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■オープニング本文 泰国の空一面を覆う、厚い雲。それは広範囲に渡り、太陽の光を遮っている。雲が陽を遮るのは、そう珍しい事ではない。だが、その状態が長く続いているとなれば、話は別だ。 「今日も曇空か〜。お天道様は、随分と照れ屋だな」 「笑えない冗談言ってる場合!? このままじゃ、作物が育たないわよ」 畑の手入れをする、1組の若い夫婦。数日前に植えた茄子の苗は、日照不足で元気が無い。茄子だけでなく、他の作物も同様である。この天候が続いたら、主食の米にも影響が出るだろう。 「怒っても天気は良くならないだろ。そりゃ…お前の気持ちも分かるけどよ」 「……私達だけなら我慢出来るけど、子供達には我慢させたくないわよね」 「同感だ……」 可愛い我が子を想いながら、雑草を引き抜く夫婦。その表情は、先の見えない不安で暗い。 単なる異常気象だと思われていた曇天だったが、1隻の飛空船がその状況を覆した。 「瘴気の反応!? 本当ですか!?」 報告を聞いたギルド職員は、思わず大声を上げる。天儀からの輸送船を護衛していた船が、上空で微弱な瘴気を感じたらしい。直後に偵察用の小型機を飛ばしたが、アヤカシの姿は見付からない。探知や捜索のミスも考えられたが、時を同じくして、国内中央部の山から『天に上る瘴気』が感知された。 天空で探知された瘴気。 大地から不自然に上る瘴気。 異常気象とも言える、厚い雲。 「もしかして、アヤカシが瘴気で雲を集めている…?」 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
此花 咲(ia9853)
16歳・女・志
プレシア・ベルティーニ(ib3541)
18歳・女・陰
サニーレイン=ハレサメ(ib5382)
11歳・女・吟
サフィラ=E=S(ib6615)
23歳・女・ジ
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志 |
■リプレイ本文 ●青い空を取り戻すために 「泰の国では、お天道様が、サボタージュ…ですか。たるんでますね」 『こら、適当に無茶苦茶いうんじゃないサニー』 泰国で空を見上げるサニーレイン(ib5382)に、相棒の土偶ゴーレム、テツジンがツッコミを入れる。一見するとふざけているような態度だが、事件解決のために依頼を受けたのだから、根は真面目なのかもしれない。 「おお〜、ふしぎたいちょーもサフィラさんも居た〜♪ これならいつも通りで大丈夫だね〜☆」 尻尾をブンブンと振りながら、喜びを声を上げたのはプレシア・ベルティーニ(ib3541)。同行者の中に同じ小隊の仲間が居たため、テンションが上がっているようだ。 「サフィラ、プレシア、紹介するよ。空賊団の新しい仲間、『はてな』なんだぞっ!」 天河 ふしぎ(ia1037)は満面の笑みを浮かべながら、相棒のからくり、HA・TE・NA−17の名を呼ぶ。彼に促され、HA・TE・NAは軽く笑みを浮かべながら頭を下げた。 『宜しくお願い致しまする。はてなとお呼びくださいませ』 「ふにゅ? そのからくりさんが新しい仲間なのっ? ふしぎにそっくりだねっ!」 物珍しそうな視線を向けつつ、サフィラ=E=S(ib6615)はからくりの頬をツンツンと突く。