【祭強】甘い御裾分け
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/02/18 19:17



■オープニング本文

「はぁ〜…幸せ〜♪ やっぱ、店長の作るチョコは最高ですね!」
 山盛りになったチョコを頬張りながら、成人女性は至福の表情を浮べた。彼女が居るのは、安州のチョコレート専門店。朱藩は砲術で発展した国だが、菓子職人の技量も有名である。その腕は、天儀の内外から大量注文を依頼されるくらいに高い。
 当然、この店にも商人が時々出入りしている。商品の大半は乙女チックで可愛らしい物ばかりだが、苦みの強い大人向け商品や、チョコの中に酒を入れた物まで様々。チョコの味は勿論、形や包装、店内の雰囲気まで評判が良い。
 加えて、ここの店長は『店の名物』と噂されるくらいに強烈な人物だったりする。
「うふふ♪ 褒めてもお代は甘くならないわよ? あ、これはアタクシからのサ〜ビスね♪」
 甘い雰囲気の店に響く、野太い低音ボイス。筋骨隆々でアフロヘアーの男性が、ウインクしながらプリンを差し出した。ピンクのジルベリア風スーツで身を包み、同色でフリフリのエプロンも着用。上着は肘まで捲くり、筋肉質な腕が露になっている。
 見ているだけで胸ヤケを起こしそうな人物だが、彼がこの店の店長であり、朱藩で指折りの菓子職人なのだ。『天は二物を与えず』とは、よく言ったモノである。
「ありがとうございます! 店長、大好き♪」
「止めなさいよ! アタクシは、美少年と美青年、美壮年と美中年にしか興味が無いんだからっ!」
 要するに、美男子にしか興味が無いらしい。しかも、少年から中年まで幅広く。
 そんな店長の言葉をキレイに聞き流し、女性客はプリンを頬張る。チョコの味が口いっぱいに広がる中、彼女の視線が壁の張り紙に止まった。そこに書かれていたのは…。
「1015年、開拓者サマ達と一緒に『愛のお裾分け』。一日限り、当店のチョコを無料プレゼント…って、店長! これ本気ですか!?」
「ん? あぁ、本気よ♪」
 驚いて張り紙を指差す女性に、店長はアッサリと言葉を返した。
「アナタの言った通り、アタクシのチョコでみんなが幸せになれるなら素敵じゃない? 2月はバレンタインデ〜もあるしね♪」
 昨今のバレンタインは、色んなチョコが増えている。『逆チョコ』といって男性からチョコを贈る事もあるし、店長がチョコをプレゼントしても不自然ではないが…。
「でも! 材料費とか利益とか依頼料とか!」
 店の売り物をプレゼントするのだから、赤字は確実。しかも開拓者まで巻き込むとなれば、大赤字は免れない。心配する女性客に向かって、店長は人差し指をゆっくり伸ばし、彼女の唇にそっと触れた。
「そんなヤボな事、言わないの♪ 一日分の赤字くらい、働いて取り返すわ! それに…」
 一旦言葉を切り、視線を彼方に向ける店長。その表情は、普段とは全く違う。真剣で、深い悲しみを背負った瞳…男としての顔が、そこにあった。
「世の中、チョコを買えない子供だって居る。心が沈んでる人や、不幸を背負い込んでる人…そんな人達のために、俺は少しでも力になりたいんだ…」
 彼自身、幼少期にチョコを買えなかった。それどころか、家族と過ごした記憶すらない。物心ついた時には独りで、毎日飢えと寒さに耐えながら生きていた。
 その状況を救ってくれたのは、開拓者だった。顔も名前も憶えていないが、あの日の温もりと、初めて貰ったチョコの味はハッキリと覚えている。
 志体を持たない彼は開拓者になれなかったが、チョコの味は再現出来た。あの時の恩返し…というワケではないが、自分と同じように苦しんでいる人が居るなら、助けたい。自身を救ってくれた、開拓者と一緒に。
 過去を思い出すと、涙が零れそうになる。と同時に、店長は自分の口調が男に戻った事に気付いた。
「って、あらヤダ! 今のは忘れてちょうだいね♪ これ、口止め料代わりよん♪」
 軽く涙を拭って微笑みながら、チョコケーキを差し出す。女性客は頬を染めながら、店長の姿をずっと追っていた。


■参加者一覧
御陰 桜(ib0271
19歳・女・シ
ワイズ・ナルター(ib0991
30歳・女・魔
霧雁(ib6739
30歳・男・シ
サライ・バトゥール(ic1447
12歳・男・シ


