逃避行の果て
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 普通
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/05/04 19:02



■オープニング本文

「はぁ…はぁ……はぁ………」
 薄暗い森の中を駆け抜ける、1組の男女。年齢は、20歳前後くらいだろう。『何か』から逃げるように、時々後ろを振り向いている。
「きゃっ!」
 女性の短い悲鳴。樹の根に足を引っ掛け、転んでしまったのだ。素早く男性が駆け寄り、彼女を立たせる。周囲を見渡して洞窟を見付けると、2人は急いで身を隠した。
 数十秒後、複数の足音が通り過ぎる。辺りが静かになったのを見計らって、男性が洞窟から顔を出した。
「……行ったみたいだな。哀那(アイナ)、もう大丈夫だ」
 彼の言葉に、哀那と呼ばれた女性が胸を撫で下ろす。だが、その表情が一瞬で暗く沈んだ。
「獅狼(シロウ)……ごめんなさい。私のせいで、貴方に迷惑を」
 哀那が続きを口にするより早く、獅狼は彼女を強く抱き締める。その行動が、彼の気持ちを雄弁に物語っている。
 片や、新人の同心。片や、泰国指折りの富豪の娘。身分も立場も違い過ぎる2人だが、衝撃的な出会いをしてから想いを重ねてきた。
 そして…全てを失っても2人で生きる事を選び、家を飛び出したのだ。当然、哀那の父がそれを許すハズも無く、今は追手に追われる日々を送っている。
「その足じゃ、走るのは無理だな。洞窟の奥で暫く休もうか?」
 獅狼の言葉に、哀那が小さく頷く。寄り添って肩を貸しながら、2人は洞窟の奥に進んだ。
 周囲が薄暗くなって来た頃、2人の足元で『何か』が割れ、軽い炸裂音が周囲に響く。どうやら、哀那が何かを踏んだらしい。目を凝らすが、白いモノがボンヤリ見える程度である。獅狼は懐から紙と火打石を取り出して火花を散らすと、引火して小さな炎が周囲を照らした。
「こ…これって…!!」
 今にも泣き出しそうな、哀那の悲痛な表情。白いモノの正体は、人骨だった。それも、1つや2つではない。
 2人が放心している隙を狙うように、頭上から大きな影が降下して来た。それは、身の丈程もある蝙蝠の化け物。蝙蝠が2人に襲い掛かった直後、炎が消えて周囲は闇の中に沈んでいった。


■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067
17歳・女・巫
玄間 北斗(ib0342
25歳・男・シ
巌 技藝(ib8056
18歳・女・泰
華角 牡丹(ib8144
19歳・女・ジ
キャメル(ib9028
15歳・女・陰


■リプレイ本文

●失踪者を探して
 曇天の空の下、森の中を注意深く探索している者が4人。地面の足跡を探り、木の枝が折れていないか確かめ、周囲の物音に耳を澄ます。
 複数の足跡が固まっているのを見付けた巌 技藝(ib8056)は、足早に駆け寄って地面に膝を付いた。
「やけに足跡があるけど、争った形跡もないし……これは違うのかねぇ〜」
 苦笑いを浮かべながら、頭を掻く技藝。仲間達も駆け寄り、その足跡を眺める。
「足跡は町に続いているのだ。多分、これは失踪者のモノでは無いのだ」
 玄間 北斗(ib0342)の言う通り、足跡は森の奥ではなく町に向かっている。しかも、その数は1つや2つではない。恐らく、大勢の人間が一度に移動したのだろう。
「やはり…ギルドの情報通り、あの洞窟が怪しいですね…」
 柊沢 霞澄(ia0067)は言葉と共に視線を動かした。その先にあるのは、暗く大きな口を開けた洞穴。ギルドが提示した、失踪事件が相次いでいる場所だ。
「ここで考えても仕方ないの。ここは、洞窟を調査するの!」
 両の拳を握り、気合を入れるキャメル(ib9028)。小柄で可憐な彼女がこういう行動を取ると、見ている者は癒される事この上無い。
「原因不明の失踪事件が多発してたら、不安でみんなの顔が曇る一方なのだ。無事に解決して、みんなを笑顔にするのだぁ〜!」
 口調と表情はノンビリしている北斗だが、その意志は固い。困った人を助けるために、全力を尽くす覚悟があるのだろう。
「賛成。人々が不安がってちゃ、あたいら技芸を営む者は商売あがったりだしね」
 不敵な笑みを浮かべながら、技藝は松明に火を点ける。それを霞澄の松明に移すと、4人は洞窟へと足を踏み入れた。北斗は耳に意識を集中させながら先頭を歩き、その後ろに霞澄とキャメルが続く。最後尾を歩く技藝は、後方からの襲撃に備える。湿気を伴った空気が全員の体に絡み付き、軽い不快感を覚えた。
「皆さん…足元には、気を付けて下さいね…?」
 松明があるとは言え、洞窟内が暗い事には変わりない。霞澄が足元への注意を促すのも、当然だろう。
 十数分は歩いただろうか? 両脇の壁が開け、明かりが周囲に広がるような感覚。今までの圧迫感が消え、空気が変わった。
「何だか、広い場所に出たみたいなの〜」
 解放感と共に、キャメルの声が木霊する。彼女は光源となる小さな式を2体召喚すると、闇の中に飛ばした。淡い光が、周囲の状況を浮かび上がらせる。その式が天井に向かって昇って行くと、不気味な羽音と共に消えた。いや、消されたと言った方が正しい。それが意味する事は、1つ。
 『この空間に、敵が居る』。

