甘美なる恐怖
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/11/23 19:49



■オープニング本文

 理穴の西部に位置する首都、奏生。そこから東部の村里、緑茂に向かう道中には、古びて朽ちかけた寺が存在する。理穴に住む者ならば、この場所に近付こうとはしない。何故なら‥‥。
「うわぁぁぁ!?」
 月明りの下、寺の周囲に男性の悲鳴が響いた。と同時に、腰を抜かした男性の周囲に無数の荷物が散らばる。恐らくは、行商人だろう。
「来るな‥‥来るなぁ!!」
 半狂乱になって叫びながら、男性は落ちた荷物を投げる。その先にあるのは‥‥異形の姿。狼と人間を合わせたような、巨躯の化物。
 狼男は投げられた荷物を爪で引き裂くと、ゆっくりと男性に近付く。男性は短い悲鳴を上げると、四つん這いになって逃げ出した。
 しかし、その進路は2匹の狼によって塞がれる。いや、普通の狼に比べて、爪牙が格段に長い。何より、その瞳は野生の狼とは違う彩を放っている。
「ひ‥‥ひぃぃぃぃ!!」
 後方にひっくり返り、涙を流す男性。前後を挟まれ、逃げ道は無い。2匹の狼と、狼男が徐々に距離も詰める。狼男はゆっくりと腕を振り上げ――。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 天地に突き刺さる、男性の悲鳴。大地に、男性の一部だった『モノ』が転がって赤い液体が広がっていく。
 狼男は、男性の右腕を斬り落したのだ。傷口を押さえて悶える男性を尻目に、狼男は腕を拾い上げる。それを口に近付け、噛み砕き、嚥下する。直後、狼男から紫色の瘴気が発生し、大地に降り注いだ。
 傷付いた男性に、狼が牙を向ける。狼男が片手でそれを制すると、異形の者達は闇の中へと消えて行った。


■参加者一覧
空(ia1704
33歳・男・砂
天原 大地(ia5586
22歳・男・サ
クラウス・サヴィオラ(ib0261
21歳・男・騎
山奈 康平(ib6047
25歳・男・巫
九蔵 恵緒(ib6416
20歳・女・志
クレア・エルスハイマー(ib6652
21歳・女・魔
烏丸 琴音(ib6802
10歳・女・陰
刃兼(ib7876
18歳・男・サ


■リプレイ本文

●悲劇を断つ者達
 山々が紅葉に染まって秋の気配が深まる最中、今日は珍しく日差しが柔らかく温かい。そんな小春日和の中、街道を緑茂に向かって進む人影が8つ。
「恐怖を集めるワン公ねェ‥ンな事する悪ィコには仕置きが必要だな?」
 不敵な笑みを浮かべる、天原 大地(ia5586)。恐らく、彼の闘志は自身の髪眼のように、赤く燃えているのだろう。
「どうも嫌な感じだよなぁ。犠牲者の事を考えると、胸の辺りがモヤモヤするぜ」
 悲痛な面持ちで、クラウス・サヴィオラ(ib0261)は服の胸の辺りを掴む。いつもの明るい彼からは想像出来ない、意外な一面である。
「えぇ。これ以上、犠牲者を出すワケにはいきませんわね」
 その青い瞳に強い意志を宿し、クレア・エルスハイマー(ib6652)は決意を口にした。
「恐怖、か‥‥そんなモノばかり喰らってたら、腹を下しそうだな。俺は御免こうむるよ」
 苦笑い混じりに語る刃兼(ib7876)。人でも亜人でも、命ある者ならば当然の反応だろう。
「まぁ、所詮はアヤカシ。話を聞く限り、殺り方が綺麗じャねェ」
 空(ia1704)の口元に、冷たい笑みが浮かぶ。天儀のチビッ子が見たら、泣き出しそうな表情である。
 会話しながら街道を進む8人の視界に、壊れかけた寺が姿を現した。
「どうやら、あれが目的地のようだな。まさか、ここまで朽ちているとは思わなかったが」
 やれやれという表情で、山奈 康平(ib6047)が肩をすくめる。壁の大半が崩れ、屋根にも窓にも穴が空いているため、風通しが良い事この上ない。
 烏丸 琴音(ib6802)は小走りに駆け出すと、敷地内に向かって呪符を投げた。それが鼠に変化し、建物の内部や死角を駆け回って様子を窺う。
「建物の中にも周囲にも、何も居ないのです。まだアヤカシは居ないみたいなのです」
 それを聞いて、8人は敷地内に足を踏み入れた。九蔵 恵緒(ib6416)は階段に腰を下ろして刀剣を脇に置くと、荷物を漁る。
「ふぅ〜、やっと着いた‥‥そういえば、お昼食べるの忘れてたのよねぇ」
 出て来たのは、芋幹縄、岩清水、梅干、干飯。青空の下、少々遅めの昼食が始まった。
「って、恵緒! 油断してる場合じゃネェだろ!?」
 その様子に、大地が全力でツッコミを入れる。が、そんな彼の肩を空が軽く叩いた。
「油断や慢心ってのは、阿呆がスルことだ。コイツは無防備なフリして、敵を誘っテんだ。そうだろ?」
 ニヤリと笑いながら、言葉を紡ぐ空。実際、恵緒は食事をしながらも、周囲の気配を探っていた。それを見抜かれ、恵緒は軽く笑みを返す。
 そこから少々離れた位置で、琴音は不安そうに寺を眺めている。
「うぅ〜‥壊れたお寺って、ちょっとブキミなのです。何か出てきそうなのです」
 大人びた言動が多いが、彼女はまだ10歳。怖がるのも無理は無いだろう。
「大丈夫、私達も居ますし、心配いりませんわ」
 そんな彼女の頭を、クレアが優しく撫でる。その優しい雰囲気に癒されたのか、琴音の表情が笑顔に変わった。
「まぁ、例のアヤカシ共には出て貰わねば困るが‥‥な」
 誰に聞かせるワケでも無く、康平が一人呟く。直後、鋭い視線を敷地入口に向けた。同様に、恵緒も同じ方向に注意を向ける。
「噂をすれば何とやら‥‥ご飯の時間は終わりみたいね」
 言いながら、右手の親指と人差し指を舐める恵緒。敷地入口に霧のようなモノが集まり、ほんの数秒で狼2匹と狼男が姿を現した。
「出てきたな。俺達を今までと同じ相手と思うなよ?」
 ニヤっと笑いながら、敵を見据えるクラウス。対照的に、刃兼は表情を変えずに静かに闘志を燃やす。
「これ以上力を付けられる前に、退場願おうか」

