【未来】朋友、新時代?
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/03/26 19:24



■オープニング本文

 アヤカシとの終戦から10年…世界には穏やかで平和な時間が流れていた。軍備は徐々に縮小され、兵器関係の開発も以前より少なくなっている。かつては開拓者と共に戦場を駆けた朋友達も、その役目を変えようとしていた。
 戦う必要性が少なくなった事もあり、飛行能力を持つ者は荷物の空輸に。陸路での荷物運搬や、力仕事を担当する朋友も居る。駆鎧は一般人でも動かせる物が開発されている…という噂もあるが、真相は定かではない。
 珍しい例を挙げれば、朋友のアイドルグループがあったりする。人妖と羽妖精が歌い、後ろで猫又や管狐、もふら様やカラクリが舞い踊る……アヤカシと戦っていた頃には、考えられなかった光景だろう。
 人も朋友も、時代に合わせた『新しい生き方』を始めている。一見すると順風満帆に見えるが…問題も少なからず起きていた。
「そんなに暴れるな! 大丈夫だから! な?」
「落ち着けって! 餌だよ、エサ! お前のご飯を持って来たんだよ!」
 飼育小屋に響く、男性の悲鳴に似た叫び。それに混じって、朋友達の鳴き声も聞こえてくる。小屋の中では、鷲獅鳥や走龍が威嚇しながら暴れ回っていた。
 温厚な霊騎は人間の言う事を聞いてくれるが、全ての朋友が従順なワケではない。鷲獅鳥や走龍は気性が荒くて獰猛だし、もふらは怠け者。人気者のアイドル人妖達が、ギャラの交渉をする事もある。
 これらは全て、朋友との信頼関係が築けていない事が原因だろう。彼等の意志を考えず、人々は朋友に『新しい生き方』を強要した。それを快く思っていないのも、当然だろう。
「主任……どうしましょ、この状況」
 新人らしき青年が、年配の男性に助けを求める。主任と呼ばれた人物は前から運送業をしていたが、最近になって朋友達を導入。仕事が倍増するかと思ったが、このザマである。
「朋友の扱いがこんなに難しいとは…予想外だなぁ」
 干し草を頭から被りながら、主任が溜息を漏らした。業者に頼めば大人しくなるかもしれないが…それは一時的なもの。朋友との『絆』を作らなければ、問題は解決しない。
「ここは…開拓者様にお願いしましょうか。新人クン、同じように困っている業者サンに連絡して下さい。数社で協力して、依頼を出しましょう」
 主任の言葉に、新人青年が元気に頷く。
 直後、朋友が水を飲むためのバケツが、2人の頭に直撃した。


■参加者一覧
からす(ia6525
13歳・女・弓
フランヴェル・ギーベリ(ib5897
20歳・女・サ
ナキ=シャラーラ(ib7034
10歳・女・吟
鏖殺大公テラドゥカス(ic1476
48歳・男・泰


■リプレイ本文


 冬の日差しが温かい日和に変わり始める春の時期…天儀に新しく建てられた競技場に、大勢の商売人が集まっていた。販売や建築、宅配業と職種は様々だが、彼等には共通している事が1つ。
 それは、業務に朋友を組み込もうとしている事。最後の大規模作戦から10年、朋友の在り方も変わりつつある。戦いの『相棒』だった朋友達を、日常生活の『相棒』に…朋友達が新しい生き方ができるよう、知恵を絞っていた。
 だが、いつの時代も改革は難しい。彼等は商売のプロだが、朋友の扱いに関しては素人同然。共に働かせるのも、言う事を聞かせるのも、無理がある。
 そこで、歴戦の開拓者に朋友の扱いを学ぶ事になったのだが…。
「最近の若い者は相棒の扱い方も知らぬのか…情けない限りよ。わしが扱いのイロハを叩き込んでやろう!」
