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■オープニング本文 薄暗く、広い室内。集会所のような場所に、大勢の人が集まっている。その数、約50人。 「諸君! とうとう、我々が立つ日が来た!」 部屋の一番奥。演説台のように高くなった場所に立つ、30歳前後の男性。彼の言葉に呼応するように、その場にいる全員が声を上げた。 「我等は、誇り高き天儀の民! 他の儀の文化や風習など、取るに足らん!」 根拠も理由も無く、天儀以外の文化を否定する男性。良い子の皆には、聞かせたくない内容である。 「敢えて言うならば……カスだっ!」 会場から一際大きな声が上がった。どうやら、ここに入る全員が、壇上の男性と同じ考えのようである。ある意味、嘆かわしい。 「手始めに、バレンタインなる悪しき習慣を叩き潰す! 男女間で甘味を贈るなど…言語道断!」 恨みを込めるように、男性は何度も台を叩く。話の趣旨が変わっているように聞こえるのは、気のせいだろうか? 「行くぞ! 甘味を貰えぬ我等の怒り、浮かれた者共に喰らわせてやろう!」 拳を振り上げ、会場から出て行く男性。その後ろを、50人が追う。 結局の所……モテない者のヒガミが大爆発しているだけのようだ。ハタ迷惑極まりない集団は、奏生の街へと消えて行った。 |
■参加者一覧
檄征 令琳(ia0043)
23歳・男・陰
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
向井・奏(ia9817)
18歳・女・シ
四方山 揺徳(ib0906)
17歳・女・巫
鉄龍(ib3794)
27歳・男・騎
エラト(ib5623)
17歳・女・吟
にとろ(ib7839)
20歳・女・泰
古雅 京(ib7888)
16歳・女・砂 |
■リプレイ本文 ●嵐の前の静けさ バレンタイン当日。奏生の街を行き交う人々は、どこか楽しそうな雰囲気が漂っていた。甘い食材が豊富なこの街では、菓子への加工も盛んである。店頭に並ぶ菓子の種類も多く、バレンタインには最適の街かもしれない。 「くだらない……こんなイベントも、右往左往する人間も」 周囲を見渡しながら、興味無さそうに言葉を吐く檄征 令琳(ia0043)。あくまでも無関心を装っているが、発言には若干の僻みが含まれているようだ。 「喜んでる奴も居る事だし、良いんじゃないか? アイツ等の仲間になりたくないだろ?」 そう言って、鉄龍(ib3794)は『赤と白の薔薇が描かれた、黒いバンダナ』を巻いた男達を親指で指した。数年後のバレンタインで、令琳が同じバンダナを巻いていたら洒落にならない。 バンダナの男達は2手に別れると、片方は人気の少ない路地裏の方へ消えて行った。 「とりあえず、俺はアイツ等を追ってみる。お前はどうするんだ?」 鉄龍は路地裏の方に足を向けながら、令琳に視線を向けて声を掛ける。 「私は、私の仕事をするだけですよ。お互い、周囲に怪我をさせないよう気を付けましょうか」 言葉と共に、不敵な笑みを浮かべる令琳。鉄龍もニヤリと笑うと、路地の奥へと消えて行った。彼とは対照的に、令琳は大通りを進んで行く。2人の行き先は違うが、目指している事は同じだろう。 ●決行の狼煙 「今こそ、拙者の桃色の頭脳から漏れ出した素敵作戦…その名も『偽利血与殺作戦』を決行する時でござる!」 往来のド真ん中で拳を握りながら叫んでいるのは、四方山 揺徳(ib0906)。賑わっている街中でも若干目立っているが、それを気にしている者はほとんど居ない。 「素晴らしい作戦でゴザルな。必殺の妙案を持って、彼らを血の……もとい、チョコの海に沈めるとするでゴザル!」 彼女同様、向井・奏(ia9817)も猛烈にヤル気を見せている。若干危険な事を口走っているが、気にしたら負けである。 「四方山さんと向井さん、ノリノリですね。作戦は面白そうなので、私も参加しますが」 揺徳と奏を見守りながら、エラト(ib5623)は優しい笑みを浮かべた。その手に持った紙袋の中には、大量のチョコが入っている。 