残された調教師
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/10/24 21:49



■オープニング本文

 雲1つ無い晴天に、どこまでも広がる青い世界。秋の空は澄み渡り、天が高くなったように見える。そんな空を見上げながら、ギルド職員は大きく伸びをした。肌寒い空気が頬を撫でる中、小さな雲が流れて来る。
(あの雲…随分と流れが早いな。そんなに風は強くないのに)
 男性職員がそんな事を考えていると、雲がどんどん近付いて来た。いや…『落下している』と言った方が正しいだろう。数秒後、彼の数メートル先に『何か』が落下し、土埃が舞い上がった。
「なっ…! 何が起きたんだ!?」
 ギルド近くの道路に落ちたため、周囲から野次馬も集まっている。驚愕の表情を浮かべながら、職員は落下物に近寄った。その正体は…1m程度の純白の鷲。額と腹部に真っ赤な宝石が埋め込まれ、左右2対4枚の翼がある事から、普通の鷲では無いのは一目瞭然である。
 開拓者の朋友となる可能性を秘めた生物、迅鷹だ。天儀の者なら一度は目にした事はあるハズだが、男性職員はこの『純白の迅鷹』に見覚えがあった。
「お前…もしかして、個体番号0117か!?」
 叫びながら、迅鷹に駆け寄る。落下して来た鷲は、全身傷だらけの状態だった。そっと抱き上げ、足の名札に視線を送る。そこには、シッカリと0117の文字が明記されていた。
「やっぱり、か。一体、何があったんだ? 調教師はどうしたんだ?」
 問い掛けても、迅鷹が答えるワケがない。だが、何かが起きているのは間違い無いだろう。男性職員は迅鷹を抱き上げ、ギルドに向かって駆け出した。


■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
サニーレイン=ハレサメ(ib5382
11歳・女・吟
ウルグ・シュバルツ(ib5700
29歳・男・砲
二式丸(ib9801
16歳・男・武
緋乃宮 白月(ib9855
15歳・男・泰


■リプレイ本文

●失われた絆
 アヤカシに襲われ、朋友を助けるために自らを囮にした調教師。
 その調教師を助けるため、救援を求めてギルドまで飛んで来た迅鷹。
 互いを想うが故に助け合った1人と1匹の絆は、想像以上に固いようだ。
 深い絆で結ばれた者同士が引き裂かれるなど、あってはならない。この悲劇を終わらせるため、6組の開拓者が集まった。
「危険な目に陥っている人を、正義の空賊としては放っておけないな! 0117との会話は頼んだよ、はてな」
 天河 ふしぎ(ia1037)が、熱い想いを込めて叫ぶ。『空賊』である自分に誇りを持ち、助けを求めている者を放っておけないのだろう。
 彼の言葉に、相棒のからくり、HA・TE・NA−17は静かに頷いた。
『了解にございまするマイキャプテン…それに、0117もはてなと同じ17(ワンセブン)にございますゆえ、他人の様な気が致しませぬ』
 人であっても、自分と同じ姓名の人物に不思議な縁を感じる事がある。彼女が感じているのは、それに近い感覚なのだろう。
 優しい視線を向けながら、HA・TE・NAが0017に問い掛ける。事件当日の事、アヤカシに遭遇した場所、そして調教師の事。依頼解決に必要な情報が、次々に明かされていく。
「話を聞く限り、鳳さんはとても立派な方です。必ず助けましょう!」
 小さな拳を強く握り、気合を入れ直す緋乃宮 白月(ib9855)。その意志を示すように、彼の尻尾がピンッと伸びている。
