豊穣の感謝、実りの願い
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 9人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/10/10 19:54



■オープニング本文

 山々が鮮やかに色付き、作物が実りを迎える季節……秋。今年も豊作に歓喜し、田畑では農業従事者が収穫に追われていた。重労働だが、嬉しくもある忙しさである。
 誰もが笑顔で作業を続ける中、村長だけは複雑な表情を浮かべていた。
「村長、どうした? 何か…眉間のシワがいつもの3割増しになってるぞ?」
「…一言余計だな。少々、気になっている事があるのだよ」
「もしかして『献上式』の事か?」
 中年男性の言葉に、村長が静かに頷く。
 この村の東西の山には、小さな社が建っている。東の社には、豊作を感謝して『収穫した作物』を。西の社には、翌年の豊穣を願って『収穫を終えた植物』を、それぞれ供える風習があるのだ。彼等は、それを献上式と呼んでいる。
 ところが…今年は、その山中でアヤカシの目撃が多発しているのだ。このままでは献上式は行えず、来年の収穫に影響が出るかもしれない。村長は、それを気にしているのだ。
「なるほどなぁ。あれって、俺が子供の頃から続いてるんだろ?」
「いや…私の父が小さい頃から続いている、と聞いた事がある」
 男性も村長も、年齢は同じくらいである。その父親が子供の頃となると…最低でも、60年以上の歴史があるに違いない。それが途絶えたとなると、一大事である。
「だったら尚更、俺達の代で終わらせるワケにいかないな」
「…分かっている。彼等に、頼んでみよう」


■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163
20歳・男・サ
秋霜夜(ia0979
14歳・女・泰
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
倉城 紬(ia5229
20歳・女・巫
ペケ(ia5365
18歳・女・シ
マルセール(ib9563
17歳・女・志
戸隠 菫(ib9794
19歳・女・武
緋乃宮 白月(ib9855
15歳・男・泰
三葉(ib9937
14歳・女・サ


■リプレイ本文

●献上式の始まり
 小さな村に響く、歓喜の賑わい。来訪者が珍しいという事もあるが、理由はそれだけでは無い。途絶えかけていた儀式を実行出来るのだから、盛り上がるのは当然だろう。
 村の救世主として現れたのは、9人の開拓者達。簡単な説明を受けて地図を手渡された後、倉城 紬(ia5229)は献上用作物の前に腰を下ろした。慣れた手つきで作物を紙に包んで括り、傷付かないよう注意しながら背負い籠に収納していく。
「倉城さん、何をしてるんですか? これは…献上する農作物?」
 その様子を眺めていた緋乃宮 白月(ib9855)が、彼女を後ろから覗き込んだ。紬の行動に興味があるのか、尻尾が通常の3割増しくらいの勢いでクネクネしている。
「神様への納め物ですから、傷を付けない様にしっかりと括った方が良いと思うのです〜♪」
「お前らしいな。あ、社を綺麗にした方が神様も喜ぶよな? 掃除道具も貸りて来るぜ!」
 微笑む紬を見ながら、ルオウ(ia2445)が釣られたように笑う。そのまま踵を返し、掃除道具を借りるために村人の元へ駆けて行った。
「豊穣のお祈り、か。美味しい物のために、しっかりやっておかないと」
 目的地の山を眺めながら、独り呟く三葉(ib9937)。その緑色の瞳は、目的地の社を見据えているのかもしれない。
「あたしも季節の恵の恩恵に浴したいので、是非お手伝いさせて下さいな☆」
 言葉と共に、秋霜夜(ia0979)がニコヤカに笑う。『秋の恵』と聞くと、山々に実る果実しか思い付かないが。
「私の故郷でも、似たような儀式がありました。人々の希望を邪魔されないよう、頑張って行きましょう」
 三笠 三四郎(ia0163)が、懐かしむように言葉を紡ぐ。そこに込められているのは、回顧だけでは無い。村の状況を憂い、協力するために決意を固めているのだ。
「仲間が居るのは、心強いものだな。この大事な行事、無事に終えてみせる…!」
 様々な想いを胸にする仲間達を見渡しながら、マルセール(ib9563)が拳を握る。独りでない事を実感し、ほんの少しだけ笑みを浮かべた。
「儀式だけじゃなく、アヤカシの掃討も。村は襲われていないけど、近辺でアヤカシが出没してたら安心できないよね」
 言いながら、戸隠 菫(ib9794)は籠に手を伸ばす。中身は、紬が入れてくれた作物である。交換用の旗を籠に括り付け、ひもに腕を通して背負い上げた。
「同感です。私は戦闘一辺倒でいくつもりなので、敵はキッチリ倒すのですよ」
 ペケ(ia5365)は右手を握り、自身の左掌に打ち付ける。穏やかな表情が多い彼女だが、今日は静かに闘志を燃やしているのだろう。
 準備を終えた9人は軽く顔を見合わせると、東の山を目指して村から出発した。

