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■オープニング本文 「記念碑を作りましょう! 後世に残るような、立派な物を!」 若干興奮気味に叫び、克騎がギルド長の机を叩いて詰め寄る。そのイキオイに驚き、ギルド長は湯呑を落としそうになったが、何とかギリギリで耐えた。 代わりに…お茶が零れて机上の書類が大惨事になっているが。 『あ〜〜〜!』 克騎とギルド長、2人の悲鳴が重なる。急いで書類を退避させて水分を拭き取り、机も清掃。手早く作業を終わらせ、書類を乾かすために炭を熾した。 火鉢を囲みながら、ギルド長が溜息混じりに問い掛ける。『記念碑を作るとは、どういう意味だ?』と。 「最後の合戦から数ヶ月が経ちましたが、終戦記念と言うか…『平和の記念』があっても良いと思うのですよ」 アヤカシとの終戦直後、世界各国は歓喜に包まれた。記念行事や祝賀会的な催しは数件あったが、記念碑が作られた…という話は聞いていない。歴史的な偉業なのだから、目に見える形で記念を残すのは悪い事ではないが…根本的な疑問が1つ。 『それは、開拓者が請け負うべき仕事なのか?』。 ギルド長に質問され、克騎は静かに頷いた。 「アヤカシと人類が対等以上に戦えたのは、開拓者の力があったからです。ですから、彼等が作った物なら人々の心に深く響く……私は、そう考えています」 一般人にとって開拓者は憧れの対象であり、感謝や尊敬の念を抱いている者も多い。親よりも、教師よりも、高名な先人よりも、開拓者の言葉の方が印象に残るかもしれない。 「『平和の大切さを伝える』とか『過去の悲劇を忘れないために』という、難しい事を言う気はありません。ただ……」 そこまで言って、克騎は一旦言葉を切った。脳裏に浮かんでいるのは、開拓者達の姿。傷だらけになっても、悲しい想いをしても、アヤカシと戦う事を止めなかった『英雄達』の軌跡。 ギルドに配属されて以来、克騎は開拓者達の姿を間近で見てきた。時には、共に仕事をする事もあった。 だからこそ……。 「命を賭けて戦ってくれた『開拓者達の言葉』を、何らかの形で残したいんです…!」 それが、克騎の本心。平和の記念とか、人々の心に響かせるとか、そんなモノは単なる詭弁にすぎない。開拓者達の言葉を『目に見える姿』で残す事が、彼の願いなのだ。 静まり返った室内に、外の雑踏だけが遠くから聞こえてくる。数秒の沈黙の後、ギルド長は『好きにして良い』とだけ言い残し、書類を持って部屋を出て行った。 |
■参加者一覧 / 羅喉丸(ia0347) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 慄罹(ia3634) / 明王院 浄炎(ib0347) / 国乃木 めい(ib0352) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / 月城 煌(ic0173) / スフィル(ic0198) |
■リプレイ本文 ● 「それでは皆様…後はよろしくお願いしますね」 「任せといてよ! 未来まで残るような言葉を刻み込んじゃうんだからなっ!」 集まった開拓者達を前に、丁寧に頭を下げる克騎。それに答えるように、天河 ふしぎ(ia1037)は元気に言葉を返した。 今日は克騎の熱い希望で、記念碑を作る事になっている。と言っても、石は既に用意され、安州の広場に設置済み。あとは最後の仕上げとして、開拓者達が言葉を刻めば完成である。 設置された記念碑の数は、全部で3基。高さ2m弱、幅と奥行きが1m程度の白御影石が1つ。約50cmの立方体を、角度をズラして3個重ねた物が1つ。そして、黒御影石で作った、1mの立方体が1つ。 「ちょっと確認したいんだが…相棒の手形とか爪跡を残しても良いか?」 石の質感と大きさを確認し、慄罹(ia3634)が克騎に問い質す。彫る内容や文字数に制限は無いが、朋友が参加する事に関しては特に明言されていない。一応、相棒達は広場の隅で待機させているが…無理に参加させたら周囲に迷惑を掛けてしまう。 心配する慄罹に向かって、克騎は満面の笑みでOKサインを返した。 「んじゃ、始めよっかな♪ 克騎さん、下書き用に絵筆貸して!」 