は微塵も無く、借りて来た猫のように静かにしている。 数分後。ラグナが連れられた場所は…。 「皆様、長らくお待たせしました! これより、『超絶! 悶絶! 激辛唐辛子の大逆襲!』を開始致します!」 周囲から歓声が上がる。参加者達がヤル気を見せる中、ラグナだけはオロオロと周囲を見渡していた。参加手続きをした記憶は全く無い。それ以前に、辛い物が苦手な彼が参加するワケが無い。 動揺しているラグナを眺めながら、密かに笑みを浮かべるエルレーン。実は、参加手続きは彼女の仕業である。ラグナをハメるために勝手に名前を書いたのだ。無論、その事実に彼は気付いていない。 そうこうしている間に、参加者達の前に激辛唐辛子の丸焼きが運ばれてきた。 (ん〜っふっふ〜♪ 秘策、『別の物と一緒に食べて辛さ誤魔化す作戦』で優勝狙うぞぃ!) 自信満々の笑みを浮かべながら、キュウリを取り出す烏水。開始前にルールを確認し、露店で買ってきたのだ。『キュウリを食べる分、食事量が増える』という問題が発生中だが。 観衆の期待が高まる中、決戦の火蓋が切って落とされた。参加者達が一斉に唐辛子に喰い付き、絶叫を漏らす。顔が真っ赤になり、汗と涙が止まらない者まで居る。 「…う、ぐぐ…し、然し、これは本当に辛いのぅ。ええぃ、わしも男子。最後までやりとげようぞっ!」 涙目になりながら、唐辛子をキュウリで無理矢理流し込む烏水。参加者の中で最年少という事もあり、若い女性や奥様達から黄色い声援が飛んでいる。その声に応えるように、烏水は笑顔で手を振った。 「えっ?! ちょ、ちょっと、これは…! うっうっ、うさみたん…辛いお…」 ラグナは周りの勢いに流されて唐辛子をカジってみたが…想像以上の辛さに、シクシク泣きながらヌイグルミに語り掛けている。その不気味な様子に、会場から悲鳴に似た声が上がった。 物陰から、ラグナの奮闘を眺めるエルレーン。楽しそうに笑いながら、南瓜のお菓子をかじった。 「あれは…ラグナさんと烏水クン? 見てるだけで辛そうですが、大丈夫でしょうか…」 アゴが外れるほど甘い大福を頬張りながら、柚乃は心配そうに2人を見守っている。参加者達は次々に唐辛子を口に運んでいるが、無理をしているのは一目瞭然。脱落者が次々に倒れ、屍の山を築いている。 運ばれた唐辛子が半分に減った頃、烏水は羽をへたらせながら力尽きた。この様子では、暫く辛い物を遠慮しそうである。 残る参加者は、5人。その中に、何故かラグナも含まれている。ギブアップを申請しようとした瞬間、彼は卓を叩きながら突然立ち上がった。 「もしや……これは『りあじゅう』共の罠か!? 小癪な…奴らの策略など、捻り潰してくれよう!」 完全に、完璧に、素敵なまでに勘違いである。理由はどうあれ、闘志に火が付いたラグナは止まらない。猛烈なイキオイで、唐辛子を食べ始めた。その雄姿に、女性達から黄色い声援が飛んでいる。 しかし、今のラグナには微塵も聞こえていない。モテるチャンスを自ら逃がす辺り、『非モテ騎士』の名は伊達ではないようだ。 想像の斜め上をいく行動に、エルレーンが声を上げて笑う。観衆からも笑い声と声援が上がり、周囲の熱気は最高潮である。 そんな状況だからこそ、注意が逸れるのは仕方ないかもしれない。 会場近くで、鳴き声を上げる少年が1人。恐らく、人混みと熱狂が原因で、迷子になったのだろう。6歳前後の子供が1人になったら、不安で泣き出すのも無理は無い。 「キミ、どうしたんですかっ? お父さんかお母さんと、はぐれてしまいましたかっ?」 