|
■オープニング本文 桜の花が散り始める5月。天儀では『ある物』の需要が一気に高まる。と言うか、一年でこの時期にしか必要ない物なのだが。 それが……。 「お祖父ちゃん! 僕、この人形がイイ!」 目を輝かせながら、6歳くらいの少年が鎧兜を纏った人形を指さす。 5月と言えば、端午の節句がある。カワイイ男孫のため、立派な人形を探す祖父母も多い。たまに、度を超して可愛がり過ぎる者も居るが。 「よしよし、じゃぁコレにするか」 老紳士が、少年の選んだ人形に手を伸ばす。嬉しそうにしている少年の肩を、老婦人がそっと叩いた。 「あっちの方が立派だけど、これで良いの?」 「うん! 僕はこっちの鎧の方が好きっ!」 ザクッ。 その瞬間、肉が斬り裂かれるような音がした。同時に、少年の顔が苦痛に歪む。 「うわぁぁぁぁぁ!」 痛みに泣き崩れる少年。その太腿には、刀が深々と刺さっていた。刀を握っているのは……5月人形。 「な…何で人形が!?」 状況が飲み込めず、驚愕の声を上げる老紳士。老婦人は人形を突き飛ばし、少年を強く抱き締めた。 「大丈夫! お祖父ちゃんとお祖母ちゃんが付いてるからね!」 少年の背を撫でながら、自分に言い聞かせるように言葉を呟く。 だが……気付いた時には遅かった。店中の5月人形が3人を囲み、刀を構えている。カウンターの奥にある血溜りは、店員の物だろう。 「ひ……ひぃぃぃぃ!」 悲鳴を上げながら、老紳士が腰を抜かす。徐々に距離を詰める人形達。無表情な形相が、不気味さに拍車を掛けている。無数の刀が一気に振り下ろされ……。 |
■参加者一覧
山羊座(ib6903)
23歳・男・騎
射手座(ib6937)
24歳・男・弓
魚座(ib7012)
22歳・男・魔
蟹座(ib9116)
23歳・男・サ |
■リプレイ本文 ●怪奇を止めるために 大勢の人で賑わう、奏生の町中。普段は笑顔が溢れているが、今日ばかりは状況が違う。万屋で起きた事件が、人々に不安と恐怖を広めているからだ。 そんな一般市民とは対照的に、楽しげに微笑んでいる男性が1人。 「今回も、ある意味スリル満点な展開だねっ♪ やだなぁ〜もう♪」 事件が起きた万屋の裏手。逞しい想像力で、何かを妄想している魚座(ib7012)。脳内では、カワイイ人形達と戯れていそうだ。 「えーと…あーやって…こうやって…」 その隣で、射手座(ib6937)は複雑な表情を浮かべながら、地図と睨めっこをしている。事件を解決するための手順を整理しているのだが、頭から煙を噴き出しそうなイキオイである。 「難しく考え過ぎるな、射手座。まずは、この万屋から始めよう。頼むぞ」 状況を見兼ねたのか、山羊座(ib6903)が射手座の肩をそっと叩く。その言葉に安心したのか、射手座は軽く笑みを浮かべて目を閉じた。精神を研ぎ澄ませて弓の弦を鳴らすと、振動音が周囲に広がっていく。 彼等…と言うか、山羊座が立てた作戦は、射手座の探索スキルでアヤカシの気配を探る、というものだ。効率を考え、人形のある店や民家を聞き込み、スキルを実行する場所は絞り込み済みである。 「なんで射手座の奴と仕事なんだよ…詰まんねぇな。なぁ山羊座ぁ、この依頼終わったら飲みに行こうぜぇ?」 しゃがみながら、愚痴を零す蟹座(ib9116)。その全身から、不満のオーラが発生しまくりである。言葉と共に立ち上がると、山羊座の肩に腕を回した。 「蟹座タン、そんなに不満なら…何で参加したのかな〜?」 悪戯っこのような笑みを浮かべ、蟹座の頬を突く魚座。蟹座は苦笑いを浮かべながら視線を逸らすと、言い難そうに口籠る。 「それは……遊んじゃって金が無いんだよっ! ワリーか、この野郎!!」 意を決したように、蟹座は大声で叫んだ。真っ赤になった顔を見ながら、魚座がクスクスと笑う。 「お前達……少しは静かにしろ。射手座の邪魔になるだろ?」 山羊座は苦笑いを浮かべながら、大きな溜息を吐いた。その様子から察するに、日頃から色々と苦労していそうである。 3人が盛り上がっている最中、意識を集中していた射手座は目を開いて視線を向けた。 「…範囲内にアヤカシの気配は感じないよ。どうやら、周囲に敵は居な…」 「きゃ〜〜〜!」 「人形が…人形がぁ!!」 射手座の言葉を遮るような、女性の悲鳴。声の方向から推測するに、近所の万屋だろう。それに反応し、射手座が矢の如く駆け出す。残り3人も、後を追うように走り始めた。 ●想定外の出来事 逃げて来る住人に逆流するように、射手座達は街路を駆け抜ける。角を曲がった先に待っていたのは……万屋から出て来る人形達が、一般人を襲っている光景。真っ赤な返り血を浴びた人形は、不気味という言葉が似合い過ぎる。 「人形、動いてるじゃねぇか! アヤカシは居ねぇんじゃなかったのかよ、射手座ぁ!」 吼えるような蟹座の言葉が、射手座に突き刺さる。アヤカシの知覚が勝っていたのか、射程外から人形を操ったのか、探索スキルが捉える前に消えたのか、真実は分からない。 だが…目の前で起きている惨劇は、紛れも無く現実である。 「口論は後だよ! 今は、この状況を何とかしないと。忘れてるかもしれないけど、お仕事なんだからね!」 魚座の言葉に、蟹座は舌打ちしながらも兵装に手を握る。そのまま、2人は地面を蹴って駆け出した。射手座は下唇を噛み、拳を強く握っている。恐らく、探知に失敗した自分が許せないのだろう。 「気持ちを切り替えろ。今は人形を倒す…良いな?」 自分を責める射手座に、山羊座が声を掛ける。そのまま、返事を待たずに走り出した。残された射手座は、軽く笑みを浮かべながらそれを追う。 「さぁ人形共! 狩って、狩って、狩りまってやるぜぇーーーッ! あじゃぷあぁぁぁぁぁっ!」 雄叫びなのか悲鳴なのか、判断が難しい叫びを上げる蟹座。その声に惹き付けられたのか、人形達が一斉に駆け寄って来た。人形に感覚は無いが、本体が危険を感じて彼に狙いを定めたのだろう。不敵な笑みを浮かべながら、蟹座は斧を振り廻す。鋭い刃が容赦無く人形を両断し、道路に転がった。その残骸から、瘴気が抜け出て空気に溶けていく。 注意が蟹座に集まっている隙に、魚座は杖を振り翳す。その先端から猛烈な吹雪が発生して扇状に広がり、人形達を飲み込んだ。 「わぁ♪ お人形が踊ってるみたいー♪」 楽しそうに状況を眺める魚座。吹雪に晒されて凍りついていく人形は、確かに踊っているように見えなくもないが…少々喜び過ぎである。 吹雪を逃れた人形には、山羊座が距離を詰める。その背中で住民を庇いながら、半月を描くように大きく槍を薙いだ。空を切り裂くような槍撃が、人形を纏めて打ち払う。 人形を圧倒していく3人を、茫然と眺める住民達。射手座はそんな人達に声を掛け、安全な場所に誘導していく。山羊座が庇っている子供に笑顔で手招きをすると、怯えながらも駆け寄って来た。 「怖かったね…もう大丈夫だ」 笑顔で子供を抱き締め、優しくその背中を撫でる射手座。その子も誘導して住民の安全を確保すると、目に精霊力を集めて矢を放った。一直線に飛来する矢が人形を射抜くと、瘴気が抜けて動きが完全に止まる。 4人の活躍で、次々に浄化されていく人形達。だが、万屋の窓や入口から違う人形が飛び出して来た。 「万屋の中にも居るな。被害が拡大する前に倒すぞ! 蟹座、コレを使え」 山羊座は携帯品の小剣を蟹座に投げ渡し、万屋に踏み込んだ。槍を投げ捨てて小剣を受け取り、蟹座は後を追う。店内で暴れている人形を、山羊座は1体ずつ確実に『ぷすっ』、『ぷす…』と槍で串刺しにしていく。店への被害を考慮して、派手な動きを控えているのだろう。 対照的に、蟹座は派手に小剣を振り回している。いつもの調子で斧を使っていたら、店の中は滅茶苦茶になっていただろう。 外に出た人形達は、射手座と魚座の餌食になっている。鋭い射撃が敵を射抜き、空を奔る電撃が人形を焦がす。 「なんか…黒焦げになったら可愛くなーいー…」 自身のサンダーで黒焦げにした人形を眺めながら、頬を膨らませる魚座。可愛くなくて不満なのは分かるが、自業自得である。 程無くして、周囲の人形達は全て動きを止めた。万屋から出て来た蟹座は小剣を山羊座に返し、地面に落とした斧を拾い上げる。 「ったく…アヤカシを探知出来ねぇとは、射手座様の実力は流石だねぇ」 悪人のような表情で、皮肉の言葉を口にする蟹座。これ以上ないくらいに、悪役が似合い過ぎている。 「それくらいにしとけ、蟹座よ。あんまり射手座に突っかかるな」 難癖を付ける蟹座に、注意を入れる山羊座。更に、耳元でコッソリと『アイツ怒ると怖いんだから…』を付け加える。どうやら、過去に何かあったようだ。 「え? あれって、突っかかってたの? 『キャンキャン吠えるワンコみたいで可愛い♪』って思ってたよ」 ニブいのか天然なのか、射手座は2人に屈託の無い笑顔を返す。 