『睡魔』との戦い
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 9人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/04/09 19:53



■オープニング本文

 『春眠、暁を覚えず』という言葉があるように、春の夜は心地良く、朝になったことにも気付かないで眠り込む事が多い。それ自体は悪い事ではないし、遅刻しなければグッスリ眠れるのは良い事である。
 だが……朱藩の端にあるこの町では『眠り』が大きな問題になっていた。
「お父さん、起きてよぉ! お父さん!!」
 ベットで眠る父に向かって、布団を揺さぶりながら少女が叫ぶ。彼女はワガママを言ってるワケではない。この男性は、もう3日近く眠ったままなのだ。
 昼夜を問わず、眠りに就いた者が目を覚まさない。
 それが、この町全体で起きているのだ。長い者では、1週間以上目を覚ましていない。
 眠ったままなのも心配だが、町人が心配している事がもう1つ。それは『自分も目を覚まさないかもしれない』という不安である。眠り続けている者に共通点は無く、原因も分からない。つまり、対策を講じようにも、その方法が全く分からないのだ。
「お父…さん…」
 泣き疲れたのか、ベットに体を預けたまま眠りに落ちる少女。その背後に瘴気が集まり、形を成していく。現れたのは、馬の顔を持った獣系のアヤカシ。少女の頭に手をかざすと、暗紫色の光が吸い込まれていく。
 こうして……目覚めぬ眠りに堕ちた者が、また1人。


■参加者一覧
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
雲母(ia6295
20歳・女・陰
エラト(ib5623
17歳・女・吟
ジク・ローアスカイ(ib6382
22歳・男・砲
サラファ・トゥール(ib6650
17歳・女・ジ
鏡珠 鈴芭(ib8135
12歳・女・シ
黒蛇(ib9182
21歳・男・泰
アクア・J・アルビス(ib9183
25歳・女・巫


■リプレイ本文

●悪夢の中で
 町全体を覆う、重苦しい雰囲気。活気を失った人々は、憔悴して疲れた顔をしている。
 『眠りたくても、眠れない』。
 それが、どれだけ辛い事かは容易に想像出来るだろう。
「辛い現実に嫌気が差して、夢なら覚めないでくれと言うが……この場合は悪夢だ、ね」
 町の様子を見渡しながら、ジク・ローアスカイ(ib6382)が口を開いた。彼の言う通り、この状況は『悪夢』と評されても仕方ないだろう。
「せめて…眠っている間に見る夢は、良いものであって欲しいです…」
 遠くを眺めながら、悲しそうな表情を浮かべる菊池 志郎(ia5584)。うなされている者は居ないようだが、それでも起きないのは心配である。
「無理やり眠らされるだなんて…好きな時に寝て起きるのが幸せだっていうのに〜!」
 腕を組みながら、鏡珠 鈴芭(ib8135)は頬を膨らませた。睡眠を妨害されると、怒る者は意外と多い。彼女も、その1人なのだろう。
「今眠っている方には…『目印』のような物を付けた方が良いでしょうか?」
 サラファ・トゥール(ib6650)の発言に、小首を傾げる一同。どうやら、言葉の意味がイマイチ理解出来なかったようだ。ややあって、エラト(ib5623)が納得した表情で言葉を発した。
「眠り病の方が目覚めていないのか、看病していた方が寝たのか、判断出来るようにするわけですね?」
 アヤカシを退治した後、看病疲れで寝てしまった町民を起こすのは気が引ける。目印を付ければ、その心配は無くなるだろう。
「では、村を見回る時にお願いしましょう。目印は……腕に手拭いを巻いて頂くのは如何でしょう?」
 全員を見渡しながら提案する玲璃(ia1114)。反対する者は無く、誰もが静かに頷いた。
「私に出来る事は少ないかもしれませんが…頑張るですよ〜!」
 アクア・J・アルビス(ib9183)は拳を握って気合を入れる。そのおっとりした雰囲気に、見ている者の緊張が和らぐ。
「まぁ、テキト…それなりにな、姐さん。頑張り過ぎて、ドジんなよ?」
 ニヤリと笑いながら、黒蛇(ib9182)はアクアの肩を軽く叩いた。『ドジ』と言われた事に腹を立てたのか、アクアは頬を膨らませる。満面の笑みで、それを突く黒蛇。ある意味、仲睦まじい光景である。
「アヤカシにしては、なかなかに頭の回る奴のようだが…私達を敵に回すとは、運が悪かったな」
 雲母(ia6295)は不敵な笑みを浮かべながら、煙管を吹かす。その煙が夕暮れの空に吸い込まれていく中、開拓者達は町の中に散らばった。黄昏時を向かえ、周囲の景色は闇の中に落ちていく。

