世界の舵を取り、天を照らし
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 3人
リプレイ完成日時: 2015/04/15 19:19



■オープニング本文

 天儀歴1015年、3月末。安州ギルドの片隅で、克騎は荷物の整理をしていた。不要になった書類を破り捨て、必要な資料は場所を移し、私物は纏めて袋に投入。
 数十分もしないうちに、克騎の使っていた机は綺麗サッパリ片付いた。まるで……最初から誰も居なかったように。
「もうすぐ、このギルドともお別れなんですね…」
 誰に聞かせるワケでもなく、独り呟く克騎。一応断っておくと、彼はギルド職員の資格を失ったり、クビになったワケではない。
 ただ…長い旅にでる事が決まったのだ。いつ帰れるか分からない、長い長〜い旅に。
 世界は今、不安定な状況にある。アヤカシの脅威は激減し、平穏が訪れたが…残された傷跡は深く、復興は『順調』とは言えない。被害を受けた範囲が広過ぎるため、人手も資材も足りていないのだ。
 開拓者が手を貸そうにも、依頼が無ければ動けない。だからと言って、不特定多数の開拓者がボランティアとして復興に参加したら、依頼で動ける者が減ってしまう。
 被害に遭った者も、遭っていない者も…一般人は全て救いたい。解決策として、安州ギルドは『少人数の救護班』の編制を決めた。
 開拓者達の判断で行動し、復興や救護を補佐する部隊。今回は試験的導入だが、需要が多ければ部隊数や人員の増強も予定している。その部隊に、克騎は連絡役として参加する事になった。
 主にギルドや自治体、業者と連絡し、活動をサポートする役割。これは開拓者達が担当する事も出来るが、彼等には実務に集中して欲しい……そういう想いもあるのだろう。
 恐らく、この活動は人々を導く『舵』となり、暗い『天』地に光を射して明るく『照』らすだろう。
 行先や帰還時期は決まっていないし、まだ団員も決まっていない。人助けを強制しても意味は無いし、開拓者達の意志を最大限に尊重するために。
 だから…克騎は『最後の仕事』として、依頼書を掲載した。


■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067
17歳・女・巫
劫光(ia9510
22歳・男・陰
琥龍 蒼羅(ib0214
18歳・男・シ
玄間 北斗(ib0342
25歳・男・シ
ドミニク・リーネ(ic0901
24歳・女・吟
芦澤あやめ(ic1428
16歳・女・巫


■リプレイ本文


 春風が頬を撫でる中、祖父の墓に花を供える琥龍 蒼羅(ib0214)。墓石の上から静かに水を掛け、手を合わせて冥福を祈った。
(俺の開拓者としての始まりは、この場所だったな…)
 瞼の裏に蘇る、過去の記憶。蒼羅の祖父は、剣の師匠でもある。彼が墓参りに来たのは、初心を思い出すためかもしれない。
 蒼羅は目を開けると、桶と柄杓を返して家路に着く。旅立ちの準備は既に終わっているし、出発日まで特に予定も無い。普段通りの日々を過ごす事になるが…以前と比べて『変わった点』が1つ。
「おはようございます。本日も、御指南をお願い致します」
 蒼羅が剣術道場に顔を出すと、1人の少女が丁寧に頭を下げてきた。彼女の名は、瑞楓。蒼羅に助けられた事が切っ掛けで開拓者となり、半ば強引に弟子入り。今では、稽古をするのが日課と化しつつあった。
「残った時間は限られているが、お前なら抜刀術の基礎は習得できるだろう。そこから『先』は、自らの手で作り上げていくもの……分かるな?」
「はい!!」
 蒼羅の言葉に、瑞楓が力強く返事をする。彼女は生真面目だし、筋も悪くない。基礎をしっかり叩き込めば、将来は有望な開拓者になってくれるだろう。
 それに…瑞楓なら受け継いだ剣術を基にして、独自の技を築き上げれると信じている。かつて、蒼羅がそうだったように。
 残された時間で基礎を叩き込むため、蒼羅は竹刀を構えた。