ほんの少し、時が止まった。数秒後、言葉の意味を完全に理解した蟹座は顔を真っ赤にしながら身を乗り出す。射手座に掴み掛るより早く、魚座と山羊座が彼を羽交い絞めにしたが。 「それより……探知に失敗してゴメン。こうなったら、人形を一か所に集めるしかない…かな」 申し訳なさそうに頭を下げる射手座。素直に謝罪されたら、これ以上彼を責める事は出来ないだろう。蟹座は不服そうに地面を蹴る。4人はその場で軽く話し合いをし、次の作戦を実行するために行動を始めた。 ●絶ち斬られた蜘蛛の糸 「わぁ〜♪ 夕日が綺麗だねぇ〜♪」 奏生の集会所の窓から身を乗り出し、夕焼けを眺める魚座。空を真紅に染める夕日は、確かに綺麗だが……。 「相変わらず、ノンキな奴だな…いつ人形が動くか分からねぇってのによ」 蟹座は舌打ちしながら、不満そうな表情で人形を眺める。見張っているのか、ガンを飛ばしているのか、判断が難しい状況だが。 「仕方ないだろう。住民を守りながら敵を探すには…この方法しか残ってないからな」 槍を傍らに、山羊座も人形達を見張っている。彼等が見張っているのは、奏生中から集めた物だ。動き出す危険があるため、事情を話して借り受け、集会所に集めたのである。これなら、万が一人形が動き出しても被害が出る可能性が低い。 問題があるとすれば『人形がいつ動くか分からない』という点だろう。睨めっこを始めてから約5時間、ようやく人形に動きがあった。数体が刀を抜き、ゆっくりと近寄って来る。射手座は弓を手に取り、弦を掻き鳴らした。ほぼ同時に、山羊座達は素早く移動して机や木材で窓を塞ぐ。 「この気配…間違いない。見付けたぞ!」 叫ぶように声を上げ、射手座は全員と顔を見合わせる。そのまま軽く頷くと、4人は外に駆け出して入口を塞いだ。こうして人形を閉じ込めれば、多少は足止めが出来る。その隙に、本体のアヤカシを叩く作戦だ。 射手座の先導で、4人は街道を駆ける。蟹座が若干不満そうな顔をしているが、今はそれを気にしている場合ではない。角を曲がって裏路地に入ると、人の気配が一気に減った。若干暗い道を奥に進むと、闇の中で何かが蠢く。4人は足を止めると、兵装を握り直した。 暗がりから這い出したのは、巨大な蜘蛛。1mを超える巨体は『不気味』としか表現出来ない。 「貴様が親玉か。恨みは…タップリあるな。覚悟して貰うぞ…!」 地面を蹴り、山羊座は一気に距離を詰める。このアヤカシが事件を起こした所為で、彼は頭を捻って作戦を立てるハメになったのだ。その恨みも込めて、零距離から槍を突き刺す。 「コイツが本体!? キモッ! キモいぜ、このクソ虫野郎ッ!」 蟹座は罵詈雑言を浴びせながら、全力で斧を振り下ろした。重厚な刃がアヤカシの足を斬り落とすと、黒い霧と化して空気に溶けていく。 「本体は可愛くなーい……えーいっサンダーッ!!」 顔いっぱいに不快感を浮かべながら、魚座が杖を振る。発生した2本の電撃が蜘蛛の頭胸部を貫き、傷口から瘴気が立ち昇った。 その瘴気を斬り裂くように、矢が飛来する。視力を増強して放った、射手座の一矢だ。それが蜘蛛の腹部に深々と突き刺さる。 「みんな! 張り切るのは良いけど、建物とか破壊しないでね!?」 「ウォラァ! 死ね! 死ね! 死ねぇ!」 注意を促す射手座の言葉を掻き消すように、蟹座は派手に斧を振り廻した。板塀を巻き込みながら、斧がアヤカシを斬り裂く。振り下ろした斬撃が敵を両断すると、その体が黒い塊と化して空気に溶けていった。攻撃の衝撃で石畳が派手に壊れ、地面が捲れているが。 「倒したのは良いけど…蟹タンてば、派手にやったねぇ〜」 戦闘の痕跡を眺めながら、苦笑いを浮かべる魚座。そんな事は一切知らない蟹座は、大暴れしてスッキリしたのか、爽やかに微笑んでいる。 「まぁ…蟹座だけが悪いわけじゃないよ。私が、ちゃんと監督責任を果たせていれば…!」 射手座は、蟹座が暴れ過ぎる事を心配していた。そうならないように細心の注意を払っていたのだが……結果は見ての通りである。 「色々と手間取ったが、人形を返せば依頼は終了だな。今日は、蟹座の奢りで飲むとしようか」 不敵な笑みを浮かべながら、山羊座は蟹座の肩を叩いた。大暴れし過ぎたお仕置き、と言ったトコロだろう。ビックリしている隙に、魚座が満面の笑みで抱き付く。こうなっては、蟹座に拒否権は無いだろう。あとは、彼が飲み屋で泣かない事を祈るばかりである。 |