愛の言葉、恐怖の叫び
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/11/07 19:18



■オープニング本文

 朱藩の南側、千代が原諸島や香厳島に臨む海岸。潮風が優しく頬を撫で、柔らかい波の音が心地良く耳に響き、空の青と海の青が目に映える。夕暮れになれば全てが紅く染まり、昼間とは違った美しさが現れるだろう。
「気持ち良い海風だな!」
 そう言いながら、10代後半くらいの少年が背を伸ばした。長身で筋肉質な体躯をしているが、その笑顔は太陽のように眩しい。
「えぇ‥‥そうね」
 砂浜に腰を下ろした少女が、気の無い言葉を返す。少年と同年代であろう彼女の瞳には、彼の姿しか映っていない。完全に『恋する乙女』の表情になりながら、熱い視線を送っている。
 その視線に気付いたのか、少年は軽く苦笑いを浮かべた。
「何だよ、さっきからジ〜〜〜ッと見て。俺って、そんなに変な格好してるか?」
「え!? 違う違う! そうじゃないの‥‥」
 ブンブンと手を振りながら、少女が否定の言葉を口にする。その視線が宙を泳いでいたが、意を決したかの如く、真っ直ぐに少年を見詰めた。
「あのね、聞いて欲しい事があるの‥‥」
 見詰め合う二人。熱い視線が交錯し、周囲の雰囲気が高まっていく。
「私ね‥‥貴方の事が‥‥」
『ウラメシイ‥‥』
 少年でも少女でもない、第三者の声。次の瞬間、二人の状況は一変した。
 脊髄に氷の柱を突っ込まれたような、冷たい感覚。『不快感』などという生易しい言葉では表現出来ない程の、圧倒的な気持ち悪さ。
 体が動かない。
 否、動けない。
 全身の神経が麻痺したかの如く、ピクリとも動けない。
 人間の手のようなモノが、二人に伸びる。水色に透き通ったソレは、首を掴んで徐々に締め上げていく。
 苦悶の表情を浮かべながらも、少年は首を動かして視線を巡らせた。そして、自分を苦しめているモノの正体を見てしまった。
 宙に浮かんだ成人女性。その体は水色に透き通り、天儀風の外套しか身に纏っていない。しかも、どう見ても下半身が見当たらない。その双眸からは、紅い液体のような物が流れている。
 誰がどう見ても、異形のバケモノだ。
(女の‥‥幽霊!?)
 少年はその姿を見た瞬間、ある噂話を思い出した。愛した男に裏切られた女性が、この場所で命を断った‥‥という噂話を。
 バケモノが更に力を加えると、まるで糸の切れた人形のように二人の体が崩れ落ちる。それを見届けると、バケモノは霧のように消えていった。


■参加者一覧
利穏(ia9760
14歳・男・陰
劉 星晶(ib3478
20歳・男・泰
黒木 桜(ib6086
15歳・女・巫
羽紫 稚空(ib6914
18歳・男・志
ハシ(ib7320
24歳・男・吟
熾弦(ib7860
17歳・女・巫
華魄 熾火(ib7959
28歳・女・サ
クレア・ローズ(ib7990
19歳・女・魔


■リプレイ本文

●悲劇に終止符を
「さぁ、熾火ちゃん! あたし達の愛の炎で、この海を蒸発させちゃいましょう♪」
 朱藩南部の海岸で蠢く、布の山。
 否。
 衣服や柄布を着飾った長身の男性、ハシ(ib7320)である。情熱的な言葉と共に、舞うように一回転。膝を付き、華魄 熾火(ib7959)の右手を握りながら情熱的な眼差しを向ける。
「く、ふっ‥このような場所で、そなたに口説かれる事になろうとはな」
 口元を押さえながら、必死に笑いを堪える熾火。漆黒の頭髪を軽く掻きあげ、右手をそっと解いてハシの頬に触れた。そのまま、優しい笑みを浮かべながら指を這わせる。
「演技なのに凄いな、あの二人。俺達も負けてられないぜ、桜!」
 妙な対抗心を燃やしながら、羽紫 稚空(ib6914)は恋人の黒木 桜(ib6086)に熱い視線を送る。実際に付き合っている稚空達なら、恋人特有の『甘い雰囲気』を醸し出すのも容易だろう。
 だが‥‥稚空とは対照的に、桜の表情は暗い。
「私たちの囮というか‥空気で上手くおびき寄せられれば良いのですが‥‥」
 不安を口にする桜。囮役の彼女達は、今回の作戦の要。失敗は許されない以上、気負って不安を感じるのも無理は無いだろう。
「大丈夫、黒木さんと羽紫さんなら、すぐにアヤカシを誘き出せるわよ」
 桜の肩に手を重ね、優しく声を掛けるクレア・ローズ(ib7990)。クレアが醸し出す独特の雰囲気で癒されたのか、桜は顔を見合わせて軽く微笑んだ。
「囮役の皆さん、ヤル気満々ですね。僕も頑張らないと‥!」
 言いながら、利穏(ia9760)は軽く拳を握る。その青い瞳から窺えるのは、固い決意。気負っている様子は微塵も無い。
「どんな事情があったとしても‥‥人に仇なす存在なら見過ごせないわね」
 視線を海岸に向けながら、一人呟く熾弦(ib7860)。その言葉は風の中に消え、彼女の白銀の頭髪を揺らした。
「さてさて‥‥皆さん、準備は良いですね? 悲劇の連鎖は、俺達で終わらせましょう」
 全員を見渡しながら、劉 星晶(ib3478)が声を掛ける。その言葉に反応し、視線が彼に集まった。8人は静かに頷き、2手に別れて目的の場所へと歩き始めた。

