百を紡ぐ怪談
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや難
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/07/27 22:56



■オープニング本文

 こんな事になるとは思わなかった。
 単なる遊びのつもりだった。
 それなのに……。

「うわぁぁぁぁぁぁ!?」
 狭い室内に響く、恐怖の悲鳴。周囲には、生々しい血飛沫の跡。
 そして…命を失った一般人の躯が、複数。
 彼等は蒸し暑い夜を涼しく過ごすため、百物語をしていたのだ。百本のロウソクを灯し、怪談話が1つ終わるたびに消していくという、古典的な形式の怪談会である。
 百話目が終わった時には、物の怪や鬼が出ると言い伝えられているが、それを信じる者は誰も居ない。
 だが…出てしまったのだ。朽ちた鎧と刀を身に着けた骸骨の化物が、5体も。その正体は、アヤカシである。何故この場所にアヤカシが出現したのかは不明だが…1つだけハッキリしている事がある。
 この異形の化物は、命ある者に容赦をしない。
 物言わぬ骸骨達は刀を振り回し、室内に居た一般人達に襲い掛かった。20人は居た一般人達が、逃げる暇も無く斬り倒され、無残な姿と化したのだ。
「来るな…くるなぁ!!」
 半狂乱になりながら叫ぶ青年。必死の叫びが届く事は無く、無情な刃が振り下ろされた。


■参加者一覧
緋桜丸(ia0026
25歳・男・砂
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
八重坂 なつめ(ib3895
18歳・女・サ
ラティーシャ ブロン(ib6744
20歳・女・ジ


■リプレイ本文

●怪談を断つ者達
 意図せずアヤカシを呼び出してしまった町に人の気配は無く、閑散としていて寂しい。生活感と喧騒を失い、不気味さだけが異様な程に際立っている。人が、生活が、動きが無い事で、町その物が死んでしまったかのようだ。そんな場所に、好き好んで行く者は居ないだろう。
 『彼女達』のような、特別な力と強い意志を持っていない限りは。
「天儀では百物語という怖い話があるとは聞くけど…本物のアヤカシを呼びせるなんて、ね」
 苦笑いを浮かべながら、ラティーシャ ブロン(ib6744)が言葉を漏らす。彼女でなくても、苦笑いや愚痴を零したくなる状況ではあるが。
「まぁ…アヤカシ自身、どこにでも現れる存在だからな。特に不思議ではないさ」
 空気中に瘴気が漂っている以上、緋桜丸(ia0026)の言うようにアヤカシは出現場所を選ばない。だからと言って、今回の事件が納得出来るかと言えば、無理だろう。表情には出していないが、緋桜丸の心中は怒りの炎が熱く燃えている。
 町を歩いていた4人が、ある建物の前で脚を止めた。それは、例の百物語をした集会所である。事件が起きてから住民が避難したとなれば、この中を片付ける余裕は無かっただろう。
 開拓者達の間に、緊張が走る。菊池 志郎(ia5584)は固く拳を握り、全員を見渡した。その視線を受け、3人は重々しく頷く。志郎はゆっくりと手を伸ばし、戸の取っ手に指を掛けた。大きく息を吸って吐き出し、意を決して戸を開け放つ。
「これは…想像以上に酷いですね…」
 それが、中を覗いた第一声だった。
 無造作に転がる骸。壁に、天井に、場所を問わず飛び散った赤黒い血の跡。耐性の無い者が見たら、即座に嘔吐してもおかしくない。
 そんな凄惨な状況にも関わらず、八重坂 なつめ(ib3895)は骸の前に膝を付き、その手を握った。
「怪談話をしただけで命を失ってしまうなんて…酷い事をしますね…」
 言葉と共に、握る手に力が籠る。その茶色い瞳には、悲しみと共に怒りが燃えているように見える。重苦しい空気が流れる中、緋桜丸はなつめの肩をそっと叩いた。
「…陽が落ちるまで時間が無い。まずは、この者達を運び出そう。供養は、全てが終わってからになるだろうが…な」
 金色の双眸が、窓から空を眺める。彼の言う通り、太陽は西に傾き始めていた。アヤカシと戦うための準備を考えると、残された時間は少ない。陽が落ちてしまったら、いつアヤカシが現れるか分からないのだから。
「そうですね…ご遺体があっては、満足に戦う事も出来ませんし」
 今回、彼等は集会所に敵を誘き寄せる作戦を立てている。だが、命を失った者達の躯を放置して戦うのは、色んな意味で大問題だ。それに、遺体に気を取られて戦闘が疎かになっては、勝てる戦いも勝てなくなってしまう。
「なら、一時的に墓地に運びましょうか。確か、すぐ近くですよね?」
 そう言って、ラティーシャは集会所から外を覗き見た。北に向かって伸びる路地の先に、無数に建つ石の墓標。もしかしたら、アヤカシが出現したのは墓地が近かったからかもしれない。あくまでも、推測でしかないが。
 夕暮れ近い町の中、遺体を運んでいく開拓者達。20の躯を墓地に並べ、集会所の押入れにあった白い大きな布で全身を覆う。それが終わった時、空は茜色に染まっていた。
「…アヤカシを倒して、皆さんの無念を晴らしてみせます。だから、俺達に力を貸してください…」
 膝を付き、静かに祈りを捧げる志郎。他の3人もそれに倣う。夕日が頬を赤く染める中、彼等は立ち上がって町の中へ歩き始めた。