『協力、感謝する。道案内は任せてくれ…って言ってますよ〜。こちらこそ、よろしくね』
 迅鷹の小さな鳴き声を聞き取り、白月の相棒、羽妖精の姫翠が言葉を伝える。彼女の明るく元気な様子に、0117の表情が笑っているように見えた。
「案内してくれるのは有難いが…傷は、大丈夫なのだろうか?」
 無表情のまま、ウルグ・シュバルツ(ib5700)が0117に声を掛ける。その表情や、髪や瞳の色から冷たい印象を受けるが、根は優しくお人好しのようだ。
 彼の質問に答えるように、0117は鳴き声を上げた。
『応急手当は受けた、問題無い。と言っておるが…何ともまた、無理をしよる』
 ウルグの相棒、管狐の導が、溜息混じりに言葉を伝える。大丈夫では無い事は分かっているが、調教師を助けたいという気持ちを汲んでいるのだろう。
「囮になった調教師の事……さぞ心配、だろう。早く、見つけないと、な。ナナツキ。力を貸してもらっても、いいか?」
 相棒の忍犬、七月丸の頭を撫でながら、二式丸(ib9801)が静かに問い掛ける。その言葉に応えるように、七月丸は主の頬を優しく舐めた。言葉が話せなくても、想いが通じている証拠である。
『身を呈して朋友を守るとは天晴。どこかの土偶使いの荒い小鬼とは一味違うな、サニー?』
 話を聞いていた土偶ゴーレムのテツジンが、皮肉タップリの言葉を吐く。彼が言う『どこかの土偶使いの荒い小鬼』とは、自身の主であるサニーレイン(ib5382)の事だろう。
 相棒の言葉に、サニーレインは小首を傾げた。
「はて。私には何のことをいってるやら、さっぱり…皇さん、0117を、見詰めたりして、どうしました?」
 視線をテツジンから外しながら、とぼけるように言葉を返す。偶然視界に入った仲間に、サニーレインは声を掛けた。
「い、いや…この大変な時に『可愛い』とか思っておらぬぞ、うん。『零壱壱漆』の忠義に応えねば、皇家の名が泣くというものだ」
 彼女の言葉に若干驚きながら、皇 りょう(ia1673)は目を逸らす。言っている事はカッコイイのだが、何とも締まらない状況である。
 りょうの相棒、駿龍の蒼月は、主に見付からないように静かに溜息を漏らした。

●元凶の羽音
 朱藩の国内を、南東に向かって疾走する開拓者達。それを先導しているのは、0117である。目的地は、調教師と別れた場所。彼等の進路には、森が広がっている。
『君の主と別れた森は、あそこで間違いないか?』
 テツジンの問いに、0117が力強い鳴き声を上げた。痛んだ翼で、更に速度を上げる。その様子に迷いは無く、眼前の森が目的地なのを雄弁に物語っているようだ。
「ならば、私は空から探させて貰おう。蒼月、頼んだぞ?」
 相棒に声を掛けながら、りょうが地面を蹴って天に舞う。彼女の近くを飛んでいた蒼月は、速度を調節して主を背に乗せた。そのまま、空の青に溶けるように上昇して行く。
「僕も上空から偵察しようかな。もっとも、飛んだりしないけどね」
 言いながら、ふしぎは符を頭上に投げ放った。それが小鳥の式となって、目的の森に飛んで行く。式と視覚や聴覚を共有出来るため、彼が上空から偵察しているのと変わらない。
『無事に鳳さんを見つけるためにも、『幸運の光粉』いきますよー!』
 元気良く飛んでいた姫翠が、白月の肩を掴んだ。広げた羽から光の粉が舞い散り、彼女の体を包んでいく。この効果で、チョッピリ幸運が訪れるハズだ。
 躊躇無く森に飛び込んだ0117を追い、開拓者達も足を踏み入れる。樹木が複雑に入り組み、自然と全員の速度が緩んだ。それでも、常人以上の速さで進んでいるが。
