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■オープニング本文 「親父……」 墓石の前で呟く少年…彼の名は、蛮(バン)。歳は16歳前後くらいだろう。墓の下に眠っているのは、蛮の実父である。正確には……『父親の半分』であるが。 それは…悲惨な事件だった。猟師だった蛮の父は、森の中で亡くなっていた。発見された時、体の半分近くが喰い荒らされ『人間』としての形は留めていなかったらしい。 「何で、アンタが…」 狩猟用の銃は、鈎爪のような鋭い物で斬り裂かれていた。遺体には、食い千切られた跡や爪が刺さった痕跡が多数。こんな残酷な事が出来るのは……獰猛なケモノだけだろう。 「あの森に…アンタの仇が居るんだよな……!」 森を見詰める蛮の瞳に、炎が燃えている。父1人、子1人で暮らしていた彼にとって、父親は唯一の肉親であり、尊敬出来る存在だった。その命が理不尽に奪われたのだから…彼の絶望と怒りは、他人には理解出来ないかもしれない。 「待ってろよ…俺が、カタキを討ってやる。絶対に、な……!」 父が愛用していた黒いコート。右の袖が千切れ、全体的にボロボロになったそれを羽織り、森に向かって歩き出す蛮。復讐の炎は、彼を飲み込むのか…それとも……。 |
■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
九竜・鋼介(ia2192)
25歳・男・サ
ルエラ・ファールバルト(ia9645)
20歳・女・志
椿鬼 蜜鈴(ib6311)
21歳・女・魔
月雲 左京(ib8108)
18歳・女・サ
鏡珠 鈴芭(ib8135)
12歳・女・シ
闇野 ジュン(ib9248)
25歳・男・魔
ブリジット・オーティス(ib9549)
20歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●手掛りを求めて 多数の群島から成る国家、泰国。その大きさはバラバラで、国内の都市や集落の規模も様々である。その中の1つ、辺境にある小さな村が、今回の舞台。 「…猟師さんのおすすめ狩り場みたいな所、無いですか?」 上目使いと無邪気な笑みを駆使し、鏡珠 鈴芭(ib8135)が村の男性に話し掛ける。猟師の男性は鼻の下を伸ばしながら、ペラペラとその場所を話し始めた。 この村に来た開拓者は、全部で8人。依頼を解決するため、彼等は手分けして情報収集の真っ最中だ。約一時間後、8人は村の入り口に集まり、顔を合わせた。 「皆様、お疲れ様で御座います。時間もありませんし、手早く情報を纏めましょう」 月雲 左京(ib8108)の提案に、全員が集めた情報を報告し合う。蛮が消息を断ってから時間が経過しているため、急ぐに越した事は無いだろう。 森の全体図、水辺の場所、ケモノを見付けた地点、獲物が良く出る場所等、様々な情報が地図に書き込まれていく。 「ふむ…こうして見ると、蛮の父親の遺体が見付かった場所が一番怪しそうだな」 情報で埋まっていく地図を眺めながら、九竜・鋼介(ia2192)が呟いた。集めた情報の場所は、遺体が見付かった地点を中心に広がっている。偶然の一致だとしても、その周囲が怪しい事に変わりはない。 「そこを起点に、まずは虎を探しましょう。そうすれば、同じく虎を探す蛮殿といつか出会えるハズです」 ブリジット・オーティス(ib9549)は遺体発見場所を指差し、そこから東西北の3方向に指を動かした。森の南側から侵入し、その場所で3班に別れる…という作戦だろう。 「了解です。各班に笛を持っている方が居ますし、連絡手段も問題ありませんね」 ルエラ・ファールバルト(ia9645)の言う通り、呼子笛は蛮や標的の虎を発見した時の連絡用である。班分けは事前に完了し、準備万端と言った処だ。 「俺は全体的に意義無〜し。心強い仲間が居るんだから、何とかなるさ〜」 やる気があるのか無いのか、ヘラリと軽い笑みを浮かべる、闇野 ジュン(ib9248)。完全に他力本願になっているが、その笑顔の裏では様々な策を練っている……かもしれない。 