迷子の迷子の…
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/07/02 20:04



■オープニング本文

 大抵のギルドには、飼育小屋が併設されている場合が多い。朋友を人に慣れさせ、開拓者との活動が可能なように調教するのが目的である。無論、ギルド以外の施設で、専門家が調教しているケースも少なくないが。
「おはよう! みんな、ご飯の時間だぞ〜!」
 朱藩のギルドの飼育室に、男性職員の明るい声が響く。その声に反応し、柵の中にいる2体の霊騎が餌箱に近付いて来た。
「雄介と翔一は今日も元気だな!」
 嬉しそうに名前を呼びながら、朋友の背を撫でる。調教中の朋友に名前を付けて呼ぶのが良い事かは分からないが…名前が無いと不便なのも事実。この場合は、大目に見るべきなのかもしれない。
「ほら…真司も一真も、こっちに来いよ?」
 手招きしつつ、隣の檻に居る2体の迅鷹に声を掛ける。この2体は調教を終えて、パートナーとなる開拓者を待っているのだ。少々大人しい性格なのか、滅多に騒いだりしないが。
 そんな迅鷹達とは対照的なのが、正面の檻に居る鷲獅鳥達である。獰猛で縄張り意識が強いため、喧嘩が絶えない。同族同士で威嚇し合うのも、日常茶飯だ。
「やめろ! ったく…巧も司も喧嘩ばっかりだな。少しは総司を見習えよ」
 頭を掻きながら、苦笑いを浮かべる職員。彼が言う『総司』とは、奥に居る駿龍の事だ。気性が穏やかで喧嘩する事が無く、他の朋友の仲裁をする事も多い。この飼育小屋の、兄貴分のような存在である。
 そうやって、全ての朋友に話し掛けながら餌を与えていく。最後の檻で餌を与えた直後、職員の動きが止まった。全ての檻を見渡し、頭数を数える。
「1匹足りない……まさか、アンクか!?」
 焦りの表情を浮かべながら、再び迅鷹の檻を覗き込む。そこに居るのは、さっきと同じで2匹だけ。良く見ると、壁の隅の目立たない位置に穴が空いている。その周囲に落ちている紅い羽毛は、真とも一真とも違う色だ。
「あの馬鹿…!」
 叫びながら、職員は飼育小屋から駆け出す。数時間後、アンクを探すための捜索班が急遽編成された。


■参加者一覧
ルエラ・ファールバルト(ia9645
20歳・女・志
黒木 桜(ib6086
15歳・女・巫
ムキ(ib6120
20歳・男・砲
サクル(ib6734
18歳・女・砂
羽紫 稚空(ib6914
18歳・男・志
カルフ(ib9316
23歳・女・魔
中書令(ib9408
20歳・男・吟
春日原 千歳(ib9612
18歳・女・巫