彼女の言う通り、ふしぎとHA・TE・NAの容姿は似ている。違う点は、髪型くらいだろう。 「麗霞さん、一緒に頑張りましょうね…」 『はい。霞澄様にお仕えし、お守りするのが私の幸せですから』 柊沢 霞澄(ia0067)の言葉に、相棒のからくり、麗霞が微笑む。彼女達の容姿も、双子のように瓜二つである。霞澄は袖の長い巫女服、麗霞は赤系のエプロンドレスを着用しているため、見分けは付くが。 「霞澄さんのからくりも、霞澄さんに似てお綺麗ですよね!」 『ふ…ふんっ! まぁ、わたくしの次くらいには綺麗かもしれませんわっ!』 明るく話し掛ける此花 咲(ia9853)に、霞澄は薄っすらと笑みを浮かべた。対照的に、咲の相棒、羽妖精のスフィーダ・此花は不機嫌そうである。スフィーダの性格上、刺々しい言動をしてしまうのだろう。 歓談する者達を尻目に、エルレーン(ib7455)は空を見上げている。 「雲を…? よくわからないねぇ。まぁ、いいや! ラル、早速行こう!」 言うが早いか、相棒の炎龍、ラルの背に飛び乗る。そんな彼女に向かって、咲が慌てて叫んだ。 「エルレーンさん、ちょっと待って下さい! 雲を払うのも大切ですが、まずはアヤカシ退治からですよ!?」 その声に、全員の視線が集まる。予想外の忠告と注目を浴び、エルレーンは驚愕の表情を浮かべながら周囲を見渡した。 「散らしてる最中に雲を生み出されたら厄介だしな。逸る気持ちも分かるが、ここは依頼書の記載に従った方が良いだろう」 冷静な口調で諭す、風雅 哲心(ia0135)。彼の言う通り、雲を排除した後にアヤカシが悪さをしたら、苦労が水の泡である。 「え!? えっと、その……ごめんなさいっ!!」 オロオロと周囲を見渡していたエルレーンは、ラルの背から飛び降りて頭を深々と下げた。作戦の手順は事前に確認したハズだが、特殊過ぎる状況や緊張で軽く混乱してしまったのだろう。 「そんなに、気にしなくても大丈夫、ですよ。空を飛べない、テツジンの不甲斐無さに比べたら。微々たる事です」 申し訳無さそうに謝るエルレーンに、サニーレインがフォローを入れる。彼女の言葉で若干傷付いたのか、テツジンは目立たない位置でイジケているが…気にしたら負けである。 「勘違いは誰にでもあるしねっ。あ、一緒に空からアヤカシ探そうよっ!」 明るい笑みを浮かべながら、サフィラが優しく肩を叩く。エルレーンはゆっくり顔を上げて視線を合わせると、微笑みながら静かに頷いた。そのまま、再びラルの背に乗る。サフィラが相棒の炎龍、Kebakaranの背に乗ると、炎龍は低い唸り声を上げた。それを聞いて、サフィラは若干不安そうな顔で相棒の首を撫でる。Kebakaranはチラリと彼女に視線を向けると、大きな翼を広げた。ラルも翼を広げると、2人と2匹は天高く舞い上がり、目的の山に向かって飛んで行った。 「さて…俺達も捜索を始めるとするか。翠嵐牙、お前も頼んだぞ?」 言いながら、哲心は自身の肩に視線を向ける。そこには、相棒の管狐、翠嵐牙が座っていた。 『期待されても困るが、空が暗いままなのは我慢ならん』 翠嵐牙の真紅の双眸が空を見上げる。瘴気に侵された雲は、依然として空を覆ったままだ。 「だよねっ! 瘴気の雲を作って空を汚すなんて、正義の空賊としては許せないんだからなっ!」 朋友の言葉に、ふしぎが同意しながら拳を強く握った。空を見上げる瞳には、情熱と怒りの炎が燃え盛っているように見える。 