温泉を『造ろう』!
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/02/25 19:12



■オープニング本文

 純白の小雪が舞い散る中、湯気と熱気が人々を誘う。寒さが厳しいこの季節、冷え切った体を温め、心までもホッとさせる温泉は大人気である。
 その魅力は、人間だけでなく野生動物も分かっているようだ。狐や熊が温泉に入っている姿が時々見られるが、一番多いのは猿。温泉地の中には、猿との混浴をウリにしている所さえある。
「今年は寒いですから、とにかく千客万来で。ウチとしては嬉しい事なんですが…『湯船が混雑し過ぎる』という問題が起きたのは予想外でした」
 言いながら、着物姿の女性は苦笑いを浮かべた。彼女は、実家の旅館を継いだばかりの新人女将らしい。就任して早々、天儀は猛烈な寒さに襲われ、旅館は満員状態。宿泊客はもちろん、銭湯のように入浴のみで帰る客も急増していた。
 旅館の温泉は決して狭くないが、人数が増え過ぎた影響で浴槽は芋の子を洗うような状態。この状況を改善するため、女将は新しい温泉を造る計画を立てたのだが…。
「それで、ギルドの力を借りたいと? 申し訳ありませんが…そういう相談なら大工に頼んだほうが確実かと」
 女将の話を聞いた克騎は、静かに言葉を返した。開拓者なら力仕事に向いている者が多いが、専門的な知識と技術を持っているワケではない。浴槽を造るとなると、大工を雇った方が賃金も安く済む。
 どう考えても開拓者に依頼する理由は無いが、女将はゆっくりと首を横に振った。
「巧い下手は関係ありません。開拓者の皆様が造ってくれた湯があれば、うちの旅館『神御名(かみな)』を末代まで守ってくれる…そんな気がするんです」
 温泉がお守りになる、という話は聞いた事が無いが…こういうのは理屈ではない。女将自身が願うなら、それが心の支えとなって物事が円滑に進む場合もある。彼女の答えに納得したのか、克騎は筆に手を伸ばした。
「あ…あと、もう1つお願いが。新しい湯が完成したら、是非とも名前を付けて下さい。開拓者さんに、名付け親になって欲しいのです」


■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
御陰 桜(ib0271
19歳・女・シ
羽喰 琥珀(ib3263
12歳・男・志
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
雁久良 霧依(ib9706
23歳・女・魔
リズレット(ic0804
16歳・女・砲


■リプレイ本文


「わ〜〜〜! 広い広〜い♪ この土地、全部使って良いんだよね?」
 山奥の温泉地に響く、リィムナ・ピサレット(ib5201)の元気な声。青い瞳の見回す先には、空地が遠くまで広がっていた。面積は恐らく、100m四方程度。既存の温泉に隣接し、奥は深い森になっている。
 この肌寒い時期、温泉は魅力的な場所だが…今日は観光で来たワケではない。リィムナ達は女将の依頼で、温泉を造りにきたのだ。
「ステキな家族風呂を造りましょ♪ ね、リィムナちゃん?」
 妖艶な笑みを浮かべながら、雁久良 霧依(ib9706)がリィムナを後ろから抱き締める。そのまま2人は視線を合わせると、嬉しそうに微笑んだ。
「イロイロな温泉に入れた方が楽しいし、洗い場は共通にしてそれぞれ好みの温泉を造る…ってコトでイイかしら?」
 当初の予定を確認するように、御陰 桜(ib0271)が仲間達に声を掛ける。使える土地は広いし、造りたい温泉は全員バラバラ。無理に統一する必要は無いし、女将から『自由にして良い』という許可も出ている。
 桜の言葉に反論する者は1人も居なかったが、代わりに羽喰 琥珀(ib3263)が手を挙げた。
「だったら、最初に場所割りとか決めようぜ。無計画にあれこれ造れば狭くなるだろーし」
 互いに何を造るか多少は話し合っているが、位置や規模は把握していない。実際に土地を見ないと分からない点もあるが、各自が使う面積や場所を決めないと作業が進まないだろう。
 開拓者達は敷地内の見取り図を借り、筆を片手に作戦会議を始めた。造りたい温泉の面積や配置、脱衣所や通路の位置を決め、図面が次々に埋まっていく。
 話し合いが進む中、獣人の少女リズレット(ic0804)は、天河 ふしぎ(ia1037)の裾を軽く引っ張って小声で話し掛けた。
「ふしぎ様は、えっと…混浴、のお湯場を造りたいのですよね? ひょっとして…その…」
「そっ、そんな目で見ちゃ駄目なんだぞ! 変な事は期待してないんだからなっ! 夫婦や恋人同士で入れる温泉、絶対求めてる人はいると思うんだぞ!」
 リズレットの言葉を遮るように、ふしぎが大声かつ早口で叫ぶ。2人は結婚しているし、混浴しても特に問題は無いが…仲間達の前でそれを認めるのは、流石に恥ずかしいのだろう。その証拠に、ふしぎは耳まで真っ赤に染まっている。
「えっと、それでしたら、リゼの考えているお湯場と合作にしませんか…? ペットや相棒さん達とも、一緒に楽しめるようなお湯場にしたいのですが…」
 混浴を否定されたが、共同作業を提案するリズレット。平静を装っているが、猫のようや耳とフサフサな尻尾が元気無く垂れ下がっている。どうやら、彼女は愛する夫と入浴したかったらしい。
 これはコレで可愛らしいが…リズレットを悲しませてしまった事を、ふしぎは心の中で反省。彼女にゆっくりと手を伸ばし、頭を優しく撫でた。
「なら、『相棒連れても入れる混浴』を造ろうっ! 一緒に頑張ろうね、リズ!」
 愛妻を元気づけるように、明るい笑みを向けるふしぎ。彼の表情につられるように、リズレットも笑顔も返した。ふしぎ達が合作になった事で、2人の割り当て場所を統一。共通部分と各自の場所が決定し、6人の作業が始まった。