天儀に於いて、チョコレートはまだまだ『一般的な食べ物』ではない。エラトと揺徳がチョコを持っていなければ、天儀で調達するのは難しかっただろう。 「楽しい作戦になりそうですが、やり過ぎに注意しないといけませんね」 「相手が志体持ちやアヤカシなら、ボコボコにして黙らせるんだが……そうもいかないからな」 そう言って、古雅 京(ib7888)と水鏡 絵梨乃(ia0191)は苦笑いを浮かべる。ハタ迷惑集団とは言え、相手は一般人。開拓者が本気を出したら、大惨事は免れないだろう。 「さぁ、行くでござるよ! 東や西に、愛の手やら破滅を提供しに!」 「ハタ迷惑な集団は、天に代わって拙者達が成敗するでゴザル!」 意気揚々と走り出す、揺徳と奏。ハイテンション過ぎるのがマイナスに作用しそうで、ほんの少しだけ不安である。 「元気で可愛いね、あの2人。作戦前に、抱き締めておけば良かった…!」 2人の背中を見送っていた絵梨乃は、俯いて拳を握った。その表情は、心底悔しそうである。 「私達も、そろそろ始めましょうか。物騒な方が居る事ですし…ね」 言いながら、京は視線を大通り脇の軒下に移す。そこには、怪しい風体の男性数人が周囲を見渡していた。勿論、頭には例のバンダナが巻かれている。 「では、街に被害が出る前に、さっさと捕まえますか」 エラトの言葉に、3人は顔を見合わせる。紙袋からチョコの入った箱を取り出すと、彼女達は軒下に向かって歩き始めた。 ●偽利血与殺作戦 軒下に立つ、異様な雰囲気を放つ集団。その数、約15人。 「あの…これ、愛の御裾分です。受け取って貰えますか?」 満面の笑みでチョコを差し出す京。突然の出来事に、正面に居る男性は彼女と箱を交互に見比べた。 「え…僕!? 本当に!?」 戸惑いながら、男性は裏返った声を出す。京が笑顔で頷くと、男性はゆっくりと箱に手を伸ばして大事そうにソレを受け取った。 「貴方達もどうですか? 今日はバレンタインですから、特別です」 「そういう事。遠慮しなくて良いよ?」 更に、エラトと絵梨乃が2個ずつチョコを手渡す。予想外のプレゼントに、飛び上がって喜ぶ男性達。当然、残ったメンバーからは嫉妬の視線が向けられている。 「お前ら…俺達を裏切る気か!?」 吼えるような怒りの声を上げる男性。モテない男の僻み、大爆発である。 「ぼ…僕は、仲間よりも『女の子からの贈り物』の方が大切なんだな! コレは、誰にも渡さないんだな!」 胸にチョコを抱きながら、気弱そうな青年が叫ぶ。チョコを貰えなかった男性達のイライラは最高潮に達し、全力で殴り掛かった。それが引き金になり、集団の同士討ちと化す。 チョコを貰った青年の一人が、腹に箱を抱えてうずくまった。その背に、モテない男達の蹴撃が降り注ぐ。京は素早く身を翻すと、男性の顎の先端を程よい角度と威力で打ち、脳を揺らした。不意討ちを喰らった男性は、意識を失って崩れ落ち、地面に横たわる。 「うふふ……貴方は純粋な方なのですね。ですが、情熱を向ける方向を間違えては駄目ですよ?」 感情が昂り、笑いを零し始める京。彼女が加勢した事で勇気付けられたのか、一方的にやられていた青年達が反攻を始めた。その様子に、野次馬達は大盛り上がりである。 「お前、その紙袋はチョコだな!?」 「よこせ! 俺達が貰ってやるゼ!」 大通りで大乱闘が展開されている最中、裏通りに続く細い路地で少女が2人の男性にからまれていた。無論、その頭には例のバンダナが巻かれている。 「情けない連中だな。女性に対する礼儀を知らんのか?」 それに気付いた絵梨乃は、人知れず路地に入って男性の後ろから声を掛けた。彼女の発言に、男性達は不機嫌そうに振り向く。 「んだ、テメェは! 邪魔すんなら、容赦しねぇぞ!」 脅しの言葉と共に怒りの視線を向けるが、彼女はそれを一笑に付す。馬鹿にされて逆上したのか、男性は近くにあった角材を握り、絵梨乃に向かって振り下ろした。 それに合わせて、絵梨乃は左足で地面を踏み締め、右足を高く上げて足底で蹴りを放つ。次の瞬間、鈍い音と共に角材が蹴り折られて残骸が地面を転がった。 