「では…参りましょうか。あの山のどこかに、元凶が居るはずです…」 霞澄が視線を向けた先は、泰国中央部の山。サフィラとエルレーンが先行偵察に向かったが、発見確率を上げるためにも全員で向かった方が良いだろう。 「イストリア、久々だけどよろしくね〜♪」 プレシアは相棒の甲龍、イストリアの首をぽみゅぽみゅと優しく叩く。イストリアは頬ずりを返すと、甘えるような声を漏らした。仲睦まじい光景に、全員の顔に思わず笑みが浮かぶ。軽くリラックスした処で、6人と相棒達は山に向かって歩き出した。 ●異常気象の元凶 泰国中央部の山の上。何かを探すように、2匹の炎龍が連なって飛んでいる。言うまでも無く、サフィラとエルレーンである。 「ふにゅ〜? どこにいるのかなぁ?」 かざした手を額に当て、キョロキョロと周囲を見渡すサフィラ。捜索範囲が広い上に木々が視界を邪魔しているため、発見は容易ではないようだ。 「えっと……例えば、雲が幾重にも重なって濃くなっているような場所が、怪しいと思う…」 エルレーンの視線は、森では無く空に向いている。アヤカシの姿ではなく『天に上る瘴気』を手掛りに捜索するつもりなのだろう。 同時刻。地上でも捜索が始まっていた。 「大きな蛇なら、移動した痕跡があるはずなのです」 注意深く、蛇が這ったような跡を探す咲。巨大な蛇が移動したら、痕跡が残らないワケが無い。それを考慮し、他のメンバーも周囲を探索していく。 「どこに居ようと、僕の目にはお見通しなんだからなっ!」 不敵な笑みを浮かべながら、ふしぎは符を空に投げた。それが10cm程度の鳥と化し、奥へと飛んで行く。式は彼と視覚や聴覚を共有しているため、感覚が広がったと言っても過言では無いだろう。 様々な方法で探索を続ける中、霞澄の結界がアヤカシの気配を捉えた。効果範囲内に突然現れたのか、彼女から近付いたのかは分からないが、ふしぎの式以外の反応が結界内にあるのは間違いない。 「皆さん、気を付けて下さい…アヤカシの気配が、近付いています……!」 霞澄の言葉に、周囲の空気が張り詰める。全員が周囲を警戒する中、轟音と共に『何か』が宙を舞った。直後、ふしぎの式が消滅する。地響きと共に着地したのは、巨大な蛇。恐らく、式の鳥を獲物と間違って飛び付いたのだろう。若干マヌケだが、お陰で居場所が分かったのは幸運である。 『お下がり下さい、霞澄様。迎撃は私にお任せを』 巨大な斧を構えながら、麗霞は主人を守るように移動した。相棒の言葉に従い、霞澄は数歩後ろに下がる。ほぼ同時に、轟音とアヤカシの存在に気付いたサフィラとエルレーンがゆっくりと降下して来た。サフィラは相棒の背から飛び降り、身構える。 『見つけましたわね。さぁ、元凶退治と参りますわよ?』 言いながら、スフィーダが空中に向かってパンチを繰り出す。ヤル気と闘志は充分なようだ。 だが、この場には彼女よりも気合充分な者が居る。 「うぉりゃー!!」 可愛らしい叫び声を上げながら、サフィラとKebakaranが突撃する。炎龍が蛇に鋭い牙を突き立てると、サフィラの『ぐるぐるぱんち』が敵をポコポコと叩いた。見た目に反して、威力は充分である。更に、強靱な顎が蛇の体を食い千切り、傷口から瘴気が漏れた。 「あいつか。思ってたよりでかいな」 『図体がデカいだけの奴なら何度も相手にしてきたろう。今度のは多少は楽しめるといいが、な』 ほんの少し、翠嵐牙の口元に笑みが浮かぶ。