 長期間の旅となると、相棒をどうするかも問題になってくる。柊沢 霞澄(ia0067)は相棒を集め、その事について話し合っていた。
「それでは・・紅焔の世話はお願いしますね、麗霞さん・・」
 彼女の言葉に、上級からくりの麗霞が溜息を漏らす。その姿は、霞澄と瓜二つ。双子と言っても過言ではない。
『本当は私も一緒に行きたいのですが…仕方ありません。お帰りをお待ちしております』
 言いながら、麗霞は轟龍の紅焔をそっと撫でる。紅焔は言葉を話せないが、気持ちは麗霞と同じ。燃えるような瞳が、寂しそうに潤んでいる。
「ヴァルさんは、お付き合いをお願いします・・」
『うむ、何かあったら頼るが良いぞ』
 霞澄が宝珠を覗き込むと、宝狐禅のヴァルコイネンが顔を出す。長旅なら荷物は少ない方が好ましいし、宝珠1つなら場所も取らないだろう。
 改めて、霞澄は相棒達に頭を下げた。今まで共に戦ってくれた事に感謝し、これからも共に居て欲しいという気持ちを込めて。
『霞澄様、もう旅の準備は終わったのですか?』
「ええ。普段の依頼と特に変わる所はありませんし・・挨拶をする人は特に居ませんから・・」
 麗霞の質問に、笑顔で言葉を返す霞澄。着替えや必需品は若干多めに準備したが、家財道具を処分する気は無い。少し長期の依頼…そんな感覚なのだろう。
 笑顔の裏に、ほんの少しだけ寂しさが隠れているのを、麗霞は見逃さなかった。


 陽が西の空に落ち、夜空に星が見え始めた頃、町外れの酒場に劫光(ia9510)とアグネス・ユーリ(ib0058)の姿があった。
「あんたから誘ってくるなんて、珍しいわね。何かあったの?」
 酒を飲みつつ、質問を投げ掛けるアグネス。突然飲みに誘われたが、理由は全く思い付かない。劫光は酒を一口飲み、真っ直ぐな視線を返した。
「ちょっと…話したい事があって、な」
 そう言って語り始めたのは、彼自身の事。依頼で長旅に出る事、天儀に来る前の事。そして…開拓者になる前の出来事も。
 誰にも話した事の無い、幼少期の記憶…彼は、アヤカシに妹を殺された。その恨みを晴らすように…八つ当たりするように、アヤカシを倒す事だけを考えていた。命を失う事を恐れず、ただ怒りと復讐心に任せて。
 それが、ある時期を境に変わった。いや…『気が付いたら変わっていた』と言った方が正しい。今は、命を粗末にする気は微塵もない。それどころか…他人を『想う』気持ちが芽生えている。
「俺は、旅に出る。自分の意志で…最初から最後まで、やりたい事をやるために」
 本当は、『一緒に行こう』と誘いたかった。だが…劫光は復讐心から解放され、ようやく『自分』を取り戻したばかり。そんな不安定な状態では、誘いの言葉など言えない。
「何があっても必ず生き抜いて、絶対帰ってくる。そん時、まだお前が一人なら…」
 一瞬、言葉に迷った。自分の気持ちを伝えるには、何と言えば良いのか。最適な言葉が見付かった時、劫光は微笑んでいた。
「迎えにきてやるよ」
 自分の想いを込めた、精一杯の告白。他人に想いを伝えたのは、久しぶりの事である。数秒の沈黙の後、アグネスはゆっくりと口を開いた。
「で? あたしが黙ってついてくと思ってるの?」
 呆れ気味な、溜息混じりの返答。手痛い反撃は覚悟していたが…ここまで厳しい言葉を返されるとは、完全に予想外である。
「ま、好きなことしてきたらいいわ。あんた色々背負いすぎよ。全部手放して、思い切り暴れたら違う世界が見えるかもね」
 素気なく答えるアグネスだが、これが彼女なりの『餞の言葉』なのだろう。それに気付いた劫光は、思わず苦笑いを浮かべた。
「帰ってきたら、『違う世界』ってのをたくさん話してやるよ」
 湿っぽい別れは、お互い好きではない。また会う約束をして、2人は夜遅くまで酒場で語り合った。


 ある晴れた昼下がり、町中に荷車の音が響く。台車を引いているのは、玄間 北斗(ib0342)。『縁生樹』と書かれた民宿に到着すると、台車を停めて住居側の玄関を開けた。
「こんにちは〜、なのだぁ〜」
 おっとりした独特の声が、室内に響き渡る。数秒後、廊下の奥から明王院 浄炎(ib0347)が姿を現した。
「玄間…旅の準備は進んでいるか?」
 彼は北斗と親交が深く、被災救援部隊の事も聞いている。その大変さが分かるため、北斗の事が気になっているのだろう。
「順調なのだぁ。それで、旅に持って行けない生活用品を預かって貰いに来たのだぁ」
 言いながら、外の荷台を指差す北斗。霞澄とは逆に、彼は家を徹底的に整理したようだ。。
 早速、2人は台車から大量の荷物を下ろし、住居に搬入。ほんの数分で、積荷の移動は完了した。
「時々便りを送るし、帰っても来るから、宜しくなのだぁ〜」
 笑顔で手を振り、来た道を戻って行く北斗。その背中を、浄炎は複雑な表情で見送っていた。


