葬送の炎
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/07/07 20:24



■オープニング本文

 開拓者の数が激増し、アヤカシと対等に戦えるようになってから約3年。一向に終わりの見えない戦いに、疲弊している者も少なくない。目に見えない被害…つまりは『精神的苦痛』も、相当なモノだろう。
 そんな中…理穴の小さな村では、大きな決断を迫られる事になった。
「みんな…これ以上、ここで生活するのは無理だ。村を…捨てよう」
 50人にも満たない、小さな村。集会所に集まった村民に向かって、村長は悲痛な表情で言葉を紡ぐ。魔の森から一番近いこの村は、常にアヤカシの被害と隣り合わせになっていた。理不尽に失われた命も少なくない。彼等の眠るこの地を守りたかったのだが……肉体的にも精神的にも、限界がきていた。
「私は、もう村民を失いたくは無い。幸いにも、奏生は我々を受け入れてくれるらしい。新しい土地で…新しい生活を始めよう」
 反論する者は、居ない。小さな子供も含め色んな世代が集まっているが、誰もが今の生活に疲れているのだろう。
「引っ越す前に1つ提案があるのだが……開拓者の方々の力も借りて『最後の仕事』をしないか?」
 村長の言う仕事というのは、この村に伝わる風習のようなモノだ。土の中で眠る者達が寂しい想いをしないよう、年に一度お祭り騒ぎをして死者を楽しませる…という内容である。移住する以上、この祭りは今回で最後になるだろう。
 だが、村人達の表情は若干明るい。騒ぐ事で気が紛れるし、みんな祭りが好きなのだろう。派手に盛り上げて有終の美を飾るため、村人達は団結して準備を始めた。
 引っ越しの準備が疎かになっているが、多少は目を瞑ろう。


■参加者一覧
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
海神 江流(ia0800
28歳・男・志
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
からす(ia6525
13歳・女・弓
村雨 紫狼(ia9073
27歳・男・サ
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
クルーヴ・オークウッド(ib0860
15歳・男・騎
キルクル ジンジャー(ib9044
10歳・男・騎
音羽屋 烏水(ib9423
16歳・男・吟


■リプレイ本文

●輸送
 理穴の国土を広く覆う、魔の森。これが原因でいくつもの命が失われ、いくつもの悲劇が生まれた。そんな森に向かって、大量の荷物を運ぶ一団が居る。正確には、魔の森付近の村を目指しているのだが。
「危険と解っていても、故郷を棄てる事は容易じゃないわ。身を切るような気持ちがする…」
 言葉を漏らすフェンリエッタ(ib0018)の表情は暗い。村人達の事を考えれば、悲痛な面持ちになるのも無理は無いが。
「未練を断ち切る意味もあるのでしょうか…私は放浪民育ちなので、皆さんの気持ちは完全には理解できないかもしれません」
 小首を傾げ、おっとりした様子の鈴木 透子 (ia5664)。若干ボ〜ッとしているように見えるが、発言から察するに頭の回転は早いようだ。
「まぁ、あの村の人達にとっては『門出』になるんだろうからな。前向きに生きる為の儀式みたいなもんだ」
 言いながら、海神 江流(ia0800)は笑みを浮かべた。言っている事は正論なのだが、ダラ〜ッとした雰囲気のせいか若干説得力に欠ける気がする。
(土地を追われるのに、祭りで門出……人間て、良く分からない)
