【未来】過去からの言葉
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/03/09 22:37



■オープニング本文

 天儀歴1015年。アヤカシとの激戦が終わり、世界は新たな時代への節目を迎えた。完全にアヤカシが消滅したワケではないが、以前に比べて出現頻度は激減。その存在は時間と共に姿を消していき、人々の記憶からも徐々に忘れられていった。
 そして…半世紀の時間が流れた。
 時は天儀歴1065年。長く平和が続いている天儀で、アヤカシは昔話のような遠い存在になっていた。実物を見た事のある者、被害に遭った経験のある者は少なくなり、大戦を戦い抜けた開拓者の存在も伝説となりつつある。
 天下泰平の世界、血生臭い出来事が忘れられるのは当然ではあるが…。
「過去の悲劇を忘れてはならない。この歳になって、改めてそう思うようになりました」
 そう話すのは、筋肉質な老紳士。ジルベリアのスーツで身を包んでいるが、鍛えられた筋肉はハッキリと分かる。顔や手には、無数の傷が刻まれている。
 彼は今年、還暦を迎えるらしい。若い頃から兵士として世界各地を飛び回り、つい最近まで現役として活躍していた。還暦を期に第一線から引退するが、その前に心残りが1つ。
「戦いに身を置いていた者としては、世界が平和なのは素晴らしい事です。ですが…過去の悲劇を忘れ、平和が『当然』になったせいか、大小様々な争いが起こるようになってしまいました…」
 悲しそうな表情を浮べ、拳を握る男性。彼は、民族や国での対立…人間の争いを何度も見てきた。アヤカシが居なくなった事で、人同士の紛争が増えてしまったのは皮肉な事である。
「平和な時代だからこそ、私はアヤカシの事を忘れるべきではないと思っております。あの脅威と恐怖を、失われた命を、開拓者さん達の戦いを」
 そこまで言って、老紳士は一旦言葉を切った。握っていた手を開き、ゆっくりと机の上に乗せる。そのまま、静かに頭を下げた。
「平和の意味を再確認し、人間同士の争いを減らすため…どうか、この老いぼれに力を貸して下さい!」


■参加者一覧
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
十野間 月与(ib0343
22歳・女・サ
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
サニーレイン=ハレサメ(ib5382
11歳・女・吟


