崩れ去った日常
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/06/26 22:39



■オープニング本文

 東の空から太陽が昇り、夜が明ける。
 いつもと変わらない、いつも通りの朝。
 今日も『平凡な日常』が始まる。
(退屈、だな。いつも同じ事の繰り返しだ)
 背伸びをしながら、男性はそんな事を考えていた。少年と呼べるほど幼くないが、青年と呼べるほどの年齢では無い。俗に言う『ビミョーなお年頃』なのだろう。
 気怠そうに仕事の準備をしながら、握り飯を頬張る。準備を終えて自宅の戸を開けた瞬間、彼の時間が凍り付いた。
「きゃ〜〜〜!!」
「ひ……ひぃぃぃ!!」
 周囲に悲鳴が響き、血飛沫が舞う。牛と人間を掛け合わせたような化け物が、村人を襲っている。目を覆いたくなるような、一方的な暴力。血が池のように溜り、屍が山を築き、家屋が次々に壊されていく。
「何だよ…何なんだよ、これ!」
 あまりにも現実離れした光景に、叫び声を上げた。
 直後、突進して来た牛が彼の体を軽々と吹き飛ばす。確認するまでもなく、即死。村中の住人と家畜が理不尽に蹂躙され、建築物が相次いで倒壊する。ほんの数時間で、小さな村は跡形も無く消えさった。
 更地になっら跡地で、下品な笑い声のような鳴き声を出す牛達。奴らにとっては、遊びのような感覚で村を潰したのだろう。
 そして…牛達は、次の標的を探している。


■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163
20歳・男・サ
黒崎 大地(ib7854
18歳・男・サ
ゼクティ・クロウ(ib7958
18歳・女・魔
一之瀬 戦(ib8291
27歳・男・サ
ラグナ・グラウシード(ib8459
19歳・男・騎
月島 祐希(ib9270
16歳・男・魔
春日原 千歳(ib9612
18歳・女・巫


■リプレイ本文

●村だった場所へ
 空の蒼さは、時として皮肉に映る。辛く悲しい想いをしている場合なら、尚更である。そういう意味では…壊滅した村に向かっている彼等には、今の空は眩し過ぎるかもしれない。
 だが…彼等が行かなければ、辛い想いをする者が増えてしまう。それが分かっているからこそ、開拓者達は前に進むのだろう。
「あの…今日は、よろしくお願いします。上手く皆さんの援護が出来たら、と思います」
 移動中、小走りで仲間達の前に立ち、深々と頭を下げる春日原 千歳(ib9612)。開拓者として日が浅いため、自分の能力に自信が無いのだろう。
 そんな彼女の肩を、三笠 三四郎(ia0163)が優しく叩いた。
「こちらこそ。あまり固くならずに、お互い頑張りましょう」
 緊張を解すような、優しい言葉と微笑み。その表情に釣られたのか、千歳も笑顔に変わっていく。
「そうだな、気負う必要は無い。お前が全力を尽くす事が、成功に繋がる」
 更に、励ましの言葉を掛けるラグナ・グラウシード(ib8459)。彼女が視線を合わせて軽く微笑むと、ラグナは照れ臭そうに視線を外した。どうやら、女性に対して免疫が少ないようだ。
「ねぇ…今回の依頼の村って、あそこかしら?」
 ゼクティ・クロウ(ib7958)の言葉に、全員の視線が集まる。彼女の指差す先にあるのは、崩れた家屋の数々。黒い煙も上がり、とても人が生活しているようには見えない。
「廃墟なんて滅多に無いからな。グズグズしないで、行くぞ!」
 ぶっきらぼうに言葉を告げ、黒崎 大地(ib7854)は駆け出した。それを追うように、全員が走る。目的地が近付くにつれ、不安と不快感が心の中で渦を巻く。彼等の足が止まるまで、そう長い時間は必要無かった。
 壊れた壁に、飛び散った血の跡、点在する屍…地獄絵図という言葉は、今の状況を指すのだろう。凄惨な光景に、千歳は口元を押さえて涙に涙を浮かべる。その様子に気付いたのか、ゼクティは彼女の頭を優しく撫でた。
「これは……ひでぇな……くそっ!」
 村の状況を眺めながら、月島 祐希(ib9270)は顔を歪めて言葉を吐き出す。彼自身の過去と通じる部分があるため、他人事とは思えないのだろう。
「少しでも人間模してやがるってぇだけでもムカつくのに、よくもまぁ好き勝手してがって……!」
 周囲を見渡しながら、一之瀬 戦(ib8291)は崩れた石壁に手を伸ばした。込み上げる怒りに、不意に手に力が入る。手の中で石壁の一部が砕け、周囲に散らばった。
「この惨劇…何体のアヤカシが居るのでしょう?」
「さぁな。私には分からんが…あの連中にでも聞いてみるか?」
 千歳の疑問に答えるように、ラグナは顎で村の奥を指す。偉そうな態度だが、ある意味彼らしいかもしれない。その方向では、数匹の牛人間が群れを成していた。
「先ずは、敵を少し観察……してる場合じゃ無さそうだな」
 開拓者の存在に気付いたのか、牛人間達は視線をこちらに向けて騒ぎ始める。大地の言う通り、観察している余裕は無さそうだ。
「構う事は無ぇさ。こんだけサムライが揃ってんだ、一気にブッ潰してやろうぜ!」
「お前等に直接恨みは無いが…少し憂さ晴らしに付き合ってもらおうか」
 不敵な笑みを浮かべる戦に、怒りの形相の祐希。表に出している感情は全く違うが、アヤカシに対する怒りは同じようだ。
「退治するのは構いませんが、油断は大敵です…注意していきましょう」
 戦闘態勢を整える仲間達に向かって、三四郎が注意を促す。油断している者が居るワケでは無いが、注意するに越した事は無い。正確な数が分からないなら、尚更である。
「まったく…牛は牛らしく、草でも食べててくれないかしら」
 呟きながら、ゼクティは兵装を握り直す。その表情が徐々に冷めていき、瞳に氷のような冷たさが宿った。

