雪に踊れば
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/01/28 18:47



■オープニング本文

「踊り…舞踏会のようなモノですか?」
「いえ全然違います。貴方の頭って、随分と立派な『飾り』みたいですね〜」
 満面の笑みを浮かべながら、手厳しい言葉を返す女性。ギルド職員の克騎は、思わず言葉に詰まった。
 この女性は、数分前に来た依頼人である。『踊りに参加して欲しい』という話を切り出したため、克騎が問い質したのだが…結果は見ての通り。心が折れそうになるのを我慢しながら、克騎は軽く咳払いをして口を開いた。
「なかなか厳しいご指摘ですね。でしたら、どんな踊りなのか具体的に説明して頂きたいのですが…」
「えっと、私達の村に伝わる伝統行事です。新年最初の月に踊りを捧げると、雪の精霊が現れるんですよ〜」
 信仰文化の根強い地域では、神や精霊にまつわる催事も珍しくない。恐らく、踊りを捧げる行為は神楽の一種なのだろう。彼女の話では、クリオネに似た姿の精霊が出現するらしい。
「その数によって、一年の運勢が決まるんです。村の災害とか〜、農作物の収穫量とか〜、色々」
 言いながら、女性は溜息を吐いた。彼女は20代前半の若者だが、精霊の大群を見た記憶がない。多くても30体程度…少ない時は十数体という年もあった。
 ちなみに。少なかった年には豪雪や水害が起き、村は大損害を受けた。逆に、100体近く現れた年は大豊作だった上、村に温泉が湧き出たとか。
「状況は分かりましたが…その行事に開拓者の協力が必要なのですか?」
 話を聞く限り、行事に危険な事は無いし、力仕事や外敵の退治も必要ないだろう。だとすれば、ギルドに依頼する理由は何なのか。
 克騎の質問に、女性は軽く苦笑いを浮かべた。
「開拓者さん達なら、精霊さんと仲良しの人も居ますよね〜? そういう人が一緒なら、精霊さんもイッパイ来てくれると思うのですよ〜」
 仲良し、という表現が正しいかは微妙だが、開拓者が精霊の力を借りる事が多いのは事実。効果があるか不明だが、試してみる価値はあるだろう。
「あ! 忘れるところでした〜」
 依頼書を書こうとした瞬間、女性が大声で叫んだ。その声に驚いた克騎が墨をこぼし、卓上が大惨事と化す。女性は申し訳なさそうに謝りながら、言葉を続けた。
「踊る場所は村外れの神社なんですが、そこは縁結びの神様なんですよ〜。もしかしたら、恋人さんとか夫婦の方が居たら精霊さんも喜ぶかもしれません〜」


■参加者一覧
静雪 蒼(ia0219
13歳・女・巫
鳳・陽媛(ia0920
18歳・女・吟
静雪・奏(ia1042
20歳・男・泰
霧咲 水奏(ia9145
28歳・女・弓
リンスガルト・ギーベリ(ib5184
10歳・女・泰
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
霧咲 ネム(ib7870
18歳・女・弓
不散紅葉(ic1215
14歳・女・志


