拉麺で世界に笑顔を
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/05/12 22:34



■オープニング本文

「違う! こんなんじゃ駄目だ!」
 叫びながら、調理台の丼を派手に薙ぎ落とす男性。麺や汁が派手に飛び散り、床を汚す。
「あ〜…!! どうすれば良いんだ!? どうすりゃ、もっと旨くなるんだ!」
 頭を抱え、調理台に額を打ちつける。端から見たら、かなりアヤシイ人だと思われそうだ。
「調子どう…って、また派手にやってるわねぇ〜」
 厨房に入って来た女性が、状況を見て苦笑いを浮かべる。歳は、男性と同じで20歳半ばくらいだろう。
「満足出来ないんだよ……全っ然納得出来ねぇ。俺の目指す拉麺は、こんなモンじゃ駄目なんだ!」
「どんな人でも、どんな動物でも満足する、世界1のラーメン……ねぇ」
 彼女が口にした言葉は、男性の口癖である。『世界1旨い拉麺なら、全ての生き物に笑顔を与えて幸せな気分に出来る』というのが、彼の持論らしい。それが巧くいくかは分からないが、大きな夢を持つのは悪い事ではない。
 それに……馬鹿げた夢を追い掛ける男性の姿が、彼女は好きだったりする。
「だったらさ、ギルドに依頼出してみる? あそこなら色んな種族の人が居るし、朋友も居るでしょ? 色んな意見を聞く良い機会になるんじゃない?」
「それだ〜〜〜〜〜!! ナイスアイディアだよ!! 早速行こうぜ!!」
 女性の手を引き、厨房を出て行く男性。子供のようにキラキラ輝く笑顔を見ながら、彼女は嬉しそうに微笑んだ。


■参加者一覧
江崎・美鈴(ia0838
17歳・女・泰
喪越(ia1670
33歳・男・陰
慄罹(ia3634
31歳・男・志
ガルフ・ガルグウォード(ia5417
20歳・男・シ
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
アルネイス(ia6104
15歳・女・陰
サニーレイン=ハレサメ(ib5382
11歳・女・吟
神座真紀(ib6579
19歳・女・サ
キルクル ジンジャー(ib9044
10歳・男・騎
鍔樹(ib9058
19歳・男・志


■リプレイ本文

●期待と不安と拉麺と
 抜けるような青い空。柔らかく差す、明るい日の光。小気味良い包丁の音と、グツグツと煮込まれたスープ。そして、街の広場に広がる、食欲を刺激する芳醇な匂い。
「ラ・ラ・ラーメン♪ 美味しくいただきましょ〜う! ね、美鈴ちゃん♪」
 ご機嫌な様子で鼻歌を唄いながら歩く、アルネイス(ia6104)。軽快な足取りで江崎・美鈴(ia0838)に近付き、満面の笑みを浮かべながら抱き付いた。
「気持ちは分かったけど、突然抱き付いて来るなぁ!」
 言葉と共に、アルネイスの頭を優しく撫でる美鈴。その動きが突然変わり、ペシペシと叩き始めた。当の本人は、へにょっとした顔で叩かれているが。
「どんな生き物でも美味しく食べられる拉麺、なぁ。及ばずながら力になれたらええけどな」
 言いながら、神座真紀(ib6579)は前髪を軽く掻き上げた。反動で、トレードマークのポニーテールが揺れる。
『拉麺って食べた事ないので、楽しみですぅ』
 彼女の肩の上で笑みを浮かべているのは、羽妖精の春音。初めて食べる拉麺に、ワクワクしているのだろう。
「拉麺って、どんくらい種類があるんだろうな? 何事も、食ってみなきゃ分かんねーが」
 ワクワクしているのは、鍔樹(ib9058)も同じである。泰国料理をあまり食べた事がないため『美味い飯』に期待しているのかもしれない。
「お、アンタ等が依頼を受けてくれた人達か? 大勢で来てくれて、嬉しいぜ!」
 開拓者の存在に気付いた依頼人が、笑顔で手を振りながら近付いて来る。
「らーめんを、ただで、しこたま頂けると、聞いて。このサニーレイン、超特急で只今参上。しました。」
『それはチョット違うぞ。依頼書にちゃんと目を通したか?』
 サニーレイン(ib5382)の発言に、土偶ゴーレムのテツジンがツッコミを入れる。彼女は軽く小首を傾げて視線を泳がせた後、何事も無かったように言葉を聞き流した。
『最近の志郎は、我が少し食べるだけで食費がかかりすぎるとうるさくてな…今日は無料なのであろう、無料』
「雪待、そんな、初めて会った方にうちの台所事情を明かさないで下さい……で、無料なんですよね?」