 月日が過ぎるのは、意外に早い。出発当日の朝、克騎はドミニク・リーネ(ic0901)の自宅に向かっていた。
 事前に、彼女からは『寝坊しないよう迎えに来て欲しい』と頼まれている。万が一に備え、30分ほど早めに到着したのだが…。
「おはようございます、克騎さま♪」
 意外にも、ドミニクは起きていた。しかも、赤いドレスと同色の装飾品で身を包み、準備万端で。
「おはようございます。どうやら、遅刻の心配は無いみたいですね」
「だってこの街とのお別れの日ですもの。寝過ごしてる場合じゃないでしょ?」
 満面の笑みを返しながら、自宅の横を指差すドミニク。克騎が視線を向けると、そこには大量の荷物が置かれていた。ご丁寧に、大きな荷車も。
「えっと……マイシスター・ドミニク? この、山のような大荷物は…?」
「ほとんどの持ち物は処分したのだけど、楽器はどうしても手放せなくて…ほら、行った先でどれが必要になるか分からないでしょう?」
 彼女の意見にも一理あるが…楽器に加え、何故か弁当や酒、ゴザまで荷物に含まれていたりする。
「どうせなら、移動中も楽しく過ごしたいの♪」
 克騎が質問するより早く、ドミニクが口を開いた。そのまま、バラの花束と竪琴を手に取る。
「さ、早く参りましょう? お目にかかったことのある方が一緒だと心強いわ♪」
 最小限の荷物を持って、ドミニクは微笑んで見せた。こんな表情をされたら、文句や苦情は言えない。苦笑いを浮かべながら、克騎は荷物を積み始めた。


「それでは、失礼致します」
 旅立ちの朝。芦澤あやめ(ic1428)はお世話になった人を訪ね、別れを告げていた。天儀で縁のある者は少ないため、時間はかからない。加えて、厚情の礼は前日までに済ませているため、今日は『別れの挨拶』だけである。
 用事を済ませ、あやめは集合場所に向かって歩き始めた。
(長い旅になりそうですが…あの方達と一緒なら、自分の心と体を存分に使えるかもしれません)
 彼女は天儀に来てから、自身の『開拓者の力』を使える場所を探してきた。小隊に参加し、拙いなりに必死で役割を務めてきたが…大戦は終了。平和は喜ばしい事だが、居場所を失ったような喪失感も若干感じていた。
 そんな折に、今回の依頼を発見。開拓者として経験は浅いが、世界に『残された傷跡』が浅くない事は日々感じている。それを救う手助けが出来るなら、自分の力を活かせる機会もあるのではないか。あやめは、そう信じていた。
 思案を巡らせる間に、彼女は集合場所の安州ギルドに到着。時間前という事もあり、周囲に開拓者の姿は無い。あやめは荷物を置き、巫女の経本を開いた。
「あら、わたくしが一番乗りかと思ったのですが、お早いですね。あなたは確か…」
 数分もしないうちに声を掛けられ、あやめは急いで顔を上げた。視線の先に居たのは、ドミニク。面識はほとんど無いが、依頼の参加者だという事は知っている。
「巫女の芦澤あやめと申します。よろしくお願い申し上げます」
 共に『戦う』同志の顔を見詰め、あやめは丁寧に自己紹介をして頭を下げた。それに釣られるように、ドミニクも頭を下げる。互いの自己紹介が終わった頃、荷車と克騎も到着した。


 時を追う毎に、続々と集まる開拓者達。その1人1人に、あやめは自己紹介をしている。
 遠くから聞こえる、仲間達の声。それが耳に届き、蒼羅は足を止めた。
「瑞楓、見送りはここまでで良い。初依頼に遅刻するわけにはいかないだろう?」
 奇しくも、今日は瑞楓の初仕事。依頼が無ければ蒼羅の姿が見えなくなるまで見送りたかったが…仕方ない。
「私も貴方のように、誰かを護れるような開拓者になってみせます」
 蒼羅を真っ直ぐ見詰め、最後の言葉を掛ける瑞楓。その瞳に、一片の迷いも無い。
「そうか…次に会う時は、立派な開拓者となった姿を見られるのを楽しみにしていよう」
「約束、しましたから」
 数秒の沈黙。最後に、蒼羅は瑞楓の頭を優しく撫でた。
「行って来る」
 そのまま、蒼羅は振り返らずに歩き出す。瑞楓は彼に背を向け、依頼の場所へ走り出した。