■リプレイ本文


 雪空の多い天儀の冬でも、太陽が顔を出す日は少なくない。陽光に照らされ、キラキラと輝く雪…舞い散る小雪も、薄く積もった雪も、同じ色彩を放っている。
 肌寒い雪の中、とある村では行事の準備が進んでいた。神社の敷地内で舞を踊り、雪の精霊を呼び出す神事。その数で一年の吉凶を占うという、村の伝統行事なのだ。
 占いと言っても、その的中率は異常に高い。実際、近年は不吉な結果が続いているため、村人達は状況改善の策としてギルドへの依頼を要請した。『精霊と意思疎通する機会の多い開拓者が居れば、きっと出現数が増える』……そう信じて。
「縁結びの神社に現れる精霊、か。妾とリィムナの仲睦まじき様子を見せれば、必ず現れるであろうな」
 踊る場所となる神社に訪れたリンスガルト・ギーベリ(ib5184)は、周囲を見渡しながら不敵な笑みを浮かべた。村人の情報によれば、この地に祀られているのは縁結びの神様。夫婦や恋人の数に比例し、出現する精霊も増えている。
 それを知って参加したリンスガルトは、『相手を想う気持ち』に自信があるのだろう。彼女の言葉を聞き、リィムナ・ピサレット(ib5201)は嬉しそうに微笑んだ。
「えへへ♪ 精霊さん達がイッパイ出てくるように、楽しく踊ろうね♪」
 言いながら、リンスガルトと腕を組む。恋愛に…人を好きになる事に、年齢も性別も関係ない。例え、10歳の少女同士だったとしても。
 親友であり、恋人でもあり、友情や愛情を超えた存在。恐らく、2人はそういう関係なのだろう。
「ふぅん? そやけど、うちらの方がラブラブかもしれへんよ。せやろ、旦那様?」
 静雪 蒼(ia0219)はクスクスと笑いながら、静雪・奏(ia1042)の首に腕を回した。挑発的な態度を見せているが、実際にはリィムナ達と張り合う気は無い。年下の少女達に、ちょっとイタズラしたくなったようだ。
 突然の事に驚きつつも、愛妻を抱き止める奏。静雪夫婦に対抗心を燃やしたのか、リンスガルトとリィムナは頬を寄せて抱き合った。
 2組の間に、『見えない火花』が飛び散る。とは言え、険悪な雰囲気ではないし、女性陣3人は元服前の少女。端から見ていると、可愛らしい対立に見える。
 彼女達3人以外にも、可愛らしい少女がもう1人。
「美味しいから〜、食べてください、なんだぞ〜」
 霧咲 ネム(ib7870)は神社の向拝に重箱を供え、無邪気に微笑んで見せた。箱の中には、彼女の義母…霧咲 水奏(ia9145)が作った料理が詰めてある。調理中に味見したため、美味しいのは間違いない。
 ネムは向拝の鈴を鳴らし、たどたどしい動作で二礼二拍した。18歳にしては小柄で、言動が若干幼い気もするが…それは悪い事ではない。彼女の笑顔を見ていると、心が和んでくる。
(あぁ…娘というのは、やはり愛らしく、微笑ましく思えるものに御座いまするなぁ…!)
 誰よりも和んでいるのは、養母の水奏。冷静を装っているが、周囲に誰も居なかったらネムに飛び付いていただろう。その証拠に、青い瞳がキラキラと輝いている。
 水奏に見守られながら一礼したネムは、母親に駆け寄りながら周囲を見渡した。視界に映ったのは、奏達4人の姿。『恋愛』という絆で結ばれた2組を見ながら、ネムは小首を傾げた。
「みかママ〜、縁結びの神様って〜、恋愛じゃなきゃ〜、駄目なのかな〜?」
 縁結びと言えば、恋愛が一般的である。だが…ネムには、そういう相手が居ない。『精霊見たさに母を誘って参加したのは、間違いだったかもしれない』。そんな不安が、胸の中に湧き上がっていた。
 愛娘の意図に気付いた水奏は、優しく微笑みながらそっと頭を撫でた。
「いやいや。『縁』は恋仲だけではありませぬよ。家族愛もまた然り」
 結ばれる縁は、恋愛だけとは限らない。人間同士の出会いも1つの縁だし、家族や友人との繋がりも縁である。勿論…血の繋がらない水奏とネムが母娘になったのも、『縁が結ばれた』結果なのだ。
 水奏の返事に安心したのか、ネムは嬉しそうに微笑む。そのまま、母の胸に飛び込むように抱き付いた。