石の面を指でなぞり、構図を考えながらリィムナ・ピサレット(ib5201)が声を上げる。克騎が絵筆を手渡すと、彼女は墨を付けて白御影石に筆を走らせた。 猛烈な速度で、線が次々に描かれていく。どんな絵になるか分からないが…どうやら少女の全身画のようだ。 リィムナに続くように、他の開拓者達も作業を開始。文字の大きさや位置を考え、早い者は彫刻刀や刀剣を手にしている。 大半の者が作業を進める中、明王院 浄炎(ib0347)は高齢の淑女の手を引いて歩いていた。 「大丈夫か? 足元には注意してくれ」 長身で筋肉質な浄炎は、厳格で威圧的な中年男性に見えるが、実は極めて家庭的な漢(おとこ)。細かい気遣いも出来る、優しい一面を持ち合わせている。 浄炎に手を引かれ、国乃木 めい(ib0352)は柔らかい笑みを返した。 「ありがとう。あなたには、お世話になってばかりですね」 浄炎にとって、めいは『結婚相手の母』…つまり義母に当る。世話をするのは当然だし、感謝されるような事では無いと思っていた。 が…めいの方は違う。彼女は一時、娘との関係が完全に破綻していた。修復は不可能だと思っていたが、浄炎が間に入ってくれたお陰で母娘の絆は完全に復元。今では、仲睦まじい関係になっている。 そのため、めいは浄炎に深く感謝するのと同時に、厚い信頼を寄せていた。 2人は3段になった石碑に歩み寄り、文字の位置や大きさを相談。話し合いが終わると、浄炎は早速文字を彫り始めた。自分のが終わったら、次はめいの分を代理で彫る事になっている。 開拓者とは言え、めいは傘寿を迎えた高齢。力仕事は厳しいと判断し、浄炎は代理を買って出たのだ。 (ん〜…何となく引き受けちまったが、何を刻むか…) 順調に作業を進める仲間達を尻目に、慄罹は迷っていた。自分的に大業を成した訳でもなく、功績を上げた訳でもない。刻みたい言葉や伝えたい事が思い付かず、頭を悩ませていた。 「やっぱ…俺には『コレ』しかねぇよな」 軽く頭を掻きながら、不敵な笑みを浮かべる慄罹。彼には、家族同然の相棒達が居る。両親や恩師とは早くに死別しているため、その分愛情は強い。絆が深いため、慄罹が仕事の合間に開業した屋台を、相棒達が手伝う事もある。 だから、彼は刻む事を決めた。屋台のロゴになっている龍のシルエットと、『千里同風』の文字を。 その隣の石面では、リィムナの絵が完成していた。内容は、背中から翼を生やした彼女が天を目指している…という構図。そのクオリティは、本物のリィムナと見間違える程に高い。絵筆を彫刻刀に持ち替え、彼女は緻密な彫刻を始めた。 広場中に響き渡る、石を削る音。8人は3つの班に別れ、各石碑に文字や絵を彫り進めていた。徐々に、各自が何を書いているのかが明かになってきている。 その中でも一番最初に作業を終えたのは、羅喉丸(ia0347)だった。丁寧で力強い文字が刻まれているが、字数は彼が一番少ない。その内容は…。 「『初心忘れるべからず』、か。人が生きる上で、必要な事だな」 同じ石碑で作業をしている浄炎が、羅喉丸が彫った石面を覗き込む。羅喉丸は彫刻刀を石碑の上に置き、文字に軽く触れた。 「時が流れれば、人は良くも悪くも変わってしまうからな。それでも…『かつての想い』を捨て去って欲しくはない。俺は、そう思う」 現実は厳しく、何でも思い通りに出来るワケではない。時には夢や想いを捨て去り、変わらなければならない事もある。 そんな状況に陥ったら、初心を思い出して自身を見詰め直して欲しい。当時の想いを、熱意を振り返って欲しい。その一助となるべく、羅喉丸は文字を刻んだのだ。 「その気持ち、分かるよ。僕も、最初は単なる憧れで…空賊になって空を飛び回る日を夢見てたし…」 羅喉丸の気持ちを理解し、ふしぎが想いを馳せる。幼かった頃、憧れて空を見上げる事しか出来なかった自分…それが今では空賊となり、大切な仲間達と巡り会えた。これは、初心を忘れずに夢を追い続けた結果である。 「言葉に想いを込める…という意味では、ここに居る全員が同じなのでしょうね。自分で彫れないのが少々残念です…」 めいの言う通り、開拓者達には伝えたい想いがある。それを『目に見える言葉』として記念碑に刻めば、彼等の想いは世代を超えて伝わっていく。年齢的に無理は禁物だが…想いを込めて彫れない事を、めいは少しだけ気にしていた。 