白紙の地図
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや難
参加人数: 9人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/03/27 20:06



■オープニング本文

「えっと……緑茂があそこに見えるって事は…」
 一人呟きながら、手帳に何かを記入していく男性。方位磁石を取り出し、現在位置を確認しながら更に筆を走らせる。
 大アヤカシの出現により、致命的な被害を受けた国家、理穴。復興は進んでいるが、未だに完全とは言えない。
 そんな状況だからこそ、彼は立ち上がった。多少は測量の心得があるため『今の理穴』を図面に残す事にしたのだ。それが何の役に立つかは分からない。それでも…例え自己満足だとしても、彼は自分に出来る事をすると決めたのだ。
「良し……これで、西側は大丈夫だな。後は東側を調べて地図に書き込めば…!」
 満足そうな表情で、軽く笑みを浮かべる。彼が居るのは、丁度理穴の中央辺り。西側の緑茂から出発し、周辺の位置関係や距離、目印等は全て手帳に記入している。
 問題は、ここから。魔の森が近く治安が不安定な東側は、まだほどんど探索していない。ここからは、常に危険が付き纏うと言っても過言では無いだろう。
「でも……行くしか無いよな!」
 自身の頬を叩き、気合を入れ直す男性。視線を東側に向けた瞬間、視界の中で『何か』が動いた。
「ん……? 何かな?」
 鞄を漁り、双眼鏡を取り出す。
 その、10秒にも満たない時間。ほんの数秒で『それ』は目の前まで迫っていた。
「ひぃ!?」
 体が硬直し、短い悲鳴が漏れる。男性よりも頭1つ分は大きい、二足歩行の狼。発達した筋肉から繰り出される爪撃が、男性に振り下ろされた。
 胸が斜めに深々と斬り裂かれ、噴水のように血が溢れる。状況を把握出来ないまま、男性は後ろに倒れた。地面に落ちた手帳に向かって、血に染まった手を必死に伸ばす。
 その手が手帳に届くより早く、狼は男性の喉に喰らい付いた。


■参加者一覧
焔 龍牙(ia0904
25歳・男・サ
滝月 玲(ia1409
19歳・男・シ
喪越(ia1670
33歳・男・陰
ペケ(ia5365
18歳・女・シ
ルエラ・ファールバルト(ia9645
20歳・女・志
黒木 桜(ib6086
15歳・女・巫
サクル(ib6734
18歳・女・砂
羽紫 稚空(ib6914
18歳・男・志
影雪 冬史朗(ib7739
19歳・男・志


