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■オープニング本文 「え〜っとぉ……」 理穴の小さな村にある、小さな診療所。奥の倉庫で、白衣の男性が荷物を引っくり返している。歳は20代後半だろうか? 肩まで伸ばした髪は寝癖だらけで、周囲の埃で眼鏡が軽く雲っている。 「あ〜、これは駄目ですねぇ」 眼鏡を外し、フッと息を吹き掛ける。それでも落ちない埃を、白衣の裾で拭いて眼鏡を掛け直した。 「シグレく〜ん! ちょっと来てくれませんか!?」 男性の声に、パタパタという足音が近付いて来る。 「きゃっ!?」 短い悲鳴と共に、ズベシッという音。男性は額に手を添え、苦笑いを浮かべながら首を振る。 「イタタ……先セィ、僕の事呼びましたぁ?」 両手で鼻を押さえながら、小柄な女性が顔を出した。 「えぇ。相変わらず、何も無い所で転ぶのが上手ですね、君は」 「うぅ…先セィ、イヂワルですねぇ。そういう事言うならぁ、お昼ご飯は人参さんイッパイ入れちゃいますよぉ?」 頬を軽く膨らませながら、拗ねるような発言をする時雨。その言葉に、男性は顔を引き攣らせた。 「あはは…それは、全力で遠慮しますよ。それより、ちょっと君に頼みたい事があるんですが」 「頼み、ですかぁ?」 小首を傾げる時雨に、男性は優しい笑みを向ける。 「今在庫を確認していたんですが、鹿の角と熊胆(ゆうたん)が切れそうなんですよ。ちょっと、調達して来てくれませんか?」 「鹿の角と、ユータンですね! 僕に任せて下さい!」 言うが早いか、時雨は脱兎の如く駆け出した。その背を見送りながら、男性は頭を掻く。 「……どこで手に入るか、あの子知ってるんですかねぇ」 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
焔 龍牙(ia0904)
25歳・男・サ
滝月 玲(ia1409)
19歳・男・シ
四方山 連徳(ia1719)
17歳・女・陰
此花 咲(ia9853)
16歳・女・志
仁志川 航(ib7701)
23歳・男・志
向井・操(ib8606)
19歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●集う者達 小川がサラサラと流れ、家畜の牛が大口を開けて欠伸をする。典型的な田舎の村に、見知らぬ顔の若者達8人。その様子が物珍しいのか、村人達は遠巻きに彼等を眺めている。 「時雨さん、俺は砂迅騎の焔 龍牙。よろしくな! ところで、今回の調達品の入手先は知っているのかな?」 笑顔で自己紹介する、焔 龍牙(ia0904)。彼の問い掛けに、時雨は軽く小首を傾げた。 「えっとぉ、南西の森と、南部の山です! ……多分」 「まぁ、入荷を待つより質の良いのを自分で採りに行った方が早いな。ケモノ退治は慣れてるし、任せてくれ」 時雨の頼り無い返事に、風雅 哲心(ia0135)は軽く苦笑いを浮かべる。だが、その言葉は力強く、頼り甲斐がある。 「お願いされたのは、物資の仕入れだからね。あ、上物の胆を持ってる熊ってのはどんな感じなんだい?」 滝月 玲(ia1409)の何気ない質問に、時雨の視線が宙を泳ぐ。数秒後、言い辛そうに口を開いた。 「それはぁ…捌いてみないと分からないんですよぉ。ですから、活きの良いユータンをお願いしますね?」 「でしたら、熊は氷で冷やしましょう‥私達は狩人ではないので、お役に立てるか分かりませんが‥」 自信が無いのか、控えめに提案する柊沢 霞澄(ia0067)。そのまま、俯くように視線を下に下げた。 「心配ご無用! 拙者の考えた『超作戦』ならば、成功間違い無しでござるよ! 早速、説明せねばなるまいでござる!」 対照的に、四方山 連徳(ia1719)は自信満々で紙の束を取り出した。