螢のヒカリ
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/07/23 22:19



■オープニング本文

 蒸し暑い夏の夜。人々は涼を求めて闇夜に繰り出す。街を抜け、水辺を探し、草原に行き着く。
 その時、人々が目にするのは…。
「わぁ〜…綺麗〜!」
 小さな少女が歓声を上げる。その視線の先に居るのは、淡い光の塊。薄い緑色の光が、周囲を飛び回っている。
 夏の風物詩、ホタルだ。3cm程度の小さな虫なのだが、何故発光するのか詳しい事は分かっていない。だが……その光は、幻想的で涼しげ。夏の夜が似合う虫は、他に類を見ないだろう。
 その証拠に、周囲には大勢の人が集まっている。皆、ホタル目当てで来ているのだ。親子や友達、恋人や夫婦、色んな人達が幻想的な光景に魅入っている。
「あなた…今年のホタルも綺麗ね?」
 若い1組の夫婦、その妻らしき人物が夫に向かって声を掛ける。直後、彼の体が大きく揺らぎ、草の中に倒れ込んだ。
「ちょっと、あなた!? どうしたの、ねぇ…あなた!!」
 女性の叫びに、周囲の視線が集まる。それが引き金になったように、ホタル達が赤い光を放ちながら飛び回り始めた。赤光に触れた者達が、次々に崩れ落ちていく。ほんの数分で、その場に居た全員が地に伏した。
 翌朝。
 たまたま通り掛かった者が医者に連絡し、倒れた者達は一命を取り留めた。衰弱が激しい事を除けば、彼等に異常は無い。
 とは言え、これだけ大勢の人間が一斉に倒れたとなれば一大事である。現地住民からの依頼で、開拓者達が原因究明に赴く事になった。


■参加者一覧
平野 譲治(ia5226
15歳・男・陰
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
エラト(ib5623
17歳・女・吟
奈々生(ib9660
13歳・女・サ
莉乃(ib9744
15歳・女・志


■リプレイ本文

●夏の夜に
 涼しい夜風が、草花を揺らしながら頬を撫でる。川のせせらぎや虫の鳴き声が優しく耳に届き、涼感を増すのに一役買っている。満天の星の下、川沿いの草原に、揺れる松明の光が2つ。
「蛍のアヤカシなんて、ロマンチックだね! 1匹くらい飼いたいかも…」
 闇夜の中に、奈々生(ib9660)の白い肌が浮かぶ。白兎の特徴も相まって、夜でも若干目立っている。
「それはお勧め出来ないですね。ちょっと、物騒な蛍狩りになりそうですし…」
 そう言って、フェンリエッタ(ib0018)は遠い空に視線を向けた。アヤカシに関して、想いを巡らせているのかもしれない。
 彼女も奈々生も、夏にしては厚着をしている。若干暑そうにも見えるが、アヤカシの能力への対抗策なのだ。
「風物詩はゆらりと見ゆるのが良いなりっ! それをさせぬとは…許せないなりっ!全力で退治なのだっ!」
 松明片手に、空いている手を強く握る平野 譲治(ia5226)。万が一全ての蛍がアヤカシ化したら、魔の森に単身突撃しそうなイキオイである。
「ですが、数が多いのが厄介そうですね。耐久力は低いそうですが、油断せずに行きましょう」
 敵が何匹居るか分からないが、蛍狩りが出来るくらいなら相当な数が居るだろう。莉乃(ib9744)が言う通り、用心するに越した事は無い。
「数が多いのでしたら、一か所に集めて一網打尽にするのが効率的だと思うのですが…如何でしょうか?」
 自信無さそうに、作戦の提案をするエラト(ib5623)。恐らく、自分の考えを押し付けるような事をしたくないのだろう。
 彼女の提案に、間髪入れず奈々生が真っ先に手を上げた。
「私は賛成〜。エラトさんの近くで咆哮使うから、後はお願いね?」
「私も賛成です。分散しているより対処が楽ですし、連携し易くなりますから」
 莉乃の指摘に、譲治が納得した様子で頷く。エラトは全員を松明で照らしながら見渡したが、反対する者は誰も居ない。誰もが、この作戦が有効的だと判断したのだろう。
「なら、その作戦で決まりですね。普通の蛍は倒さないよう、充分に注意しましょう」
 全員の意見を纏めつつ、注意を促すフェンリエッタ。アヤカシを倒しても、蛍狩りが出来なくなったら本末転倒である。とは言え、我を忘れて大暴れしそうな者は1人も居ないが。
「了解しました。皆様、よろしくお願いします」
 柔らかい笑みを浮かべながら、そっと頭を下げるエラト。作戦も決まり、あとは敵を探して倒すだけである。
「さて…ホタルは来てるなりか? おいらの仕掛けた餌に喰い付いてると良いなりが…」
 周囲を照らしながら、譲治は現在位置を確認している。彼と莉乃は昼間に下見に訪れ、周囲の地形を確認して餌を仕掛けたのだ。5人が歩みを進める中、淡い小さな光が姿を現し始めた。