■リプレイ本文

●想いを継ぐ者達
 天高く昇った朝日。暖かくなってきた風。小鳥と、家畜達の鳴き声。
 いつもと変わらない、いつも通りの村の風景。でも、1点だけ違う事がある。それは…。
「失礼します……主を失った家は、少々寂しいですね」
 静まり返った室内で、サクル(ib6734)が静かに呟く。この家で生活していた青年は、もう居ない。村にとっては小さな変化かもしれないが、それを悲しんでいる者は少なくないだろう。
「この部屋の本や道具は…処分されてしまうんでしょうか?」
 黒木 桜(ib6086)の桃色の瞳が、周囲を見渡す。たくさんの本に、測量や製図の道具。それを眺める桜の表情が、悲しみに染まっていく。
「そんな顔すんなよ。今は、地図作りを頑張ろうぜ?」
 言葉と共に、彼女の頭を優しく撫でる羽紫 稚空(ib6914)。彼の笑顔に釣られたのか、桜の表情が和らいだ。
「それは良いが、アミーゴ。まず何から始めりゃ良いんだ?」
 掌を軽く上に向け、肩をすくめる喪越(ia1670)。正に『お手上げ状態』である。
「とりあえず…専門書に目を通してみるか。少しでも知識が欲しいからな」
 言いながら、焔 龍牙(ia0904)は本棚から本を引き抜く。青年が何度も読んだのだろう、どの本もかなりボロボロになっている。
「うむ。俺達素人に本職と同じ事は出来ないだろうが、知識があって邪魔にはなるまい」
 龍牙に同意し、影雪 冬史朗(ib7739)も本を手に取る。そのまま床に座り、ページを開いた。
「そうですね。この蔵書全てに目を通すのは、骨が折れそうですが」
 周囲を見渡しながら苦笑いを浮かべるルエラ・ファールバルト(ia9645)。青年は勉強熱心だったのか、本の冊数も半端ではない。
「幸い、私の脳には常人より空き領域が多いので、泥舟に乗ったつもりで任せるですよ!」
 自身満々で、ペケ(ia5365)がふんぞり返る。その頭上に『?』が浮かぶまで、そう長い時間は必要無かった。
「この手帳……まるで、復興に馳せた思いが一文字一文字から伝わってくるようですね」
 ふと手にした手帳には、青年が測量の結果を書き込んでいた。細かく丁寧な内容に、思わず滝月 玲(ia1409)の胸が熱くなる。
「俺は…この思いに応えたい。この白き紙を地図にして、復興に役立てばきっと彼も喜ぶ」
 本を持つ彼の手に力が入る。青年の想いに触れ、心が震えているのだろう。
 玲が熱い想いを語る中、室内に煙が漂い始めた。
「何だ、この煙…って、ペケ!? 大丈夫か!?」
 稚空が驚愕の声を上げる。その視線の先では、ペケの頭から煙が漏れていた。直後、耳からフシュ〜と煙を噴出し、床に倒れる。恐らく、普段使わない脳をフル回転させたために、知恵熱を出して気絶したのだろう。
 驚きながらも、笑い声を上げる一同。ペケを起こすと、全員で本に向き合った。喧騒の中でも、冬史朗だけは本に集中したままだったが。そのまま、本と格闘する事、数時間。
「とりあえず、大体の流れは分かりましたね。まずは、測量に行きましょうか?」
 全員が一通りの手順を理解した頃、ルエラが本を置いて提案した。数時間とは言え、勉強の成果は彼等を裏切らないだろう。
「そうです、ソクリョーに行くです……えーと、どの道具が必要でしたっけ?」
 フラフラと立ち上がるペケ。一気に詰め込み過ぎたのか、若干頭の中が混乱しているようだ。
「ペケ様…大丈夫ですか? 色んな意味で」
 それを見ていた桜が、心配そうに声を掛ける。ペケは親指を『グッ』と立てて応えたが、笑顔が引き攣っていた。
「必要な道具は全て揃っていますし、ここは2手に別れましょう。その方が、詳細に調べられるハズです」
 提案したサクルの視線には、複数の道具が並んでいる。数的には3〜4班に別れる事も出来そうだが、作業効率を考えると2手が妥当だろう。
「心得た。俺に異論は無い。問題無ければ、早速出発しないか?」
 冬史朗の提案に、全員が静かに頷く。測量の道具や手帳を手に、9人は部屋を後にした。最後に退出した龍牙は、誰も居ない室内に向かって振り返る。
「地図は必ず俺達が完成させる…待っていてくれ」

●地図を埋めるために
 まだ未探索なのは、理穴の東側。その区域を南北に分けて探索する開拓者達。北を担当しているのは、龍牙、玲、桜、稚空の4人である。
「測量は誤差との戦いだ。丁寧に行う事が最速への道、頑張りましょう」
 測量の目印として、地面に長めの棒を突き立てる玲。方位磁石を使い、方角を確認しながら作業を進めていく。
「ここの距離が約5間2尺1寸か…稚空さん、次はそっちを頼む」
 1間ごとに目印の木札が取り付けられた麻縄、間縄で距離を測る龍牙。結果を手帳に書き込むと、稚空に指示を出した。間縄の先端を持ち、稚空はその方向に移動していく。
「この辺は、まだ詳しくは捜索されていないのですね。しっかり調べて……皆さん、気を付けて下さい!
 桜は記録係として、手帳に筆を走らせる。その手が突然止まり、魔の森の方向を見ながら大声を上げた。見詰める視線の先には……異形が姿を現している。
「アヤカシ!? この忙しい時に現れやがって!」
 稚空が叫びを上げる中、こちらに気付いたのか、ゆっくりと近付いて来る狼のアヤカシ。その数、2匹。
「それ以上近付くな! 近付けば、只では済まんぞ!」
 敵に向かって、龍牙は鋭い殺気を放つ。常人ならば間違いなく怯んでいるが、相手はアヤカシ。意に介する様子も無く、どんどん近付いて来る。
「仕方無い、実力で排除するしかない様だな…玲、測量は任せたぞ! アヤカシは俺達が片付ける!」
「何言ってるんです? 俺も戦いますよ!」
 兵装を構える龍牙に、玲は異論の声を上げた。そんな彼の肩を、稚空が力強く叩く。
「いいから、ここは俺達に任せとけ! あんな雑魚、すぐ片付けてやるぜ!」
 不敵な笑みを浮かべ、剣を構える稚空。龍牙と稚空は顔を見合わせると、ほぼ同時に駆け出した。
 狼は軽く雄叫びを上げて、龍牙を迎え討つように牙を剥く。咬撃が空を切ると、白銀の頭髪が数本、宙に舞った。
 擦れ違い様に、龍牙の刀が一閃。狼の脚部を深々と斬り裂き、黒い霧が立ち上る。
 追撃するように、稚空は水晶の刀身に精霊の力を纏わせ、一気に振り下ろした。攻撃しながらも、恋人の桜を視野から外さない。
「他の人に被害が及ばないよう、出没したアヤカシは滅します!」
 桜の叫びと共に、アヤカシの周囲が歪んだ。空間と共に、手負いの敵の体が捻られ、衝撃が全身を打つ。それがアヤカシを内部から破壊し、全身が黒い霧と化して空気に溶けていった。
 残った1匹は、右腕を振り上げて大きく薙ぐ。狙われた龍牙と稚空は、兵装を盾代わりに構えて攻撃を受け止める。火花と共に金属音が響く中、アヤカシは玲に向かって走り出した。対峙している者より、測量をしている彼の方が狙い易いのだろう。完全に不意を突かれ、反応が遅れる桜達。玲とアヤカシの距離が、どんどん詰まっていく。
「さっきから……ウルサイんですよっ!!」
 測量の道具を地面に置き、身構える玲。聴覚を研ぎ澄ませていた彼には、敵の接近が分かっていたのだ。叫びと共に精霊力が全身を満たし、両腕が真紅の炎に包まれる。
 突撃して来たアヤカシの攻撃を紙一重で避けると、敵の顎を下から打ち上げた。炎が鳳凰の翼のように広がり、衝撃でアヤカシが天に舞う。鳥に喰われるかの如く、その体は炎の中に消えていった。