「なら、文字の下書きで参加するのはどうかな? その方が浄炎さんも彫りやすいと思うし♪」 言いながら、リィムナが白墨を差し出す。彼女自身、絵の彫刻が終わったら、次は文字を刻む予定である。その下書き用に、白墨を大目に持ってきたのだろう。 リィムナの提案に、めいは視線を浄炎に向けた。下書きとして参加したいが、彫るのは自分ではない。最悪の場合、作業の邪魔になってしまう。 心配する義母の気持ちに勘付いたのか、浄炎は軽く微笑んで大きく頷いた。それは、彼からのOKサイン。めいは静かに頷き、リィムナから白墨を借りて文字を書き始めた。 「よし…あとは、おまえ達の出番だ。一筆頼む」 彫刻を終えた慄罹が、相棒達に彫刻刀と墨を差し出す。彼が連れて来たのは、人妖の才維、鋼龍の興覇、提灯南瓜のかぼすけ。早速、才維とかぼすけは手に墨を塗り、慄罹が作業をした『裏の面』に手形を残した。 興覇は手が大き過ぎるため、代わりに五指の爪跡を。形や跡の下には自分達の名前を彫り、慄罹も作業を終えた。 他の開拓者達も、徐々に作業が終わりつつある。リィムナは下書きが終わって彫り始めた処だが、ふしぎは残り数文字。浄炎は自身の分を彫り終え、めいの分も最後の一字を刻み込んだ。 最年長で、長年巫女として活躍してきた彼女が書いた内容は…『一人として軽んじて良い命など無し。限りある命を自ら手放す事無く、天寿を全うするその時まで、己が成すべき事を成さん』。 「国乃木殿の言葉は重みが違うな。やはり、人生経験の差…なのだろうな」 文面に感銘を受けたのか、羅喉丸が感嘆の声を漏らす。彼は開拓者になってからも自己研鑚を続けてきたが、齢は22。めいは自身の4倍近い時間を生きているため、人生経験という意味では遠く及ばない。 「この歳になると、よく昔の事を思い出します。大抵は…悲しい記憶と後悔ばかりですが」 そう語るめいの表情は、悲痛の色が浮かんでいた。今でも記憶に残る、合戦場や被災地の惨状。そこで救済活動に従事していたが…消えていく命と、無念な思いは何度も経験した。 だからこそ…今を生きる者達には『生きる事の意義』を伝えたい。その思いが、めいに参加を決意させたのだ。 「過去を振り返るのは悪い事ばかりではない。大切なのは…心中にある想いを未来に繋ぐ事。そうだろう?」 作業を全て終えた浄炎が、仲間達に声を掛ける。彼も義母同様、数々の被災地を回った。被災者を保護し、時には孤児を養子に迎える事もあったが…その度に、人々の悲しみや痛みを感じていた。 同時に、それに打ち勝って先に進もうとする『強い意思』にも出会っている。先人達が災害に負けなかったように、後世の人々にも強い心を持って欲しい。思いの丈を込め、浄炎は文字を刻んだ。 『戦で傷付くは無辜の民人、自然の恵みなり。傷は天地、人心の心に深く刻まれ、永き時と不断の努力のみが傷を癒さん。願わくば、過ちを繰り返さん事を…安寧の時が続く事を願わん』と。 (未来へ繋がる言葉…想いを込めた、僕の宣言。これを見る人達の『明日への道標』になれば良いな…) 彫り終わった文字を見ながら、ふしぎは頭部のゴーグルにそっと触れた。これは、彼を空賊に誘ってくれた恩人の形見。譲り受けたゴーグルは、その人物との『約束の証』でもある。 夢を叶えた彼が彫った文は『それでも時は流れ、まだ見ぬ未来はそこにある…夢の翼、未知なる明日へ出向! 空賊団『夢の翼』団長 天河ふしぎ』 という一節。もしかしたら…彼のゴールは『ここ』ではなく、もっと先なのかもしれない。 「願わくば…俺達の言葉が、人々の心に響かん事を。誰か1人にでも構わないから、伝わると良いな」 羅喉丸の発言に、誰もが静かに頷く。言葉が1人の心に響けば、そこから想いは広がっていく。目には見えないが、心で感じる事は出来る。人から人へ、心から心へ…開拓者達の想いは、ずっと繋がっていくだろう。 (何処かの空の下、同じ風に吹かれて元気にしているよな? 今も…そして、これからも) 慄罹が『大切に思っている人達』は、遠く離れた地にいる。たとえどんなに距離があっても、見上げる空は同じ。胸の中で祈りながら、慄罹は青空に笑顔を向けた。 「かんせ〜♪ みんな、ちょっと見て! あたしの技術と知識を総動員させた、最高傑作っ!」 作業完了したリィムナが、嬉しそうに声を上げる。言われた通り、開拓者達が駆け寄って石面を覗くと、誰もが感嘆の声を漏らした。 