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■オープニング本文 時の流れは、人々が思っている以上に早い。『光陰矢の如し』とは、よく言ったモノである。時間と共に大衆の記憶も移り変わり、アヤカシの存在も忘れられつつあった。 そんな時代でも、奉行所は町の治安を守るために修練を怠らない。今日も敷地内の道場で、朝から剣術の稽古が行われていた。 「お前達、気合が足りんぞ! もっと声を出せ!」 室内に響く、咆哮のような声。竹刀を片手に、大柄の男性が鋭い視線を向けていた。齢50を超える身でありながら、肉体は鍛え抜かれ、微塵の隙も見えない。その立ち姿を見るだけで、達人と呼ばれる技量を持っている事が分かる。 恐らく、この男性が剣術を教えているのだろう。本来なら名誉な事なのだが…数人の青年が、大きく溜息を吐いた。 「お言葉ですが師範…気合だけでは剣の腕は上達しないと思います」 「それに、俺達の実力なら誰が相手でも負けませんよ。むしろ…稽古の時間、減らしても良いんじゃないすか?」 若干呆れているような、馬鹿にしているような言動。青年達は剣の腕は立つし、勤務態度も悪くない。むしろ、有能と言っても差し支えないくらい、事件を解決している。 だからこそ…心に若干の『隙』があるのかもしれない。 彼等の世代は、アヤカシの脅威を知らずに育った。たまに凶悪犯が現れても、奉行所が被害を最小限に抑えている。つまり……『危険』というモノが、身近に無いのだ。 人間の犯罪ばかり取り扱ってきた青年達にとって、アヤカシは過去の遺物。加えて現状で事件に対応できるとなれば、師範の指導を時代遅れだと感じたり、向上心に欠けるのも当然かもしれない。 それを理解した上で、師範は静かに口を開いた。 「お前達の言い分、分からんでもない。だがな…『脅威』というのは、往々にして突然降りかかってくるものなのだ。有事に備える事も、武士の務めではないか?」 さっきとは違う、穏やかで語り掛けるような口調。アヤカシの力を知る師範にとって、安全対策に『充分』という状態は存在しない。例え人間が相手でも、油断や慢心が致命的な結果に繋がるからだ。 重苦しい空気と共に、道場内を沈黙が支配する。青年の1人が言葉を発しようとした直後、静寂は意外な形で破られた。 『うわぁぁぁぁ!?』 『バ…バケモノだ、逃げろ!!』 外から飛び込んで来る、悲鳴と混乱の叫び。反射的に、道場内の全員が屋外に飛び出した。素足のまま敷地内を駆け抜け、通りに出た瞬間に視界に飛び込んできたのは…。 「お…鬼!?」 青年の1人が、悲鳴に近い声を上げた。混乱の原因を作っているのは、3m近い巨体のバケモノ。文献で見た『鬼』が、ゆっくりと通りを歩いている。その姿に、師範は見覚えがあった。 「いや、あれは…『アヤカシ』だ!」 叫びながら、拳を強く握る。物心ついた頃から、何度も恐怖した存在…アヤカシ。人智を超えた異形から、微かに暗紫色の霧が立ち昇っている。これが『瘴気』だという事は、若い世代は知らないだろう。 アヤカシとの最終決戦後、瘴気は徐々に減っていった。しかし、完全に消え去ったワケではない。恐らく…20年という歳月をかけて少しずつ瘴気を集め、今の時代に復活したのだろう。 突然現れたアヤカシに、逃げ惑う住民達。恐怖が、混乱が、悲しみが…『負の感情』が、一気に膨れ上がっていく。 「誰でも良い、開拓者殿を呼びに走れ! 早く!」 師範の叫びに、青年の1人が弾かれたように駆け出した。この状況を打開するには、開拓者の力を借りるしかない。だが…このままでは、恐怖と混乱が町中に広がってしまう。 意を決したように、師範は静かに目を閉じた。そのまま深呼吸し、竹刀を握り直す。 「師範…? 何をする気ですか?」 「後の事、任せたぞ…」 短く言葉を告げ、師範は地面を蹴ってアヤカシに突撃した。 |