「開拓者とはいえ、あたしはオンナのコだし…力仕事は手伝ってもらえるのよね?」
 甘い口調で甘えるように話しながら、胸を強調して流し目を送る桜。その破壊的なまでに魅力的な仕草を見せられたら、どんな男性でも簡単に落とされてしまうだろ。
 だが…惜しい事に、参加者の大半は女性。桜の『ないすばでぃ』を駆使した色仕掛けも、若干効果が薄くなっている。
 男性開拓者は2人居るが、ふしぎは既婚している上、リズレット以外の女性は見えていない。残る琥珀は…。
「少しなら良いぞー。桜がどんな温泉作るか、少し興味あるしな!」
 元気良く言葉を返し、金色の瞳を輝かせて微笑んだ。彼は12歳という事もあり、面白い事や楽しい事が大好きな年頃である。桜の色仕掛けよりも、彼女の造る温泉に興味を引かれたようだ。
 自身の『最強の武器』が通じず、若干苦笑いを浮かべる桜。素直に喜べない気持ちを抑えつつ、2人は作業をする場所へと移動を始めた。
 桜が思い描いている温泉は、大きな露天風呂。1つの湯船で足湯から全身浴まで多岐に使えるよう、周囲は浅く中心は深い構造の。湯船には石を使い、端から段階的に深くする予定である。
 石を埋めて造るため、地面を広範囲で掘る必要がある。桜1人でも作業は可能だが、人手が多い方が作業が早く進む。石材の大きさと高さも考慮し、2人はクワを地面に振り下ろした。
 他の場所でも、参加者達が作業を始めている。
「この辺りにアル・カマル…希儀は、このくらいかしら?」
 担当場所に移動し、木の枝で地面に線を書く霧依。同様に、リィムナも線を走らせている。
「じゃぁ、泰とジルベリアはココにするね。材料は全部届いてるハズだし、早速始めよっ♪」
 2人が造ろうとしているのは、5つの儀をイメージした家族風呂。広い温泉ではなく、柵や植え込みで区切られた露天風呂で、家族数人だけで楽しめるように仕上げるつもりである。
 地面に書いた線は、各風呂の位置取り。5つの風呂を作るなら、場所を決めないと作業が始まらない。細かい配置が決まった処で、2人は事前に手配した材料を取りに、旅館の裏庭へと走り出した。
 温泉を造るのに必要な建材は、ギルドと旅館で準備している。使う種類も数量も多いため、作業の邪魔にならないよう、裏庭に置いているのだ。
 ふしぎとリズレットは一足先に資材を運び終え、地面を叩いて固めていた。頑丈な足場を作ったら、20m四方の檜製浴槽を2つ並べ、残ったスペースに大きな風呂を1つ。その周りに岩と土を盛って固定し、通路の部分には平な石材を敷き詰めている。
 夫婦で話し合った結果、お湯の温度は3つ全部変える事になった。湯温が別々なら、自分に合った風呂を選ぶ事も出来る。子供も入れるよう、小さな風呂には底の浅い部分も作っている。
 大きな風呂は中央に巨大な岩を配置し、その近くに大小様々な岩を流れるように配置。ここにお湯が溜まれば、天儀庭園の池のような綺麗な湯船になるだろう。
 共同作業という事もあり、2人は終始笑顔。作業も手早く進み、次の工程に移った。長い竹を割って隙間なく並べ、しっかりと固定。湯殿を覗かれないよう四方を囲み、全体の半分に竹製の屋根を設置した。
 唯一の混浴となる2人の温泉は、露天風呂も兼ねている。一部に屋根があれば雨や雪の日でも湯に浸かれるし、夜は星を楽しめるだろう。
「皆様に楽しんでいただけるような物にしてみたい、ですね…リゼは、ふしぎ様と一緒なら、いつでも…楽しいですが」
 竹を固定しながら、嬉しそうに話し掛けるリズレット。入浴客が喜んでくれたら嬉しいが、ふしぎと一緒の時間を過ごせるのは、もっと嬉しい。温泉造りは重労働の連続だが、自然と笑みが零れていた。
 リズレットが自分と同じ気持ちだと分かり、ふしぎの心に嬉しさと恥ずかしさが込み上げてくる。深呼吸して気持ちを落ち着かせ、ふしぎは彼女の正面に移動した。
「僕も…リズが一緒だと嬉しいよ。温泉が完成したら…一緒に入ろうね。その為に、このお湯場作りたかったんだし」
 リズレットは言葉を返す代わりに、満面の笑みをふしぎに向けた。