 森を疾走する事、数分。突然、0117が動きを止めて地面に降り立った。不審に思った開拓者達だったが、疑問を口にするより早くサニーレインが言葉を発した。
「時影を探す前に、面倒な事を、片付ける必要が。あるようです」
『主も気付いたか? どうやら、見付かってしまったようだの』
 不敵な笑みを浮かべながら、彼女に同意する導。研ぎ澄まされたサニーレインの聴覚が、意識を集中させて放った導の探索技能が、敵の接近を告げている。数秒後、森の奥から3体の巨大な蜂が姿を現した。
「アヤカシ!? 僕達に幸運は訪れませんでしたか…」
 残念そうに肩を落とす白月。その頭上に居る姫翠も、同じようなポーズをしている。幸運の鱗粉を使ったのに、アヤカシが出て来たのがショックなのだろう。
「そんな事は、無い。ここで、敵を倒しておけば、何の憂いも無く、時影を探せる」
 表情は相変わらず変わらないが、二式丸の口調は優しい。いつも陰を帯びた雰囲気をしているが、その心遣いに嘘や偽りは微塵も無い。
「同感だ。手早く撃破して、安全を確保するべきだな。まずは…」
 二式丸の意見に賛同しながら、ウルグは携行品から狼煙銃を取り出した。素早く銃口を天に向け、引き金を引く。周囲に乾いた銃声が響き、上空に赤い狼煙が上がった。
 それが合図になったように、アヤカシが行動を始める。2匹の蜂が羽音を鳴らしながら突撃してきた。標的は、ウルグとふしぎ。鋭い針が、2人に迫る。
 ウルグは横に跳んで地面を転がり、アヤカシの突撃を避けた。針が腕を掠り、薄っすらと血が滲む。狼煙銃を投げ捨てて兵装を持ち替えると、精霊の力で敵の動きを見切って引き金を引いた。銃弾が腹部に直撃し、瘴気が漏れ出す。
 追撃するように、導は鋭い視線を向けた。直後、敵の周囲に電光が飛び散り、炎が生まれて全身を軽く焦がしていく。
 もう1匹の針撃が届くより早く、ふしぎは兵装に精霊力を宿して、桜色の燐光を纏った。鮮やかな光の残像を残しながら、ふしぎは敵の攻撃を完全に避ける。
「そんな針、喰らいはしないんだぞっ!」
 叫びながら、アヤカシが体勢を整えるより早く踏み込む。風に揺らぐ枝垂桜のような燐光を散らしながら、ふしぎの双刃が敵に十字の傷を刻み込んだ。
『リベンジゴッドロック解除、17フォーメーション発動…コレより、目標の殲滅に移りまする』
 巨大な剣を握り直し、HA・TE・NAは敵との距離を詰める。ふしぎが頭を下げるのと同時に、それを全力で横に薙いだ。切先が敵の体を掠め、瘴気が漏れ出した。
 姫翠は白月の頭から飛び立ち、2匹目に近付く。愛らしい唇に指を伸ばし、にこやかな笑顔と共に投げキッスを放った。その魅力な行動に、敵の動きが一瞬止まる。
 その隙を、白月が見逃すハズが無い。覚醒状態になって体を赤く染めながら、両の拳を敵に叩き込んだ。
「テツジン、私…と0117を、盾で守りなさい。最優先で。あとは弓や怪光線、で、敵を、追っ払いなさい。それから…」
『ちょっと待てぇ! 注文が多過ぎるぞ、サニー! 』
 サニーレインの無茶な要望に、反射的にツッコミを入れるテツジン。日常でも戦闘中でも、苦労が絶えないようだ。
 そんな彼に向かって、3匹目のアヤカシが針を向ける。無意識のうちに、テツジンはサニーレインと0117を守るように盾を構えた。固い金属音が周囲に響き、火花が散る。テツジンの眼の辺りに光が収束し、反撃するように謎の光線が放たれた。
 一瞬早く、アヤカシが全身を翻す。標的を外れた怪光線は、虚空の彼方へと消えていった。
