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■オープニング本文 「なぁなぁ…桜ってさ、根に埋まった死体から血を吸って桃色の花を咲かせるって、本当かなぁ?」 微かな月明かりの下、提灯片手に街道を歩く3人組。恐らく、歳は15歳前後だろう。その中の、眼鏡の少年が唐突に恐ろしい事を口にした。 「ちょっ、止めてよ! あたし、そういう話苦手なんだからさぁ」 怯えた表情で、小柄な少女が声を上げる。少年の様子から察するに、少女を怖がらせるためにワザと言っているようだ。 「それは俗説なのではないでしょうか? 根拠に欠けておりますし、あまりにも非現実極まりないですし」 表情を変えず、特徴的な話し方をしているのは、細身の少年。彼の言う通り、根拠が無いのは事実ではあるが。 「じゃぁさ、今から掘りに行ってみないか? 丁度、町外れに馬鹿デカい樹があるしさ」 悪戯っ子のような、企んだ笑みを浮かべる眼鏡少年。好奇心旺盛な少年期ならではの、突然過ぎる提案である。 「あたしは絶対嫌! 行くなら一人で」 「いえ。私は行きますよ? 面白そうですし、俗説の真偽を確かめる良い機会です」 細身少年の言葉に、少女は驚きを隠せない。彼なら、絶対に断ると思っていたのだろう。だが、男同士、何か通じるモノがあったのだろう。 少年2人は顔を見合わせて軽く笑みを浮かべると、町の外れに向かって歩き始めた。 「ま……待ちなさいよ! か弱い乙女を置いて行く気!?」 叫びながら、少女は小走りに後を追う。どうやら、夜道を1人で帰る方が嫌なようだ。 月下を歩く事、十数分。3人は、桜並木に到着した。 「よし、早速掘ってみようゼ!」 「ちょっと待って下さい。その鍬は、どこから調達したのですか?」 どこから取り出したのか、眼鏡少年は手に鍬を持っていた。細身少年の問い掛けに、彼はニヤリと笑みを浮かべる。 「まぁ……細かい事は気にすんなよ。ほら、お前の分もあるし」 そう言って、鍬をもう1本差し出した。『見ず知らずの民家から、勝手に持ち出した』などとは、口が裂けても言えないのだろう。軽く苦笑いを浮かべながらも、細身少年はそれを受け取る。そのまま、2人は協力して桜の根本を掘り始めた。 心配そうな表情で周囲を見渡す少女。怖がりな彼女には、この状況は厳しいかもしれない。 帰宅を提案しようとした瞬間、3人の背筋に悪寒が走った。全身を氷水に浸けたような、冷たい感覚。全ての運動神経が切断されたかの如く、体が微塵も動かない。 そんな3人の周囲に、瘴気が急速に集まって密度を増し、渦を巻く。身動きがとれず、黒い霧に飲まれる少年達。翌朝、彼等は冷たい死体となって発見された。その表情は、言葉では表現出来ない程に恐怖で歪んでいた。 |
■参加者一覧
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
ペケ(ia5365)
18歳・女・シ
ルエラ・ファールバルト(ia9645)
20歳・女・志
エラト(ib5623)
17歳・女・吟 |
■リプレイ本文 ●怪奇に立ち向かう者達 淡い満月が、全てを朧気に照らす。満開も桜も月光に照らされ、夜の闇に浮かぶ姿は幻想的である。そんな夜の街を歩く、4つの人影。こんな夜は夜桜を楽しみたい気分になるが……。 「桜はこんなに綺麗なのに…アヤカシが居ては、全て台無しですね」 桜を見上げながら、一人呟くルエラ・ファールバルト(ia9645)。視線は上空に向けながらも、いつでも盾を構えられるよう、意識は腕に集中している。 「三人も犠牲者を出しちゃった以上、地縛霊アヤカシには今日を生きる資格はないのです!」 ペケ(ia5365)は拳を強く握りながら、熱く言葉を吐く。相手が地縛霊の時点で生きていないのだが、その点を言及する者は誰も居ない。彼女の迫力に圧倒されたのか、ツッコミ担当が不在なのかは定かではないが。 「無粋な輩は、私達で退治してしまいましょう。そのために、私達はここに来たのですから」 穏やかながらも、玲璃(ia1114)の発言は力強い。既に自身を中心に結界を張り、アヤカシの出現に備えている。 「では、私は状態異常の治療や抵抗の支援に回ります。攻撃は、皆さんにお任せしますね?」 