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■オープニング本文 一般人にとって、婚儀は『人生最大の行事』と言っても過言では無い。誰もが幸せを夢見て、愛する者と添い遂げる事を誓う場でもある。ジルベリアやアル=カマルとの文化交流が始まってからは、天儀以外の結婚様式に憧れる者も増えてきた。今日結婚式を執り行う1組の新婚さんも、例外では無い。 「お似合いですよ。ご覧になりますか?」 着付けを担当していた老婦人が、優しい笑みを浮かべながら手鏡を差し出す。純白のドレスに身を包んだ女性は、それを受け取って鏡を覗き込んだ。 「綺麗……何だか、私じゃないみたい…!」 ウットリした表情で、自身の姿を映す女性。婚姻儀礼用のウェディングドレスは女性を美しく魅せる効果があるが、ハレの日で気分が高潮しているのだろう。 だが……その表情は、一瞬で絶望に変わる。 「きゃ〜〜〜〜〜!」 式場に響く、恐怖の叫び声。悲鳴と血飛沫が交錯し、周囲は地獄絵図と化していく。 その元凶は…狼の姿の獣人。だが、生気が一切感じられない。恐らく、狼男のゾンビ版…と言った存在なのだろう。自分が失った命を求めるように、次々に人を襲っていく。その猛襲は留まる事無く、屍が山を築いた。 「いや…いや、やめて……!!」 懇願する女性の願いが届くワケも無く、狼男の非情な爪が一気に振り下ろされた。純白のドレスが、真っ赤に染まっていく。その場の全員が力尽きると、狼男は踵を返して式場を出て行った。新たな命を求めて……。 |
■参加者一覧
紫焔 遊羽(ia1017)
21歳・女・巫
八十神 蔵人(ia1422)
24歳・男・サ
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
九竜・鋼介(ia2192)
25歳・男・サ
鞍馬 雪斗(ia5470)
21歳・男・巫
パニージェ(ib6627)
29歳・男・騎 |
■リプレイ本文 ●偽りの婚儀だとしても… 婚姻の儀を執り行える場所は、天儀にいくつか存在する。建築様式は天儀式からジルベリア式まで様々ではあるが、その中の1つ。理穴西部にある街の教会で、結婚式の準備が大急ぎで進んでいた。 「神聖な儀式を仕事に利用するのは、正直如何なものかと思わないでもないが……致し方無いところか」 その様子を眺めながら、複雑な表情を浮かべているのは、皇 りょう(ia1673)。黒いパンツスーツに、ビスチェ風のインナーシャツ。胸元に薔薇のコサージュを付け、女性らしく華やかに見える。女性だからこそ、結婚式に特別な想いがあるのだろう。 「そうだな…ギルドの協力で神父や参列者の準備も出来た。あとは…『幸せな空気』を演出するだけ、だな」 普段は天儀風の着物を好んでいる九竜・鋼介(ia2192)も、ギルドの用意したスーツに身を包んでいる。彼の言う通り、式場の準備をしている者も、参列者も、ギルドの職員である。だか、鋼介の見詰める先に居る2人…新郎新婦役は、共に依頼を受けた開拓者だ。 「まさか誕生日の贈り物、こないなトコで使う事になるとは思わなんだで…」 清楚かつ鮮やかなジルベリア風の高級ドレスに身を包み、恥ずかしそうに俯いているのは、新婦役の紫焔 遊羽(ia1017)。彼女が着ているドレスは『想い慕う殿方』から贈られた物である。その殿方のいうのは……。 (小盾は外套の下に隠すとして…問題は、レイピアか。儀礼剣の代わりにして誤魔化せると良いが…) 新郎役の、パニージェ(ib6627)だ。外套が一揃いになったジルベリア風の上下服は、気品に溢れている。燕尾服とは違うが、婚礼する男性を演出するには充分過ぎるだろう。 「…ところで、偽でええの結婚式? 本当に挙式した方がエエんやない?」 人懐こい笑みを浮かべながら、八十神 蔵人(ia1422)が冗談交じりに2人を茶化す。