■リプレイ本文


 菓子職人の多い朱藩には、専門店が数多く存在する。行列が出来る店も珍しくないが…安州の有名チョコレート店には、既に100人近い人が並んでいた。寒空の下、開店一時間前なのに、である。
 この店のチョコは『並んででも買いたい一品』ではあるが、行列の理由は他にもある。今日は店内のチョコが全品無料な上、開拓者が手伝いに来るのだ。その噂を聞き付け、一般客が殺到。開店時間を、今か今かと待っていた。
 その期待に応えるため、店内も大忙し。依頼主である店長はアフロを揺らしながら厨房を走り回り、鍛え抜かれた筋肉を駆使してチョコを作っている。開拓者達は店内の清掃を担当し、商品陳列の準備を進めていた。
 御陰 桜(ib0271)は大量のチョコを個別に包み、籠やバスケットに詰め込んでいく。彼女が担当するのは、店の宣伝。これから町中を歩き回り、チョコを配る事になっている。恐らく、彼女が出歩いたら周囲の視線を釘付けにするだろう。
 桜は容姿が整っている上、体型はモデル顔負け。真紅の忍装束は布が極端に少なく、豊満な胸がギリギリで隠れる程度である。しかも丈が短いため、桜花柄の褌がチラチラ見えていたりする。ある意味、店の宣伝には最適かもしれない。
 出発前に、桜はチョコを一個だけ口に運んだ。とろけるような甘さが口内に広がると、思わず笑顔がこぼれる。
「甘くて美味し♪ あ、桃達は食べちゃダメって、わかってるわよね?」
 ほわわ〜んとした表情を浮べながらも、桜は相棒達に注意を促した。視線の先に居るのは、闘鬼犬の桃と、又鬼犬の雪夜。2匹は小さなホウキを咥えて床を掃除していたが、彼女の声に応えるように頷いた。
『はい、去年も注意して回りましたからね』
 ホウキを離し、小声で言葉を返す桃。人語は完全にマスターしているが、厨房の店長に聞かれたら驚かせてしまう。その点を気遣い、声量を下げているのだ。
『おいしそうでもダメなんだよね…』
 犬や猫にとって、チョコは中毒を起こす危険な食べ物。ほんの少量でも死に至るのは分かっているが…雪夜は残念そうに周囲を見渡した。甘い物好きな雪夜にとって、甘い匂いの充満する店内で何も食べれないのは拷問に近い。
 甘党なのは、桃も同じである。若干元気の無い相棒達が可哀想になったのか、桜はコッソリと厨房に移動した。
「店長さん、ちょっとオネガイが…」
 周囲にバレないよう、静かに耳打ちする桜。彼女の『オネガイ』を聞いた店長は、ウィンクを飛ばしながら笑顔を返した。その表情は、夢に出てきたら悪夢になりそうなくらい濃いが…気にしたら負けである。
 存在自体もかなり濃い店長だが、単なる『奇抜な変人』ではない。彼が菓子職人になったのも、チョコの無料配布を決めた事も、深い事情がある。それを知った開拓者と朋友達は、店長に協力する事を決めたのだ。
『ここの店長は見上げたもんだな。俺も一肌脱ぐぜ!』
 チョコの甘い雰囲気とは対照的な、低くて渋い声。その方向では、恰幅の良過ぎるキジトラ柄の仙猫…ジミーが身支度を整えていた。50cmくらいの身長だが二足直立し、前脚を必死に伸ばしてピンク色の化粧まわしを締めている。
 恐らく、これは関取の姿をイメージしているのだろう。腹回りが猛烈に苦しそうだが、彼自身もノリノリである。
『私も頑張るわよ♪ サライきゅんのためにもね♪』
 ジミー同様、気合とヤル気を見せているのは、羽妖精のレオナール。ピンク色でフリフリのメイド服に身を包み、ブロンドの長髪を揺らしながら飛び回っている。
 頭髪と共に、自己主張の激しい胸も揺れているが……彼女の身長は約30cm。抜群のスタイルをしていても、若干目立たないのは残念である。
「それは嬉しいけど…僕の衣装、絶対にレオナの仕業だよね?」
 相棒に声を掛けながら、サライ(ic1447)は恥ずかしそうに更衣室から姿を現した。レオナールと同じ、ピンク色のミニスカメイド服を着て。
 小麦色の肌と、ウサギのロップイヤーが特徴的だが、サライの性別は『男』。小柄で可憐で可愛らしい姿をしているが、女装をするのは恥ずかしいようだ。
 そんな彼の気持ちを知ってか知らずか、レオナールは満面の笑みを浮かべて親指を立てた。
『似合うから問題なし♪』
「そうそう、問題無しよ♪」
「店長さんまで…って、2人共ジロジロ見ないでってばっ!」
 相棒と店長の視線を全身に受け、頬を真っ赤にして隠れるサライ。開店前から、色んな意味で災難である。若干泣きそうになっている彼の肩を、霧雁(ib6739)が力強く叩いた。
 腰まで届くピンクの長髪を1本に束ね、細身の体をピンクの執事服で包んだ男性。アゴヒゲを伸ばし、ダンディな雰囲気を醸し出している。
「これも修業でござるよ、サライ君。一流のシノビたる者、時には忍耐も必要でござる」
 彼はサライの師匠という事もあり、その言葉には重みがある。とは言え、心の底では今の状況を楽しんでいたりするが、そんな事は口が裂けても言えない。
 そして…サライに独特の視線を送っている者が、もう1人。
(サライさんは似合ってるから良いけど……この歳でこんな格好、すっごく恥ずかしいっ!)
 心の中で叫びながら、ワイズ・ナルター(ib0991)はエプロンドレスのスカートを軽く摘んだ。桜のように露出が高いワケでもなく、サライのように女装しているワケでもないが、彼女は30歳の淑女。可愛い系の、しかもピンクの衣服に抵抗があるのだろう。
 にもかかわらず、ナルターは宣伝役として町を歩く予定だったりする。覚悟を決め、彼女は仲間達と共に開店の準備を始めた。


