姿無き暗殺者
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/03/05 18:43



■オープニング本文

「ひぃぃぃ!?」
 夜の暗がりの中を、悲鳴を上げながら逃げる男性。左腕を深く切り裂かれたらしく、右手で押さえているが、血が派手にながれている。
 荒い息をしながら、角を曲がって身を隠す。苦痛に顔を歪めながらも、壁の影からそっと奥を覗き込んだ。
 直後。
「がぁぁ!!」
 背中に走る、熱くて激しい痛み。そして、液体が流れ落ちるような感覚。倒れそうになりながらも、男性は後ろを振り向いた。
 だが、そこには誰も居ない。人の姿も、気配も、足跡も、何も無い。
「っ……誰なんだよ! さっきから、俺に何の恨みがある!!」
 周囲を見渡しながら、男性が吼えるように叫ぶ。だが、当然返事は無い。
 言葉の代わりに『男性の胸から黒い刀身が生えた』。
「……あ?」
 理解が追い付かない。不思議そうな表情で、男性は血の塊を吐き出した。その胸部からは、滝のように鮮血が流れ出ている。
 刀が黒い霧になって消えると、支えを失った体が崩れ落ちた。血溜りの中に男性の体が沈む。こうして……命が1つ消え、斬殺死体が増えてしまった。


■参加者一覧
焔 龍牙(ia0904
25歳・男・サ
風瀬 都騎(ia3068
16歳・男・志
利穏(ia9760
14歳・男・陰
トカキ=ウィンメルト(ib0323
20歳・男・シ
鉄龍(ib3794
27歳・男・騎
宮鷺 カヅキ(ib4230
21歳・女・シ
山奈 康平(ib6047
25歳・男・巫
影雪 冬史朗(ib7739
19歳・男・志


■リプレイ本文

●暗殺者の正体
 空が漆黒のヴェールに包まれ、宝石のように星々が輝く時間…夜。寝静まった街の中を、小柄な人影と長身の人影が並んで歩いている。
「結局…ギルドの情報以上の事は得られませんでしたね」
 月明かりの中、俯き加減で歩く利穏(ia9760)。日中この街に来てから、日が暮れるまでずっと聞き込みをしていたのだが…有力な情報は得られなかった。決して、彼の情報収集能力が悪いワケではない。元々、今回の事件に関する情報が少ないのが原因である。
「お前が気に病む事は無い。数も正体も不明なのは厄介だが、地道に探して叩くぞ」
 鉄龍(ib3794)の大きな手が、利穏の頭を優しく撫でる。2人は顔を見合わせて軽く笑みを浮かべると、細い路地を北に進んだ。
 角を曲がった瞬間、背後から伝わる『強烈な不快感』。気付いた時には、もう遅い。2人が振り向くより早く、鮮血が宙に舞った。
「鉄龍さん!」
 利穏の悲痛な叫びが周囲に響く。出血は多いが、鉄龍は反射的に体を捻っていたため、怪我自体は深くないようだ。
 振り向いた先には、情報通り誰も居ない。身の丈程もある漆黒の天儀刀が、闇の中に浮いているだけである。その切っ先が鉄龍に向けられ、一気に振り下ろされた。
 鉄龍は急所を庇うような姿勢をとり、斬撃を鎧の丈夫な部分で受け止める。火花が散り、周囲に硬い金属音が響いた。
「大丈夫だ……まずは、コイツの相手をしないとな!」
 口元に笑みを浮かべ、痛みに耐えながらも長剣を握り直す鉄龍。その全身から薄っすらとオーラが立ち上り、輝く斬撃が天儀刀に叩き込まれた。アヤカシの刀身にヒビが走り、黒い霧が漏れ出す。
(鉄龍さん、強そうな人だから頼りたいけど…僕自身も、足を引っ張らない様にしなきゃ…!)
 強い決意を胸に、利穏は式を呼び出した。それが真空の刃を纏いながら、天儀刀に迫る。双方が衝突して火花が派手に飛び散り、刀身のヒビが更に広がった。
 予想外の抵抗に危機を感じたのか、天儀刀が小刻みに揺れる。黒い霧を撒き散らしながら、逃げるように距離を離して行く。
「逃がしませんよ!」
 利穏の叫びと共に、小さな式が天儀刀の周囲に出現する。それがアヤカシに絡み付いて束縛すると、動きが一気に鈍った。
「良いタイミングだ、利穏。これで決めさせてもらう!」
 地を蹴り、鉄龍は一気に距離を詰める。長剣の刃にオーラを収束させ、一気に振り下ろした。圧倒的な破壊力を伴った黒灰色の切先が、アヤカシを叩き割るように両断する。砕けた破片は黒い霧となって空気に溶け、両断された残骸は黒い塊と化して大気に消えていった。残ったのは、黒い雫が滴った跡だけである。

