|
■オープニング本文 異常気象、という言葉を御存知だろうか? 平たく言えば『例年とは違う気象』の事なのだが、種類は多岐に渡る。 その中の1つ。嵐が、泰国で猛威を振るっていた。 「お父さん、風が強くなってきたよぉ!」 「何ぃ!? 早くベコたちを避難させろ!」 怒鳴るような声を上げながら、乳牛を牛舎に移動させる酪農家の人々。他にも、自宅の菜園を囲ったり、窓や屋根を補強している者も居る。 深刻な被害を受けているのは、専業農家の人達だ。畑や水田は荒れ、日照不足で作物は育たず、今年の収穫は絶望的な状況である。普通なら『自然災害なら仕方ない』考えるのだが……。 「それにしても、今年は随分と風が吹くな…」 「うん。止んだり吹いたり、忙しいよね〜」 苦笑いを浮かべ、牛舎から外の様子を窺う父娘。彼等の言うように、この嵐は突発的に頻発していた。いつ吹いて来るか分からない。止んだと思っても、また吹いてくる。ここ1週間、毎日それの繰り返しだ。 しかも、強風が吹いているのは、この村の周囲だけである。同じ泰国でも、他の場所は晴天が続き、強風は吹いていない。この状況を『単なる自然災害』と表現するのは無理があるだろう。 「ママ〜! 翼の生えた人が飛んでる〜!」 「何馬鹿言ってるの? それより、洗濯物取り込むの手伝って!」 興奮気味に空を指差す少年に対して、母親の厳しい一言。拗ねたような表情を浮かべながら、少年は渋々母親に手を貸した。 村の上空を大きな影が横切ったが、それに気付いた者は誰も居ない…。 |
■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
バロン(ia6062)
45歳・男・弓
郁磨(ia9365)
24歳・男・魔
コルリス・フェネストラ(ia9657)
19歳・女・弓
椿鬼 蜜鈴(ib6311)
21歳・女・魔
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志 |
■リプレイ本文 ●風に襲われた村 夏の太陽は、容赦無く大地を照り付ける。日差しが厳しいからこそ、涼しい風は心地良く吹き抜けていくのだが……。今日、泰国に吹いている風は、どこか違うようだ。 「…嫌な風じゃ。悪意の風じゃて胸が悪うなりよるわ。のう、天禄?」 瘴気を含んだ風に気付いたのか、椿鬼 蜜鈴(ib6311)は眉間にシワを寄せる。そのまま視線を巡らせると、彼女の相棒、駿龍の天禄は同意するように頷いて、低い唸り声を上げた。 「話には聞いてたが…予想以上に酷い有り様だな」 風雅 哲心(ia0135)の憂いを帯びた両眼が、依頼の村を見渡す。荒れた畑に、崩れた壁、板の打ち付けられた窓。恐らく、損壊していない家屋は無いだろう。 「復旧が進まぬうちに、新たな被害を受けておるのだろうな…」 バロン(ia6062)の言う通り、村の被害は増す一方である。終わりの見えない風害の連続に、修理を諦めている者すら居るのだ。 「心配ですね…畑は相当荒れてるみたいですし…」 言いながら、畑の土を救い上げる鈴木 透子(ia5664)。作物も半分近くが被害を受け、今年の収穫はかなり厳しいだろう。 「村の人達のためにも…アヤカシは絶対に倒さなきゃ、ね…頑張ろう、ラル」 厳しい状況を目の当りにし、エルレーン(ib7455)は決意を新たにする。相棒の炎龍、ラルと視線を合わせ、互いに大きく頷いた。 「『風』を村から引き離しますので、しばらく家畜も含めて屋内に避難して頂けますか?」 「チャチャッと天狗退治しちゃうんで、そんなに心配は無いですけど…一応お願いしますね〜」 村人達に注意を促しながら歩いているのは、コルリス・フェネストラ(ia9657)と郁磨(ia9365)。