「『ばれんたいん』にチョコは如何ですか? 本日、当店では無料で食べ放題ですよ〜」
 開店時間を過ぎ、町へと繰り出したナルター達。店の宣伝と説明をしながら、一般男性にチョコを手渡していた。
 相棒の鋼龍、プファイルは白い前掛けを装着し、ピンク色の大きな籠を携帯。その中には、配布用のチョコが大量に入っている。
「ちょこどうぞ〜♪」
 ナルターだけでなく、桜も笑顔でチョコを配布中。桃と雪夜は可愛い素振りで周囲の注意を引き、人を集めている。
 美女2人に加え、可愛い犬が2匹と鋼龍が歩いていたら、嫌でも目立つ。たちまち、周囲に人だかりができた。
「ありがとう、お姉さん達!」
 桜からチョコを貰った少女が無邪気な笑みを返す。少女以外にもチョコを受け取っている者は多いが…不安そうに様子を窺っている者も少なくない。
「あの…これって、本当にタダなんですか?」
「娘だけでなく、私も無料になりますか?」
 後から料金を請求されたり、誰でも無料なのかを心配し、一般人達が疑問を次々に口にする。その言葉を正面から受け止め、ナルターは優しく微笑んでみせた。
「はい、性別も年齢も関係ありません。誰でも、タダです」
 彼女の一言で、誰もが安心して胸を撫で下ろす。もう、チョコを遠慮する者は居ない。ある者はチョコを食べて嬉しそうに微笑み、ある者は店の場所を聞いて駆け出した。
 当初の目的である、店の宣伝は順調に進んでいる。開拓者達が広場に着き、更に人が集まって来ると、プファイルの背からジミーが飛び降りた。
『ごっつぁんです!』
 力士の真似をして動く度に、腹がブルンブルンと揺れる。一般人達の声援に応えるように、ジミーは紙に包んだチョコを投げ放った。その姿は、土俵で塩を撒く関取のように堂々としている。ジミーのパフォーマンスに、拍手と歓声が降り注いだ。
 その隣では、桜が子供達を集めて注意を促している。
「毒になっちゃうから『わんこ』や『にゃんこ』にあげたり、手が届く所に置きっぱなしはダメよ?」
 一緒にチョコを食べ、目線を合わせて話す桜。彼女の説明に、子供達は驚きの声を上げている。
 迷い込んで来た野良犬が、地面に落ちたチョコを食べようとした瞬間、桃と雪夜が鳴き声を上げた。人前なので人語を控えているが、多分『食べちゃ駄目』という事を伝えているのだろう。2匹の説得が効いたのか、野良犬はチョコを食べずに広場から出て行った。
「それから、ココアや珈琲、お茶にも注意して下さい。分かりましたね?」
 桜の説明に、ナルターが言葉を付け加える。子供達が元気に返事をすると、2人は視線を合わせて軽く微笑んだ。
 主とは対照的に、プファイルは小さな声で小さく唸っている。広場に着いてからずっと、プファイルは子供達のオモチャになっていた。背に登られたり、体をベタベタと触られたり、首や翼にブラ下がったり…。
 追い払うのは簡単だが、相手は無邪気な子供。怯えさせたり、怪我をさせるワケにはいかない。ジッと我慢する相棒を気遣い、ナルターはそっと声を掛けた。
「プファイル…疲れたら寝たフリをしてもいいのよ?」
 彼女のアドバイスに、プファイルは静かに頷く。が…寝たり休憩するような素振りは微塵も見せない。結局、子供達が満足するまでプファイルは我慢を貫いた。