●闇夜の中の戦い
 夜の帳が落ち、静寂の闇が訪れる。元々町の中は静かだったが、暗いだけで随分と印象が違う。月が出ていても周囲は薄暗く、まるで闇が濃度を増しているようだ。
 猛烈に不気味な町の中を、志郎、なつめ、ラティーシャの3人が歩き回っていた。日が落ちてから随分経つが、アヤカシは未だに現れていない。
「何か、お化けでも出てきそうですね……あ、ラティはお化け好きだったよねぇ?」
 ランプ片手に、なつめは若干怯えた声を出す。もう片方の手は、震えながらラティーシャの上着を握っていたりする。
「好きじゃないけど、なつめ程苦手じゃないかな♪」
 お化けが大嫌いな彼女のために、ラティーシャは明るい口調で話しながら笑みを浮かべる。そっと手を伸ばし、なつめの頭を優しく撫でた。
「大丈夫、出てきたのはアヤカシ。私たちが討つべき敵だし、上手く事が運べば、私たちの旅の路銀にもなるでしょ?」
 妹を支える姉のような、優しい口調。その言葉に励まされたのか、なつめの手の震えが止まった。そのまま視線を合わせ、微笑みを返して激励に応える。
「頼もしいお言葉ですね。では…作戦通りにアヤカシ退治と参りましょうか」
 仲の良い様子を眺めながら、志郎も軽く微笑む。だが、その視線はすぐに違う方向に向けられた。
 約15m先の、細い路地の奥。周囲の闇より濃い黒が、不気味に蠢いている。両目に気を集中させている志郎には、その正体がハッキリと見えているのだろう。なつめとラティーシャも、その存在に気付いたようだ。僅かな月明かりの下、異形の姿が2体、闇の中に浮かび上がる。
(あれはお化けじゃない…アヤカシ…お化けじゃないから大丈夫…)
 それを見たなつめは、自己暗示を掛けるように心の中で言葉を繰り返した。恐怖を振り払うように『ぎゃおー』と叫び、アヤカシの注意を引きつける。カタカタと歯を鳴らしながら、骸骨達が歩み寄ってきた。
「皆、離れて!」
 ラティーシャの言葉に、志郎となつめは後ろに下がって素早く体勢を屈める。直後、ラティーシャは焙烙玉に火を付けて投げ放った。それは放物線を描き、アヤカシの頭上で炸裂。爆風が2体を飲み込み、衝撃が全身を駆け抜けた。
 ダメージを受けても、アヤカシは微塵も気にせず歩いて来る。3人は軽く視線を合わせると、2体に背を向けて走り出した。それを追うように、アヤカシも地面を蹴って駆ける。唐突に始まった真夜中の追い駆けっこだが、開拓者達は逃げているワケではない。『誘い出している』のだ。その証拠に、アヤカシと離れ過ぎず近過ぎない距離を保っている。
 路地を抜けて何度目かの角を曲がると、例の集会所に行き着いた。そのまま、3人は空いている入口から飛び込む。後を追い、アヤカシも足を踏み入れた。室内は薄暗く、開拓者達の姿も見えない。それを探すように、2体のアヤカシは周囲を見渡しながら奥に進んで行く。
「この場に入り込んだのが運の尽き。骨1つ残さず…塵と化してくれようぞ!」
 闇の中から響く、緋桜丸の声。彼はアヤカシを迎え撃つために、この場所で待機していたのだ。こんな不気味な場所で、しかも長時間一人で待っていたのは、ある意味凄い度胸である。
 アヤカシの注意が緋桜丸に向いている隙に、志郎は入口を閉めて心張り棒で固定した。アヤカシの逃げ道を断ち、増援が侵入するのを防ぐためである。
 なつめがランプのシャッターを開けると、室内の明るさが一気に増す。アヤカシを招き入れるため、集会所に入ると同時に明かりを遮っていたのだ。敵の姿がハッキリ見える中、緋桜丸は床を蹴って一気に距離を詰める。
「喰らえよ我が牙…緋剣零式・紅霞!」
 裂帛の気合と共に、右手の刀が敵の両腕を薙ぎ払った。左手の二撃目が鎧を貫き、体勢を大きく崩す。更に右手を返し、全力で刀を振り下ろした。叩き割るような斬撃がアヤカシを斜めに分断し、鎧や骨の破片が舞い散る。それが床に落ちるより早く瘴気と化して消え、分断された体も空気に溶けるように消えていった。