■リプレイ本文


 天儀歴1065年、早春。冬が終わって春の気配が近付き始めた頃、天儀の広場には大勢の人が集まっていた。
 彼等の目的は、還暦を迎えて除隊する老紳士の祝福と、その老紳士が主催する講演会。講師として、開拓者達が参加する事になっている。しかも…50年前の大戦で勝利を収めた、歴戦の勇士達が。
 アヤカシとの戦いに終止符を打った、『原初の地平線』と呼ばれる決戦。その作戦に参加していた開拓者達の活躍は、今でも語り継がれている。
 半ば『生きる伝説』と化した開拓者達の話を聞けるとあって、大勢の一般人が集まっているのだが……。
「飴ちゃんを、どうぞ〜。紙芝居が、始まり。ますよ〜」
 講師として一番最初に登場した少女は、何故か飴を配っていた。年齢は10代前半くらいで、小柄。独特なテンポの話し方に、面食らっている者も少なくない。
 この少女が何者なのかは分からないが、一部の人々は『ある事』に気が付いていた。
「あの子、サニーレインに似てるねぇ」
 老婦人が呟いた言葉が、波紋のように広がっていく。
 サニーレイン=ハレサメ(ib5382)。50年前に活躍した開拓者の1人である。資料や文献、錦絵によると、サニーレインは金糸のような長髪と、透き通るような白い肌の少女。常に相棒の土偶ゴーレムが寄り添っていたらしい。
 土偶の姿は無いが、飴を配っている少女はサニーレインと瓜二つ。経過年数を考えれば別人だが…本人と見紛うほどに似ている。
 疑問だけが膨らむ中、少女は広場中央に設置されたステージに移動。飴を置き、代わりに紙芝居と楽器を手に取った。
「『土偶魔神テツジン十八号』はじまりはじまりー』
 ドンドンパフパフという、太鼓と笛のような音。お世辞にも巧いとは言えない演奏で、紙芝居は幕を開けた。
 内容は、1人の少女と土偶が世界を旅し、アヤカシを倒す愉快痛快冒険譚。泰国の姫を隠した大蛇を退治したり、従順な迅鷹を助けて蜂アヤカシを倒したり、時には悪人を成敗したり。
 と、紙芝居を見せながら説明しているが…少女の絵が独特過ぎて、何が何やらサッパリ分からない。姫も蜂も悪人も、色以外は同じに見える。
「何かウソくさいなぁ〜」
 話を聞いていた少年が、遠慮の無い感想を口にする。それが耳に届いたのか、少女は無表情のまま小首を傾げた。
「うそくさい、ですか?」
「うん、ウソっぽい」
「あと、楽器もヘタ〜」
「絵も下手だヨ〜!」
 問い掛ける少女に、追い打ちを掛ける子供達。無邪気さは、時として残酷である。慌てて大人達が止めに入ったが、少女は発言に対して怒る事も無く、静かに口を開いた。
「はあ、それは、すみません。でも…これは、本当にあった、お話。ですよ」
 その瞬間、周囲の空気が一変した。数秒前までの愉快で柔らかい雰囲気が消え去り、代わりに深い悲しみや慈愛を感じる。
「世界を救う、でんせつの戦いでは、無かったけれど……」
 昔を懐かしむような、感情の籠った一言。少女は言葉を切り、視線を紙芝居に向けた。
「『彼女』とテツジンが、一緒に見た、世界。蝕まれた世界の中で、必死に生きる人達と、それを。ほんのちょっとだけ。助けた人達の、物語」
 テツジンとは、サニーレインの相棒の名前である。そのテツジンが登場しているという事は…少女の言う『彼女』とは、サニーレインの事で間違いない。この紙芝居は嘘や作り話ではなく、彼女達の軌跡を伝えているのだ。
 言葉なく静まり返る広場。少女の言葉を疑う者は、もう1人も居ない。少女は紙芝居を最後まで読み終えると、視線を子供達に向けた。
「チビッコたち。英雄じゃなくても、力がなくても、いいのですよ。大切なのは、きっと…」
 数秒の沈黙。少女が今日の講演で伝えたかった事、それは…。
「自分に。できることを、やってみる、こと。それと、『ゆーもあ』を。お忘れ、なく」
 ほんの少しだけ、少女は笑って見せた。もしかしたら、紙芝居の絵や演奏がヘタだったのは、彼女なりに相手を笑わせようとした行動なのかもしれない。少女が軽く頭を下げると、周囲から拍手が雨のように降り注いだ。


 少女がステージを後にすると、入れ違うように次の開拓者が登壇。その姿に、一般人から驚きの声が上がった。
 現れたのは、長髪で高身長の老婆。年代は70歳前後くらいだろうか。肌艶も良く、足腰もシッカリして元気に歩いている。若草色の着物に、神代の羽衣も羽織った姿は、『大和撫子』という言葉が良く似合う。
 彼女の後ろには、付き添いのからくりが1人。大量の荷物を持ち、ゆっくりと歩いている。2人がステージに上ると、老婆は軽く頭を下げた。
「このような場を用意して頂き、感謝致します。私は、十野間 月与(ib0343)。当時、救護小隊の長を務めていました」
 自己紹介と共に、人々から感嘆の声が漏れる。歴史の生き証人とも言える開拓者が、目の前に立っているのだ。しかも、小隊長を任される程の実力者が。
 ザワつく観衆を尻目に、からくりの睡蓮が折り畳み式のテーブルを複数並べていく。その上に荷物を置き、中身を広げた。
 彼女が持って来たのは、合戦当時の資料。戦況や救援の記録、月与が記した『負傷者・戦死者対応のカルテ』、『戦災孤児達の対応記録』等、金には代えられない代物ばかり。これらは全て、彼女が大切に保管していた資料である。
「今日は、合戦で実際に使った資料をお持ちしました。50年も前の物ですが、手に取ってご覧下さい」
 そんな貴重な資料を惜しげもなく提示する月与。周囲の人々は驚いていたが、彼女の言葉に甘えてそっと手を伸ばした。
 カルテや書物に書かれていたのは、当時の実態。所々に、血の跡や泥の汚れが残っていた。月与の想いが、失われていく命の叫びが、戦争の喧騒や悲鳴が、50年の時を超えて伝わってくる。
「私は最前線で戦ったわけではありませんが…救護の現場も、壮絶なものでした」
 過去を思い出しながら、月与は悲痛な表情を浮べた。救護班という性質上、『死』には何度も直面している。消えてしまった命は数知れず、流れた涙も数知れず。その全てを忘れないように…彼女は記録を残したのかもしれない。
「力及ばず、救えなかった人々…彼等の『最期の言葉』は、今でも耳に残っています」
 戦いで傷付き、力尽きた者達。『愛する者の元に帰りたい』、『死にたくない』、『痛い』、『苦しい』…様々な想いを遺し、散っていった。今の『平和な世界』からは、想像も出来ないような惨状だろう。
「過去の大戦で、数多くの一般兵や開拓者が命を懸けました。大切な人達を守るために……そうしなければ、アヤカシには勝てませんでした」
 人同士の戦いとは違い、アヤカシ相手に和平や降伏は通用しない。生きるか死ぬかの、文字通り『命を懸けた戦い』…力無き者達を守るため、戦う力を牙のように研ぎ澄ませた日々。
 あの死線を生き抜いた月与は、血生臭い過去を忘れないよう、語り部として伝えていくのが大切だと思っている。平和な世界だからこそ、人々が『平和の意味』を忘れないように。
「世界が安寧の時を迎えたのは、素晴らしい事です。ですが、傷付いた世界を復興させるのに、長き時間と、多くの協力が必要でした。その事を、どうか忘れないで下さい」
 言葉と共に、月与は静かに頭を下げた。
 平和を謳歌する事は、決して悪い事ではない。だが…この安寧と平穏は、多くの犠牲の上に成り立っている。過去に囚われていたら前に進めないが、悲劇の歴史を繰り返してはならない。
 月与の想いが伝わったか否か、これからの時代を担う者達が証明してくれるだろう。彼女の言葉に応えるように、拍手が広がっていった。