 テツジンの背に隠れながら、『みゅーんみゅーん』という唸り声を上げるサニーレイン。それが重低音の音波となって周囲に広がり、アヤカシ達の動きを鈍らせていく。
「ナナツキ…回り込んで、攻撃、だ。出来るな?」
 二式丸の指示に、七月丸が小さく鳴き声を上げる。ほぼ同時に、2人は2匹目の敵に向かって駆け出した。
 棍を操る二式丸の全身を、活性化させた精霊力が駆け巡る。七月丸は淡く光るオーラを瞬間的に纏い、風の如く疾走する。素早い薙ぎ払いが敵の腹部を捉え、鋭い爪撃が胸部を掠めた。息の合った連係は『見事』としか言い様が無い。
 全身の傷口から瘴気を漏らしながら、2匹目の敵が高度を上げていく。恐らく、このまま戦線を離脱するつもりなのだろう。
 しかし、1歩遅かった。青い風が吹き抜け、敵の体を斬り裂く。その衝撃でアヤカシの体勢が崩れ、落下し始めた。
 青い風が低空を滑るように移動し、地面に降り立つ。その正体は、上空へ向かった蒼月とりょうだ。
「遅かったな。だが…おまえなら、俺の合図に気付いてくれると思っていた」
 ほんの少しだけ微笑みながら、ウルグが声を掛ける。彼が打ち上げた狼煙は、アヤカシの気を惹く事だけが目的では無く、りょうへの合図も兼ねていたのだ。
 ウルグに笑みを返し、りょうは相棒の背を蹴って跳躍。落下するアヤカシに狙いを定め、精霊力を帯びた太刀で斬り上げた。白く澄んだ気が敵を両断し、瘴気を浄化させていく。着地と同時にりょうが太刀を振ると、刀身の白い気と共にアヤカシの体が弾け散った。残ったのは、梅の香りと瘴気が溶け落ちた跡だけである。
 仲間が消滅したのを目の当りにし、1匹目のアヤカシが羽を激しく鳴らした。その周囲が陽炎のように揺らいだ瞬間、炎が生み出されて一直線に伸びた。放たれた炎の渦を避けるように、開拓者と相棒達は左右に跳ぶ。
『ウルグ。我の力を貸そう。炎で丸焼きにされては敵わんからな』
 言葉と共に、導の体が煌めく光と化していく。粒子がウルグの体に吸収されるように同化し、首元に輝くマフラーとなって具現化した。
「どくはーきかないーへいきだよー♪」
 緊迫する雰囲気を崩壊させるような、サニーレインの歌声が周囲に響く。全員が若干脱力する中、全身が一瞬淡く光って精霊力が高まった。
「蒼月、上空の警戒は任せた。しかし…無理はしてくれるなよ?」
 りょうの言葉に、蒼月は頷いて翼を大きく広げる。飛び立とうとする駿龍に敵の視線が集まり、注意が一瞬逸れた。
 それに気付いたりょうと白月が、ほぼ同時に1匹目のアヤカシに向かって駆け出す。鉄拳が羽を掠めて破り、横薙ぎの斬撃が敵の腹部を斬り裂いて瘴気が溢れ出した。
 噴き出す黒い霧に紛れて、3匹目のアヤカシが白月に迫る。攻撃後の隙を狙った、死角からの突撃。白月が気付くよりも早く、姫翠が間に割って入り、剣を盾代わりに防御を固めた。
 毒針が届く直前、駆け込んで来た二式丸が2人を突き飛ばす。反動で白月と姫翠が軽く地面を転がる中、敵の針が二式丸の肩に深々と突き刺さった。毒液が体内に注入され、激痛に奥歯を噛み締めて耐える。
 主の仇を討つように、七月丸がアヤカシに飛び掛かった。爪に渾身の力を込め、鋭く振るう。それが腹部を斬り裂き、3匹目の敵は瘴気を撒き散らしながら距離を空けた。
 起き上がった白月は、急いで二式丸に駆け寄って膝を付く。
「二式丸さん…僕を庇ったせいで……すいません!!」
 謝罪の言葉を口にしながら、頭を深々と下げた。その隣では、姫翠が心配そうに二式丸を見上げている。
「自分の毒、なら…『六根清浄』で消せる。この程度の傷、大した事は、無いさ」