 獅子の如き怒涛の攻撃を受けて仲間を失い、残されたアヤカシは叫び声のような音を発しながら刀を振り上げる。その刀身に瘴気が収束し、禍々しい光を放ち始めた。床を蹴って入口の方向に駆け出し、志郎の頭上から刀を振り下ろす。
 その斬撃に合わせて盾を構え、志郎は攻撃を受け止めた。固い金属音と共に、周囲に火花が散る。志郎は盾で刀を弾いて体勢を崩し、杖を横に薙いだ。重い一撃が鎧を叩き、衝撃が全身を駆け巡る。
 布を翻すような軽快な足取りで、ラティーシャはアヤカシの懐に潜り込む。鎧の隙間を狙って短刀を差し込み、内部の骨を砕くように貫通させた。
「ラティ、伏せて!」
 なつめの叫びに、ラティーシャは素早く体勢を屈める。その頭上を、黒い十字架が通り過ぎた。なつめの扱う槍は、名前の通り漆黒の十文字槍。腰を低く落とした状態で横に薙ぎ、アヤカシに槍撃を叩き込んだ。穂先が鎧ごとアヤカシの体を砕き、胴から両断。無機質に床を転がりながら、瘴気と化して空気に溶けていった。
 2体のアヤカシを撃破し、一息吐く開拓者達。全員の緊張が途切れた瞬間、志郎の直感が不穏な気配を感じ取った。
「皆さん、気を付けて下さい! 来ます!」
 志郎が叫んだ直後、窓を破って2体のアヤカシが侵入して来た。驚愕する開拓者達を尻目に、なつめとラティーシャを狙って距離を詰める。男性よりも、女性の方が狙い易かったのだろう。錆びた刀の切先が、2人に迫る。
 それが届く直前、短刀と槍が斬撃を防いだ。
「危なかったわ…菊池さん、忠告ありがとうね」
 敵から視線を外さず、礼を述べるラティーシャ。志郎が声を掛けなければ、斬撃が直撃していたかもしれない。とは言え、敵の攻撃を完全に受け止めたワケでは無いようだ。2人共、腕や頬が薄っすらと切れ、頭髪が数本散っている。
「2人共、もう少しだけ、そのまま押さえてて下さい…」
 静かに言葉を告げ、志郎は杖を握り直す。精霊の力に干渉し、アヤカシの背後に清浄な炎を生みだした。それを確認した2人は、敵の武器を弾き飛ばして胴に蹴撃を叩き込む。反動でアヤカシは後方に飛ばされ、炎に飲み込まれた。特殊な炎が全身を焦がしながら浄化していく。
 ラティーシャとなつめはタイミングを合わせ、ほぼ同時に床を蹴った。一気に距離を詰め、突き出した短刀が右のアヤカシの頭蓋骨を砕き、振り下ろした槍が左のアヤカシを縦に両断する。それが止めとなって2体の体が崩れ落ち、炎の中に消えていった。
 これで、残すは1体。4人は顔を見合わせ、軽く頷いた。最後の敵を誘き出すため、ラティーシャは戸に掛けた心張り棒を外し、なつめは戸に手を伸ばす。
「あ〜…お嬢さん達、ちょっと待ちな?」
 戸が開かれる直前、緋桜丸はそれを遮るように声を掛けた。不思議そうな表情を浮かべながら、なつめは小首を傾げる。
「緋桜丸さん、どうかしたんですか?」
 彼女の問いに、緋桜丸は不敵な笑みを返した。左手で仲間達を制し、右手で戸を開ける。緋桜丸が外に一歩踏み出した瞬間、横から白刃が飛び出した。それに合わせて太刀を滑らせ、刺突を捌く。
「やっぱり隠れてやがったか。志郎、後は任せたぜ?」
 幾多の戦場を勝ち抜いた勘なのか、単なる直感なのかは分からないが、緋桜丸は敵が潜んでいる事に気付いたようだ。口元に笑みを浮かべながらアヤカシの腕を引っ張り、斬撃を叩き込む。強烈な一撃が敵の体を吹き飛ばし、集会所の床を転がった。
「炎に焼かれて、この世から消えてしまいなさい…!」
 志郎の力ある言葉が、アヤカシの周囲に炎を生み出す。彼が指を鳴らすと清浄な炎が一気に殺到し、全身を飲み込んだ。敵の体が大きく揺らぎ、崩れ落ちる。偶然に生み出されたアヤカシ達は、開拓者達の手で瘴気に還った。