 彼の隣を歩く相棒のからくり、波美−ナミ−は、困惑していた。今回の特殊過ぎる状況に、理解が追い付かないのだろう。
「別れは、新たな旅立ちである。門出に私達が暗い顔をしていては、祭りが盛り上がらんぞ?」
 複雑な表情をしている仲間達に向かって、からす(ia6525)は不敵な笑みを浮かべながら声を掛ける。予想外の指摘に、フェンリエッタ達は自分を励ますように笑みを浮かべた。
「うむ。たとえ住み慣れた土地を追われようとも、ただ嘆き悲しむのではなく、未来への志を持って――本当に頭が下がる思いだな」
 言葉と共に、皇 りょう(ia1673)は腕を組んで大きく頷く。村人達の覚悟に、心を打たれたのだろう。
『左様で。刀こそ提げておられませぬが、心はまっこと武士で御座りまするな。ここは我等主従も、武士の心意気でもって応えるべきですぞ、姫様!』
 りょうの相棒、からくりの武蔵 小次郎も、彼女と同じ気持ちのようだ。年老いた姿も相まって、その言葉からは貫禄と重みを感じる。
 だが…りょうは軽く溜息を吐いた。『姫様』と呼ばれる事に、若干抵抗があるようだ。
「ただの家出のわしには、重さも想いの深さも分からんがのぅ…せめて、忘れられぬ思い出となるように奏でさせてもらうぞぃ!」
 発言に合わせて、ベベンッという三味線の音が周囲に響く。弾いているのは、音羽屋 烏水(ib9423)。村人達の気持ちを理解出来なくても、依頼に掛ける意気込みは皆と変わらないのだ。
「…なさん、どいて下さいです! 危ないのです〜〜〜!」
 悲鳴のような声を上げながら、キルクル ジンジャー(ib9044)が目の前を通り過ぎる。相棒の走龍、トマホーク に乗って荷車を引いているのだが……誰の目から見ても暴走しているようにしか見えない。透子の相棒、霊騎の蔵人も荷物を運んでいるが、大人しく従順である。
「今のは…キルクルさん? 朋友と仲良くないのでしょうか?」
 大荷物を背負いながら、心配そうにキルクルを見詰めるクルーヴ・オークウッド(ib0860)。比較的小柄ながらも力持ちなのは、志体持ちの為せる業である。荷物の大半はアーマーのヴァンプレイスだが、その隙間から『何か』が飛び出した。
『からすさん! この中、迷路みたいで凄かったよっ!』
 その正体は、赤髪赤眼の羽妖精、キリエ。からすの相棒である。恐らく、アーマーに興味を持って内部に侵入したのだろう。
「今回は、天澪にも良き経験になると思うの。故人を偲び、悼む想いは大切な事…って、天澪。聞いてる?」
 相棒のからくり、天澪と並んで歩く柚乃(ia0638)。依頼を改めて説明しているのだが、天澪はどこか上の空である。柚乃の問いに、天澪は前方を指差した。
「もふもふ。ほら…柚乃も好きな、もふもふ」
 彼女が指差す先に居たのは、烏水の相棒のもふら。大量の荷物を運ぶ愛らしい姿は、もふら好きの柚乃と天澪にとっては悶絶モノである。
「某は、もふもふでは無いもふ。いろは丸という名前があるもふよ」
 2人の視線と発言に気付いたのか、いろは丸が振り向いて名前を告げた。直後に黄色い悲鳴が上がったのは、言うまでも無い。
『ねえマスター・・・』
 胸キュンする2人とは対照的に、元気の無い声が村雨 紫狼(ia9073)の背後から聞こえてくる。声の主は彼の相棒、土偶ゴーレムのアイリスだ。
「お前の言いたい事は分かる。だが……とびきりの笑顔を忘れるな! 生まれ故郷を捨てる悲しみは、俺達に癒せは」
『じゃなくて!! なんでボクがビキニで腰ミノ姿なんだよーっ!!!』
 熱弁する紫狼の言葉を遮る、アイリスの叫び。土偶とは言え、彼女の容姿は人間の幼女に近い。こんな格好をさせられたら、元気が出ないのも当然だろう。