●無念を晴らすために
 棍棒を構え、下卑た笑い声を上げながら走って来る6体の牛人間達。その距離、約30m。
「まずは、私が敵の注意を引きます。効かない奴が居たら…お願いしますね?」
 一番前に居た三四郎は、飄々とした笑みを浮かべながら兵装を長弓に持ち替える。狙い定めて放たれた一矢が、1体の脚を射抜いて動きを封じた。更に、三四郎は雄叫びを上げる。その声に惹かれるように、2体の牛が方向を変えた。
「ふん、頭の悪そうな牛共め! 誇り高き龍騎士の名に賭けて、私は貴様らを滅ぼそうッ!」
 三四郎の隣に並び立ち、敵を指差す。叫びと共に大量のオーラが全身を駆け巡り、戦闘能力が高まった。
 その隣では、大地と戦が兵装を構えている。3人共、敵を迎え撃つ準備は万端なようだ。
 大地に向かって、2体目の牛が棍棒を振り下ろす。大地は剣と刀を交差させ、それを受け止めた。が、敵の攻撃が想像以上に強かったのか、防御を破られて棍棒が肩口を強打した。
「厄介な奴だな。本物の牛の方が、まだ可愛げがある…」
 苦痛に顔を歪ませながらも、大地は刀剣を強く握る。力を溜めながら大きく踏み込み、両手の兵装を交差させるように振り抜いた。斬撃が交わり、アヤカシの胸を深々と斬り裂く。
 溢れ出す瘴気を振り払うように、3体目の敵が棍棒を薙いだ。標的となった三四郎は、地面を蹴って後方に跳び、その一撃を避ける。
 が、着地の瞬間を狙って、4体目のアヤカシが棍棒を突き出した。三四郎は咄嗟に体を捻って直撃を避けたが、衣服の脇腹が破れて血が滲む。
 5体目の牛が狙ったのは、ラグナ。棍棒を振り回し、一気に振り下ろした。ラグナは避ける素振りも見せず、不敵な笑みを浮かべなら大剣でそれを受け止める。地面を踏み締め、力任せに弾き飛ばした。
 走っていた6体目は棍棒を投げ捨てると、体勢を低くして更に加速する。そのまま、弾丸のように戦に突撃した。
 戦は敵の動きを先読みし、それを紙一重で避ける。慌ててブレーキを掛ける牛の背に、槍の薙ぎ払いを叩き込んだ。素早く槍を引き戻し、両手で握り直す。
「精々啼き叫べ……家畜以下の、下劣な牛共よぉっ!!」
 裂帛の叫びと共に、全身の力を込めて槍を突き出した。衝撃を伴った穂先が、敵の胸を抉るように貫く。予想外のダメージに、牛は悶えるような鳴き声を上げた。
「耳障りなんだよ、その声……さっさと黙りやがれ!」
 不快感を露にしながら、祐希は杖を掲げる。直後、発生した一筋の電撃が6体目を射抜くと、全身から力が抜けて瘴気に還りながら地に伏した。次いで、祐希は標的を1体目に変えて杖を振る。閃光が一直線に走り、敵の肩を射抜いた。
 冷たい風が戦場に流れ込む。ゼクティのスキルが、冷気を生み出しているのだ。それが三四郎の周囲に居る2体を飲み込み、凍て付く空気が氷と化して纏わり付く。
「まずは……囲まれている三四郎さんの援護を…!」
 両手を広げ、素早く軽やかに舞い踊る千歳。その舞が精霊に干渉し、三四郎の敏捷性を増加させた。踊りながらも、頑張って応援する事を忘れない。
「ありがとうございます。援護して貰った分、頑張りますか…!」
 後ろを振り向き、三四郎は千歳と視線を合わせて礼を述べる。その隙に1体目の牛が矢を引き抜き、突進してきた。棍棒を握り締め、薙ぎ払うように振り回す。
 迫り来る鈍器を、三四郎はしゃがんで回避した。兵装を素早く槍に持ち替えて右脚で大きく踏み込み、それを軸に回転。鋭い穂先が空を切り、周囲に居た3体を薙ぎ払った。一番近くに居た1体目は、胴から両断されて地面に転がる。
 仲間を2体失い、敵の間に動揺が走る。浮足立った隙を、ラグナが見逃すハズが無い。
「図体ばかりデカくても、おつむの方は随分と哀れなようだな!」
 刃にオーラを収束させ、目の前の敵に向かって振り下ろした。更に手首を返して腕を振り、横薙ぎの一閃。十字の斬撃が牛の体を深々と斬り裂き、全身が瘴気の塊と化して空気に溶けていった。
 刀と剣を握り直し、大地は目の前のアヤカシに刀剣を突き刺した。素早く左手の兵装を逆手に持ち替え、斜め上に斬り上げる。体を大きく裂かれ、牛はそのまま後ろに倒れ込んだ。血の代わりに瘴気が吹き出し、霧のように消えていく。
 残る敵は、2体。その片方が、息を大きく吸いこんだ。恐らく、炎を吐く前兆だろう。それに気付いた戦は、俊敏な動きでアヤカシの脚を払って転倒させた。