■リプレイ本文

●広い街の中で
 奏生の街を、忙しそうに駆け回る者が8人。ギルドを中心に、その周囲で聞き込みを行っているようだ。少しずつ範囲を広げているが…成果が上がっていないのか、全員浮かない様子である。
 数時間後、8人は街の広場に集まった。
「皆様、お疲れ様です。こちらは…何の手掛りも得られませんでした」
 言葉を紡ぐルエラ・ファールバルト(ia9645)の表情は暗い。彼女達はアンクの目撃情報を集めていたのだが……上手くいかなかったようだ。
「俺もだ。目撃者の1人や2人は居ると思ったんだがなぁ…」
 煙管を咥えながら、苦笑いを浮かべるムキ(ib6120)。煙を吐き出しながら、ガリガリと後頭部を掻く。
「怪我のせいで飼育小屋から出なかったみたいですし…アンクの存在自体、知っている方は少なかったですね」
 カルフ(ib9316)の言うように、アンクは怪我のせいで飼育小屋から出ていない。存在自体知られていないし、いつ逃げたか分からないのだから、目撃情報が集まらないのも仕方ないだろう。
 第一、ギルドから朋友が逃げるのを目撃したら、情報が寄せられるハズである。
「手に入った情報は…生肉が好きな事と、糠秋刀魚が好きじゃない事、くらいですか」
 中書令(ib9408)が口にした情報は、ギルドの飼育員が教えてくれた事だ。糠秋刀魚でアンクを誘き出そうと思っていた彼にとっては、少々残念な情報かもしれない。
「アンク様、どこに行ったのでしょう? 一般の方などに怪我人を出していないと良いのですが…」
 アンクに限らず、迅鷹は好戦的な個体が多い。黒木 桜(ib6086)が心配になるのも、無理は無いだろう。
「こうなったら、アンクが発見された山を重点的に捜索するしかないですよ!」
 重苦しい空気を打ち破るような、春日原 千歳(ib9612)の必死な声。その一生懸命な姿に、思わず全員の表情が緩んだ。
「そうだな。他に手掛りも無ぇし、闇雲に探すよりはマシだな」
 微笑みながら、千歳に同意する羽紫 稚空(ib6914)。その視線は、南西部の山に向けられている。
「発見された山に向かったか確認したかったのですが…そうも言っていられませんね」
 他の7人とは違い、サクル(ib6734)の表情は若干暗い。山が怪しい事を疑っていないが、確証が欲しかったのだろう。
 そんな彼女の気持ちを察したのか、カルフの小さな手がサクルの両手を包んだ。
「道中に目撃者が居るかもしれません。諦めるのは、早いですよ」
 真っ直ぐな青い瞳に、優しい笑み。カルフの気遣いに、サクルの表情が和らいだ。
「なら、一度ギルドに戻りましょう。借用申請した道具を準備して頂いていますし」
 中書令の言う道具とは、聞き込み前に申請した品々である。アンク捕獲用の物から登山用の道具まで様々ではあるが、時間的に準備は終わっているだろう。
「そうですね。手ぶらでは、山登りも捕獲も困難ですから」
「でも…かなり大荷物になりますよね。捕獲用の籠も申請していますし」
 不安そうに苦笑いを浮かべる、ルエラとサクル。山がどんな地形か分からない以上、万全の準備は必要だが…荷物の量を若干心配しているようだ。
「籠は俺が運んでやる。中書令、稚空、おまえらも手を貸せよ?」
 一番重くてデカい籠を男性陣で運べば、残りの道具は比較的軽い物ばかりである。ムキなりに、気を遣ったのだろう。
「ありがとうございます。ムキさん、優しいんですね」
 千歳は彼の真正面に立ち、無邪気な笑みを浮かべる。その言葉が照れ臭かったのか、ムキは軽く頬を赤くしながら、視線を外した。
「私も、微力ながら協力します。頑張りましょうね!」
 言いながら、拳を握る桜。開拓者達は静かに頷くと、ギルドに向かって歩き始めた。前を歩く桜を見詰めながら、稚空は心の中で決意を固める。
(アンクの捕獲も大事だが…桜を守る事が最優先だな。絶対、それだけは譲れねぇ…!)