「ふっ……愚問だな。祭りで火と言えば、ファイヤーダンス! ならば、それに相応しい格好をするのが『礼儀』というモノだろう!」
 拳を握り、熱い言葉を吐く紫狼。完全に予想外で、想像の斜め上をいく回答である。流石は変態紳士、と言った処か。
『炎でお祭りかあ。でも燃えて無くならないものも…あるよね』
 カオスな会話をする2人を尻目に、フェンリエッタの相棒、羽妖精のラズワルドが祭りに想いを馳せる。フェンリエッタが微笑みながら手招きをすると、嬉しそうに彼女の肩に座った。

●喧騒
 太陽が真南から西に傾き始めた頃、開拓者達は村へと到着した。村人達は誰もが笑顔と感謝で出迎え、期待の眼差しを向けている。特に、子供達は初めて見る朋友に興味深々のようだ。
「うぅ〜、酷い目に遭ったのです〜…相変わらず、トマホークは気分屋さんなのです」
 荷物を降ろし終えて一息吐くキルクル。全身ボロボロになっているのは、トマホークに振り回されたせいだろう。
『キルクルちゃん、お疲れ様。おにぎりでも食べる?』
 そんな彼に、笑顔でおにぎりを差し出すキリエ。彼女が作って持参したのか、サイズが若干小さい。キルクルは満面の笑みで受け取り、一気に頬張った。
「〜〜〜〜〜っ!!」
 声にならない叫び。口から炎を吐きながら、キルクルは走り出した。彼が食べたのは、悪戯するためにキリエが作った激辛味。キリエはウインクしながら謝っているが、反省しているかは疑問である。
「お茶目な悪戯っ娘のためにも、舞台を組み上げないとな。悪いが、家屋を解体して資材にしても良いか?」
 からすの言う『舞台』とは、開拓者達が演舞を披露するための物だ。資材は森から切り出す事も出来るが、家屋を燃やす前に『最後の仕事』をさせたいのだろう。その気持ちを汲んだのか、村人達が次々に協力を申し出た。
「あ、僕も手伝います。そのために、ヴァンプレイスを連れて来たんですし」
 そう言って、クルーヴはアーマーに乗り込む。ヴァンプレイスが起動すると、周囲から歓声が上がった。からすとクルーヴに加えて、村の男性陣も手を貸して分解と組み立てが進んでいく。
「わし等も手伝いに行こうかのぅ。力仕事は向かんし、子供や年配者の相手でも…」
 いろは丸を誘おうとした烏水だったが、周囲の視線に気付いた。遠くから朋友を見詰める、子供や女性の眼差し。
『……仕方ないもふ。祭りの前の賑やかさも、風情あるもふからね』
 烏水に笑顔を向け、いろは丸は村人の方に歩き始めた。祭り前の村を見回るという名目で、村人達と触れ合うつもりなのだろう。それを理解した烏水も、村人の輪に入って行く。
 村人達と触れ合う烏水達を見ながら、天澪は柚乃の服を軽く引っ張った。
『何か…お手伝い、する』
「なら……村の子達と遊んでみる? 一緒に行くからさ」
 柚乃の提案に、天澪が静かに頷く。最初は好奇の目を向けていた村人達だったが、打ち解けるまで長い時間は必要なかった。柚乃と天澪が村人と一緒に笑って遊んでいる姿は、仲睦まじく見える。
 ほぼ同時刻。江流は大量に持ち込んだ酒を地面に並べていた。
「さて…古今東西思いつく限りで集めてみたが…まぁ、こんだけありゃ誰の好みにも当たるだろ。波美、お酌は任せたぞ?」
 江流の言葉に、波美は小首を傾げる。何故自分がお酌をするのか、その理由が分からないようだ。
「僕がやるより、お前がやった方が喜ばれるだろ…とりあえず、あの妙にファンシーな土偶にお前が負けてないところを見せてやれ」
「ほほぅ…俺の萌え知識の集大成、つるぺたぼでーの美幼女、アイリスに挑むつもりか? よかろう! 返り討ちにしてやれっ!」