遊羽は顔を更に真っ赤にして俯いてしまったが、パニージェは不機嫌そうに鋭い視線を返した。その表情に、蔵人は苦笑いを浮かべながら乾いた笑い声を零す。 教会の準備が一段落した頃、鞍馬 雪斗(ia5470)の周囲には人だかりが出来ていた。 「……結構難しい相手になるんだろうか……奇術師の正位置…信じれば大丈夫…ってとこだな…」 職員相手にタロット占いのしたのが好評だったのだろう。『美少女占い師』の話が、全員に広まったようだ。少女、というのが若干気になるが…白いドレスに黒いボレロを羽織っていたら、性別を間違われても仕方ないかもしれない。 (新婦役には少し興味があった、などとは口が裂けても言えないな…) 遊羽と雪斗を交互に見比べながら、りょうは一人溜息を吐く。自分には『女らしさが足りない』と思っているため、新婦役に憧れる反面、苦手意識が前に出ているようだ。 様々な想いが交錯する中、教会に鐘の音が響く。 「お、そろそろ始まるみたいだね。職員のみんな、協力よろしく頼むよ!」 占いを切り上げ、雪斗は職員達に声を掛けた。老若男女を含めた数十人が教会の椅子に座ると、周囲の雰囲気が一変して張り詰めていく。 「外からは中の様子が見えんようにな。何せ、得物を持って結婚式なんぞやりゃ、死体でも待ち伏せやって気付くやろ」 「いや、死体なら気付けんだろう。まぁ、言いたい事は分からんでも無いが」 顔を見合わせ、蔵人と鋼介は軽く笑みを浮かべる。そのまま、2人は出入り口付近の椅子に腰を下ろした。りょうは後方の左端に、雪斗は右側の中頃に座っている。 祝福を告げる演奏が始まると、場内には拍手が雨のように降り注いだ。全員の視線が、新郎新婦役の2人に集まっている。荘厳な空気の中、囮の結婚式が始まった。 だが……遊羽の表情は、若干沈んでいる。 (結婚…一度は欲して、それから逃げたんよな…) 辛い過去を思い出し、俯き加減に視線を落とす。その異常に気付いたパニージェは、彼女の手を強く握った。掌から伝わる優しい温もりに、遊羽は視線を上げてパニージェに視線を向ける。2人は視線を合わせると、自然と笑みが零れた。 (たとえ虚構だとしても、仮初だとしても…今だけは…) ●無粋な者に鉄槌を 神父役の進行で、囮の結婚式は進んでいく。そこには人々の笑顔があり、厳粛で華やかな雰囲気は本物と比べても遜色は無い。新郎新婦役の2人が纏う空気も幸せそうで、囮という事を忘れてしまいそうになる。 聖書に書かれた言葉の朗読が終わりに差し掛かった頃、教会のドアが引き裂かれて崩れ落ちた。その物音に、全員の視線が集まる。ドアの残骸を踏み砕きながら現れたのは…狼のアヤカシ。場内の空気が一変し、悲鳴が周囲に響き渡った。 「職員さん達や。打ち合わせ通り、避難宜しく。さーて、人様の幸せ踏み躙るシツケの無いアヤカシめ、仕置きしてやるわ…わし『以外』の手でな!」 真っ先に席を立ち、アヤカシと対峙する蔵人。行動は勇ましいのだが、冗談交じりの発言は相変わらずである。彼の言葉と雪斗の先導で、職員達は奥の部屋に避難して行った。 逃げる獲物を後回しにして、アヤカシは蔵人に狙いを定める。床を蹴って加速すると、鋭い爪を一気に振り下ろした。 蔵人は防御に徹して攻撃を見切り、槍を交差させて爪撃に合わせる。固い金属音と共に火花が散る中、攻撃を完全に受け止めて無効化した。 「この二槍の壁、そう易々と越えさせはせん! あ、でも早めに仕留めてくれるととても嬉しいです、はい」 敵に対して大見得を切りながらも、仲間に対して支援を求める蔵人。強気なのか弱気なのか分からなくなるが、不思議と不快感は無い。それが、彼の魅力なのだろう。 「承知した、蔵人殿。ならば、全力で狩るのみ!」 狼の側面から、りょうが一気に距離を詰める。掲げた太刀が夕陽のような光りを発すると、それを全力で振り下ろした。斬撃が敵を斬り裂きながら、気の流れを乱す。 「…人の幸せを、それも最高の幸せを奪いやがって…これ以上貴様に幸せを奪わせん…!」 