零れた涙の行先
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/06/13 20:37



■オープニング本文

 たま〜に『海がしょっぱいのは、乙女の涙が辿り着く場所だからだ』と、冗談半分で言う者が居る。冗談にしては笑えないし、皮肉ならもっと笑えない言葉ではあるが。
 しかし……残念な事に、泰国ではその言葉が現実になりつつあった。
「また出やがったぞ! 例のバケモノだ!」
「チクショウ! 舵を切れ! さっさと逃げるぞ!」
 屈強な漁師が、海に浮かぶ小型船の上で右往左往する。
 周囲に響く怒声、飛び散る汗、ひしめき合う筋肉。暑苦しい事この上無いが、彼等は必至の形相で船を操舵している。文字通り『命懸け』で。
 海面が不自然に盛り上がり、水の柱が天に伸びる。その規模は、尋常では無い。次いで、水面下から姿を現したのは……巨大な軟体動物の脚。それが水面を叩き、水飛沫と共に巨大な波が生まれた。
「うぉぉぉぉぉ!?」
「飲まれるぞ! 急げ!」
 周囲は阿鼻叫喚。地獄絵図と言っても差し支えない状況である。
 津波が船を飲み込み、空中に投げ出す。宙を舞い、海面に落下する漁師達。道具や船の残骸が、無残に流れていく。ほんの数分で、周囲の船は全滅状態した。
「あの化け物……俺達に何の恨みがあるんだよ!」
 悔しそうに叫ぶ漁師の目から、大粒の涙が零れる。最近、海に出ると必ず『アレ』がやってくる。正体も目的も、一切不明。イカだかタコだか分からない巨大生物は、海で漁をしていると襲って来るのだ。奴の所為で、不漁が続いている。このままでは、食卓から魚介類が消えるのは、時間の問題だろう。
「海が…俺達の海が……!」
「漁が出来なきゃ、俺達はどうやって生活すりゃ良いんだよ……」
 それよりも先に、漁師達の心が折れかけている。船の残骸に捕まりながら、海を流れて行く漁師達。彼等の涙で、海は更に塩辛くなってしまうのだろうか…?


■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163
20歳・男・サ
雲母坂 優羽華(ia0792
19歳・女・巫
ペケ(ia5365
18歳・女・シ
杉野 九寿重(ib3226
16歳・女・志
エルレーン(ib7455
18歳・女・志
フルール・S・フィーユ(ib9586
25歳・女・吟


■リプレイ本文

●青と白と…
 四方を海で囲まれているせいか、泰国の海岸はどこも美しい。抜けるような青い空に、フワフワと漂う白い雲。透き通るような海水と、白く広がる砂浜。
 そして……号泣する漁師達。
「ご心配無く。漁の邪魔をする巨大軟体生物は、必ず討伐致しますので。吉報をお待ち下さい」
 杉野 九寿重(ib3226)の言葉に、漁師達から歓声が上がる。漁に出れず絶望的な状況だったため、開拓者が助けに来てくれたのが相当嬉しいのだろう。ちなみに、九寿重以外の開拓者は、漁師達に捕まる前に避難していたりする。
「ウネウネでノタノタしたイキモノかぁ…アヤカシじゃなさそうだけど…でも、油断は禁物なの!」
 少々離れた海岸で、エルレーン(ib7455)は海を眺めながら手を握る。まだ見ぬ敵を想像し、気合を入れているのだろう。
「これはきっと、アレですね。乙女の涙に含まれる『オトメニウム』を吸収して巨大化した、イカかタコに決まっているのです!」
 グググッと、拳に力を入れながら熱弁するペケ(ia5365)。どこまでが本気で、どこからが冗談か分からないが…彼女の発言には、不思議な説得力を感じてしまう。
「ペケはん、何言うてはりますの〜。そないな成分、聞いた事あらへんわぁ」
 ほわ〜んとした笑みを浮かべながらも、雲母坂 優羽華(ia0792)はツッコミ所を外さない。万が一彼女がツッコまなかったら、ペケの熱弁はどこまでも大きくなりそうである。
「私も初耳です。それが事実なら、調べてみる価値がありそうですが」
 不敵な笑みを浮かべながら眼鏡を上げる、三笠 三四郎(ia0163)。オトメニウムの話が事実だったら、研究のために敵を捕獲していたかもしれない。
「何、この匂い……良く平気でいられるものねえ」
 他の5人とは違い、フルール・S・フィーユ(ib9586)は不快感で顔を歪めている。砂漠で生きてきたため、海に来たのは今回が初。潮の香りと海風は好みが分かれるが、彼女には合わなかったようだ。
 開拓者達と漁師達が集まっている海岸に、一隻の飛空船が近付いて来る。低空飛行しているソレの格納庫が開き、海上船が着水した。ケモノの被害から逃れるために、船を空輸したのだろう。着水した船が海岸付近まで寄せて停まると、中から操舵手が顔を出した。
「ギルドの方、ですよね? 今日は、よろしくお願いします」
 穏やかな笑みを浮かべながら、三四郎は深々と頭を下げる。操舵手が手を差し出すと、それをそっと握り返した。海岸沿いに居た5人は次々に挨拶を交わし、船に飛び乗る。
「では、早速出発するのですよ。これ以上巨大化されたら厄介なのです」
 ペケの言う通り、敵が巨大化する可能性は否定出来ない。最悪の場合、泰国周辺の海洋生物全てが巨大化…などという笑えない状況に陥るかもしれない。今の所、依頼の生物以外に目撃情報は無いが。
「九寿重は〜ん! そろそろ出発するみたいやで〜!」
 未だ漁師達に捕まっている九寿重に向かって、優羽華が声を掛ける。九寿重は礼儀正しく頭を下げて漁師達に背を向けると、船に向かって駆け出した。地を蹴って軽く跳躍すると、華麗に宙を舞って船に着地する。
「お待たせして、申し訳ありません。漁師の皆様は、私達に相当期待されているようです」
 申し訳無さそうな表情で、九寿重は頭を下げた。全員が揃ったのを確認し、期待に応えるべく船が出港する。それを眺めていた漁師達から、野太い歓声と感涙が溢れた。
「あ、あんなに泣いて…海水が増え過ぎて洪水にならなきゃ良いけど」
「……夢に出てきそうな光景ね。悪い意味で」
 苦笑いを浮かべる、エルレーンとフルール。こんな濃い場面、滅多にお目に掛かれないだろう。ムサ苦し過ぎて、悪夢にうなされそうだが……。