言葉と共に、ほんの少しだけ笑みを浮かべるエラト(ib5623)。他のメンバーを信頼しているからこそ、自分は後方支援に回れるのかもしれない。 「了解です、前衛は任せて下さい。それにしても…今回の敵は、かなり厄介ですよね」 ルエラの、盾を握る手に力が入る。が、退治すべき敵の事を考えると、思わず表情が苦笑いに変わった。 「さ〜て、今回のアヤカシさんは? 『霧状の肉体を持つ地縛霊』、『呪言による知覚攻撃』、『恐慌を引き起こす波動』の3本ですね。来週に向けて、ジャンケンでもしましょうか?」 軽妙な調子で、敵の情報を語るペケ。何かの真似に聞こえなくもないが、やはりツッコむ者は誰も居ない。 「ジャンケンで済めば良いのですが……平和的解決は無理そうな雰囲気ですね」 玲璃の言葉と共に、周囲の瘴気が一か所に集まる。それが人の形を成すと同時に、1m程度の赤い球体が出現した。 「何かございましたら、精神系の状態異常は治療できますので、その際は駆け付けます」 全員が兵装を構える中、自分の意志を伝えるエラト。治療方法があるとしても、恐慌に陥らない事を祈るばかりである。 ●邪を祓う刻 「先手必勝! 一気にいくのです!」 シノビ特有の走りで、ペケが敵との距離を一気に詰める。地面を蹴って軽く跳躍し、拳を突き上げて球体を殴打した。衝撃で球体が小刻みに揺れる。着地と同時に全身のバネで再び跳び、豪快な裏拳を叩き込んだ。 「同感です。厄介な敵ですし、早々に退治してしまいましょう」 玲璃は後方に引いて敵との距離を離し、錫杖を振る。ペケが着地して横に跳ぶのとほぼ同時に、アヤカシの周囲に清浄な炎が生まれた。精霊力を宿した炎が敵を飲み込み、全身を焦がしていく。 「支援はお任せ下さい。皆様に、精霊の加護を…」 言葉と共に、エラトはリュートの弦を弾いた。そこから奏でられた音色は滑らかで、美しい演奏が仲間達の心に響く。音の力が精霊に作用し、全員に加護を与えた。 (敵の動きにも注意しないと…私は、みんなを守る盾なんだから) 仲間を守る決意を胸に、ルエラは兵装を掲げる。全身に精霊力を帯びさせると、地面を蹴って疾走。刀に白く澄んだ気を纏わせ、球体を狙って斜め上に薙いだ。切先が本体を捉え、霧と共に斬り裂く。刀身に触れた瘴気と霧状の肉体は、梅の香と共に浄化された。桜の樹の下で、梅香がするのは変な話ではあるが。 反撃するように、地縛霊は口を大きく開ける。この世の物とは思えない不気味な声が、ルエラに向かって発せられた。それが命中すると同時に、彼女の周囲に灰色の力場が発生し、ダメージを和らげる。攻撃が軽減された事に腹を立てたのか、地縛霊は対象をペケに変えた。 直後、ルエラは盾を構えて間に割り込む。盾から障壁が展開され、彼女自身からは灰色の力場が発生する。2つの防壁がルエラを守り、彼女の行動がペケを守った。 ペケは地を蹴って跳び、ルエラの肩を蹴って更に跳躍。拳を強く握り、落下しながら拳を振り下ろした。拳撃が球体に打ち込まれ、そのまま地面に達する。落下と拳撃、2つの衝撃で本体が粉々に砕け、霧の体ごと空気に溶けていった。 アヤカシを倒し、胸を撫で下ろす4人。ほんの一瞬だが、それは致命的な隙を生んだ。夜の闇よりも尚暗い波動が、ペケに迫る。予期せぬ方向からの、予期せぬ攻撃。2体目の地縛霊が具現化していたのだ。開拓者達がその波動に気付いた時、既に彼女は恐怖の底に堕ちていた。 「ネ、ネズミの大群っ!? ちきゅーハカイばくだん!!」 意味不明な発言をしつつ、桜の樹の陰に隠れるペケ。恐らく、アヤカシの攻撃で敵の姿が鼠の群れに見えているのだろう。視線を合わせないでガタガタ震えながらも、炮烙玉を取り出す。爆薬を抱えながらブツブツ呟いている姿は、ある意味不気味である。 「皆さん、ここはお願い致します。私は、ペケさんを治療して参ります」 そう言って、エラトはペケの元へ駆け出した。彼女が状態回復のスキルを持っていたのは、不幸中の幸いかもしれない。 「伏兵、ですか。存在に気付けなかったなんて…!」 俯きながら、悔しそうに歯を食いしばる玲璃。彼は不意打ちに備え、捜索系スキルで周囲の瘴気を警戒していた。だが、瘴気が漂っていても、アヤカシとして具現化しなければ感じる事は難しい。出現と同時に攻撃されたため、反応が遅れてしまったのは仕方ない事だろう。 