●舞い踊る赤い光
 川沿いの草が高くなるのに比例し、蛍の光が増えていく。蛍の名所と言われるだけの事はあり、その数は相当なモノである。本来なら大勢の人で賑わっているが、今日は誰も居ない。アヤカシが出現しているため、ギルドがこの場所を封鎖しているのだ。
「綺麗な光……夏の夜に優しい光を灯してくれるけど、たった1〜2週間の命…なのよね」
 感嘆の声を上げつつも、寂しそうな表情を浮かべるフェンリエッタ。視界を飛び回る淡い光は短命で、儚く散ってしまう。その寂しさと、アヤカシに対する怒りが、胸の中で渦を巻いているのだろう。
「譲治さんが餌を仕掛けたのは…確か、この辺りでしたよね?」
 日中と夜では、周囲の風景は違って見える。明るい時の記憶を頼りに現在位置を確認し、莉乃は譲治に声を掛けた。
「そのハズぜよ……お、あの蛍が集まってる場所で間違い無いなりっ!」
 周囲を見渡していた譲治が、前方を指差す。そこには、無数の蛍が不自然に集まっていた。更に歩みを進めると、2枚の皿と盛られたスイカが松明に照らされて浮かび上がる。それは間違い無く、譲治が仕掛けた物だ。
「餌に喰い付いたという事は、普通の蛍なのでしょうか…奈々生さん、お願いします」
 小首を傾げるエラトの頭上には『?』の文字が見えそうである。彼女に頼まれ、奈々生は軽く笑みを浮かべながら親指を立てた。
「任せて! みんな、準備は良い?」
 言いながら、奈々生は全員を見渡す。その声に応えるように、4人は兵装に手を伸ばした。反対する者が居ない事を確認し、奈々生は大きく息を吸い込む。直後、それを雄叫びとして吐き出し、周囲の大地を震わせた。近くに民家があったら、夜間騒音で苦情が届くイキオイである。
 サムライの咆哮は『敵の注意を惹き付ける』効果がある。つまり、奈々生が敵だと思っているアヤカシ蛍だけが寄って来るハズだ。思惑通り、彼女の声に惹かれた蛍達が赤い光を放ちながら殺到する。その数から察するに、この場所に居る8割は瘴気に侵されているようだ。
「来たなりねっ! これでも喰らうのだっ!」
 譲治は素早くヴォトカの栓を開け、前方の蛍に向かって振り撒いた。次いで、松明を振り廻す。飛び散った火の粉がアルコールに引火し、炎がアヤカシを飲み込んだ。赤々と燃える火が、アヤカシを燃え散らしていく。
 だが、炎に包まれながらも飛んで来る敵がいる。小さいとは言え、火の玉が大量に飛来するのだから危険極まりない。それに加え、炎の被害を受けていないアヤカシも半分以上残っている。
「燃えても尚、飛んで来るのは勘弁ですね。大人しくして貰いましょう」
 エラトは地面に松明を突き刺し、リュートに指を伸ばした。ゆったりした曲が周囲に響くと、アヤカシ達を眠りの底に落としていく。アヤカシ蛍の赤い光で、開拓者達の周囲に光輪が描かれた。一部のアヤカシは、炎の中に落ちて燃え尽きているが。
「いくら発光してても、夜間ですから見落としがあるかもしれません。草の間等、隅々まで探しましょう」
 虫取り網でアヤカシを捕獲しながら、文字通り草の根を分けるフェンリエッタ。地道な作業だが、1匹でも多くのアヤカシを倒すには必要な作業である。
「あ、フェンリエッタも虫取り網使うんだね。私とお揃いっ♪」