そんな少年に向かって、一華が優しく声を掛ける。が、その声に応える事無く、少年は泣くばかりだ。一華はほんの少しだけ苦笑いを浮かべながら、少年に手を伸ばした。両脇からそっと抱き上げ、肩の上に乗せる。その数秒後、少年の鳴き声は徐々に治まっていった。 小さな子供は、自分の視線より高い所が好きな者が多い。加えて、この状態なら保護者の目に付き易いだろう。一華の狙い通り、慌てた様子で近寄って来る女性が1人。肩の少年も、彼女に向かって手を伸ばしているようだ。 「あの人が、お母さんですかっ? 良かったですねっ! もう迷子にならないように、しっかり手を繋ぐんですよっ?」 肩から少年を下ろし、一華は彼の目を見詰めながら優しく語り掛ける。その言葉に、少年は満面の笑みを浮かべながら大きく頷いた。元気良く手を振り、母親に向かって駆け出す。母親は我が子をシッカリと抱き締め、一華に何度も頭を下げた。 小さな事件が解決した頃、催し物にも決着が着いた。優勝したのは、現地の一般男性。ラグナは途中から驚異的な追い上げを見せたが、数分も持たずに限界を迎えて転倒。拍手と笑い声を全身に浴びながら、医療班の元に運ばれた。 烏水の周囲には、たくさんの女性が集まっている。広場での演奏で彼のファンになった者も多く、さっきの大食いで更に女性のハートを鷲掴みにしたようだ。彼女達の要望に応え、烏水は再び三味線を弾き鳴らす。 罠にハマったラグナを見て、満足そうな表情を浮かべるエルレーン。その脚が、真夢紀の屋台の前で止まった。 「あはは♪ 笑い過ぎてお腹減っちゃったなぁ……真夢紀さん、シチュー貰える、かな?」 「はぁい、ちょっと待って下さいね? あ、蒸しパンも作ってみたので、良かったらぞうぞ!」 相変わらず、真夢紀は忙しそうに動き回っている。評判が口伝えで広がり、多くの人が屋台を訪れていた。エルレーンが蒸しパンに喰い付くと、干し葡萄と薩摩芋の味が口いっぱいに広がる。 「お店は繁盛してるみたいですねっ、真夢紀。ボクも、エル姉ぇと同じ物を下さいっ!」 店を回っていた一華も、小腹が空いたのか蒸しパンに手を伸ばした。2人がそれを食べ終えた頃、真夢紀が熱々のシチューを卓に置く。 その後ろを、ティアが足早に通った。 「お待たせしました。コレ、差し入れです。私は洗い物を担当しますね」 言いながら、荷物を調理台に乗せる。彼女が持って来たのは、評判の店で買ってきた菓子。真夢紀が買った物とカブらないように、色々と選んで来たようだ。彼女が礼を口にするより早く、ティアは洗い場を片付け始めた。皿や調理器具が次々に洗われ、綺麗に整頓されていく。その手際は効率的で、良い嫁になれそうだ。 「みなさん、ここに居たのですね。旬の果実を使った果実酒を持って来たんですが、如何ですか?」 エルレーン達より先に来ていた柚乃が、お手製の果実酒を勧める。酒気を抑えているため、かなり飲みやすい仕上がりになっているハズだ。酒の登場に、店の一般客達が盛り上がる。飲む気マンマンなようだ。 「あたしは呑めないので、遠慮しますね。皆さんで楽しんで下さい♪」 年齢的に、飲酒が出来ない真夢紀。杯を全員に渡すと、簡単な宴会が始まった。旨い料理に、旨い酒。その2つが揃ったら、宴会にならないワケが無い。幸い、食材や酒は周囲の露店で買える。この宴会は、夜まで続いた。 『超絶! 悶絶! 激辛唐辛子の大逆襲!』は1日だけの催し物となったが、豊穣感謝祭の開催日程は終わりではない。秋の祭りは、まだ続きそうだ。 |