●洞窟の激戦
 キャメルの式が消された事で、周囲に緊張が走る。技藝は地面を素早く眺め、石を集めて松明を固定した。
「みんな! 洞窟の奥から、何か音がするのだ!」
 研ぎ澄まされた北斗の聴覚が、何かの音を捉えた。その場所に続く道は、正面に空いた大穴しかない。だが、その穴を塞ぐように天井から3匹のコウモリが降下して来た。
「玄間さんが聞いた物音……きっと、巻き込まれた方達ですね…!」
「なら、さっさと倒して助けに行かないとねぇ」
 霞澄の言葉に、技藝は不敵な笑みを浮かべながら指を鳴らす。キャメルは再び2体の式を生み出し、広場全体を飛び回らせた。
「周りは広いけど…敵は3匹だけなの! 玄間しゃん、巌しゃん、前衛はお願いなの!」
 キャメルに応える代わりに、北斗は気を瞳に集中させて手裏剣を一気に投げ放った。正確無比な投擲が鋭い弧を描き、1匹の蝙蝠の羽を斬り裂く。
 更に、霞澄の手裏剣が音も無く突き刺さった。威力は北斗に及ばないものの、ダメージは十分である。
 傷口から瘴気を漏らしながらも、蝙蝠は不恰好に飛びながら技藝に迫る。闇の中で不気味に光る牙を、技藝は軽く素早い足捌きで回避した。その動きは、まるで優雅な踊りのように見える。
「あたいの舞に酔って逝きな!」
 言葉と共に、両手の釵が奔った。金属棒の打撃と、鈎の斬り裂きが、手負いの敵に降り注ぐ。攻撃という野蛮な行為だが、舞うような動作は見る者の目を引いて止まない。打撃と斬撃の雨を受け、手負いの敵は瘴気と化して空気に溶けて消えた。
 洞窟の闇に紛れながら、2体目の蝙蝠が北斗の頭上から強襲する。死角からの完全な不意打ち。鋭い爪が、高速で北斗に迫る。
 だが、暗闇の中でも視界を保てる状態な彼に、闇からの不意打ちは通じない。加えて、研ぎ澄まされた聴力が敵の動きを捉えている。北斗は大きく後ろに跳び、蝙蝠の攻撃を避けた。が、予想以上の速さに反応が遅れたのか、頬が切れて鮮血が流れた。
 攻撃を空振りした蝙蝠に、カマイタチの式が手裏剣の如く殺到し、全身を斬り裂く。キャメルの放った、斬撃の符だ。傷と共に瘴気が溢れ、闇の中に溶けていく。改めて見ると…手裏剣攻撃が多いメンバー構成かもしれない。
 元気良く攻撃した直後、キャメルの足元が大きく揺らぐ。足を踏ん張って耐えたものの、そのまま膝から崩れ落ち、地面に伏した。全員が驚愕の表情を浮かべる中、すぴょすぴょと寝息をたてるキャメル。どうやら、敵の超音波で眠りに落ちたようだ。練力の供給が途絶え、光っていた式が消え去る。軽く呆れながらも、安心して微笑む3人。霞澄は足早にキャメルに駆け寄った。
「後ろの2人に、手出しはさせないのだっ!」
「はんっ、そう簡単にあたいを出し抜いて、仲間をやれるとなんて思わないで欲しいね!」
 言いながら、北斗と技藝が身構える。そのまま、技藝は地面を蹴って一気に距離を詰めた。手負いの敵に向かって、空を切るような鋭い拳撃が叩き込まれる。
 北斗は左右の手に手裏剣を2枚ずつ持ち、狙いを定めた。手首を捻って回転を加えながら投げ放つと、空中で加速しながら弧を描く。薄く鋭い刃が敵を斬り裂くと、その全身が瘴気の塊と化して空気に溶けていった。
 その瘴気を振り払うように、最後の1体が技藝に突撃してきた。完全に虚を突かれ、彼女の反応が一瞬遅れる。無理やり体を動かしたが、牙が腕を掠めて大きな傷跡を描いた。
「キャメルさん…起きて下さい…」
 霞澄は松明を石で固定すると、キャメルの上半身をそっと抱き上げる。指で印を結んで術を唱えると、その体が淡い藍色の光に包まれた。数分もしないうちに、キャメルは目を覚まして大きく伸びをした。
「ふわぁぁぁ…柊沢しゃん、おはようなの♪」
 満面の笑みで挨拶をするキャメル。戦闘中にしては緊張感に欠けるかもしれないが、癒される光景である。
「キャメルさん、おはようなのだ。お目覚めのところ悪いけど、早速援護して欲しいのだ!」
「うん! キャメルにお任せなのー!」
 状況を理解しているか分からないが、元気良く返事をするキャメル。北斗の手裏剣に合わせて、技藝は距離を詰めた。投擲された刃が敵に深々と突き刺さり、鋭い打撃がその体を大きく揺らす。
 援護するように、キャメルは符を投げ放った。カマイタチと化した式が、アヤカシの体を深々と斬り刻む。その体が後ろに倒れ、地面に付くより早く黒い霧になって空気に溶けた。残ったのは、戦いの痕跡と黒い滴の跡だけである。
「急ぎましょう…奥の人達が、心配です…」
 石で固定した松明を拾いながら、霞澄は全員を見渡す。技藝も松明を手にすると、4人は足早に奥へと進んで行った。

