桜と共に散るは…
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/04/12 20:14



■開拓者活動絵巻
1

にかい






1

■オープニング本文

 春の暖かい風が、花の匂いを連れて草原を駆け巡る。植物が芽吹き、鳥が鳴き、寒い冬から開放された大自然が、春の到来を喜んでいた。
 だが……ここに、春を忌み嫌っている者が居る。
「カミナ…あんたが死んで、もう1年になるのね…」
 崖の上。満開の桜の根元に建つ、小さな墓石。刻まれた名前は、上那。一人呟いた長髪の女性は、膝を付いて静かに手を合わせた。
「この1年…あたし、頑張ったんだよ? あんたを忘れられるように頑張ったけど……」
 声が震える。合わせた手を強く握り締めると、頬を一筋の涙が零れた。
「忘れられないよ……上那…あたし、どうしたら良いの!?」
 冷たい墓石に向かって想いの丈をぶつけ、泣き崩れる。勿論、返事が返って来る事は無い。彼女の愛した者は……もう居ないのだから。
 去年の春。丁度、今のように桜の花が満開だった頃……理穴のとある村がアヤカシに襲われた。その被害は凄まじく、村があった事が分からない程に滅茶苦茶だったらしい。彼女は私用で村を離れていたため被害を受けずに済んだのだが……それが幸運だったか否か、複雑である。
 何せ、彼女は全てを失ったのだから。故郷も、家族も、住む家も、財産も……愛する人も。
「何で……あたしだけ生き残ったの……!」
 搾り出すような、悲痛な叫び。我慢していた感情が、一気に噴き出しているのだろう。
「あんたが居ない世界なんて……」
 悲しみと怒りが入り混じった感情が、彼女の胸の中で渦を巻く。それに呼応するように、空気中の瘴気が集まり始めた。
「あんたが居ない、こんな世界なんて……!」
 ゆっくりと立ち上がる女性に、瘴気が吸い込まれていく。長い髪が逆立ち、涙に濡れた瞳が鮮血のように真っ赤に染まった。
「こんな世界……全て壊れてしまえばイイ…!!」
 両手に黒い霧が収束し、長身の銃と化す。冷たい銃口が墓石に向けられ……。


■参加者一覧
喪越(ia1670
33歳・男・陰
九竜・鋼介(ia2192
25歳・男・サ
風瀬 都騎(ia3068
16歳・男・志
雲母(ia6295
20歳・女・陰
利穏(ia9760
14歳・男・陰
朱華(ib1944
19歳・男・志
白藤(ib2527
22歳・女・弓
宮鷺 カヅキ(ib4230
21歳・女・シ
闇野 ハヤテ(ib6970
20歳・男・砲
一之瀬 戦(ib8291
27歳・男・サ