●依頼の終わりに
 5体のアヤカシを倒した開拓者達は、その後も街中を歩き回った。隠れている敵が居た場合、退治するためである。休憩を挟みながら警戒を続けたが、幸いな事にアヤカシが出ないまま夜明けを迎えた。
「…皆さん、本当に良いんですか? ここから先は、依頼とは関係無い事ですよ?」
 歩きながら、志郎が仲間達に問う。依頼自体は達成したが、彼は帰還する前にもう一仕事するつもりなのだ。その内容は、遺体の埋葬である。
「水臭いですよ、菊池さん。ご遺体を放置したまま帰るなんて事、出来ないです」
 なつめの言う通り、このまま帰還したら寝覚めが悪い。人道的にも、色々と問題である。緋桜丸は微笑みながら、志郎の背中を叩いた。
「お前が気にする事では無い。供養したい気持ちは、俺達も同じだからな」
「そういう事。同じ人として、見捨てて行けないわ」
 微笑みながらも、埋葬に同意するラティーシャ。軽く咳き込みながらも、志郎は笑みを浮かべる。和やかな雰囲気の中、4人は墓地に到着した。
「ありがとうございます。では、早速始めましょう。俺は遺体を清めるので、緋桜丸さん達は埋葬する穴をお願いします」
 志郎の指示に、3人は静かに頷く。穴を掘るための道具は、村の民家から拝借していたりするが。
「あ、ラティは花を探して来てくれない? 一輪くらい供えないと、寂しいでしょ?」
「それもそうね。じゃぁ、村の回りを探して来るわね。その間は、穴掘りよろしく♪」
 なつめの言葉に、ラティーシャは笑顔で応える。彼女は花を探しに、志郎は清めるための水を汲みに、それぞれ墓地を後にした。
 緋桜丸となつめは埋葬のための穴を掘り始めたが…20人用となると、かなりの重労働である。下手をしたら、戦闘中よりも疲れるかもしれない。
 花を取って来たラティーシャも加わり、3人で穴を掘っていく。志郎が全ての遺体を清め終わる頃、ようやく穴の準備も完了した。4人で協力して遺体を埋葬し、大き目の石を乗せて花を供える。
「待たせたな。仇は取った…安心して、ゆっくり眠ってくれ」
 墓石に静かに語り掛け、緋桜丸は膝を付いて祈りを捧げた。ラティーシャとなつめも黙祷を捧げ、志郎は墓石とその周囲に水を撒く。
 全てを終えた開拓者達は、満足そうな表情で岐路に着いた。