石碑の表面に、立体的なリィムナな彫り込まれている。その下には、達筆な草書体の文章が五段。 リィムナ・ピサレットは立ち止まらない。 必ずや人類が未だ到達した事の無い高みへと至る。 如何なる困難があろうと、あたしを止められるものは何もない! 光の翼と共に天を舞うのだ! そして天を超え、星々を超え果てない世界へと…。 文字も彫刻だが、書道の手本になれるくらい美しい。高過ぎる完成度に、驚きと感嘆が入り乱れた。 記念碑が完成し、歓談に花が咲く。慄罹は自前の移動簡易屋台を組み立て、相棒と一緒に昼飯の準備を始めた。 めいと浄炎も手伝いに回り、豪華な料理が次々に並んでいく。羅喉丸とリィムナ、ふしぎは配膳や食器の準備を手伝い、桜の木の下で昼食会が始まった。 ● 盛り上がる6人とは別に、3つ目の石碑に向かっている者が2人。長身で男前の青年…月城 煌(ic0173)と、ミユビトビネズミの獣人の少女…スフィル(ic0198)である。 誤解の無いように言っておくが、開拓者同士で仲が悪かったり、2人を無視しているワケではない。ただ……煌とスフィルを取り巻く空気に、第三者が土足で踏み込んではいけない。そんな雰囲気を感じ、敢えて2人に声を掛けなかったのだ。 当の本人達は、言葉を交わす事なく黙々と作業を続けている。不意に、煌は手を止めて彫刻刀を置いた。 「俺はさ、おまえに救われてるんだろうな…」 呟くように、口から零れた言葉。それがスフィルの耳に届いたのか、彼女は視線を煌に向けた。 「知ってるだろ? 『月城煌』の名前の意味を…」 月城煌。この名は…彼がかつて愛し、命を奪う事になってしまった女性の名前。その日から、彼は自分の気持ちも過去も全てを消し、『月城煌』という重い十字架を背負って生きてきた。他人との距離を置き、誰とも触れ合う事も無く、笑顔の裏に本心を隠して。 だが、それは『スフィルと出会う前』までの話である。 「お前と出会えたお陰で、煌ではなく『熾斗』として生きようと思えるようになった。少しずつ、な」 自分の本名を…『熾斗』という名を、他人に教える日が来るとは思わなかった。自ら他人と関わるなど、想像すら出来なかった。それだけ、スフィルという存在が大きくなったのだろう。 「だから……俺は、おまえを支えたい」 恋愛感情とは違うが、煌の気持ちに偽りはない。長い間、他人を拒絶してきたが…本心を隠さず話せる相手は、彼女だけだろう。 それは、スフィルの方も同じである。彼の視線を正面から受け止め、彼女は少しだけ笑って見せた。 『ありがとう』 声は発しないが、スフィルの口の動きが感謝の言葉を伝えている。煌に対して、自分と出会った全ての人々や、過去の自分に対して。 何より……『熾斗』に対しての感謝を。 『僕だって君に救われたから、今ここに居る。僕と出会って、受け入れてくれた事…本当に感謝してるよ』 気持ちを伝えながら、嬉しそうに微笑むスフィル。どんな人間でも、相手の全てを受け入れる事は難しい。それを実行し、煌が自分を大切にしてくれている事が、彼女には何よりも嬉しかった。 『今度は、僕が君を救いたい。これは約束じゃなくて僕の決意。君の傍にいる。これからも、ずっと…』 いつも一番傍にいて、何があっても守りたい。そんな想いが、口から溢れ出す。声は全く出ていないため耳には届いていないが…煌の心には、深く響いた。 「なあ、スフィル。少し、歩こうぜ」 煌の誘いに、スフィルは静かに頷く。そのまま、2人はゆっくりと家路に着いた。 特に何を話すワケでもなく、緩やかに流れる時間。肩を並べて歩きながら、煌はそっとスフィルの手を取った。 (犯した罪は許されねぇけど…過去に囚われた俺に…『未来』をくれたおまえと…) 歩いていきたい。 今度こそ護れるように。今度こそ、大切な女性が消えないように。 『大丈夫、僕は居なくならないよ。大切な君に、心から笑っていて欲しいから…』 煌の気持ちを感じ取ったのか、スフィルの口が動く。彼女にも恋愛感情は無く、大切というのも『一人の人間として大好き』という意味である。 これから、2人の関係がどうなるか分からないが…何十年経っても、互いに支え合って歩いている気がする。 彼等2人の関係を表すように、記念碑には『未来』と『ありがとう』という言葉が、寄り添うように刻まれていた。 |