■参加者一覧
九竜・鋼介(ia2192)
25歳・男・サ
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
ユリア・ソル(ia9996)
21歳・女・泰
明王院 玄牙(ib0357)
15歳・男・泰
ニクス・ソル(ib0444)
21歳・男・騎
フランヴェル・ギーベリ(ib5897)
20歳・女・サ |
■リプレイ本文 ● それは、地獄のような光景だった。耳を貫くような悲鳴、我先に逃げ惑う人々、町を闊歩する『鬼の怪異』…恐怖と不安が渦を巻き、混乱が加速していく。20年の時を経て姿を現したアヤカシは、人々にとって脅威でしかない。 そんなアヤカシと対峙し、木刀を構えている男性が1人。彼は普段、剣術道場の師範を務めている。志体を持たない『普通の人間』だが、町の人々を守るために立ち上がったのだ。 彼の勇気は称賛されるべきだが…現実は非情極まりない。鬼は遊び半分で相手をしているが、師範の全身は傷だらけ。明らかに、アヤカシは人間をいたぶっている。 が…遊ぶのにも飽きたのか、鬼が爪を突き出した。今までとは違う『本気』の一撃。超高速の攻撃に、師範は死を覚悟した。 次の瞬間、漆黒の疾風が2人の間に吹き込む。強烈な風が爪撃を弾き飛ばし、師範を守るように巨大な人影が現れた。 「悪いが、お前に人は殺させん。この『気概溢れる勇士』も、力無き者達もな…!」 万が一にもアヤカシが現れた時に備え、明王院 玄牙(ib0357)は研鑚を積んできた。30代後半の壮年となった今、彼は『アヤカシ復活』の報を聞き、一足先に現場に駆け付けたのだ。師範を含め、全ての人々を守るために。 気の流れを調節し、玄牙は八尺にも及ぶ棍を突き出す。鋭い一撃が鬼の胸板を直撃し、その巨体が大きく揺らいだ。更に、大きく踏み出して追撃の2発目。その衝撃で、アヤカシの体が後ろに吹き飛んだ。 町中という事も考慮し、玄牙は敵の後方に何も無い事を確認している。大通りで道幅が広く、見通しが利く場所だったのは、不幸中の幸いかもしれない。 アヤカシから視線を逸らさず、次の動きに備える玄牙。彼が突撃するより早く、両脇を2つの影が通り抜けた。 青い短髪をなびかせながら、フランヴェル・ギーベリ(ib5897)が刀で右上に斬り上げる。ほぼ同時に、九竜・鋼介(ia2192)は双刀を右下に振り下ろす。2人の斬撃が重なり、鬼の胸に『×』字の傷を刻み込んだ。 「お待たせした! ここからはボク達も加勢するよ!」 後ろを振り向き、凛々しく明るい笑顔を見せるフランヴェル。今年で40歳になる熟女だが、その外見は20代前半のように若々しい。修練を重ねた結果、剣聖と呼ばれる実力を身に付け、今でも現役の開拓者として活動している。 「アヤカシねぇ…今となっては懐かしい響きだが…そんな悠長な事を言ってる場合じゃないな」 軽く苦笑いを浮かべ、鋼介は兵装を構え直した。20年前は何度も敵対した相手だが、45歳になって邂逅するとは、想像もしなかっただろう。磨き抜かれた刀身には、年相応の外見となった自身の顔が映っている。 歴戦の開拓者が到着し、玄牙は少しだけ胸を撫で下ろした。腰に付けた紋付胴乱を素早く外し、それを師範に投げ渡す。 「自力で動けるなら、急いで避難して下さい。それから、コレで止血を」 手短に用件を告げ、再び視線を戻す玄牙。胴乱の中には、止血剤が入っている。住人達を守るため、己が命を賭した師範を、玄牙は死なせたくないのだが…。 「し…しかし! 剣士たる者、背を向けるわけには…!」 天儀男児は、頑固で気が強い者が多い。