●狼狩り
 戦闘態勢をとる8人。真っ先に動いたのは、空だった。手にした手裏剣を、3連続で投げ放つ。ソレが生物のように縦横無尽な動きでアヤカシに迫り、死角から全ての敵に突き刺さった。更に、狼の1匹に向かって手裏剣と矢を浴びせる。
「これ以上、好きにはさせませんわよ! 我は課す贖罪の鎖!!」
 クレアの声に呼応し、地面から蔦が伸びる。それが一瞬で狼男に絡み付き、体の自由を奪っていく。
「今だ、いくぜ刃兼!」
 叫びながら大地が駆け出した。それに合わせて、刃兼も地を蹴って駆ける。呼吸を合わせて二人で狼男に体当たりし、大きく後方に吹き飛ばして分断させた。大地、刃兼、クレアは軽く顔を見合わせ、派手に吹っ飛んだ狼男を追う。
「おいでおいで、ワンちゃん。抱きしめてワシャワシャしてあげる♪」
 残った狼を挑発するように、しゃがみ込んで手招きをする恵緒。アヤカシに言葉は通じていないだろうが、馬鹿にされている事は伝わったのだろう。鋭い牙を剥き、彼女に向かって突撃して来た。
 肩を狙った噛み付きを、恵緒は紙一重で避ける。すれ違い様に、剣による居合いで狼の体を斬り裂いた。更に、剣を素早く上段に構えて一気に振り下ろす。
 優勢に戦闘を進める恵緒の背に、康平がそっと手を触れる。そのまま軽く祈りを捧げると、彼女の体が淡い光に包まれた。同様に、康平はクラウスの肩に触れて精霊の加護を与える。
 その隙に、もう1体の狼はジリジリと後退していた。それに気付いたクラウスは、一気に距離を詰める。
「っと、お前の相手はこっちだ!」
 走りながら、黒灰色の刃を横に薙ぐ。切先が狼を捉え、その身を斬り裂いた。
 後退出来ない事を悟ったのか、狼が両腕の爪を振り下ろす。反射的にクラウスは身を捻ったが、爪の先端が胸を掠って×字の傷がうっすらと刻まれた。
「私は‥‥向こうをお手伝いするのです!」
 全員の動きを把握し、琴音が叫ぶ。狼男を追った人数が少ないのが気になったのだろう。軽く拳を握り、トテトテと走り始めた。
「行ってらっしゃい♪ 足元、気を付けてね?」
 真紅の片手剣で敵を斬り刻みながら、恵緒が琴音に笑顔を送る。
 直後、ベチッという音と共に派手に転ぶ琴音。起き上がって袖で顔をグシグシと拭き、眼に涙を浮かべながらも再び走り出した。
 その様子に、思わず康平達4人の顔に笑みが零れる。『クククッ』と笑い声を漏らしながら、空は手裏剣を3連続で投げ放った。うち、2発が恵緒と対峙している狼に、残り1発がクラウスと対峙している狼に突き刺さる。
 奇襲を受けて怒りの矛先が変わったのか、恵緒と対峙していた狼が背を弓なりに反らして一気に地面を蹴る。一瞬で空との間合いを詰め、爪を振り下ろした。それが空の頬を裂き、赤い線が描かれる。
 更に、狼は爪を横に薙ぐ。空はしゃがんで攻撃を避けると、クロスボウを素早く忍刀に持ち替えた。
「ッヒヒ、遅すぎてテ話にならン」
 冷たい笑みと共に、刀身を深々と狼に突き刺す。耳障りな雄叫びを上げ、狼のアヤカシは霧のように四散。瞬く間に消えていった。
 仲間の断末魔に、アヤカシの動きが一瞬止まる。その隙を、クラウスが見逃すハズが無い。刀身にオーラを乗せて横に薙ぎ、空気ごと狼を斬り裂いた。
「いつまでも好き勝手させてはおけん。これで最後だ!」
 開いた康平の手に、清浄な炎が生まれる。そのまま腕を軽く振ると、炎が空中を舐めるように走って狼を飲み込んだ。清浄な力が、狼を霧のように消していく。炎が消えた時、アヤカシの姿も同様に消えていた。