その体が煌めく光子と化し、哲心の防具と同化した。輝く鎧を纏い、哲心は一気に距離を詰める。両手の刀剣が銀色の軌跡を描き、敵の体を深々と斬り裂いた。 「行くよ、はてな!」 『了解にございまするマイキャプテン、一次リミッター解除、チェーンソースタンバイ…はてな、行きまする!』 ふしぎが2刀を抜き放つと、HA・TE・NAはチェーンソーを構える。ほぼ同時に、2人は地面を蹴って突撃した。ツインテールを揺らしながら、HA・TE・NAが兵装を横に薙ぐ。ふしぎが2刀を交差させるように振ると、3つの斬撃が重なってアヤカシの体に深い傷を刻み込んだ。 「この程度のでっかいヘビに、ぶりちゃんが負けるわけないんだからね〜!」 元気良く叫びながら、プレシアは巨大な蛇の式を召喚する。その大きさは、アヤカシに勝るとも劣らない。彼女の命に従い、大蛇の式は尾を振り廻した。周囲の木々が薙ぎ倒され、アヤカシが倒れた反動で更に樹木が倒れる。その様子は、まるで怪獣同士のケンカのようだ。 敵が倒れた隙を狙うように、麗霞が地面を蹴って一気に加速する。巨大な斧を両手で握り、全身を駆動させて全力で振り下ろした。切先がアヤカシの体を斬り裂き、衝撃で地面に亀裂が走る。 「ラル! 燃やしちゃえ、あんなアヤカシ!」 普段のオドオドした態度が豹変し、好戦的に叫ぶエルレーン。その声に反応し、ラルは飛び上がって大きく首を逸らした。危険を察知したのか、敵の周囲に居た開拓者達が一斉に後方に跳び退く。ラルが首を戻しながら口を大きく開くと、炎が一直線に伸びてアヤカシを飲み込んだ。周囲の木々が倒れているため、引火の可能性は少ない。燃え盛る炎を消すように、アヤカシは体を地面に擦り付けた。 消炎した頃には、咲が懐まで距離を詰めていた。地面を蹴って跳躍すると、頭部を狙って霊刀が奔る。鋭い斬撃に合わせ、スフィーダは豪剣に精霊力を込めて渾身の一撃を叩き込んだ。2人の連携攻撃が重なり、アヤカシの片目が潰れる。 「私が前に出ると、死にます、からして。テツジン、弓」 『合点!』 サニーレインの指示に従い、テツジンが弓を構える。その間に、彼女はトランペットを構えて大きく息を吸った。『ぷっぷくぷ〜』という怠惰を誘う演奏が、アヤカシの気合を削いでいく。ワザと下手に演奏しているのか、演奏が不得手なのかは定かではないが。脱力した隙に、テツジンの放った矢が突き刺さった。 痛みで我に返ったのか、アヤカシは大きく口を開けて『シャー』という威嚇音を放つ。尾の先端が軽く地面を叩いた直後、周囲の全てを振り払うように大きく尾を薙いだ。空を斬り裂くような衝撃と、尾の打撃が開拓者達に迫る。前衛に居た哲心、ふしぎ、HA・TE・NA、麗霞、咲の5人は、大きく跳び退いてそれを避ける。ほんの少し反応が遅れ、ふしぎと咲の頬を掠めて赤い線が描かれた。スフィーダは天高く飛び上がり、難を逃れている。 「にゃっ!? あのしっぽ思ったより伸びるっ!?」 悲鳴にも似た声を上げたのは、サフィラ。目測を誤ったのか、敵の攻撃をマトモに喰らってしまった。相棒と共に、体が大きく揺らぐ。 「精霊さん、皆の傷を癒して…」 透かさず、霞澄がスキルを発動させた。彼女の体が一瞬淡く輝き、周囲に柔らかい光が広がる。それが仲間の体に吸収され、負傷を癒していく。 サフィラは軽く礼を述べると、相棒に目で指示を送った。Kebakaranが宙に舞うと、彼女は敵との距離を空けて短筒の照準を合わせる。