 集合時間の10分前、依頼に参加する6人が全員揃った。ここからは大型の馬車で移動する事になるが、荷物の積み込み等で若干の時間がある。その間、開拓者達は見送りに来てくれた知人と、別れの言葉を交わしている。
「2人共、見送りに来てくれて、ありがとうなのだ」
 北斗は嬉しそうに微笑み、浄炎と十野間 空(ib0346)に感謝を述べる。元気な北斗とは対照的に、2人の表情は暗く沈んでいた。
「申し訳ありません。玄間さんに全てを押し付けるような形になってしまって…」
 仕事と家族を守るため、空は天儀とジルベリアを行き来している。自分だけは天儀に留まり、北斗を『先の見えない救援活動』に送り出す事を、空は気に病んでいた。
 それは、浄炎も同じである。この依頼の志には賛同しているが、愛妻や子供達と小料理屋兼民宿を経営しているし、孤児を育てているため長期活動への参加は難しい。
「2人が長らく勤めから離れるのは、大きな損失なのだ。ここは、風来坊のおいらに任せておくのだ!」
 2人の状況を理解し、天儀に留まる事の大切さを強調する北斗。彼等3人が所属する小隊で、依頼に参加する人選に苦悩していた時、北斗は笑いながら『おいらが行く』と立候補した。あの時の事は、今でも心に強く焼き付いている。
「応援が必要になったら、必ず駆け付ける。無論、孤児らを立派に育てる事も約束しよう」
「私もです。前から検討していた、復興に必要となる領内運営や、農耕の経験などを積みたいと言う有志の受入れについて…最善を尽くします」
 見送りに来たが、逆に励まされた浄炎と空。『遠く離れていても必ず助ける』という約束を交わし、2人は手を差し出した。その表情は、さっきと違って晴れ晴れとしている。
 同志の力強い言葉を聞き、北斗は満面の笑顔を浮かべて手を取った。
「孤児や有望な子を見付けたら連絡するから、便宜を図って欲しいのだ。『未来の担い手を育てる』って、一番大切なお役目をお願いしたいのだぁ」
 互いに顔を見合わせ、固い握手を交わす3人。今の彼等を見ていると、固い絆で結ばれている事が分かる。この旅が終わっても、北斗達の友情は変わらないだろう。
「アグネスさん…!」
 見知った姿を発見し、あやめは思わず声を上げた。アグネスは所属していた小隊の隊長であり、世話になった事も多い。あやめにとっては、目標としている人物でもある。
「元気で。自分の道を歩けるよう願ってる 」
 最後に顔を見れて、励ましの言葉も貰い、涙が込み上げそうになる。それを何とか堪え、あやめは深々と頭を下げた。
「ご縁を得た事、嬉しく思っております。本当にお世話になりました」
 嘘偽りの無い、心からの言葉。いつの日か、あやめもアグネスのように『顔を上げて歩める人』になるかもしれない。
「北斗さん達やあやめさん達を見ていると、少し羨ましいですね・・」
 呟くように、霞澄が言葉を漏らす。人付き合いは得意ではないが…本当は、誰かに見送りに来て欲しかったのかもしれない。それに気付いた麗霞は、霞澄に内緒で見送りに来ていた。
『そう思うなら、この旅でいい人を探せば良いのです』
「そんな簡単なものでは無いのですが・・えと、機会があれば・・」
 予想外のツッコミに、苦笑いを浮かべる霞澄。麗霞の言葉が本気なのか冗談なのか分からないが…霞澄自身、新しい出会いに少し期待していたりする。それ以上に、これまでの縁を大事にするつもりだが。
 全員の荷物が積み終わり、とうとう出発の時がやってきた。期待と不安を胸に、馬車に乗り込む開拓者達。克騎が手綱を操作すると、2匹の馬がゆっくりと走り出した。
 徐々に、見送りに来た人々や町が遠くなっていく。誰もが手を振って別れを惜しむ中、ドミニクは小宴会の如く、ホロ酔い気分で竪琴を爪弾いていた。
「何処へ行っても、わたくしは歌って踊って、日々を楽しく生きるだけ。気が向けば、天儀にもまた戻るかもしれないわね」
 言葉通り、ドミニクは楽しそうに微笑んでいる。別れの寂しさよりも、新しい土地へのワクワクが上回っているようだ。竪琴を置き、彼女はバラの花束を手に取った。
「それまで…皆様お元気で!」
 叫びながら、花束を投げ放つ。風圧でバラが散り、真紅の花弁が宙に舞った。
 1つの終わりは、新しい『何か』の始まりでもある。
 彼等6人が人々を導く『舵』となり、暗い『天』地に光を射して明るく『照』らす旅が、幕を上げた。