●誘導作戦
 泰国を出発した開拓者達は、北西部の孤島に来ていた。島は大小様々あるが、海岸が広くて敵を誘き寄せ易いのは、この島である。軽く下見を済ませ、開拓者達は敵を探して再び海に出た。
「一体、どこまで続いてるのかしらねえ…」
 甲板で遠くの海を眺めながら、独り呟くフルール。海上の異常を探しながらも『海を遠くまで見渡したい』という好奇心で、周囲に視線を向けているのだろう。その様子を見る限り、潮の香りには若干慣れたようだ。
「それにしても…イカだかタコだか分からない軟体海獣、居ませんねぇ」
 船の手摺りに乗ったまま、ペケは退屈そうな表情を浮かべている。海に出たのは良いが、敵の気配は微塵も無い。平和なのは悪い事ではないが、討伐対象が見付からないのは少々厄介である。
「あ……左の方に反応! 多分、20mくらい先…」
 のんびりと平和な時間が流れていたのが、唐突に終わった。エルレーンが指示した方向の海面が、不自然に波打っている。数秒後、巨大な赤い脚が水面下から飛び出した。
「出ましたか。ひとまず、釣ってみましょうかね…それなりに時間も有りますし」
 不敵な笑みを浮かべながら、三四郎は準備してきた『ボート型の木片』を海に投げ入れた。それには丈夫なロープが結ばれていて、手元の竿に繋がっている。言ってみれば、巨大な疑似餌のようなモノだ。これで敵の注意を引き、孤島まで誘き出すつもりなのだろう。
「海の上で戦うんは厄介どすなぁ……うちは泳げへんっちゅう訳やあらしまへんが、このカッコのままじゃ無理どすしなぁ」
 優羽華は苦笑いを浮かべながら、自身の衣服に視線を落とす。巫女の衣装に良く似た、袴のような着衣。これで泳ぐのは、自殺行為に等しいだろう。
「私は泳げますが、海中で相対したくないですね」
 ピンと立っていた九寿重の犬耳が、元気なく伏せる。犬が耳を伏せるのは、恐怖や緊張を感じている時が多い。表情はあまり変わっていないが、彼女は水が得意では無いようだ。
「私は…海なんて初めてだし、飛び込むのは遠慮したいわね」
 フルールの表情が若干蒼ざめる。砂漠暮らしの者にとって、海の深さは恐怖でしかない。苦笑いが浮かぶのも、無理は無いだろう。
「お、喰い付きましたよ! このまま咆哮で…!」
 竿を握る三四郎の手に力が入る。思い切り引っ張ると、水飛沫を上げながら巨大なタコが姿を現した。三四郎は竿を手放し、野獣のような咆哮を上げる。その声に反応したのか、タコはこちらの海上船に向かって脚を伸ばしてきた。
「作戦成功ですね! 運転手さん、さっきの島まで引き返して下さい! 光の速さで歩くよりも早くっ!」
 無茶な要求を真顔でアッサリ言うのが、ペケの凄いトコでもある。彼女に急かされ、操舵手は船の速度を上げた。
 逃げる獲物を捕まえるかの如く、タコは海を泳ぎながら更に脚を伸ばす。
「船に取り付くつもりでしょうが、そうはさせません…!」
 九寿重は甲板上を大きく移動し、刀を抜き放った。迫り来る脚を、刀の側面で弾くように薙ぎ払う。脚を斬り落さないのは、敵が逆上して襲って来るのを防ぐためだろう。弾く事で巻き付きも防いでいる。
「あんじょう良う陸に誘導出来たら、こっちのモンどすな」
「そうそう♪ 海の中じゃ我がもの顔でも…うふふ、地面の上じゃあ、負けないんだからっ!」
 優羽華とエルレーンの表情に、安堵の笑みが浮かぶ。海上や水中で戦うより、陸上で戦った方が全力を出せるのだろう。目的の孤島までは、もう目と鼻の先である。