●狼男の最期
 体当たりを喰らって吹っ飛び、地面を転がる狼男。追って来る3人の足音を聞き、跳ねるように起き上がった。
 足を止め、対峙する大地、クレア、刃兼。狼男は牙を剥き、刃兼に飛び掛かった。刃兼は太刀と腕を交差させ、それを受け止める。
「行くのです! ザクザクするのです!」
 その隙を狙って、琴音はカマイタチの式を飛ばした。狼男は咄嗟に後方に跳んで避けたが、真空の刃が腕を掠って傷を刻む。
 着地した狼男に向かって、大地が距離を詰める。刀を上段に構えると、気を集中させて全力で振り下ろした。高速の斬撃が敵の体を深々と斬り裂く。更に、刀の方向を変えて一気に横に薙いだ。
 が、その一撃は空を斬る。しゃがんで攻撃を避けた狼男は、伸び上がると同時に左右の爪を大きく薙いだ。刃兼と大地は武器を構えて防御体勢をとったが、爪撃はそれを易々と弾き飛ばす。狼男は手首を返し、右腕を斜めに振り下ろした。
 赤い飛沫が舞い、地面と狼男を濡らす。胸を深々と斬り裂かれ、大地は苦悶の表情を浮かべながら片膝を付いた。
「大地さん!!」
 クレアの悲痛な叫びが周囲に響く。その声に、大地は顔を上げて無理矢理な笑顔を返した。痛々しい表情に、クレアの胸が痛む。それでも狼男を見据え、腕を振った。電撃と閃光が生まれ、一瞬で2筋の光と化して狼男の腕を射抜く。
「アヤカシ風情が‥‥この代償は高くつくぞ」
 瞳に怒りの炎を燃やしながら、刃兼が大きく踏み込む。太刀に練力を纏わせながら振り抜き、狼男の両脛を深く斬り裂いた。
 斬撃に合わせて、琴音が符を飛ばす。カマイタチの式が狼男に殺到し、その全身に複数の傷を刻んだ。
 怒りの形相を浮かべながら、狼男が刃兼を睨む。次の瞬間、彼の腹部から矢が飛び出し、狼男の眼に突き刺さった。耳障りな叫び声が周囲に響く。状況を理解出来ない刃兼は、不思議そうな表情を浮べる事しか出来ない。
「驚かせて悪ィな。まぁ、奇襲成功ってコトで許してくれ」
 そんな刃兼に、空が謝罪の言葉を述べる。狼のアヤカシを倒した4人が合流したのだ。空がスキルを発動させて放った矢は、標的以外の全ての干渉を無視してすり抜ける。つまり、無傷で貫通したのである。
 悶える狼男に向かって、恵緒は天高く舞い、降下しながら真紅の刀身を振り下ろした。
「精霊を宿した騎士の剣、その体で受けてみろ!」
「我は振るう、雷神の鎚!」
 クラウスは刀身にオーラを纏わせ、渾身の一撃を放つ。力ある言葉と共に、クレアの掌から電光が奔る。怒涛の連続攻撃に、アヤカシの傷が増えていく。
 琴音が手を叩き合わせると、狼男の周囲に小さな式が出現。そのまま手足に組み付き、動きを束縛した。
 康平は戦場を一気に駆け抜け、大地に駆け寄る。
「大丈夫か? 今、治してやる」
 康平の周囲に優しい風が生まれ、大地を包む。治癒力を伴った風が全身を駆け巡り、みるみるうちに生命力を回復させた。
「助かったぜ、康平。さァてと‥‥終ェにしようかァ!!」
 立ち上がって、満面の笑みと共に礼を述べる大地。その視線を狼男に向け、吼えるように叫んだ。
「手を貸すぞ、大地。一気に決める‥!」
 その隣に、刃兼が立ち並ぶ。軽く顔を見合わせると、刃兼は刀身に練力を纏わせた。地を蹴って駆け出し、すれ違い様に狼男を横薙ぎに斬る。
 大地が剣を地面に叩き付けると、圧倒的な衝撃の波が地面を抉りながら狼男に迫る。衝撃波に飲み込まれ、全身を斬り裂かれながらアヤカシは地に伏した。その体が、霧のように消えていく。

