|
■オープニング本文 「へい、らっしゃい!」 理穴の都市、奏生の万屋。戸を開けて入ってきた母娘に、店主が威勢の良い声を声を掛けた。 母親は軽く笑みを返し、少女はトテトテと店内を歩き回る。 「まま〜、お人形は?」 「はいはい、ちょっと待ってね? すいません、雛人形はありますか?」 母親の問いかけに、店主の顔に苦笑いが浮かんだ。 「申し訳ありません…雛人形は、現在品切れ中でして……」 「そうなんですか? 品切れ中なんて、珍しいですね」 苦笑いを浮かべたまま、軽く頭を掻く店主。その口が開くより早く、店の戸が開いた。 「すいません、雛人形下さい!」 「何言ってんのよ! ウチが先よ!」 客の波が、一気に押し寄せて来る。その数は尋常ではない。下手をしたら、20人近く居るだろう。 品切れ中の雛人形に、雛人形を求めて押し寄せる客達。それには、深い理由があった。 奏生の、とある小屋。薄暗い室内に、3人組みが隠れるように潜んでいる。 「うふふ…やっぱり、五人囃子はイイ男ねぇ♪」 複数の五人囃子を見比べながら、恍惚の表情を浮かべる男性。室内の証明が暗い事も相まって、不気味な事この上ない。 「ぼ…ボクは、三人官女の方が好みなんだナ」 脂ぎった男性が、太い指で人形の頬をつつく。その姿は、見ているだけで気分が悪くなりそうだ。 「お前等…本当に悪趣味だな。まぁ、俺には関係無ぇけど」 床に胡坐をかき、人形の刀を眺める女性。興味無さそうに鼻で笑うと、その装飾品を無造作に放り投げた。 「アンタみたいな小娘に、アタシの趣味は理解出来ないわよ!」 「そ…それに、キミが一番酷いんだな。ひ…雛人形を盗んで、ワザと品薄状態にするなんて、普通考えないんだな」 脂ぎった男性の言う通り、この状況を作ったのは彼女である。一般家庭や万屋から雛人形を盗み出し、品薄にする。その状態が続いたら、多少の高値でも人形を買う者が現れるだろう。 つまりは、盗品を高値で売るために盗みまくっているのである。 「ハッ! 普通じゃなくても良いんだよ。楽に稼ぐために、お前らも協力してんだろ?」 女性の言葉に、2人の男性は歪んだ笑みを浮かべた。理穴の雛人形不足は、まだまだ続きそうである。 |
■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
向井・奏(ia9817)
18歳・女・シ
アーニー・フェイト(ib5822)
15歳・女・シ
熾弦(ib7860)
17歳・女・巫
刃兼(ib7876)
18歳・男・サ
テト・シュタイナー(ib7902)
18歳・女・泰
菊開 すみれ(ib9014)
15歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ●捕縛への撒き餌 「そうか、ここにも無いのか…やはり、盗まれたのか?」 奏生のとある万屋。刃兼(ib7876)は、店員から情報を聞き出していた。地道な情報収集は、既に数十件を超えている。 「そうなのよぉ! 大量に仕入れたのに、全部消えちゃってねぇ。大損害よ!」 「無念…この間見掛けた雛人形が凄かったのでな、私も欲しかったのだが…」 店員の言葉に、皇 りょう(ia1673)は残念そうに俯く。これは演技であり『この間見た雛人形は凄かった』という情報を流す作戦でもある。 直後、店員は他の客に呼ばれ、一礼して去って行く。これ以上、ここで情報収集するのは無理と判断したのか、刃兼とりょうは店を出た。 「雛人形、か。昔、我が家で飾った時は、雛祭りが終わってもなかなか片付けず――」 歩きながら、過去を懐かしむように語るりょう。その言葉が突然途切れ、足が止まった。 「そ、そうか。未だに婿殿が見つからぬのは、まさか……!」 「りょう…それは『人形や細工物が、虫食いやカビの被害を受ける前に急片付けろ』という意味だぞ」 目を見開いて驚愕するりょうに、刃兼は溜息混じりにツッコミを入れる。事実は、時として残酷かもしれない。色んな意味で。 「何でも良いじゃねぇか。いざって時は、俺様が貰ってやるぜ♪」 からかうような声で、テト・シュタイナー(ib7902)はりょうと刃兼の首に腕を回す。着物を着て変装した彼女は、街の区画を隅々まで探索していたのだ。 「結婚の件は置いておくとして…首尾はどうだ、テト?」 