 儀式の準備は少しずつ進み、境内の賑やかさも徐々に増している。行事を成功させるため、開拓者と村人達が一丸となって協力していた。
 不散紅葉(ic1215)は石を並べて簡易的なカマドを作り、火を起こして薪に着火。鍋を設置して湯を沸かし、酒粕と砂糖で甘酒を作って村人達に配っている。
 雪の季節、屋外での作業は寒い。村人達が風邪をひかないよう、彼女は道具と材料を準備してきたのだ。その気遣いに、誰もが癒されている。
 村人達に甘酒を渡す紅葉の心は、激しく波立っていた。
(不思議な感覚…ザワザワする…楽しみだけど…それだけじゃ、ない。ボクと精霊、関係があるの、かな?)
 過去の記憶を失ったからくり…紅葉。彼女がザワザワするものを感じているのは、何かを思い出す前兆かもしれない。
 今まで体験した事の無い感覚に、カクリと首を傾げる紅葉。黒い瞳が周囲を泳いでいたが、舞い振る雪を追うように空を見上げた。
(それに、『снег』…懐かしい感じ。それも、なの?)
 снегは、ジルベリアの言葉で雪を意味している。精霊と雪…忘れ去った遠い記憶…思い出せそうで、何か重要なピースが足りない。茫然と空を見上げていると、右手が温かい感覚に包まれた。
「どんな精霊さんが出るんでしょう? 楽しみですね、紅葉さん」
 優しい口調で、語り掛けるような言葉。紅葉が視線を戻すと、鳳・陽媛(ia0920)が手を握っていた。その姿を見ているだけで、波立っていた心が落ち着いていく。紅葉が微笑みながらコクコクと頷くと、陽媛は太陽のように明るい笑顔を見せた。
 それから数分もしないうちに、行事の準備は全て終了。境内に多数の篝火が焚かれ、村人達が演奏を始めた。
「みんな〜、よろしくだよ〜。ありがとうって気持ちで踊れば〜、下手っぴでも〜、伝わるよね〜?」
 ブンブンと手を振りながら、全員に挨拶をするネム。その疑問に答えるように、村人達が踊り始めている。
「ネムの純真な想いが伝われば、精霊達も惹かれて集まると思いまするよ」
 全員の気持ちを代弁して、水奏が言葉を伝えた。彼女自身、踊りの上手下手よりも気持ちが大事だと思っている。精霊達に想いが届くよう、水奏は『ネムとの縁が結ばれた』事に感謝を込めて舞うつもりなのだから。
「じゃあ踊ろうか、蒼。お手を拝借…」
「魅了されとくれやす。皆さんも、奏さんも…」
 ニッコリ微笑んで手を取る奏に、嬉しそうな笑顔を返す蒼。境内の中心に移動して視線を合わせると、2人は演奏に合わせて動き始めた。
 ドレス姿でフワリと舞い、蒼が扇子を振る。奏を誘うように離れたかと思えば、惑わせるように急接近。その度に、アンクレットと簪が独特の音を奏でている。
 蒼の踊りは、空を舞う蝶のように軽い。加えて、接近と離脱の連続。見ている者を誘い、惑わし、魅了している。この動きに付いていけるのは、奏しか居ないだろう。
(舞では蒼に及ばないが、彼女の事は誰よりも知っている。呼吸、息遣い、動き…目を閉じていたって分かるよ)
 奏は彼女に呼吸と動きを合わせ、支えるように立ち回っている。その姿を見ていると、2人が互いにどれだけ想い合っているかが伝わってくるようだ。
 恋い焦がれる蝶に、それを支える青髪碧眼の青年…この踊りは、静雪夫婦の『普段の姿』なのかもしれない。
「あたし達も始めようか。リンスちゃん、準備は良い?」
 語り掛けるリィムナに、リンスガルトは笑顔を返した。境内の更衣室で着替えた2人は、神職向けの神衣の上に極薄の羽衣を纏い、七色に輝く金属製の扇と神楽鈴を持って登場。身長と髪色以外、外見はほとんど同じである。
 静かに向き合い、2人は楽曲に合わせて巫女舞を踊り始めた。ゆったりと円を描き、扇を開いて雪をあおぐ。神楽鈴を鳴らすと、凛とした静かな金属音が周囲に響いた。
 舞い踊る2人の動きは、まるで合わせ鏡の如く完全に同調している。瞬きのタイミングや、呼吸のリズムさえも。ここまで調子の合った動きは、滅多に見れないだろう。
 ゆるやかな踊りとは対極的に、水奏の弓が鋭く空を切った。彼女が披露しているのは、弓舞と呼ばれるもの。矢を使わず弓を持って舞い、その所作を踊りのように見せている。
 彼女の隣では、ネムが弓舞を真似しようと悪戦苦闘していた。弓を振り回した拍子に倒れたり、舞の途中で弓が手から離れたり、大忙しである。
 水奏は軽く笑みを浮かべ、ネムの手を取った。1本の弓を2人で握り、舞いの所作を伝授。数分後には、2人でゆっくりと舞を捧げていた。
「音が気持ち良い…それに、これからのこともワクワク。きっと、楽しい時間に、なる」
 独りで納得しながら、剣舞を披露する紅葉。周囲に人が居る事を考慮し、剣ではなく扇で舞っている。鋭く激しい動きは控え、緩やかで静かに。
 心の中にあるのは、楽しさと感謝の気持ち。仲間や住人達と踊れるのは楽しく、彼女の『大切な人』と共に時間を過ごせる事に深く感謝している。
 その大切な人は、視線の先で巫女舞を踊っていた。
 豊穣と幸せを願い、扇子を振り上げる陽媛。彼女の踊りはリィムナ達とは違い、静かで穏やか。それでも、周囲の音楽に動きを合わせている。
 紅葉の視線に気付いた陽媛は、扇子を仕舞って彼女に歩み寄る。紅葉が剣舞を中断すると、その手を優しく取った。
「一緒に踊りましょう? わたしは…紅葉さんと一緒なら嬉しいですよ」
 自分の気持ちを素直に伝え、踊りに誘う陽媛。嬉しい気持ちは、紅葉も同じである。大切な人に誘われたら、断る理由は微塵もない。
 紅葉は素早く陽媛を抱き上げ、自分と相手の額をくっつけた。
「ん…上手くいくようにっておまじない、だよ」
 クスクスと笑いながら顔を離し、陽媛を地面に下ろす。不意討ちに驚きながらも、陽媛は紅葉をリードして踊り始めた。
 さっきの巫女舞とは違う、自由で楽しそうな動き。神様に楽しんで貰うために奉納する踊り…神楽。
 他人を楽しませるためには、まず自分が楽しまないと無理である。それに、人々が幸せな様子を見れば、神様も精霊も喜んでくれる……陽媛はそう思っている。
 だから、彼女は紅葉と踊る事を決めたのだ。自分が大切に想っている人と、同じ時間を過ごすために。
「なんだか、とっても楽しいです。素敵な気持ち…」
 陽媛の口から零れたのは、純粋な感想。大事な人が傍に居て、友達や仲間と一緒に踊っている。自分の周囲の世界が、とても素敵なものに思えた。
「それは、汝が『幸せ』を感じておるからだろう。妾と一緒だな」
 陽媛の呟きを聞いていたのか、リンスガルトが言葉を返す。彼女は『最愛の者』と踊っているため、幸せだし楽しい。もしかしたら…ここに居る開拓者全員が、同じ気持ちになっているかもしれない。
 突如、村人の演奏が静かな楽曲から激しい曲調に変化。それを待っていたかのように、リンスガルトとリィムナの動きが変わった。
 リンスガルトは呼吸を整え、大地を踏み締めて神楽鈴を突き出す。流水を思わせる動作で扇を振る姿は、まるで武術の演舞。勇ましくもあり、空を舞う鳥のように優雅にも見える。
 彼女の周囲で、ジプシーの如く情熱的でエキゾチックに踊るリィムナ。時折、宙返りやバック転といった激しい動きも取り入れている。
 2人の動きが重なり、手を繋いだ直後、リンスガルトは穏やかな動きからリィムナを上空に投げ上げた。
 同時に、リィムナは足先で地面を蹴って練力を開放。タイミングを合わせた行動が、彼女の体を空高く舞い上げた。
 羽衣を纏って天に上る姿は、まるで空を舞う天女。周囲から歓声が上がる中、リンスガルトはリィムナの落下地点に先回りして両腕を交差させた。それを確認し、リィムナは空中で体勢を整える。
 リンスガルトの腕に着地した瞬間、2人は再びタイミングを合わせ、リィムナを更に跳び上がらせた。それを数回繰り返した後、リンスガルトは両腕を広げてリィムナを受け止める。背中に腕を回し、彼女をシッカリと抱き締めた。
「見事であったぞ…」
 静かに呟いたリンスガルトは、リィムナが返事をするより早く唇を重ねる。それはほんの一瞬だったが、周囲からは冷やかしにも似た歓声と、盛大な拍手が送られた。


