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■オープニング本文 理穴では毎年、収穫を祈って祭りが催される。それは今年も例外では無く、会場は大いに盛り上がっていた。 鼻腔をくすぐる、焼き芋の甘〜い香り。 ご飯と共に炊き込まれた栗の匂いは、胃を鷲掴みにして離さない。 更に、りんごの赤、桃のピンク、葡萄の紫が視界を支配する。 ダメ押しに、塩茹でされた枝豆が青々と場を彩る。 この状況で食欲を抑えられる者など居ない。誰もが料理を口へと運び、その味に満足して笑みが零れていた。 酒に酔った男性が歌っていたり、若者達が踊ったりしているのはご愛嬌である。 しかし‥‥そんな楽しげな宴は、一瞬にして悪夢に変わる。 ドドドドドドドド。 大地を震わせる、不穏な足跡。それは、徐々に会場に近付いて来る。会場に居る全ての人間に、緊張と不安が走る。 「きゃ〜〜〜〜〜!!」 会場全体に響き渡る、絹を裂くような悲鳴。その原因となったのは‥‥猪。 いや、猪に良くにた『ケモノ』である。普通の猪よりも一回りは大きな体、異常に発達した牙。あらゆる意味で常識を逸した生き物が数頭、会場に乱入して来たのだ。 ケモノ達は脇目も振らず、収穫祭の食べ物に跳びついた。そのまま会場内を駆け巡り、食べ物を貪っていく。満腹になったのか、数分で猪達は去って行った。会場は滅茶苦茶になったが、死傷者が一人も出なかったのが唯一の救いだろう。 とは言え、会場は酷い有様である。喰い散かされた食べ物に、壊された屋台。肩を落す大人達と、泣き叫ぶ子供達。 収穫祭は今日で終わりではない。倉庫には収穫した食料が残っているし、屋台はすぐに直せるが‥‥また猪達がやって来る可能性は高い。 さて‥‥どうしたものか。 |
■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
からす(ia6525)
13歳・女・弓
蓮 神音(ib2662)
14歳・女・泰
獣兵衛(ib5607)
15歳・男・シ
和亜伊(ib7459)
36歳・男・砲
ミルシェ・ロームズ(ib7560)
17歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●美味しい罠 秋の気配を含んだ風が、人々の頬を撫でながら通り過ぎて行く。ほんの少し肌寒い空気は、どこか寂しい感じがする。 だが、今日の風には違うモノも混ざっていた。 荒らされた広場の中央。燃える焚き火の中から、食欲を刺激する匂いが漂っている。 「やっぱり、秋と言えば焼き芋だよね! ん〜、イイ匂い♪」 言いながら、石動 神音(ib2662)は木の枝で焚き火をつついた。程好く焼けた芋を取り出すと、囮用に並べていく。 「そろそろ栗も焼けてくるわね〜〜。もう少し食材を追加するわよ〜〜?」 神音同様、焦げる前に栗を取り出す、葛切 カズラ(ia0725)。更に、生の栗に破裂防止の切れ目を入れ、追加で放り込んだ。 その隣で、和亜伊(ib7459)は愛用の短銃の手入れをしながら弾を装填していく。直後、彼の鼻をくすぐるように、芋や栗とは違う匂いが漂い始めた。 匂いの出所は、すぐ近く。神音やカズラとは違う焚き火に鍋をかけている、からす(ia6525)だ。 「このウマそうな匂い‥‥からす、何作ってるんだ?」 「芋幹縄の味噌汁だ。囮とは言え、料理人として適当過ぎる物は作れん」 12歳とは思えない、真剣な面持ちで鍋と向き合うからす。いつから料理人になったのか気になるが、ここはツッコんだら負けである。多分。 「まぁ、食べ物の匂いで来てくれるんなら、それに越した事はないな」 言いながら、風雅 哲心(ia0135)が鍋を覗く。最近は創作料理に凝っているため、からすの料理に興味があるのだろう。 「修理、終わったよ〜。あ、この焼き芋1本ちょーだい?」 屋台の間から姿を現した鴇ノ宮 風葉(ia0799)は、答えを待たずに芋を口にした。彼女と村人が協力した結果、屋台の大半は綺麗に修復されたようだ。 「風葉おねーさん、お疲れ様! それにしても‥‥今回のケモノって、味も猪に似てるのかな?」 