 開口一番、特設ステージで吠えるような叱咤の声を放ったのは、鏖殺大公テラドゥカス(ic1476)。硬質のからくりボディは現役当時から劣化せず、20年前と同じ輝きを放っている。2mを超える筋肉質な体躯と、威厳溢れるカイゼル髭も変わっていない。
 唯一違うのは、部下を従えている事。テラドゥカスの後方に、彼と似た重装甲のからくり数体が控えている。恐らく…テラドゥカスの悲願、世界征服の準備が進行しているのだろう。
 圧倒的な威圧感と、重低音の濁声で、競技場内の緊張感が高まっていく。依頼人達は息を飲み、テラドゥカスの言葉を待った。
『おっす! あたしはビリティスだぜ。ビリィって呼んでくれ! よろしくな♪』
 明るく元気な声に、場内の雰囲気が粉々に砕け散る。誰もが唖然とする中、ビリティスと名乗る羽妖精がテラドゥカスの周囲を飛び回っていた。白い翼が風を切り、セミロングの金髪が柔らかく揺れている。
 そのまま、ビリティスはテラドゥカスの頭上に着地。胡坐をかいて座り、満面の笑みを浮かべた。
「良いか? 相棒というのは部下だ。己が実力によって抑え付け、畏怖服従せしめるのが一番よ!」
 ビリティスの存在を完全に無視し、拳を握って熱弁するテラドゥカス。声量や迫力は変わっていないが…数秒前とは違って、可愛らしく見える。
『テラドゥカスってイカすだろー? あたしのお気に入りだぜ♪ こんなツラしてっけど、意外と優しいからな♪』
 言いながら、ビリティスはテラドゥカスの頭をペチペチと叩いた。どうやら、彼女はテラドゥカスの相棒らしい。そうでなければ、ここまでの無礼は許されないだろう。
「実力が足らぬというなら、身に付けよ。己を鍛えるのだ。自己研鑚を怠るなど、言語道断!」
 相棒にイタズラされながらも、テラドゥカスの態度は変わらない。もしかしたら、この忍耐力こそが『自己研鑚の結果』なのでは…と疑いたくなってしまう。
『よく饅頭や飴玉を買ってくれるしよ♪ あいつの頭に乗っかってヘルム越しに頭をガンガン殴って遊んだりしても滅多に怒らないぜ♪』
 言うが早いか、ビリティスがテラドゥカスの頭をガンガンと叩く。流石にコレはやり過ぎだと思うが…怒る素振りは全くない。見ている方としては、心臓に悪いためスグに止めて欲しいが。
『こんなカンジで、あたしにとっちゃいい遊び相手だぜ♪ 性格も面白いからな、お気に入りの玩具って感じだ♪』
「時には懐柔も必要だ。だが…決して舐められぬ様にせねばならぬ。主従関係は大事だからな」
 力説するテラドゥカスだが、言動が致命的に合っていない。恐らく、誰もが心の中で『全力でナメられてるぞ!』とツッコんでいる事だろう。
『前にパンダがアヤカシに操られて狂暴化した時、テラドゥカスにパンダのペインティングしてやった事があるんだ。「同族かと思われたら攻撃されない」って説得してな』
 ペインティング…絵を描いたり、塗料で模様を描く事である。つまり……彼女はテラドゥカスがパンダに見えるよう、白や黒で全身を塗ったワケだ。
 想像して欲しい。彼のような強面男性が、イタズラ好きな羽妖精の言葉を信じてボディペイントされている姿を。しかも、パンダをイメージして白黒に。
『ギャハハハ! 今でも思い出すと笑っちまうぜ! 大人しく塗装されたって事は信じてたんだろうな? 可愛い野郎だぜ全く♪』
「おい、ビリィ! 以前から『わしが喋る時は黙っておれ』と言ってあるだろう! 貴様には学習能力が無いのか!」
 流石のテラドゥカスも我慢の限界に達し、天地を揺るがすような怒声が周囲に響く。鬼のような形相で怒りを露にしているが、ビリティスは全く気にせず、腹を抱えて笑っている。
『カッカすんなって、禿げるぜ? あ、もう禿げてるか♪』
