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■オープニング本文 「あの! マコのお願いを聞いて下さい!」 昼下がりのギルド内に、元気な声が響く。声の主は、10歳にも満たない少女。戸惑いながらも、女性職員は少女をイスに促した。 「ありがとうございます! あの…ここに『お金を払えば何でもお願いを聞いてくれる人が居る』って聞いたんだけど、本当?」 少女の純粋な瞳が、職員を真っ直ぐに見詰める。若干の誤解があるが、少女の言っている事は大筋で間違ってはいない。職員が優しい笑顔を浮かべながら頷くと、少女は満面の笑みを浮かべた。 「良かった♪ あ、マコはね、花織茉子(ハナオリ マコ)って名前だよ!」 嬉しそうに自己紹介する茉子。職員は彼女に大まかな説明をし、早速依頼書作成に取り掛かった。 「あのね……もうすぐ、お母さんの誕生日なの。だから、茉子、お母さんにお花を贈りたいの!」 母親の誕生日に、感謝の気持ちを込めた花束。年に一度の事なのだから、茉子が張り切るのも無理は無い。だが、それなら花屋で花を購入すれば済む話である。 「茉子のお母さんね、バラの花が好きなの。でね、この国の山に、7色に光るバラがあるって聞いて、お願いに来たんだけど…」 確かに、武天ではそんな都市伝説が流れた時期がある。7色、つまりは虹色に輝く薔薇を探して山を探索した者は数知れないが、見付けた者は誰も居ない。そんな経緯もあって、根も葉もない噂話として皆の記憶から薄れていったのだが……。 「駄目……かな?」 茉子は目を潤ませながら職員を見上げる。こんな表情をされたら、都市伝説だ、なんて口が裂けても言えない。少々困りつつも、職員は『見付からなかったら、どうする?』という質問をしてみた。 「その時は…7色のバラじゃなくても良いから、綺麗な花を探して下さい! お金なら……」 言いながら、茉子は手を開いた。そこにあったのは、数枚の一文銭。恐らく、自分の小遣いを掻き集めてきたのだろう。 その純真無垢な想いに、胸が熱くなる。職員は茉子の頭を優しく撫で、依頼書に筆を走らせた。 |
■参加者一覧
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
玄間 北斗(ib0342)
25歳・男・シ
ヘルゥ・アル=マリキ(ib6684)
13歳・女・砂
刃兼(ib7876)
18歳・男・サ |
■リプレイ本文 ●ロマンを求めて 今は失われてしまった噂。記憶から消えていった都市伝説。真偽が定かではない話は、天儀の至る所にゴロゴロしている。その内容は様々ではあるが、そのうちの1つ『虹色の薔薇』の真実に迫ろうとしている者達が現れた。 此隅の広場で合流した『彼等』は、軽く顔を見合わせて挨拶を交わす。 「よぉ、アミーゴ。調子はどうだい? 俺の方はモチのロン、さっぱりサ!」 爽やかな笑みを浮かべながら親指を立てる、喪越(ia1670)。此隅で情報収集をしていたが、有力な情報は得られなかったようだ。 「こっちもだ。元が都市伝説だからな、詳しく知ってる人が居ないし、資料も無い」 溜息混じりに、刃兼(ib7876)が言葉を漏らす。探索対象の山の地図を探すついでに過去の資料を探したのだが、核心に迫るような物は無かったのだ。 「私もハズレじゃ。爺様婆様を中心に話を聞いてみたんじゃがのぅ」 流れた時期が不明な噂話なら、老人をターゲットに聞き込みをしたヘルゥ・アル=マリキ(ib6684)の選択はイイ線をいっているかもしれない。問題は、当の老人達が当時の記憶を殆ど覚えていなかった、という点だろう。 「本当にレアな条件でしか咲かない花なのか、植物としての薔薇以外――例えば鉱石や動物、あるいは風景や一時的な自然現象の事を指しているのか…」 広場の椅子に腰掛け、喪越は手足を組んで物思いに耽る。いつもは軽いノリの彼がここまで真面目に思案するのは、珍しい事かもしれない。 