■リプレイ本文

●引き付ける者
 波の音と共に、潮の香りが周囲に漂う。桜の花がほのかに舞う中、瘴気を伴って『彼女』が現れた。
「コイツが、愛を凶器に変えた女…か。実に手前ぇ勝手で気に喰わねぇ奴だなぁ」
 アヤカシを眺めながら、一之瀬 戦(ib8291)が不快そうに言葉を吐く。だが、その表情はほんの少しだけ寂しそうにも見える。
「だが、面白そうな相手じゃないか。久しぶりに楽しめそうだ」
 煙管を吹かせつつ、のんびりと様子を見詰める雲母(ia6295)。口元が若干緩み、満足そうな笑みを浮かべた。
「恋人を失い悲しみ、苦しみぬいた末…憎悪へと変わったか。とは言え、アヤカシと化し人に仇なすならば…討つまでだ」
 九竜・鋼介(ia2192)の真剣な瞳が、彼女を射抜く。表情が一瞬悲しみに染まったが、それを振り払うように兵装に手を伸ばした。
「泰生に行かれちゃ、こっちとしても困るんでね。銃使い同士…楽しみましょうか」
 強気な言葉に合わせて、挑発的な視線を送る、闇野 ハヤテ(ib6970)。長銃身の銃を構えて狙いを定めると、引金に指を伸ばす。
 それが引かれるより早く、喪越(ia1670)はアヤカシに歩み寄った。
「Hey、カノジョー。一緒にヘヴンにイってみない〜?」
「あの…喪越さん? 一体、何のつもりですか?」
 予想外の発言に、呆気にとられる宮鷺 カヅキ(ib4230)。彼女だけではない。その場に居る全員が、困惑の表情を浮かべている。
「話が通じようが通じまいが、美人には声を掛けるのが『紳士の礼儀』ってモンだぜ、アミーゴ!」
 そんな事は一切気にせず、喪越は振り返ってイイ笑顔を見せた。誰もが言葉を失う中、雲母は軽く笑い声を上げる。
「馬鹿な男だとは思っていたが…予想以上だな。辛気臭い溜息ばかり吐くよりは、遥にマシだ」
 次の瞬間、アヤカシから瘴気が噴出し、1m程度の長銃が2体具現化した。突然の事に、喪越は後方に跳んで距離を空ける。
「完全に人じゃねぇな。ホント、人ってのは馬鹿だねぇ。失っても尚、何も気付けねぇ」
 嘲るような、含みのある笑い声を零す戦。彼女に同情する気が無いのか、それを表に出さないだけなのかは、定かではないが。
「避難が終わるまで、コイツ等を町に近付けるワケにはいかないな。森の方に誘き出さないか?」
 鋼介の言葉に、全員が静かに頷く。雲母の弓撃とハヤテの射撃が敵を撃ち、注意が完全にこちらに向いた。
 3つの銃口から、瘴気を伴った弾丸が放たれる。開拓者達はそれを避けながら、敵を森の中へと誘い込んだ。
「今回、私がすべきことは…」
 忍者刀と長苦無を構えるカヅキ。彼女達の役目は、囮。一般人が避難する時間を稼ぐ事である。カヅキと戦は、アヤカシの注意を引くように斬撃を繰り出した。
 その隙に、喪越と鋼介の連携が長銃の1体を打ち砕く。更に、雲母の連続射撃がもう1体を瘴気に還した。
 残ったアヤカシに向かって、ハヤテが狙いを定める。
(俺も大切な人を…俺を認めてくれた人を失ってしまったら…あの姿は、そうなってしまった時の自分?)
 嫌な思いが頭をよぎる。指先が振るえ、心臓が早鐘を打ち、全身から冷たい汗が噴き出す。
「違う! 余計な事を考えるな、撃て、討つんだ…! 俺は…アヤカシになんて…!」
「ハヤテ、何してる! 敵は目の前だぞ!」
 雲母の叱咤に、ハヤテは再び狙いを定める。が、全身が震えて照準が定まらない。
「戦えねぇなら下がってろ! 合図は、俺が打ち上げる!」
 吼えるように叫びながら、戦は狼煙銃を天に向かって構える。それが撃ち出されるより早く、アヤカシの銃撃が狼煙銃を弾き飛ばした。全員が驚愕する中、アヤカシから再び長銃が生まれる。
「増援か…厄介だな。これは、骨が折れそうだ」
(復讐心、怒り、悲しみ…絶望。その情動は、こんなにも…)
 苦笑いを浮かべながら、盾と刀を握り直す鋼介。同様にカヅキも身構えるが、その表情は悲しみに沈んでいる。
「パンピーの被害を出すわけにもいかねぇし…頑張ろうぜ、アミーゴ!」