刃兼の問いに、テトはニヤリと笑みを浮かべた。 「俺様に抜かりは無ぇさ。こいつを見てくれ!」 言いながら、テトは小さな地図を広げる。そこには、街の様子や被害になった箇所、怪しい場所等が細かく記入されていた。 「尾行をするっつっても、推測くらいは立てておいた方が良いだろ? 街ん中を隅々まで調べたが…一番怪しいのはココだぜ!」 彼女が指差した場所は、人目に付かない入り組んだ区画。被害のあった民家や商店のほぼ真ん中にあり、怪しい事この上無い。 「あの、すいません」 地図と睨めっこをしている3人に、背後から声が掛けられた。振り向いた先に居たのは、黒いフードを目深に被った女性。夜なら目立たないが、明るい日中では少々怪しく見える。 「さっき『凄い雛人形を見掛けた』って言ってましたよね? それって、どこなんですか?」 女性の質問に、3人は小首を傾げる。数秒後、りょうは手を『ポン』と叩いた。 「あぁ。それなら、街の南側の住宅地だ。丁稚(でっち)らしき5人組が荷車に乗せていたぞ」 どうやら、情報収集中に撒いた餌に喰い付いたようだ。女性の素性は分からないが、何か手掛りを得られるかもしれない。 「よく、分からないが…万屋の使い走りだろう。多分、まだ街中に居るはずだ」 「そうなんですか…ありがとうございます」 軽く頭を下げると、女性は足早に走って行く。ワザワザこんな事を聞くのは、余程の雛人形好きか…盗賊団だけだろう。3人は顔を見合わせると、街の南側へと駆け出した。 ●囮大作戦 人の集まる、街の南側。井戸端会議に華を咲かせる奥様方の話題は、盗まれた人形の事である。その中心に居るのは、主婦世代とは思えない5人組。 「この辺りも被害に遭っているのですね…皆様、大変ですね」 菊開 すみれ(ib9014)の言葉に、熟年の婦人達が口々に愚痴を零し始めた。こちらが聞かなくても、盗まれた時の状況が次々に明らかになっていく。婦人達の猛烈な勢いに、すみれは思わず苦笑いを浮かべた。 「祭事というのは、大事なもの。桃の節句に水を差すとは…許し難い所業だな」 主婦達の情報を纏めながら、一人呟く熾弦(ib7860)。その呟きは誰の耳にも届く事は無く、周囲の声に掻き消された。 「在庫が残ってる店って無いの? まだヒナ人形が盗まれてない家とかさ」 下っ端商人のような格好のアーニー・フェイト(ib5822)が、周囲の人達に問い掛ける。だが、返ってくる言葉は『知らない』『聞いた事無い』という単語ばかりだ。 「頑張ろうね奏。そうだ、奏も雛祭りはお祝いするんだよね?」 布で覆った荷物を乗せた荷車を見張りつつ、天河 ふしぎ(ia1037)は向井・奏(ia9817)に声を掛けた。油断しているように見えるが、超越聴覚で聴力が増幅され、物音には敏感である。 「拙者でゴザルか? む〜…一女子としては、お祝いしたいのでゴザルが…」 ふしぎの質問に、奏の目が泳ぐ。めんどくさがり屋なため、雛祭りの事は全く考えていなかったのかもしれない。 「この街の万屋が雛人形を仕入れたと聞いたんですが、単なる噂だったみたいですね」 「残念です。ずっとお雛様を探していたので、ようやく願いが叶うと思ったのですが…」 熾弦とすみれの発言に、周囲がザワザワと騒ぎ始めた。雛人形が入荷するかもしれない、という希望。すみれに対する同情。様々な言葉が交錯している。 「噂と言えば……その荷車の荷物って、雛人形らしいですね? もう持ってるのに、まだ探してるなんて…変じゃないですか?」 黒いフードを目深に被った女性が、荷車を指差しながら疑問をぶつける。突然且つ予想外の言葉に、主婦達は驚愕の声を上げたり、ヒソヒソ話をしたり、大忙しである。 「あたし達は、泰国から買い付けに来たんだよ。これでも、デッチなんでね」 ニヤリと笑いながら、アーニーは言葉を返した。丁稚の格好をしている彼女が言うと、妙に説得力がある。 「買い付け、ねぇ……もし良かったら、その雛人形を見せて頂けませんか?」 女性の頼みに、奏達4人は視線をふしぎに向ける。ふしぎは満面の笑みを浮かべながら荷車に乗り、布を一気に引っ張った。 「じゃーん、天河家に代々伝わるお雛様なんだ…って、ぼっ、僕のお雛様というわけじゃ、無いんだからなっ!」 周囲から感嘆の声が漏れる。