 久々の虫取りが楽しいのか、奈々生が笑顔で虫取り網を振り廻す。眠りの術が効かなかった敵を含め、手当たり次第にアヤカシを網に放り込んだ。
 網が半分程度埋まった頃、フェンリエッタと奈々生は無言で顔を見合わせる。言葉を発しなくても、2人の表情が『コレ、どうやって始末しよう』と雄弁に物語っていた。フェンリエッタは投扇刀を、奈々生は刀を握り直し、虫取り網の口を塞いで網の上からアヤカシを叩く。これも地味な作業だが、赤い光は確実に消えている。
 徐々に数が減っているとは言え、まだアヤカシの全てを退治出来ていない。眠りを回避したアヤカシが、エラトや譲治の死角から迫る。それが体に触れるより早く、莉乃の刃がアヤカシを斬り裂いた。素早い斬撃が、赤い光を次々に斬断していく。
「敵の耐久力が低くて助かりましたね。一撃で倒せなかったら、もっと厄介だったかもしれません」
 虫は小さい分、動きが素早くて捉え難い。これで耐久力が高かったら、莉乃達は生命力を吸収されて倒れていただろう。実際、彼等の被害はゼロでは無い。本人達は気付いていないが、全員少しずつ吸収されていたりする。
 譲治の点けた火が弱まり始めた頃、赤い光も残り僅かになっていた。依頼達成まで、あと少しである。
 しかし……迫り来る異変に真っ先に気付いたのは、譲治だった。
「増援が来たのだ! みんな、気を付けるなり! 数が多いなりよ!」
 闇の中から接近する、赤い光の塊。彼等が倒したのと同じくらいの数が、四方八方から集まっているのだ。
「何匹現れようとも、吸われる前に叩き落とします…!」
 刀を握り直し、敵を見据える莉乃。譲治はヴォトカと松明を構え、タイミングを計っている。そんな2人を制するように、エラトがリュートを奏でた。
「私も攻撃に回ります。討ち漏らしたら、フォローはお願いします」
 言葉が終わるのと同時に、激しい狂想曲が大気を震わせる。エラトの演奏が精霊に干渉し、範囲内のアヤカシ全てにダメージを与えた。赤い光が次々に消えていくが、それでも6割近くの敵が残っている。それを退治するために、莉乃達は四方を向いた。
 莉乃の長巻が宙を奔り、銀色の剣閃を描きながら赤い光を両断していく。その斬撃は、斬る度に鋭さを増しているように見える。敵の吸収攻撃を受けて若干体から力が抜けているが、それでも攻撃の姿勢を崩さない。
 符に力を送り、譲治は炎を操る式を呼び出した。放たれた火輪が、複数のアヤカシを燃え散らしていく。本来は単体攻撃の技だが、今回は敵が小さい事が幸いしたようだ。
「蛍に赤い光は似合わないわ。瘴気に還りなさい!」
 裂帛の気合と共に、フェンリエッタは投扇刀を振る。敵が固まっているため、直接攻撃した方が早いと判断したのだろう。体に付いた敵は、手袋を装備した方の手で払っていく。
 片手に虫取り網、もう片方に刀を持って、変則二刀流を振り廻す奈々生。一旦手を止めて網の口を塞ぎ、中のアヤカシを凝視する。
「この蛍、ガラスのビンに入れてお土産に出来ないかなぁ? 触れなければ生命力を吸われないと思うし」
 赤い光を放つ蛍なら、お土産に悪くないかもしれない。だが、相手はアヤカシである。周囲4人の『駄目』という声が重なる中、奈々生は渋々敵を退治した。