加えて、師範には『剣士』としてのプライドがあるのだろう。胴乱を懐に仕舞い、師範は木刀を握り直した。と同時に、今まで血を流し過ぎたのか、膝から崩れ落ちる。 その体が地面に付くより早く、華奢な少女が彼を支えた。 「無茶をなさってはいけません! 貴方様の望みは、命を捨てる事ではないでしょう?」 叫びにも似た、エステル・ソルの叱咤。金色に似た橙色の瞳に、薄っすらと涙が浮かんでいる。開拓者と言え、彼女は15歳。人の『死』を受け止めるには若過ぎるし、誰も死なせなくないのだろう。 「ここは私達に任せて、避難して下さい。早く!」 エステルに続くように、アテュニス・ドラッケンが叫ぶ。師範だけではなく、近隣の人々にも聞こえるように。16歳ながらも、アテュニスは女騎士。この現場に居合わせたのは『偶然』だが、アヤカシの凶行は見逃せない。 少女2人に促され、師範は奥歯を噛み締めながら俯いた。意地だけでアヤカシに勝てない事は、彼が一番分かっている。ヨロヨロと立ちあがり、師範はアヤカシに背を向けてゆっくりと避難を始めた。 その隣を、1人の青年が通り抜ける。 「へえ…あれがアヤカシか。まだ残っていたんだね」 興味津々といった様子でアヤカシを眺める、アルバ・ソル。エステルとは兄妹であり、両親も開拓者だった。アヤカシの事は父母から聞いていたが、実物を目にするのは初めての経験である。 これで6人の開拓者が揃ったが…アヤカシにとっては面白くない状況だろう。彼等が居ると『負の感情』を喰えないし、人を襲う事も出来ない。その怒りを表すように、鬼は天を仰いで雄叫びを上げた。 瘴気が怒気を孕み、全身を打ち付ける。邪悪な気配を感じ取り、アルバは気を引き締め直した。キラキラ輝いていた蒼い瞳は、真剣で鋭く変わっている。 「なるほど、ね。これは確かに、滅ぼさなければならない相手だ」 「誰も…誰一人として死なせはしない! もうアヤカシに脅かされる事はあってはならんのだ!」 アヤカシの瘴気を吹き飛ばすように叫び、鋼介は地面を蹴って突撃。狼が爪を振り下ろすように霊刀を薙ぎ、虎の牙の如く太刀を突き出した。 彼に続くように、玄牙とフランヴェルも間合を詰める。開拓者3人が相手では、流石のアヤカシでも町や住人を狙う余裕は無い。それを見越して、彼等は『足止め役』として動いている。 「先輩方、その『デッカイ奴』の対応はお願いします。住人の避難は、私達に任せて下さい」 3人の狙いに気付き、アテュニスが声を掛ける。元々、彼女は避難を優先するつもりだった。経験豊富な先輩方がアヤカシと引き付けてくれるなら、願ってもない事である。 「先輩…か。そんな大した存在じゃないが、年長者らしい働きをさせて貰う」 アヤカシの攻撃を受け止めながら、言葉を返す鋼介。アテュニス、エステル、アルバの3人は軽く視線を合わせると、住人を避難させるために走り出した。 ● 「皆さん、慌てず急いで避難を。大丈夫、ここはボクらの仲間が防ぎます」 落ち着いた物腰で、凛々しく微笑むアルバ。アヤカシに近付かないように注意を促し、安全な方向へと誘導している。 アヤカシが絶望の象徴なら、開拓者は人々にとって『最後の希望』。アルバはそう考えているため、住人達を安心させるように笑顔で接しているのだ。 「門下生の皆様は、周辺警護を。ここから先は、誰も通さないようにお願いします」 胸の前で手を組み、訴えるように頼み込むエステル。避難は順調に進んでいるが、事情を知らない者が迷い込む可能性がある。それを防ぐため、アヤカシの居る位置から数km圏内を立ち入り禁止にしようとしていた。 門下生達が町中の各所で警護していれば、開拓者達は戦いに集中出来る。住人達は町外れの集会所に避難誘導しているし、巻き込まれる心配は無い。エステルの言葉に、門下生達は静かに頷いた。 