●浮かび上がる姿
 人通りの少ない夜道に、提灯の淡い光が揺れる。薄暗い道を一人歩くのは、山奈 康平(ib6047)。周囲に注意しながら、東の方に進んで行く。
 数分後、不意にその足が止まった。辺りを見渡すように視線が宙を泳ぐ。その目が留まったのは、何も無い板塀の一角だった。
「どうしたんです? 急に立ち止まったりして」
 その背中に、焔 龍牙(ia0904)が声を掛ける。一人を装う事で、アヤカシを誘い出す事にした2人。龍牙は康平と一定の距離を保ちながら歩いていたのだが、突然立ち止まった事が心配で駆け寄って来たのだ。
「…姿が見えないというのは、厄介だな」
 一人呟く康平。通路の脇に置いてあった水桶を手に取ると、中身を塀に向かってブチ撒けた。その水が、見えない敵の姿を浮かび上がらせる。周囲は塗れているのに、刀の形に塗れていない塀。何も無い空間に滴る、水の雫。その2つが意味するのは『見えない敵が水を浴びた』という事である。
 直後、何も無い空間から黒い天儀刀が姿を現した。
「流石は山奈さん。さて…早速排除しますか!」
 不敵な笑みを浮かべると、龍牙は大きく息を吸い込んで雄叫びを上げた。こんな深夜に大声を出すのは近所迷惑かもしれないが、気にしたら負けである。
 その声に引き付けられたのか、天儀刀の切先が龍牙の方を向く。ほぼ同時に、龍牙は敵との距離を詰めた。白刃が月光で煌き、すれ違い様に斬り掛かる。金属音と火花が散る中、それすらも斬り裂くように2撃目を叩き込んだ。刀身が欠け、黒い霧が漏れ出す。
「油断は禁物だぞ、焔。まぁ、要らぬ世話かもしれんが」
 言いながら、康平は龍牙の体にそっと触れる。その状態で軽く祈りを捧げると、龍牙の体が淡い光に包まれて精霊の加護を得た。同様に、自身にも加護を付与する。
 天儀刀は後方に引き、空を斬るように切先を2度振った。発生した真空の刃が、高速で2人に迫る。
 見えない攻撃に対し、龍牙と康平は刀を構えた。衝撃を受け止め、方向を変えるように刀を捌く。
「残念、そう簡単には…やらせはしないさ!」
 が、無傷では済まなかった。龍牙は腕に、康平は頬に赤い線が刻まれ、薄っすらと血が滲む。
「見えない姿に、見えない攻撃…か。余程、自分に自信が無いようだな」
 口元に笑みを浮かべながら、康平は距離を詰めて神刀を振った。青黒い刀身が黒い刀身を斬り裂き、破片と共に黒い霧が舞い散る。
 その隙に、龍牙は素早く魔槍砲を構えた。銃の宝珠に手を触れ、練力を流し込む。
「これで終わりだ…焔龍風神!」
 叫びと共に発射された弾丸は、風を切って一直線に飛んで行く。その音は、まるで龍の鳴き声のようにも聞こえる。弾丸が天儀刀に穴を穿つと、そこからヒビが広がり全体が砕けて飛び散った。破片が黒い霧となって空気に溶け、アヤカシの痕跡は全て消えていった。