そこには、7段飾りの立派な雛人形が鎮座していた。ガラスのケースに収納され、転倒しないように固定された人形達。その光景は、見事としか表現出来ない。 全員の視線がお雛様に集まる中、フードの女性が荷車の持ち手に近付いて行く。 「みんな、気付いてっか? フシギのヒナ人形、狙われてんぞ」 周囲に気付かれないよう、小声で呟くアーニー。直後、フードの女性は荷車を全力で押し動かした。周囲に居た人々は、悲鳴を上げながら潰されないように逃げ出す。人混みを抜けた所で、女性は取っ手を握って方向を変え、そのまま走り出した。 「わぁ〜、泥棒! まてぇ〜!」 ふしぎがワザとらしく叫び、後を追うように駆け出す。ほぼ同時に、アーニーと奏も走り始めた。 (旦那の手前、力になれるところを見せねばなるまいでゴザル。うむ!) 熱い決意を胸にする奏。3人共、泥棒の女性を捕まえる気は全くない。追跡して、アジトを探し出すのが目的だからだ。 「あの女、盗賊の一味でしたか。私達を相手にしたのが運の尽きですね」 騒然とする住宅地で、走って行く3人の背を見送る熾弦。その瞳には、泥棒に対する怒りが燃えているように見える。 「えぇ。シノビの皆様なら、尾行も巧くいくハズです。雛人形を盗むなんて……絶対に許せません!」 怒りを露にしながら、すみれは軽く拳を握った。状況が飲み込めず、呆気にとられる主婦達。同情や質問の雨が降り注ぐ中、2人は軽く頭を下げてその場を後にした。 ●囮と進入 太陽が西に沈み始めた頃、ふしぎと奏は人通りの少ない区画の廃倉庫を見張っていた。そこは、泥棒女を尾行して発見した、盗賊団のアジトである。 「待たせたな。みんな連れて来たぜ」 不敵な笑みを浮かべながら、仲間を引き連れて来たアーニー。早駆を持つ彼女は、他の開拓者達に連絡と道案内をするために街に戻っていたのだ。 「お疲れ様でゴザルよ。テト殿、この地図助かったでゴザル」 微笑みながら礼を述べる奏。その手に持っている地図は、テトが作成した物である。黒いフードの女の言動に違和感を感じた彼女は、女性よりも先に奏達に接触し、コッソリ地図を渡したのだ。 「役に立ったなら良かったぜ。で、犯人達の様子はどうだ?」 照れくさそうにしながら、テトは廃倉庫に視線を向ける。そこは、不気味なくらいに静まり返っていた。 「今の処は変化無し。出掛ける様子も無いし、中で静かにしてるみたいだよ」 ふしぎの言葉通り、泥棒女が入ってからは全く変化が無い。彼は耳に意識を集中していたが、外に出る物音は全く聞こえなかった。つまり、盗賊団は廃倉庫に引き篭もったままという事である。 「なら、誘き出すのが得策か…俺が囮になって犯人の注意を引く。その隙に、皆は雛人形を確保してくれ」 そう言って、刃兼はゆっくりと立ち上がる。雛人形の確保が最優先なため、囮作戦は有効だろう。 「刃兼殿、私も同行して良いか? 不埒な輩には、仕置きが必要だからな」 逸る気持ちを抑えつつ、りょうも立ち上がる。もしこれが依頼でなければ、彼女は単身アジトに突入していたかもしれない。 奏とふしぎは顔を見合わせると、静かに立ち上がった。これで、囮、侵入共に4人ずつである。 「では、フェイトさん、熾弦さん、シュタイナーさん、私の4人は、裏口から侵入しますね」 すみれの言葉に、侵入担当のメンバーが静かに頷く。そのまま立ち上がると、熾弦は全員を見渡した。 「皆、よろしく頼む。奴らの悪行は、ここで終わらせねば」 ●雛人形をこの手に 窓から夕日の紅い光が差し込む中、盗賊団は今日の戦利品の品定めをしていた。その中には、ふしぎが持って来た雛人形も混ざっている。 「全員、動くなでゴザル!」 奏の言葉と共に勢い良く扉が開き、囮役の4人が倉庫内に足を踏み入れた。想定外の出来事に、盗賊団は驚愕の表情を浮かべながら入り口に視線を向ける。 「こういう場合、なんと言えば良いのやら……神妙にお縄につきやがれ、か?」 若干イイ笑顔で啖呵を切る刃兼。その様子は、いつもよりも活き活きしているように見える。 「だ…誰なんだな、君達は。ぼ…僕は現実の女になんか興味無いんだナ!」 脂ぎった男性が、汗を流しながら怒りの表情を浮かべる。興味を持たれても困るが、目の前でハッキリと『興味が無い』と言われた奏とりょうは複雑な心境だろう。 