●未来の2人に
 一本道を奥に向かって進んで行く4人。その胸には、表現出来ない不安が渦巻いていた。確証があるワケではない。が、不安が拭えずにいた。
「獅狼、目を開けて! 獅狼!」
 正面から響く、悲痛な声。淡い炎に照らされて闇の中に浮かんでいるのは……血塗れで横たわっている男性と、その上半身を抱き上げている女性。
 不安が的中した。しかも、最悪のカタチで。2人の奥に、牙を血で濡らした巨大な蝙蝠の姿が浮かんでいる。
 技藝は松明を投げ捨て、全力で地面を蹴った。敵との距離を一気に詰め、軽やかな足捌きで背後に回り込む。彼女の拳撃とほぼ同時に、北斗と霞澄の手裏剣と、キャメルの式がアヤカシに殺到した。全員の一斉攻撃を受け、敵の体が霧の如く四散、消滅する。
 北斗達は、足早に2人に駆け寄った。深い傷に、大量の出血。男性の顔色は、生気を感じない程に青白くなっている。誰の目から見ても……手遅れだろう。
「ちょっと失礼します…キャメルさん、手伝って下さい…!」
「了解なの! 急がなきゃ!」
 霞澄は男性の体に手を触れ、術を唱える。同時に、キャメルの召喚した小さな式が、彼の体と同化するように傷を癒す。霞澄の術は、生命活動を無理やり維持するものだ。彼の命を繋ぎ止めるには、この方法しかないだろう。
「貴方達…獅狼に何するの!?」
 状況が分からない女性は、取り乱すばかりである。彼女の気持ちを考えれば、無理も無い事かもしれないが。
「落ち着きなよ! あんたの『イイ人』を助けたいなら、ちょっと大人しくしてな?」
 技藝は半狂乱な女性の両肩を掴み、まっすぐに瞳を見詰める。その真剣な眼差しが彼女の心に響いたのか、徐々に落ち着きを取り戻し始めた。
「あ……哀那…?」
 キャメルと霞澄が術を施す中、男性が薄っすらと目を開けた。血塗れの手をゆっくりと上げながら、愛する女性の名前を呼ぶ。
「獅狼…獅狼!!」
 哀那はその手を強く握り、噛み締めるように何度も名前を繰り返した。その頬を大粒の涙が流れ落ち、獅狼の顔を濡らす。
 意識が戻ったのなら、危険な状態は脱したのだろう。目の前の光景に、開拓者達は胸を撫で下ろした。
「助かって良かったのだぁ。2人共、お疲れ様なのだ」
 北斗の大きな手が、霞澄とキャメルの頭を優しく撫でる。2人共、術の連続使用で若干疲れ気味だが、照れ臭そうな表情を浮かべた。
 だが、それも束の間。キャメルは凛とした表情で、2人に向き直った。
「で、あたな達はこれからどうするの? お家に帰るなら護衛するよ?」
 彼女の言葉に、獅狼と哀那は顔を見合わせる。互いの意志を確認するように軽く頷き、哀那は真っ直ぐな視線を返した。
「私は…私達は、帰りません。これから、2人で支え合っていきます」
 言葉と共に、強く手を握り合う2人。互いに想い合い、支え合っているのだろう。仲睦まじい光景に、思わず笑みが零れた。
 ただ1人を除いては。
「充分な路銀やアテはあるの? 馴染みのない土地、知らない人、過去と比べものにならない質素な暮らし。理解してる? 全部我慢できる? 無計画なのはよくないの。親が大事な我が子を心配して探すのは当然なのよ?」