「見え見えなんだよ! てめぇは地べたに這いつくばってる方が似合いだぜ!」 
 無様に転がる敵の胸を狙い、槍を突き刺す。それが止めになって全身が瘴気と化していくのを確認し、戦は槍を蹴り上げた。穂先を最後の敵に向け、全体重を乗せて突き刺す。鋭い刺突がアヤカシの腹部を抉るように貫くと、その体が黒い霧となって飛び散った。
「今ので終わり、ですかね? どこかに隠れている可能性も否定出来ませんが…」
 言いながら、三四郎は周囲を見渡す。廃屋や瓦礫が多いため、隠れる場所は豊富である。全員が警戒を強める中、右奥の瓦礫を崩しながら2体のアヤカシが姿を現した。次いで、左奥からも2体。合計、4体の増援が開拓者達に迫る。
「やっぱり増援が居やがったか。ゼクティ、そっちは頼めるか!?」
「もちろんよ、月島さん! 奴らの動きを鈍らせ…フローズ!」
 互いに逆の方向を向き、祐希とゼクティは杖を構えた。敵の周囲に冷気が流れ込み、空気ごと凍て付かせる。強烈な冷気は氷を生み出し、アヤカシ達に纏わりついて動きを鈍らせた。
 迫り来る敵を迎え撃つように、三四郎とラグナが右側に、戦と大地が左側に移動する。
 千歳は仲間を援護するため、再び軽やかに舞った。精霊の力を請う踊りが、戦と大地に加護を与える。
 アヤカシの1体が棍棒を投げ捨て、加速しながら体当たりを仕掛けて来た。ラグナは大剣を地面に突き刺し、盾代わりに構えて防御態勢を取る。衝撃が全身を駆け巡り、苦痛で顔を歪ませながらも、彼は牛の体当たりを受け止めた。
「一之瀬さん…あの2匹、一直線上に誘導出来ないか? 試したい事がある」
「任せろ! とは言え無ぇが、やってみる。期待してるぜ?」
 戦は不敵な笑みを浮かべると、大地の期待に応えるべく雄叫びを上げる。左側のアヤカシ2体は、大地を無視して戦との距離を詰め、棍棒を振り廻した。先端が彼の体を掠め、薄っすらと血が滲む。牛の動きを止めるように、戦は脚を狙って槍を薙いだ。
 三四郎に向かって、4体目のアヤカシが体当たりを放つ。彼は横目で後方を確認し、敵をギリギリまで引き付けて身を翻した。標的を失った4体目の先に居るのは、戦と左側の敵2体。戦が地面を転がるように体当たりを回避すると、3体の敵が激突した。
 その隙を、大地は待っていた。刀剣を逆手に持って練力を込め、思い切り地面に突き刺す。衝撃の波が地下を走り、地盤を吹き飛ばして3体のアヤカシに手傷を与えた。
 追撃するように、三四郎は二連続で槍を突き出す。抉るような刺突が敵の首筋と胸部を削ると、全身が瘴気と化して弾け散った。
 ラグナは大剣を抜きながら、刀身にオーラを集中する。兵装を上段に構え、大きく踏み込んで全力で振り下ろした。敵が防御するように棍棒を構えたが、それを容易く両断して胸部を斜めに斬り裂く。
「…貴様らも、好き放題に蹂躙してきたのだろう!? ならば……今度が貴様らの番だ。せいぜい醜く泣き叫べッ!!」
 怒りを込め、回転するように大剣を薙いだ。切先がアヤカシの胴を切断すると、耳障りな断末魔を上げながら瘴気に還っていった。
「さて…いつまで耐えられるかしら?」
 不敵な笑みを浮かべながら、ゼクティは杖を掲げる。その先端から二筋の雷光が発生し、残った2体を射抜いた。胸に穴を穿たれ、そこから瘴気が漏れ出す。深手を負っていたアヤカシは、崩れ落ちながら瘴気と化して消えていった。
 残った1体に向かって、祐希の電撃が殺到する。胸と胴を射抜かれながらも、止めにはギリギリで足りなかったようだ。標的を千歳に合わせ、最後の力を振り絞って体当たりを放った。
「倒し切れなかった!? 千歳、逃げろ!」
 祐希の叫び声が周囲に響く。開拓者達の視線が同時に千歳に集まるが、気付いた時にはもう遅い。敵は、彼女の眼前まで迫っていた。
「きゃ〜〜〜! 来ないで下さいっ!」
 絹を裂くような悲鳴を上げながら、千歳は手にしていた2本の杖を交互に振り下ろす。その打撃がアヤカシの頭部や肩を連続で打つと、その体が崩れ落ちた。無我夢中の攻撃が止めとなり、アヤカシは空気に溶けていく。
(こいつ等を倒したところで、村の人が……ましてや、俺の家族が帰ってくる訳じゃないけど…『これで、どっかの誰かが同じような目に遭わずに済む』……そう思っとけば、ちょっとは憂さも晴れる、かな)
 消えていくアヤカシを眺めながら、祐希はそんな事を考えていた。