「都市伝説なら、突然出た話かもしれんな…話題になった時期に何か特徴でもあったのかの? 天儀はコロコロ気候が変わるというし」 ヘルゥも同様に、思案を巡らせている。その様子を見る限り、知恵熱で頭から煙を噴き出しそうなイキオイである。 「大丈夫か、ヘルゥ。あんまり考え過ぎると、知恵熱を出すぞ? 喪越も、な」 軽く笑みを浮かべながら、ヘルゥに注意を促す刃兼。その様子は、歳の離れた兄妹のようで微笑ましい。 「ええい、アレコレ考えるのはじゃ! こうなったら、夜通し歩いてでも見つけるぞ!」 勢い良く頭を振り、小さな拳を力強く握るヘルゥ。悩んでも埒が明かないと、頭を切り替えたのだろう。 「その意気だ、セニョリータ・ヘルゥ。こんだけ浪漫がくすぐられる話、滅多に無いぜ!」 喪越の言う通り、今回の件はロマンの塊である。加えて、今回の依頼人は小さな少女。この状況で、気合の入らない者は滅多に居ないだろう。 「手掛りは見付けられなかったが、地図を準備出来たのは不幸中の幸いだな。あとは…北斗に期待するしかない、か」 刃兼は静かに呟きながら、視線を遠くに向ける。その先にあるのは、武天東部の山岳。そこに居るのは……。 「おぉ〜! 綺麗な白薔薇がいっぱいなのだぁ〜♪」 玄間 北斗(ib0342)が感嘆の声を上げる。下見に来ている彼は、高速で移動しながらも聴覚を研ぎ澄ませ、水音のする場所を重点的に探していた。今、彼が居る場所は、滝の近くである。荷物袋をゴソゴソと漁り、羽ペンで地図に印を付ける。 「もうすぐ日が落ちそうだなぁ〜。例の薔薇、夜に光ってたら綺麗だと思うのだぁ〜」 西の空に沈みつつある夕日を眺めながら、一人呟く北斗。滝壺に広がる湖の水を一口飲むと、彼は軽く自身の頬を叩いた。 「みんなと茉子ちゃんの期待に応えるためにも、しっかり下見するのだっ!」 気合を入れ直し、黄昏の中を駆けて行く。双眸に気を集めているため、周囲が暗くても視界は明るい。もっとも、松明を点けても高速移動の風圧で消えてしまうが。 こうして、開拓者達の依頼初日は過ぎていった。 ●作戦会議 依頼2日目の朝、4人は東部の麓に集合していた。そのままお互いの情報を報告し合い、調査方針を決めていく。話し合いの末、彼等が出した決断は……。 「おお、緑が一杯で花も一杯じゃ! これが天儀の春なんじゃなっ! 私も母様に持って帰りたいぐらいじゃ♪」 一面に広がる草花を目の当りにし、感嘆の声を上げるヘルゥ。4人が居るのは、東部の山である。時間と人員に余裕があれば両方の山を捜索したのだが、今回は日当たりの良好な山を選んだのだ。彼等の予想通り、草花はイキイキとしている。 「こんだけ花がありゃ、虹の薔薇の1本や2本ありそうだぜ! 早速行こうぜ、アミーゴ!」 「ちょっと待つのだ! 闇雲に探してたら、時間がいくらあっても足りないのだぁ。ここは、作戦を練って行動した方が良いのだぁ〜」 今にも駆け出そうとした喪越を、北斗が制する。山を片方に絞ったとは言え、範囲が広い事に変わりは無い。逸る気持ちも分かるが、作戦は重要だろう。 「確かにそうだが……どこに咲いてるか、全く手掛りが無いぞ?」 刃兼の鋭いツッコミ。当時の有力な情報は無く、手探り状態である。作戦を立てようにも、その指針となる物が無いのでは手も足も出せない。 「手掛りは……虹か。山で虹といえば、水しぶきのある所と考えるのが妥当じゃが…」 「おいらもそう思うのだぁ〜。滝側では虹が、水辺には花が咲き易い……かも?」 ヘルゥと北斗の意見が一致した。山のド真ん中よりも、水辺が近い場所の方が草花は咲き易い。アテの無い今、手掛りとしては充分かもしれない。 「そこまで言うなら、水辺の場所は把握してるんだろ? セニョール・北斗」 不敵な笑みを浮かべながら、喪越が北斗に問い掛ける。北斗は、いつもの柔らかい笑みを浮かべたまま親指を立てると、自分の地図を開いた。そこには、彼が下見をして気になった場所が記載されている。