●捕獲大作戦
 荷物を持ちながら、南西部の山に向かって歩く8人。途中で会った通行人にも聞き込みをしたが、残念ながらアンクの目撃情報は得られなかった。次第に人通りが少なくなり、山の麓へと到着した。
「山って一言で言うが……広いな。手分けして探すにしても、ある程度目星つけておかねえとな」
 煙管を吹かしながら、目の前の山を眺めるムキ。人が滅多に立ち入らないだけあって鬱蒼と緑が茂っているし、かなり広そうである。
「もしかしたら…水場に居るかもしれませんね。ちょっと探してみます」
 そう言って、桜は小さな白兎の精霊を呼び出した。清浄な水のある場所まで案内してくれる便利なスキルなのだが……白兎は首を振って消えてしまった。これは周囲に水場が無い事を意味している。
 残念な結果に、桜は肩をガックリと落とした。そんな彼女の頭を、稚空が優しく撫でる。
「とりあえず、気配を探ってみるか。相手は空飛んでるし、動きは違うだろうからな」
 目を閉じ、稚空は意識を広げるように集中させた。研ぎ澄まされた感覚が、射程内の気配を探っていく。
「では、私もお手伝いします。後の事は、反応があってから判断しましょう」
 静かに口を開き、ルエラも同様に集中した。怪しい気配が複数あった場合、手分けして探索するつもりなのだろう。
「お二人が気配を探るのなら、私は姿を探してみます。どなたか、手を貸して頂けませんか?」
 視力を強化するために、サクルは練力を両目に集中させた。10km先の物まで見えるようになる反面、大きな弊害もある。
「私で良ければ。そのスキル…確か、近距離が見え難くなるんですよね?」
「わたくしも、お手伝い致します。サクルさん、足元に気を付けて下さい」
 桜と千歳がサクルの両側に立ち、手を握りながら体を支える。桜の言うように近距離の視力が低下するため、誰かが手を貸さなかったら歩くのも一苦労なのだ。2人に礼を述べ、サクルは優しい笑みを浮かべた。
「なぁ……凄い光景だよな、アレ」
 ムキの脇を小突きながら、稚空が声を掛ける。彼が言うアレと言うのは、桜と千歳の事だ。
 2人共小柄で華奢ながら、片やGcup以上で美脚。片や、体に不釣合いなサイズのHカップ。そんな2人がサクルを支えながら歩いていたら、男なら視線はソコに向いてしまうだろう。
「俺に聞くな、馬鹿…! 真面目にアンクを探せ!」
 注意を入れつつ、ムキはアンクを探して周囲を見渡す。時々、視線が桜達に向いているように見えるのは、気のせいだろう。
「まったく、これだから男性は…」
 その様子を見ながら、呆れたように溜息を漏らすカルフ。落胆しながらも、侵入者警戒用のスキルを設置するのを忘れない。
「同感です。お2人共、七輪で焼いてしまいましょうか?」
 言いながら、中書令が不敵な笑みを浮かべる。彼も男性だが、今は仕事に集中しているのだろう。冗談を言っているハズなのだが、目が笑っていないため少々怖い。
 紆余曲折ありながらも、探索を続ける開拓者達。山中深く侵入し、周囲の木々が減って若干拓けた場所に出た瞬間、サクルが脚を止めた。
「あ、真紅の鳥が居ます! 翼は2対4枚…て、こちらに接近してきます!」
 緊迫したサクルの声が周囲に響く。全員がその方向に視線を向けると、赤い物が空の彼方から接近して来るのが映った。高速飛行体が一気に距離を詰め、襲い掛かる。咄嗟に、8人は頭を低くして地面を転がるように突撃を回避した。
「問答無用で襲って来るとは…かなり獰猛ですね。探す手間は省けましたが」
「ですが、迅鷹の速さは脅威です。皆さん、気を付けて下さい!」
 開拓者達が体勢を立て直す中、カルフは苦笑いと共に言葉を呟く。それに応えつつ、ルエラは全員に注意を促した。
「もしかして…わたくしの格好が目立ち過ぎているのでしょうか?」
 心配そうな表情で、自身の服装を眺める千歳。山の中で巫女服、というのは目立つ格好ではあるが……。
「千歳さん、それは違いますよ。アンクが狙ったのは…コレです」
 言いながら、中書令は引き裂かれた布を持ち上げた。所々に赤い染みが付いているそれは、餌を入れて来た袋である。
「荷物袋…あ、餌を狙ったのですね? 匂いでも嗅ぎ付けたのでしょうか」
 千歳の返答に、中書令は無言で頷いた。アンクが最初から餌を狙ったかは定かではないが、たくさんの荷物を持った8人組が山中を歩いていたら、目立つ事この上無い。ある意味、誘き出す事は成功したと言っても良いだろう。
「さて、どうしましょうか? 相手が空の上ではアイヴィーバインドは使えませんし、接近した隙を狙うのは難しいですし」
 枝に止まって餌を貪るアンクを眺めながら、カルフは苦笑いを浮かべる。相手が空中で、しかも飛行速度が速いとなると、対抗手段を講じるのは難しいかもしれない。
「なら、今度襲って来た時に俺とムキで押さえ付けるのはどうだ?」
「それは良いですが……あの、稚空? そろそろ、離して下さい」
 カッコ良く提案した稚空だったが、アンクが襲って来た時に桜を庇って抱き締めてから、ずっとそのままだったりする。愛する者を守りたい気持ちは分かるが、この場合はツッコまずにいられない。
 とは言え、アンクが餌を食べ終わったら、再度襲って来る可能性は高い。その瞬間に動ければ、決して不可能な作戦ではないだろう。
「やれやれ…その作戦でいくなら、私はアンクの戦意を削いでみますよ」
 照れながら離れる稚空を眺めながら、中書令は自身の琵琶に手を伸ばした。ムキは煙管を返して灰を落とし、火種を踏み消す。
「頼む。気は進まねぇが…他に有効な作戦も無いしな」
「お気を付けて。成功するか分かりませんが、私も支援します」
 言葉と共に、サクルは短筒を握り直した。手の空いている者は餌を地面に並べると、その後ろに稚空とムキが並び立つ。更にその後ろに、残りの6人が若干距離を空けて身構える。
 真っ先に動いたのは、中書令だった。陰鬱で不愉快な曲が、アンクの戦意を削いでいく。
 戦意を失っても、食欲は衰えていない。次の餌にありつくために、アンクは枝から飛び立った。その速度は、さっきよりも若干遅い。
 アンクが餌を掴む直前、サクルは練力を込めた弾丸を撃ち放った。それが空中で炸裂し、眩い閃光が周囲を白く塗り潰す。あまりの明るさに、アンクの動きが空中で止まった。
 その隙を狙い、稚空とムキが飛び掛かる。脚と翼を押さえ、逃げないように動きを封じた。
 暴れるアンクに向かって、ルエラと桜、千歳の3人が網を投げる。頑丈な網が三重に重なるが、それでもアンクの抵抗は止まない。ムキと稚空も若干網に巻き込まれているが、気にしない事にしよう。
 カルフが呪文を唱えると、激しい睡魔がアンクに殺到した。眠りの淵に誘われ、徐々に抵抗が弱まっていく。ほんの数秒で、アンクは完全に眠りに落ちた。
 抵抗しない事を確認し、ムキと稚空は網でアンクを包みながら籠に入れる。籠の鍵が閉まると、全員の顔に安堵の笑みが浮かんだ。
「作戦成功、ですね。アンクが起きる前に、ギルドに連れて行きましょう」
 捕獲は成功したが、まだ依頼を達成したワケでは無い。ルエラの言う通り、寝ている間にギルドに送った方が良いだろう。帰還の準備を素早く整え、8人は山を下り始めた。