 挑発的な江流の言葉を、紫狼が聞き逃すワケが無い。鼻息荒くアイリスの肩を抱き、波美を『ビシッ』と指差した。
『趣旨が変わってるよ、マスター! ボク、お酌対決なんてしないからね!?』
 腕をブンブンと振り、拒否の言葉を口にするアイリス。紫狼的には、こういう行動も『萌え』なのだろう。
『…良く、分からないわね』
 火花を散らす紫狼と江流を眺め、呟きながら溜息を漏らす波美。その横では、村人達が酒盛りを始めていたりする。
『姫様。皆様の酒の肴に、拙者が作製した「特別こすちゅーむ」にて艶やかな舞を踊られては如何ですかな?』
 小次郎が差し出した『特別コスチューム』は、極端に布が少ない。りょうの体形に合わせて作ったようだが、それは衣装と言うより紐と言った方が正しいだろう。
「絶対に嫌ですっ! 何と破廉恥な…」
 無論、りょうがそんな衣装を着るワケが無い。顔を真っ赤にして拒否しているが、酔っ払った男性からはブーイングが飛び交っている。
「りょうさん。手が空いてるなら、料理を手伝ってくれない? 相棒さんも、斬るのは得意そうだし」
 困っている彼女を助けるように、フェンリエッタは包丁と食材を差し出した。りょうはそれを受け取ると、食材を宙に放り投げる。直後、銀色の閃光が走り、一瞬で食材がバラバラになった。落下する食材は、小次郎がザルで全て受け止めている。
 神業のような曲芸に、村人達が盛り上がる。食材はフェンリエッタや村の女性陣が調理し、周囲に食欲をそそる匂いが広がり始めた。空腹を我慢出来ない子供達のために、ラズワルドはプリャニキを配っている。
『あっ、キミ正解! にゃんこの形だね♪』
 猫の形をした焼き菓子に、子供だけではなく大人の表情も綻んでいる。
 皆が盛り上がっている中、透子と蔵人は墓地を中心に村中を歩き回っていた。時々地に手を触れ、特殊な真言を唱える。そうやって、彼女は瘴気を回収していた。
「命を失った皆様の想い……あたしが運んで差し上げます。だから、お導き下さい」
 人の想いに反応し、瘴気が発生する事は少なくない。土の中で眠る者達の想いに瘴気が反応してしまったら…そう思った透子は、目立たない役を選んだのだ。

●葬祭
 夕日が空を茜色に染め始めた頃、村中に照明用の篝火が設置され、大宴会が始まった。フェンリエッタとクルーヴは調理場で料理を続け、からすと柚乃、天澪は忙しそうに配膳している。アイリスと波美は結局お酌をしているし、烏水は場を盛り上げるために三味線を弾いて回っていた。
 りょう、小次郎、透子、キリエ、ラズワルド、キルクルの6人は村人と一緒に宴会に参加し、共に飲み食いをしている。それも、場を盛り上げるのに必要な事だ。
「ッシャアー! 踊りキタキター!! 灼熱のファイアーダーンスっ!! アイリス、お前も来い!」
『マスター、なんかお酒臭い…まさか、飲んでるの!? って、ちょっ…ボクも踊るの!?』
 お酌していたアイリスの手を引き、舞台に上がる紫狼。1m程度の棒の両端に火を点け、グルグル回しながら踊り始めた。完全に酔っているのだろう、腰ミノ姿で満面の笑みを浮かべている。色んな意味で、アイリスは恥ずかしそうだ。
 奇抜な踊りだが、村人のウケは悪くない。笑いと共に、拍手が起きている。
「音羽屋さん、演奏はお願いね? ラズ、行くわよ」
『はぁい。素敵な剣舞にしようね、フェン』
 調理を終えたフェンリエッタは、烏水とラズワルドに声を掛ける。ラズワルドが無邪気な笑みを浮かべると、2人は剣を持って舞台に昇った。入れ違うように、アイリスは紫狼を引きずるように降りて行く。
「からすも一緒にどうじゃ? 独奏では、ちと寂しいからのぅ」
「私か? ふむ…拙い演奏でも良ければ、協演させて貰おう」