同時刻。アテュニスは逃げ遅れた者が居ないか、町中を走り回って確認していた。その心には、父親の教えが深く根付いている。 『何かが壊れたとしても、私では治せないし直せない。人は定命の存在で、生物で、限界がある。だからこそ、人々の生活も命も優先して守る』。 この言葉通り、彼女も全てを守ろうと思っている。父の名は、リューリャ・ドラッケン(ia8037)…鋼介達と同じ時代を駆けた、開拓者だ。ちなみに、アテュニスの艶やかな黒髪も父親譲りである。 住人達を避難させ、逃げ遅れた者が居ない事も確認し、人々の安全は確保された。新世代の開拓者3人は避難場所で住民達を励まし、再び町の中に消えて行った。 ● 時には防御を固めて攻撃を受け止め、時には高速移動で敵を翻弄し、アヤカシの注意を引き続ける鋼介達。もっと広い場所に誘導して戦う事も考えたが…移動先に住人が残っていない、という保証は無い。 敵を逃がさず、町を破壊しないように注意しながら、3人は足止めに徹してした。長時間動き続けているせいか、若干疲労の色が浮かんでいる。 それに気付いたアヤカシは、歪んだ笑みを浮かべながら拳撃を連続で放った。高速の攻撃を、玄牙とフランヴェルは紙一重で回避。風圧で皮膚が浅く切れ、赤い線が数本刻まれた。 鋼介は防御に徹し、ダメージを最小限に抑えている。致命的な負傷を受けた者は居ないが、このまま持久戦になったら開拓者達が不利。焦りと不安が、ほんの少しだけ頭を過ぎった。 直後。3人の不安を取り除くように、アヤカシ周辺の空気が凍結。氷が体に纏わり付き、敵の動きを鈍らせた。 「油断は命取りですよ? 気が緩む時こそ、警戒を怠ってはなりません」 アヤカシの後方、約20m。そこには、避難誘導から戻って来たエステルの姿があった。戦闘中という事もあり、彼女の表情と言葉は冷徹で鋭利。これは、母親であるユリア・ソル(ia9996)の『常に冷静であれ』という教えに従っているからだろう。 不意討ち気味の攻撃に、アヤカシの動きが一瞬止まる。その隙を、アテュニスが見逃すワケがない。 「私達には『勝つ義務』がるのです。周囲に一般人が居ない以上…手加減しないよ?」 言いながら、アヤカシの側面…家屋の隙間から飛び出す。霊剣に精霊力を纏わせ、距離を詰めて大きく薙いだ。斬撃は傷跡を残さず、切先が触れた箇所は塩と化して崩れ落ちた。 「待ってたよ、子猫ちゃん達♪ それじゃ、一気にトドメといこうか!」 救援の到着に喜びの声を上げ、フランヴェルは練力を開放。溢れる力が全身を駆け巡り、少しずつ兵装に集まっていく。 このまま反撃に転じたいが、相手はアヤカシ。そう簡単にはいかない。2本の角に瘴気を収束させ、全力で突き出した。 標的となったアテュニスは、反射的に後方に跳び退く。が…それ以上の速度で瘴気の角が伸び、彼女に迫る。 攻撃が命中する直前、膨大な練力が結界を形成し、アヤカシの角を跳ね除けた。 「見たかい? これが誇り高き我が父の編み出した業。邪な力に汚されるものではないよ」 結界を作り出したのは、屋根の上に立つアルバ。正義と真実に対して誓いをたて、『運命に抗う強固な意志』を具現化した物である。 総てを凌駕する拒絶の力…本来の使い手はニクス・ソル(ib0444)だが、息子であるアルバに伝授していたようだ。多分…ニクスとユリア、夫婦揃って『容赦ない英才教育』を施して。 「それじゃ、私も父の代わりに行きましょ」 軽く微笑み、アテュニスは刃に指を当てて素早く引いた。白い肌に赤い線が描かれ、血がにじむ。その血液と練力を媒介に、彼女はリューリャの奥義を発動させた。 血と練力が混ざり合い、実体の無い剣を生成。それを両手で持ち、全力で振り下ろした。神々しい刃が、アヤカシの片腕を軽々と断ち斬る。