その細かい書き込みに、3人は軽く声を上げた。 「流石だな。良し、近場の水辺から片っ端に探して行く、って作戦でどうだ?」 言いながら、刃兼は地図を指差した。水辺の場所は、大小含めて7か所。移動距離と探索時間を考慮すると、この作戦がギリギリかもしれない。 「良いんじゃね? 小さいセニョリータのために、このフーテンのもっさんが一肌脱いでやろうでないの。『うっふ〜ん、ちょっとだけよ〜♪』ってな!」 ジョーク混じりに、ヤル気を見せる喪越。肩を少し露出しながら投げキスをしたが、他の3人にはウケが悪かったようだ。苦い表情と共に、乾いた笑いが零れている。 「意味が違うぞ、喪越。本気で脱ぐつもりなら、山に埋めて『新しい都市伝説』にしてやっても良いが」 ニヤリと笑いながら、冗談に聞こえない発言をする刃兼。目が笑っていないため、若干恐怖を感じる。喪越が埋まったら、どんな都市伝説として語られるのか…若干興味はあるが、本人は猛烈なイキオイで首を左右に振っている。 「冗談は置いといて。お小遣いを叩いて贈り物するようないい子の頼みなら、精一杯頑張らなきゃ男がすたるのだぁ〜」 二人の間に割って入るように、北斗が話を本筋に戻した。『茉子のために頑張りたい』という気持ちは、全員が持っている。4人は顔を見合わせ、軽く頷いた。 「バラや綺麗な花を探してゆくぞーっ!」 『お〜〜〜!!』 ヘルゥの掛け声に合わせ、声を上げる一同。地図を頼りに、山の中へと消えて行った。 ●奇跡の目撃者 元気良く出発したのは良いが、捜索は予想以上に困難を極めていた。一面の緑に、色とりどりの花。色の洪水で、目がおかしくなりそうだ。 加えて、実物を知る者は誰も居ない。これだけ悪条件が揃っていたら、一筋縄ではいかないだろう。 「白薔薇に虹の色が映えてとか、そういう素敵な場所に精霊達が集まって、不思議な薔薇が咲いたとしても、おかしくないかなぁ〜…なのだ」 水辺を取り囲むように咲く白い薔薇。その中に、赤い薔薇が数本混ざっている。綺麗な場所ではあるが……目的の花は無い。 場所を移動し、高い崖の上を目指す。刃兼は荒縄を垂らし、両腕の筋力を増加させながらそれを支えた。 「日の当たる方向を変えたら、7色に光ったりしないかのう?」 夕日の中、赤い薔薇を色々な角度からキョロキョロと眺めるヘルゥ。期待の眼差しが落胆の色に染まるまで、そう長い時間は必要無かった。 日が暮れ、喪越の式が周囲を淡く照らす。夜になっても、彼等の調査は終わらない。 「野草図鑑を持参したものの……薬草の内容が多いんだよな、コレ。あんまり参考にならないかもしれないな」 珍しい花を発見し、式の明かりの中で図鑑を調べる刃兼。薬草の内容は豊富だが、花が少ないのはご愛嬌である。 こうして、水辺を全て調査して歩き回ったが…目的の花は無かった。最初の水辺に戻って来た頃には、東の空が明るくなり始めていた。 「っと、もう夜明けか。セニョリータの願いも叶えてやりてぇし、出来るだけ粘りてぇが…」 頭をガリガリと掻きながら、悔しそうに奥歯を噛む喪越。気持ちは痛い程分かるが……時間切れである。 「そろそろ、代わりの花を探した方が良いかもしれないな…ヒメサユリとか、なるべく似た花を」 表情を変えずに、薔薇に代わる花の捜索を提案する刃兼。彼の拳は強く握られ、悔しそうに震えている。 その姿に、ヘルゥの小さな胸が締め付けられる。『ここに咲いている薔薇が虹色だったら…』白や赤、黄色い薔薇を眺めながら、彼女はそんな事を考えていた。 が……その視線が1本の薔薇に集中する。 「のぅ刃兼兄ぃ…私の記憶が間違っていなければ、あの薔薇は赤色ではなかったか?」 服の裾をクイクイと引っ張りながら話し掛けるヘルゥに、他の3人は驚愕しながらも視線を薔薇に向けた。さっきは咲いていなかった、黄色い薔薇に。 「確か…おいらが昼頃に見た時も赤だったのだ。地図に書いた記憶があるのだ」 言いながら、北斗は地図を広げる。そこに書かれているのは、間違い無く『白と赤が群生』という文字だ。 