戦闘に巻き込むつもりは毛頭無いが、万が一という事もある。念のために注意して、損をする事は無いだろう。 2人に促され、自宅に帰って戸締りの確認をする村人達。家畜を飼っている家では、飼育小屋への移動が始まっている。親の手伝いをしているのか、少女が牛の首輪に繋がれた縄を引っ張っているが……牛は微動だにしない。 「……ちょっと手を貸して来る。土龍姫、お前は大人しく待っていろ」 見兼ねた哲心は、相棒の走龍、土龍姫に声を掛けて少女に歩み寄った。彼女から縄を受け取り、牛を牛舎に誘導して行く。その姿を眺めながら、土龍姫は不機嫌そうに爪先で地面を蹴った。 「哲心さん、ありがとうございました。お陰で『べこさん』達も避難出来ました」 他の場所で避難を手伝っていたコルリスが、言葉と共に頭を下げる。村人達の避難を提案したのは彼女であり、それを手伝ってくれた事に感謝しているのだろう。 村人達が全員避難した事を確認し、開拓者達は相棒と共に、村の広場に集まった。ちなみに、コルリスの相棒、もふらの祥雲は、怯える村人を慰めるために別行動中である。 「天狗か…書物の妖怪とは違い、アヤカシとは厄介じゃな」 天狗と言えば、天儀では妖怪として有名だが…伝承のみで、その存在は確認されていない。それがアヤカシとなって現れたとなれば、蜜鈴でなくても溜息を吐きたくなるだろう。 「それにしても…人困らせるのが好きだなんて、ちっちゃい子みたいですねぇ〜」 柔らかい笑みを浮かべながら、冗談交じりに言う郁磨。その表情は悪戯っ子のようにも見えるが、若干楽しそにも見える。 「郁磨よ…おぬしがそれを言えた義理か?」 溜息混じりに言葉を吐くバロン。他人に悪戯して困らせる事の多い郁磨が言うと、ツッコミ処が多そうだ。バロンの相棒、駿龍のミストラルと、郁磨の相棒、炎龍の遊幻も呆れているのか、軽く溜息を吐いている。 和やかな空気が流れる中、透子の相棒、忍犬の遮那王が空を仰いで吠え始めた。 「急にどうしたの? もしかして…見付けた?」 透子の言葉に、全員の緊張感が一気に高まる。遮那王が探していたのは、アヤカシ。その嗅覚が、何かを嗅ぎ付けたのだろう。 「えっと…そうみたいなの。鳥かもしれないけど、空に何か居る…」 エルレーンは意識を集中させて周囲の気配を探り、全員に結果を告げる。その言葉に、全員の視線が空に集まった。程無くして、怪しい飛行物体が上空に姿を現した。 ●『風』狩り 突如現れた飛行物体は、村の上空を旋回している。その大きさから推測するに、鳥の類ではない。開拓者達が空を見上げる中、飛行物体が大きく翼を広げたように見えた。直後、風が発生して開拓者達に吹き付ける。どうやら、あれが標的の天狗で間違い無いようだ。 敵の存在を認識し、遮那王が空に向かって吠え激しく吠え始めた。 「遮那王、落ち着いて。北風と太陽っていうおとぎ話があって…」 そんな相棒を、透子は優しく抱きかかえてなだめる。このまま吠え続けて敵が襲って来たら、村に被害が及んでしまうからだ。 「まずは、アヤカシを誘き出しましょう。私と哲心さん、透子さんが地上で囮になりますので、その間に皆さんは空からお願いします」 「作戦通り行動すれば、必ず勝てる。おぬし達の健闘に期待しておるぞ」 コルリスとバロンの言葉に、開拓者達が無言で頷く。彼女と透子以外の5人は相棒の背に乗り、迎撃の準備を整えた。 「速さには速さ、ってな。流石に空の敵には分が悪いが、移動力じゃ負けてないだろう」 哲心は不敵な笑みを浮かべ、土龍姫と呼吸を合わせる。手綱を強く引くと、走龍は大地を蹴って全速力で走り、村から離れて行った。それを追うように、コルリスと透子、遮那王も駆け出す。 地上を駆ける開拓者達に注意を惹かれたのか、旋回した天狗が方向を変えて飛び去った。