「レディ〜ス&ジェントルメ〜ン♪」
 それは、完全に不意討ちだった。人々が月与に拍手を送る中、元気な声が広場に響く。次いで、巨大なスクリーンが出現した。
 その脇には、小柄な少女が1人。肌は小麦色で、身長は120cm弱。紫のボブカットが風に揺れ、青くて大きな瞳がキラキラと輝いている。周囲から疑問の声が上がるより早く、少女は笑顔で叫んだ。
「美少女天才開拓者、リィムナ・ピサレットの栄光の軌跡、始まるよ〜♪」
 言うが早いか、スクリーンにリィムナ・ピサレット(ib5201)の姿が映る。紫の髪に青い瞳……スクリーン脇に居る少女と、全く同じ姿が。
 サニーレインと同じく、この少女がリィムナ本人だとは考え難い。50年という月日が流れているし、彼女は『原初の地平線』の数年後に行方不明になっている。
 果たして、少女の正体は誰なのか。単なる目立ちたがりなのか、リィムナの血縁者なのか…あるいは『帰還』した本人という可能性もある。自称天才のリィムナなら『老けるのは凡人の発想っ!』とか言い、若さを保っていそうだが。
「リィムナは裕福でない生まれでしたが、持ち前の明るさと才能、そして、たゆまぬ努力によって当代随一と称される程の開拓者となりました♪」
 憶測だけが独り歩きする中、動画が流れていく。少女の説明に合わせ、映像のリィムナが微笑んだ。
「数々の大アヤカシと戦って瘴気に還し…」
 スクリーンに映し出される、数々の大アヤカシ。その中の1体…蟻型で銀色の巨大な怪異に、リィムナが止めを刺している。
「自分だけの奥義を身に付け…」
 画面が切り替わると、リィムナはオーラを放出して5人に分身していた。その状態で、攻撃スキルを乱射している。
「そして、更なる高みを目指したのです!」
 最後に映ったのは、白い荒涼とした大地を歩き続ける姿。そこが天儀なのか、違う場所なのか、『違う次元』なのかも分からない。
 ただ1つ分かっているのは…リィムナは自己研鑚のために姿を消した、という事。もしかしたら、今もどこかを旅しているのかもしれない。
「今日はリィムナから伝言を預かっています」
 少女が放った予想外の一言に、周囲から驚きの声が上がる。一般人達の注目を浴びながら、少女は手紙らしき紙を取り出した。
『人類の技術発展は目覚ましく、一般人が扱える武器であっても、かつての開拓者を上回る威力を誇っています』
 アヤカシとの戦いが始まって以降、兵器は飛躍的な進歩を続けてきた。戦争が技術を促進させたのは、皮肉な事ではあるが。
『でも…古代人の世界は、超技術を用いた戦争によって滅びた事を忘れないで』
 進化し過ぎた技術は、いつか人間に牙を向ける。それを実証するかの如く、大量破壊兵器が炸裂して都市が瓦礫と化す映像が、スクリーンに流れた。
 もちろん、これは少女が作った動画作品だが…古代人が存在し、高度な文明を築いていた事は、紛れも無い事実。このまま技術が進歩すれば、今の世界も同じように消えてしまうかもしれない。
『過ちを繰り返さず、平和を…あたし達が勝ち取った平和を、ずっと維持していってください』
 映像が切り替わり、リィムナの姿が映る。彼女はスクリーンの中で深々と頭を下げ、ゆっくりと顔を上げた。
『以上でっす♪ じゃあね〜♪』
 リィムナが笑顔で手を振った直後、ステージ全体が霧に包まれる。それ自体は数秒もしないうちに晴れたが…霧と一緒にスクリーンも少女も消えていた。
 登場も退場も唐突で型破りだが、彼女の言葉は耳と心に残っている。どこかに居るであろうリィムナに届くように、誰もが拍手を送った。