●逃がす者
「っと、そこのアンタ! 悪い事言わないから、今はそこの町に行くな! 分かったな!?」
 走りながら、一般男性に声を掛ける風瀬 都騎(ia3068)。そのまま、仲間達と一緒に町に向かって走って行く。一般男性は、小首を傾げながらも奏生に向かって歩き始めた。
 アヤカシと化した女性の進路にある町は、2つ。理穴の都奏生と、目の前にある小さな町である。万が一に備え、彼等4人が一般人の避難誘導に来たのだ。
 町中を駆け抜ける開拓者達。周囲を見渡しながら、警備の頑丈そうな建物…自警団や同心が居そうな場所を目指す。
「この町の警備を担当している方達…ですよね? 僕達、ギルドの依頼で来ました」
 息を切らせながら、利穏(ia9760)は門の守兵達に話し掛ける。突然現れた少年の言葉に、守兵は値踏みするように彼等を見詰めた。
「アヤカシがこの町の周辺まで迫っている。住人達を、安全な場所に避難させてくれないか?」
 朱華(ib1944)の言葉に、守兵達が驚愕の表情を浮かべる。だが、朱華達の言葉が完全に信用出来ないのか、小声で相談を始めてしまった。
「疑うのも無理はありませんが…これが、今回の依頼書です」
 念のために、依頼書を借りて来た白藤(ib2527)の判断が功を奏したようだ。守兵は門を開けると、4人を奥へと先導する。詰め所に入ると、責任者らしき男性が居る部屋に通された。その人物に、開拓者達が状況を説明する。
「一般の方の犠牲は出したくないんです…一箇所に集まれる場所があれば、そこに避難して下さい。お願いします…!」
「刻一刻と敵が迫っている。俺達も出来る限りの事はするが、万が一の為、避難は迅速に頼む…!」
 白藤と朱華の言葉に、男性が重々しく頷く。それから緊急会議が開かれ、その30分後には自警団を中心に、町中の人々が避難を始めていた。的確且つ迅速な対応に、開拓者達は感謝しながらもその様子を眺める。
「自警団が詰め所を開放してくれたのは助かりましたね。ここなら、守りも厚いですし」
 利穏の言葉通り、詰め所は高い壁に囲まれていて守りが固い。避難するには最適の場所だろう。
 避難していた小さな子供が、大人に押されて派手に転ぶ。都騎は泣き出しそうな少女に駆け寄ると、そっと立ち上がらせた。
「大丈夫か? ほら…立てるか?」
 少女の服の汚れを払い落とし、優しく微笑む。その表情に釣られたのか、少女は満面の笑みで手を振りながら、詰め所に駆けて行った。
「ここは皆さんにお任せします。僕は、周囲に近付く人が居ないか確認して来ます!」
 言いながら、利穏は10cm程度の鳥の式を召喚する。これを使って、上空から周辺を見渡すつもりなのだろう。
「了解です。私達は、町の中を見回って来ます。病人や、老人の移動を手伝えるかもしれません」
 町に居るのは、健康な者だけでは無い。白藤の言うように、彼女達が手を貸せば、避難は効率よく進むだろう。
「囮の奴等から連絡が無いのも気になる…何かあったのかもしれないな」
 囮班と別れてから、ずっと空を気にしている朱華。未だに狼煙が上がらない事に、不安が胸で渦巻く。
「彼女が罪を重ねる理由は、どこにも無いんだ…急いで合流しないとな」
 俯きながら、都騎は強く拳を握った。顔を上げると、全員の視線が重なる。4人は軽く頷くと、町の中へ散って行った。