●情熱の南東海岸
 海岸の南東部に位置する、広い砂浜。そこに、人影が2つ。
「じゃぁ‥‥いきます」
 人影の1つ、桜がその場に結界を張った直後、彼女の身体が微かに発光した。スキルの効果で、アヤカシに対する感知力が上昇した証拠である。
「準備出来たか? じゃぁ、俺達の熱い想いでアヤカシを誘き出そうぜ!」
 そう言って、稚空は満面の笑みを浮べた。依頼中に彼女と甘い時を過ごせるのは、彼にとっては美味しい限りである。
 最愛の男性の笑顔に、桜の胸が高鳴った。軽く頬を染め、熱っぽい視線を稚空に送る。視線を合わせた数秒後。二人は完全に『二人だけの世界』に行っていた。
「本当に、二人は仲良いのね‥‥何だか微笑ましいわ」
 囮の二人から約20m程離れた位置で、木陰からクレアが様子を覗く。少々距離があるため、稚空と桜の声はクレアに届いていないが、何かを呟き合っているようだ。
 だが、スキルで聴覚を強化した星晶には、その声が筒抜けだったりする。
(恋人同士の会話を聞くのは気が引けますが‥‥仕事中なのでごめんなさい、という事で)
 心の中で謝罪する星晶。その姿は地上には無く、砂浜に掘った穴の中に潜んでいた。しかも、入り口に砂色の毛布を被せ、埋伏りも併用して隠すという、念の入れようである。
「稚空‥‥」
「桜‥‥」
 見詰め合う二人。稚空は桜の腰に手を回し、そっと抱き寄せた。そのまま、二人の顔が近付き‥‥。
『ウラメシイ‥‥』
 圧倒的な不快感が、一瞬で周囲に広がる。アヤカシが出現したのは、囮二人のすぐ近くだった。真っ先にそれに気付いた星晶が、穴から飛び出して砂浜を駆ける。ほぼ同時に、アヤカシは囮二人に向かって腕を伸ばした。
「今だ、桜!!」
 叫びながら、稚空は殺気を放って敵を惑わせる。注意が一瞬逸れた隙を突くように、稚空と桜は砂浜を転がって攻撃を回避した。体勢を立て直すと同時に、二人は携帯した岩清水をアヤカシ目掛けて撒き散らす。
「氷よ、彼の者捕える鎖となれ! 氷霊結!!」
 桜の叫びと共に、水が凍り付いていく。身を捻って氷を破壊しようとするアヤカシに、星晶の苦無が殺到した。更に、クレアの放った石礫が敵の全身を撃ち付ける。
 ダメージを負っても、アヤカシは稚空と桜に怨念と殺意を向けたままである。瘴気がアヤカシとして集まる際、虫の息だった女性の怨念が混ざったのだろう。結果、愛する者の中を裂く、悲しい存在と化してしまったのだ。
 アヤカシは怒りに満ちた瞳で桜を睨む。左腕を軽く振り、鞭のような殴打を放った。反射的に、桜はそれを横に跳んで避ける。だが、アヤカシは彼女の着地点を狙って右腕を振り回した。迫り来る攻撃に、桜は両腕を交差させて目を閉じた。
「ぐぁっ!」
 短い悲鳴。それは女性の高い声ではなく、男性の低い声だった。
「稚空!!」
 桜を庇うように体を捻じ込んだ稚空。その背には、痛々しい赤い線がクッキリと刻まれている。
「まったく‥‥無茶し過ぎよ!」
 苦笑いを浮かべつつ、距離を詰めるクレア。火球を生み出すと、アヤカシ目掛けて一気に投げ放った。炎がアヤカシを包み、焦がしていく。その炎を突き破って、星晶の苦無が降り注いだ。更に、左脚を軸にして回転。脚絆による蹴撃を叩き込んだ。
 直後、ヤヤカシの体が崩れる。全身に亀裂が走り、霧が四散するように徐々に消えていく。
「悲しいですね‥‥しかし、羨ましい。俺は、死して狂うほど誰かを愛した事などありませんから」
 崩れゆくアヤカシを前に、星晶は一人呟く。その言葉は誰の耳にも届く事は無く、アヤカシと一緒に消えていった。後には、何一つ残さずに。