呆気にとられている隙に、絵梨乃は男性の腹部に拳撃を叩き込む。2人の体が『く』の字に折れ曲がり、崩れるように地面に伏した。そのまま、絵梨乃は少女に歩み寄って手を貸し、彼女を立ち上がらせる。 「このままキミとバレンタインを過ごしたいけど……残念ながら、今日は時間が無くてね」 「あ、待って下さい! これ、お礼に」 立ち去ろうとする絵梨乃に、少女は紙袋から芋羊羹を差し出す。絵梨乃はそれを笑顔で受け取って少女の頭を優しく撫でると、男性2人を引きずりながら大通りに戻って行った。 「そろそろ頃合いですね。これ以上したら、大怪我になりそうですし」 苦笑いを浮かべながら、エラトはリュートに指を伸ばす。演奏と歌声が周囲に響き、バンダナ集団を眠りの底に誘った。大乱闘をしていた男性達が、次々に地面に崩れ落ちていく。 「過ちは正す事が出来ます。悔い改め、人として成長して来て下さいね?」 眠る青年の頭を優しく撫で、京は一人呟く。縄を取り出し、京とエラトは次々に団員を縛り上げた。合流した絵梨乃も、それを手伝う。 「皆様、お騒がせして申し訳ありませんでした。不埒な輩は捕まえましたので、もう安心です」 野次馬に向かって、礼儀正しく頭を下げるエラト。その瞬間、今までで一番大きな歓声が起きた。 ●続・偽利血与殺作戦 「いやぁ、こんなにたくさん食べられますかね♪」 両手でたくさんの箱を抱えながら、笑顔で道を歩く令琳。その背中に、殺意にも似た視線が5つ突き刺さる。言うまでも無く、バンダナ集団である。令琳が角を曲がって路地に入ると、5人は一気に距離を詰めて襲い掛かった。 令琳の表情が一瞬で冷たくなり、集団に箱を投げ付ける。軽く指を鳴らすと、集団の周囲に小さな式が出現して2人の手足に絡みついた。驚愕している隙にも式が出現し、更に2人の手足を拘束する。残った1人が逃げ出そうとした時には、もう遅い。式が全身を拘束し、その動きを封じた。 無様に地面を転がる5人を見下ろしながら、令琳はゆっくりと歩み寄る。散らばった箱を1つ拾い上げると、潰して見せた。 「空っぽなんですよ。私も、ね」 開いた掌から、箱の残骸が零れ落ちる。その中に、チョコや菓子等は見当たらない。空いた手を剣の柄に伸ばすと、全身から殺気が噴出した。 悪人に対して厳しく、容赦の無い令琳。それは、相手が『恐怖で顔を歪めながら、手足を拘束されて地面に転がっている』状態でも例外ではない。 だが、令琳は不意にニッコリと笑みを浮かべた。 「なんてね、私も貴方達と同じなんです。まったく人気がないのですよ」 殺気を押さえ込み、穏やかに話しかける。バンダナ集団は涙を流しながら、コクコクと頷いた。 同時刻。 路地裏の先にある、薄暗い集会所。そこの扉が、勢い良く開け放たれた。 「報告します! 街中の同志達が、次々に捕まっています!」 「何だと!? 我等の計画を邪魔するとは……何者の仕業だ!!」 怒りの表情で机を叩く男性。直後、扉の外から1人の男性が吹き飛ばされて来た。そのまま、床の上をゴロゴロと転がる。 「こんなトコに隠れてやがったのか…」 「誰だ!?」 ゆっくりと扉をくぐる鉄龍。その場に居た全員が、彼に向かって怒りの眼差しを向けている。 「お前がリーダーか? 悪いが、邪魔はさせん」 言いながら、鉄龍は主犯格の男性を指差す。男性は奥歯を噛み締めながら、周囲に檄を飛ばした。 「我等の障害となる者は、誰であろうと血祭りにあげてしまえ!」 その号令に従い、青年達が鉄龍に群がる。鉄龍は不敵な笑みを浮かべると、青年達の攻撃を避けながら手刀を繰り出した。それが意識を刈り取り、腹部への打撃が青年達を次々に倒していく。ほんの数分で、その場に居た集団は全て地に伏した。 「ば…馬鹿な!?」 驚愕の表情を浮かべながら、後ろに下がる主犯格。鉄龍は床を蹴って一気に間合いを詰め、刀の峰打ちを放った。 「相手が悪かったな。俺は菓子みたいに甘くない…奉行所で頭を冷やして来るんだな」 主犯格が崩れ落ちる中、静かに言い放つ鉄龍。その言葉が耳に届いたかは、定かではない。 ●終・偽利血与殺作戦 「そこのバンダナなお兄さん、チョコは如何でゴザルか?」 