 その一言に、周囲の空気が凍りついた。怒り心頭のテラドゥカス相手に、この暴言は『火に油』。ビリティスはニヤニヤしているが、彼女以外は誰も笑っていない。
 最大級の雷が落ちるかと思った瞬間、テラドゥカスは大きく息を吐いた。いや…正確には、溜息と表現するべきか。
「お前は暫く、饅頭抜きだ」
『そいつはないぜ旦那! もう黙るぜへへへ♪』
 イタズラ好きなビリティスだが、お菓子が貰えないのは困るらしい。両手で口を塞ぎ、これ以上は発言しない事をアピールしている。
 だが…どう考えても、後の祭り。今更黙ったトコロで、テラドゥカスのイメージも威厳も完全に崩壊している。それは彼自身が一番痛感しているのか、再び大きな溜息を吐いた。
「どうすればいいか、良く分かったであろう…諸君らの健闘を祈る…」
 弱々しく最後の挨拶を述べ、控室の方へ戻って行くテラドゥカス。その背中は、今までに見た事もない程の哀愁に染まっていた。


 テラドゥカスと入れ替わるように、次の開拓者と相棒が顔を出す。30歳近いショートヘアの淑女と、黒曜石のような黒鱗の皇龍。その姿を見た瞬間、周囲から驚きの声が上がった。
 相棒の方は詳しく知らないが、青髪の淑女は『剣聖』として名高い開拓者、フランヴェル・ギーベリ(ib5897)。物腰は柔らかく、集まった人々に深々と頭を下げている。そのまま相棒と共にステージ前まで移動し、手短に自己紹介してから本題を切り出した。
「ボク個人の意見としては、相棒には『友』として接する事が大切だよ。姿形が違っても、彼等は『かけがえのない友』となれる存在なのだからね」
 微笑みながら、相棒に手を伸ばして頭を撫でる。彼女の意見は、テラドゥカスとは真逆。相棒を服従させるのではなく『友』として扱い、強い絆を築いたのだろう。
 もっとも…テラドゥカスも結果的に、服従ではなく友好関係を築いている気がするが。
「そう考えれば、相棒と仲良くなるのは難しくないだろう? 相手も自分も楽しいと思える事を一緒にやる……これが一番さ♪」
 自分だけが楽しんでも、相棒だけが楽しんでも意味がない。共に楽しめる事を見付け、同じ時間を共有する…人間も相棒も、絆を深める方法は変わらないのだ。
「例えば、このLOは…」
 自身の相棒を紹介するように、フランヴェルは一歩下がってLOの脇腹辺りをポンポンと叩く。彼女の皇龍は5m近い巨体だが、顔を正面から見ると微笑んでいるような表情をしているし、眼は小さくて眠たげ。温和な性格なのか、フランヴェルの隣で大人しくしている。
「人間の子供と遊ぶのが大好きだ。だから、休日にはLOを連れて子供達と一緒に遊んでいるよ♪」
 遊ぶ…と言っても、子供同士のように鬼ごっこや隠れん坊をするワケではない。LOと子供が戯れている…と言った方が正しいだろう。例えば背や翼に上ったり、角や首にブラ下がったり、体の下をトンネルのように通り抜けたり。
「LOの体は滑り台にもってこいなんだ♪ ボクも子供は大好きだからね、楽しんでいるよ♪ 『色々』と…ね」
 フランヴェルの言う通り、LOの巨体と滑らかな鱗はスベリ台に最適だろう。それは平和的な光景だと思うが……フランヴェルの言葉と、不敵な表情は穏やかではない。
 開拓者の間では有名な話だが、フランヴェルは自他共に認める幼女好き。そんな彼女が『楽しんでいる』という言葉を口にすると、何やら危ない気がする。
「断っておくけど、おかしな意味ではないよ? 勘違いしないで欲しいな♪」
 誤解されないよう、念を押すフランヴェル。競技場内がビミョウな雰囲気になる前に、彼女は言葉を続けた。
「他の相棒も要領は同じさ。獰猛な相棒とは一緒に狩りをしたり、騎乗して模擬戦を行ったり。水が好きな相棒なら、一緒に海に行くのもいい」