●探す者、倒す者
「こちらです。あの家の中…!」
 月明かりの中、町を駆け抜ける玲璃、サラファ、鈴芭。玲璃が指差した家の戸を空けると、中に雪崩れ込んだ。
 そこで目にしたのは…床に崩れ落ちた少女と、馬面の異形。
「家の中で暴れられたら、たまったもんじゃない! 鬼は外、だよ!」
「同感です。一緒にいきましょう…!」
 鈴芭とサラファが一気に間合いを詰める。サラファは拳撃のフェイントから、猫だましで敵の虚を突く。左足を軸にした水平蹴りに合わせ、鈴芭は一気に加速。右足を軸に水平蹴りを放つ。2人の蹴撃がアヤカシの胴に叩き込まれ、衝撃で空いた窓から外に吹き飛んだ。それを追うように、3人も窓から外に飛び出す。
 月光に照らされて浮かび上がる、異形の姿。それは、馬面の仮面を被った人間のようにも見える。
「あれが、今回のアヤカシ? 完全に馬だったら、馬刺しにして今夜の食費を浮かせられるのに!」
 悔しそうに俯きながら、拳を強く握る鈴芭。本物の馬だったら、今夜どころか1週間は食費が浮きそうである。
「馬刺しですか…馬肉は、生姜やニンニク等の薬味と一緒に、醤油で食べると美味しいですよね」
 言いながら、玲璃が優しく微笑む。料理が趣味なため、馬刺しに反応したのだろう。彼の言葉に、鈴芭が軽く生唾を飲んだ。
「お2人共、集中して下さい…来ます」
 サラファの言葉に、全員の視線がアヤカシに集まる。馬面が足で地面を掻くような動作をすると、3人は路地の奥を背にするように移動した。住宅地での戦闘は、周囲の家屋に被害が及ぶ可能性が高い。少しでも被害を減らすため、前後に建造物が無い位置に移動したのだろう。
 3人が動きを止めた所に、アヤカシが全力で突撃する。大砲のような一撃を開拓者達が左右に跳んで避けると、敵は両足を踏ん張り、土埃を上げながら停止した。
「あなたの相手は私…余所見なんて、させてあげないんだからっ!」
 土煙が晴れた時、鈴芭は敵の眼前まで距離を詰めていた。振り下ろした刀がアヤカシの胴を斬り裂き、傷口から黒い霧が立ち上る。
 それを降り払うように、サラファが鎖を振り回した。鋼鉄の鞭が敵を打ち付け、肉体を削ぎ、瘴気と化して空気に溶けていく。
 ボロボロになりながらも、アヤカシは腕を伸ばして鈴芭の頭を掴んだ。その手が暗紫色の光を放ち、怪しいオーラが彼女に浸透していく。
「鈴芭さまを離しなさい!」
 叫びながら、玲璃は錫杖でアヤカシの腕に殴り掛かった。その衝撃で腕の力が緩み、鈴芭が崩れ落ちるように倒れる。
 サラファは不規則なリズムでアヤカシの懐に潜り込むと、頭突きと共に拳撃を叩き込んだ。戦布に包まれた拳が敵の胴を打ち抜き、穴を穿つ。数秒後、その全身が黒い塊と化し、空気に溶けるように消えていった。
 玲璃は鈴芭の隣で膝を付き、印を結んで術を唱える。彼女が淡い藍色の光に包まれると、ゆっくりと起き上がった。眠りに落ちたが、大事には至らなかったようである。その様子に、玲璃とサラファの顔に笑顔が浮かぶ。
「まずは1匹、ですね。他の班の方々は、どうなっているでしょう?」
 遠い空を見上げるサラファ。他の班の様子が、気になっているのだろう。