「どういう事だ? アミーゴ達の見間違いじゃないとすれば…もしかして!」 喪越の叫びと共に、朝日が世界を照らす。それに呼応するように、黄色い薔薇が徐々に桃色へと変色していった。 『あったぁぁぁぁぁぁ!!』 歓喜の声が周囲に響く。白や赤い薔薇を潰さないように、4人は変色した薔薇に駆け寄った。 「虹色の薔薇って『時間によって色が変わる薔薇』なんだなぁ〜! とっても素敵なのだぁ♪」 「大発見だな! これで、小さいセニョリータも大喜びだろうぜ!」 「マコと母様の喜ぶ顔が目に浮かぶのう♪ 早速、採取するのじゃ!」 半日以上歩いた疲れはドコへやら、大喜びの3人。奇跡的な大発見をしたのだから、無理もない。刃兼は軽く笑みを浮かべ、地面に膝を付いた。 「花を元気な状態で渡せるよう、根から掘り起こして持って行こう。みんな、手を貸してくれ」 その言葉に、喪越は荷物袋から採取用の道具を取り出す。4人で協力し、根を傷付けないよう周囲の土ごと大きく掘り出すと、満面の笑みと共に下山した。 ●虹をその手に 「はぁはぁ……お花、見付かったって、本当!?」 4人がギルドに帰還してから数時間後。入口が勢い良く開き、息を切らせながら茉子が入って来た。ヘルゥは椅子から飛び降り、足早に駆け寄る。 「良く来たのぅ。ほら、あれを見るのじゃ♪」 軽く笑みを浮かべ、彼女はテーブルを指差す。そこには、鉢植えにされた一輪の白薔薇が置かれていた。 「うわぁ……綺麗♪」 目を輝かせながら、茉子はその薔薇に近付く。日の光を浴び、白薔薇はキラキラと輝いているようだ。 「だろ? その花、時間で色が変わるんだぜ? もしかしたら、そろそろ変わるかもな」 喪越の言葉に、茉子は小首を傾げる。が、彼女の目の前で、白薔薇は赤い薔薇へと色を変えた。ある意味、ナイスタイミングである。 「すご〜〜〜い! お兄ちゃん、お姉ちゃん、お花を見付けてくれて、ありがとう♪」 興奮しつつ、満面の笑みで礼を述べる茉子。刃兼は屈んでそっと手を伸ばすと、彼女の頭を優しく撫でた。 「お母さんが、喜んでくれるといいな」 優しい言葉とは裏腹に、彼の表情には若干の哀愁が漂っている。北斗はギルドの奥から花束を持って来ると、茉子と目線を合わせてそれを差し出した。 「茉子ちゃんはいい子だから、これをあげるのだ♪ お母さんにプレゼントすると良いのだ」 それは『薔薇の祝福』と呼ばれる花束。大輪で、両腕いっぱいの量の薔薇が、綺麗に纏められている。 「いいの!? お母さん、絶対喜ぶよ♪ ありがとう!」 「それは良かったのだ。ちょっと重いかもしれないけど、一人で持って帰れるかなぁ?」 北斗の言う通り、花束は茉子には少々大きい。しかも、薔薇の鉢植えもあるのだから、彼女にとっては大荷物である。とは言え、持ち運びはギルド職員が手伝ってくれるだろう。 満面の笑みを浮かべる茉子に対し、刃兼の表情は若干暗い。それに気付いたヘルゥは、彼の腰辺りに飛び付いた。 「刃兼兄ぃ、どうしたのじゃっ? 何だか、今日はどこか違うような気がするぞ?」 「いや…俺には『母親の誕生日に花束を贈る』って経験が皆無だからな。ただ『贈る相手に笑顔になってもらいたい』って気持ちは分かるぞ? お前とか、な」 彼の母親は、刃兼を産んですぐに亡くなったため、記憶に全く無い。茉子を羨ましいと思いつつも、彼女の気持ちも理解していた。だからこそ、抱き付いて来たカワイイ『妹』の頭を、ワシャワシャと撫でる。その表情は、いつもの彼に戻っていた。 「セニョリータは絶対美人になるぜ。将来が楽しみだな!」 ニッコリと優しい笑みを浮かべながら、茉子の頭を撫でる喪越。そんな彼に対し、茉子は不思議そうな表情を浮かべた。 「せにょりぃた? マコ、そんな名前じゃないよ〜!」 頬を膨らませ、怒りを露にする茉子。セニョリータは女性に対して使う言葉なのだが、彼女にはそれが通じなかったのだろう。小さな少女がプンプンと怒る中、ギルドの中は笑顔に包まれていた。 |