 宣伝担当が店を出た数分後、店長は鍵を開けて営業を開始。開店と同時に、並んでいた客が一気に押し寄せてきた。
 霧雁とサライ、レオナールの3人は協力し、お客さんの対応をしている。店内の人数を確認し、入店可能な客数を制限。怪我をしないで安全に楽しめるよう、注意を払っている。
 店外で待っている人達のため、レオナールはチョコを持って外に移動。待ち時間を少しでも楽しく過ごせるよう、チョコを配った。
 店内では、霧雁とサライが忙しそうに走り回っている。喰い放題形式で自由にチョコを取れるようになっているが、食器や飲み物は必要である。他にも、席へ案内したり、チョコの説明をしたり、片付けをしたり…仕事を挙げたらキリが無い。
「ようこそ、御婦人方。まずは、お一つ如何でござるか?」
 入って来た女性客に挨拶し、チョコを差し出す霧雁。彼のダンディな魅力に惹かれたのか、女性客の瞳がハートになっている。本当は、色仕掛けに似た術を使って相手に好印象を与えているのだが…それに気付く者は居ないだろう。
「後ろ、失礼しま〜す」
 サライはお客さんに一声かけ、足早に移動。素早く動きながらも、スカートが捲れないように気を付けている。今日のサライは下着も女性物を使っているため、ピンクのスカートとニーソが作り出す絶対領域の『奥』を見られたくないのだ。
 彼の涙ぐましい頑張りに、レオナールは不満そうな表情を浮べているが。
『ちっ…お待たせしました、お嬢様♪』
 誰にも聞こえないように舌打ちし、営業スマイルで接客するレオナール。彼女は時折サライの下に回り込んでいるが、未だに『中身』は見ていない。彼が忙しく動き回っている事もあるが、ガードが猛烈に固いようだ。
 それでも諦めないのが、レオナールの凄い所である。仕事も覗きも頑張るため、彼女は羽を広げて店内を飛び回った。


 昼を過ぎても、客足が途絶える気配は無い。行列の人数は増えたり減ったりしているが、まだまだ並んでいた。
『雁の字、今帰ったぞ!』
 混雑する店内に、ジミーの声が響く。彼は持って行ったチョコを全て配り終え、店内の作業を手伝うために戻ってきたのだ。ちなみに、ジミー以外の宣伝担当は仕事を継続中である。
「おかえりでござる。ジミー、ちょっと手伝って欲しいでござるよ!」
 無事に帰宅した相棒に安心しつつも、救援を頼む霧雁。相手は仙猫だが、食器を片付けたり、掃除をするのは可能なハズである。彼の言葉に、ジミーは不敵な笑みを浮かべた。
『文字通り、猫の手も借りたいってワケか。おやつと昼飯をくれるなら、考えてやっても良いぞ?』
 体型を見て分かる通り、ジミーは食い意地が張っている。手伝いをするのは嫌ではないが、昼飯時だから腹を満たしたいのだ。
 彼の要求を予測していたのか、霧雁は懐から握り飯を取り出す。それを静かに投げると、ジミーは空中で握り飯をキャッチ。腹を波打たせながら着地すると、店内から拍手が湧き上がった。
 ジミーの手伝いが決定し、4人で作業を続ける開拓者達。頭数は増えたが、忙しいのは相変わらずである。不意に、サライの口から短い悲鳴が零れ、体勢が大きく崩れた。
 直後。ピンクの疾風が店内を吹き抜け、倒れそうになった彼の体を素早く受け止めた。
「大丈夫でござるか、可愛いメイドさん?」
 その正体は、高速移動した霧雁。両腕でシッカリとサライを抱き止め、互いの顔が十数cmの距離まで近付いている。倒れそうな仲間を助けるためとは言え、2人の周囲に独特の雰囲気が流れていた。
「あ、ありがとうございます…」
 頬を染めながら、サライが感謝の言葉を口にする。霧雁は笑顔を返したが、腕を離そうとしない。つまり……体は密着したままである。
 メイドと執事の親密な様子に、周囲からヒソヒソ声やら冷やかすような声が飛ぶ。それを聞いたサライは耳まで真っ赤になり、急いで霧雁から離れた。
「えっと…皆さん、誤解しないで下さいね? 僕、男ですから!」
 周囲の誤解を解くため、大声で叫ぶ。彼としては『店員同士の恋』を否定したかったのだが…叫んだタイミングと内容が悪かった。お客さん達の心に、新たな誤解が生まれている。
 『女装趣味のある美少年』と『男性店員同士の禁断の恋』という誤解が。
『大丈夫よ、サライきゅん。世の中、男の子だからイイって人も多いから♪』
 レオナールの一言で、周囲の誤解が更に加速。女性客を中心に、2人は『そういう関係』だと思い込んでいる。店長も明らかに『ソッチ系』だし、サライと霧雁が否定しても疑惑は消えそうにない。
 この日…店の営業時間が終わるまで、お客さんの間に変な噂が流れ続けていた。