●笑顔で終わる物語
「犬は犬らしく、地でも這ッてろ‥…って、アヤカシは消えちまうンだったな」
 狼男が倒れた場所を見下ろしながら、空が言葉を吐き捨てる。戦場狂の彼にとっては、今回の戦いは物足りなかったのかもしれない。
(まだ確認されていないアヤカシが居るかもしれませんわね‥‥)
 戦闘が終わっても、クレアは気を抜かない。万が一に備えて、周囲を警戒しているのだ。
 彼女とは対照的に、恵緒は腰を下ろして昼食の続きを始めた。
「お仕事も終わったし、漸く落ち着いて食べれるわ」
「恵緒、その食料はともかく‥‥酒はどこから出したんだ?」
 刃兼のツッコミ通り、陣中食なら携帯は楽だし戦闘の邪魔にはならない。が、かさ張る酒瓶がどこから出てきたのか、全くの謎である。
「ん〜? それは‥‥『乙女の秘密』ってヤツよ♪」
 唇に指を当て、からかうような笑みを浮かべる恵緒。その様子に、刃兼も思わず笑みを零した。
「さて‥‥アヤカシもいなくなった事だし、この寺って元には戻せないものなのかな?」
 周囲を見渡しながら、クラウスが口を開く。朽ち果てているとは言え、このまま無人で放置するのは忍びないのだろう。
「私も、こわしちゃったものは直して帰った方が良いと思うのです」
 言いながら、琴音は小さな瞳を巡らせる。そこには、戦闘の跡が点々としていた。アヤカシと戦ったため、多少の損傷は仕方ない事ではあるが。
「俺は、可能なら壊すか燃やした方が良いと思うが。アヤカシや無法者が居着いたら面倒だ」
 康平の言う事も尤もである。この場所に寺が無ければ、今回の悲劇は起きなかった可能性が高し、今後同じような事件が起きない、という確証は無いのだ。
「別に良いじゃねェか。そん時ァ、また狩れば済む話だ」
 頼もしい発言なのだが、空が言うと何故が物騒に聞こえる。
「修理も破壊も依頼に含まれて無ェし、今はこのままで良いんじゃねぇか?」
「そうですね。壊すのも直すのも、ここに住んでる皆様が決める事ですし」
「俺達は、依頼があれば全力を尽くせば良い。当分、襲われる事は無いだろうしな」
 大地、クレア、刃兼の言葉を聞いて、康平とクラウスは顔を見合わせる。数秒後、どちらからともなく、二人は軽く笑みを浮かべた。
「俺はそれで構わん。元より、強行する気は無いからな」
「俺もだ。出来れば、アヤカシが居つく事がないよう、守ってくれる人が欲しいけどね」
 意見や考え方が多少違っても、根底にある想いは多分同じなのだろう。互いの言い分を理解し合えるのは、素晴らしい事である。
「んじゃ、一件落着ってコトで、帰ろうぜ!」
 満面の笑みで全員を見渡す大地。反論する者は無く、8人は帰路に着いた。が、琴音は踵を返して境内に向かい、手を合わせて静かに拝む。
「お騒がせしましたのです」