 作業開始から約2時間。琥珀は桜の手伝いを終え、ようやく自分の作業に取りかかった。
 平らな石を地面に敷き詰め、大きな長方形を形作る。その外周に石を積み上げ、立体的な緩いカーブや斜面に仕上げていく。準備した石の大半が詰まれると、ようやく全体の造形が見えてきた。
 琥珀が造っているのは、石の舟。海や空を走る船ではなく、川を渡る細長い形の。大きさ的に、この石舟を浴槽として使うつもりなのだろう。隙間は小石で埋め、崩れないように強度を上げている。
 石を積み終わると、次は表面に薄い木板を貼り始めた。琥珀は虎の獣人という事もあり、仕事も動きも素早い。120cmの小柄な体で縦横無尽に移動し、船首から船尾まで木材で覆っていく。
「うし。これなら木が傷んでも張り替えるだけで済むな」
 全体の仕上がりを確認し、琥珀は少しだけ胸を撫で下ろした。全てが木製なら浴槽丸ごと交換になるが、この造りなら板の貼り替えのみ。必要な経費と修理の手間を減らした、渾身の1作である。
「珍しい作りのお風呂だねっ。これって…船?」
 背後から聞こえてきたのは、リィムナの疑問の声。荷物を取りにいく途中なのか、カラの荷車を引いている。この舟形の浴槽を目撃したら、誰だって素通りしないで立ち止まるだろう。
「山なのに海の舟があって、しかも浴槽ってのは面白いと思うんだー。これがホントの湯『舟』。なんつってな♪」
 少年らしい無邪気な笑顔を浮かべ、自分で作った浴槽の説明をする琥珀。冗談のようにも聞こえるが、この外観は珍しいし、話題になるかもしれない。リィムナは納得したように頷き、自分の作業に戻っていった。
 琥珀は石と板材を組み合わせ、舟の周囲に階段を作成。地面と湯船の縁まで高さがあるため、4段程度の足場は必要である。老人の事も考え、木製の手摺りも作って浴槽の内外に設置した。これで、残る作業はお湯を溜める事のみ。
 ほぼ同時刻、桜の担当場所でも作業が終わろうとしていた。
 琥珀と協力して掘った穴には滑らかな石が敷き詰められ、浴槽の形になっている。男女別の湯にするため、中央は柵で仕切り、湯殿の周囲には竹垣を設置。女湯の方は背の高い竹を使い、ノゾキ対策もバッチリである。最後の仕上げに、桜は椿と梅の花、柚子の実を浴槽に投入した。
 温泉好きの彼女がやりたかったのは、四季折々の香りが楽しめる湯。花や果実の匂いが移らないよう、浴槽の材料には石を使ったのだ。
「これで良し。あとはお湯を溜めれば…『百香の湯』完成ね♪」
 今回の依頼、開拓者達には温泉造りの他に、もう1つ仕事を頼まれていた。それは…『造った温泉に名前を付ける』事。琥珀の言った『湯舟』も、桜が言った『百香の湯』も、正式名称として採用される。
 もっとも…これは強制ではないため、名付け親にならない開拓者も居るかもしれないが。
 着々と作業が進む中、霧依達の家族風呂も完成の時が近づいていた。割り当て区域を5つに分け、それぞれに家族風呂と休憩室を設置。内装は各儀の特色を活かし、ユニークな造りになっている。
 三位湖をイメージした露天風呂に加え、もふら、すごいもふら、ものすごいもふらの木像が設置されているのは、天儀様式の家族風呂。卓袱台や座布団の柄まで、もふらで統一している。
 泰国は庭に竹林を作り、パンダの木像を配置。建築様式は泰国の技術を取り入れ、猫族や泰拳士を描いた絵画が飾られている。
 希儀は白い石造りで神殿のような雰囲気を放っているのは、希儀。それに合わせて、精霊アルテナの木像と、石造りの円柱が庭を彩っている。
 レンガ造りのジルベリア様式は、若干固い印象を受けるかもしれない。庭は石畳だし、木像は駆鎧。これを地味と受け取るか、騎士の国らしいと感じるか、意見が分かれそうだ。
 若干異彩を放っているのは、アル・カマル式の天幕。砂色の小石が敷き詰められた庭に、ラクラのミニチュア像が鎮座している。風呂と言うより、砂漠のオアシスと表現した方が正しいかもしれない。
 全ての休憩室にはベビーベットを完備し、乳幼児を連れて来ても楽しめるようになっている。これは、霧依が『そう遠くない未来に、自分も母親になると思う』という想いから設置したのである。
 4組全ての浴槽が完成し、源泉から新しい温泉に向かってお湯が流れていく。開拓者達は竹筒で水路を設置し、各温泉にお湯を分配。もう1つの水路で川から水を引き、湯加減を確認しながら注いでいく。浴槽にお湯が満ちるまで、一時の休憩となった。