撃ち出された銃弾に合わせて、相棒が炎を吐き出した。銃撃がアヤカシの体に穴を穿ち、炎息が漏れ出す瘴気ごと焦がしていく。 「蛇は冷気に弱いという考えは安直かもしれんが、やってみるか……轟け、迅竜の咆哮。砕き爆ぜろ―――アイシスケイラル!」 短刀を逆手に持ち、呪文を唱える哲心。彼の周囲に矢や槍のような鋭い氷が生まれると、敵に向かって一斉に殺到した。鋭い氷塊が突き刺さると、炸裂して周囲に激しい冷気を撒き散らす。それが炎を掻き消し、アヤカシの体を切り裂いた。 追撃するように、プレシアは再び大蛇の式を呼び出した。獰猛な牙が敵に喰らい付き、深々と突き刺さる。そのまま、噛み砕いて体を引き千切った。 悶えるように暴れる敵に向かって、HA・TE・NAの斬撃が降り注ぐ。 『ターゲットロックオン。マイキャプテン、今にございまする』 「右手に霊剣、左手に妖刀。正邪の力で今魔を断つ…喰らえっ、瘴気滅殺三点崩し!」 裂帛の気合と共に、ふしぎが駆け出した。大きく踏み込み、一気に加速。神速の体捌きで距離を詰めると、3連続で突きを放った。切先が正確無比に敵を貫き、衝撃と刺突で穴を穿つ。そこから瘴気が一気に噴き出し、ほんの数秒でアヤカシは黒い霧と化して空気に溶けていった。 敵を倒した安堵で、開拓者達に安堵の表情が浮かぶ。 が、それも束の間。敵が居たのとは逆の位置、つまりは後衛の背後に、もう1体の大蛇が具現化した。虚を突かれ、開拓者の反応が遅れる。霞澄、プレシア、サニーレインに向かって、アヤカシは尾の殴打を放った。 それを遮るように、3つの影が間に割り込む。 身体の鱗を硬質化させたイストリアが、プレシアを攻撃から守る。同じく、全身を硬質化させたテツジンが、巨大な盾で殴打を防ぐ。麗霞は攻撃を先読みし、斧で打撃を捌いて無力化した。 『霞澄様には、牙一つ触れさせません』 更に、反撃するように斧を振るう。切先がアヤカシの体を斬り裂き、小型の銃から放たれた銃弾が雨のように全身を撃った。 「ありがとうございます、麗霞さん」 相棒の頼もしい一言に、霞澄は笑顔で感謝の言葉を伝える。その隣では、プレシアが満面の笑みでイストリアに抱き付いていた。サニーレインは一生懸命背伸びをしてテツジンの頭を撫でている。表現方法は違うが、感謝している気持ちは3人共変わらない。 新たに出現した敵に向かって、エルレーンとラルが突撃。ラルは擦れ違い様に牙を突き立て、アヤカシの体を噛み千切った。瘴気が漏れ出す中、エルレーンは刀に紅い光を纏わせる。それを振り下ろして斬りつけると、瘴気と共に紅葉のような燐光が舞い散った。 咲とスフィーダは視線を合わせ、軽く頷く。アヤカシの動きに注意しながら距離を詰めると、咲は剣を一気に抜き放って斜めに斬り上げた。それに交差させるように、スフィーダは豪剣を斜めに斬り下ろす。2人の斬撃がバツ字に重なり、アヤカシの体を深々と斬り裂いた。そのまま、咲は素早く兵装を鞘に納める。 テツジンは分銅付きの鎖を振り回し、敵に巻き付けるように投げ放った。鎖が複雑に絡み付き、尾の動きを鈍らせる。 「そのまま。抑えた姿勢、きーぷ」 『全く、毎度ながら無茶をいう!』 サニーレインの無茶振りには慣れているらしく、テツジンは練力を活性化させて力強く鎖を引っ張る。その隙に、彼女は再び楽器を構えた。今度は『ぱっぱらぱ〜』という演奏曲が、アヤカシの気合を削いでいく。 「まだ居やがったか。ならば、1体ずつ倒すまでだ……猛ろ、冥竜の咆哮。