 人間の姿形が違うように、相棒の知性や性格も様々。好みも違うし、時には相手に合わせる事も大切なのだろう。
「自由を奪ったり、したくない事を強要すれば、信頼は得られない。勿論…そうせねばならない事も、時々あるけどね…」
 不意に、フランヴェルの顔が陰った。開拓者として活動してきた彼女は、数多くの依頼に参加している。当然、世界の『裏側』を見たり、納得できない仕事をした時もあった。
 彼女だけなら我慢も出来るが…最悪なのは、相棒を巻き込んでしまった事。依頼とは言え、大切な『友』を道具のように扱ったのは、苦い思い出でしかない。
「そんな時、日々の積み重ねで仲良しになっておけば、大抵は言う事を聞いてもらえるものなのさ♪ 」
 唯一の救いは、フランヴェルと相棒の絆が崩れなかった事。彼女は相棒の痛みを知り、相棒は彼女の痛みを感じ……互いに積み重ねてきた時間が、強い繋がりとなっていた。
「だけど、中には素直になれない子も居るから注意が必要だよ? 相棒も人間も…ね」
 言いながら、フランヴェルは競技場の隅に視線を向けた。依頼人達の遥か後方…壁際の目立たない位置に、1人の少女が立っている。まるでフランヴェルを監視するように、鋭い視線で。
 この少女の存在に、フランヴェルは最初から気付いていた。時々『熱い視線』を返していたが…少女は恥ずかしそうに目を背けるばかり。こういう姿を見せられると、逆にイジワルしたくなる。
「実例を挙げると、ボクには愛しの『子猫ちゃん』が居るんだが、彼女はテレ屋さんでね。なかなかボクの愛を受け入れ」
「黙れ、有害女ぁぁぁ!」
 フランヴェルの言葉を遮るような、怒りの籠った大声。壁際に居たハズの少女は一瞬で間合いを詰め、ハリセンを全力で薙いだ。
 疾風怒濤の一撃は、フランヴェルの顔面を直撃。そのまま派手に吹き飛び、意識が完全に途切れた。


「ったく…公衆の面前で何言ってんだか。やっぱ、あたしが監視してないと駄目だな!」
 小さな胸を張り、満足そうに微笑む少女。彼女の見詰める先では、LOが気絶した主人を引きずって壁際に移動している。
 突然の、しかもショッキング過ぎる登場に、依頼人達は半ば放心状態。頭が激しく混乱しているが…分かっている事が1つ。恐らく、この少女はフランヴェルが言った『愛しの子猫ちゃん』なのだろう。そうでなければ、言葉を遮る理由が無い。
 依頼人達の刺すような視線に気付いたのか、少女はハリセンを捨てて乾いた笑い声を漏らす。その背後から『真っ白な鬼火玉』が近付いてくると、彼女は一回深呼吸して満面の笑みを浮かべた。
「あたしは、ナキ。こっちは、相棒の近藤・ル・マン。正義を愛する心を持った、熱い奴だぜ!」
 自己紹介しながら、親指を立てるナキ=シャラーラ(ib7034)。金色の長髪が特徴的な少女だが……こう見えても20歳の女性である。小柄で童顔なため、10代前半の少女にしか見えないが。
 ナキに紹介され、相棒の近藤・ル・マンは軽く頭を下げた。鬼火玉と聞くと大抵は赤を想像するが、白いのは珍しいかもしれない。
「で、相棒と仲良くなる方法だっけ? そいつは簡単だ、一緒に長い時間を過ごせば良い」
 ナキの主張は、フランヴェルと近い。従属よりも、友達や仲間といった感覚で相棒と接している。
「相手が獰猛だからって、腫れ物に触る様に扱って閉じ込めっぱなし…ってのは一番良くねえな」
 そう説明しながら、若干苦笑いを浮かべるナキ。もしかしたら、『そういう光景』を見た事があるのかもしれない。
「ある意味、相棒も人間と同じだ。一緒に過ごしてると、相手の事を感じ取れるようになる。何を考えてるか、何をしたいか…ってな」