「それは食べてみない事には分からんが、猪か‥‥猪鍋も良いのう」 神音の素朴な疑問に、獣兵衛(ib5607)が答える。そのまま煙管を吸い、ゆっくりと煙を吐き出した。 「お鍋にはお酒よね♪ さぁて、お燗しなきゃ」 「葛切殿、晩酌ならわしも付き合おう。猫舌故、ヌルめにしてくれると助かるのう」 顔を見合わせ、軽く笑みを浮かべるカズラと獣兵衛。酒好き同士、通じるモノがあるのだろう。二人がお燗の準備をする最中、周囲に甲高い笛の音が響いた。 「この笛の音、ミルシェか!?」 叫びながら、亜伊は広場の櫓に視線を移す。その先では、呼子笛を鳴らしたミルシェ・ロームズ(ib7560)が梯子を下りていた。 「さて‥‥迅竜の息吹よ、地に潜む罠となりて破りし者を縛れ―――フロストマイン」 「哲心殿のフロストマインと私の罠は、罠伏りで隠す! 皆、位置には注意してくれ!」 哲心の叫びと共に、小さな吹雪が地面に吸い込まれ、罠として封印される。更に、からすがスキルを上乗せし、荒縄の仕掛けと罠を隠蔽した。 それを確認し、全員が少し離れた屋台の裏に隠れる。 (あの林檎と葡萄、持って帰って団の皆にお土産にしよーかしら?) 物陰から様子を窺いつつ、台の上に並んだ果物を品定めする風葉。そこにミルシェが駆け込み、同様に身を隠す。 「情報通り‥8匹、です。もうすぐ‥来ます」 ミルシェが状況を説明した直後、地響きと共に動物の足音が近付いて来た。 ●走って来た『食材』 遠くから近付いてくる土煙。それは一直線に広場を‥‥いや『広場の食べ物』を目指している。 それが、罠とも知らずに。 突如、先頭のケモノが1匹、猛烈な吹雪に包まれる。哲心の罠が発動し、動きを封じられたのだ。同時に、からすの仕掛けが作動する。簡単な仕掛けではあるが、敵の足を止めるには十分だったようだ。ケモノ達が気付いた時には、その周囲は開拓者が包囲していた。 だが、腹を空かせた野獣が、食い物を前にして逃げるワケが無い。ケモノが2匹、後ろ脚で地を蹴り、食料に向かって突撃した。 次の瞬間、その進路は白い壁に阻まれる。風葉の、結界呪符「白」だ。ケモノ達は頭から壁に激突、動きが一瞬鈍る。その隙に、神音は瞬脚で一気に間合いを詰めた。 「みーんな捌いて美味しく食べてあげるからね! 覚悟するんだよ!」 拳に気を凝縮させると、ケモノに鋭い突きを叩き込んだ。その体が『く』の字に曲がる。更に、眉間を狙って2発目の拳撃。ケモノの体が一瞬痙攣し、力無く地面に転がった 仲間を倒されて怖気付いたのか、最後尾のケモノが方向転換して駆け出す。 「食材が逃げるなど、言語道断だ」 言うが早いか、からすの矢がケモノの脚を射抜いた。間髪入れずに2本目を放ち、脚を地面に縫い付る。 「恨むなら、美味しい肉に生まれた自分達の身の上を恨むが良い」 妖艶な笑みを浮かべながら、カズラは白狐を召喚して追撃。獰猛な牙が手負いのケモノに喰らい付き、凄まじい瘴気が体内を破壊する。その威力に耐え切れず、ケモノは地響きと共に地に伏した。 怒りの雄叫びを上げるケモノ達。咄嗟に、哲心は前衛に居る亜伊と神音に、精霊の力を付与してその俊敏を上昇させた。 間髪入れず、ケモノが牙を剥いて獣兵衛に突進する。その視界を覆うように木の葉が舞うと、牙は直撃せずに彼の腕を掠めた。お返しとばかりに、獣兵衛は刀を振る。剣閃が交差し、ケモノの体に十字の傷を刻み込んだ。 違うケモノは強烈な突進で神音を狙うが、裏一重を発動させた彼女には当たらない。その隙を、亜伊が狙い撃つ。死角からの銃撃が、雨のように脚や胴に降りそそいだ。 「亜伊さん‥‥避けて!」 ミルシェの声に反応し、亜伊は横に跳ぶ。直後、2筋の電光が奔った。1発目はケモノの頭部を掠めたが、2発目は直撃。その全身を電流が駆け巡った。 痺れるケモノを飛び越し、違うケモノが哲心に迫る。血に飢えた牙を副兵装の刀で受け止めると、金属音と共に火花が散った。 「こいつで仕留める‥‥響け、豪竜の咆哮。穿ち貫け―――アークブラスト!」 空いた手をケモノに密着させ、超至近距離からの攻撃。閃光を伴う電撃が、胴を撃ち抜いて吹き飛ばす。追撃の電撃が頭部を射抜くと、ケモノは地面を転がって力尽きた。 罠から抜け出したケモノが2匹、亜伊に跳びかかる。反射的に後ろに跳び退いたが、牙が頬を掠め、腕を浅く抉った。