6人組みのバンダナ男性に向かって、奏と揺徳がチョコを差し出す。満面の笑みも相まって、魅力5割増である。 にも係わらず、男性は差し出されたチョコを手で払い除けた。更に、地面に落ちた箱を何の躊躇いも無く踏み付ける。 「天儀男児に甘味など不要…悪しき風習など、言語道断!」 侮蔑の表情を浮かべながら、意味不明な発言をする男性。奏と揺徳は驚愕の表情でゆっくり顔を見合わせると、深く頷いた。 「OK、上等でござる! 婦女子の好意を無下にするとは不届き者め! 恥を知りつつ拙者の靴を舐めろでござる!」 揺徳の鉄拳が男性の顎を捉える。奏の峰打ちで男性が崩れ落ちる。それは、一方的だった。2人の少女に手も足も出せず、ボロ雑巾のようになっていく男性達。傍から見たら、どっちが悪者か分からない光景である。周囲に人が居ないのが、せめてもの救いだろう。 ボロボロになり、無様に這い蹲る男性達。その一人が、揺徳の足を弱々しく掴んで舌を伸ばした。 「ギャー! 誰が本当に舐めろと言ったでござるかー!」 悲鳴を上げながら、ゲシゲシと蹴りまくる揺徳。男性の意識は、完全に闇の中に落ちて行った。 「チョコでチョコを洗うような争いをして欲しかったが…残念でゴザル」 同士討ちを期待していた奏は、残念そうに周囲を見渡す。ため息を吐きながらも、縄を取り出して手際良く男性を縛り上げた。そんな彼女の目に、例のバンダナをした少年の姿が留まる。 「む、そこの少年! このチョコをあげるから、情報を洗いざらい話すでゴザル。良い子ダカラー」 叫びながら一気に距離を詰め、首に腕を回してチョコを突きつけた。少年は、困ったような照れたような複雑な表情を浮かべながら俯く。 「え!? あの…僕、無理矢理参加させられたから、詳しい事とか良く知らなくて…」 口篭るような少年の言葉に、奏は軽く肩を落とした。彼の事情を考えれば、何も知らないのは仕方ない事かもしれないが。 「むぅ…それなら仕方ないでござるな。さあ、拙者達と楽しくて暗くてジメジメした所に行きましょうでござるー」 そう言って、揺徳は少年に笑顔で手を差し伸べた。奏も手を差し出し、半ば無理矢理気味に3人で手を繋いで歩いて行く。その後ろには、縄で縛られて引き摺られている男性達の姿があった。 ●甘い結末 「やれやれ…良くこれだけの同志を集めたもんだな」 奉行所に集められたバンダナ集団を見渡しながら、軽く苦笑いを浮かべる鉄龍。一気に50人近い罪人が連れて来られ、奉行所は大忙しである。 「男だけの暑苦しい集団だけどね。可愛い娘でも居たら、楽しい仕事になったのに」 芋羊羹にかぶりつきながら、絵梨乃は残念そうに肩を下ろす。もし彼女好みの可愛い娘が居たら、違う意味で大変な事になりそうだ。 「これだけ男が居るのに、容姿端麗な者が居ないのは納得いかないでござるー!」 絵梨乃以上にガッカリしているのは、揺徳である。男前を期待していたのだが、モテない集団に美形が居るワケが無い。 「これに懲りたら、二度と馬鹿な事をしないで下さいね? 今度は、手加減しませんよ?」 目覚めたバンダナ集団に、笑顔で語りかけるエラト。その瞳が全く笑っていないため、男性達は牢の中で恐怖で身を震わせた。 「余ったチョコは、皆さんへの差し入れです。『愛の御裾分け』ですからね」 対照的に、京は笑顔でチョコを配る。まるで『アメとムチ』だが、エラトも京もそれを全く意識していないだろう。 「1人1粒くらいは渡りそうでゴザルな。これで万事解決でゴザル」 奏はエラトを手伝いながら、バンダナ集団にチョコを配って行く。中には、受け取りを拒否する頑固者も居るが…。 「もし本当に、本気でチョコが欲しいのであれば、心からお願いすればいいのですよ。『ください』と。もちろん、貰える努力はしないといけませんけどね」 牢の中の男性達に向かって、諭すように語り掛ける令琳。言いながら、自分がそれを出来ていない事に気付いて苦笑いを浮かべる。 街への被害は無くバレンタインの無事は守られたが、来年はハタ迷惑集団が発生する事無く、平和に過ぎる事を願わずにはいられない。 |