 最後の講演者は、リューリャ・ドラッケン(ia8037)。齢72の老紳士だが、筋肉質な肉体と鋭い眼光は現役時代と大差なく見える。少し前までは後任の育成を担当していたが、公的な仕事としては今日の講演が最後になるらしい。
「私達には様々な力があります。腕力、脚力、知力、精神力、魔法の力…挙げればキリが無いでしょう」
 力強く、凛とした声。後進を指導していたためか、話し方に粗がなく聞き易い。
「では、この中で『個人で上級アヤカシを上回った力』は何だと思いますか?」
 広場全体を見渡し、質問を投げ掛けるリューリャ。聴衆に考える時間を数秒与え、彼は答えを口にした。
「正解は…『どれも超える事は叶わなかった』です」
 予想もしなかった一言に、広場全体がザワつく。混乱と驚きが瞬く間に広がり、周囲の空気を支配した。
「我々開拓者は…アヤカシを捻じ伏せた訳ではありません。宝珠や道具、仲間や大精霊と言った有形無形の様々な助力を受けて、ようやく勝ち残りを拾えた程度です」
 リューリャの言葉は、色んな意味で衝撃的だった。結果だけを見れば、人類がアヤカシに勝利したのは間違いない。それでも、リューリャはアヤカシに『勝った』と思っていないようだ。
「開拓者は絶対の存在ではないのです。作物を作る者、鍛冶をする者、物を作る者といった、当たり前の生活を営む人達に支えられたからこそ、最後まで戦い抜く事が出来たのですよ」
 言いながら、優しい笑みを向けるリューリャ。『志体』という特別な力ではなく、人の存在そのものが、彼ら開拓者を支えていた。その事を、人々に伝えたかったのだろう。
「では次に…そこの貴方、こちらへ」
 リューリャは話を区切り、1人の一般人をステージに招いた。指名されたのは、ごく普通の青年。中肉中背で、どこの町にも居そうな若者である。
「この矢を折ってみてください」
 そう言って、リューリャは1本の矢を差し出した。鉄や堅木ではなく、安価で手に入る木の矢を。
 青年は若干戸惑っていたが、それを受け取って難無く折って見せた。『これで良かったのかな?』という表情で、青年はリューリャに視線を向ける。
「簡単でしたね? では、この壊れた矢を元に戻せますか?」
 一瞬、青年は耳を疑った。そんな事、出来るワケがない。単なる冗談かと思ったが、リューリャの表情は真剣そのもの。自分を馬鹿にしたり、からかっている様子は全く感じられない。
 だから、青年も真面目に答えた。
「それは……無理です。俺には出来ません」
「出来ませんか? はい、戻っていいですよ。ありがとうございました」
 青年に一礼し、折れた矢を受け取るリューリャ。一連の行動に何の意味があったのか…青年を含め、広場の全員が疑問を抱いている。
 それに答えるため、リューリャは深呼吸してから口を開いた。
「今見た通り、失った物を元の形に戻す事は出来ません。それは、どんなに優秀な開拓者でも無理な事です」
 戦争には勝者も敗者も無く、ただ『破壊』だけが残る。失った物を修復しても、それは『良く似た別物』であり、本当の意味で元に戻す事は出来ないだろう。
 リューリャ自身、戦う事を『悪』として否定する気は無い。だが、大切なのは『その先』。
 戦った先に何を創るのか。
 何かを創らねばならないから戦うのか。
「1を0にする事は簡単です、誇るにも値しない事です。ですから…『0を1にする事の難しさ』を、理解してください」
 その言葉を最後に、講演会は盛大な拍手で幕を閉じた。