恐らく、それに作戦がビッチリと書き込まれているのだろう。 「四方山殿、お気遣いは嬉しいのだが…その『超作戦』とやらは、次の機会にして頂けないだろうか?」 複雑な表情で、連徳と紙の束に視線を送る、向井・操(ib8606)。その紙の量的に、説明がえらく長くなるのは明白である。 「そうだねぇ…日が暮れて暗くなったら、狩りが難しくなっちゃうし。今回は、早く出発した方が良いかもね」 そう言って、仁志川 航(ib7701)は空を見渡した。天気は快晴、雲一つ無い青空である。時間は正午前だが、目的地までの移動時間を考えるとゆっくりしている暇は無い。 操と航の言葉を受け、紙の束を片付ける連徳。その背中は、哀愁が漂っている。 「では、早速行きましょうか。時雨さんは、ここで待っていて下さい。出来る限り早く帰ってきますから♪」 此花 咲(ia9853)が優しく微笑むと、時雨も釣られたように笑みを浮かべる。その笑顔に見守られながら、8人は狩場に向かって歩き始めた。 ●鹿角大作戦 鹿の角を得るために南西の森にやってきた、霞澄、哲心、連徳、咲の4人。鹿の糞や足跡等の痕跡を辿って、森を奥に進んだのだが……。 「あの‥皆さん怪我には気を付けて下さいね? 凄い獣道ですし‥」 霞澄が心配そうに、全員に声を掛ける。進む先に道は無く、足場はお世辞にも良いとは言えない。彼女が心配するのも、無理は無いだろう。 次第に木々が増えて見通しが利かなくなってきた頃、咲は足を止めた。 「んー…視界が悪いですね。ちょっと待って下さい、調べますから」 そう言って意識を集中させると、感覚を周囲に広げるように気配を探る。開拓者以外の、何かの気配が複数。そのうちの1つが、彼女達に近付いて来ている。咲は目を見開くと、その方向に視線を向けた。折り重なった木々の奥、鹿のケモノの姿が見て取れる。 「あれなんか良さそうだな。まずは動きを止めるぞ…迅竜の息吹よ、夢魔の囁きとなりて彼の者に安らぎを与えよ―――アムルリープ」 哲心の詠唱が、鹿を深い眠りへと誘う。その瞳がゆっくり閉じ、膝から崩れ落ちるように地に伏した。 「哲心殿、お見事でござる。早速、角だけ貰ってトンズラでござるな!」 見事な手並みに、感嘆の声を漏らす連徳。哲心は軽く頷き、横たわる鹿に歩み寄った。その後ろに、咲も続く。哲心は鹿の角を掴むと、刀を抜き放った。 「咲さん、哲心さん、危ない!」 霞澄の叫びに反応し、哲心と咲は後方に跳び退いた。ほぼ同時に、鹿と二人の間を『何か』が駆け抜けた。その風圧と衝撃で、哲心と咲の前髪が数本切れて宙に舞う。 視線を巡らせた先に居たのは、鋭い角を持った鹿のケモノ。その瞳には怒りの炎が燃えている。恐らく、仲間を倒されたと勘違いしているのだろう。 「活きがいいな。だが少し弱らせた方がいいか…迅竜の息吹よ、凍てつく風となりてすべてを凍らせよ―――ブリザーストーム!」 不敵な笑みを浮かべながら、哲心はアゾットの切先を鹿に向けた。猛烈な吹雪が扇状に広がり、鹿を飲み込む。 が、ケモノは地面を蹴って横に跳ぶと、吹雪の範囲から逃げ出した。 「見えてはいけない物を見て貰うでござるよ!」 その着地点を狙うように、連徳の式が乱れ舞う。小さな蟲の式が鹿に噛み付いて四肢を痺れさせると、違う式が幻覚で惑わせる。この幻覚が、彼女の言う『見えてはいけない物』なのだろう。 「私が動きを止めますから‥その隙に‥! 言いながら、霞澄は静かな舞を踊る。それが精霊に働きかけ、鹿の動きを重く鈍らせていく。 「動かないで下さいね。すぐに済むのですよっ!」 裂帛の気合と共に大きく踏み込み、咲は霊刀を抜き放った。七色の閃光が宙を奔り、右の角を斬り落す。そのまま刀を素早く鞘に納めると、逆手で握り直し、斬り上げるような2撃目の居合い。