 言いながら、二式丸は全身の精霊力を活性化させた。浄化の力が体内の毒に作用し、分解していく。二式丸のスキルは『自身の状態異常』しか治せない。仲間が毒に苦しむ姿を見たく無いため、身を挺して守ったのだろう。それは、主を守った姫翠も同じハズだ。
 主を守っている者が、もう1人。サニーレインを背に隠しながら、テツジンが破壊光線を連続で放つ。1撃目は空の彼方に消えていったが、もう1発が1匹目のアヤカシを直撃。衝撃でバランスが崩れた。
 浮遊しながらフラつく敵に向かって、ふしぎとHA・TE・NAが素早く駆け寄る。呼吸を合わせて霊剣と豪剣を振り、斬撃が交差してアヤカシの体を深々と斬り裂いた。
 瘴気を撒き散らす敵に、ウルグが照準を合わせる。砲術士特有の呼吸法で息を止め、手ブレを抑えていく。引き金を引くと同時に、狙い澄まされた銃弾が宙を奔った。それは一直線にアヤカシに伸び、眉間を貫通。羽の動きが止まり、落下しながら全身が瘴気と化して空気に溶けていった。
「残るは1匹! 皆、手早く片付けて鳳殿の捜索に戻るぞ!」
 りょうの叫びに、全員の視線が最後のアヤカシに集まる。一刻も早く戦いを終わらせるため、りょう、姫翠、白月、二式丸、七月丸が突撃した。
 迎え撃つように、アヤカシが炎を生み出して開拓者達に放つ。白月、二式丸、七月丸が左右に跳んで避ける中、りょうと姫翠は炎に飛び込んだ。予想外の行動に、全員から驚愕の声が漏れる。
『その程度の炎じゃ、私は燃やせません…!』
 力強く、凛とした姫翠の声。普段の元気で明るい雰囲気とは、全く違う。炎を突き抜けた2人は、兵装の刀剣を強く握り直した。
 りょうは刀身に白い気を纏わせ、下から真上に斬り上げる。姫翠は小さな体で剣を大きく薙ぎ、斬撃を叩き込んだ。2人の剣撃が交わり、十字架の傷を刻み込む。
 白月は地面を蹴って軽く跳び、敵の頭上から拳撃を振り下ろした。
 直後、アヤカシの姿が視界から消えて攻撃が空を切る。瘴気で周囲の空間に干渉し、高速で移動したようだ。
「それで避けたつもりですか?  僕を甘く見ないで下さい!」
 着地と同時に姿勢を低くし、跳び上がりながら鋭い突きを放つ。奇襲にも似た攻撃に敵の反応が間に合わず、鉄拳が直撃した。
 回避能力を強化させたアヤカシに対して、サニーレインは再び『みゅーんみゅーん』という、謎の唸り声を上げる。重低音がアヤカシを鈍化させるのに合わせて、二式丸が全身の精霊力を活性化。兵装を素早く振り、殴打を叩き込んだ。
 二式丸の背を蹴り、七月丸が天に舞う。落下しながら両脚の爪に力を込め、素早く振り下ろした。鋭い爪撃が、アヤカシの体に線状の傷を刻み込む。
 連続攻撃を喰らい、敵の全身から瘴気が立ち昇る。負傷が大きいのは、一目瞭然である。自身の不利を悟ったのか、アヤカシは開拓者達に背を向けて飛び上がった。
「お前を逃がしたら、被害が広がるのは目に見えてる。ここで終わりだ…!」
 羽を狙い、ウルグが素早く銃弾を放つ。テツジンも弓撃を放ち、2人の射撃が敵の羽を射ち抜いた。飛行能力を失い、落下が始まる。
「塵1つ残さないで消滅させてやるっ! 開け、冥界の門…!」
 叫びながら、ふしぎは血刀で中空に『天』の文字を描いた。不可視の高位式神が召喚された事を確認すると、それを再構築しながら両の拳を胸の前で近付けていく。圧倒的な力が収束し、反動でふしぎの体が揺らいだ。
 倒れそうになったのを、HA・TE・NAが素早く支える。
『マイキャプテンを支えるのは、はてなの役目でございまする。遠慮なく、攻撃に集中して下さい!』