●燃えあがる岩場
 同時刻、西側の岩場でも作戦が実行されていた。地面に片膝を付き、熾火をお姫様抱っこするハシ。身長の差がありすぎるため、この体勢をとったのだろう。
「月光のような白い肌に、深淵を秘める夜の湖のようなその瞳。全てを見透かすようなその黒に、哀れな男の心は囚われてしまったの。薫香に惹かれるあたしは、愚かな羽虫のよう」
 甘い言葉を呟きながら、優しい眼差しを向ける。熾火はその視線に微笑で応え、ハシの髪に手を伸ばして梳くように撫でる。
「月を思わせる銀糸の髪に、木々を思わせる新緑の緑の瞳‥‥その銀糸を揺らしながら舞う私の蝶よ、どうかこの女郎蜘蛛から逃げぬでくれまいか?」
 ハシに負けず劣らず、情熱的な言葉を返す熾火。二人の様子は、まるで芝居の一幕のようである。その役者振りに、岩陰から様子を覗いている利穏と熾弦は、思わず拍手が出そうになる。
「愛の囁き合い、寄り合い‥‥な、何と申しますか、本当の恋人同士もあれ程に寄り合うものなのでしょうかっ!?」
 利穏は顔を真っ赤にしながら、小声で熾弦に問う。二人のやりとりを見て照れているのか、緊張しているのかは定かではないが。
「さぁ‥‥どうかしらね。後で桜君と稚空君に聞いてみたら?」
 言いながら、薄らと笑みを浮かべる熾弦。その体が淡く光っているのは、スキルを発動させている証拠である。
「乙女の唇は、魔法をかけるためにあるのね。二人を世界一幸せにする魔法‥‥」
 ハシがその言葉を口にした瞬間、熾弦は岩陰から飛び出した。
『ウラメシイ‥‥』
 直後、猛烈な殺気を伴ったアヤカシが、囮二人のすぐ近くに出現した。瘴気の発生を感知した熾弦は、いち早く行動を起こしたのだ。彼女が軽く手を振ると、アヤカシが周囲の空間ごと歪む。それが身を捻るような衝撃となって敵を打った。
 その攻撃に合わせて、利穏は剣気でアヤカシを威圧する。更に、電光石火の動きで間合いを詰め、刀を叩き付けるように振り下ろした。
 反撃するかの如く、アヤカシが腕を伸ばして鞭のように振り回す。迫り来る攻撃を利穏は紙一重で避けたが、ハシの頬と腕を掠めて薄らと血が滲んだ。
「さても‥無粋な真似をしてくれる」
 少々不機嫌そうに言葉を吐き捨て、熾火は砂浜に隠していた薙刀をアヤカシに叩き付けた。その隙に、ハシは敵との距離を取って大きく息を吸い込む。
「好き好き熾火ちゃん〜♪ らぶり〜熾弦ちゃん〜♪ 最後のデザートは利隠ちゃん〜♪」
 歌声が周囲に響くと、全員の体に淡い光が宿る。
 その歌声を掻き消すように、アヤカシから不快な金切り声が発生した。強烈な不快感に、全員の顔が苦痛に歪む。あまりの不快感に、熾火は両耳を押さえて膝から崩れてしまった。
「気持ち悪い声、ね‥‥少しは、ハシを見習いなさい!」
 熾弦の叫びと共に、アヤカシの周囲が歪む。その衝撃で敵が怯むと、利穏は刀を握り直した。
(貴女の境遇には同情するけど‥‥僕には、こんな事しかできない‥)
 刀身に想いと煉力を乗せ、一気に振り下ろす。切先がアヤカシを両断すると、その姿は霧のように消えていった。