 菊池 志郎(ia5584)の相棒、管狐の雪待は食欲丸出しである。恥ずかしそうにしながらも料金を気にする辺り、志郎の財政は相当厳しいようだ。
「相棒の食べる拉麺ってどんなだろう…? どんなのが出てくるか楽しみだ♪」
 期待に胸を膨らませながら、広場の隅で駿龍の淨黒と戯れているのは、ガルフ・ガルグウォード(ia5417)。その隣では、鍔樹の相棒、炎龍のアカネマルも大人しくしている。
「ようガルフ…ってどうしたんだ、それ?」
 気さくに挨拶をする、慄罹(ia3634)。彼が言う『それ』とは、ガルフの荷袋から覗く大判鍋蓋煎餅である。
「えへへ、鍋蓋道を極める為にちょっとな♪」
 人懐こい笑みと共に、荷袋を軽く叩くガルフ。その表情に釣られたのか、慄罹の顔が緩んだ。
「はは…なら、後であの大将に頼んでみたらどうだ?」
 楽しそうに会話をする2人。そんな和やかな時間を全力で粉砕するように、1人の男が叫び声を上げた。
「おい、てめぇ! 拉麺ラーメンうるせぇのは、蕎麦職人である俺サマに対する挑戦状だな!?」
 依頼人を『ビシッ』と指差しながら、挑戦的な視線をぶつける喪越(ia1670)。その姿は『いつ蕎麦職人になったんだ?』というツッコミすら起きない程に堂々としている。
「いざ尋常に勝負だ、この野郎! 『うーまーいーぞー!』って目や口から怪光線出させちゃる!!」
 意味不明な事を口走る最中、彼の滑空艇が屋台のような形状に変化していく。蕎麦の材料と調理器具を並べると、その場に居る全員を置き去りにして調理を始めた。
 突然過ぎる展開に付いていけず、依頼人は目を点にしている。他の開拓者達も同じ…かと思いきや。
「お蕎麦かぁ。私達も食べに行ってみようか、美鈴ちゃん?」
 アルネイスは喪越の蕎麦に興味があるようだ。声を掛けられた美鈴は、彼女の言葉が聞こえない程に違う事に集中していた。
「キルクル、ラーメンでも格好良く食べる作法がある。大きな音を立て、ワイルドに食べると完璧だ!」
「まさか、ラーメンにまで格好良い作法があるとは驚きなのです! 流石師匠なのです!」
 美鈴の偏った知識を、微塵の疑いも無く信じるキルクル ジンジャー(ib9044)。彼の将来が、若干心配になってしまう。
 まだ困惑中の依頼人をフォローするように、志郎が声を掛ける。
「彼の事は、そっとしてあげて下さい。それに、蕎麦が何かの参考になるかもしれませんし」
「そういう事なら構わないけど…アンタ等、拉麺のリクエストはあるか?」
 若干腑に落ちない表情をしながらも、依頼人は喪越を除く9人に声を掛けた。それに反応し、キルクルがが誰よりも早く手を上げる。
「素人考えですが……どこでもお手軽に食べられるというか、作れると良いと思うのです! …アーマー行軍中に、内部で食べられるとか」
 キルクルの言葉に、周囲の時間が数秒止まる。彼が不思議そうな表情で周囲を見渡すと、依頼人は思わず声を上げて笑った。
「貴重な意見、ありがとうな。でも、出来れば『今食べたい拉麺』を教えてくれないか?」
 笑顔を浮かべながら、彼の頭を優しく撫でる。自分が勘違いしていた事に気付いたキルクルは、恥ずかしそうに顔を真っ赤にして俯いている。
 9人の意見を聞き、依頼人は屋台で調理を始めた。歓談しながらも、その様子を全員が見守っている。
『あの人、眉間に皺寄ってる〜。そんなに大変なのかな?』
 慄罹の相棒、人妖の才維が、彼の耳元でそっと呟く。依頼人の様子は、慄罹も気になっているようだ。
『あれもこれも美味しそうですぅ』
「こらこら、春音。そないに飛び回ったら、みんなに迷惑やろ」
 調理を見ながら、春音が嬉しそうに飛び回る。真紀は困ったような表情で注意を促すと、春音は大人しく彼女の膝に座った。
「待たせたな! 拉麺、9人分完成だぜ!」
「待ってたぜ、大将! アカネ、一緒に飯食いに行こーぜっ!」
 歓喜の声を上げながら、鍔樹は相棒を連れてテーブルに座る。ちなみに、今日は開拓者のために屋台を貸切にしたようだ。
「あなたの志、黄金も珠も及ばぬ至宝。サニーレインは、痛く感動、いたしました。さあテツジン。有難く試食しませう」
『待てサニー、判ってるだろうが土偶は』
 合掌しながら、相棒に拉麺を勧めるサニーレイン。答えを聞くより早く、彼女は拉麺を食べ始めた。
 それに合わせるように、他のメンバーも手を合わせる。
『いただきます!』

●実食! 拉麺はウマいのか?