●燃え上がる炎
「姿の見えない敵ですか…面倒になりそうですねぇ。パパッと終わらせて帰りたいんですが」
 浮かない表情で薄暗い裏通りを南に歩く、トカキ=ウィンメルト(ib0323)。正体不明、数も不明、出現場所も不明な敵を探しているのだから、気分が落ちるのも無理は無い。行く当ても無いまま、人通りの少ない道を歩いていた。
「ふむ…承知した。ならば、燻り出して退治するとしよう」
 周囲に意識を集中していた影雪 冬史朗(ib7739)が、言葉と共にヴォトカの蓋を開ける。トカキが軽く首を傾げる中、冬史朗はそれを何も無い空間に向けて振り撒いた。間髪入れず、剣に紅い炎を纏わせて振り抜く。酒が勢い良く燃え上がる中、炎の塊が不自然な軌跡を描いた。
「まさか本当に見えないとは…厄介な。ま、準備はしてきてますけどね」
 驚きの表情を浮かべながらも、トカキは熱を持たない炎の球を生み出す。ほぼ同時に、投文札を投げ放った。金属製の札が炎を突き破り『何も無い空間』に突き刺さる。その勢いで炎が完全に消えると、投文札が刺さった天儀刀が姿を現した。
 2人が身構える暇も無く、切先がトカキに向けられ、誰かに投擲されたかの如く飛来する。トカキは反射的に身を翻して直撃を避けたものの、刀身が腕を斬り裂いて鮮血が流れ落ちた。そのまま、天儀刀は進路を変えて冬史朗に迫る。
 燃える剣を盾代わりに構えてそれを受け止めると、周囲に金属音が響き火花が散った。金属札で傷付いた刀身からは、黒い霧のような物が漏れ出ている。
「…その刃は、無数の生き血を吸ったのだろうな。しかも、俺の仲間を傷付けるとは…放ってはおけんな」
 顔色を全く変えず、冷静に語る冬史朗。その表情とは裏腹に、心の中ではアヤカシに対する怒りの炎が燃えている。丁度、彼の剣のように。
「影雪さん、そろそろ厄介者には退場願いますか」
 言いながら、トカキは身の丈以上の大鎌を構える。冬史朗が柄を強く握ると、剣を包む炎が燃え上がった。
「同感だ。これ以上、被害を出させるわけにはいかないからな…」
 言葉と共に大きく踏み込んで天儀刀を弾き飛ばし、剣を斜めに振り下ろす。それと交差させるように、2発目の斬撃。燃える剣閃が重なり、アヤカシに『×』字の傷を刻み込んだ。
 溢れ出す黒い霧を払うように、トカキは電撃を放った。閃光が夜の闇を切り裂いて天儀刀を射抜き、刀身がヒビ割れていく。そのまま、アヤカシは砕け散って大地に散らばった。欠片が黒い塊と化し、空気に溶けていく。一番大きな塊をトカキが踏み潰すと、黒い霧は闇の中に消えて無くなった。