 以心伝心という言葉があるように、言葉を交わさなくても心で通じ合う事がある。人間と同じように接し、本当に『相棒』と呼べる関係になった朋友となら、互いの考えを理解し合える可能性は高い。
「例えば……フランの奴が今何をしたいか、ツラを見れば良く分かるしな」
 言いながら、ナキは視線を壁際に向けた。青い双眸が見詰めるのは、数分前に気絶させてしまったフランヴェル。今は目を覚まし、相変わらず熱い視線を送っている。
 彼女の考えが分かったのか、ナキの顔が真っ赤に染まった。恥ずかしがっているような、喜んでいるような、複雑な表情……きっと、フランヴェルは過激な事を考えているのだろう。
「あ〜…近藤は見ての通り、鬼火玉だ。話せないし知性も獣並み…って言われてるけど、こいつは長年、あたしの相棒として働いてくれてる」
 照れている自分を誤魔化すように、ナキは説明を再開。相棒の事を話しながら、近藤に視線を送った。
 それに気付いた近藤は、彼女の肩辺りまで高度を下げる。相棒の動きに合わせ、ナキは荷物袋から『黒地に赤いダンダラ模様の羽織』を取り出した。
「巡邏の時は、こうやって…」
 説明しながら、近藤に羽織を着せる。巡邏…つまりは、見回り。この羽織は、浪志組の隊士が着用している隊服である。
「特製の浪志組羽織を着せて、あたしの頭の上をフラフラ飛ばしておく。『浪志組ここにあり』ってのが分かるから、治安維持に役立つんだぜ?」
 ナキが自慢げに話すと、近藤は嬉しそうに上昇。巡邏の時と同様に、ナキの頭上でフラフラと飛んでみせた。彼女の言う通り、浪志組羽織を着た鬼火玉は目立つし、犯罪の防止に繋がるだろう。
 空中を何度か回りながら、近藤はゆっくりと降下。ナキは指をポキポキと鳴らし、荷物から布を取り出して両腕を素早く奔らせた。
「ハロウィン行列参加した時は南瓜の…」
 電光石火の勢いで、近藤の姿が羽織から『カボチャ柄の布』に早変わり。依頼人達から歓声が上がると、再び腕を奔らせた。
「西瓜販売を手伝った時は西瓜の…」
 今度は『スイカ柄の布』へと姿が変わる。
「その場に合った格好で宣伝させたんだ。近藤は注目浴びるのが好きだから、喜んで着てくれたぜ♪」
 ナキの早業も見事だが、相棒が嫌がっていたら意味がない。炎を揺らめかせ、フワフワと浮遊している近藤を見る限り、今の早着替えも嬉しかったようだ。
「一緒に過ごして信頼を高め、好きな事、向いてる事をやらせる。そうすりゃ、もっと仲良くなれるって事だぜ♪」
 ナキの言葉は、近藤との関係を見れば充分過ぎる程に信用できる。2人の絆に敬意を表し、依頼人達は拍手と称賛の言葉を贈った。


 ナキの話が終わってから数分後。競技場内には、茶席が設けられていた。抹茶の香りが鼻をくすぐり、上品な味わいが依頼人達の心を落ち着かせる。
 茶をたてたのは、黒い長髪を大きく2つに結んだ少女…からす(ia6525)。130cmに満たない小柄な姿だが、ナキと同じで20歳を超えている。からすとナキを見ていると『開拓者には若さを保つ秘術があるのでは…?』と思えてしまう。
 全員がお茶で喉を潤すと、からす自身も一服。静かに茶碗を置き、ゆっくりと口を開いた。
「私はカラスや猫を餌付けしているが…朋友達は勝手が全く違う」
 動物好きのからすは、野良動物にも優しい。餌付けを繰り返した結果、屋敷が鳥や猫や相棒達で埋め尽くされつつあるが。
『アッハッハ。ウチらをそのへんの家畜と一緒にされちゃ困るというモンや』
 クールで物静かなからすとは対照的に、相棒の猫又、沙門(シャモン)は明るく元気なトラネコ。その観察眼は鋭く、依頼人達に反論の余地は無かった。
 沙門の言う通り、彼等は今まで朋友を『動物』として扱ってきた。自分達より格下と決めつけ、家畜と一緒にしていた。今日、開拓者から話を聞かなかったら、その事に気付かなかっただろう。