●月下の旋律
 銀色の軌跡が、赤い光を両断する。莉乃は長巻を構えたまま、周囲を見渡した。
「今ので最後、でしょうか? 赤い光は見当たりませんが…」
 彼女の言う通り、周辺には赤い光は無い。全員が警戒を強める中、フェンリエッタは目を閉じて意識を集中させた。自身の感覚が周囲に広がり、アヤカシの気配を探っていく。
「…大丈夫、範囲内にアヤカシの気配はありません。今見えているのは、全部普通の蛍です」
 フェンリエッタの言葉と柔らかい表情に、全員が胸を撫で下ろす。姿形も気配も感じられないのだから、敵は全て倒したと思って間違いないだろう。
「良かった〜。なら、みんなで蛍を眺めようよ! 私、敷物とかお菓子とか、近くに隠しておいたんだ♪」
 いつの間に隠していたのか、奈々生が茂みの奥からゴソゴソと荷物を取り出した。人数分の準備をしたらしく、その量はかなり多い。彼女の『お菓子』という言葉に反応したのか、甘味好きの莉乃の瞳が若干輝いたように見えた。
「それは楽しそうですが…私は先に精霊の聖歌で周囲を浄化します。また蛍がアヤカシ化したら大変ですから」
 言いながら、エラトは周囲を見渡す。草原が一部焦げたが、致命的な被害ではない。蛍は激減したが、全滅したワケではない。これで残った蛍までアヤカシ化したら、苦労が水の泡である。
「だったら、皆で演奏するのはどうなりか? 楽しい所にはアヤカシは来ないって言うなりしねっ♪」
「そうなのですか? 私は初めて聞く情報ですが…アヤカシは謎が多いですね」
 満面の笑みを浮かべながら提案する譲治に、莉乃は感心しながらも疑問を口にした。情報の真偽は定かではないが、試してみる価値はあるかもしれない。
「でも、それが本当なら一石二鳥だよね。アヤカシは出なくなるし、楽しい思い出は作れるし♪」
 嬉しそうに微笑みながら、奈々生は開拓者達を見渡す。一緒に戦った仲間との思い出を作りたい彼女にとっては、絶好のチャンスなのだろう。
「楽器はおいらが貸すから頑張ってみるのだっ! 莉乃も付き合って欲しいなりよ」
 譲治は道具袋からブレスレットベルを3つ取り出し、仲間達に差し出した。奈々生はそれを受け取って両手首に填め、嬉しそうに鳴らして見せる。
「私も、ですか。剣術以外に自信はありませんが…お付き合いします」
 若干戸惑っているのか、ゆっくりと手を伸ばす莉乃。慣れない手付きでブレスレットに手を通すと、可愛らしい音色が周囲に響いた。
 フェンリエッタもベルを装着すると、破邪の剣と儀礼用の剣を両手に持つ。その刀身に精霊力を纏わせると、白く澄んだ輝きを放った。
 エラトは目を閉じて意識を集中させると、大きく息を吸い込む。細い指がリュートの弦を弾き、演奏が始まった。特殊な旋律が精霊に干渉し、周囲の瘴気を徐々に浄化していく。
 その曲に合わせて、フェンリエッタは両手の剣を振った。白い光が闇夜に軌跡を描き、鈴の音も相まって幻想的な光景を作り出している。
(せめて…この夏はもう、アヤカシになったりしませんように )
 想いを込め、剣舞で周囲の瘴気を祓う。
 それを見て、莉乃は長巻を抜き放った。素早い動きに、鈴の音が凛と響く。長巻を構え、剣術の型を次々に披露した。その流れるような動きは、彼女が毎日行っている鍛錬の動作なのだろう。
 穏やかでゆったりとした、フェンリエッタの鈴音。激しいがキレのある、莉乃の鈴音。音色の方向性は全く違うが、互いを引き立て合って絶妙な旋律になっている。
 更に、譲治の三味線と奈々生の鈴が演奏を盛り上げている。楽しげで、聞いている者の心を和ませるような音色は、この2人でなければ出せないだろう。
 こうして、蛍や星々を観客にした演奏会が続き、夏の夜は過ぎていった。