●孤島の大決戦
 孤島の砂浜に向かって、海上船が水を掻き分ける。浅瀬に差し掛かった頃、開拓者6人は船から飛び降りて陸に上がった。
「操舵手様、船をお願いします。貴方様も、怪我をしないようにご注意を」
 九寿重の言葉に従い、操舵手は船の方向を変えて西側に回り込む。タコのケモノは船を追う事無く、開拓者を追って陸に上がって来た。恐らく、三四郎の咆哮が効いているのだろう。
「誘き出しは成功したけど…ここからが本番ですね」
 言いながら、三四郎は自身の背丈よりも長い槍を振り廻す。そのまま駆け出して距離を詰めると、タコの脚を狙って槍を突き出した。3つに別れた矛先が脚の1本を貫通し、無理矢理引き千切る。
 痛みで暴れるタコの隙を突くように、九寿重が懐に飛び込んだ。黒い刀身を抜き放つと、空気を斬り裂くが如く奔る。鋭い斬撃が、タコの脚を斬り落とした。
「漁師の涙に含まれている『オッ酸』と化学反応を起こす前に、やっつけるですよ!」
 叫びながら、ペケは特殊な走術でタコに接近する。鋼鉄を纏った左右の拳が連続で繰り出されると、敵の脚を軽々と貫通した。そのまま腕を左右に広げ、引き千切る。
「そのウネウネした足…ぜぇんぶ切り取って、ゆでちゃうんだからねっ!」
「煮ても焼いても、食べれそうにあらへんけどなぁ」
 刀を握り直し、気合を入れるエルレーン。微笑みながらツッコむ優羽華の言う通り、この敵を食べるのは勇気が要りそうだが。
 脚を斬り落とすべく、エルレーンが砂浜を駆ける。地面を蹴って軽く跳躍すると、全力で刀を振り下ろした。切先がタコの脚を斬り裂き、斬り落とす。
 仲間を援護するため、優羽華は軽やかな舞を踊った。精霊の力が三四郎と九寿重を包み、2人の俊敏性を高めていく。
 脚を4本斬り落とされたタコは、怒りに任せて残った脚を伸ばした。巨体に似合わない素早い攻撃が、エルレーンとペケの全身を締め上げる。
「うやあぁあぁあぁあ、気持ち悪いーっ?!」
 ヌメヌメしてウネウネした脚の感触に、エルレーンは思わず悲鳴を上げた。相当混乱しているのか、ワタワタと慌てている。
「私達のオトメニウムも吸収する気ですね!? こんな脚…きゃっ!」
 ペケの短い悲鳴。脚を振り解こうとして身を捻じった反動で、下着の紐が解けてしまったのだ。更に運の悪い事に、薄手の上着が捲れ上がっている。今の状態で拘束が外れたら…『大惨事』になるのは間違い無い。
「厄介な脚ですね。早々に斬り落として、二人を開放しないと」
 周囲の仲間がそんな状況に気付くワケも無く、三四郎は槍を構える。
「三四郎様、エルレーン様をお願い出来ますか? 私はペケ様の方に廻ります」
「なら、私も協力するわね。少しは攻撃し易くなるはずよ?」
 九寿重の提案に賛同したフルールは、大きく息を吸い込んだ。その口から紡がれたのは、特殊な力を秘めた歌。その曲がタコに作用し、防御態勢を鈍らせていく。
 三四郎と九寿重は顔を見合わせて軽く頷くと、ほぼ同時に兵装を奔らせた。三四郎の鋭い刺突がタコ脚の根本を貫通し、全力で捻りを加える。脚が捻じ斬られ、エルレーンの体が解放された。
 黒い刀身が陽光に煌めき、タコの脚に深く斬り込む。九寿重は一度刀を引き、下から全力で斬り上げた。斬撃でタコの力が抜け、脚の隙間からペケの状態が覗く。彼女の状況を瞬時に理解した九寿重は、自身の外套を脱いでペケに投げた。脚の拘束が外れる直前に、ペケは外套を掴んで体に巻き付ける。間一髪で『大惨事』を免れた彼女は、外套の中で素早く衣服を整えた。
「ありがと〜ございました〜…はぁ、酷い目に遭ったのです…」
 礼を述べながら、ペケは外套を九寿重に返す。締め付けのダメージもあるが、精神的なショックで疲れ気味のようだ。