●山の熊さん
「菫、荷物1人で大丈夫か? 大変なら、俺も一緒に持とうか?」
 荷物を持つ菫の負担を考え、協力を申し出るルオウ。ほんの少しだけ考えた後、菫は微笑みながら口を開いた。
「ありがとう、気持ちだけ頂くね? きみが荷物を持ったら、戦闘の邪魔になるでしょ?」
 前衛型のルオウが荷物を背負っていたら、敵への接近が難しくなる。しかも、彼は既に掃除道具も持っているのだ。心遣いは嬉しいが、彼女はその事を考慮したのだろう。
 天気は晴天。周囲の景観も相まって、ちょっとしたハイキング気分である。和やかな雰囲気で山道を進む中、マルセールの脚が急に止まった。
「みんな、気を付けろ! この気配、来るぞ…!」
 彼女の叫びに、周囲の緊張感が一気に高まる。マルセールの心の眼が、敵の気配を感じ取ったようだ。間髪入れず、前方から巨大な熊が3匹姿を現した。
「あ〜…戦いたくないときに限って、アヤカシって出てくるよね」
 軽く溜息を吐きながら、言葉を漏らす三葉。状況的に、愚痴が零れるのも当然ではあるが。
「出やがりましたね、熊公! ここで完全にブッ潰して、確実に禍根を断つのです!」
 対照的に、ペケはヤル気満々である。地面を蹴って一気に加速し、シノビ特有の動きで敵の懐に潜り込む。鋼鉄に包まれた拳を握り、鋭い鉄拳を叩き込んだ。衝撃で、熊の体が『く』の字に折れ曲がる。
「すみませんが、ここで退治させてもらいます」
 追撃するように、白月が軽い足捌きで駆け出す。爪の生えた籠手に気を収束させ、手負いの敵に素早い突きを放った。鋭利な爪が毛皮を斬り裂き、拳撃と共に練力が爆発。熊の体に大きな穴が穿たれ、崩れ落ちながら瘴気と化していった。
「あたしも、ガチ勝負を挑みます! 大丈夫、供物と戸隠さんには指一本触れさせませんからっ!」
 力強い叫びと共に、霜夜の全身を気が駆け巡る。直後、彼女の体が全員の視界から消えた。次いで、熊の体が大きく斬り裂かれて瘴気が噴き出す。霜夜は目にも止まらぬ速さで移動し、爪のような篭手で拳撃を放ったのだ。
 その隙を突くように、ルオウが距離を詰める。擦れ違い様に銀色の光が奔り、熊を胴から両断。骸が地面を転がり、黒い霧となって空気に溶けていった。
「みなさん、凄いですね。微力ですが、私も支援させて頂きます。」
 仲間の活躍に感心しながらも、紬はマルセールと三葉の肩に手を伸ばす。軽く触れた状態で祈りを捧げると、2人の体が淡い光に包まれた。紬が精霊に干渉し、加護を与えたようだ。
「残り1体。私が敵の注意を引きますから、止めをお願いします…!」
 槍を構えながら、三四郎が大きく息を吸う。獣のような雄叫びが大気を震わせ、熊の注意を引き付けた。低い唸りを上げながら、熊が地面を蹴る。鋭い牙を剥きながら、三四郎に向かって跳び掛かった。
 その動きに合わせて、彼は槍を突き出す。熊の牙が届くよりも早く、穂先が口内を貫いて瘴気が舞い散った。
 直後、マルセールの素早い斬撃と、三葉の小太刀を使った刺突が重なる。連続攻撃を受け、熊の体は瘴気と化して四散。風に乗って消えていった。