囮作戦は、成功したようだ。 「ラル、飛ぼう! もう悪いことさせないためにも、あいつを倒さなきゃ!」 エルレーンの言葉に応えるように、ラルは鳴き声を上げる。4匹の龍は翼を大きく広げると、天高く舞い上がって天狗を追い始めた。 「天禄、おんしが空で敗ける筈が無かろ? 早う、浄い空を舞おうてな」 相棒の首を撫でながら、優しく語り掛ける蜜鈴。天禄は軽く喉を鳴らし、速度を上げた。 囮役を追っていた天狗は、距離をどんどん詰めていく。右手の棍棒を握り直し、一気に急降下。一番目立っている哲心に向かって、頭上から棍棒を振り下ろした。 咄嗟に、哲心は短刀を構えてそれを受け止める。彼が振り落とされないよう、土龍姫は速度を調節して体勢を安定させた。 「接近すれば勝てると思ったなら、大間違いだ―――すべてを穿つ天狼の牙、その身に刻め!」 手綱を離し、刀を抜き放つ哲心。覚悟を刃に乗せ、圧倒的な速度で奔らせる。その斬撃は反応する暇も与えず、天狗の体を深々と斬り裂いた。予想外の反撃に、敵の動きが一瞬止まる。 「隙あり、ですね。撃たせて貰います」 コルリスは脚を止め、素早く矢を番えて狙いを定めた。矢に精神力を集中させ、一気に射ち放つ。射ち出された矢は、薄緑色の気を纏って飛来し、敵の肩に深々と突き刺さった。 「私達もいきましょう。頼りにしてるからね?」 透子は走りながら相棒と視線を合わせ、軽く微笑む。呪符に練力を込めて地面に叩き付けると、アヤカシの数メートル後方に黒く巨大な壁が出現した。 遮那王は驚異的な跳躍で壁に飛び乗り、そこから更に跳ぶ。落下しながら爪型の兵装を振り下ろし、アヤカシの背を斬り裂いた。 思わぬ反撃を受け、天狗の顔に焦りの色が浮かぶ。一旦上空に飛んで体勢を整えるために、大きく翼を広げた。 「はいはい、ストップ〜。面倒だから、低空に居て貰うよ〜?」 直後、敵の周囲の空気が凍り付く。動きを阻害するため、郁磨が冷気を生みだして凍らせたのだ。狙い通り、翼に氷が纏わりついて鈍らせる。 その翼を狙って、バロンは上空から2連続で矢を放った。鋭い弓撃が両翼を貫通し、羽根が数枚飛び散る。 天禄は空を舞いながら、翼を力強くはためかせた。その動きに合わせて、蜜鈴は短刀を敵に向ける。突風と共に衝撃波が発生し、切先から電光が走る。風撃と雷撃が重なり、天狗を射抜いて衝撃が駆け巡った。 エルレーンはラルの背に立ち、武器を掲げる。桜色の燐光が宿った刀身を眼下の敵に向け、一気に解放。風の刃が渦を巻き、燐光が枝垂桜のように散り乱れながら、アヤカシの体を斬り刻んでいく。 怒涛の連続攻撃を受けながらも、天狗は飛ぶ事を止めない。一瞬着地して地面を蹴り、反動で一気に飛び上がった。 「上空には逃しません…!」 真っ先に反応したのは、コルリスだった。素早く狙いを定めて矢を撃ち放つ。が…その矢は天狗を大きく逸れてしまった。地上から狙ったのでは、分が悪過ぎたのだろう。 天高く飛び上がった天狗は、翼を広げて風を起こした。それが真空の刃と化して、透子と郁磨に高速で迫る。 回避に専念していた遊幻は、弾道を読んで身を翻した。刃が郁磨の頬と遊幻の翼を掠めたが、ダメージは無いに等しい。 透子は地面を蹴って横に跳んで避けたが、回避しきれなかったのか腕から鮮血が滴る。遮那王は心配そうに駆け寄り、傷口を優しく舐めた。 「…真空の刃だなんて、お揃いだね〜。嬉しくないけどさ〜」 頬の血を拭いながら、いつもと変わらない笑みを浮かべる郁磨。杖を振り上げるとアヤカシの周囲に風の渦が生まれ、真空の刃と化して敵の体を深々と斬り裂いた。 追撃するように、バロンが矢を連続で放つ。1本は天狗の大腿部に突き刺さったが、空を舞うような動きでもう1本を完全に回避した。 「空を飛び回われたら厄介よのう……えるれーん、ちょっと手を貸してはくれぬか?」 