 空が茜色に染まる頃、ようやく閉店の時刻がやってきた。宣伝担当の開拓者達も戻り、全員で閉店準備を進めていく。
 店内の清掃、食器の洗浄、在庫の確認に、明日の仕込み…全ての作業が終わったのを確認し、店長は開拓者達に特製のチョコケーキを振る舞った。
「ん〜、美味し♪ みんなも喜んでくれたかしら♪」
 笑顔でケーキを頬張り、疑問を口にする桜。一日で大量のチョコを配ったが、受け取った者は誰もが笑顔になっていた。店の宣伝も、チョコの配布も、成功したと思って間違いないだろう。
「多分、喜んでくれたと思いますよ。用意したチョコ、全部なくなりましたから」
 サライの言う通り、店の在庫や材料が底を尽きるまで客が集まった。噂や口コミも広がり、住人の話題はお店が独占中である。もしかしたら、明日以降は他の町からの来店客が増えるかもしれない。
 仕事終わりのケーキを楽しむ開拓者の元に、店長が新たな皿を差し出した。そこに載っていたのは、小さなケーキが3つ。開拓者達の物とは違い、チョコを使っていないショートケーキのようだ。
 店長は桜にウィンクを送ると、彼女は皿を床に置いて相棒達に視線を向けた。
「桃達にもご褒美よ♪ ジミーちゃんも、どうぞ♪」
 開店前に店長に話した『オネガイ』。それは、犬や猫でも安全に食べられる甘味を作って欲しい、というリクエストだった。男気溢れる店長は、それを快諾。忙しい仕事の合間を縫って、朋友用にケーキを完成させたのだ。
 店長と桜の好意に、桃と雪夜は尻尾をブンブン振って喜んでいる。ジミーは手を合わせて礼を言い、ケーキを一口で頬張った。
「はぁ……あげる人が欲しいよぉ〜!」
 ケーキを食べていたナルターは突然立ち上がり、夕陽に向かって叫んだ。今日は仕事として参加しがら、彼女はバレンタインが好きではない。チョコを渡す相手が居ないからだ。
 依頼中は我慢していたが、全てが終わって緊張の糸が切れたのだろう。ナルターの叫びは、夕焼け空に悲しく響き渡っていった。
 店内に居るのは、これで全員。プファイルは体が大きいため、店の外で大人しく眠っている。
 あと1人…サライと噂になった霧雁は、執事服を着替えて町外れの寺社に来ていた。ここには、親を亡くした子供が集まっている。孤児院にも入れず、頼れる相手も居ない、孤独な者達……昔の店長と、同じ境遇である。
「良い子のみんな! メリーバレンタイン!」
 そんな子供達を励ますため、霧雁は桃色のサンタ服で登場。背中に背負った袋には、店長が用意したチョコが詰まっている。見知らぬ来訪者に子供達は警戒していたが、彼が悪人じゃない事が分かるとすぐに打ち解けた。
 霧雁がチョコを手渡すと、子供達は誰もが驚いていた。恐らく、大人に優しくされた経験が無いのだろう。霧雁は子供達とチョコを食べ、時には身軽な動きを披露し、楽しい時間を過ごした。
 もしかしたら…ここに居る子供達も、店長のように『誰かのために頑張る大人』になるかもしれない。