●倒す者、測る者
「皆さん、私から視線を外して下さい」
 サクルの指示に従い、全員が目を覆う。直後、錬力を込めた弾丸が炸裂し、激しい閃光がアヤカシの視界を白く染め上げた。
 探索前にアヤカシと鉢合わせになってしまった、南側担当組。手早く退治するために、2匹の敵と向き合う。
 地を蹴り、素早く間合いを詰めるペケ。拳を強く握り、全力で殴り掛かった。
 突然の激痛に、アヤカシは爪を滅茶苦茶に振る。軌道の読めない爪撃の乱舞が空を斬り、ペケの頬を掠めた。
 ルエラはペケとアヤカシの間に体を割り入れ、盾を構えて防御に徹する。攻撃を受け止める瞬間に障壁が発生し、金属音が周囲に響き渡った。
 冬史朗はルエラの脇を駆け抜け、紅い炎に包まれた剣を薙いだ。炎が手負いのアヤカシを焦がし、斬り裂かれた胴から黒い霧が漏れる。
「臨・兵・闘・者・悩・倫・粋・散・笑! 仏滅の龍札パァァァ〜ンチ!!」
 奇妙な九字印を結び、拳撃を叩き込むペケ。ふざけているように見えるが、本人は至って真面目だし威力に変わりは無い。アヤカシの体が『く』の字に折れ曲がり、口から黒い霧を吐き出す。その全身が黒い塊になって宙に溶け、跡形も無く消え去った。
 仲間が倒された事を感じ取ったのか、もう1匹がペケに向かって尻尾を伸ばす。それが彼女の全身に絡み付き、自由を奪った。ペケは体を捻って抜け出そうとするが、反動で褌の紐が思い切り緩む。
「きゃぁ!! 離して欲しいけど、離さないでぇ!!」
 今にもズレ落ちそうな褌。このタイミングで脱げたら、色んな意味で大惨事である。
「ペケさん、これを!」
 ルエラは自身のローブを投げ、ペケの全身を覆い隠す。その状態で、アヤカシの尾を斬り落とした。更に、ルエラの刀が透き通った瑠璃色の輝きを纏い、斜めに振り下ろした斬撃がアヤカシの胸を深々と斬り裂く。
 短銃を構え、サクルが狙いを定める。乾いた銃声が響いた瞬間、アヤカシの体に穴が穿たれ、黒い霧が舞い上がった。
「死者が出ている以上、アヤカシは可能な限り消す…!」
 大きく踏み込み、剣を振るう冬史朗。燃える切先がアヤカシを斬り裂き、炎が全身を飲み込んだ。業火の中、敵の体が崩れ落ちて燃えていく。火の粉と共に黒い霧が舞い散り、戦いは終わりを告げた。
「うぅ…酷い目に遭いましたよぉ……困った褌なのです」
 ローブの中で褌を締め直したペケ。彼女の穿き方に問題がありそうだが、ツッコんだら負けである。軽く礼を述べながら、ルエラにローブを返した。
「お疲れ! 測量、進めといたぜ。こんな感じでどうよ?」
 戦闘を終えた4人に、喪越が駆け寄る。彼は戦闘に参加せず、測量を優先していたのだ。無論、独断では無く、全員で話し合った結果である。
 喪越の差し出した紙に、全員の視線が集まる。そこには、担当区域の森や丘の位置関係が記載されていた。
「かなり進みましたね、流石です。これをベースに、傾斜や距離関係を書き込みましょう」
 微笑みながら話すルエラに、喪越の表情も綻ぶ。冬史朗は兵装を握り直すと、全員に背を向けた。
「地図は皆に任せる。俺は見張りを引き受けよう…またアヤカシが出て来たら厄介だからな」
「お願いします。私は…あの丘の上から地形情報や地勢情報を集めて来ますね」
 そう言って、サクルは丘に向かって歩を進める。他の者も道具を手に取り、本格的な測量が始まった。
 とは言え、素人の彼等が完璧な測量をするのは難しい。悪戦苦闘と試行錯誤の繰り返しである。それでも、自分達なりに作業を進め、必要な情報を書き込んで行く。
「そろそろ、戻って情報を整理しませんか? 必要な事は全て揃っていると思いますし」
 サクルが提案した頃、全員の手帳は書く場所が無いくらいに埋まっていた。日も傾き始めているし、これ以上の測量は厳しいだろう。
「そうですね…向こうの進捗も気になりますし」
 彼女の言葉に、ルエラが同意する。測量は終わったが、本番はここからである。道具を手早く片付けると、5人は青年の家に急いだ。