「了解! ラル、あなたの牙でアヤカシの翼を食いちぎっちゃえ!」 蜜鈴の提案に即答するエルレーン。ラルは軽く鳴き声を上げて返事をすると、2人と2匹はタイミングを合わせて敵に突撃した。 エルレーンは剣で風の渦を起こし、アヤカシを飲み込む。蜜鈴が扇を振ると、精霊力が矢となって敵を射抜いた。 2人の攻撃で生じた隙を狙い、ラルは獰猛牙を天狗の右翼に突き立てる。天禄は鋭い爪を振り、左翼に突き刺した。龍の爪牙が天狗の両翼を捉え、そのまま引き千切る。翼を失い、天狗は背中から瘴気を漏らしながら落下していった。 「撃ち落され地を這う気分は、如何なものじゃ?」 不敵な笑みを浮かべながら、蜜鈴は落下するアヤカシを見おろす。引き千切った翼が瘴気と化して空気に溶ける中、落下の衝撃で地面が軽く揺れた。 「無様だな。そのまま消えるがいい……響け、豪竜の咆哮。穿ち飲み込め―――サンダーヘヴンレイ!」 敵が翼を失っても、哲心は一切手加減しない。雷が光の束となって収束し、轟音を伴って一直線に奔った。雷撃が全てを薙ぎ払い、圧倒的なダメージが敵の全身を襲う。 よろめく天狗に向かって、遮那王は突撃して跳躍。天狗の肩を蹴って更に跳び、頭上から爪を振り下ろした。 相棒の攻撃に続き、透子は不可視の式神を呼び出す。それが音も無く迫り、アヤカシに呪いの力を送り込んだ。激痛が全身を蝕み、口や鼻から瘴気が溢れ出す。 そんな状況でも、天狗は棍棒を振り上げ、土龍姫と哲心を狙って振り下ろした。ダメージが効いているのか、その動きにはキレが無い。 土龍姫が余裕で殴打を避けると、天狗は空いた手を素早く薙いだ。その動きが真空の刃を生みだし、哲心の胸を深々と斬り裂く。これを当てるために、キレの無い攻撃で油断を誘ったのだろう。 傷は深く、鮮血が派手に吹き出している。奥歯を噛み締めて激痛に耐えながら、天狗に鋭い視線を向けた。 「これならどうだ……猛ろ、冥竜の咆哮。食らい尽くせ―――ララド=メ・デリタ!」 哲心の言葉に呼応し、アヤカシの周囲に灰色の球体が生まれる。様々な精霊の力を混合して生まれた灰色は、触れた瞬間に敵の体を削り取るように灰化させた。ダメージを避けるため、天狗は地面を蹴って大きく後ろに跳び退く。 攻撃を終えて緊張の糸が途切れたのか、哲心の体が大きく揺らいで土龍姫からずり落ちる。咄嗟に、透子は駆けこんで彼を受け止めた。 「哲心さん、無茶し過ぎですよ…」 心配そうな表情を浮かべながら、透子は小さな式を召喚した。それが傷口を復元し、傷を癒していく。 更に、白い光が哲心の体を包む。蜜鈴が白き精霊に干渉し、癒しの力を与えているのだ。 「大事無いか? 多少の気休めにはなろうてな」 天禄と共に降下し、様子を覗き込む蜜鈴。2人から回復を受け、哲心は微笑みながら礼を述べた。 「…やれやれ。俺は援護に徹するつもりだったけど…たまには頑張ってみるかな〜」 口調はいつもと変わらないが、郁磨の視線は若干冷たく見える。上空から敵に狙いを定め、杖を振り上げた。ほぼ同時に、遊幻は口を広げて炎を吐き出す。炎が渦を巻き、真空の刃を伴ってアヤカシを飲み込んだ。 コルリスは矢に音を封じ込めて引き絞る。放たれた瞬間、女性のような甲高い音を響かせながら一直線に飛来した。それが敵の脇腹を貫き、封じられた大音響がアヤカシを内部から破壊していく。 「これでも喰らえ! とっつげきいーーーーーッッ!!」 宙返りしたラルの全身が、エルレーンごと炎のような闘気に包まれる。その状態で加速し、敵に向かって突撃を放った。天狗は棍棒を構えてそれを受け止めようとしたが、防御を軽々と打ち破って直撃を与えた。 深手を負い、敵の全身から瘴気が漏れ出ている。自身の危機を察したのか、周囲を見渡して開拓者の居ない方向に走り出した。 