食らい尽くせ―――ララド=メ・デリタ!」 哲心の詠唱が周囲に響いた直後、アヤカシの周囲に灰色の光球が生まれた。敵がそれに触れると、接触した箇所が一瞬で灰と化し、吹き飛んでいく。 驚愕して身動きが止まったアヤカシに、サフィラと麗霞の銃撃が殺到した。無数の銃弾が全身を削り、瘴気が立ち昇る。 その瘴気を振り払うように、ふしぎとHA・TE・NAは兵装を薙いだ。二刀一刃、3つの切先が乱れ舞い、アヤカシを斬り刻んでいく。 プレシアは1枚の符と共に、小さな首輪を取り出した。 「このメカのもムグ!?」 「すとっぷ、なのです。それ以上は、言ったら駄目。なのですよ」 何かを言おうとしたプレシアの口を、サニーレインが塞ぐ。恐らく、何かの危険を感じたのだろう。あのまま彼女が全てを口にしていたら、誰かに『おしおき』されていたかもしれない。 「う゛う゛〜…首輪でパワーアップするんだよ〜! いっけぇ〜! ぶりちゃん、ハモハモしちゃっていいよ〜☆」 気を取り直し、再び大蛇の式を召喚するプレシア。その首には首輪が装着され、さっきよりも獰猛さが増しているようにも見える。鋭い牙を突き立て、アヤカシの体を食い千切った。 ダメージで敵が身悶えし、テツジンの鎖が一気に引っ張られる。テツジンは鎖を手放し、弓を構えた。弓撃に合わせて、サニーレインは重低音を掻き鳴らして音の塊を叩き付ける。怒涛の連続攻撃に、アヤカシの体が大きく揺らいだ。 「とどめをさしちゃえ! いっけえええええーっ!!」 エルレーンの叫びと、ラルの雄叫びが重なる。天高く飛び上がると、アヤカシに向かって急加速。2人の全身が炎のような気を纏い、紅く輝く。そのまま敵に突撃し、強烈な体当たりを放った。 衝撃が全身を駆け巡るが、止めには若干足りない。瀕死の状態になりながらも、アヤカシは逃げるように後退を始めた。 「逃したりはしないのです…!」 咲は静かに呟き、地を蹴って一足飛びに距離を詰める。手にしていた霊刀を握り直し、全力で突き刺した。全身から瘴気を漏らしながら、アヤカシは天を仰ぐ。 『マスター、一気に止めといきますわよ!』 「勿論です! 一緒に決めましょう!」 霊刀を手放し、咲は剣に手を伸ばした。スフィーダは兵装に精霊力を纏わせ、右から左に大きく薙ぐ。咲は剣を逆手に握り、神速の抜刀術で左から右に斬り裂く。2人の斬撃がアヤカシを両断し、轟音と共に体が崩れ落ちた。が、その全身が瘴気と化し、空気に溶けていく。残ったのは、黒い滴が大地を汚した跡だけである。 ●天高き戦場 「うにゃ〜! 速〜い! 高〜い! すごぉ〜い!」 飛空船の窓から外を眺めながら、歓喜の声を上げるサフィラ。2匹のアヤカシを倒した後、開拓者達は念のために周囲を探索したのだが…他に敵の姿は発見出来なかった。仮に同種のアヤカシが居たとしたら、増援に来ないのは不自然である。気象に干渉しているアヤカシは居ないと推測し、開拓者達は雲を排除すべく飛空船に乗り込んだ。相棒に騎乗して飛んで行こうとした者も居たが、体力温存のため全員で飛空船に乗っている。 「ふに…瘴気の雲、綿飴みたい…」 「私には、おむすびに見えますよ〜」 余程空腹なのか、プレシアと咲は外の雲が食べ物に見えているようだ。タイミング良く、腹の虫が同時に鳴る。照れ臭そうに腹部を押さえながら、2人は無邪気に微笑んだ。 『マスターもプレシアも、似た者同士ですわね』 咲の頭上を飛んでいたスフィーダが、クスクスと笑いながら主の肩に座る。