●続・探す者、倒す者
「さて、居眠りさん達を起こしにかかるですよー! おー!」
 両手を突き上げ、気合の声を上げるアクア。ヤル気満々の様子である。
「菊池…頼りにしている、ぞ」
 軽く笑みながら、志郎の肩に手を乗せるジグ。
「ご期待に添えるよう、頑張りますね」
 言葉と共に笑顔を返す志郎の体が、微かな光を発する。体内に蓄積された精霊力が周囲に拡散し、アヤカシの居場所を探し出した。志郎の先導で、その方向に全員で進んで行く。
 角を曲がった瞬間に視界に飛び込んで来たのは…馬面の異形と、地面に座り込んでいる女性の姿。これから何が起きるのか、想像するのは容易である。
 志郎は地を蹴って一気に距離を詰め、アヤカシに背中から斬り掛かった。鋭い斬撃に、敵の注意が女性から彼に向く。
「逃げて下さい…早く!」
 その隙に、志郎は女性に向かって叫んだ。怯えた表情を浮かべながらも、彼女は路地の奥へと消えて行く。
 狩りの邪魔をされて腹を立てたのか、アヤカシは鼻息荒く地面を蹴って突撃した。志郎は横に跳び、地面を転がるように体当たりを避ける。直線上に居なかったアクアとジクの目の前を、アヤカシが通り抜けた。そのまま塀に激突し、木端と土煙が舞う。
「当たってたら、死んじゃってた気がするです…」
 苦笑いを浮かべながら、穏やかな舞を踊るアクア。精霊の加護が志郎とジクの心を落ち着かせ、抵抗力を増幅させていく。
「なら、当たらなければ良い。簡単な話、だ」
 身の丈ほどもある銃を構え、ジクは精神を集中させて狙いを定める。土煙が晴れるのと同時に、引き金を引いた。轟音と共に放たれた弾丸が、敵の胸元を撃つ。間髪入れずに発射した2射目は、アヤカシの喉を撃ち抜いた。
 体勢を立て直そうとするアヤカシに、志郎は走り込んで杖撃を叩き込む。
「私も、お手伝いするのです! ヤっちゃうですよ!」
 アクアの叫びに呼応し、アヤカシが周囲の空間ごと歪んだ。それが揺らぎと衝撃を生み出し、敵の全身を打付ける。
 追撃するように、ジクの練力を込めた一撃がアヤカシの胴に穴を穿つ。銃創から、黒い霧が大量に噴出した。
 瘴気を撒き散らしながらも、アヤカシは志郎に手を伸ばす。顔面を強く握ると、掌が暗紫色に輝いた。それが、志郎の体に吸収されていく。眠りに堕ちる波動を喰らいながらも、彼は全力で体を捻って腕を振り解いた。直後、地を蹴って軽く距離を空ける。
「ローアスカイさん、俺がアヤカシの動きを止めますから…その隙に狙って下さい」
 そう言って、志郎は自身の影をアヤカシに向かって伸ばした。それが敵の全身に絡み付き、動きを完全に封じ込める。
 ジクは銃を持ち上げると、絶対に外さない距離まで近付いた。アヤカシは右腕を僅かに動かし、暗紫色の光を纏わせながら必死に伸ばす。
「済まない、俺はそうそう眠る気は無いので、ね。 代わりに君が眠ってくれないか、な? 永遠に…ね」
 引金が引かれ、銃弾がアヤカシの頭を吹き飛ばす。瘴気が一気に溢れ出し、体が黒い塊になって空気に溶けていった。月光の下に残ったのは、黒い雫の跡だけである。

●終・探す者、倒す者
 目を閉じて精神を集中させ、無骨な弓を掻き鳴らす雲母。振動が空気を伝播し、周囲に広がっていく。
「…アヤカシの気配だ。そう遠くはないぞ」
 煙管を吹かしながら、視線を東に向ける。その方向は、住宅地の外れである。
「そうなのか? 探索ってのは、俺にゃサッパリ分からねぇけどよ」
 苦笑しながら、黒蛇は頭を掻く。探索系のスキルを持たない者には、良く分からない感覚かもしれない。
「急ぎましょう。一刻も早く、アヤカシを退治するために」
 エラトの言葉に、雲母と黒蛇が軽く頷く。雲母の先導で歩く事数分。住宅地の終わりが見えてきた頃、周囲の瘴気が一箇所に集まってアヤカシを形作った。3人が身構えるより一瞬早く、具現化した敵が暗紫色の光を放ちながら雲母に迫る。
 次の瞬間、彼女の姿はアヤカシの側面に移動していた。時の流れに干渉し、周囲の時間を停めて回避したのである。
「いきなり女性に跳び掛かって来るとは…無粋な輩だ」
 不敵な笑みを浮かべながら、弓の殴打を連続で叩き込む。怒涛の連撃は、まるで狼のように獰猛で素早い。頑丈な弓だからこそ出来る芸当である。
「悪夢に墜ちないよう…支援致します」
 真紅のリュートに白い指を伸ばし、ベルベットのような滑らかな曲を奏でるエラト。精霊の力が作用し、その加護で全員の知覚的抵抗力が増していく。
「悪く無ぇ歌だ…コイツを、凱歌にしてみるか」
 ニヤリと笑い、黒蛇は体全体を揺らしながら敵との距離を詰める。腕を蛇のようにくねらせながら、拳を胴に叩き込んだ。
 アヤカシは体を『く』の字に曲げながらも、後ろ足で踏ん張る。その状態から全身の筋力を駆使し、黒蛇にブチ当たった。衝撃で彼の体が吹っ飛び、地面を転がる。
「体当たりとは、また原始的な攻撃をしてくるものだ、なぁ?」
 原始的で単調な攻撃に、雲母は思わず嘲笑を零した。矢を回して素早く番えてると、体当たり直後の隙を狙って撃ち放った。矢は煙管の煙を吹き飛ばしながら飛来し、アヤカシの体を貫く。それとほぼ同時に、黒蛇が立ち上がった。
「原始的でも、痛ぇものはイテェぞ。礼は、タップリするからな?」
 口内を切ったのか、血液混じりの唾を吐き出して軽く口を拭う。地を蹴って素早く敵に接近し、蛇の如き拳撃で殴りかかった。衝撃がアヤカシの全身を駆け巡り、崩れるように膝を付く。その全身が瘴気となって弾け飛び、宵闇の中に溶けていった。
「これで…眠った人達は、目覚めるでしょうか?」
 それを見詰めながら、1人呟くエラト。一抹の不安を胸にしつつも、3人は残敵を探すために住宅地の中心へ歩き始めた。

