流れ落ちる純白
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや難
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/03/17 22:04



■オープニング本文

 例年にない大雪となった今冬。その長い降雪期も、そろそろ終わろうとしている。寒さが日増しに緩み気温が高くなってきた今、朱藩は『とある問題』に直面していた。
「来るぞ! 雪崩だ!」
「高台に逃げろ! 飲まれるぞ!」
 遠くの山から立ち上る、白い煙。それは、なだれ落ちる雪が舞い上がっている光景だった。圧倒的質量と速度の雪崩が、一気に押し寄せる。山際の小さな村は、一瞬で飲み込まれた。村人は素早く避難していたため、被害者が居ないのが不幸中の幸いである。
「ままぁ〜…お家…」
「よしよし、大丈夫だからね」
 泣き出しそうになっている少女を、母親が優しく抱き締める。不安なのは少女だけでは無い。避難した村人は、約30人。その全員が、住む家も財産も全て失ったのだ。
「俺達…これからどうすりゃ良いんだ…」
 絶望に打ちひしがれ、地べたに座り込む老人。妻らしき老婦人が、その背中をそっと撫でる。大自然の前では、人間は無力でしかない。
「みなさん、落ち着いて下さい! とりあえず……安州へ行きましょう。あそこは海洋都市ですから、雪崩の心配はありません。それに、興志王ならきっと助けてくれるハズです!」
 1人の青年が、全員に向かって叫ぶ。不思議と、その言葉には説得力があった。意気消沈していた村人達が、にわかに活気立つ。
「待って! 何か……聞こえませんか?」
 人々の耳に響く、不穏な音。悪い予感を増幅させる、不吉な地響き。
 そして……希望を飲み込むような、最悪の現実。
「馬鹿な! また雪崩が起きるなんて、ありえない!」
「逃げるんだ! 早く!」
 様々な叫び声が周囲に響く。だが、その声すらも雪崩が喰らい、体の自由を奪っていく。意識が途切れる直前、青年は雪崩の上に乗っている『何か』を目撃した。
(あれは……イタチ?)


■参加者一覧
滝月 玲(ia1409
19歳・男・シ
山羊座(ib6903
23歳・男・騎
射手座(ib6937
24歳・男・弓
魚座(ib7012
22歳・男・魔
蟹座(ib9116
23歳・男・サ


■リプレイ本文

●雪中行軍
 清々しい青空の下、雪の残る山を歩く者が5人。陽光で残雪がキラキラと輝いて綺麗に見えるが、若干寒そうである。
「あ、この辺りから危険箇所が増えるから、足元には注意してよ〜?」
 地図と周囲を見比べながら、魚座(ib7012)が全員に注意を促した。その地図はギルドから借りた物であり、毎年の雪深い地点や危険箇所が記入されている。
「なら、足元の雪を踏み固めながら進んだ方が良いだろうな」
 山羊座(ib6903)は、言葉と共に足元の雪を踏む。こうして固めれば、雪深い場所に落ちる可能性が多少は減るだろう。他のメンバーも、足元に注意しながら進んで行く。
「それにしても…彼から情報を得られなかったのは残念だね」
 周囲に注意しながら、残念そうに呟く射手座(ib6937)。彼等5人は依頼主の男性に話を聞きに行ったのだが、新しい情報は聞き出せなかったのだ。
「仕方ないですよ。ギルドに全て話していたみたいですし」
 苦笑いを浮かべながらも、滝月 玲(ia1409)がフォローを入れる。実際、彼等の聞き方が悪かったせいではない。射手座は落ち着いた声で質問していたが、依頼人の記憶が曖昧で、明確な回答が返って来なかったのである。
「何か、大声だしたら雪崩になりそうだな…試してみよーぜっ!」
 興奮しているのか、ハイテンション気味な蟹座(ib9116)。遠くの山に向き直り、思い切り息を吸った。直後、魚座は後ろから抱き付くように蟹座の口を塞いだ。
「蟹ち〜ん、ちょっと静かにシようね? 永遠に黙らせちゃうぞ♪」
 モゴモゴ唸りながら、腕の中で暴れる蟹座。魚座は笑顔で話しているが、目が笑っていないため若干怖い。
「やれやれ…射手座、アレは放って置いて、そろそろ頼む」
 そんな2人を見ながら、山羊座は溜息混じりに言葉を吐く。射手座は軽く頷くと、左手で弓を握って目を閉じた。精神を集中させて右手で弦を掻き鳴らすと、周囲に振動音が広がっていく。
「……彼方の様だ。アヤカシの気配が6つ。距離は…歩いて10分程度だな」
 目を開くと、射手座は山岳の奥を指差した。振動音の微妙な違いで、アヤカシの位置を感知したのだ。
 敵の位置が分かり、魚座の手が一瞬緩む。その隙を狙い、蟹座は全力で体を捻って腕から抜けだした。
「く…苦ぴ〜…窒息するかと思ったぞ!」
 肩で息をしながら、抗議の声を上げる蟹座。その様子に、全員の顔に笑みが零れた。
 軽く笑い合った所で、射手座の指差した方向に歩いて行く5人。時間にして約10分後、全員の表情が一変した。その視界には、6匹の雪鎌鼬の姿が映っている。
「こいつらを倒さない限り、何度でも同じ惨劇が起きるなら…ここで絶対に倒す!」
 言葉と共に、玲は兵装を握り直した。