 心強い言葉に、ふしぎは軽く笑みを浮かべながら再び術に集中した。小さく『メイオー』と呟くと、収束した力が解放され、見えない攻撃が敵を飲み込む。強烈な呪力が瘴気を喰い尽くし、言葉通りアヤカシの存在を消滅させた。

●再会の刻
 アヤカシを倒し、捜索を再開した開拓者達。探索系のスキルを駆使し、周囲を徹底的に探していく。
 森の奥地に差し掛かった瞬間、七月丸が激しく吠えながら走り出した。それを追って、0117も低空を飛ぶ。
『急ぎましょう、マイキャプテン! 0117も七月丸も、見付けたと言っておりまする!』
 HA・TE・NAの通訳で状況を理解した開拓者達は、七月丸の後を追って駆け出した。深い森の、深い茂みの奥。木々が重なって日が陰っている場所に、彼は居た。
 鳳 時影。
 傷だらけの体を樹の幹に預け、微動だにしていない。心配そうに鳴き声を上げる0117を制しながら、りょうは時影の口元と手首に手を伸ばした。
「…息はある。鼓動も安定している。恐らく、気を失っているだけだろう。二式丸殿、回復を頼めるか?」
 彼女の言葉に、全員が胸を撫で下ろす。とりあえず、『最悪の事態』だけは避けられたようだ。
 りょうと入れ替わるように、二式丸が時影に歩み寄る。膝を付いて印を結ぶと、周囲の精霊力が活性化を始めた。
「僕も手伝います! 包帯と薬草しかありませんが、応急処置程度なら…!」
 白月は携行品から薬草を取り出し、時影の傷口に塗り込んだ。その箇所を避け、二式丸が癒しの力を送る。
 治療は順調に進んでいるが、0117の不安そうな様子は変わらない。それに気付いた姫翠が、迅鷹の正面を飛びながら両手を握った。
『心配しなくても大丈夫! 時影さんは、マスター達が助けてくれますよ!』
 0117を気遣い、明るく元気に言葉を贈る。その励ましが嬉しかったのか、0117は姫翠にそっと頬を摺り寄せた。
 数分後。治療を終えた二式丸と白月が立ち上がった。数か所に包帯を巻いているが、傷の大半は治っている。時影の意識はまだ戻っていないが、目を覚ますのも時間の問題だろう。
「さて…調教師さんの無事は確認出来たけど、これからどうしよっか?」
 全員に視線を向けながら、ふしぎが問い掛ける。時影は発見したが、安全が確保されない限りは『依頼を達成した』とは言えない。だが、意識の無い者を移動させるのは、危険も伴う。
「一刻も早く、この場を離れるべきではないか? アヤカシが潜んでいる可能性は否定出来ないからな」
 微塵も迷わず、帰還を提案するウルグ。不意討ちや、大勢で襲われる事を危惧しているのだろう。
『我も同意見だ。今の状況で戦闘になっては、厄介だからのう』
 言いながら、導は全員を見渡す。先の戦闘は無傷で済んでいない上、疲労も蓄積している。万が一戦闘になったら、苦戦は免れないだろう。
 2人の意見に異議を唱える者は誰も居ない。考えている事は、全員同じようだ。
「テツジン。時影を、運びなさい。蒼月のように、空を飛べなくても、移動は出来るでしょう?」
『飛行能力は関係無いが、任せたまえ。0117、ちょっと失礼するぞ?』
 サニーレインの命令に従い、テツジンがゆっくりと時影に歩み寄る。彼の傍を離れようとしない0117に断りを入れ、そっと抱き上げた。そのまま、全員で周囲を囲んで護衛しながら歩いていく。
「0117…は、個体番号、だから……いつか、ちゃんとした名前…貰えると良いな」
 0117の頭にそっと触れ、優しい言葉を掛ける二式丸。自身の相棒を抱き上げると、労うように頭を撫でた。