その2匹を吹き飛ばすかの如く、神音が突きを打ち込む。 「サンキュ、神音! コイツで鉢の巣に‥‥したら喰えなくなるよな」 吹き飛んで行く2匹のケモノを、亜伊が狙い撃つ。フェイントを絡めた銃撃が頭部と心臓を正確に撃ち抜き、その命を断った。 残るケモノは3匹。ヤケを起こしたのか、屋台に向かって突進を始めた。 「おぬしら、往生際が悪いのう!」 「そっちは通行止め!」 獣兵衛は体内の気の流れを操作し、一気に加速してケモノの正面に回り込む。銀色の閃光が奔ると、1匹は捌かれて肉塊と化した。 風葉はケモノの動きを先読みし、その進路に白い壁を呼び出す。カウンター気味に出現した壁が突進を阻害し、屋台への被害を防いだ。 壁の出現で動きを止めたケモノは、絶好の的でしかない。カズラは式を鏃状に変形させて飛ばした。2匹の周囲を飛び回りながら、全身を斬り刻んでいく。 更に、からすの放った矢が急加速し、ケモノの脚と頭を射ち抜いた。ゆっくりと、糸が切れた人形のようにケモノが倒れる。 「私も‥村人さんのために‥‥私も!」 電光が、最後のケモノに向かって奔る。ダメージが蓄積している今、電流に耐え切れるだけの力は残っていない。土煙を上げながらケモノが倒れた時、周囲に動くモノは残っていなかった。 ●本当の祭りは、ここから始まる 「祭りだ〜〜〜!!」 広場に村人の声が響く。ケモノが退治されてから約半刻、知らせは一気に広がり、収穫祭が再開されたのだ。無論、今回の功労者の8人も一緒である。からすを先頭に、村の大人達と協力してケモノを運んで行く。 「さて‥‥始めようか。命の糧に感謝を」 全員がケモノに向かって手を合わせ、祈りを捧げる。それから数分後、広場には大量の猪肉が出現した。 「こいつら食えるなら、結構な量になるな。まずは味を見てみない事には始まらんが」 哲心は肉の切れ端を焼き、口に放り込んだ。俗に言う、毒見である。食べられる事を確認すると、軽く笑みを浮かべながら仲間にOKサインを送った。 「おし、猪と言えば、ぼたん鍋で決まりだぜ! 野菜の飾り切りは俺に任せな!」 亜伊の薄刃包丁がまな板の上で踊り、見る者を惹き付ける。華麗な包丁捌きに、周囲から歓声が上がった。 カズラとからすは、手際良く肉を鍋用に加工していく。からすの山姥包丁から血が滴って少々怖いが。 「ミルシェおねーさん、神音達も頑張ろうね!」 「お料理は‥上手いとは言えませんが、是非、手伝わせて下さい‥‥」 別の調理台では、神音とミルシェの調理が始まっていた。作るのは『神音特製すてーき』らしい。肉の臭みを抜き、柔らかくし、下味。その調理方法に、ミルシェは感心しながらメモを取っている。 調理場が盛り上がる最中、獣兵衛は広場を歩き回っていた。その視線は、広場の外に向けられている。万が一に備え、周囲を警戒しているのだ。咥えた煙管から、煙草の煙がプカプカと浮かぶ。 歩き回っているのは、もう一人。菜食主義の風葉だ。屋台を回りながら、食べ物を物色していく。 「ん、栗ごはんも美味し‥‥あ、枝豆もちょーだい?」 彼女が満足気に枝豆を頬張り、空が茜色に染まり始めた頃、広場全体に肉の匂いが漂い始めた。ぼたん鍋と、特製すてーきの完成である。それを村人に振舞うと、笑顔と喜びの声が溢れた。 そこからは、盛大な宴会の始まりである。騒ぎ、歌い、食べ、笑い、喜びと活気が満ちる。 料理を食べ終えたミルシェは、自分が人の輪の中にいる事に気が付いた。恥ずかしさの余り、その場を離れて隅へ移動して行く。 (‥いつか、あの輪の中に‥‥入ってみたい、なぁ‥) 笑い合う神音達を眺めながら、ミルシェはそんな事を考えていた。 「この時期からが鍋の美味しい時期よね〜〜」 ぼたん鍋に舌鼓を打つカズラ。お燗していた酒を杯に注ぐと、獣兵衛と哲心にも勧める。その酒を受け、三人の杯が満たされると、軽く乾杯して口を付けた。 「月とぼたん鍋を肴に一杯、か。風流じゃのう」 笑みを浮かべ、獣兵衛は杯を傾ける。空になった杯に再び酒が注がれると、水面に月が映った。 「元気な猪と、そのお肉で元気になった村の人たちに乾杯。べんべん」 一人呟きつつ、村の外れで三味線を弾く風葉。視線の先で輝く月は、見事な程の満月だった。 |