●舞い散る白と黒
「蟹、作戦通りにいくぞ。やってくれ」
 槍と盾を握り直しながら、山羊座は蟹座に視線を向ける。蟹座は親指で自身の鼻を弾き、ニヤリと笑みを浮かべた。
「ククク…真打登場だぜっ! 俺様の咆哮で集まりやがれっ!」
 大きく息を吸い込み、大気を震わせながら雄叫びを上げる。その声に引きつけられたのか、6匹の雪鎌鼬が開拓者達に襲い掛かってきた。
「野郎共、気を引き締めてくぞ!」
 射手座の檄に、全員が気合を入れ直して身構える。敵の攻撃に対し、玲、山羊座、蟹座の3人は後衛2人を守るように前に出た。
 雪鎌鼬の鋭い牙が玲に迫る。彼がそれを野太刀で受け止めると、違う敵が真空の刃を飛ばしてきた。咄嗟に、玲は野太刀を手放して屈んだが、鋭い衝撃が頬を掠めて薄っすらと血が流れる。
 落下してくる野太刀を両手で握り、大きく踏み込んで立ち上がりながら斜めに斬り上げた。切先が雪鎌鼬を捕らえ、斬り裂かれた胴から黒い霧が漏れる。玲は手首を返して軌道を90度変え、もう1匹の敵に向かって振り下ろした。刀身が雪を舞い上げ、空中で白と黒が交差する。
 その雪を突き抜けて、3匹目の敵が山羊座に牙を剥く。山羊座は盾を構えて攻撃を受け止め、完全に無効化した。そのまま盾を弾き、敵を吹き飛ばす。
 だが、それは囮。間髪入れず、4匹目が尾を振り回して横に薙いだ。完全に無防備な隙を狙われ、山羊座の胴に激痛が走る。
 同時に狙われた蟹座は、地面を転がるように尾を避けた。体勢を整えるより早く、5匹目と6匹目が放った真空の刃が迫る。蟹座は咄嗟に斧を盾代わりに構えたが、右腕と左頬が斬り裂かれ、鮮血が飛び散った。
 山羊座は槍を強く握り締めると、大きく踏み込みながら横に薙いだ。軌跡が半月を描き、雪鎌鼬6匹を同時に斬り裂く。その動きや表情は、激痛を我慢しているようには見えない。
「みんな、避けろ!」
 射手座の叫びに反応し、前衛の3人は左右に跳んで射線を空ける。直後、デタラメに放たれた多数の矢が、全ての敵に殺到した。ほとんどの雪鎌鼬に矢が突き刺さる中、1匹目だけはそれを避けるように天高く飛び上がる。
 射手座は素早く矢を番えて引き絞り、瞳に精霊力を集めた。獲物を狙う鷲の如く狙いを定め、引き手を離す。放たれた矢は空を切りながら飛来し、1匹目の胴を貫いた。
「続いて、イくよ〜!」
 魚座の明るい声が周囲に響く。特徴的造形の杖から激しい吹雪が扇状に広がり、全ての敵を飲み込んだ。圧倒的な冷気が体を蝕み、1匹目の敵は砕けるように飛び散り、黒い霧が空気に溶けていった。
 吹雪が止むと同時に、魚座は炎の球を撃ち放つ。目にも止まらぬ速さで放たれたそれは、2匹目の敵を炎で包み込んだ。高熱で雪が溶け、雪鎌鼬の体を焦がしていく。炎が消えた時には、敵の姿は燃え散っていた。
「蟹座さん、右側の奥! 雪の中です!」
 突然、玲が叫び声を上げる。彼の増幅された聴力が、何かの物音を捉えたのだ。蟹座は右を向くと、両手で斧を握って力を溜める。それを足元に叩き付けると、衝撃で雪が舞い上がり、隠れていた雪釜鼬が空中に投げ出された。
 新たに出現した7匹目に注意が向いている隙を狙い、3匹目と4匹目が山に向かって走りだす。
「言ったハズだ…絶対に逃がさないと!」
 瞬間的に加速した玲は、その進路を塞ぐように先回りし、3匹目に野太刀を振り下ろした。刀身が敵を両断し、黒い霧を撒き散らしながら黒い塊と化す。それが空気に溶けていき、雪上に黒い染みを残した。
 逃げる4匹目を追うために駆け出そうとする山羊座と蟹座。それを邪魔するように、残りの3体が襲い掛かって来た。鞭のような尾が2人の膝辺りを打ち、真空の刃が蟹座の肩を深々と斬り裂き、牙が山羊座の腕に突き刺さる。
「……邪魔だな」
 静かに呟き、山羊座は腕を乱暴に振って噛み付いていた雪鎌鼬を地面に叩き付けた。そのまま槍を横に薙ぎ、複数の敵を同時に狙う。が、6匹目だけは後ろに跳び退き、槍撃を回避した。
「山羊座ぁ、インク借りんぞ! おい射手座、アイツを狙いやがれ!」」
 蟹座は山羊座の道具袋から筆記用具のインクを取り出すと、4匹目の雪鎌鼬に向かって投げ付けた。黒い液体が舞い散って敵の体を染め、白い雪原の中で目立ち過ぎる程の目印と化す。
「任せとけ。鷲の目からは逃がさない!」
 言葉と共に、狙いを定める射手座。鋭い一矢が敵を捉え、深々と突き刺さった。追撃するように、魚座が火球を撃ち出す。真っ赤な炎が敵を焦がし、矢を燃やしていくが、まだ止めには至っていない。
 炎を突き破るように、2本目の矢が敵を貫く。射手座の放った2射目が敵の命も射抜き、その体が黒い塊になって空気に溶けていった。
「はいはーい、怪我した人は此方だよーん♪」
 笑顔と共に、魚座は術を発動させる。淡い光りを放つ白燐が彼と蟹座を覆い、傷を癒して痛みを和らげた。
「助かったぜ、魚座! さぁて……斬り刻んでやるぜイタチ野郎!」
 軽く礼を述べ、蟹座は一番近くに居る5匹目に向かって斧を振り下ろす。刃が敵の体を縦に斬り裂き、黒い霧が噴出した。それを振り払うような、横薙ぎの2撃目。十字の傷が深々と刻まれ、敵の体は黒い霧と共に消えていった。
 残る敵は、2匹。自分達の不利を感じ取ったのか、雪鎌鼬は周囲を見渡した。
「逃げる前に、斬り倒す!」
 敵の不審な動きに気付いたのか、玲は野太刀を豪快に振る。斜めに振り下ろされた斬撃が6匹目を深々と斬り裂き、行動の自由を奪う。止めの一撃が振り下ろされると、雪と共に黒い霧が舞い上がり、敵の体は溶けるように消えていった。
 最後の1匹が、素早く足元の雪を掘って潜る。そのまま雪深い位置まで移動して逃げるつもりなのだろう。
「山羊座にーさん、後はよろしくね〜♪」
 魚座が素早く火球を放つと、敵を追尾するように雪原の中に落ちる。熱が雪を溶かし、炎が雪鎌鼬を飲み込んで炙り出した。
「…任せておけ」
 山羊座は地を蹴って跳び、槍を強く握り締める。落下しながら、敵に向かって全力で槍を叩き付けた。衝撃で周囲の雪が派手に舞い上がり、彼の姿を覆い隠す。それが治まった時、陽光で煌く雪の中に居たのは、山羊座だけだった。