●夢の終わりに
「大丈夫ですか? もう、安心して寝ても良いんですよ?」
 ベットに横たわる青年に、アクアが優しく声を掛ける。
 太陽が昇り始めた頃、眠り病に陥っていた町民達は目を覚まし始めていた。緊張の糸が切れたのか、看病していた人達が次々に倒れてベットに運ばれたのだが……眠るのが怖いようで、ゆっくり休めずに憔悴している。そんな人達を助けるために、開拓者達は町中を歩き回っていた。
「宜しければ、これをどうぞ。温かい飲み物は、心を落ち着かせますから」
 笑顔で甘酒を差し出す玲璃。それを飲んで落ち着いたのか、町民は横になってゆっくりと目を閉じた。
「怪我をしている方、体調が優れない方は、遠慮無く申し出て下さい」
 倒れた拍子に怪我をした者、眠り続けていたせいで衰弱気味の者も少なくない。そういう人達のために、アクアと志郎は協力して治療を施した。玲璃も含め、3人は西へ東へ駆け回っている。
「奏でましょう、聖なる曲を。歌いましょう、精霊の声を。この村の瘴気を祓うために……」
 町の中央に立つエラト。目を閉じて意識を集中し、リュートの弦を掻き鳴らした。歌詞は殆ど無く、演奏が大部分を占める楽曲。その聖なる力が、町全体に広がって瘴気を遠ざけていく。
「良い歌声だな…これを聞きながら、さっさと寝たいよ」
 呟く雲母の表情は、疲労の色が濃い。アヤカシとの戦闘が終わってから、休憩無しで町中を歩き回って残敵を探し、今は起きない者や怪我人を探して見回り中である。
「夜間の戦闘に、練力の消費もあるから、ね。疲労が溜まっているのも無理はない、よ」
 フォローするジクの表情も、若干暗い。疲れているのは、誰も同じなのだろう。
 2人が町の広場に差し掛かった時、サラファ、鈴芭、黒蛇の3人が違う方向から歩いて来た。彼等も、ずっと見回りをしていたのだ。
「眠り病の方々は、目を覚ましたようです。やはり、あのアヤカシが悪さをしていたのですね」
 サラファの言葉に、全員が胸を撫で下ろす。手拭いを巻いていた者は全員目を覚ました。衰弱の度合いに個人差はあるものの、命に別状は無い。町の中に悲しい声は無く、笑顔が溢れていた。
「みんな目覚めたみたいで良…ふぁ〜〜…あはっ。逆に、私が眠くなっちゃったみたい〜」
 言いながら、鈴芭は目を擦る。再び大きな欠伸が出ると、開拓者達に笑顔が浮かんだ。
「オコサマが寝る時間は、とっくに過ぎてるからな。姐さんと一緒に昼寝したらどうだ?」
 黒蛇は、からかうように鈴芭の頭を軽く叩く。彼女が頬を膨らませて怒りを表す中、治療を担当していたメンバーもようやく合流した。周囲に響くのは、みんなの笑い声とエラトの演奏。悲しい夜が明け、笑顔の朝が始まる。そして、今度は安らぎの夜がやってくるだろう。