「ううっ…お、お嫁にいけなくなったら、どうしてくれるのぉっ…!」
 砂浜に座り込み、俯き気味の状態で呟くエルレーン。彼女も、精神的にショックが大きかったようだ。
「2人共、災難やったなぁ。怪我、せぇへんかった〜?」
 優しく語り掛けながら、優羽華はそっと微笑む。全身が淡い光を放つと、それが周囲に広がった。優しい光が開拓者達に吸収され、ダメージを癒していく。
 ペケとエルレーンは顔を見合わせると、視線をタコに向けた。数秒ほど見詰めて再び顔を見合わせる。ゆっくりと、2人の口元に笑みが浮かんだ。どうやら『ケモノでウサ晴らしをしよう』という結論に至ったようだ。
 ペケ地を蹴って天に舞い、落下しながら拳撃を放つ。脚を貫通した状態でタコの本体に蹴りを入れ、反動で脚を引き千切った。
 エルレーンは刀に精霊の力を込める。紅い光を放つ刀身を振り、最後の脚に斬り掛かった。紅葉のような燐光が舞い散る中、斬撃が脚を斬り落とす。
 脚を8本斬り落とされ、敵は攻撃手段を失った。
 かに思えた。後方に居る2人に向かって、タコは墨を吐き出す。完全に不意を突かれ、優羽華とフルールに墨が直撃した。
「…『墨も滴るイイ女』なんて、嫌どすなぁ。こんなオイタする子には、タップリお仕置せな…!」
 穏やかに笑いながらも、優羽華の目は全く笑っていない。声も若干低くなり、完全にお怒りのご様子である。
「蒼く深き底よりの苦難へ、猛き者がいざ行かん…我が調べは汝らの標をここに」
 フルールの凛とした声が周囲に響いた。勇壮なる騎士の歌が、開拓者達に不屈の魂を植え付ける。
「これ以上被害を受ける前に、一気に決めましょうか」
 言葉と共に、三四郎は大きく足を踏み込み、槍を全力で突き出した。三叉の矛先がタコの本体に突き刺さった直後、一度槍を引く。再び大きく踏み込み、兵装を深々と突き立てた。
 追い打ちを掛けるように、ペケの拳がタコを貫通する。腕を引きながら跳躍し、そのまま回転。逆の腕で裏拳を叩き込んだ。
 敵の周囲に紅葉のような燐光が舞う。エルレーンの斬撃から発する光だ。紅い光を放つ切先が、連続で敵を斬り裂く。
 優羽華はタコに向かってゆっくりと右手を伸ばし、潰すように宙を握った。直後、敵の周囲の空間が歪み、揺らぎと共に圧倒的な衝撃となって全身を打ち付ける。同様に左手も握ると、空間ごと敵の体が捻じられ、見えない衝撃が殺到した。
「戦場を奔る、漆黒の剣閃…勇猛な志を、今その手に」
 フルールの歌声が、開拓者達の心を奮い立たせる。彼女が歌っているのは、武勇に秀でていた者の曲。その声が、勇気と共に力を与える。
「袈裟斬りにて、天を降ろし、地を斬り上げます…」
 九寿重の言葉に共鳴するように、彼女の兵装が桜色の光に包まれてた。更に精霊の力を上乗せし、袈裟斬りに刀を振り下ろす。強烈な一撃が敵を斬り裂き、枝垂桜のような燐光が舞い散った。手首を返しながら気合と精霊力を集中し、浜辺の砂ごと敵を斬り上げる。燐光が風に揺らいで枝垂桜の幻影を映す中、体を深々と斬り裂かれたタコは力無く海に倒れた。寄せる波が、その巨体を沖まで運んで海の中に沈んでいく。
「海は何故、あのような物を生み出したのかしら…自然は、理解できる物では無いのでしょうけれどね」
 海に消えていく敵を眺めながら、フルールは一人呟いた。その答えが返って来る事は無く、風に乗って消えていった。
 他のケモノが居ないという保証は無いが、彼等の活躍で平和が守られたのは紛れも無い事実である。今は、手に入れた平和な時間を信じたい。
 きっと、泰国に帰ったら漁師達の感涙が彼等を迎える事だろう。