目にも止まらぬ斬撃が、もう片方の角を斬り落とした。 両方の角を失い、鹿のケモノがゆっくりと後ろに下がる。今の状態では勝てないと悟ったのだろう。開拓者達に背を向けると、脱兎の如く森の奥へと消えて行った。 「ごめんなさい。角は大事に使わせて貰うのですよ」 鹿の背を見送りながら、咲は申し訳なさそうに言葉を漏らす。 「巧くいったな。念のため、こいつの角も頂いて行くか」 改めて、哲心は眠る鹿の角を掴み、刀を走らせた。白刃が煌めき、左右の角を器用に斬り落す。採取出来た角は、全部で4本。それを霞澄が用意した袋に入れ、4人は森の出口に向かって進み始めた。 ●尊い犠牲 「これで5匹目…と。大きさ的に、今回のが一番良いかもしれないですね」 熊班を担当している4人は、山の中を探索していた。龍牙が借りてきた山の地図を参考に、熊を探索して場所を記入。それを繰り返し、標的にする獲物を慎重に選んでいるのだ。 「あのもふもふ具合、申し分無いと思う。出来る限り、苦しまぬように逝かせてやりたいところだな……」 操の言う通り、視線の先に居る熊は相当にもふもふで毛並みも良い。体長は、3m近くあるかもしれない。その命を犠牲にしなければならない事に、彼女の胸が痛んだ。 「それにしても…元気だねぇ。大木が雑巾みたいにボロボロになってるよ」 太い樹木に爪をたて、ガリガリと引っ掻いている熊のケモノ。その様子を見れば、航でなくても苦笑いを浮かべるだろう。 「熊は鼻が利く、風上から囲みこむぞ」 玲の提案に、4人は物音を立てないようにゆっくりとケモノの風上に移動した。それに気付いたのか、熊は立ち上がって鼻を鳴らしながら周囲を見回す。タイミングを合わせ、4人は一気に飛び出した。航と操が左右を挟み、龍牙が正面に立ち塞がる。 「熊は捨てる所がないっていうからな、下手に傷つけんなよ!」 驚異的に加速した玲は熊の背後に回り込み、捻りを加えながら槍の柄で延髄を強打した。その衝撃に、熊の頭部が大きく揺れる。 追撃するように、龍牙は魔槍砲を構えた。放たれた銃弾は寸分違わず熊の胸を撃ち、赤い飛沫が周囲に舞い散る。 が、厚い筋肉と脂肪が弾道を妨げたのか、止めには至っていない。 「一撃で無理なら…もう一撃!」 静かに呟きながら、再び引き金を引く龍牙。ほぼ同時に、熊は体勢を屈めて四足を付いた。弾丸が後頭部を掠り、毛皮が宙に舞う。熊は四肢に力を込めて地面を蹴り、龍牙に向かって突撃した。 次の瞬間、航が熊と龍牙の間に割って入る。恐らく、熊の動きを予測して一瞬早く飛び出したのだろう。牙を剥く熊に対し、航は釵を噛ませるように交差させて受け止めた。 「…まいったね、コレは。尋常じゃない馬鹿力、だよ」 熊の突撃は受け止めたものの、その衝撃が全身を駆け巡る。苦笑いを浮かべる航を押し切ろうとするように、熊は尚も圧力を掛けてきた。 「獣というのは、追い詰められた時が1番怖いものだ。油断は大敵、という事だな」 剣を両手で握り、熊との距離を詰める操。紅蓮色の刀身に練力を纏わせ、一気に突き出した。切先が毛皮と皮膚を突き破り、深々と突き刺さる。 激痛に、熊は天を仰いで雄叫びを上げた。軽く後ろに跳び、距離を置く航と操。彼女の剣は、熊の喉に刺さったままである。 その剣と交差させるように、玲は喉を狙って槍を突き出した。穂先が毛皮を突き抜け、鎌が皮膚を斬り裂いて鮮血が舞う。 それでも、熊は止まらない。怒りの声を上げながら、派手に暴れ始めた。玲は槍を引き抜いて後方に跳んだが、爪が胸元を斬り裂いて薄らと血が滲む。 更に、熊は標的を航に変え、大きく腕を上げて引き裂くように振り下ろした。航は防御に徹しながら両手の釵を巧みに使い、その攻撃を受け止める。が、右腕の威力が強かったのか、航の左肩に爪が刺さり、徐々に深さを増していく。 「仁志川殿!」 「心配ないよ……それより、この隙に仕留めてくれ!」 