●予想外の結末
「お待たせしました。ご依頼のアンクの捕獲、完了しましたよ!」
 千歳の明るい声が、奏生のギルドに響く。職員達の視線が集まる中、ムキは籠を卓に置いた。幸いな事に、アンクはまだ寝ているようだ。
「慣れるまでは、大きな音が出る鈴みたいな物を付けさせた方が良いかもな」
「鈴、ですか……猫みたいで可愛らしいかもしれませんね」
 冗談とも本気とも付かない、ムキの提案。だが、ルエラは意外と乗り気なようだ。眠るアンクを眺めながら、似合う鈴を想像して微笑んでいる。
 依頼を達成して笑顔が溢れる開拓者達とは対照的に、職員達には若干元気が無い。その事に真っ先に気付いたのは、桜だった。
「あの…何かあったんですか? 皆さん、元気が無いようですが…」
 桜の問い掛けに、職員達は顔を見合わせる。視線を合わせて無言の会話が行われた後、窓口の職員がゆっくりと口を開いた。
「実は…先程、鷹匠の方がお見えになりまして…」
 鷹匠はアンクを引き取りに来たのだが、脱走した事を聞いて激怒したらしい。依頼されて来たのに、不手際で調教対象を逃がしてしまったのでは、怒るのも当然ではあるが。結果、その鷹匠は契約を破棄し、二度と協力しないと言って帰ってしまったらしい。
「そんな……私達の落ち度で、契約が解消されてしまったのですか…!?」
 驚愕の表情を浮かべる開拓者達。申し訳無さそうに尋ねるカルフに対して、職員は微笑みを返した。
「いえ、皆様の責任では御座いません。元を正せば、迅鷹を逃がした私達の責任ですので…」
 明らかに無理をしている表情。こちらに気を遣っているのだろうが、その気遣いが逆に辛い。
「そうかもしれないけどさ…依頼を上手くこなせなかったのは、俺達の責任だよな……」
 苦笑いを浮かべながら、仲間達を見渡す稚空。この状況では『責任を感じるな』という方が無理な話である。
 誰もが複雑な表情を浮かべる中、サクルは深々と頭を下げた。
「私達の力が及ばず、申し訳ありません…」
 他の7人も、同じように頭を下げる。開拓者達が悪いワケでは無いのだが、謝らずにはいられないのだろう。
「お気になさらず。アンクの捕獲は達成していますし、違う鷹匠と契約致しますので」
「そう言って頂けると、助かります…」
 職員の言葉に、中書令はほんの少しだけ笑みを浮かべる。アンクの捕獲は達成したが、詰めが若干甘かったようだ。
 こうして…朋友の脱走事件は、幕を降ろした。