「志体持ちでも無くば、ケモノ相手には容易で無かろうて。何ぞ有る前に、見つけてやらねばのう…」 憂いを帯びた表情で森を見詰める、椿鬼 蜜鈴(ib6311)。細く白い指で煙管を操る仕草は、場違いな程に雅びである。 「『復讐は自分の為にするもの』って言われた事があるけど…それで村人に心配かけて、捜索依頼出されちゃねぇ」 礼野 真夢紀(ia1144)の口から、大きな溜息と共に愚痴が零れる。それは誰の耳にも届く事無く、空中に消えていった。 ●復讐鬼の待つ森 森に立ち入った8人は、蛮の父親が亡くなった場所を目指した。移動中も、周囲の探索は忘れない。目的の場所に到着すると、作戦通りに3班に別れた。 「…ジュンにぃ、迷子になっったりしないでよー。私、ジュンにぃを探すのヤだからねー??」 「まいったね、それは。はぐれないように、気を付けるよ〜」 耳をピクピクさせながら周囲の音に集中する鈴芭に、木の葉で遊びながら歩くジュン。鈴芭は『嫌だ』と言っているが、ジュンが迷子になったら真っ先に探しに行きそうだ。 「なら、手でも繋いだらどうだ? 仲良し兄妹みたいで良いと思うぞ」 周囲の痕跡を調べながら歩いていた鋼介が、冗談交じりに言葉を掛ける。鈴芭とジュンは納得したように『ポン』と手を叩くと、互いの手をそっと繋いだ。 直後、茂みの奥から巨大な影が飛び出し、2人に襲い掛かる。一瞬早く反応した鋼介は、盾を構えて間に割り込んだ。固い金属音と共に、火花が周囲に散る。 「ビックリしたぁ…これって、フツーの虎さんだよね?」 鈴芭の言う通り、茂みから飛び掛かってきたのは、野生の虎だった。彼等を獲物と勘違いし、襲ってきたのだろう。 「さて、どうする? 単なる野生の虎なら、逃がしてやっても良いんだが」 虎の爪を受け止めながら、仲間達に意見を求める鋼介。ジュンは数秒考えた後、口を開いた。 「縄張りを荒らされて怒ってるみたいだし、少しずつ後退してみようか〜。それでも襲って来るなら……鋼介くんヨロシク♪」 妥当な案だが、他力本願なのは相変わらずである。そのまま、3人はゆっくりと後退を始めた。 同時刻、北側に向かった班も探索を進めていた。 「広大な森にて一人を探すは、砂山の砂金探しのようじゃのう」 溜息混じりに言葉を漏らしながら、蜜鈴は扇を広げて口元を隠す。その隣で、ブリジットはそっと草の根を掻き分けた。 「いえ…そこまで難しくないかもしれませんよ? 見て下さい、ここの折れた草木の傷は比較的新しいです」 ブリジットに促され、蜜鈴と左京が彼女の手元を覗き込む。そこにあったのは、踏み潰された草と、折れた小枝の跡。 「これは…人間が歩いた跡、で御座いますか? 蛮様を捜索するのに、大きな手掛りとなりますね」 左京の発言に、ブリジットが微笑みながら頷く。その足跡を追おうとした瞬間、周囲に轟音が響いた。3人は軽く顔を見合わせ、音の聞こえた方向へ駆け出す。 「今の轟音、もしかして銃声かな?」 その音は、西側を捜索中の真夢紀とルエラにも届いていた。 「森の中で銃声…もしかして、狩りをしている方でしょうか?」 「でも、今は虎が暴れてて危ないんでしょ? そんな時にわざわざ狩りに出る人なんて……」 そこまで言って、2人の表情が変わった。危険な森の中で狩りをする、命知らずな馬鹿。彼女達は、そんな馬鹿に心当たりがあった。 「蛮さん…! あの方が父親の銃を持っているとしたら、可能性は充分にあります!」 興奮気味に叫ぶルエラ。銃声だとすれば、周囲の痕跡よりも確実な手掛りだろう。それを確認するために、2人は走り出した。 一足先に移動を始めた蜜鈴達の耳に、水の流れる音が聞こえてくる。次いで、力無く横たわる虎と、それを調べる人物の姿が飛び込んで来た。 「…鈎爪が小さい。コイツも外れか」 開拓者達の接近を気にせず、黒いコートに身を包んだ男性は何かを呟きながら、虎の体を調べている。虎の眉間にある銃創から察するに、彼が仕留めたのだろう。 「その黒いコート…貴方が、蛮殿ですね?」 ブリジットが問い掛けても、一切反応しない。 「見つけたのが我等で良かったの。