「いっちばん乗りーっ!」
 元気良く叫びながら、琥珀が『湯舟』に飛び込む。反動でお湯が派手に零れたが、微塵も気にしない。楽しそうに泳ぎながら、大きな浴槽を満喫している。
「ふぅ〜……自分で考えた温泉に入ると、造る時の苦労なんて吹き飛んじゃうわね♪」
 温泉の縁に背を預けながら、桜は胸元まで湯に浸かっていた。水面に無数の花が浮かんでいるため、お湯の中は全く見えないが…仮に覗かれたとしても、桜は『見られても減らない』と言って動じないだろう。
 彼女とは対照的に、リズレットはタオルを巻いて湯船に入っていたりする。
「ご一緒するのは、久しぶりですね。やっぱり…その、恥ずかしい…ですが」
 本来ならマナー違反だが、ふしぎと一緒に入浴しているため、ソワソワして仕方ない。彼女を落ち着かせるため、ふしぎはリズレットの肩を抱き寄せた。
「でも…こうして一緒に入ると、疲れも吹き飛ぶよね」
 優しく語り掛けるが、その言葉は彼女の耳に届いていない。肌を通して感じる、自分以外の体温と感触…それが、リズレットの緊張を更に加速させていた。
「あ、あの…お、お背中、流しても……?」
「ありがとう、嬉しいな。えっと、じゃあ…後でお返しに僕がリズの背中を…っ!?」
 背中を流すため、浴槽から洗い場に移動しようとした2人。そのタイミングが同じだったため、立ち上がる途中で接触。そのままバランスを崩し、重なり合うように倒れた。派手な水飛沫と共に、大量のお湯が周囲に飛び散る。
「リ・ィ・ム・ナ・ちゃん♪ ベビーベットの使い心地を試したいから、おむつ替えの練習させてくれない?」
 ほぼ同時刻。霧依は不敵な笑みを浮かべ、休憩室のベビーベットを指差した。そして、リィムナが言葉を返す前に、大声で叫ぶ。
「おねしょした時はいつもやってあげてるし、良いわよね!!」
「霧依さん! そういう事言わないでよっ!!」
 霧依のイジワルな態度に、流石のリィムナも大声を上げた。知られたくない事を暴露され、恥ずかしさと怒りで顔が真っ赤になっている。そんな彼女を見ながら、霧依はいつもと変わらない妖艶な笑みを浮かべていた。
「みんな、お風呂で騒いじゃ駄目よ! あと、スキンシップは公共良俗を守ってね♪」
 琥珀の飛び込みに、ふしぎ達の事故、霧依とリィムナの叫び…騒がしい音が続き、桜が注意を促す。と言っても、怒っているワケではなく、この状況を楽しんでいるようにも見えるが。
 紆余曲折はあったものの、存分に温泉を楽しんだ開拓者達。湯船から上がって休憩していると、リィムナが霧依の腕の中で眠りに落ちていた。
「霧依さん…あったかい…大好き…♪」
 幸せそうな寝顔で、寝言を漏らすリィムナ。霧依は彼女の頭を愛おしそうに撫で、母親のように優しい笑みを浮かべた。
「最強開拓者さんも、こうなると可愛いものね…よしよし…」