 矢継ぎ早に言葉を投げ掛けるキャメル。彼女は決してイジワルを言っているワケでは無い。心配しているからこそ、敢えて苦言を呈しているのだ。それに、彼女の指摘は決して的外れではない。若さに任せた突発的な行動で、後々後悔して欲しくないのだろう。
「勝手な事言わないで!」
 洞窟内に響く、哀那の悲痛な叫び。予想外の状況に、周囲は水を打ったように静まり返った。
「貴女に私の何が分かるの!? もう…操り人形は嫌……あの人の都合で、結婚させられるのは……!」
 絞り出すような、哀那の言葉。彼女の言っている事は、恐らく政略結婚の事を差しているのだろう。富豪には、黒い噂が付き纏う事が多い。泰国指折りの彼女の家なら、尚更である。実際、噂ではなく『黒い事実』が多数あるのだが。哀那は、そんな父親と家に嫌気が差したのだろう。
「そっちのお兄さんはどうなんだい? この子を、一生守って支えていける?」
 哀那の言葉と決意を聞き、技藝は獅狼に言葉を掛ける。獅狼はゆっくりと体を起こしながら、ハッキリとした口調で断言した。
「あぁ…守ってみせるさ。俺の、命に代えても…!」
 その言葉の意味は重い。実際に命を落としかけた彼が言うのだから、その覚悟と決意を疑う余地は一片も無いだろう。
「…おいら達の仕事は、謎の失踪事件の解決なのだ。被害者の遺留品があるなら、せめてそれだけでも遺族に届けてあげたいのだ」
 2人の覚悟を聞き、意味深な言葉と共に視線を向ける北斗。彼の発言の意味が理解出来ないのか、獅狼と哀那は戸惑いの表情を浮かべている。
「お二人から遺品となるものを頂ければ……ここで亡くなった事にして、追っ手を諦めさせる事も可能かと思いますが…」
 膝を付き、ゆっくりと説明する霞澄。意味を理解して納得の表情を浮かべながら、獅狼は手を自身の後ろに回した。
「だったら…コレを」
 血塗れの手に握られていたのは、十手。恐らく、同心になった時に支給された物だろう。彼の名前がシッカリと刻まれている。
「これも…お願いします」
 哀那が差し出したのは、金の首飾り。彼女の愛用品であり、こんな高価な物を持っている人物は少ないだろう。
 霞澄はそれを受け取り、大事そうに懐に仕舞い込んだ。
「あたい達に任せときな。その前に…ちょっと足出しなよ。そんな状態じゃ、歩けやしないだろ?」
 技藝の言葉に従い、哀那は足を伸ばした。転んだ拍子に捻ったのか、派手に腫れている。包帯を取り出すと、技藝は手際良く巻いて足を固定した。
「これ、持って行くと良いのだ。一息つける場所に着いたら、一服するのだ」
 道具袋をガサゴソと漁り、北斗は芋幹縄と干飯、石清水を2人分差し出した。獅狼がそれを受け取ると、更に松明を2本手渡す。
「生きていてこその幸せだと思います……二人の絆を信じて、頑張って下さい…お二人に精霊のご加護がありますよう……」
 言いながら、霞澄は柔らかい笑みを浮かべた。依頼を達成した4人は獅狼と哀那を残して洞窟を脱出し、ギルドへと帰還する。哀那の首飾りを受け取った父親は、怒鳴り散らして八つ当たりを繰り返したらしい。が、娘の死をも利用して、財産を増やしているらしいが。
 あれから、獅狼と哀那がどうなったのかは、誰にも分からない。だが…この青い空の下で、支え合って生きているだろう。
 きっと、いつまでも。