●想いを形に
 完全に日が暮れた頃、青年の家に9人が揃っていた。ランプやランタンの炎が、室内を淡く照らしている。
「ここからが本番だな…みんな、頑張ろうぜ!」
「あぁ。一人の男が命を賭した地図だ、今の理穴を正確に記し伝えるぞ!」
 気合を入れながら、白紙と向き合う龍牙と玲。まずは、青年が残した情報を元に西側の完成を目指す。
「情報の分析は、私達に任せて下さい。誤差も計算して、必要な事を書き出します」
「皆さんの調査結果、無駄にしません。白紙部分を埋められるよう、全力を尽くします」
 その間に、サクルとルエラが東側の情報を分析し、地図用に清書していく。ペケは清書の手伝い、稚空、桜、冬史朗は分析を手伝う予定である。
「なら…俺はアミーゴ達のために、応援の歌を歌うゼ!」
 どこから取り出したのか、三味線を取り出して弦を鳴らす喪越。その姿は、怖いくらいに似合い過ぎている。
「喪越様、それは『チョメ』ですよ? ちゃんと、お手伝いをお願いしますね?」
 言いながら、桜は喪越の鼻を軽くつつく。その後ろで、激しい嫉妬のオーラが放たれている。無論、稚空が発生源だが。
「今度は煙なんて噴きませんよ! こんな事もあろうかと、氷枕を用意してみましたっ!」
 自信満々でふんぞり返るペケ。その様子に緊張が解れたのか、半数以上の者に笑顔が浮かんだ。
 紙の上を、筆記用具が走り始める。鉛筆で地図に下書きをし、間違いが無い事を確認してから筆で清書していく。口で言うのは簡単だが、地味で根気が要る上、時間の掛かる作業である。
 東側の情報は、全員の測量結果を元に算出されていく。細かい書き込みや距離を整合し、誤差を計算。全ての情報を照らし合わせ、製図用の情報が書き出された。
 台所を借りて夜食を作ったり、墨を床に零したり、睡魔と戦ったり、紆余曲折はあったものの、地図は確実に完成に近付いていく。
「高低差や丘の高さは、数値で記入しますね? 皆さんは、記入ミスが無いか確認して下さい」
 そう言って、ルエラは鉛筆で高低差を記入していく。それに間違いが無い事を確認し、墨で清書するサクル。残ったメンバーで、地図全体の地形や距離関係にミスが無い事を確認していく。
「俺が見た限り、ミスは無いようだが…そっちはどうだ?」
 龍牙の言葉に、全員が首を横に振る。朝日が室内を明るく照らす頃、筆や鉛筆は開拓者達の手を離れた。
「地図の完成……ですよね?」
 周囲を見渡しながら、サクルが呟く。次の瞬間、室内に歓声が溢れた。
「今回は済まなかったな。誘い受けてくれてサンキュー!」
 稚空は満面の笑みで冬史朗の肩を叩く。対照的に、冬史朗の表情はいつも通り全く変わらない。
「いや、問題ない。気にしないでくれ」
 物静かに言葉を返す冬史朗。完成に沸き立つ室内で、ペケは静かに視線を地図に向けた。
「私達が想いを引き継ぐ事で、彼の志しは死なないんですね。そして地図の完成をもって、彼は家族の元へ帰る事が出来ると……」
 いつもの彼女とは違う、静かで真剣な雰囲気。これが本当の姿なのか、知恵熱で暴走しかけているのかは定かではないが。
「これで彼も喜んでくれるかな…」
 感慨深そうに地図を眺める玲。その瞳に浮かんだ涙は、朝日でキラキラと輝いていた。