実はスフィーダも空腹で腹が鳴ったのだが、プレシア達の音で目立たなかったのは秘密である。 「麗霞さん、帰ったらお茶にしましょう…」 『私で良ければ、お付き合い致します』 窓辺の椅子に座りながら、依頼達成後の話をしているのは、霞澄と麗霞。こうして見ると、1枚絵画になりそうな光景である。 「霞澄君、そのアイディアいただきっ! どうせなら、みんなでお茶しようよ! はてな達も一緒にさっ!」 たまたま霞澄達の話が聞こえたふしぎが、興奮気味に叫ぶ。そのまま全員を見渡し、同意を求めた。 『お供します、マイキャプテン』 相棒のHA・TE・NAは間髪入れず同意する。ハラペコ娘2人とスフィーダも同様である。 「お…お茶会ですか…楽しそう、ですね」 控え目に、参加の意志を伝えるエルレーン。その横では、サニーレインがコクコクと頷いている。サフィラは霞澄とお茶の話をしているし、賛成のようだ。 壁に背を預けていた哲心は、口元に軽く笑みを浮かべながら皆の元に歩み寄る。 「そうと決まれば、さっさと邪魔な雲を排除しないとな」 『そういう事だ。皆、そろそろ飛空船が安定するぞ』 翠嵐牙の言う通り、飛空船の速度は徐々に緩んでいる。伝声管から船外活動の許可が聞こえてくるまで、そう長い時間は必要なかった。開拓者達は顔を見合わせると、船室から通路に向かって駆け出す。甲板への扉を勢い良く開けると、弾かれるように飛び出した。 「行くよ、Kebakaran!! お日様を取り戻すよっ!!」 風の弱い場所で待機していた相棒に向かって、サフィラが声を掛ける。そのまま背に飛び乗ると、Kebakaranは大きな翼を広げて東の方へ飛び立った。 「あの邪魔っけな雲を砕いちゃおうか、ラル!」 相棒の背に乗り、西の方向を指差すエルレーン。ラルは返事をするように小さく鳴くと、甲板から舞い上がって西の空に向かった。 「じゃあ、イストリア。ボクも乗せて連れてってくれる〜? って、ありがとうなの〜♪」 イストリアはプレシアの襟首部を咥えてると、自身の背中へ乗せる。2人は軽く視線を合わせた直後、風に乗って南に飛んで行った。 3方向に飛行する仲間達を眺めながら、サニーレインはテツジンの背にしがみ付く。 「さあテツジン、レッツフライト」 『サニー。何度も何度も言うがな、土偶は飛べん』 溜息混じりの、冷静なツッコミ。いつもはノリの良いテツジンだが、空を飛ぶ事に関しては決して悪ノリしない。恐らく、ノリで主を落胆させたくないのだろう。 「さいですか。浪漫の無い。ビューンと飛ぶくらいの、気合を見せなさい」 そんな気持ちを露知らず、相変わらず無茶を言うサニーレイン。だが、この2人は冗談を言える関係が丁度良いのかもしれない。 「雲相手に攻撃するのは初めてだな。お前はどうする?」 『我とて攻撃はできる。手を貸すとしようか』 哲心は翠嵐牙と共に船首へ移動する。かざした手から鋭い氷塊が放たれ、射程内の雲を散らした。 翠嵐牙の紅い瞳が雲を睨むと、電光が一直線に飛ぶ。それが瘴気を相殺し、雲が四方に飛び散った。 「念のため…アヤカシの奇襲に備えておきましょう…」 言葉と共に、霞澄の全身が微かに光る。結界を張って瘴気を探り、アヤカシの襲撃に備えているのだろう。 その隣では、麗霞が銃撃で雲を蜂の巣にしている。 「狙うは、雲の厚い箇所…居合は届きませんが、弓術ならば!」 咲は兵装を弓に変え、矢を番えて引き絞る。