●肉を斬らせて…
 夜の闇は、全てを黒く塗り潰す。周囲が見えなくなる反面、こちらの姿も相手には見えない。例えば、それが『高い塀の上を歩く、小柄な女性』だったとしても。
「姿が見えない…見られたらまずい『何か』があるのか、それとも…」
 呟きながら、足音を消して歩く宮鷺 カヅキ(ib4230)。彼女は意味も無くこんな事をしているワケでは無い。小道を西に歩いて行く風瀬 都騎(ia3068)を、少々離れた位置から尾行しているのだ。
「カヅキと一緒に、変装してまで下調べしたのに……空振りだったな」
 苦笑いを浮かべて呟きながら、歩を進める都騎。日中、彼とカヅキは変装して事件現場を訪れていた。アヤカシに見付からないように気を遣いながら、情報収集をしていたのだ。だが…痕跡が少ない上、目撃証言が似通っていたため、目新しい情報を得るには至らなかった。
 都騎は足を止め、精神を集中させた。意識が周囲に広がり、生物やアヤカシの気配を探っていく。次の瞬間、自身の真後ろに『新しい気配』が生まれた。
 それに気付いたのとほぼ同時に、脇腹に熱く鋭い痛みが走る。実体化した天儀刀のアヤカシが、背面から突き刺さったのだ。都騎は脇腹から生えた刀身を握り、抜けないように押さえ付けた。
「逃がすわけには、いかないのでな…っ!」
 刃物は種類を問わず、握っただけでは深く切れない。形だけを模した今回のアヤカシなら、尚更である。都騎は刀を抜き放つと、天儀刀に向かって振り下ろす。硬い金属音が周囲に響き、アヤカシの刀身が切り落とされた。衝撃で彼の手が一瞬緩む。その隙に、天儀刀は体を引き抜いて後方に下がった。
 タイミング良く走り込んで来たカヅキは、敵の柄を手で払って体勢を崩し、忍刀で斬り付ける。火花が散る中、彼女は天儀刀を通り抜けて都騎の隣に並び立った。
「またこんな怪我して…馬鹿ですか、貴方は!」
 心配そうな表情で、怒りの声を上げるカヅキ。その言葉に、都騎は苦笑いを浮かべた。
「悪い…だが、急所は外した。今はコイツを倒すために、手を貸してくれ」
 都騎の言葉が終わるか終わらないかのうちに、天儀刀はカヅキに向かって短くなった刀身を振り下ろす。カヅキはそれを忍刀で受け止め、掌底を打ち込んで体勢を崩した。そのまま忍刀を返し、斬撃を叩き込む。
 追撃するように、都騎は刀を水平に構え、全身のバネを活かして刀を突き出した。切先が天儀刀を貫通し、穴を穿つ。素早く刀を引き抜くと、回避困難な斬撃を振り下ろした。その衝撃で、天儀刀は地面に叩き付けられて砕け散る。破片が宙に舞い、黒い霧となって空気に溶けていった。

●邂逅の時
 戦いを終えたカヅキは、片膝をついて都騎に応急処置を施していた。急所を外しているとは言え、傷は浅くはない。止血剤を使った処置は必要だろう。脇腹の手当てを終えると、刀身を握った手にも包帯を巻いていく。こちらは浅い傷だが、怪我には違い無い。
「また無茶して…私も、人のことは言えませんがね」
 苦笑しつつ、溜息を吐くカヅキ。包帯を結び終えると、立ち上がって彼に視線を向けた。
「面目ない…カヅキには、心配掛けてばかりだな…」
 申し訳無さそうに苦笑いを浮かべつつ、軽く頭を掻く都騎。そんな様子を見ながら、カヅキは軽く笑みを浮かべた。
「でも…無事で何よりです、都騎さん」
 安堵したのか、花が咲くように笑みが広がっていく。釣られて笑顔を浮かべる都騎。そのまま彼女の頭にそっと手を伸ばし、優しく撫でた。
「都騎さん、カヅキさん、大丈夫…で……」
 タイミングが良いのか悪いのか、龍牙達6人が小路の奥から姿を現す。見詰め合う2人と、頭に伸ばされた手…そんな状況を目の当たりにし、龍牙は言葉を失った。
「なかなか戻って来ないから様子を見に来たんですが…取り込み中みたいですね」
 軽く溜息を吐きながら、呆れたように言葉を吐くトカキ。ワザワザ迎えに来たのに、肩透かしを食らったような気分になっているのだろう。
「えっと…あの…お邪魔、でしたよね。申し訳ありませんっ!」
 利穏は顔を真っ赤にしながら、深々と頭を下げた。何やら色々と勘違いしているようだが、この状況を見たら誤解するのも無理は無い。
「冗談はそのくらいにして…そろそろ戻らないか? 依頼は達成したんだしな」
 2人が否定の声を上げるより早く、鉄龍が口を開いた。その表情は、妹弟を見守る兄のように優しい。若干、イジワルな笑みが含まれているが。彼の言葉に、都騎とカヅキはコクコクと何度も頷いた。
「同感だね。男女の関係を勘繰るのは、褒められた事では無いし」
 溜息混じりに、康平が言葉を吐く。言っている事は間違っていないが、微妙に状況を誤解している気がしてならない。
「心得た。早速、ギルドに帰還するとしよう」
 冷静な口調で言葉を告げ、歩き出す冬史朗。その背を追うように、7人も足を踏み出す。
 こうして、奇怪な事件は幕を下ろした。明日からは、この街に静かな夜が再び戻って来るだろう。