瘴気や精霊力で構成された存在なら、この剣に斬れない物は無い。 (父…か。俺も、父のような『牙』となるために…!) 静かだった玄牙のオーラが、一気に膨れ上がる。彼の父も、昔は開拓者だった。厳格で口数の少ない父だったが、『力無き人達を守る最強の牙とならん』という家訓を受け継いだ事は忘れていない。 今こそ、家訓を果たす時。玄牙は高速移動から棍を薙ぎ、痛烈な殴打を叩き込んだ。更に左脚を軸にして半回転。遠心力を上乗せした回転蹴りが炸裂し、アヤカシの巨体を後方に吹き飛ばした。 そう…エステルが居る方向に。 アヤカシに対して、彼女は複数の精霊力を混合。それが何も無かった空間に一瞬で具現化し、灰色の光球を生み出した。アヤカシの左脚が光球に触れた直後、爪先から脚の付け根までが灰化。そのまま、ボロボロと朽ち果てた。 片腕と片脚を失い、地面に叩き付けられるアヤカシ。それでも闘志は失っていないのか、即座に体勢を直し、体を起こしている。敵が立ち上がるのと同時に、地上から空中に向かって『流星』が昇った。 「流星斬・雷霆重力落とし!」 周囲に響く、フランヴェルの叫び。流星に見えたのは、練力を放出しながら上昇する彼女の姿。今度は上空で急加速し、練力の渦を伴って急降下してくる。渾身の力を込め、刀を斜めに振り下ろした。 刀身が肩口を捉え、深々と斬り裂いていく。フランヴェルは刃を喰い込ませたまま、力任せに手首を返して角度を変更。今度は逆の肩に向けて、全力で斬り上げる。これが、剣聖と謳われた彼女の秘剣…。 「流星斬・天昇Vの字斬りっ!」 名前の通り、傷跡がVの字を描いている。怒涛の連続攻撃に、アヤカシは既に満身創痍。止めの一撃は、彼に託された。 大地を流星の如く進む、練力の渦。その速度は徐々に増し、音速に近付いていく。鋼介は両手に刀を握り、全身全霊を込めた。 「新しい時代にアヤカシを残しておく訳にはいかない…! 消えて無くなれ、この世界からっ!」 想いと共に双刀を交差させ、一気に振り抜く。発生した衝撃波が大気を震わせ、斬撃がアヤカシを粉砕。その全身が瘴気と化し、鋼介の叫び通り全てが消滅した。 ● 「久々の大物だったけど…皆、無事みたいだね。お疲れ様♪ ボクは一足先に失礼させて貰うよ?」 仲間達の無事を確認し、安堵の笑みを浮かべるフランヴェル。積もる話もありそうだが、そそくさと帰って行った。これから『子猫ちゃん』とデートの予定がある…とは、口が裂けても言えない。 「お兄様。抱っこして下さいませ♪」 戦闘が終わり、エステルは甘えモード全開。大好きなアルバの腕を掴み、上目遣いで期待の眼差しを向けている。 そんな妹の額を、アルバは軽く小突いた。 「駄目だよ、エステル。依頼が終わったら、まずギルドに報告…だろ?」 「ヒドイ! お兄様はわたくしよりも、依頼が大事ですのね!?」 予想外の言動に、涙を浮かべるエステル。何かを致命的に間違っている気がするが…ツッコんだら負けである。 それはアルバも分かっているようだが、妹を笑顔で抱き上げた。どうやら、さっきの発言は軽い冗談だったらしい。エステルが甘えん坊なのは、アルバが甘々だからではないだろうか…? 一抹の疑問を残し、ソル兄妹は颯爽とギルドへ戻って行った。残された鋼介とアテュニスは、顔を見合わせて苦笑い。住人達に状況を説明するため、避難所へ移動を始めた。 戦場となった場所には、まだ玄牙が残っている。今日の戦いを思い出し、彼は自分の手に視線を落とした。 「未だ、師にも父にも遠く及ばず…か」 玄牙にとって、父も師も尊敬の対象であり、超えるべき目標でもある。少しでも彼等に近付くため、日々努力を重ねているが…その道は、遠く険しいようだ。 玄牙は拳を握り、空を見上げた。遠い彼方…そこにある『己の理想』を見詰めるように。 |