●送る者達
「次から次に…キリが無いですね」
 繰り返される増援に苦笑いを浮かべながらも、カヅキは忍者刀と長苦無を長銃に突き立てる。
(囮班を自分から希望したのに…最初は強気だったのに…ホント、俺って弱いな…)
 自嘲しながら、練力を込めた弾丸を撃ち放つハヤテ。それが長銃を撃ち抜くと、瘴気と化して空気に溶けていった。
 が、アヤカシは更に2体の増援を生み出す。尽きない増援に、囮の6人は疲労の色が隠せない。
 不安な空気を切り裂くように、銀色の閃光が長銃の1体に突き刺さった。
「待たせたな、みんな! 避難は完了だ!」
 軽く笑みを浮かべながら、都騎が叫ぶ。囮班の正面から、避難誘導班が姿を現した。都騎は刀を引き抜き、カヅキに駆け寄る。
「良く来てくれたな、セニョール&セニョリータ!」
「これ以上長引いたら不利だ。ここは、一気に決めるぞ…!」
 仲間の合流に、全員の士気が一気に上がる。喪越は棍を振り回し、手負いの長銃に向かって全力で薙いだ。
 鋼介は盾を投げ捨てて小剣に持ち替える。長銃に追撃するように、兵装を交差させるように振って斬り裂いた。
(僕は…何が出来るのだろう……何を、するべきなんだろう…)
 困惑しながらも、利穏は短銃を構える。手負いの敵を狙って引金を引くと、放たれた弾丸が長銃に穴を穿つ。そこから黒い霧が溢れ、全体が空気に溶けるように消えていった。
「理由があっても…相対したならば、アレは敵だ…」
「─人だったとしても…今は敵なら倒すだけです…」
 兵装を構えながらも、朱華と白藤の口から迷いの言葉が漏れる。舌打ちしつつ、雲母は矢を撃ち放った。
「ウダウダうっさい連中だ。どうにかしたいと言って、結局具体案の一つも出さんのか!」
 全体に、叱咤にも似た檄を飛ばす。仲間の気持ちが分からないワケではないが、ここは戦場。泣き言や迷いは禁物である。
「同感だな。事情が何であれ、コイツは唯の化物だ。情けも、迷いも、同情も要らねぇ!」
 戦が吼えると同時に、アヤカシは銃撃を放った。それを後方に跳んで避けたが、それが敵の狙い。奇しくも、戦、喪越、利穏、雲母、鋼介が一直線上に揃っている。
 長銃の銃口に瘴気が集まり、圧倒的な衝撃が真っ直ぐに放たれた。衝撃の波に飲み込まれ、5人の顔が苦痛に歪む。
 白藤は精神を集中させ、長銃に向かって強烈な弓檄を連続で放った。それに合わせて、朱華は雷電を纏った兵装を振り、雷の刃を飛ばす。二人の攻撃が長銃に殺到し、弾け飛ばして消し去った。
 残ったアヤカシに向かって、ハヤテが再び照準を合わせる。
「くっそ…俺の銃、こんなに引金が重かったのか……?」
 引金に添えた指が、ガタガタと震える。狙いを定めていた腕が、ゆっくりと下がった。
「世の中、殺す事で救える事もある。下らん迷いで、自分が死ぬぞ」
 静かに言い放ち、雲母は精神を集中させて弓を撃つ。放たれた矢は薄緑色の気を纏い、全ての干渉を無視してアヤカシに突き刺さった。
「アヤカシに惑わかされた奴なんざ、見るに堪えねぇんだよ。さっさと、逝っちまえ!」
 吼えるような叫びと共に、戦は渾身の力を込めて槍を薙ぐ。強烈な殴打が敵を打ち付け、腕があらぬ方向に曲がった。
「お前をその憎しみから解放する…だから、もう楽になってくれ!」
 鋼介は悲痛な叫びと共に、擦れ違い様に小剣で胴を斬り裂く。更に、地面を蹴って方向を変え、刀で脇腹を抉りながら駆け抜けた。
「貴女が居たから…死んだ上那さん達は、貴女の中で生きていたのに…!」
 矢に練力を流し込み、素早く撃ち放つ白藤。急加速した矢がアヤカシに突き刺さった瞬間、白藤の目元が涙で僅かに輝く。
「死んだ者への想いを、汚す事はするな…!」
 朱華の叫びに呼応し、刀が紅い燐光に包まれる。それを敵に突き刺して捻り返すと、黒い霧が広がり、燐光が紅葉の如く散り乱れた。
 連続攻撃を喰らい、アヤカシの全身から瘴気が漏れ出す。そんな中、カヅキと都騎は敵に歩み寄った。
「ずっと苦しかったでしょう…今、楽にして差し上げます」
「恨むなら俺を恨めばいい。だから、もう…哀しまないで」
 悲痛な表情で、2人はアヤカシを抱き締める。同情と悲哀を込めた、精一杯の抱擁。
 そして……。
 カヅキの長苦無が、アヤカシの左胸に吸い込まれるように刺さった。
 都騎の刀が、アヤカシの首を貫いて斬り裂いた。
 崩れ落ちるアヤカシを都騎が受け止め、そっと地面に寝かせた。その体が、末端から少しずつ瘴気に還っていく。
 喪越はアヤカシに駆け寄り、彼女に触れて特殊な真言を唱えた。
「悪いが、俺は諦めが悪いんでな。せいぜい抗わせて貰うぜ、神サマって奴によ!」
 彼女の体から瘴気を吸い取り、吸収していく。その光景を目の当たりにした利穏も、同様に真言を唱えた。
「僕も手伝います! このまま…彼女を死なせたりしません!」
 2人のスキルで、アヤカシの体から瘴気がどんどん抜けていく。彼女はそっと手を伸ばし、利穏の頬に触れた。視線を喪越に合わせ、笑顔を浮かべる。
 直後…体が黒い霧と化して飛び散った。一度アヤカシに堕ちた者が人に戻る確率は、極めて低い。残ったのは、瘴気が溶けた痕跡と、彼女の衣服だけである……。