●東の山頂で
「ここが献上式の社…ですか。伝統行事だけあって、かなり年期が入っていますね」
 アヤカシを撃破し、山頂付近に到着した開拓者達。そこにあった社は、白月の言う通り相当古い。『手入れが行き届いている』とは言い難く、規模も小さめである。
「去年の供物は、動物さん達が持って行ったのでしょうか? だとしたら『山の神様からのお裾分け』なのですね♪」
 明るく語る霜夜の視界で、小さなモノが動いた。視線を向けた先に居たのは、野生のリス。恐らく、献上品を狙ってきた動物さんだろう。
 霜夜がリスに笑顔を向けている隣で、ペケは周辺を見渡していた。勿論、動物を探しているワケではない。
「近くに敵は居ませんね…私は周囲を見回ってますから、終わったら呼んで欲しいのですよ」
「単独行動は危険ですよ、ペケさん。私も一緒に行きます」
 歩き出そうとするペケの背に、三四郎が声を掛ける。彼女を1人にしたら無茶をするかもしれない、そんな不安があったのだろう。ペケは三四郎の提案に静かに頷き、2人は道を逸れて木々の間に消えて行った。
「じゃぁ、あたし達は献上式を進めようか。ルオウさん、掃除道具貸してくれない?」
 三葉の言葉に、残ったメンバーが静かに頷く。ルオウは小さなホウキを取り出し、彼女に手渡した。彼自身は、マルセールと共に雑巾で社を磨いていく。
 菫が籠を下ろすと、霜夜と白月が手を貸して作物を取り出した。括っていた縄と紙を外し、社の小さな台に丁寧に並べる。
 掃除と作物の陳列が進む中、紬は簡略化した巫女舞を舞っていた。穏やかで静かな動きだが、存在感があって力強い。全てが終わった後、紬は仲間達に頭を下げた。
「えと。あの…まだ未熟な舞で、お目汚し失礼しました。はい」
 耳まで真っ赤にしながら、感謝の言葉を述べる。自分の神楽に自信が無く、相当恥ずかしかったのだろう。
「いや、そんな事無いぜ。お前の舞なら、神様もきっと満足してるさ!」
 そんな紬に向かって、ルオウが満面の笑みで親指をグッと立てた。最高の賛辞を送っているのだが、彼女には逆効果だったようだ。恥ずかしさが加速し、顔を隠しながら俯いている。
「これで、献上式の半分は終了だな。目一杯、感謝と祈りを捧げ…」
 マルセールの言葉を遮るように、腹の虫がぐぅ〜っと鳴った。音の主は、彼女自身である。今度は、マルセールが真っ赤になる番だ。
 照れる2人の可愛らしさに、思わず開拓者達から笑みが零れた。
「マルセールさんが社を食べちゃう前に、西に行かないとね。旗を交換したら、ペケさん達と合流しないと」
 冗談を口にしながら、旗を交換する菫。紬と三葉は儀式に漏れが無いか、手順等を確認。東での作業を全て終えた7人は、ペケと三四郎を追って歩き始めた。

●西の山で待つ者
 東の山を下りた開拓者達は、一度村に立ち寄って荷物を交換。西の社に向かうため、西の山に足を踏み入れた。
「わー! わー! 鳥女出てこ〜い!! 徹底的に成敗してやるのです!」
 叫びながら山道を歩くペケ。どうやら、戦わないで済ませる気は微塵も無いようだ。
「鳥さん、出ますかねぇ? 浮いてる奴には、手が出せませんが…」
 いつもは元気な霜夜が、ふにっと力無く肩を落とす。正面から戦えない事に、不安があるのだろう。
「戦闘の余波で社を破壊されたくないから、アヤカシが早めに出てくれるのは助かるけど…ね」
 言いながら、菫はほんの少し苦笑いを浮かべる。敵は倒したいが、荷物は守りたい。複雑な乙女心、というヤツだろう。
「緋乃宮殿、上だ!」
 マルセールの突然の叫びに、白月は素早く上を見上げた。視界に飛び込んで来たのは、急接近する鈎爪。咄嗟に、彼は隣に居る菫を突き飛ばした。
 落下して来たのは、鳥女のアヤカシ。白月は身を捻って直撃を避けたが、鈎爪が腕に赤い線を描いた。更に、鳥女は着地と同時に超音波を浴びせる。
「っ…! 不意討ちに続いて、特殊音波ですか。傷にしみますね…」
 痛みで耳や尻尾をペタンと伏せながらも、両の拳を構える白月。素早い動きで接近して拳を突き入れると、命中と同時に爆発が起きた。
「1匹だけ、って事は無いよな? 隠れてるなら出てきやがれ!」
 ルオウは荷を持っている菫から離れ、雄叫びを上げる。直後、木の葉の間から2匹の鳥女が飛び出し、彼に飛び掛かった。1匹目の強襲は避けたものの、2匹目の爪が両肩に刺さって血飛沫が舞う。
 苦痛に顔を歪めながらも、ルオウは頭上の敵に向かって兵装を薙いだ。切先が胴を深々と斬り裂き、瘴気が飛び散る。
「団体さんのご登場ですか。降りて来た以上、もう空には逃がしません…!」
 キッパリと言い放ち、三四郎は矢を連続で射ち放った。鋭い弓撃が無傷の鳥女を貫き、白月を攻撃した敵の翼を射抜く。
 霜夜は重傷の敵に接近し、高速の回転蹴りを叩き込んだ。衝撃で鳥女は吹き飛び、全身が瘴気と化して溶けていく。
 ペケは敵との距離を詰めて突きを打ち出すと、拳が鳥女の胴を貫通。一瞬で体が瘴気に還り、飛び散るように消え去った。
「緋乃宮さんとルオウさんの怪我、浅くなさそうですね…戸隠さん、一緒に回復しましょう!」
 紬の言葉に軽く頷きながら、菫は印を結ぶ。活性化した精霊力がルオウを包み、傷を癒していく。
 意識を集中させた紬の体が、淡く輝く。癒しの力が光と化して具現化し、周囲に広がった。優しい輝きが、白月とルオウの生命力を回復させていく。
 自身の不利を悟ったのか、鳥女は逃げ道を探すように周囲を見渡した。
「襲ってきたクセに、逃げる気? 絶対逃がしてあげないけどね…!」
 言うが早いか、三葉は地面を蹴って天に舞う。落下しながら小太刀を逆手に構え、力を込めて振り下ろした。切先が敵の背面を捉え、腰まで深々と傷を刻み込む。
「ルオウ殿が引き付け、三笠殿が先制し、三葉殿が足を止めてくれた…仲間達が作ってくれた隙、決して逃しはしない!」
 裂帛の叫びと共に、敵との距離を詰めるマルセール。素早い踏み込みから刀を鋭く振り、鳥女の体を斜めに斬り裂いた。傷口から瘴気が漏れ、全身が霧と化していく。風がそれを吹き飛ばした時、アヤカシの姿は完全に消えていた。