 烏水の誘いに、からすは笑顔で応える。2人は舞台の近くに移動し、三味線とフルートを奏でた。その演奏は、即興とは思えない程に息ピッタリである。
「柚乃も行って来るね。鎮魂の舞を捧げたいし。あなたは、どうする?」
 人目に付かない場所で身を清め、装いを整えて来た柚乃。彼女の問い掛けに、天澪は若干思案を巡らせた。
『踊り…楽しそう。でも…今は、もふもふがイイ…』
 言いながら、いろは丸の頭を撫でる。
『天澪殿は某に任せるもふ。柚乃殿の舞、楽しみにしてるもふよ』
 いろは丸の優しい笑みと、言葉。それに応えるように、柚乃は微笑んで舞台に上がった。
 舞台上に居るのは、全部で4人。軽く顔を見合わせると、それぞれの踊りを舞い始めた。
『さあ、ボクを見て! みんなには悪いけど、一番目立っちゃうからね!』
 剣舞を舞うキリエの羽から、光の粉が舞い散る。かなり目立つ演出だが……30cm程度の身長では、若干人目に付かない。
 元気いっぱいのキリエとは対照的に、柚乃の舞いは静かで軽やか。ステップを踏むたびに、両手の鈴が澄んだ音を響かせる。
 緩急を付けた剣戟を打ち合うのは、フェンリエッタとラズワルド。双刀と剣が交錯し、鉄扇が剣戟を受け流す。
 舞い踊る4人に、羨望にも似た視線を送る者が若干一名。
「皆、美しく舞うものだな…私があそこに居たら、場違い甚だしい」
 自嘲するように、りょうは肉にかじり付く。女らしい事には苦手意識があるため、人前では踊れないのだろう。
「そっ、そんな事は無いです! りょうさんが居ても、きっと綺麗なのです!」
 顔を真っ赤にしているキルクルに、りょうは思わず笑みを浮かべた。キルクル的に、相当恥ずかしい言葉だったようだ。
「よろしければ、これもどうぞ。僕の故郷の料理で、ボルシチっていうスープです」
 りょう達に向かって、クルーヴがそっと器を差し出す。盛られているのは、ジルベリアの伝統料理だ。それを、今日は冷製に仕上げている。祭りの準備が忙しくて若干焦っていたのか、ボルシチと間違ってビーフシチューを作りそうになったのは秘密である。
『ほほう、これは美味そうな。遠慮無く、馳走になりますぞ』
 小次郎は3人分の器を受け取り、キルクルとりょうに渡す。異国の味付けだが、どこか懐かしい風味に、3人は舌鼓を打った。
 4人の舞が終わり、拍手の雨を浴びながら舞台から降りると、今度は透子が舞台に上がった。
「村のあちこちや、ご先祖様から集めてきました。受け取ってあげて下さい」
 広げた掌から、小さな式が生まれる。それが光を放ちながら宙を漂い、周囲を淡く照らした。次々に光源が生み出され、まるで大量の蛍が飛び回っているようだ。幻想的な光景に、周囲から歓声が上がっている。
 祭りが盛り上がる中、さっきから江流の姿が見えない。彼がどこに居るかと言うと……。
『主(あるじ)…そんな所で寝ていては、風邪をひきますよ?』
 広場の隅で酔いつぶれて寝ている江流。その肩を、波美が優しく揺さぶる。祭りは、そろそろ終盤を迎えようとしていた。

●葬送
 漆黒の空を、満月が淡く照らす。松明片手に、村人と開拓者達は『最後の準備』を始めていた。必要な荷物は全て荷車に纏め、村全体に干し草を巻く。家屋の窓や扉を開け、全体に油を撒き散らす。
「最後の仕上げ、か。流石に、最後くらいは真面目にやらないとな」
『マスター…何か、悪い物でも食べたの?』
 変態紳士の紫狼でも、節度と常識は持っている。この状況でフザケていたら、非常識この上無いが。
「僕達の手が、全てに届かないのは歯痒いですが…仕方ないですね」