操の悲痛な声が響く中、航は苦痛に顔を歪めながら攻撃に耐える。龍牙は魔槍砲の宝珠に掌をかざすと、練力を大量に流し込んだ。 「貴方の活躍、無駄にはしません…!」 一瞬で装填を終え、狙いを定める。轟音と共に放たれた一撃は、航の髪を掠めて熊の口内から喉奥を撃ち抜いた。赤い花のように、鮮血が噴出す。熊の体がゆっくりと後ろに倒れ、地響きを鳴らしながら地に伏した。手強いケモノを倒せた事で、4人の顔に安堵の色が浮かぶ。 「お手柄ですね、焔さん。早速、ソリで運びましょう。みなさん、手を貸して貰えますか?」 玲は借りてきたソリを木陰から取り出し、熊に歩み寄った。その躯は大きく、4人でも移動させるのは一苦労である。その証拠に、躯の大半がソリからハミ出していている。これを引きながら下山するのは、重労働になるだろう……。 ●お使い完了? 「先セィ〜〜〜! 今帰りましたぁ〜〜〜!」 窓の外から聞こえてくる、時雨の元気な声。その声に反応し、男性は診療所の扉を開けて外に出た。 「おかえり……て、シグレくん。何故、君が大八車に乗っているんです?」 この大八車は、玲が借りて来た物である。狩りを終えた2班は合流して村に戻って来たのだが……そこで時雨の転びっぷりを目の当たりにした玲が、彼女に乗る事を進めたのだ。そして、熊と一緒に運ばれながら今に至る。 「まぁ、細かい事は良いじゃないか。それより、希望の品はこれで大丈夫かい?」 「なかなか良いのが取れたが、どうだろうか。悪くはないと思うが・・・」 話題を変えるように、航が熊の躯を指差す。哲心は革袋から鹿の角を取り出し、躯の傍に並べた。それを見た瞬間、男性の目の色が変わった。 「ほほぅ、これは上物ですね……鹿の角も、熊も期待以上ですよ」 その表情は、嬉しそうに微笑んでいるようであり、興奮気味に笑っているようでもある。時雨は先生を見ながら、満面の笑みを浮かべた。そんな彼女の様子に、玲はそっと彼女の肩を叩いて呟く。 「良かったですね、先生が喜んでくれて」 玲の言葉に、頬を染める時雨。2人は顔を見合わせ、軽く笑った。 「微力ながら‥お手伝いが出来て良かったです‥」 胸の前で自身の手を握り、胸を撫で下ろす霞澄。彼女が氷霊結で川の水を凍らせて氷を作ったお陰で、熊の鮮度が保たれたと言っても過言では無い。 「早速、解体して熊胆を取り出しましょうか。シグレ君、手伝って下さい」 「あ、はい! 僕、道具持ってくるです!」 時雨は台車から飛び降りると、診療所の奥に消えていった。『ズベシッ』という音が聞こえてきた気がするが、空耳だと信じたい。 「解体はともかく、熊を下ろすなら俺たちも手伝うよ。人手は必要だろ?」 「それは助かりますね。是非、お願いします」 龍牙の提案に、男性は笑顔で頭を下げた。龍牙が熊の縄を外すと、男性陣は協力して躯を地面に下ろす。そこに、道具を持った時雨が丁度良く戻って来た。 「ちょっと良いだろうか? 解体したら、余った部位を譲って頂きたいのだが……墓を建ててやりたい故に、な」 「なるほど…でしたら、骨は全てお渡ししますよ。それで如何でしょう?」 男性の言葉に、操は軽く微笑みながら頭を下げる。解体作業が始まると、開拓者達は2人の邪魔をしないように診療所の中へ移動した。 どれくらいの時間が過ぎただろう? 解体を終えて男性が診療所に戻って来た時、太陽は西の空に沈もうとしていた。操は麻袋に入った熊の遺骨を受け取ると、感謝の言葉と共に深々と頭を下げる。 「これにて、一件落着でござるな」 その様子を見ていた連徳が、満足そうな表情でウンウンと頷いた。 「では、これで仕事終了ですね。また何かあれば呼んで下さいな」 笑顔を浮かべながら挨拶をする咲。男性と時雨も笑顔を返し、帰って行く開拓者達の背中を見送った。 互いの手を、シッカリと握り合いながら。 |