 広場に、麺をすする音が木霊する。それを『不味い』と言う者は無く、嬉しそうに麺食べている者が多い。特に、アルネイスと春音は満足そうに笑みを浮かべている。
 対照的に、真紀は微妙な表情で小首を傾げた。集中して味わっている彼女の髪を、春音が涙目で引っ張る。『自分だけズルい』と言いたいのだろう。
 アルネイスの相棒、人妖のルーレンダーも、納得いかない様子だ。スープを一口、麺を一口、具を一口、じっくり噛みしめるように味わっているが、静かに唸っている。
 志郎は、雪待に麺を催促されていた。彼の場合は完全に給仕係と化し、別の器に麺を取り分けて冷ましたり、蓮華でスープを運んでやったり、忙しそうだ。
 視覚・嗅覚・味覚・食感を駆使して味わっていたガルフだったが、淨黒にせがまれて色んな麺を少量ずつ運んで行く。合間に飲む水の準備も忘れない。
 食べるのに苦労しているのは、美鈴である。猫舌なため、舌に火傷をしながらもフ〜フ〜と麺を冷ましている。
「ふ〜、ふ〜…美鈴ちゃん、あ〜んして♪」
 それに気付いたアルネイスは、麺を冷まして差し出した。照れ臭そうにしながらも、美鈴は笑顔でそれを食べる。アルネイスは再び麺を冷まし、美鈴の相棒、チロ様にも麺を差し出した。今まで『解せぬ』顔をしていたチロ様だったが、冷まされた麺に喰い付く。
 大きな音を立て、ワイルドに食べていたキルクルだったが、不意打ち気味に麺を差し出した。
「師匠、師匠〜、あーんなのですー♪」
 満面の笑みを浮かべているキルクルだが、彼の麺は辛目の味付けな上、あんかけで熱々。美鈴はハリセンを取り出し、キルクルの脳天に叩き込んだ。アルネイスの真似をしただけで、彼に悪気は無いのだが。
「冷たい水が欲しい方は遠慮無く言って下さいね? 氷はいくらでも作りますから」
 スキルを駆使し、志郎は水を氷塊に変えていく。それを砕き、飲み水を冷やした。氷を作りながらも、雪待の激しい催促を受けているが。
「…どうしましたテツジン。こんなにおいしい、拉麺を、頂かないとは。(ずるずる)何が(もぐもぐ)不満だと(ごっくん)言うのですか」
 わざとらしく、サニーレインは相棒の目の前で拉麺を豪快に平らげる。
『いや、君も知っての通り土偶はモノを食べられ』
 テツジンが反論するも、それを聞かずに激しく麺をすするサニーレイン。相棒の分まで麺を完食し、器を置いた。
「冗談は、さておき。どんな生き物、即ち、土偶にも美味しい、拉麺…一流の料理人が、この問題をどう、解決するか。サニーレインは、固唾を飲んで、見守るのです」
『そもそも土偶ゴーレムは生き物なのだろうか? で、君は手伝わないのかね?』
 テツジンのツッコみに、投げやりな姿勢を見せるサニーレイン。真面目な発言も、これでは台無しである。
 皆が拉麺を楽しんでいる頃、喪越は最後の仕上げに掛かっていた。宙を舞う蕎麦、油から飛び出してくる天ぷら達、額に弾ける、熱湯と油……。
「て、熱ぃぃぃぃぃ!?」
 予想外のアクシデントに、地面をゴロゴロと転がる喪越。その悲鳴に、全員の視線が彼に集中した。
「やれやれ……志郎、この氷と水貰うぜ?」
 鍔樹の言葉に、志郎が静かに頷く。鍔樹は喪越が火傷した箇所に冷水を浴びせ、氷を押し付けて冷やす。大騒ぎしながらも、喪越の蕎麦が完成したようだ。
「さて…どうだった、俺の拉麺は?」
 蕎麦を食いながらも、依頼人が全員に問い掛ける。
「材料はしっかり選んであるみたいですし、調理の仕方も良い感じです」
「淨黒、好みの拉麺はあったかな? 俺は魚介だしのあっさり醤油味! 麺は今回はちぢれ麺で。それで煮卵が入ってれば最高だ♪」
 アルネイスとガルフの言葉に、依頼人は胸を撫で下ろす。好評だったのが、相当嬉しかったのだろう。
「最初の頃は、魚介類全っ然食べなかったのになー。最近は喜んで食べてくれるし、良さが伝わったみたいで嬉しいぜ、マジで」
 海鮮塩ラーメンを食べた鍔樹は、嬉しそうにアカネマルの首を撫でる。どうやら、海鮮と塩味が気に入ったようだ。