直後、鋭い弓撃がアヤカシの胴を射抜く。 「何をしようと無駄な足掻きだ。わしの射程に入った時点で、詰んでおるのだよ、貴様は」 行動を先読みして狙い撃ったのは、バロン。止めの一撃を放つべく、素早く矢を番えて引き絞った。敵を足止めするために、ミストラルは大きく羽撃いて突風と衝撃波を放つ。 狙い澄まされた一矢が、バロンの手から撃ち出された。薄緑色の気を帯びた矢が急速に飛来し、天狗を脳天から一直線に射抜く。それが止めとなり、敵の体が瘴気と化して四散。空気に溶けるように消えていった。 ●幸せの風、再び 「皆様、お待たせしました。『風』の除去は済みましたので、ご安心を」 コスリスの言葉に、村人達が歓喜の声を上げる。戻って来た開拓者達を見付けた村人達は、出迎えるために家から出て来たのだ。歓声と共に、感謝の言葉が開拓者達に降り注ぐ。 (…天狗って可愛いイメージなのに…まぁ、お陰で遠慮なく攻撃出来たけど) そんな事を考えながら、愛想良く手を振る郁磨。きっと、彼の本心は誰にも読めないだろう。 「お疲れ様。良くできました」 透子は遮那王を抱き上げ、優しく頭を撫でる。それが嬉しかったのか、遮那王は甘えるような声を漏らした。 仲睦まじい二人を、羨ましそうに眺めるミストラル。本当は主に甘えたいのだが、臆病な性格のせいで自己主張出来ないのだろう。それに気付いたバロンは、そっと手を伸ばして相棒の頭を優しく撫でた。 「おぬしもご苦労だったな、ミストラル」 驚きながらも、嬉しそうに甘えるミストラル。普段は強面なバロンだが、今の表情はかなり優しい。 「今日もおつかれさまでした、なの。私たち…少しずつ、強くなれてるのかな?」 相棒を労わるように、優しく背中を撫でるエルレーン。そのまま首の辺りに抱き付き、泣き出しそうな表情を隠す。 「空で戦うのは、やっぱり怖いけど…ラル、あなたがいてくれるから…私、がんばれるの」 零れる弱音。それでも、エルレーンはラルと視線を合わせ、ニッコリと微笑んだ。 「これで、村人達の不安も消えるじゃろう。あとは…美味い作物が出来ると良いんじゃがのう…」 視線を巡らせ、畑を見詰める蜜鈴。アヤカシの脅威が消えたとは言え、荒れた畑を復活させるのは相当難しいだろう。 「あの…農業のことは詳しく分からないのですが、大丈夫ですか?」 それでも頑張って畑を耕す村人に、透子が声を掛ける。農民は手拭で汗を拭き、優しく微笑みながら彼女の頭を撫でた。その瞳が『心配無い、大丈夫だ』と主張している。 「…あぁ、そうだ。念のために聞きたいたいんですが、戦闘に巻き込まれて被害を受けたりしてないですよね…?」 郁磨は柔らかい笑みを崩さず、村人達に尋ねた。彼等を心配しているのもあるが、一番気になっているのは器物破損による損害賠償だったりする。幸い、戦闘被害は全く無かったが。 天狗が居なくなった事で、村人達のテンションは高い。今まで復旧を諦めていた者までが、積極的に家屋の修理を始めている。 「片付け等ありましたら、何かお手伝いさせて下さい」 頑張っている村人を目の当りにし、協力を申し出るコルリス。彼等のために、何か手助けをしたくなったのだろう。だが、村人達は『恩人にそんな事はさせられない』と、提案を丁寧に断った。その心意気は立派だが…当のコルリスは若干寂しそうである。 「…人間ってのは、強いな。肉体じゃなく、心が…な」 哲心の口から零れた、本音の言葉。笑顔で修理を進める村人達を見たら、誰もが彼と同じ事を言うだろう。それを隣で聞いていたバロンが、重々しく頷く。 「同感だ。全ての民が笑って暮らせるよう、わし等も頑張らないとな」 顔を見合わせ、軽く笑みを浮かべる2人。村を吹き抜ける風は、いつものように平和の匂いがした。 |