 踊り始めてから、数十分。最初に『異変』に気付いたのは、リィムナだった。舞い散る雪に混じっている、白以外の色…その正体に気付いた時、彼女は大声を上げていた。
「あ、出たでた〜♪ あの半透明なのが精霊さんだよね?」
 リィムナの声に反応し、その場に居た全員が周囲を見渡す。半透明で見え難いが、確かに精霊らしきモノが宙に浮かんでいた。
 10cm程度の細長い体に、翼のような器官が1対。その翼をフヨフヨと動かし、宙を泳いでいる。精霊の出現に、歓喜の声を上げる村人達。その声量は、数秒毎に大きくなっていった。
 出現した精霊は、1匹や2匹ではない。数百…数千…数えるのが馬鹿らしくなる程、次々に増えている。形は同じだが、色は様々。降る雪が見えなくなるくらい、周囲はカラフルなクリオネに埋め尽くされた。
「これは、凄いね! さあ、ここからが本番だよ。みんな、できるだけ楽しもう!」
 予想外の光景に、思わず奏の声量も大きくなる。彼の呼び掛けに応え、演奏していた村人や、見学していた者も踊りに参加。境内は、舞い踊る人々と無数の精霊で埋め尽くされた。
「今年は〜、笑顔が豊作なんだぞ〜」
 ネムの言う通り、周囲の人々は笑顔で溢れている。彼女自身も嬉しそうに微笑み、笑顔が次々に伝染していく。これだけ多くの精霊が出現し、誰もが楽しそうにしているなら、今年は良い年になるだろう。
 盛り上がる人々から離れ、紅葉は独りで神社の裏手に回っていた。現れた精霊は、どこかで見た気がする。紅葉は空を見上げ、自身の記憶を辿った。
 雪…精霊…黒い鉱石と、白い羽。そして……。
(あ…そっか。ありがとう。少し、思い出せた、から…ね)
 断片的な記憶が、脳裏を駆け抜けた。紅葉は心の中で精霊に礼を言い、仲間達の元へ戻って行く。思い出した記憶は何なのか…それは、いつか彼女の口から語られるかもしれない。