「あら♪ そこの紫のボウヤ…アタシのこ・の・み♪」 体をクネらせながら、もう一人の男性が刃兼に熱い視線を送る。その不気味過ぎる姿に、4人の背筋に悪寒が走った。それでも、ふしぎは軽く咳払いをして盗賊団を『ビシッ』と指差した。 「お前達のした事は分かってるんだからな! 大人しくお雛様を返せっ!」 「ハッ! 正義の味方気取か、ガキ共が!」 怒りの表情を浮かべながら、刺すような視線を向けて来る女性。その声は荷車を盗んだ女盗賊と同じだが、口調と印象は全く違う。 「正義を背負う気は毛頭無いが…貴様達のような悪党を野放しにする程、私は優しくないのでな」 女性に対し、りょうは挑発的な言葉を返す。一見すると平静を保っているように見えるが、実は盗賊団の悪行で怒り心頭なのだ。 そんな態度が癇に障ったのか、女性は床を蹴ってりょうに迫る。そのまま短刀を突き出したが、りょうはそれを手刀で簡単に叩き落した。更に、女性が驚愕するよりも早く腹部に当身を打ち、意識を刈り取る。 床に崩れ落ちていく女性を見たオカマ男性は、刀を抜き放って刃兼に斬り掛かった。刃兼は太刀を鞘ごと構え、腕を交差させて斬撃を受け止める。刀を軽く弾くと、体勢を低くしながら回転。納刀した鞘でオカマ男の足を払った。その一撃でバランスを崩し、男性は派手に転倒。頭部を打って悶絶している隙に、刃兼は荒縄で捕縛した。 仲間2人を倒され、脂ぎった男性は驚愕しながら周囲を見渡す。開拓者達に背を向けると、後方の扉に向かって駆け出した。 「どこに行くの?僕からは、絶対逃げることは出来ないんだからなっ!」 直後、男性の進路にふしぎが現れ、進路を塞ぐ。時の流れを停めて移動したため、瞬間移動したように見えた事だろう。うろたえている隙を狙い、奏が男性の足を払う。転倒した鼻先に苦無を突きつけ、その動きを封じた。 「てめぇ等! 二度と同じ事ができねぇ様に懲らしめ…って、もう終わったのかよ!」 入り口と逆側の扉が勢い良く開き、テトが姿を現した。が、既に取り押さえられている盗賊団を目の当たりにし、驚きを隠せないようだ。その後ろから、大量の雛人形を乗せた荷車と共に、熾弦達が姿を現す。 「そっちも早かったでゴザルな。雛人形は見付けたのでゴザルか?」 奏の問いに、アーニーは満面の笑みを浮かべながら親指を『グッ』と立てた。 「にしし♪ ヨユーだったよ。ケチなトーゾクが貯め込んだお宝は、怪盗ワイルド・キャット様がいただきってねっ!」 「これだけ数が多いと、傷や汚れの確認が大変そうですね」 苦笑いを浮かべるすみれの言う通り、人形の数は尋常ではない。ある意味、これだけ集めた事に感心してしまう。 「……ふむ。人形もこうして見ると存外愛らし――いや、何でもない」 人形を眺めていたりょうは、思わず漏れた本音を自分で否定した。相当恥ずかしかったのか、耳まで真っ赤になっている。 「奥の倉庫にあった分は全て持って来たが…どこかに隠したりしていないだろうな?」 地面に転がっている男性2人に、熾弦が鋭い視線を向ける。が、2人は不愉快そうな表情で視線を外した。 直後、倉庫内に銃声が響く。テトの短筒から放たれた銃弾が、男性の鼻先を掠めて地面に穴を穿ったのだ。 「俺様って銃の腕が悪いんだ。もしかしたら…今度は手が滑って大事な所に当たっちまうかもなぁ?」 口元に歪んだ笑みを浮かべながら、彼女は男性2人を威圧する。実際、テトの腕前は悪くない。脅すために、ギリギリの位置を狙ったのだろう。 「まだどこかに隠してる雛人形があるなら、自分達から言うことをオススメするぞ?」 刃兼は膝を付きながら、オカマ男に自白を促す。が、オカマ男は首を横に振るばかりで、言葉を発しない。それは、脂ぎった男性も同じである。テトは再び短筒を握り、構えた。 「ちょっと待って下さい。もしかして…首を振っているのは『隠している分は無い』という意味ですか?」 すみれの言葉に、2人の男性はコクコクと首を縦に振る。どうやら、恐怖で声が出ないようだ。 「なら、依頼シューリョーだな。にしても…ヒナ人形って、そんなに売れるモンなの?」 「娘を持つ親にとっては、特別な物なのだろうな……急いでギルドに戻って、持ち主に返して貰うとしようか」 雛人形を見ながら小首を傾げるアーニーに、熾弦が静かに語り掛ける。8人は盗賊団を縛り上げて荷車に乗せると、協力して雛人形を運び出した。 |