●葬送
 10体のアヤカシを撃破した開拓者達は、増援を警戒して周囲を見渡した。五感を研ぎ澄ませ、注意深く気配を探る。その状態が数分続いたが、結局敵は現れなかった。安堵の笑みを浮かべながら、開拓者達は胸を撫で下ろす。
「皆さん、お疲れ様で……戦さん、どうしたんですか?」
 労いの言葉を口にする千歳を素通りし、戦は崩れた壁の前で膝を付いた。地面に手を伸ばし、優しく『何か』を拾い上げる。
「あれは…村人の遺体? 埋葬する気かしら? 彼があんな事をするなんて…ちょっと意外ね」
 ゼクティが言うように、戦は周辺の遺体を丁寧に拾い上げていた。普段は粗野で斜に構えているため、目の前の光景が意外に見えるのだろう。
「ですが、間違った事はしてないですね。このまま帰還したら…心苦しくなりそうです」
 言いながら、三四郎は衣服の胸を掴む。周囲には、遺体が散乱している。それを埋葬する者は……誰も居ない。
「なら、俺達も手伝おうぜ? 全員で協力すれば、すぐ終わるだろ」
「悪いが……俺は念のために村を見回って来ようと思う。まだアヤカシが隠れているかもしれないからな」
 大地の提案に、祐希が複雑な表情で応える。死者の埋葬も大切だが、新たな被害を生まない事も、同じくらい大切である。
「ならば、私も一緒に行こう。何かあった場合、一人では危険だろう?」
 祐希の肩を、ラグナがそっと叩く。2人は軽く笑みを浮かべると、村の奥へと歩を進めた。
 残った4人は戦と合流し、遺体を集めていく。隅々まで調べ終わると、戦と大地と三四郎が協力して穴を掘った。その間に、ゼクティと千歳は遺体の汚れを落とす。掘り起こされた穴に、周辺から採取した花と共に躯を収めて土を被せた。
 遺体の血で体中を赤く染まった状態で、戦は大きな石を準備した。そこに村の名前を彫り込み、墓標代わりに立てて花を添える。全員がそこに膝を付き、静かに祈りを捧げた。
「…安らかに眠れよ」
 全てを終え、墓に向かって微笑みながら呟く戦。彼等の想いは、きっと村人達に届くだろう…。