●祈る者達
 桜の木の下に、名も無い2つの墓標が並ぶ。戦いの後、開拓者達は上那の墓を訪れた。壊れた墓石を新しく立て、その横にアヤカシの服を埋めて簡素な墓を作ったのだ。
「結局…僕には、何も出来なかった…」
 俯きながら、利穏は拳を強く握る。陽光で輝く雫が頬を伝い、地面を濡らした。雲母は彼の頭をそっと撫で、墓石の前で膝を付く。
「線香の代わりになるかは分からんが…無いよりはマシだろう」
 地面に刻み煙草を盛り、火を付けた。立ち昇る煙が、ゆっくりと天に昇っていく。
「想いは違えど、彼女の気持ちは痛いほど分かる。だからこそ、こんなにも胸が締め付けられるんだろうな」
 桜を見上げる都騎の瞳からは、涙が零れていた。背中合わせで寄り添っているカヅキは、彼の手をそっと握る。
「大丈夫、きみを独りにはしません。だから……私も、独りにしないで下さいね」
 その言葉に、静かに頷く都騎。桜の木を挟んだ反対側では、白藤が泣き出しそうな表情をしていた。そんな彼女を、朱華が片手で抱き寄せて、肩を貸す。
「……今だけだからな。これで、他の奴にも、俺にも見えない」
「…っ! どんなに希っても、彼が帰って来ない…分かってる。けど時々、酷く寂しくて、苦しくて、痛くて…っ。でも、この世界は彼が生きてた世界だから…っ」
 想いが涙と共に溢れる。朱華の服を強く握り締め、今まで我慢していた物を吐き出すように、白藤は泣き続けた。
「何だ…俺、何で泣いてんだ? 止まれよ…おい、止ま…」
 墓から少し離れた位置で一人立つ戦。その瞳から流れる涙に、本人が一番驚いていた。恐らく、色んな想いを押し殺して戦っていたのかもしれない。
「…せめて、向こうでは恋人と一緒になってくれ」
 鋼介は墓前に膝を付き、手を合わせて祈りを捧げる。アヤカシと化した女性の名前を調べ尽くせなかったのが、唯一の心残りだろう。
「生きるにしろ死ぬにしろ、セニョリータにとっては絶望しか残らねぇ、かぁ……アンタだけは、見守ってやれよ」
 天を仰ぎ、一人呟く喪越。その表情は、珍しく真剣そのものである。同様に、ハヤテも空を見上げる。直後、春風が桜花を舞い上げた。
(大地を吹き抜ける風が、あの二人にも春の香りを届けてくれますように…)