練力を含んだ一矢が放たれると、射程内の瘴気を相殺しなから空の果てまで飛んで行った。射程を超えた矢が、その後どうなるか若干心配ではあるが。 「さっきのヘビで練力いっぱい使ったし、瘴気回収で残らず吸い取っちゃうもんね〜!!」 雲の中を飛びながら、プレシアは特殊な真言を唱えて瘴気を回収していく。イストリアも飛んでいるだけでなく、頭部に練力を集めて頭突きの要領で突進し、瘴気を相殺している。 「今こそ放つ最終兵器。テツジン!」 『任せろ! 土偶ビーム、ファイアッ!』 サニーレインの言葉に合わせて、テツジンの眼周辺に光が集まっていく。それが謎の怪光線として発射され、雲ごと瘴気を蒸発させた。更に、サニーレインの奏でる重低音の演奏が、音の塊と化して指定空間内の雲を散らしていく。 「今度はあっち!! ガンガンいくよ〜っ!!」 Kebakaranの炎が、瘴気と雲を蒸発させる。サフィラは狙いを定めずに短筒を撃ち放ち、練力を込めた銃撃で瘴気を相殺。東の空を縦横無尽に舞う。 「私達も負けてられないね、ラル! 行くよっ!」 炎を吐いていたラルが、大きく翼を広げて一気に加速した。直後、全身が炎のような気に包まれ、一直線に突撃していく。その様子は、まるで流星のようである。 「麗霞さんの銃は、雲に効いているのでしょうか…?」 『分かりません。効果が薄ければ、霞澄様の焙烙玉を誘爆させます』 並び立つ、霞澄と麗霞。厚い雲に向かって霞澄が焙烙玉を投げると、麗霞の正確な射撃がそれを撃ち抜いた。爆風が周囲に広がり、雲を吹き飛ばしながら瘴気を消していく。 全員が雲を振り払う中、スフィーダは退屈そうに咲の周囲を飛び回っていた。 『…暇ですわ、マスター』 「仕方が無いのですよ。地上では頑張ったのだから、休んでいて下さいな」 言いながら、咲は瘴気の濃い位置を狙って矢を撃ち放った。スフィーダも攻撃に参加したいのだが、所持しているスキルや兵装では遠距離まで攻撃出来ない。プ〜っと頬を膨らませながら、彼女は咲の隣に腰を下ろした。 「面倒だ、一気に行くぞ……轟け、迅竜の咆哮。吹き荒れろ―――トルネード・キリク!」 哲心の詠唱に合わせて、彼の周囲に巨大な竜巻が生まれた。真空の刃を内包した空気の渦が、効果範囲内の雲を一気に薙ぎ払っていく。瘴気が相殺され、大量の雲が吹き飛んだ。 「最大出力でいくよ! はてな、サポートを!」 意識を集中させ、ふしぎは妖刀を握る。空中に『天』の文字を描くように振ると、姿無き高位式神が召喚された。 『お任せ下さい、マイキャプテン。出力、安定しております!』 「毒を以て毒を制す。今こそ開け、冥界の門…!」 そのまま両の拳を胸の前で突き合わせると、圧倒的な呪力が射程内を奔る。呪われた力が瘴気を飲み込み、浄化された雲が周囲に舞い散った。 開拓者達の活躍で、泰国を覆っていた雲がどんどん薄くなっていく。約1時間後、雲は完全に晴れ、眩しい太陽が久しぶりに顔を見せた。飛び立っていた3組も帰還し、全員で空を眺める。安堵と達成感で、思わず笑顔が零れた。 「ほら、見てよラル! 空って、あんなに蒼かったんだ…!」 エルレーンの視界には、抜けるような晴天が広がっている。つい数時間前まで、厚い雲に覆われていたのが嘘のようだ。 全員で取り戻した青い空を眺めながら、飛空船はゆっくりと降下していった。着陸後のお茶会で、食べ物の壮絶な奪い合いが起きたのは、言うまでもない。 |