鋼介は不快感を露にしながら、不転退の決意を固める。正面から接近して刀を抜くと、白刃が煌めいてアヤカシの胴を深々と斬り裂いた。傷口から瘴気が漏れ出し、空気に溶けていく。 りょうと鋼介は並び立ち、スーツの上着を脱ぎ捨てる。全身が衣装で隠れた直後、2人の服装は開拓者の装備に変わっていた。奇術師も真っ青の、早着替えである。 職員達の避難が完了したのを確認し、奥の部屋から戻って来た雪斗。戦場を眺め、瞬時に状況を把握した。 「…敵の注意は蔵人さん達に向いてるし、自分は補佐に回るかな」 雪斗は兵装の短剣を握りながら術を唱えると、周囲の仲間達が聖なる光に包まれる。それが全員の体に作用し、防御力を上昇させた。 雪斗のサポートを受けながらも、遊羽の表情は暗く沈んでいる。大きな狼に一瞬怯えた事も関係しているが、それ以上に大きな理由があった。 (幾ら偽物や言うても、ぱにさんはゆぅとなんて…嫌やなかったやろか…?) 過去の出来事があり、自分に自信を持てない遊羽。そんな彼女だからこそ、自分の事よりパニージェの事が気になっているのだろう。 その想いに気付いたのか、パニージェは遊羽をそっと抱き締めた。 「遊羽…この身に代えても末に、貴女を護る事を、誓う」 大事な人を胸に抱きながら、武器を掲げる。騎士のような気高い魂と、聖句にも似た力強い言葉。精霊の力がパニージェの体に宿り、身体能力を上昇させていく。 そして、彼の言葉は遊羽にも勇気を与えていた。 「幸せの門出に、なんと惨たらしい事や…許させんで…っ!」 スカートの中から扇子を取り出し、狼をビシッと差す。その瞳には、怖れも迷いも一切無い。 「随分と鋭そうな爪だが…その威力と勢い、削がさせて貰うぞ」 言葉と共に、りょうの兵装が再びぼやけた光を放つ。大きく踏み込んで太刀を薙ぐと、刀身がアヤカシの胸板を裂き、瘴気が漏れ出した。それを振り払うような二撃目が、狼の爪を捉えて叩き折る。 蔵人は逃げない覚悟を決めると、槍の穂先から白いオーラが立ち上った。そのまま、狼に向かって二槍を突き出す。鋭い刺突が肩と胸を貫き、孔を穿って瘴気が吹き出した。 アヤカシは眉間にシワを寄せながら、腹の底から大きな雄叫びを上げる。咄嗟に、鋼介は耳栓を取り出して自身の耳に填めた。恐怖心を揺さぶるような、恐ろしい叫び声。全員が耳を押さえながら、精神的苦痛に顔を歪める。 その隙を、アヤカシが見逃すワケが無い。前衛の開拓者を飛び越えると、一番小柄な遊羽に狙いを定めた。大きく口を開けて牙を剥き、一気に彼女に迫る。 獰猛な牙が遊羽に届くより早く、パニージェが間に割って入った。 (俺のやるべき事など常に決まっている。お前を…貴女を、遊羽を護る) 防御に徹しながら盾を構え、狼の攻撃を受け止める。が、想像以上の威力に盾を弾かれ、牙がパニージェの腕に大きな傷を描いた。 流れ落ちる鮮血を目の当りにし、遊羽の中で『何か』が弾ける。 「紫焔の名を侮りなや…? 存分に味わうとえぇわ!」 怒りの声と共に、アヤカシの周囲に清浄な炎が複数生み出された。それが一気に殺到し、敵の体を焦がしていく。普通の炎とは違い周囲に燃え移らないため、火事の心配は無いが……彼女の怒りを表すような激しい炎である。 「…女性は怒ると怖いな。これ以上、新婦の逆鱗に触れるなよ」 不敵な笑みを浮かべながら、雪斗は床に手を付いた。精霊力に干渉し、未だに燃えているアヤカシの足元から魔法の蔦を伸ばす。それが敵の全身に絡み付き、動きを鈍らせた。 鋼介は耳栓を外し、アヤカシの背後から距離を詰める。刀を強く握って振り上げると、全力で振り下ろした。背面が深々と斬り裂かれ、衝撃で炎が消え去る。 「悪は誅すべし、だ。徹底的に、滅する…!」 静かに呟き、りょうは太刀を軽く振った。兵装に精霊力を収束させると、刀身が白く澄んだ気を帯びる。梅の香りを伴わせながら、彼女は太刀を大きく薙いだ。