●悲しみの終わりに
 戦闘を終えた8人は、最初の場所で合流していた。ここに来るまでの道中、アヤカシに注意して探索と警戒を怠らなかったが、それらしい気配は発見出来なかった。
 互いの班の状況を説明し合った後、熾弦は怪我をしたハシと稚空に癒しのスキルを発動させた。彼女の腕が淡い光に包まれ、その手を傷口にかざすと怪我が治っていく。
「これで良し、と。大した怪我が無くて良かったわ」
「流石は熾弦ちゃんね。ありがとう♪」
「サンキュ、助かったぜ!」
 笑顔で礼を述べる、ハシと稚空。そんな稚空の上着を、誰かが軽く引っ張る。彼が振り向くと、そこには桜が立っていた。
「あの‥‥あまり無茶しないで、もっと自分を大事にしてください! でも、有難う御座います、稚空」
 常に自分を庇う恋人を心配しながらも、その行動を喜んでいる桜。感謝の気持ちを言葉に込め、満面の笑みを送った。
 照れ臭いのか、軽く視線を逸らして頬を掻く稚空。その頬は赤く染まっているが、嬉しそうに笑みを浮かべている。
 直後。少々高い波が二人を襲う。膝程度の高さだったが、桜は脚を取られて転倒。そのまま波に飲まれてしまった。
「桜!」
 叫びながら、稚空が海に向かって駆け出す。胸程度の深さの位置で桜を捕まえ、力強く引き寄せて抱き上げた。
「ったく、お前は本当にドコでも溺れるんだな。まぁ‥‥いつでも、何度でも、俺が助けるけどな!」
 ズブ濡れになりながらも、見詰め合う二人。またしても『アッチ』の世界に行ってしまったようだ。
「うふふ…それにしても、微笑ましいわ…というより、初ね。あの二人…」
 二人の様子を眺めていたクレアは、呟きながら微笑む。その姿は、まるで面倒見の良い姉のようだ。
「熾火ちゃ〜ん、もうアナタの瞳に完敗よ〜! で、ちゅ〜していい?」
 稚空と桜に影響されたのか、ハシは熾火の肩を抱きながら顔を近付ける。そんな彼の唇に人差し指を当て、熾火は微笑みながら口を開いた。
「此度は楽しい時間をありがたく思う。だが、口付けは大事な者へ贈るもの‥‥自身を安売りしてはいけない」
 熾火の言葉に、ハシは拗ねたような残念そうな表情を浮べる。
「そのような顔をするな、愛らしい顔が台無しだぞ?」
 含み笑いをしながら、ハシの髪を梳く熾火。その様子を、利穏は感心しながら眺めている。
「互いを想い合うのは、素晴らしい事ですね。いつか僕も、誰かに愛の言葉を‥‥」
「あら、利穏君も愛を呟きたいのかしら?」
 思わず零れた独り言を耳にし、クレアが利穏の顔を覗き込んだ。急に恥ずかしくなったのか、利穏は耳まで真っ赤になりながらブンブンと手を振る。
「い、いえ! 何でもございません!!」
 皆が盛り上がっている最中、少々離れた位置で空を見上げている男性が一人。
「そんなトコで空なんか見上げて、どうしたの?」
 熾弦に声を掛けられ、星晶は視線を下ろした。その表情には、哀愁が漂っている。
「いえ‥‥あのアヤカシ、誕生した経緯を考えると、流石に気の毒だと思いまして‥‥」
 悲しそうな星晶の言葉を聞き、熾弦はゆっくりと空を仰いだ。そこには、抜けるような青が広がっている。
「あのアヤカシは、女性の怨念を取り込んでいただけよ。倒す事で、その想いは救われたハズ‥‥少なくとも、私はそう思うわ」
「そう‥‥ですね。俺も、そう信じたいです。こんな悲劇は、もう起きないと良いですね‥‥」
 こうして、朱藩南部の悲しい事件は幕を下ろした。人が人を愛する限り、今回のような悲劇が生まれるかもしれない。
 だが、彼ら開拓者が居る限り、悲劇の連鎖は必ず砕かれる。そして、人々の笑顔を守る事が出来るだろう。
 これからも、ずっと。