●勝利の祝杯
「今ので最後か? 他に、敵の姿は見えないが」
 自身に降り注いだ雪を払いながら、山羊座は周囲を見渡す。が、目の届く範囲内に怪しい姿は見当たらない。
「周囲には…怪しい物音はありませんよ」
 増幅された聴力で物音を探る玲。さっきは雪鎌鼬の不意討ちを聞き分けたが、今は静かなようだ。
「射手座にーさん、アヤカシの気配はあるかな?」
 魚座の言葉に、射手座は再び弦を掻き鳴らす。意識を集中させた彼の耳には、その振動音が届いているだろう。
「いや…弓が届く範囲内に、アヤカシは居ないみたいだ」
 その言葉に、全員が胸を撫で下ろす。周囲に敵が居ないという事は、事件を起こした雪鎌鼬は全て撃破出来たようだ。
「なら、俺達の勝ちって事で良いよな! っしゃあ、俺様大活躍ぅ!」
 拳を突き上げ、勝利の雄叫びを上げる蟹座。対照的に、魚座は浮かない表情をしている。
「ン〜、どこかに違う群れが無いと良いンだけどね〜…」
「その可能性は否定出来ませんね。正確な数は分かりませんし」
 魚座の呟きに、玲が同意する。山全体に居る数が分からない上に、確認する術が無い以上、心配になるのも無理は無いだろう。
「もし残っていたら…出て来た奴を全てを斬り倒す。それだけだ」
 そんな杞憂を両断するような、山羊座の力強い一言。単純明快な解決策に、魚座と玲は思わず笑みを浮かべた。
「まぁ、難しい話は置いといて。帰って祝杯でもあげようぜ?」
 そう言って、蟹座は全員を見渡す。久々に再会した仲間と、積もる話でもあるのだろう。期待で目がキラキラと輝いている。
「まったく、お前って奴は…まぁ、今日くらいは良いか。派手に騒ごうぜ!」
 ノリノリな様子の射手座。反対する者は無く、全員宴会をしたいようだ。
 もし、帰り道で敵に遭遇したら『イタチ鍋にしてやる』という言葉が出てきそうである。