 悔しそうに俯き、拳を固く握るクルーヴ。可能ならこの村も守りたいが、いつ襲って来るか分からないアヤカシが相手では不可能に近い。落胆するクルーヴの背を、江流が力強く叩いた。
 準備を終えた村人と開拓者達が、次々に村の入り口に集まる。全員が揃ったのを確認し、村長は油の導火線に歩み寄った。その表情は『悲痛』としか表現出来ない。
「葬送の炎よ…皆様の明日を照らし、お導き下さい…」
 呟くような、透子の祈り。その声に合わせるように、村長は松明で火を付けた。油の上を滑るように炎が走っていく。それが村全体に広がり、巨大な炎となって全てを飲み込んだ。村人から、叫びや鳴き声が漏れる。
 燃え上がる村に向かって、柚乃は清浄な炎を生み出した。それは人間とアヤカシ以外に効果が無いが、最後に村を清めたかったのだろう。
「どうか…死者に安らかな眠りを。お護りくださいね…」
 両手を組んで目を閉じ、静かに祈りを捧げる柚乃。その隣では、トマホークが大暴れしていた。
「ちょっ! 落ち着いてトマホーク! 痛いのです〜!」
 火の回りが早かったのと、規模の大きさに驚いたのだろう。キルクルの首根っこ咥えたまま、走り去ってしまった。
『赤くて、大きくて、熱くて…でも、悲しそうな炎』
 天澪の紫の瞳が炎を見詰める。燃える炎も悲しいが、それを見詰めている皆の表情は、もっと悲しい。
「炎を見る度に思い出される事もあるでしょう。それは未練とは違う。覚えている限り、村やここに眠る人々と繋がっている。少なくとも…私はそう思うわ」
『難しい事は良く分からないけど、思い出は燃えて無くならない、って事だよね?』
 落胆する村人を慰めるように、フェンリエッタが優しく語り掛ける。彼女とラズワルドの言葉に救われたのか、村人達は薄っすらと笑みを浮かべた。
『自然の神様、この地をあなたにお返しし致します』
 悪戯っ子のキリエも、今だけは大人しい。からすと共に、静かに祈りを捧げている。
(願わくは…村人達とその子孫が、いつかこの地に帰る事が出来る事を…)
 彼女達の祈りが届くかは分からない。だが…無駄では無いと信じたい。
「どうだ? 人間の事、理解出来たか?」
 炎の前で立ち尽くす波美に向かって、江流が優しく言葉を掛ける。波美は普段閉じている瞳を見開き、ほんの少し笑った。
『言葉にし辛いけれど、少し…』
 祭りの活気と人々の想いに触れ、彼女の中で何かが変わったのだろう。紫狼の影響を受けていない事を、心の底から願いたい。
『一句出来たもふ。送り火に、送られ歩む、門出かな』
 周囲を見渡し、いろは丸が句を詠んだ。巨大な炎が送り火ならば、門出に相応しい。村人達も、暗く沈んでいるだけでは無く前を向いている。
『良い句ですな。ならば拙者も、心の一句を……焼け野原、笑顔に芽吹く、若葉かな』
 武芸以外にも造詣の深い、小次郎らしい一句だ。全てが燃えても、笑顔が新しい思い出を作る…そんな想いが込められているのだろう。
「どうやら、良い俳句仲間が見付かったようですね、武蔵殿」
 りょうの言葉に、いろは丸と小次郎は顔を見合わせて軽く笑みを浮かべた。
「ではでは、新たな一歩を、皆で踏み出そうではないかっ!」
 村で聞いた情報を元に、烏水は新たな唄を奏でる。その曲が村人の心に染み渡り、笑顔を誘った。
 数時間後。
 炎が燃え尽きたのを確認し、彼等は新しい一歩を踏み出す。それを後押ししたのは、間違いなく開拓者達だ。移動する村人を護衛するように、開拓者達も共に歩く。透子は蔵人に荷物を乗せ、運搬も手伝っている。
 誰にも気付かれないよう、からすは村の跡地に土を盛って簡素な塚を作った。大きめの石に村の名前を刻み『此処に眠る 』という文言も加える。いつの日か、村人達が帰るまでこの地を守るよう、願いを込めながら…。