●献上完了
「西の社には着いたが…アヤカシが残っている可能性は否定出来ないな。村に戻るまでは、探知などは続けておこう」
 鳥女3匹を倒して以来、敵は出現しなかった。だが、マルセールの言葉通り、油断は禁物である。今回の依頼は、彼女の心眼がアヤカシの探知に貢献したと言っても過言では無い。
「なら、一緒に周囲を見回りましょう! アヤカシは、1匹残らず殲滅するのです!」
 顔の高さで拳を握りながら、ペケが熱い想いを告げる。今回の彼女に、遊び心は全く無い。ペケマルセールは顔を見合わせ、見回りを始めた。
 残った7人は、社を眺めながら苦笑いを浮かべている。
「それにしても…まさか、西の社がこんな事になってるなんて。掃除用具借りたの、正解だったね」
 周辺を見渡しながら、三葉が言葉を漏らす。西に献上しているのは『収穫を終えた植物』である。それらを1年放置したら、どうなるか……。
「蔓や茎は食べられませんから、仕方ないですね。頑張って綺麗にしましょう!」
 食糧でなければ、持って行く動物は居ない。つまり、腐敗したり、乾燥してヘバリ付いているのだ。白月はヤル気を見せているが、これを綺麗にするのは相当大変である。
「紬、こっちでも踊るんだろ? お前の舞、楽しみにしてるぜ!」
 ルオウは兵装の準備をしながら、紬に満面の笑みを向ける。刀剣を使い、社の汚れを削り落とすつもりなのだろう。
「舞、ですか。私も拝見したいですね。掃除しながらになりますが…」
 ホウキを握りながら、穏やかに微笑む三四郎。彼は東で紬の舞を見ていない分、期待しているのかもしれない。
「そんな…お2人に期待されたら、恥ずかしいですよ〜!」
 踊る前から、紬は耳まで真っ赤になっている。この状態で踊れるのか若干心配だが、照れる仕草が可愛いらしいのも事実である。
 和やかな雰囲気の中、7人は顔を見合わせて作業を始めた。刀剣を持つ者は社を壊さないように汚れを削り、他の者は雑巾やホウキで綺麗にしていく。菫は背負子を降ろし、運んで来た荷物を小さな台に並べた。
 紬の舞が終わったのは、掃除と献上が終わるのと同じタイミングだった。照れながら頭を下げる彼女に対して、全員の拍手が降り注ぐ。
「これにて、献上式完了ですね! では、祝砲を上げて村の皆様にお知らせしましょう♪」
 依頼を達成し、霜夜は笑顔を浮かべながら狼煙銃を射ち上げた。軽い炸裂音を伴いながら、銃弾が赤く激しい光を放つ。これは、彼女が村人に提案した『献上式完了の合図』だ。
(依頼は終わったけど…皆で秋の風景を眺める時間、あるかな…?)
 旗を交換しながら、色付き始めた山々を眺める菫。束の間の休息を取った後、開拓者達は成功の報告と道具の返却をするため、村に向かって歩き始めた。