斯様に痕跡が有れば、ケモノに見つかっていたやもしれぬぞ?」 優しい笑みを浮かべながら、蜜鈴は呼子笛を鳴らす。その音が周囲に響き渡り、仲間達に蛮発見の合図を送った。 蛮はこちらに興味を示す事無く立ち上がると、目を合わせる事なく3人の横を通り過ぎる。反射的に、左京はコートの裾を掴んだ。 「何のつもりだ? 離せ…!」 「無礼は承知しております…ですが、今暫くお待ち下さいませ。わたくし共は、貴方に害を成す者では御座いません」 不機嫌な蛮を、左京の懇願するような瞳が見詰める。ほんの一瞬、蛮は戸惑うような表情を見せた。が、彼女の腕を振り解くと、その場に腰を下ろした。 ●正す者、正される者 蜜鈴が笛を吹いてから約30分後、開拓者達は蛮の元に集まった。鈴芭は彼に外傷が無い事を確認し、胸を撫で下ろす。真夢紀とルエラは食料と水を差し出したが、蛮はそれを拒否して鋭い視線を返した。 「…何モンだよ、お前等」 「わたくし共は、ギルドの依頼で来た開拓者で御座います。蛮様の村の皆様より、捜索の依頼が出ておりましたので…」 蛮の問いに、申し訳無さそうに答える左京。実際、彼女は微塵も悪くないのだが。 「ふん…遠路はるばる、ご苦労な事で。悪いが、邪魔だ。さっさと帰れ」 8人の正体が分かっても、興味が無いのは相変わらずのようだ。猟銃片手に立ち上がると、蛮は開拓者達に背を向けた。その脚が踏み出されるより早く、鋼介は彼の方を掴んで振り向かせる。 「復讐心だけに囚われて奴を討つ事を、お前の親父さんは望んで無いはずだ…猟師の子として、村のために奴を討つ事が親父さんへの手向けになるんじゃないか?」 「そんな綺麗事、聞きたくねぇよ……アンタが、親父の何を知ってんだ?」 鋼介の説得に対する、激しい拒絶。心のどこかでは、蛮も自分が正しくない事に気付いているのかもしれない。 「まゆ達が協力すれば、何とかなるかもしれない。私達の指示に従って仇を討つか、一人で挑んで死ぬか……決めて頂戴」 「ガキは黙ってろ…てめぇ等の手なんざ、死んでも借りねぇ…!」 不快感を露にしながら、互いに睨み合う真夢紀と蛮。真夢紀の発言は少々トゲトゲしいが、それだけ彼の行動に憤慨しているのだろう。 いがみ合う2人に、ブリジットがゆっくりと歩み寄る。蛮に向かって優しい笑みを浮かべた直後、周囲に『パチン』という音が響いた。 平手打ち。 無論、手加減は忘れていない。予想外の行動に、蛮を含め全員が驚愕の表情を浮かべる。 「失礼しました。ですが、私の平手も避けられない貴方が、目的を達成出来ると思っているのですか?」 反論の言葉が出て来ない。茫然と、ブリジットの顔を見詰める蛮。そんな彼の肩を、ジュンが優しく叩いた。 「復讐は結果的に何もカタチを残さないけど、俺はそれでもいいと思うよ。まぁ…死なない程度に頑張ってみたら?」 相変わらず表情は緩いが、言葉の端々に本気が見え隠れしている。 「仇討ち…か…覚えが有るからこそ好きにさせてやりたい処じゃが、闇雲に向かおうとも父御の二の舞じゃ。ちと頭を冷やせ」 そう言って、蜜鈴は蛮の鼻先に煙管を突き付けた。虚を突かれてほんの少し仰け反った所に、扇で風を送る。文字通り『頭を冷やして』いるのだろう。 「簡単に命を捨てる気なら、水掛けちゃうからね〜? 蜜鈴さんが言った通り、頭を冷やすと良いよ♪」 蜜鈴の両肩に手を置き、背後からヒョッコリ顔を出す鈴芭。彼女の場合、単なる悪戯心で水をブッ掛けそうで少々心配になってしまうが。 「……付いて来たいなら勝手にしろ。だが、鈎爪の虎だけは俺が倒す…!」 口元にほんの少し笑みを浮かべながら、蛮は開拓者達から顔を背けた。『説得が成功した』とは言えないが…依頼達成に大きく前進した事に変わりはない。 「その虎ですが…もしかしたら、発見出来たかもしれません」 ルエラの言葉に、全員の視線が集まる。彼女はずっと、周囲に意識を広げるように集中していた。研ぎ澄まされた感覚が、怪しい気配を捉えたのだろう。ルエラの先導で、9人はその場所へと急いだ。 ●復讐の果て 「我等を襲うとは命知らずよの? 