『料理人殿、この醤油拉麺は中々よかったぞ。さて、次の丼を出してくれ』
「雪待、汁が飛んでベタベタになっていますよ…汁なしの拉麺があれば便利だな」
 猛烈なイキオイで尾を振る雪待。苦笑いを浮かべる志郎に、依頼人が一杯の麺を差し出した。
「あるぜ? 担々麺って名前なんだが、汁なしの麺料理だぜ」
 軽く礼を言いながらそれを受け取り、志郎は雪待にそれを食べさせた。
『冷麺か、つけ麺がいい。後、ネギ入れるな』
 猫舌なチロ様は、熱い物とネギが食べられない。猫又な彼ならではの指摘である。
 予想よりも良い評価に、依頼人の表情は明るい。だが、美鈴が湯呑を卓に置くと、周囲の空気が変わった。
「美味いけど、幸せになるとまでいかない。何故なら……」
 一度言葉を切り、美鈴は立ち上がった。椅子に片足を上げ、依頼人を指差す。
「幸せのラーメンを作るあまり、大事な事を忘れている! それは『お客様を思う心』だ!」
 美鈴の指摘に、依頼人の顔が曇る。基本的な事だが、彼はそれを失念していたのかもしれない。
『店主…このラーメンは何の為に作ったラーメンだ? 自分が作ったラーメンを食べてみろ。美味いと思うか?』
「ど…どういう意味だ?」
 動揺する依頼人を追い打ちするように、ルーテンダーが言葉を掛ける。そのまま、卓の上を歩いて依頼人との距離を詰めた。
『料理は貴方一人で完成はしない。どうせなら、生き物だけじゃなく、包丁や鍋やまな板まで笑顔になるような拉麺をつくってみることだ』
 恐らく、ルーテンダーは道具に対する感謝を忘れるな、という事を伝えたいのだろう。
『それと、私は一言だって不味いだなんて言ってはいないぞ』
 それだけ伝えると、ルーテンダーは主の元へ歩いて行った。
「大将、ちょっとあたしにやらせて!」
 春音の静止も聞かず、調理場に移動する真紀。その様子は『思わず体が動いてしまった』という感じである。
「なぁ…おまえさん、料理を作るのは楽しいか?」
 厳しい指摘を受け、意気消沈気味の依頼人。それを気遣うように、慄罹が優しく話し掛けた。
「みんなを喜ばせたいなら、まずはおまえさんが笑顔で作れねぇとな。ま、これは俺の料理の師に当る人の受け売りだが…」
 そっと肩を叩き、慄罹も調理場に乱入。麺生地の塊を刃物で削って熱湯に入れ、麺にしていく。
『ねーねー、りーしー。あれ入れよう、唐揚げー♪』
 突拍子もない才維の提案に、苦笑いを浮かべる慄罹。だが…彼も真紀も、楽しそうに料理をしている。
「メンマやらネギはええねんけど、その他に入ってる炒め野菜、炒め加減がちょっと甘いねん。これでどうや!」
 完成したのは、野菜炒め。全員が箸を伸ばし、一瞬で皿が空になった。その味に、依頼人も開拓者も相棒も満足している。
 料理を終えて満足したのか、途端に真紀は顔を真っ赤にして照れ笑いを零した。
『私は美味しかったですぅ。失礼しましたぁ!』
 春音にフォローされながらも、真紀は調理場から移動する。それに合わせて、慄罹が刀削麺を運んで来た。
「喪越さんは食べないんですかぁ? おいしい拉麺ですよ〜」
 麺をモグモグしながら、キルクルは喪越に丼を差し出す。食欲をそそる匂いに、喪越の腹が鳴った。
「ぐっ…まぁ、麺を愛する者としちゃ、研究も含めて一食の価値はあるかもな」
 麺を食べた直後、喪越は屋台の裏に逃げるように隠れた。『うーまーいーぞー!』という叫びと共に閃光が奔ったが、気にしたら負けである。
「大将、一つ頼みがあるんだが…コレを使った拉麺を、作って頂けないだろうか? 汁物に合う食べ方を探してるんだが、なかなか良いものが思い浮かばなくてな…」
 言いながら、ガルフは大判鍋蓋煎餅を差し出す。彼も、料理の事で悩んでいるようだ。依頼人は軽く笑みを浮かべると、ガルフの肩を軽く叩いた。
「残念だけど、煎餅は麺と相性が良くないんだよ。代わりに、煎餅汁を教えてやるよ。天儀の郷土料理だが、美味いぞ?」
 不敵な笑みを浮かべ、依頼人は屋台の下から汁物用の煎餅を取り出す。それを砕きながら調理する姿は、今までの彼とは違って楽しそうに映った。