切先がアヤカシの体を斬り裂き、瘴気が舞う。りょうは手首を返し、追撃するように下から斬り上げた。白い気が、瘴気や傷口を浄化していく。 「さてさて…そろそろ無粋な奴にはご退場願わんとなぁ?」 「…同感だ。コイツのやった事は、許せる事では無い」 口元に笑みを浮かべながら、腕を回す蔵人。その言葉に同意しながら、パニージェはレイピアを握り直した。 蔵人は二槍を構え、床を蹴る。体勢を低くしながら突撃し、槍を突き出した。穂先が敵の両肩を貫通し、瘴気が漏れ出す。その勢いで壁まで押し切り、アヤカシを磔にするように壁面に槍を突き刺した。 入れ替わるように、パニージェが距離を詰める。大きく踏み込んで細身の剣を突き出すと、敵の胸部に吸い込まれるように突き刺さった。傷口から、大量の瘴気が溢れ出す。 「人の恋路を邪魔する奴は…なんとやらだよな? …奔れ閃光、空穿つは雷帝の蹄…っ!」 詠唱しながら、雪斗は短剣を敵に向けた。切先から発生した2筋の電光が、一直線に伸びてアヤカシを射抜く。それが腹部に大きな穴を空け、そこから黒い霧が立ち上る。 その瘴気すら焼き尽くすように、遊羽は敵の周囲に炎を生み出した。清浄な炎がアヤカシを飲み込み、焦がしていく。 全身を焼かれながらも、狼は腕を強引に動かして槍を引き抜いた。それを投げ捨て、ゆっくりと歩を踏み出す。迎撃しようとする蔵人とパニージェの肩を、鋼介が掴んだ。2人の間を抜け、アヤカシと対峙する。 「…犠牲になった人たち、花嫁の絶望を…貴様も味わえ!」 吼えるような叫びに合わせて、狼が爪を振り下ろした。鋼介はその攻撃を紙一重で避けながら距離を詰め、擦れ違い様に小剣で敵の脇腹を深々と斬り裂く。踵を返して大きく踏み込むと、刀を全力で突き出した。衝撃を伴った刀身が、敵の胴を抉るように削り取る。その様子は、狼の爪撃と虎の牙のようだ。 「…神にでも祈るんだな…狼だけに『おお、神よ』…なんてねぇ」 敵に背を向け、兵装を収める鋼介。狼の体が崩れ落ち、膝を付いた。前のめりに倒れながら、その全身が瘴気に還っていく。ほんの数秒で、アヤカシの姿は完全に消え去った。 ●全ての終わりに 「待たせたね。みんな、大丈夫だったかな?」 戦いを終え、雪斗は微笑みながら奥の部屋の戸を開けた。彼の姿を見た職員達から、歓喜の声が上がる。無事に事件が解決した事で、誰もが胸を撫で下ろしながら微笑んでいる。 「ぱにさん、大丈夫!? 痛くあらへん!?」 対照的に、泣きながらパニージェの傷を癒す遊羽。他人が傷付く事が相当嫌なのだろう。戦闘中は気を張っていたが、今は緊張の糸が切れてしまったようだ。 「落ち着け…カスリ傷だ。問題無い」 パニージェは微笑みながら、遊羽の頭を優しく撫でる。他人には見せない、彼の笑顔。その表情と雰囲気が、遊羽の心を癒していく。2人の視線が絡まり合い、互いを見詰めたまま離れない。 「あ〜…そこの新婚さん? 見せ付けるんは、ほどほどになぁ?」 甘〜い雰囲気を茶化すように、蔵人が言葉を掛ける。2人が否定の声を上げるより早く、奥の部屋から職員達が出て来た。 戦いは終わったが、依頼が『完全に終わった』とは言い切れない。まだ、教会の後始末と、職員達の帰還が残っている。開拓者と職員達は全員で協力して室内を片付け、教会を後にした。 りょうは複雑な表情で振り返り、教会を見詰める。 「結婚式……かぁ。私の番はいつになる事やら……頑張ろう」 一人呟き、再び歩き出した。事件は解決したが、彼女の問題が解決するのは、まだまだ先になりそうである。 ギルドに帰還する仲間とは別に、鋼介は教会の裏手に回った。そこに広がる墓地には、色んな者が眠っている。もちろん、今回の事件で犠牲になった人も。 「…仇は討った。だからせめて、安らかに眠ってくれ…」 呟きながら、冷たい墓標を見詰める。彼の呟きは、風に乗って空の彼方に消えていった。 散ってしまった命に、冥福を。これから結ばれる者達に、祝福を……。 |