今迄よう生きたものじゃ」 言いながら、蜜鈴は短刀を構える。ほぼ同時に閃光が発生し、電光が宙を奔った。それが巨大な虎の胴を射抜き、穴を穿つ。 「蛮さんに止めを刺させるには…ギリギリまで弱らせれば大丈夫かな〜?」 後衛の位置を気にしつつ、鈴芭は2刀を走らせた。鋼介は盾を投げ捨て、小剣に持ち替えて刀剣を振るう。4本の刀身が、虎の体を斬り裂いた。 「なるべく急所は外せよ? 俺達が止めを刺すワケにはいかないからな」 「それは分かってるけど…手加減しながらの攻撃って、難しいよね」 苦笑いを浮かべながら、真夢紀は手を振り上げる。精霊の力が掌に集まり、小さな白い光弾となって虎の背を撃ち抜いた。 虎のケモノは怒りの叫び声を上げ、大きな鈎爪を横に薙ぐ。標的となったのは、左京。その爪が届く前に、ルエラが間に割って入った。防御に徹してそれを受け止めると、盾から障壁が発生して完全に無効化する。 「防御はお任せを。皆様は、虎に集中して下さい」 ルエラの言葉に、左京は笑顔で礼を述べる。そのまま虎の懐に飛び込むと、細い刀身が胴を深々と斬り裂いた。 「虎と戦う機会は、滅多にありませんね。不謹慎かもしれませんが、武技を磨く良い機会になりそうです」 言葉と共に、ブリジットの刀が奔る。淡い朱色の光が虎の体を斬り裂き、鮮血が宙に舞った。 「…見てごらんよ、あの戦闘を。怖いんだったら逃げてもいい。その場合、きみは『その程度』って事になるけど」 「…逃げねぇよ。あの鈎爪を倒すまでは、な…!」 いつもとは違う、ジュンの真面目な表情と言葉。それは蛮の背中を押すために言った言葉か分からないが、彼の意志が更に固まったのは間違いない。 「見せ場は作ってやろうて、もう暫し耐える事じゃ。良いな?」 蜜鈴は不敵な笑みと共に聖なる矢を2本撃ち出した。それが虎の右前脚を貫通し、地面に縫い付ける。 それでも、虎は攻撃を止めない。左前脚で地面を抉るように、鈴芭に向かって下から振り上げた。 「…大振りな攻撃って、反撃しやすくっていいよ…ねっ!!」 直後、彼女の姿が虎の視界から消えた。瞬間的に加速して虎の右に移動。そこから跳躍し、木の幹を蹴って虎の背面に舞うと、背中に刀を突き立てた。 痛みに悶えながら、虎は爪を滅茶苦茶に振り回す。鋼介は最小限の動きでそれを避け、小剣で胴を斬り裂いた。間髪入れず、大きく踏み込んで加速し、刀を全力で突き放って傷口を抉るように斬り裂く。 追撃するように、左京は虎との間合いを詰めた。刀を握り直し、一気に斬り上げる。切先が虎の首を斬り裂いて鮮血が舞うと、その体が地面に崩れ落ちた。重傷ではあるが、まだ止めには至っていない。 その状態で、開拓者達は兵装を収めて蛮に歩み寄った。ルエラは念のため、虎の左前脚に刀を突き刺し、地面に繋ぎ止める。 「…止めは任せる」 「己が手を、汚す覚悟が出来るなれば……好きなされませ」 鋼介と左京の言葉が、蛮に圧し掛かる。猟銃を強く握り、蛮はゆっくりと前に踏み出した。 「近付き過ぎるのは自殺行為だし…ここから狙える?」 距離を詰めようとする蛮を、真夢紀が制する。瀕死の獣は何をするか分からない。彼女の助言に従い、蛮はその場所で銃を構えた。 「何かありましたら、私が盾になります。あとは…蛮さん次第です」 蛮の隣で、ルエラは盾を握る。全員が見守る中、蛮は虎に狙いを定めた。静かな、重苦しい空気が周囲を支配する。 パァン。 という乾いた音が静寂を打ち破ると、虎の命は花のように散った。 「お見事です、蛮殿。経緯はどうあれ、無念は晴らせましたか?」 ブリジットの問い掛けに、蛮は全く反応しない。緊張の糸が切れたのか、軽く放心しているようだ。 「己が力を鍛錬もせず、急くは死に急ぐ事に近しく。それで命を落としては、誰が悲しみますでしょう?」 そんな彼を見上げながら、左京が静かに問い掛ける。だが、やはり答えは無い。今は、そっとしておいた方が良いのかもしれない。 「さぁ…帰ろうか。蛮くんの雄姿は、確かに記憶の中に刻み込んだよ〜」 珍しく晴れやかな笑みを見せるジュン。蛮を残し、8人はその場を後にした。彼が新しい一歩を踏み出せるよう、願いながら……。 |