「ペケさんの事はエラトさんに任せて、私達はアヤカシに集中しましょう」 落ち込む玲璃の肩を、ルエラが優しく叩く。2人は軽く顔を見合わせると、敵に向き直った。玲璃が錫杖で空を薙ぐと、清浄な炎が生まれてアヤカシを飲み込む。錫杖を上から振り下ろすと、アヤカシの頭上から炎が降り注ぎ、更に大きく燃え上がった。 ルエラは刀に精霊力を纏わせ、一気に距離を詰める。そのまま天高く飛び上がり、炎を振り払うように刀を振り下ろした。斬撃が炎と共に本体を斬り裂き、瘴気を浄化する。 「落ち着いて下さい。今、治療致します」 怯えるペケを優しく抱き締め、エラトは子守唄を奏でた。優しい旋律が周囲に響き、聴く者の心を落ち着かせる。震えが止まり、恐怖に怯えていた表情が徐々に和らいでいく。 「ありがとうございました、エラトさん。さて…乙女に恥をかかせた罪、万死に値するのです!」 平静を取り戻し、丁寧に礼を述べるペケ。拳を握りながら敵に対する怒りを口にしたが、死んでいる地縛霊に対して『万死』を使うのは、若干違和感があるような気がする。彼女もエラトも、そんな小さな事は気にしていないようだが。 地縛霊は口を開き、呪われた声を発した。エラトの歌声とは対極の、不快感を伴う不気味な声。それが玲璃とルエラに向けられ、精神的な苦痛が全身を駆け巡る。 次の瞬間、アヤカシのすぐ近くにペケが出現した。恐らく、時間軸に干渉して時の流れを止め、その間に移動したのだろう。桜の幹を地面のように蹴って大きく跳躍。空中で体勢を整え、本体に踵落としを放った。衝撃で、本体が地面に叩き付けられる。 「今が好機ですね。ルエラさん、止めはお任せします…!」 「任せて下さい。前衛の役目、果たしてみせます!」 玲璃の動きに合わせて、アヤカシの本体が清浄な炎に包まれた。ペケが後方に飛び退くと、入れ違うようにルエラが間合いを詰める。白く澄んだ気を刀に纏わせ、全力で本体に突き立てた。刀身が貫通し、球体が2つに割れる。そこから噴き出した瘴気は梅の香と共に浄化され、空気に溶けていく。黒い滴が大地を汚し、アヤカシの姿は完全に消え去った。 ●平和への願い 「やれやれ…今ので全部ですかねぇ?」 苦笑いを浮かべながら、ペケは周囲を見渡す。不意打ちを喰らって恥をかいたため、増援に敏感になっているのだろう。 「……アヤカシの気配どころか、生物の気配すらありませんね」 意識を周囲に広げるように集中していたルエラだったが、効果範囲には何の反応も無い。見えない位置に隠れている、という可能性は無いようだ。 「念のために、街の中を見回りましょうか? アヤカシが潜んでいる可能性もありますし」 玲璃は結界を展開しているが、周囲にアヤカシの気配は感じないようだ。だが、町全体を調査するまでは安心出来ないのだろう。 「賛成です。これ以上被害者が出ないよう、可能な限り尽力致しましょう」 玲璃の意見に賛同するエラト。彼女だけではなく、全員が同じ気持ちなのだろう。残った敵を探すため、4人は町に向かって歩き始めた。町中を隅々まで調べたが、幸いにも敵は現れず、隠れている気配も無い。数時間後には、戦闘をした場所に戻って来ていた。 「これで、街を1周しましたね。他にアヤカシが居なかったのが、不幸中の幸いです」 今度こそ、安心に胸を撫で下ろすルエラ。ここまで探しても敵の姿が無いのだから、町のアヤカシは全て退治出来たのだろう。 「では…私は、この場を浄化します。どれだけ効果があるか分かりませんが、無いよりはマシです」 桜の樹の下に腰を下ろし、エラトは目を閉じた。その指がリュートを奏で、周囲に演奏が広がる。時折、意味不明な歌詞が混ざっているが、精霊の力が瘴気を祓い鎮めていく。 「良い曲ですね。ならば、私は鎮魂の舞を踊らせて頂きましょう。犠牲者を弔うためにも…」 膝を付いて目を閉じ、犠牲者に祈りを捧げる玲璃。立ち上がって腕を大きく広げると、ゆったりした動きで舞った。夜桜の下、美しい演奏と共に舞う美青年。何とも、絵になりそうな光景である。 「『綺麗な薔薇にはトゲがある』なんて言いますが『綺麗な桜には地縛霊がいる』なんてのは、勘弁ですねぇ」 舞い踊る玲璃と、舞い散る桜を見ながら、独り呟くペケ。地縛霊に限らず、アヤカシが居ては風情も情緒もあったモノでは無い。 だが……少なくとも今だけは、目の前の光景を堪能しても良いだろう。 |