「とくに走龍と鷲獅鳥はプライドが高い。相手の力量を図っているから、大抵は自分より強い者にしか従わない。この点は、テラドゥカス殿の言った通り実力が必須だな」
 事前にギルドを通じて『走龍や鷲獅鳥が暴れて困っている』という話を聞き、からすは依頼人達の間違いを指摘。気性の荒い朋友を従わせるのは、簡単な事ではない。その苦労は、今回の件で身に染みていると思うが。
『相手の言葉が分からへん時は、ウチらに通訳頼むとかもアリやで〜。おばちゃんに任しときっ!』
 言いながら、沙門は算盤を弾くように手を動かす。人語を話せない朋友と意思疎通するには、猫又のような『人の言葉を話せる相棒』に通訳を頼むのが最適だが…沙門の場合、翻訳料を請求されそうな気がする。
 商魂逞しい相棒の姿に、からすは少しだけ笑顔を浮かべた。
「こんな時でも猫又を売り込むんだね、君は」
『商売やさかい』
 からすの言葉に、沙門が迷わず即答。いつから商売を始めたのか分からないが……沙門からは、依頼人達と同じ『商売人』の雰囲気を感じる。
「話を続けよう。もふらは食べ物に異常な執着を見せるから、『しっかり働けばご飯が貰える』と教育し、うまく契約するといいよ」
 言うなれば、アメとムチ。からすのアドバイスに納得し、依頼人達は静かに頷いている。
『働いた分の正当な報酬を貰いたいんは、ウチらも人間と変わらへん。契約は大事やで? メモっとき!』
 ノリが完全に商売人な沙門。今日の依頼が終わったら、話した分の報酬を請求するのだろうか?
 『契約』という言葉を聞き、からすは軽く小首を傾げた。その脳裏に、素朴な疑問が1つ。
「沙門との契約は…何だったっけ?」
 意外な一言に、沙門は少しだけ驚きの表情を浮べた。常に冷静なからすが物忘れをするなど、珍しい。もしかしたら…『一緒に居るのが当たり前』になっているのかもしれない。
『衣食住やね。いやはや…ヒトに捕まった時はホンマ何事かと思うたわ。こんなに「ぷりちー」なウチ、悪い猫又に見えるやろか?』
「これは私の個人的な見解だが、朋友を無理に従わせる必要はない。彼らを放してやってもいいんじゃないか?」
 『ぷりちー』に関しては完全に聞き流し、からすは自身の想いを言葉にした。沙門が若干スネているが、今は気にしないでおこう。
 赤い瞳に宿る、深い悲しみ…朋友達が自由を奪われて鎖に繋がれている状況に、からすは心を痛めていた。
「ヒトにはヒトの、相棒には相棒の『理』がある。一方の都合だけ押し付けても、意味は無いさ」
 依頼人達にとっては、耳の痛い一言だろう。朋友から『選択の自由』を奪い、生き方を押し付け、従わせようとしてきたのだから。
 その点、からすは相棒を束縛していない。あくまでも相手の意見を尊重し、友好な関係を築いている。従属でも友人でもなく……パートナー、『相棒』として。
『せやけど、からすさんは相棒を自由にさせすぎやで?』
 言いながら、からすの肩に飛び乗る沙門。自由奔放な沙門が言うのもアレだが、からすの事を心配する気持ちに嘘偽りは無い。それを知っているから、からすも真面目に言葉を返した。
「互いに不利益になるような事はしない…というのは解っているからね」
 人間同士でも、自身の行為が予想外の不利益に繋がる事がある。彼女は相棒の事を対等の立場で考え、相手の意志を尊重しているからこそ、余計な口出しをしないのだろう。
『その信頼買っとるわ。まいどおおきに』
 からすの包容力と懐の深さには、沙門でも感謝の言葉しか出てこない。静かに視線を合わせ、笑顔を交わす2人。依頼人達は尊敬と感謝の気持ちを込めて、盛大な拍手を送った。